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水火を幸せにする。
そう言われたのは、雄英を卒業したその日のことだった。早すぎるプロポーズに私は口を開け、その後、笑って一緒に暮らすことを決めた。
そんなことを思い出しながら、皿洗いをする。視界には食事を終えた旦那が映る。ソファーに座り、フローリングに視線を落としていた。
最後の皿の水を切り、蛇口を閉める。あかぎれになった指がヒリヒリと傷んだ。
私はこの家で、主婦をしている。大学の合格通知を蹴ったのは、彼のプロポーズが決め手だ。
ケーキが見知らぬフォークに喰べられたというニュースを見ていると、受験勉強にも身が入らなかった。もし、大学で、知らない人たちのいるところで、襲われでもしたら。私は、明るい未来を想像できなかった。
なあなあで決めた進路に未練があるはずもなく、日頃感じていた悪意を持った視線から逃れるためにも、あっさりと専業主婦になることを選んだ。二人で決めて建てたこの家の中が、私の行動範囲だ。
エプロンを外し、彼の座るソファーの隣に腰を下ろす。すると、焦凍は「……悪い、今日もいいか?」とあかぎれの指を見ながら蚊の鳴くような声で尋ねてきた。
「もちろん」
彼に向き直り、ばっと両手を広げてみせると、焦凍は私の胸に飛び込んできた。背中に回された腕は、きつく私を抱きしめてくる。
「すまない……」
まるで懺悔をするかのように、耳元で私に謝罪する。彼の、フォークである以上湧き上がる欲を解消する儀式をする前に、焦凍は必ず謝る。
ちゅ、と音がして、焦凍が私の首筋にキスを落とす。一口ずつ味わうようにゆっくりと、その部位は徐々に上に移動していく。決して舐めるような真似はしない。それは私があとで困るだろうから嫌だと、前に話していた。
彼の吐息が耳にかかり、私の体がびく、と反応する。唇を避けて頬にまで上がってきたあと、焦凍は一度ため息をついた。落ち込んだ、ため息だった。
「……いつも、手間隙かけて、食事で俺を楽しませようとしてくれているのに……俺は、味がわからない……水火の……作ってくれた、料理も……」
ぽろぽろ、涙があふれる。そっと震える頭を撫でる。子供のような泣き顔。抱きしめると、彼の出す嗚咽の度に、私の体に揺れが伝わる。
今日も仕事でなにかあったのだろう。普段はなにもしてこない彼は、落ち込むと私の甘さを求めてキスをする。そして、大抵はその途中で涙を流す。
フォークであるが故の、食事の苦しさ。プロヒーローとして働いていながら、いつ世間にバレてしまうかわからない、恐怖。同じフォークが起こした事件を見て危惧する、最悪の未来。そんな苦しい胸の内を私に吐露する。
そう思うのも無理はない。私は、自分の甘さで彼に束の間の癒しを与えることしかできない。
たとえ、それしかできなかったとしても。私が焦凍にできることが微々たるものだったとしても。
私はあのとき、決めたのだ。そばにいる、と。
私たち二人は雄英に通っていた。私は普通科、焦凍はヒーロー科に。
その学校生活の途中、いきなり食事の味がしなくなったことに、彼は戸惑っていた。
最初、彼は味覚障害だと思ったらしい。病院で診てもらうも、結果は異常なし。そしてすぐに、私がケーキであることに気づいたという。それが、焦凍が自身をフォークだと自覚した出来事だった。
厳しい家庭環境だった彼のことだ、それをご家族に打ち明けることは難しかったのだろう。焦凍が真っ先に相談したのは、いとこである私だった。
話がある、と言われて誰もいない空き教室に向かったのち、静かに切り出された。俺はフォークだ、と。
そして、私がケーキであることも。伝えた方が、水火が身を守ることに繋がると思ったから伝えた、と彼は言っていた。
私はその事実に動揺したが、それは長くは続かなかった。なんとなく、わかっていた。この頃焦凍の食欲が落ちていることも、街で私に注がれる視線の一部がじっとりと粘ついていたことも、それなら説明がつく。
頭で考えていると、目の前の相手がふるふると体を震わせていることに気づいた。
「俺は、犯罪者予備軍だ。どうしたらっ、どうしたら、いい。水火……たすけて、くれ……」
ぽろぽろ、あふれる涙は止まることを知らない。人生を壊してしまうかもしれない残酷な事実に、彼は間違いなく絶望していた。
私は、そんな焦凍を前にして、一つの決意をする。笑ってやさしく、声をかける。
「私が、そばにいるよ」
え、と声がして、彼が目を見開く。
「焦凍がそうならないように、私がいるから」
「だが、本当に水火を食べてしまったら、俺はっ……」
「しないでしょ?」
問いかけに、少しの間ののちおずおずと頷く。
「ね。焦凍なら大丈夫」
笑って伝え、ハンカチを差し出す。安心させるように柔らかな言葉をかけていると、彼も落ち着いたのか涙を拭いた。赤い目のまま、焦凍は力なく笑った。
