短編集・その他
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来たる襲撃の、一日前。
医務室で私は怪我をした人たちの包帯を取り替えていた。六日前の突然の出来事で負傷した人たちだ。彼らは「ありがとう」と言って私の仕事を褒めてくれる。それが今私にできる精一杯のことだった。
「大丈夫かな……」
同じく医療班のメンバーが小さく弱音をこぼす。
「僕たち、本当に勝てるのかな……」
「大丈夫。印の人たちに任せよう」
私は彼に優しく声をかける。
「私たちは戦うことはできないけれど、彼らを支えることで間接的に力になれる。できることをしよう」
笑ってみせると、彼は眉を下げて小さく微笑んだ。
「きっとオウニがなんとかしてくれるよ!」
薬の調合を手伝ってくれている子供が純粋な瞳で言う。
「さくらはオウニの彼女さんだもんなー!」
「恥ずかしいから言わないで!」
医務室に静かな笑いが起きる。
「だから大丈夫だよ! ね、さくら!」
「そう、だね!」
私はよくわからない気持ちのまま、無理やり笑って返事をした。
夜。明日の襲撃に備えて、皆が寝静まった頃。
私は一人、医務室で調合を続けていた。もう今日の仕事自体は終わっているけれど、万が一のためにと作業をしていたのだ。
すり鉢で薬草をつぶしていく。独特の植物の匂いが鼻を刺激する。この匂いも、もう慣れたものだ。
六日前の出来事を思い出す。
いつものように怪我の処置をしていたら、外から聞こえる音がおかしい。ぶつかる音、爆発する音、悲鳴。普段聞かない音が耳に容赦なく入ってきて、怖くて動けなかった。
騒動のあと、怪我人がたくさん運ばれてきたものだから驚いた。医療班としてみんなと協力してできる限りの早さで処置をした。
家族や友達を亡くして泣きじゃくる子供たちの相手もした。子供だけでなく、大人も泣いていた。私は年上の彼らをうまく慰めることができるか心配だったが、ひたすらに話を聞いた。
無印として、できることはそれくらいだから。
その日の夜、医務室に来た返り血で汚れたオウニを見て、驚きのあまりなにも声をかけてあげられなかった。薄い青色の服が赤黒い血液に染まったそのコントラストが、いたく目に焼き付いて離れなかった。
ここ一週間は医療班の仕事をすることで精一杯で、あまり休むことができなかった。その疲れは笑顔に隠して、せっかくのみんなの士気を下げないことに注力していた。医療班の私が泣いたら、他のメンバーも泣いてしまう。涙は泥クジラのみんなに伝わってしまう。結果として襲撃に負けてしまったら――それは、どうしても避けたかった。
今日の昼はスナモドリだったけど、心から楽しむことはできなかった。砂をかけ、かけられても、笑顔の下に隠した不安は大きくなるだけだった。
「本当に、大丈夫かな」
他の人を起こさないように、静かに独り言をつぶやく。
聞いたところによると、オウニは突撃隊のメンバーらしい。敵のヌースに自ら入り込む部隊で、内側から破壊して帰ってくるのだと。
突撃隊に選ばれたのは、複数人と戦ったという彼の実力を見込んでのことだろう。
「きっとオウニがなんとかしてくれるよ!」
昼間の声がよみがえる。サイミアを操るのが得意な彼なら、きっと戦うことなんてどうってことないことなんだろうけど。
本当に、帰ってくるのかな。帰ってこなかったら、私はどうすればいいんだろう。
調合の手が止まる。
もし、オウニと、この先ずっと会えなくなってしまったら。大好きなオウニと、会えなくなってしまったら。
「……さくら?」
私を呼ぶ声に顔を上げる。
「あ……」
医務室の入口に、オウニが来ていた。考え事の中にいた人が目の前に現れて、私は間抜けな声を上げてしまった。
「夜遅くまでお疲れ様」
「ありがとう。いつものことだから」
笑ってみせても、彼はその端正な顔を崩さない。それどころか、私の返事に納得しないといったような顔で、私のことを見ている。
「……随分思いつめた顔をしていたな」
「ご、ごめんなさい」
悩んでいるところを見られてしまった。彼の前では特に平気なふりをしていたかったのに。
「今、夜空が綺麗なんだ。気分転換に一緒に見ないか?」
「……行く」
調合途中の薬を置いて、私は彼の歩く先についていく。泥クジラの塔の上に私を連れて行ってくれるようだった。
段差を上がりながら、オウニに声をかける。
「オウニはなんでもお見通しだね」
「さくらが、つらそうな顔をしていた」
「そう、かな」
「そうだ」
あぁ、オウニは本当に私のことを見てくれているんだ。ほんの少し、笑顔という仮面がはがれかける。
塔のてっぺんに着く。誰もいなくて、私たちふたりだけ。
彼の言っていた通り、確かに星が綺麗だ。雲一つ出ていない紺色の空には、白き星がちらちらと煌めいている。
隣を見ると、オウニも同じく空を見ている。彼の瞳にも、この星が映っているのだろう。
