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月に一度のビデオ通話。通話ボタンを押す時はいつも緊張する。
特に、今日は。
「ねぇ、お父さん。緊張してきちゃった……」
二人だけのリビングに、私の震える声が響く。
「珍しいな。何度も話してる相手じゃないか。それに……」
お父さんが私の隣に来る。
「いい報告ができるんだろ?」
「うん……」
時計は午後の八時を指した。
少し不安になりながら、通話ボタンを押す。相手はすぐに出てきてくれた。
「水火ちゃん! 元気してた?」
白い髪色に少しだけ赤が混じっている、メガネをかけた女性が画面に映る。
「冬美さん……! はい、とっても元気にしてました!」
「おー、それはよかった! 炎也さんまで今日はいるけど……もしかして」
首を傾げる冬美さん。お父さんがにっこりと笑う。「大丈夫だよ」と背中を押してくれる。
緊張しながら、私はすぅと息を吸う。
「雄英……受かりましたーっ!」
私の報告を聞いた冬美さんは一瞬驚いたあと、ぱあっと明るい笑顔になった。
「すごいじゃん! 水火ちゃん、おめでとう!」
「えへへ……ありがとうございます!」
「偏差値79でしょ? いやー、すごいなぁ……」
「勉強相当頑張ってたもんなぁ、水火。お父さん見てたぞー?」
やわらかな空気が部屋に漂う。あぁ、よかった。ちゃんと報告できた。
「チャレンジ校、だったっけ?」
「そうです。担任の先生に『轟は頭がいいから、医師を目指すんだったら雄英も全然アリだぞ』って言われて……なんか、受かっちゃいました」
「なんかって! やっぱり面白いわ、水火ちゃん」
冬美さんはくすっと笑って「高校生活、楽しめるといいね」って言ってくれた。
「そういえば、その」
おずおずと切り出す。
「焦凍くんって……いますか」
「……いるよ。ちょっと聞いてみるね」
冬美さんは部屋の外に出ていった。
「……」
「水火」
不意にお父さんが私の名前を呼ぶ。
「もう、いいんじゃないか」
「……それでもね、お父さん。私は焦凍の顔が見たいの」
焦凍とは、もう十年も会っていない。炎司さんが彼の手を引っ張って訓練をし始めてから、ずっと。
家に行っても会わせてもらえなかった。いつしか直接訪ねるのが怖くなってしまって、冬美さんとビデオ通話をするようになった。
最後の訪問のとき、月に一回通話をしようと、焦凍へのプレゼントを渡しながら冬美さんと約束したのだ。それだけで付き合いを済ませてしまっていた。
これでいいのか?
……いいわけがない!
できることなら、焦凍と会いたい。今まで何してたのかとか聞きたいし、こっちだって話すことはたくさんある。
また、昔みたいに話し合えたなら。
そんなこと、できないってわかってる。
だって。
冬美さんが部屋に戻ってきた。
「ごめん。焦凍、話せないって」
「そう、ですよね。ごめんなさい」
「水火ちゃんが謝ることじゃないよ」
冬美さんは申し訳なさそうにしている。お父さんも「……そうか」と残念そうな顔をした。
焦凍は、一度も通話に出てくれないのだ。
ただ近況を報告するだけの通話で、何も気負うことなんてないのに、彼は全て断っている。
ただ顔が見たいだけなのに。本音を言うなら、少し話せたらいいなとも思うけど。
「会いたく、ないのかな」
「……わからない。でも、そんなことはないと思うよ。少なくとも私は」
冬美さんのフォローはいつも優しい。その優しさに、何度も救われてきた。
「焦凍くんは、元気ですか」
「うん! 元気にしてるよ」
「よかったです」
このまま、冬美さんから間接的に近況を聞くだけでいいんだ。これが、きっと誰にも迷惑のかからない正解なんだ。
だから、このまま。ずっと会わないままで……。
「っていうかさ、水火ちゃん」
冬美さんは画面越しににやり、笑ってみせる。
「雄英で会いに行っちゃえば?」
「……へ」
予想していなかった答えに変な声が出てしまった。思わず口を手で覆う。
「そうだぞ、水火。家もダメで、通話もダメなら、学校で会いに行っちゃえばいいんだよ!」
お父さんはにこにこ笑って冬美さんのアイデアを支持する。
焦凍は推薦だったから、一般入試の私よりずっと早く雄英に合格していたことは冬美さんから聞いていたけれど。
あの憧れの雄英で、焦凍と十年越しに……会う?