自身の特性の告白のあと。どうにか食事を楽しんでほしいと、私は家に彼を招いて食事を共にした。
ひんやりつるっとした冷麺、サクサク食感の揚げたてコロッケ、デザートにはカラフルなプリンアラモード。どれも、私がこれなら楽しめるかもしれないと作ったものだ。
食事の最中にはいろんな話題を出した。少しでも、彼が食事の時間を楽しめるように。
残念ながら、彼の箸の進み具合から、計画がうまくいかなかったことは火を見るより明らかだった。フォークだと自覚する前より時間はかかっていたが、彼はそれを平らげた。
「ごめん。勝手なことして」
食後に氷を入れたアイスティーを出しながら、彼に謝る。
「苦しませただけだったね」
沈黙を紛らわせるように、グラスのストローを回す。氷が音を立てて回転し、からり、から、と音を立てた。
「水火」
手の動きをやめて、彼を見る。
「好きだ」
いきなりの告白に、私は口を開けて固まる。
「俺のことを考えてくれて、すごく嬉しい。だから、この先も一緒にいたい。付き合ってほしい」
彼の言葉を聞いて、目元が熱くなるのを感じる。
「……い、嫌、だったか?」
「違うの……びっくりして」
流れ落ちる涙を拭こうとティッシュに手を伸ばす。涙を拭きながら、私のことを心配そうに見つめる彼の気持ちにふと気づいた。
フォークにとって、ケーキの体液はとても甘いものだとされている。涙ももちろん例外ではない。
今、目の前で流れた私の涙は、彼にとっては喉から手が出るほど欲しいものなのだ。それなのに、焦凍は一切手を出さなかった。舐めたいと、その言葉さえも、口にしなかった。
そのことが、どれだけ私を大切に思っているか、「ケーキ」という要素だけで私を見ていないかがわかり、私の両目はまたじわりと涙を生み出した。
そのひとしずくを人差し指に取り、焦凍の前に差し出す。
「焦凍」
涙声で名前を呼ぶと、彼は私の顔を見た。が、その視線はすぐに指先の一滴に向けられる。そしてまた、私を見る。
「付き合ってください。よかったら、食べて」
くい、と指先をほんの少し持ち上げると、彼は悩む素振りを見せる暇もなく、私の指を口に含んだ。唇が少しだけ触れて、すぐ離れていく。彼の熱い唾液が、ほんの少し指についた。
「……どう?」
指をティッシュで拭いながら、尋ねる。焦凍はしばらくぶりに味のするものを食べたからか、戸惑った顔をしたのち、安心したように微笑みを浮かべた。
「キャラメルみたいな、味がする」
(未完)
そう言われたのは、雄英を卒業したその日のことだった。早すぎるプロポーズに私は口を開け、その後、笑って一緒に暮らすことを決めた。
そんなことを思い出しながら、皿洗いをする。視界には食事を終えた旦那が映る。ソファーに座り、フローリングに視線を落としていた。
最後の皿の水を切り、蛇口を閉める。あかぎれになった指がヒリヒリと傷んだ。
私はこの家で、主婦をしている。大学の合格通知を蹴ったのは、彼のプロポーズが決め手だ。
ケーキが見知らぬフォークに喰べられたというニュースを見ていると、受験勉強にも身が入らなかった。もし、大学で、知らない人たちのいるところで、襲われでもしたら。私は、明るい未来を想像できなかった。
なあなあで決めた進路に未練があるはずもなく、日頃感じていた悪意を持った視線から逃れるためにも、あっさりと専業主婦になることを選んだ。二人で決めて建てたこの家の中が、私の行動範囲だ。
エプロンを外し、彼の座るソファーの隣に腰を下ろす。すると、焦凍は「……悪い、今日もいいか?」とあかぎれの指を見ながら蚊の鳴くような声で尋ねてきた。
「もちろん」
彼に向き直り、ばっと両手を広げてみせると、焦凍は私の胸に飛び込んできた。背中に回された腕は、きつく私を抱きしめてくる。
「すまない……」
まるで懺悔をするかのように、耳元で私に謝罪する。彼の、フォークである以上湧き上がる欲を解消する儀式をする前に、焦凍は必ず謝る。
ちゅ、と音がして、焦凍が私の首筋にキスを落とす。一口ずつ味わうようにゆっくりと、その部位は徐々に上に移動していく。決して舐めるような真似はしない。それは私があとで困るだろうから嫌だと、前に話していた。
彼の吐息が耳にかかり、私の体がびく、と反応する。唇を避けて頬にまで上がってきたあと、焦凍は一度ため息をついた。落ち込んだ、ため息だった。
「……いつも、手間隙かけて、食事で俺を楽しませようとしてくれているのに……俺は、味がわからない……水火の……作ってくれた、料理も……」
ぽろぽろ、涙があふれる。そっと震える頭を撫でる。子供のような泣き顔。抱きしめると、彼の出す嗚咽の度に、私の体に揺れが伝わる。
今日も仕事でなにかあったのだろう。普段はなにもしてこない彼は、落ち込むと私の甘さを求めてキスをする。そして、大抵はその途中で涙を流す。
