短編集・その他
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インターホンを押して名前を伝えると、すぐにドアが開いた。
「お久しぶりでヤンス~」
「お兄ちゃん、ごめん、家出るの遅くて買い出し間に合わなかった……」
「気にしないで! あとで一緒に行こうでヤンス。ささ、上がって上がって」
「お邪魔します」
兄の部屋に足を踏み入れる直前、違和感に気づく。目の前に兄がいるというのに、なぜかゲームの戦う音が聞こえるのだ。
誰か……いる?
部屋に上がる。テレビの前にその人はいた。
私が部屋に入ってきたのに、物音にすら気づけないほど集中しているのか、こちらを振り返るそぶりも見せない。視線は液晶画面に食い入るように注がれており、コントローラーを必死に動かす音が聞こえてくる。画面を見るに大きな敵と戦っているから、ボス戦なのだろう。
そして、服装に驚く。それは二次元の世界や、兄の手伝いで行ったコミケでしか見たことのない服だった。燕尾服だ。
私は固まる。
「ファフくん。先週と今朝も伝えたでヤンスが、小生の妹が来たでヤンスよ~。ほら、挨拶」
「よろしくお願いします。ファフ……くん?」
疑問形で挨拶をすると、その人はこちらを振り返りもせず、言った。
「邪魔するな!」
「ヒッ……」
そして、「ああ、くそっ」だなんて悪態をつきながら、また意識をゲームに戻したようだった。
な……なに、この人!? 初対面とはいえ、家主の親族に対してその態度を取るなんて、私には考えられないことだ。よっぽど知らない人が苦手なのか、信じられないくらいゲーム熱がすごいのか、それとも……。
「ごめんでヤンス。あのボスには負けっぱなしで、ちょうど機嫌の悪いときだったでヤンスなぁ……」
兄は申し訳なさそうに謝る。
「だ、大丈夫。お友達?」
「んー……居候?」
「いそうろう……一緒に住んでるんだね」
「まぁ……そういうことになるでヤンス」
ひそひそと二人で話していると、テレビからゲームオーバーの物悲しい音が流れる。居候さんは大きなため息をつくとコントローラーを置き、やっとこちらを向いた。
「ファフくん、小生の妹でヤンス」
「よ、よろしく、です」
二度目の挨拶に、ファフくん、と呼ばれた人物は、私を頭のてっぺんから足の先までじっと見た。見定められているみたいで居心地が悪い。赤い瞳が私の目を見つめる。
「滝谷妹」
「な、なんでしょうか……」
テレビの前から立ち上がり、ドスドスと大きな足音を立てて私の前まで歩く。明らかに苛立っている。頭の上から注がれる視線に、威圧感を感じる。兄より身長が高い。
「話しかけるな」
「え……でも、お兄ちゃんのお友達さんなら、ちゃんとお話して仲良く」
「親族だがなんだか知らないが、俺に話しかけるな!」
「ファフくん」
兄が止めに入る。
「彼女は半年に一度、様子を見に来てくれるって説明したでヤンスよね? 今後も多分、顔を合わせることになるのでヤンスよ。だから、仲良くしてくれると小生は嬉しいでヤンス!」
私は、一人暮らし(今は二人暮らしなのか?)の兄のことが心配で、半年に一度こうして部屋に上がらせてもらっているのだ。そして、あることをして帰る。たったそれだけだが、大好きな兄に会えるこの日は、専門学校の友達からの誘いを断るくらい、私にとってとても大切な日だったのだ。
その大切な日に、こんなことが起こるなんて。きっと兄も、これは望んでいないことなのだろう。
「……」
兄の気持ちを聞いて、居候さんは眉間のしわをゆるめた。
「滝谷が言うなら、努力はする」
視線は壁に向けたままだった。そしてまた、テレビの前に戻っていった。コンティニューにカーソルを合わせ、セーブポイントからゲームが再開される。カチャカチャとコントローラーの音がし始めた。
兄が眼鏡の奥の目を私に向ける。
「じゃあ、やるでヤンスか?」
「そうだねぇ……冷蔵庫見ていい?」
「もちろんでヤンス!」
一人暮らし用の冷蔵庫を開けると、中はあまり入っていなかった。日持ちしそうな根菜と調味料、冷凍庫には冷凍ロールキャベツが入っている。棚を開けるとパスタとツナ缶、加えて色々な種類を取りそろえたレトルトカレーたち。そうだ、この人レトルトカレーが好きなんだった。
