期末試験

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「ヒーロー科ならではの試験とかもあったの?」
「ああ、あったな。先生方との二対一の試験だった」

「え……それってすごく大変だったんじゃない? だって相手はプロヒーローでしょ……?」
「そうだな。全員合格できなかったくらいには、難しかったな」

「……」
 私の口が驚きで少し開く。

 噂には聞いてたけど、雄英って厳しい。さすがヒーロー科。生徒だからと手は抜かないのだろう。

「焦凍は合格できた?」
「ああ」
「え、すごい!」

 体育祭でもすごい活躍だった焦凍は、やっぱりすごい。すごい、って言葉でしかうまく形容できないけれど、努力を重ねてきたんだろうな。

「二対一ってことは、誰かと一緒だったの?」
「八百万だ」
「あ……百ちゃん?」
 焦凍はうなずく。

 勉強会で教えていた彼女の姿を思い出す。二人とも推薦でここに来た人だから、その組み合わせになるのもうなずける。

「八百万がいなければ、あの試験は突破できなかっただろうな」
 静かに話し始める焦凍。

「あんな作戦は思いつかなかった。俺一人じゃ、相澤先生の策にやられていた」
 その目は私に向けられたものではなかった。どこか、ほかの誰かに向けられていた。

「八百万がいてくれたから、クリアできたようなもんだ」
 焦凍はうん、とうなずいてまた食事に戻る。

「……いいなぁ」
 口が動いていた。

「百ちゃん、うらやましいなぁ」

 言ってから気づく。なぜ、こんな言葉が私の口から出てきたのだろうと。混乱して、テーブルに視線を落とす。

水火もヒーロー科に入りたかったのか?」
 顔を上げると、こちらを見つめる焦凍と目が合った。その目はキラキラと輝いていて、珍しく食いつきがいいことに私は不思議に思う。

「きっと水火の個性なら、あの試験も……」
「いや、えぇと、違うの。その……」

 焦凍と試験を受けたことがうらやましいと伝えるのか?
 伝えて何になる?

 相手の反応で、これ以上混乱したくない。なら、伝えない方がいい。

「……なんでも、ない」
「そうか……」

 誤魔化すように発言を否定すると、焦凍は明らかにがっくりとした様子を見せた。彼が再びいつもの感情のない顔になって、ご飯を食べるのを見ながら、私も白米を食べる。

 さっきの「うらやましい」は一体なんだったのだろう。

 これって、もしかして、私百ちゃんに嫉妬してる?
 いやいや、そんなことは……だって、百ちゃんは友達なんだよ。

 勉強会で一緒に先生役をした友達。四月のとき、励ましてくれた友達。才色兼備、尊敬できる友達。

 焦凍と一緒に、期末試験を受けた、とも、だち?
 ともだち。ともだち。ともだち……。

 ともだちだからってなんだっていうの?

 百ちゃんよりもずっと前から、私は焦凍のこと知ってるもん。私の方が、焦凍のこと、好きだもん。

 ……あれ?
 今、私、なんて。

 好きだもん?
 好き?
 好き……?

「げほっ、ごほっ」
水火? 大丈夫か?」
「うん、だいじょ……うぶ」

 好きって、なに?

 焦凍が私の顔を覗き込んでいる。

 私がこの、いとこを好き、だって?

「顔が赤い。熱でもあるのか?」
 ふと目の前から伸びてきた右手が、私の額に触れる。ひんやりとしたその体温は、私の混乱を冷やすにはあたたかすぎた。

「あっ、そのっ、ないから!」
「いや、熱いぞ。保健室に行こう」
 右手がすっと額から離れていく。

「焦凍……!」
「どうした?」
 焦凍は心配した顔で、震えた声で名前を呼んだ私を見つめている。

「食べ終わったら行くぞ」
「……はい」
 彼を納得させるためにはうなずくしかなかった。残りのお味噌汁を飲み干して、私はトレーを片付けようと立ち上がる。

「ごちそうさま。片付けてくるね」
「俺がやる」
「あっ……」
 焦凍は私の分と彼のと、二人分の食器を持って行ってしまった。その背中を見ながら、さっきの感情について思い起こす。

 私、焦凍のことが、好き、なんだ。

 でも。
 好きだよ、なんて。言えるわけない。

「いとこ」という関係のままでいたいんだ。ぬるい温度に浸っているような、そんな関係のままで。今は、まだ。

 焦凍は……どう思っているんだろう。

 早足で戻ってきた彼が、私を見つけて声をかける。
水火、熱が心配だ。おぶっていこう」
「いや、いいって! 大丈夫、歩けるから!」

「でも」
「大丈夫だから!」

「……わかった」

 食堂を出て、保健室まで歩く。こうでもしないと、また熱を測られそうだったから。

 焦凍は隣を歩いてくる。
「ふらふらしないか?」
「うん、大丈夫だよ」

「……」
 尋ねる表情から、私を心配している気持ちが伝わってくる。水色とグレーの瞳からは、それ以上は読み取れなかった。彼が私のことをどう思っているかなんて、尚更。

 二人の間を行き来する言葉はないまま、私たちは保健室に向かって歩いていく。
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