そんなこと……できるの?
「……どうせ会いに行ったところで、きっと『顔も見たくない』なんて言われるのがオチですよ。私なんて……炎司さんにも嫌われてるし」
「いやいや、意外と違うかもよ〜?」
私のネガティブは優しく否定される。
「焦凍がね、水火ちゃんのことを悪く言っているところを見たことがないの」
「……え」
「むしろ、お父さんが水火ちゃんの悪口言うと怒るくらいだから」
「そう、なんですか」
「だから、きっと大丈夫」
グッと親指を立てる冬美さん。スマホのスピーカー越しの声は少しノイズが混じっていたけれど、その応援は確かに私の心に届いたんだ。
「じゃあ、合格したこと焦凍に伝えとくよ」
「いやっ、恥ずかしいです……!」
「あはは! 大丈夫だよ」
それから、お互いの近況を話し合って三月のビデオ通話は無事に終わった。
「またね、水火ちゃん。雄英でもし会えたら、焦凍をよろしくね」
「は、はい……! こちらこそ!」
「炎也さんも、忙しいのにありがとうございます」
「はは、休みだったからいいんだ。冬美さんも先生忙しいのにいつもありがとうな」
「いえいえ」
また、やわらかな空気が三人を包んでいた。
通話が切れる。
「雄英で会いに行っちゃえば?」
冬美さんの言葉が蘇る。
もし、焦凍に会えたなら。
会えたなら。
「なんて話せばいいのかな……」
「ははは、大丈夫だ。そんなに心配することないぜ、水火。会えば言葉も見つかるさ」
お父さんはそうやって気楽に言うけど……私は、本当にどうすればいいのかわからなかった。
でも。
私は深呼吸をする。
「……よし」
不安なことはたくさんあるけれど、ひとつひとつこなしていけばきっと大丈夫だよね。
なんとか、なるかな。
街灯に照らされた桜のつぼみが、今にも咲こうとしていた。
特に、今日は。
「ねぇ、お父さん。緊張してきちゃった……」
二人だけのリビングに、私の震える声が響く。
「珍しいな。何度も話してる相手じゃないか。それに……」
お父さんが私の隣に来る。
「いい報告ができるんだろ?」
「うん……」
時計は午後の八時を指した。
少し不安になりながら、通話ボタンを押す。相手はすぐに出てきてくれた。
「水火ちゃん! 元気してた?」
白い髪色に少しだけ赤が混じっている、メガネをかけた女性が画面に映る。
「冬美さん……! はい、とっても元気にしてました!」
「おー、それはよかった! 炎也さんまで今日はいるけど……もしかして」
首を傾げる冬美さん。お父さんがにっこりと笑う。「大丈夫だよ」と背中を押してくれる。
緊張しながら、私はすぅと息を吸う。
「雄英……受かりましたーっ!」
私の報告を聞いた冬美さんは一瞬驚いたあと、ぱあっと明るい笑顔になった。
「すごいじゃん! 水火ちゃん、おめでとう!」
「えへへ……ありがとうございます!」
「偏差値79でしょ? いやー、すごいなぁ……」
「勉強相当頑張ってたもんなぁ、水火。お父さん見てたぞー?」
やわらかな空気が部屋に漂う。あぁ、よかった。ちゃんと報告できた。
「チャレンジ校、だったっけ?」
「そうです。担任の先生に『轟は頭がいいから、医師を目指すんだったら雄英も全然アリだぞ』って言われて……なんか、受かっちゃいました」
「なんかって! やっぱり面白いわ、水火ちゃん」
冬美さんはくすっと笑って「高校生活、楽しめるといいね」って言ってくれた。
「そういえば、その」
おずおずと切り出す。
「焦凍くんって……いますか」
「……いるよ。ちょっと聞いてみるね」
冬美さんは部屋の外に出ていった。
「……」
「水火」
不意にお父さんが私の名前を呼ぶ。
「もう、いいんじゃないか」
「……それでもね、お父さん。私は焦凍の顔が見たいの」
焦凍とは、もう十年も会っていない。炎司さんが彼の手を引っ張って訓練をし始めてから、ずっと。
家に行っても会わせてもらえなかった。いつしか直接訪ねるのが怖くなってしまって、冬美さんとビデオ通話をするようになった。
最後の訪問のとき、月に一回通話をしようと、焦凍へのプレゼントを渡しながら冬美さんと約束したのだ。それだけで付き合いを済ませてしまっていた。
これでいいのか?
