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「うちに来い」
 じりじりと焼けるような暑さの中、仕事帰りにアキさんはそう言い放った。
「なんでですか」
「……来い」
「……はい」
 アキさんの言うことに逆らってはいけない気がした。
 背の高いその後ろ姿についていく。頬から滲み出た汗をハンカチで拭く。蝉の声が幾重にも重なっていた。

 鍵を開け、「どうぞ」なんて言うからそのあとについて行くしかなく。他人の家の匂いがする。
「デンジくんとパワーちゃんは」
「今日は泊まり込みの任務だ」
「……と、いうことは」
 もしかして、と嬉しいような怖いような気持ちを抱くも、相手はいたって普通に「二人きりだな」なんて言う。
「手、洗ったらそこで待ってて」
 言われた通りにして、テーブルを前にする。少し待っていると、ことんと置かれたのは白い平皿だった。その上には、小さなココアクッキーがいくつか置いてあった。
「あ、あの」
 顔を上げて声をかけるも、アキさんはまたキッチンに行ってしまう。そして、ティーバッグで紅茶を淹れていた。
 改まってなにか話でもあるのだろうか。考えていると、マグカップが二つ、机に置かれる。
 向かいに、アキさんが腰を下ろした。湯気の上がるカップに手を伸ばしていいのかすらわからない。
「まぁ、食べて。ミントのために買ってきたから」
 真面目な顔をやわらかく崩して、クッキーを食べている。私もそれに倣う。
 甘さは控えめで、ココアの深みが感じられる。わざわざ焼き菓子屋で買ってきたかのような、上品な味がした。
「おいしいですね……!」
「……気に入ってくれたのなら、よかった」
 紅茶もいつも飲んでいるものと違う香りがする。陶器のじんわりとした温かさに触れていると、声をかけられた。
「なぁ」
 顔を上げると、アキさんは落ち着いた顔で私を見つめている。
「つらくないか」
「……なんで、わかったんですか」
 アキさんはクッキーをつまんで口に放り込む。ざく、ざく、とくぐもった音が聞こえた。
「去年も泣いてたから。この日に」
「……」
 アキさんや四課のみんなに隠していることがある。私がデビルハンターを目指した、そのきっかけとなった出来事だ。
「弟の、命日なんです」
 言葉を口にすると、押しとどめていた感情が爆発して、両目はぼろぼろと涙を産む。
 アキさんは箱のティッシュを机の上に置いた。そのやさしさに感謝しながら、涙を拭く。
 嗚咽しながら「どうして」だの「なんで」だの「私が代わりになればよかった」だの、これまで何度も口にした後悔の言葉が、ぼとぼとと吐き出される。
 相手は何も言わない。私が感情を消化するのを待ってくれているのだとわかって、涙の波は引いていった。
「すみません……」
「謝らなくていい」
 私が紅茶のカップを手にすると、アキさんは口を開いた。
「俺も同じだ」
 初めて知った、アキさんの過去。思わず彼の顔を見つめてしまう。
「……一人で抱え込まないでほしいんだ。ミントも、銃の悪魔を倒すための仲間だからな」
 わずかな微笑みを向けられて、この人は私に対する恋心など微塵もないのだ、復讐しか頭にないのだと思い直す。
「……ありがとうございます」
「ああ。過去の話は、ここだけの秘密にしておいてくれ」
 会釈すると、「食べてって」と皿を指で押す。
 復讐のためなら文字通りなんでもする、でも仲間を気遣うやさしさもある。そんなあなたに、私はついていきます。
 最期まで見届けます。あなたがいたことを、忘れない為に。
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