夏休み
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本家の轟家までは徒歩数分の距離だ。夏の日差しに私は日傘を差しながら、他愛もない話をして向かった。
冬美さんが鍵を開けてくれる。彼女に続いて、敷居をまたごうとした、そのときだった。
『失せろ! 邪魔者が!』
あの人の声だ。怒声が続くが、なにを言っているのかわからない。ただ一つわかるのは、私がお父さんと一緒に怒られているということだ。あの人に。……あの人に。
私は、この家に入る資格がない。怒られてしまうから。
「……水火?」
焦凍の声で我に返る。踏み出した足を上げたまま、立ち止まってしまっていた。右足を元に戻し、足元を見つめる。
動けない。足はこわばってしまっていて使い物にならず、その場で震えているだけだ。
「水火ちゃん、大丈夫?」
様子のおかしい私に気づいたのか、冬美さんが戻ってきた。怖くて目をつむってしまう。
「だ、だめ、です……」
「どうしたの? なにか、思い出してる?」
「えっと……その」
「親父のことだろ」
焦凍の指摘に、目を開く。顔を上げると、彼は相変わらずの無表情だったが、私の目を見つめていた。怯える私の目が、彼の二色の目を捉える。
「……うん」
頷くと、焦凍は私に向き直る。
「水火はあのときの水火じゃない。俺も変わった。もう大丈夫だ」
あのときの、と聞いてあの日のことが脳裏にちらつく。もう遊びに来れないとお父さんに知らされた、あの日。泣きながらあとにした、あの日。二度と見たくない夕焼けを、未だに思い出してしまう。
不安な気持ちを抱えたまま顔を見ると、気づいて二人とも微笑んでくれる。私の背を追い越した、焦凍。大人になった、冬美さん。高校生になった、私。
あれはもう、過去のことなのだ。私はもう、あのころの私ではない。なにより、あのとき会いたかった焦凍も冬美さんもいる。目の前に、いてくれる。味方でいてくれる存在がいる。
それなのに、私だけ変われていない気がするのは、どうしてだろう。焦凍の顔から視線をそらす。彼が少し驚いた顔をしたのが視界に映る。私と違い落ち着いた様子で、彼は言葉を紡ぎなおす。
「何かあったら、俺が守るから」
もう一度、相手の目を見る。向き合う覚悟のできた目だ。過去と向き合い、傷が癒えていないまま変われていない私も未来へ連れて行ってあげようと、手を差し伸ばすような言葉をくれる。
「俺が言うから。俺が、そばにいるから」
そばにいるから、と言ってくれた声で、つい、目がうるんだ。
「だから、大丈夫だ」
「……焦凍」
焦凍がいてくれるのなら、これ以上に強い味方はいない。泣きそうになるのをぐっとこらえ、一歩を踏み出す。
冬美さんが鍵を開けてくれる。彼女に続いて、敷居をまたごうとした、そのときだった。
『失せろ! 邪魔者が!』
あの人の声だ。怒声が続くが、なにを言っているのかわからない。ただ一つわかるのは、私がお父さんと一緒に怒られているということだ。あの人に。……あの人に。
私は、この家に入る資格がない。怒られてしまうから。
「……水火?」
焦凍の声で我に返る。踏み出した足を上げたまま、立ち止まってしまっていた。右足を元に戻し、足元を見つめる。
動けない。足はこわばってしまっていて使い物にならず、その場で震えているだけだ。
「水火ちゃん、大丈夫?」
様子のおかしい私に気づいたのか、冬美さんが戻ってきた。怖くて目をつむってしまう。
「だ、だめ、です……」
「どうしたの? なにか、思い出してる?」
「えっと……その」
「親父のことだろ」
焦凍の指摘に、目を開く。顔を上げると、彼は相変わらずの無表情だったが、私の目を見つめていた。怯える私の目が、彼の二色の目を捉える。
「……うん」
頷くと、焦凍は私に向き直る。
「水火はあのときの水火じゃない。俺も変わった。もう大丈夫だ」
あのときの、と聞いてあの日のことが脳裏にちらつく。もう遊びに来れないとお父さんに知らされた、あの日。泣きながらあとにした、あの日。二度と見たくない夕焼けを、未だに思い出してしまう。
不安な気持ちを抱えたまま顔を見ると、気づいて二人とも微笑んでくれる。私の背を追い越した、焦凍。大人になった、冬美さん。高校生になった、私。
あれはもう、過去のことなのだ。私はもう、あのころの私ではない。なにより、あのとき会いたかった焦凍も冬美さんもいる。目の前に、いてくれる。味方でいてくれる存在がいる。
それなのに、私だけ変われていない気がするのは、どうしてだろう。焦凍の顔から視線をそらす。彼が少し驚いた顔をしたのが視界に映る。私と違い落ち着いた様子で、彼は言葉を紡ぎなおす。
「何かあったら、俺が守るから」
もう一度、相手の目を見る。向き合う覚悟のできた目だ。過去と向き合い、傷が癒えていないまま変われていない私も未来へ連れて行ってあげようと、手を差し伸ばすような言葉をくれる。
「俺が言うから。俺が、そばにいるから」
そばにいるから、と言ってくれた声で、つい、目がうるんだ。
「だから、大丈夫だ」
「……焦凍」
焦凍がいてくれるのなら、これ以上に強い味方はいない。泣きそうになるのをぐっとこらえ、一歩を踏み出す。