……いいわけがない!
できることなら、焦凍と会いたい。今まで何してたのかとか聞きたいし、こっちだって話すことはたくさんある。
また、昔みたいに話し合えたなら。
そんなこと、できないってわかってる。
だって。
冬美さんが部屋に戻ってきた。
「ごめん。焦凍、話せないって」
「そう、ですよね。ごめんなさい」
「水火ちゃんが謝ることじゃないよ」
冬美さんは申し訳なさそうにしている。お父さんも「……そうか」と残念そうな顔をした。
焦凍は、一度も通話に出てくれないのだ。
ただ近況を報告するだけの通話で、何も気負うことなんてないのに、彼は全て断っている。
ただ顔が見たいだけなのに。本音を言うなら、少し話せたらいいなとも思うけど。
「会いたく、ないのかな」
「……わからない。でも、そんなことはないと思うよ。少なくとも私は」
冬美さんのフォローはいつも優しい。その優しさに、何度も救われてきた。
「焦凍くんは、元気ですか」
「うん! 元気にしてるよ」
「よかったです」
このまま、冬美さんから間接的に近況を聞くだけでいいんだ。これが、きっと誰にも迷惑のかからない正解なんだ。
だから、このまま。ずっと会わないままで……。
「っていうかさ、水火ちゃん」
冬美さんは画面越しににやり、笑ってみせる。
「雄英で会いに行っちゃえば?」
「……へ」
予想していなかった答えに変な声が出てしまった。思わず口を手で覆う。
「そうだぞ、水火。家もダメで、通話もダメなら、学校で会いに行っちゃえばいいんだよ!」
お父さんはにこにこ笑って冬美さんのアイデアを支持する。
焦凍は推薦だったから、一般入試の私よりずっと早く雄英に合格していたことは冬美さんから聞いていたけれど。
あの憧れの雄英で、焦凍と十年越しに……会う?
そんなこと……できるの?
「……どうせ会いに行ったところで、きっと『顔も見たくない』なんて言われるのがオチですよ。私なんて……炎司さんにも嫌われてるし」
「いやいや、意外と違うかもよ〜?」
私のネガティブは優しく否定される。
「焦凍がね、水火ちゃんのことを悪く言っているところを見たことがないの」
「……え」
「むしろ、お父さんが水火ちゃんの悪口言うと怒るくらいだから」
「そう、なんですか」
「だから、きっと大丈夫」
グッと親指を立てる冬美さん。スマホのスピーカー越しの声は少しノイズが混じっていたけれど、その応援は確かに私の心に届いたんだ。
「じゃあ、合格したこと焦凍に伝えとくよ」
「いやっ、恥ずかしいです……!」
「あはは! 大丈夫だよ」
それから、お互いの近況を話し合って三月のビデオ通話は無事に終わった。
「またね、水火ちゃん。雄英でもし会えたら、焦凍をよろしくね」
「は、はい……! こちらこそ!」
「炎也さんも、忙しいのにありがとうございます」
「はは、休みだったからいいんだ。冬美さんも先生忙しいのにいつもありがとうな」
「いえいえ」
また、やわらかな空気が三人を包んでいた。
通話が切れる。
「雄英で会いに行っちゃえば?」
冬美さんの言葉が蘇る。
もし、焦凍に会えたなら。
会えたなら。
「なんて話せばいいのかな……」
「ははは、大丈夫だ。そんなに心配することないぜ、水火。会えば言葉も見つかるさ」
お父さんはそうやって気楽に言うけど……私は、本当にどうすればいいのかわからなかった。
でも。
私は深呼吸をする。
「……よし」
不安なことはたくさんあるけれど、ひとつひとつこなしていけばきっと大丈夫だよね。
なんとか、なるかな。
街灯に照らされた桜のつぼみが、今にも咲こうとしていた。