「このくらいしかないでヤンスが、いけそうでヤンス……?」
「いくしか、ないよね……」
手を洗う。残り二つの玉ねぎを手に取ると、「小生も手伝っていいでヤンス?」と声をかけられた。
「もちろん! パスタ茹でてほしいな。二人……じゃないや、三人分だね」
「わかったでヤンス!」
兄は蛇口を捻り、鍋に水を注いでいる。
玉ねぎを薄切りにし、油とチューブのニンニクを熱したところに入れていく。オリーブオイルがなかったから、普通の油で代用だ。透き通るまで炒めたら、そこにツナ缶を三つ投入。
「茹でていくでヤンス~」
「よろしく~」
300gのパスタが塩を加えた熱湯の中に入れられる。兄は鼻歌を歌いながら、菜箸でくっつかないように茹でている。
醤油とコンソメで味付けをして、なじませるように混ぜる。食欲をそそるいい香りがする。じゅわじゅわ、食材を加熱する音に耳を傾ける。気づけば、ゲームの音が止まっている。ふとそちらに視線を向けると、居候さんが遠くから私たちの行動を眺めていた。じっとりとした圧を感じる。指がこわばるも、今は料理中なのだからと気にしないようにした。
ゆで上がったパスタを入れようとしたところで、小さなフライパンに入りきらないことに気づいた。ここは臨機応変に行こう。三つの平皿にパスタをのせ、その上に具をのせる。ちゃんと最後のタレまで回しかけて。
「はい、完成!」
ツナ缶の油をそのまま使ったオイルパスタだ。これなら野菜もタンパク質も摂れる。
パスタは乗せる具材や味付けでだいぶ変わるため、なかなか飽きない。レトルトでさえあんな種類があるし、手作りなら食材×味付けでもっと幅が広がる。それに、作り始めてから食べるまでが早いから、忙しいときは結構な頻度で作る。学校の課題で作らないといけない難しい料理も好きだけど、こうやって実生活で活躍できる料理も好きだ。うん、我ながらいい出来。
「おー! おいしそうでヤンス! さすが小生の妹!」
「あはは、お兄ちゃん褒めすぎだよ」
「よっ、シェフの卵!」
「もー!」
二人で笑いあっていると、居候さんがすぐそばに来ていた。体が勝手にびくりと跳ねる。私は兄の背後に隠れた。
「なにをしている?」
「あ、ファフくん! ほら、玉ねぎとツナのパスタでヤンスよ~」
「いつも食べているのとは違うのか?」
「ほら、よく見て。レトルトじゃなくて手作りでヤンスよ。小生も手伝ったでヤンス!」
兄は「まぁ、茹でただけでヤンスけど!」と一人で笑っている。
「滝谷妹が、作ったのか……」
彼は、兄の後ろから様子をうかがっていた私の顔をちらりと見たのち、自分の分の皿とフォークを取るとテーブルへ向かう。
「小生たちも食べようでヤンス」
「う、うん……」
同じようにして席に着く。三人で食べるにはこのテーブルは小さい。皿たちがおしくらまんじゅう状態だ。
「いただきます!」
「い、いただきます」
「……」
兄が一番先にパスタを食べ始めた。「うん、おいしいでヤンス!」と頬をゆるめる。私も一口食べる。ちょっぴりしょっぱい。少し、醤油が多かったかもしれない。まぁ、許容範囲だ。
居候さんはなにも言わない。フォークを持ったまま、パスタを見つめている。
「ほら、ファフくんも食べて。冷めちゃうでヤンスよ」
「毒は入っていないのか」
「そんなわけないでヤンスよ! ねぇ?」
「入ってないです。醤油とコンソメと玉ねぎと油と……」
そこまで挙げて、しまったと口に手を当てる。話しかけるなとあれだけ言われていたのに。説明が途切れたのを見て、彼はフォークでパスタを巻き、口に運んだ。
「……」
感想はなかった。しかし、そのあとの行動で私たちは察することができた。彼は、この三人の中で一番の速さでパスタを平らげていた。
「相当おいしいみたいでヤンスねぇ」
「……うん」
しばらく食べ進めた後、声をかけられた。
「なぁ、滝谷妹」
「ひぃ、は、はい!」
「おかわりはないのか」
「すみません、その……これしかなくて……」
視線が勝手に下を向く。
「また作ってくれないか」
「……え」
