夏休み
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からん、ころん、と足元から音がする。この日のために、下駄を履いてきたのだ。足を止めて見てみると、金魚を思わせる鼻緒の赤が私を見つめ返していた。
家からでも聞こえていた祭り囃子の音が、近づくにつれて徐々に大きくなっていく。曲がった先についに見えた、並んだ提灯の明かり。焼き物の煙の匂いが、少しだけ鼻につく。出入りする人たちで、神社は明らかに混んでいた。
スマホを見ると、少し早めについていたようだった。鳥居の少し手前で、相手を待つ。
「水火!」
名前を呼ばれて振り返ると、彼が来ていた。私と同じで、浴衣を着ている。
「待たせたか?」
「ううん、今来たところ」
焦凍は紺色の浴衣に灰色の帯をつけている。シックな装いが、落ち着いた彼に似合っていて、私はつい言葉をこぼす。
「浴衣、似合ってるね」
伝えると、焦凍は少し目を見開き、そして微笑んだ。
「ありがとう。水火も……その、浴衣」
そこまで言って、彼は言葉を紡ぐのをやめた。
「うん。お母さんのお下がりなの」
黒地に、水色の大ぶりの花を散らしたデザインだ。ところどころに波紋の模様が施されている。何年も前、お母さんは「これを見て決めたの。ほら、私の個性みたいでしょう?」と笑っていた。
この浴衣は、お母さんの遺したものだ。それを着るのは、なんだか躊躇ってしまうところもあった。
けれど、浴衣を持っていなかった私に、お父さんが「いい機会だし、水澄も喜ぶだろうから」と勧めてくれたのだ。
「どうかな」
その場で少し、体をひねってみせる。袖がひらひらと揺蕩う。その動きを、焦凍は見つめていた。
「似合ってる。浴衣ももちろんだが、下駄の色も水火に合っているし、その、髪型も……」
なにかを言いかけて、口が閉じられる。白いシュシュをつけたおさげの片方をいじりながら、返事を待つ。
「素敵だと、思う」
褒められて、私は緊張していた口からゆっくりと力が抜けていくのを感じた。
「ありがとう、焦凍。嬉しい」
にっと笑ってみせると、焦凍もやさしく微笑んだ。
「水火、自分で着たのか?」
「うん。ネットで調べて、見よう見まねだけどね」
「一人でか。すごいな……」
「焦凍は?」
尋ねると、彼は少し逡巡したのち、答えてくれた。
「親父に小さいころ、教えられたんだ。
『このくらい轟家の人間として当たり前だ』だと。だから、できる」
少しだけ落ちた声のトーンで、伝えられる。苦い記憶を思い出させてしまったかと思い、私は「ごめんね」と謝る。
「水火が謝ることじゃない。おかげで、今日は誰の手も借りずに着れたんだ。それに」
アスファルトに視線を落として、そのあと私の顔を見つめる。
「水火に、似合ってるって言ってもらえた。それだけで、過去の嫌な記憶も救われたようなもんだ」
その顔は穏やかに微笑んでいて、私の何気ない言葉が彼を支えている事実が本物であることが伝わってきた。
「こちらこそありがとうだよ、焦凍。今日は楽しもうね」
明るく声をかけると、焦凍は頷く。二人で並んで、境内への石段を上がった。
家からでも聞こえていた祭り囃子の音が、近づくにつれて徐々に大きくなっていく。曲がった先についに見えた、並んだ提灯の明かり。焼き物の煙の匂いが、少しだけ鼻につく。出入りする人たちで、神社は明らかに混んでいた。
スマホを見ると、少し早めについていたようだった。鳥居の少し手前で、相手を待つ。
「水火!」
名前を呼ばれて振り返ると、彼が来ていた。私と同じで、浴衣を着ている。
「待たせたか?」
「ううん、今来たところ」
焦凍は紺色の浴衣に灰色の帯をつけている。シックな装いが、落ち着いた彼に似合っていて、私はつい言葉をこぼす。
「浴衣、似合ってるね」
伝えると、焦凍は少し目を見開き、そして微笑んだ。
「ありがとう。水火も……その、浴衣」
そこまで言って、彼は言葉を紡ぐのをやめた。
「うん。お母さんのお下がりなの」
黒地に、水色の大ぶりの花を散らしたデザインだ。ところどころに波紋の模様が施されている。何年も前、お母さんは「これを見て決めたの。ほら、私の個性みたいでしょう?」と笑っていた。
この浴衣は、お母さんの遺したものだ。それを着るのは、なんだか躊躇ってしまうところもあった。
けれど、浴衣を持っていなかった私に、お父さんが「いい機会だし、水澄も喜ぶだろうから」と勧めてくれたのだ。
「どうかな」
その場で少し、体をひねってみせる。袖がひらひらと揺蕩う。その動きを、焦凍は見つめていた。
「似合ってる。浴衣ももちろんだが、下駄の色も水火に合っているし、その、髪型も……」
なにかを言いかけて、口が閉じられる。白いシュシュをつけたおさげの片方をいじりながら、返事を待つ。
「素敵だと、思う」
褒められて、私は緊張していた口からゆっくりと力が抜けていくのを感じた。
「ありがとう、焦凍。嬉しい」
にっと笑ってみせると、焦凍もやさしく微笑んだ。
「水火、自分で着たのか?」
「うん。ネットで調べて、見よう見まねだけどね」
「一人でか。すごいな……」
「焦凍は?」
尋ねると、彼は少し逡巡したのち、答えてくれた。
「親父に小さいころ、教えられたんだ。
『このくらい轟家の人間として当たり前だ』だと。だから、できる」
少しだけ落ちた声のトーンで、伝えられる。苦い記憶を思い出させてしまったかと思い、私は「ごめんね」と謝る。
「水火が謝ることじゃない。おかげで、今日は誰の手も借りずに着れたんだ。それに」
アスファルトに視線を落として、そのあと私の顔を見つめる。
「水火に、似合ってるって言ってもらえた。それだけで、過去の嫌な記憶も救われたようなもんだ」
その顔は穏やかに微笑んでいて、私の何気ない言葉が彼を支えている事実が本物であることが伝わってきた。
「こちらこそありがとうだよ、焦凍。今日は楽しもうね」
明るく声をかけると、焦凍は頷く。二人で並んで、境内への石段を上がった。