「綺麗だな」
「うん」
オウニが隣にいる。いてくれる。今、この瞬間、彼は隣にいる。
もし、星空を一緒に見るのがこれが最後だとしたら。
「オウニ」
名前を呼べば、彼は振り向く。砂の海を流れてくる風に、彼の長い髪がなびいている。
その姿をもう見られなくなるかもしれない。考えたくないのに思考の針はそちらを向いてしまい、私の目のあたりを熱くさせる。
「……さくら?」
「なんでも、ない」
「そうは見えないが……」
「でも、泣いたらだめだから」
指組みをして涙が流れそうになるのを必死に抑える。何日も組み続けた手のひらには、爪の形の深い傷ができてしまっている。
苦笑いをすると、彼の口が動いた。
「愛してる」
突然の言葉は、なぜこの瞬間に言われたのかわからなくて。
「……オウニ?」
尋ねると、彼はこちらを向いて話す。
「愛してる、さくら。離れていてもずっと、想い続けるから」
まっすぐに向けられた双眸は、真剣そのもので、私の中の感情の爆発を止めようとしているなにかが壊れそうになる。
「やだよ、オウニ、そんなこと言われたら、愛してるなんて、言われたらっ」
ますます不安になってしまう。じわり、目のふちに涙がにじむ。指の力を強めて、痛みで悲しみを相殺しようとする。
「泣いていい。俺の前まで我慢するな」
その瞬間、私の感情がとめどなくあふれてきた。それは大量の涙になって、私の瞳からぼたぼたと流れ落ちる。ずっと我慢していた熱い熱い感情が、とめどなくこぼれていく。
ごめんなさい。本当は、私だって泣きたかったんだ。
子供のように泣く私のそばに、オウニは静かにいてくれる。
「行かないでっ」
「……」
「いやだよ!」
「……」
「一緒にいてよ……」
「……」
オウニはただ、そばにいるだけだった。その言葉なき行動が、今は確かに私を支えてくれる。
駄々をこねても変わらない。涙を手の甲でぬぐって、私は呼吸を整える。そして、彼の青い目を見て言葉を伝える。
「絶対、帰ってきて」
「ああ。もちろんだ」
彼の目の中には静かに揺らめく炎が見えた。絶対帰ってくるという気持ちのこもった希望の炎だ。
戦えない無印の私にできることは、みんなを支えることくらい。できることは違うけれど、精一杯のことをしよう。
泥クジラを守るために。この大切な居場所を、他の誰かに奪わせたりなんてさせない!
星がみんなを応援するかのように、暗い夜空にきらきらと輝いていた。
医務室で私は怪我をした人たちの包帯を取り替えていた。六日前の突然の出来事で負傷した人たちだ。彼らは「ありがとう」と言って私の仕事を褒めてくれる。それが今私にできる精一杯のことだった。
「大丈夫かな……」
同じく医療班のメンバーが小さく弱音をこぼす。
「僕たち、本当に勝てるのかな……」
「大丈夫。印の人たちに任せよう」
私は彼に優しく声をかける。
「私たちは戦うことはできないけれど、彼らを支えることで間接的に力になれる。できることをしよう」
笑ってみせると、彼は眉を下げて小さく微笑んだ。
「きっとオウニがなんとかしてくれるよ!」
薬の調合を手伝ってくれている子供が純粋な瞳で言う。
「さくらはオウニの彼女さんだもんなー!」
「恥ずかしいから言わないで!」
医務室に静かな笑いが起きる。
「だから大丈夫だよ! ね、さくら!」
「そう、だね!」
私はよくわからない気持ちのまま、無理やり笑って返事をした。
夜。明日の襲撃に備えて、皆が寝静まった頃。
私は一人、医務室で調合を続けていた。もう今日の仕事自体は終わっているけれど、万が一のためにと作業をしていたのだ。
すり鉢で薬草をつぶしていく。独特の植物の匂いが鼻を刺激する。この匂いも、もう慣れたものだ。
六日前の出来事を思い出す。
いつものように怪我の処置をしていたら、外から聞こえる音がおかしい。ぶつかる音、爆発する音、悲鳴。普段聞かない音が耳に容赦なく入ってきて、怖くて動けなかった。
騒動のあと、怪我人がたくさん運ばれてきたものだから驚いた。医療班としてみんなと協力してできる限りの早さで処置をした。
家族や友達を亡くして泣きじゃくる子供たちの相手もした。子供だけでなく、大人も泣いていた。私は年上の彼らをうまく慰めることができるか心配だったが、ひたすらに話を聞いた。
無印として、できることはそれくらいだから。
その日の夜、医務室に来た返り血で汚れたオウニを見て、驚きのあまりなにも声をかけてあげられなかった。薄い青色の服が赤黒い血液に染まったそのコントラストが、いたく目に焼き付いて離れなかった。
ここ一週間は医療班の仕事をすることで精一杯で、あまり休むことができなかった。その疲れは笑顔に隠して、せっかくのみんなの士気を下げないことに注力していた。医療班の私が泣いたら、他のメンバーも泣いてしまう。涙は泥クジラのみんなに伝わってしまう。結果として襲撃に負けてしまったら――それは、どうしても避けたかった。