顔を上げると、赤い瞳とばちり、目が合った。珍しい縦長の瞳孔に、彼が人間ではないような、そんな気がした。
「俺はファフニール。貴様はなんと言う」
「私はさくら、です」
「敬語もいらん。滝谷の親族だからな」
「う、うん、わかっ、た……」
ファフニールさんは空になった三人分の食器を持って立ち上がり、シンクに運ぶ。水の流れる音がした。お皿を洗っているらしい。
「なぁ、滝谷。買い出し、一緒に行くぞ」
「お、じゃあ三人で行こうでヤンス!」
「……あの」
二人がこちらを見る。
「もう、喋ってもいいのかな……」
「ああ、もちろんだ。お前のことは気に入った」
「ファフくん、人見知りでヤンスからねぇ……びっくりしたでヤンスよ」
「住処に侵入する人間のことは、すぐには信用できんからな」
「……なるほどでヤンス」
住処に侵入? よくわからないけど、それだけ彼は人見知りなのだろう、と解釈することにした。
皿洗いが終わったあと、ファフニールさんが出かけるための荷物整理をしていた私に尋ねる。なんだかそわそわしているように見える。
「夕飯はなんだ」
「まだ決まってない。スーパーで安い食材見てからにするつもりだよ」
「そうか」
少し前に見せた苛立ちをまた見せるのではないかと思っていたが、そんなことはなく、兄に「滝谷、食べたいものはあるか」なんて聞いている。
「作るのはさくら殿でヤンスよ〜、あんまり負担かけたくないし、リクエストはしないでヤンスねぇ。逆にこのおまかせ感がガチャみたいで、小生いつもワクワクなのでヤンス!」
「そうなのか……」
兄はメガネを取る。私もマイバッグと財布、スマホをショルダーバッグに入れて、立ち上がる。
「滝谷、さくら、行くぞ」
「ファフくん、やる気でヤンスなぁ」
「フン。うまい飯が食べられるからな、いくらでも協力してやる」
先陣を切って歩き出す居候さん。その黒い背中についていく。
「なぁ、さくら」
「は、はい」
「夕飯作り、手伝わせてくれ。おいしさの秘訣が知りたい」
私は目を見開いた。彼の口角がほんの少し上がっている。ファフニールさんは、私のことを気に入ってくれたらしい。
「お久しぶりでヤンス~」
「お兄ちゃん、ごめん、家出るの遅くて買い出し間に合わなかった……」
「気にしないで! あとで一緒に行こうでヤンス。ささ、上がって上がって」
「お邪魔します」
兄の部屋に足を踏み入れる直前、違和感に気づく。目の前に兄がいるというのに、なぜかゲームの戦う音が聞こえるのだ。
誰か……いる?
部屋に上がる。テレビの前にその人はいた。
私が部屋に入ってきたのに、物音にすら気づけないほど集中しているのか、こちらを振り返るそぶりも見せない。視線は液晶画面に食い入るように注がれており、コントローラーを必死に動かす音が聞こえてくる。画面を見るに大きな敵と戦っているから、ボス戦なのだろう。
そして、服装に驚く。それは二次元の世界や、兄の手伝いで行ったコミケでしか見たことのない服だった。燕尾服だ。
私は固まる。
「ファフくん。先週と今朝も伝えたでヤンスが、小生の妹が来たでヤンスよ~。ほら、挨拶」
「よろしくお願いします。ファフ……くん?」
疑問形で挨拶をすると、その人はこちらを振り返りもせず、言った。
「邪魔するな!」
「ヒッ……」
そして、「ああ、くそっ」だなんて悪態をつきながら、また意識をゲームに戻したようだった。
な……なに、この人!? 初対面とはいえ、家主の親族に対してその態度を取るなんて、私には考えられないことだ。よっぽど知らない人が苦手なのか、信じられないくらいゲーム熱がすごいのか、それとも……。
「ごめんでヤンス。あのボスには負けっぱなしで、ちょうど機嫌の悪いときだったでヤンスなぁ……」
兄は申し訳なさそうに謝る。
「だ、大丈夫。お友達?」
「んー……居候?」
「いそうろう……一緒に住んでるんだね」
「まぁ……そういうことになるでヤンス」
ひそひそと二人で話していると、テレビからゲームオーバーの物悲しい音が流れる。居候さんは大きなため息をつくとコントローラーを置き、やっとこちらを向いた。
「ファフくん、小生の妹でヤンス」
「よ、よろしく、です」