フォークであるが故の、食事の苦しさ。プロヒーローとして働いていながら、いつ世間にバレてしまうかわからない、恐怖。同じフォークが起こした事件を見て危惧する、最悪の未来。そんな苦しい胸の内を私に吐露する。
そう思うのも無理はない。私は、自分の甘さで彼に束の間の癒しを与えることしかできない。
たとえ、それしかできなかったとしても。私が焦凍にできることが微々たるものだったとしても。
私はあのとき、決めたのだ。そばにいる、と。
私たち二人は雄英に通っていた。私は普通科、焦凍はヒーロー科に。
その学校生活の途中、いきなり食事の味がしなくなったことに、彼は戸惑っていた。
最初、彼は味覚障害だと思ったらしい。病院で診てもらうも、結果は異常なし。そしてすぐに、私がケーキであることに気づいたという。それが、焦凍が自身をフォークだと自覚した出来事だった。
厳しい家庭環境だった彼のことだ、それをご家族に打ち明けることは難しかったのだろう。焦凍が真っ先に相談したのは、いとこである私だった。
話がある、と言われて誰もいない空き教室に向かったのち、静かに切り出された。俺はフォークだ、と。
そして、私がケーキであることも。伝えた方が、水火が身を守ることに繋がると思ったから伝えた、と彼は言っていた。
私はその事実に動揺したが、それは長くは続かなかった。なんとなく、わかっていた。この頃焦凍の食欲が落ちていることも、街で私に注がれる視線の一部がじっとりと粘ついていたことも、それなら説明がつく。
頭で考えていると、目の前の相手がふるふると体を震わせていることに気づいた。
「俺は、犯罪者予備軍だ。どうしたらっ、どうしたら、いい。水火……たすけて、くれ……」
ぽろぽろ、あふれる涙は止まることを知らない。人生を壊してしまうかもしれない残酷な事実に、彼は間違いなく絶望していた。
私は、そんな焦凍を前にして、一つの決意をする。笑ってやさしく、声をかける。
「私が、そばにいるよ」
え、と声がして、彼が目を見開く。
「焦凍がそうならないように、私がいるから」
「だが、本当に水火を食べてしまったら、俺はっ……」
「しないでしょ?」
問いかけに、少しの間ののちおずおずと頷く。
「ね。焦凍なら大丈夫」
笑って伝え、ハンカチを差し出す。安心させるように柔らかな言葉をかけていると、彼も落ち着いたのか涙を拭いた。赤い目のまま、焦凍は力なく笑った。
自身の特性の告白のあと。どうにか食事を楽しんでほしいと、私は家に彼を招いて食事を共にした。
ひんやりつるっとした冷麺、サクサク食感の揚げたてコロッケ、デザートにはカラフルなプリンアラモード。どれも、私がこれなら楽しめるかもしれないと作ったものだ。
食事の最中にはいろんな話題を出した。少しでも、彼が食事の時間を楽しめるように。
残念ながら、彼の箸の進み具合から、計画がうまくいかなかったことは火を見るより明らかだった。フォークだと自覚する前より時間はかかっていたが、彼はそれを平らげた。
「ごめん。勝手なことして」
食後に氷を入れたアイスティーを出しながら、彼に謝る。
「苦しませただけだったね」
沈黙を紛らわせるように、グラスのストローを回す。氷が音を立てて回転し、からり、から、と音を立てた。
「水火」
手の動きをやめて、彼を見る。
「好きだ」
いきなりの告白に、私は口を開けて固まる。
「俺のことを考えてくれて、すごく嬉しい。だから、この先も一緒にいたい。付き合ってほしい」
彼の言葉を聞いて、目元が熱くなるのを感じる。
「……い、嫌、だったか?」
「違うの……びっくりして」
流れ落ちる涙を拭こうとティッシュに手を伸ばす。涙を拭きながら、私のことを心配そうに見つめる彼の気持ちにふと気づいた。
フォークにとって、ケーキの体液はとても甘いものだとされている。涙ももちろん例外ではない。
今、目の前で流れた私の涙は、彼にとっては喉から手が出るほど欲しいものなのだ。それなのに、焦凍は一切手を出さなかった。舐めたいと、その言葉さえも、口にしなかった。
そのことが、どれだけ私を大切に思っているか、「ケーキ」という要素だけで私を見ていないかがわかり、私の両目はまたじわりと涙を生み出した。
そのひとしずくを人差し指に取り、焦凍の前に差し出す。
「焦凍」
涙声で名前を呼ぶと、彼は私の顔を見た。が、その視線はすぐに指先の一滴に向けられる。そしてまた、私を見る。
「付き合ってください。よかったら、食べて」
くい、と指先をほんの少し持ち上げると、彼は悩む素振りを見せる暇もなく、私の指を口に含んだ。唇が少しだけ触れて、すぐ離れていく。彼の熱い唾液が、ほんの少し指についた。
「……どう?」
指をティッシュで拭いながら、尋ねる。焦凍はしばらくぶりに味のするものを食べたからか、戸惑った顔をしたのち、安心したように微笑みを浮かべた。
「キャラメルみたいな、味がする」
(未完)
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