今日の昼はスナモドリだったけど、心から楽しむことはできなかった。砂をかけ、かけられても、笑顔の下に隠した不安は大きくなるだけだった。
「本当に、大丈夫かな」
他の人を起こさないように、静かに独り言をつぶやく。
聞いたところによると、オウニは突撃隊のメンバーらしい。敵のヌースに自ら入り込む部隊で、内側から破壊して帰ってくるのだと。
突撃隊に選ばれたのは、複数人と戦ったという彼の実力を見込んでのことだろう。
「きっとオウニがなんとかしてくれるよ!」
昼間の声がよみがえる。サイミアを操るのが得意な彼なら、きっと戦うことなんてどうってことないことなんだろうけど。
本当に、帰ってくるのかな。帰ってこなかったら、私はどうすればいいんだろう。
調合の手が止まる。
もし、オウニと、この先ずっと会えなくなってしまったら。大好きなオウニと、会えなくなってしまったら。
「……さくら?」
私を呼ぶ声に顔を上げる。
「あ……」
医務室の入口に、オウニが来ていた。考え事の中にいた人が目の前に現れて、私は間抜けな声を上げてしまった。
「夜遅くまでお疲れ様」
「ありがとう。いつものことだから」
笑ってみせても、彼はその端正な顔を崩さない。それどころか、私の返事に納得しないといったような顔で、私のことを見ている。
「……随分思いつめた顔をしていたな」
「ご、ごめんなさい」
悩んでいるところを見られてしまった。彼の前では特に平気なふりをしていたかったのに。
「今、夜空が綺麗なんだ。気分転換に一緒に見ないか?」
「……行く」
調合途中の薬を置いて、私は彼の歩く先についていく。泥クジラの塔の上に私を連れて行ってくれるようだった。
段差を上がりながら、オウニに声をかける。
「オウニはなんでもお見通しだね」
「さくらが、つらそうな顔をしていた」
「そう、かな」
「そうだ」
あぁ、オウニは本当に私のことを見てくれているんだ。ほんの少し、笑顔という仮面がはがれかける。
塔のてっぺんに着く。誰もいなくて、私たちふたりだけ。
彼の言っていた通り、確かに星が綺麗だ。雲一つ出ていない紺色の空には、白き星がちらちらと煌めいている。
隣を見ると、オウニも同じく空を見ている。彼の瞳にも、この星が映っているのだろう。
「綺麗だな」
「うん」
オウニが隣にいる。いてくれる。今、この瞬間、彼は隣にいる。
もし、星空を一緒に見るのがこれが最後だとしたら。
「オウニ」
名前を呼べば、彼は振り向く。砂の海を流れてくる風に、彼の長い髪がなびいている。
その姿をもう見られなくなるかもしれない。考えたくないのに思考の針はそちらを向いてしまい、私の目のあたりを熱くさせる。
「……さくら?」
「なんでも、ない」
「そうは見えないが……」
「でも、泣いたらだめだから」
指組みをして涙が流れそうになるのを必死に抑える。何日も組み続けた手のひらには、爪の形の深い傷ができてしまっている。
苦笑いをすると、彼の口が動いた。
「愛してる」
突然の言葉は、なぜこの瞬間に言われたのかわからなくて。
「……オウニ?」
尋ねると、彼はこちらを向いて話す。
「愛してる、さくら。離れていてもずっと、想い続けるから」
まっすぐに向けられた双眸は、真剣そのもので、私の中の感情の爆発を止めようとしているなにかが壊れそうになる。
「やだよ、オウニ、そんなこと言われたら、愛してるなんて、言われたらっ」
ますます不安になってしまう。じわり、目のふちに涙がにじむ。指の力を強めて、痛みで悲しみを相殺しようとする。
「泣いていい。俺の前まで我慢するな」
その瞬間、私の感情がとめどなくあふれてきた。それは大量の涙になって、私の瞳からぼたぼたと流れ落ちる。ずっと我慢していた熱い熱い感情が、とめどなくこぼれていく。
ごめんなさい。本当は、私だって泣きたかったんだ。
子供のように泣く私のそばに、オウニは静かにいてくれる。
「行かないでっ」
「……」
「いやだよ!」
「……」
「一緒にいてよ……」
「……」
オウニはただ、そばにいるだけだった。その言葉なき行動が、今は確かに私を支えてくれる。
駄々をこねても変わらない。涙を手の甲でぬぐって、私は呼吸を整える。そして、彼の青い目を見て言葉を伝える。
「絶対、帰ってきて」
「ああ。もちろんだ」
彼の目の中には静かに揺らめく炎が見えた。絶対帰ってくるという気持ちのこもった希望の炎だ。
戦えない無印の私にできることは、みんなを支えることくらい。できることは違うけれど、精一杯のことをしよう。
泥クジラを守るために。この大切な居場所を、他の誰かに奪わせたりなんてさせない!
星がみんなを応援するかのように、暗い夜空にきらきらと輝いていた。
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