二度目の挨拶に、ファフくん、と呼ばれた人物は、私を頭のてっぺんから足の先までじっと見た。見定められているみたいで居心地が悪い。赤い瞳が私の目を見つめる。
「滝谷妹」
「な、なんでしょうか……」
テレビの前から立ち上がり、ドスドスと大きな足音を立てて私の前まで歩く。明らかに苛立っている。頭の上から注がれる視線に、威圧感を感じる。兄より身長が高い。
「話しかけるな」
「え……でも、お兄ちゃんのお友達さんなら、ちゃんとお話して仲良く」
「親族だがなんだか知らないが、俺に話しかけるな!」
「ファフくん」
兄が止めに入る。
「彼女は半年に一度、様子を見に来てくれるって説明したでヤンスよね? 今後も多分、顔を合わせることになるのでヤンスよ。だから、仲良くしてくれると小生は嬉しいでヤンス!」
私は、一人暮らし(今は二人暮らしなのか?)の兄のことが心配で、半年に一度こうして部屋に上がらせてもらっているのだ。そして、あることをして帰る。たったそれだけだが、大好きな兄に会えるこの日は、専門学校の友達からの誘いを断るくらい、私にとってとても大切な日だったのだ。
その大切な日に、こんなことが起こるなんて。きっと兄も、これは望んでいないことなのだろう。
「……」
兄の気持ちを聞いて、居候さんは眉間のしわをゆるめた。
「滝谷が言うなら、努力はする」
視線は壁に向けたままだった。そしてまた、テレビの前に戻っていった。コンティニューにカーソルを合わせ、セーブポイントからゲームが再開される。カチャカチャとコントローラーの音がし始めた。
兄が眼鏡の奥の目を私に向ける。
「じゃあ、やるでヤンスか?」
「そうだねぇ……冷蔵庫見ていい?」
「もちろんでヤンス!」
一人暮らし用の冷蔵庫を開けると、中はあまり入っていなかった。日持ちしそうな根菜と調味料、冷凍庫には冷凍ロールキャベツが入っている。棚を開けるとパスタとツナ缶、加えて色々な種類を取りそろえたレトルトカレーたち。そうだ、この人レトルトカレーが好きなんだった。
「このくらいしかないでヤンスが、いけそうでヤンス……?」
「いくしか、ないよね……」
手を洗う。残り二つの玉ねぎを手に取ると、「小生も手伝っていいでヤンス?」と声をかけられた。
「もちろん! パスタ茹でてほしいな。二人……じゃないや、三人分だね」
「わかったでヤンス!」
兄は蛇口を捻り、鍋に水を注いでいる。
玉ねぎを薄切りにし、油とチューブのニンニクを熱したところに入れていく。オリーブオイルがなかったから、普通の油で代用だ。透き通るまで炒めたら、そこにツナ缶を三つ投入。
「茹でていくでヤンス~」
「よろしく~」
300gのパスタが塩を加えた熱湯の中に入れられる。兄は鼻歌を歌いながら、菜箸でくっつかないように茹でている。
醤油とコンソメで味付けをして、なじませるように混ぜる。食欲をそそるいい香りがする。じゅわじゅわ、食材を加熱する音に耳を傾ける。気づけば、ゲームの音が止まっている。ふとそちらに視線を向けると、居候さんが遠くから私たちの行動を眺めていた。じっとりとした圧を感じる。指がこわばるも、今は料理中なのだからと気にしないようにした。
ゆで上がったパスタを入れようとしたところで、小さなフライパンに入りきらないことに気づいた。ここは臨機応変に行こう。三つの平皿にパスタをのせ、その上に具をのせる。ちゃんと最後のタレまで回しかけて。
「はい、完成!」
ツナ缶の油をそのまま使ったオイルパスタだ。これなら野菜もタンパク質も摂れる。
パスタは乗せる具材や味付けでだいぶ変わるため、なかなか飽きない。レトルトでさえあんな種類があるし、手作りなら食材×味付けでもっと幅が広がる。それに、作り始めてから食べるまでが早いから、忙しいときは結構な頻度で作る。学校の課題で作らないといけない難しい料理も好きだけど、こうやって実生活で活躍できる料理も好きだ。うん、我ながらいい出来。
「おー! おいしそうでヤンス! さすが小生の妹!」
「あはは、お兄ちゃん褒めすぎだよ」
「よっ、シェフの卵!」
「もー!」
二人で笑いあっていると、居候さんがすぐそばに来ていた。体が勝手にびくりと跳ねる。私は兄の背後に隠れた。
「なにをしている?」
「あ、ファフくん! ほら、玉ねぎとツナのパスタでヤンスよ~」
「いつも食べているのとは違うのか?」
「ほら、よく見て。レトルトじゃなくて手作りでヤンスよ。小生も手伝ったでヤンス!」
兄は「まぁ、茹でただけでヤンスけど!」と一人で笑っている。
「滝谷妹が、作ったのか……」
彼は、兄の後ろから様子をうかがっていた私の顔をちらりと見たのち、自分の分の皿とフォークを取るとテーブルへ向かう。
「小生たちも食べようでヤンス」
「う、うん……」
同じようにして席に着く。三人で食べるにはこのテーブルは小さい。皿たちがおしくらまんじゅう状態だ。
「いただきます!」
「い、いただきます」
「……」
兄が一番先にパスタを食べ始めた。「うん、おいしいでヤンス!」と頬をゆるめる。私も一口食べる。ちょっぴりしょっぱい。少し、醤油が多かったかもしれない。まぁ、許容範囲だ。
居候さんはなにも言わない。フォークを持ったまま、パスタを見つめている。
「ほら、ファフくんも食べて。冷めちゃうでヤンスよ」
「毒は入っていないのか」
「そんなわけないでヤンスよ! ねぇ?」
「入ってないです。醤油とコンソメと玉ねぎと油と……」
そこまで挙げて、しまったと口に手を当てる。話しかけるなとあれだけ言われていたのに。説明が途切れたのを見て、彼はフォークでパスタを巻き、口に運んだ。
「……」
感想はなかった。しかし、そのあとの行動で私たちは察することができた。彼は、この三人の中で一番の速さでパスタを平らげていた。
「相当おいしいみたいでヤンスねぇ」
「……うん」
しばらく食べ進めた後、声をかけられた。
「なぁ、滝谷妹」
「ひぃ、は、はい!」
「おかわりはないのか」
「すみません、その……これしかなくて……」
視線が勝手に下を向く。
「また作ってくれないか」
「……え」
顔を上げると、赤い瞳とばちり、目が合った。珍しい縦長の瞳孔に、彼が人間ではないような、そんな気がした。
「俺はファフニール。貴様はなんと言う」
「私はさくら、です」
「敬語もいらん。滝谷の親族だからな」
「う、うん、わかっ、た……」
ファフニールさんは空になった三人分の食器を持って立ち上がり、シンクに運ぶ。水の流れる音がした。お皿を洗っているらしい。
「なぁ、滝谷。買い出し、一緒に行くぞ」
「お、じゃあ三人で行こうでヤンス!」
「……あの」
二人がこちらを見る。
「もう、喋ってもいいのかな……」
「ああ、もちろんだ。お前のことは気に入った」
「ファフくん、人見知りでヤンスからねぇ……びっくりしたでヤンスよ」
「住処に侵入する人間のことは、すぐには信用できんからな」
「……なるほどでヤンス」
住処に侵入? よくわからないけど、それだけ彼は人見知りなのだろう、と解釈することにした。
皿洗いが終わったあと、ファフニールさんが出かけるための荷物整理をしていた私に尋ねる。なんだかそわそわしているように見える。
「夕飯はなんだ」
「まだ決まってない。スーパーで安い食材見てからにするつもりだよ」
「そうか」
少し前に見せた苛立ちをまた見せるのではないかと思っていたが、そんなことはなく、兄に「滝谷、食べたいものはあるか」なんて聞いている。
「作るのはさくら殿でヤンスよ〜、あんまり負担かけたくないし、リクエストはしないでヤンスねぇ。逆にこのおまかせ感がガチャみたいで、小生いつもワクワクなのでヤンス!」
「そうなのか……」
兄はメガネを取る。私もマイバッグと財布、スマホをショルダーバッグに入れて、立ち上がる。
「滝谷、さくら、行くぞ」
「ファフくん、やる気でヤンスなぁ」
「フン。うまい飯が食べられるからな、いくらでも協力してやる」
先陣を切って歩き出す居候さん。その黒い背中についていく。
「なぁ、さくら」
「は、はい」
「夕飯作り、手伝わせてくれ。おいしさの秘訣が知りたい」
私は目を見開いた。彼の口角がほんの少し上がっている。ファフニールさんは、私のことを気に入ってくれたらしい。
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