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休み時間。自席でぼーっとしていると、視界にあの子が映る。彼女は俺の席の前で歩みを止めた。
「心操くん」
プリントを一枚机の上に置かれる。
「これ、先生から。明日までに書いてってことだから、よろしくね」
「わかった」
それだけ言うと、あの子は自分の席へ戻って行った。その一連の動きを、なぜだか目で追いかけてしまっている自分がいた。
轟水火。クラスメイトだ。ずば抜けて頭がいい。座学のバケモノだなんてこっそり呼ばれている。先生方からの信頼も厚い。だからこうやってプリントを配る役を頼まれたりする。体育は全然ダメだけど。
水火は本を読んでいる。あまり書店で見かけない装丁の本だ。専門書だったりするのだろうか。席は離れているから、よく見えない。
内容がわかるがわかるまいが、真剣に本を読んでいるその姿はまるで学者のようだった。彼女の頭には、目の前の文章を追うこととページをめくる音しかないのだろう。
そんな水火と……俺は、もっと話したいと思っている。
どうしたら毎回100点を取れるのか。
普段読んでいる本の内容はなんなのか。
パンをいつも食べているが一番好きなのは何なのか。
疑問は浮かんでは増えるばかりで、減ることはない。いつしか随分重くなった疑問が、俺を行動に駆り立てるようになった。
今日の昼休み、話しかけよう。
◇
昼飯を食べ終わったあと、教室に戻ってみるとあの子はいた。自席に戻りながら、ちらっと彼女の方を見る。今日は友達と一緒ではなく、一人でやはり読書している。
「なぁ、水火……あっ、いや、轟」
間違えた。しでかしたミスへの後悔に頭を支配されながら、俺は冷静を装って彼女に話しかける。
水火ははっとした顔で本から顔を上げて、張り詰めた顔で俺を見ている。
やはり、俺のことが怖いのだろうか。
「こっちに来てくれるか?」
個性を使わずとも、彼女は拒むこともなくこちらへ歩いてくる。その行動は疑うことを知らない彼女の純粋さを表していた。
「なにかな、心操くん」
水火は眼前で立ち止まり、笑顔を装ってはいるが両手を組んでいる。緊張しているのだろう。
俺だって緊張している。だって教室では一度しか話したことがないし、体育祭でもなんだか気まずい空気にさせてしまったから。
「……」
俺は次の言葉を考える。なにも出てこない。
話したいが、一体何を話せば良いのだろう? あんなに頭をもたげていた疑問は、どこかへ行ってしまったようで、アイデアの欠片も浮かばない。
そうだ! 俺は妙案を思いついた。
個性で「話せ」と言えばよいのだ。そうしたら目の前の彼女はすらすらと言葉を紡ぐだろう。
しかし、それは違う。俺はかぶりを振って突飛な思いつきを脳内で否定する。
彼女が話したい、と望んでこその会話だろう。俺が望む会話は、それだ。きっと彼女の思っている普通の会話というのもそれだろう。
彼女の意志のない会話なんて、空っぽの骸のようなものだ。そんなものは求めていない。
「……話が、したくて」
自信がなくてだんだん声が小さくなってしまった。つい下を向いてしまう。
「話?」
声に顔をあげると、目の前の相手は目を丸くしていた。
「あー、その」
何かないかと必死に話題を探す。そして、彼女の好物を思い出した。
「よくパン食べてるだろ? だから、おすすめとかないかなーって……」
「パン」という単語に、水火はぱっと顔を明るくした。
「心操くん、カレーって好き?」
「あぁ、まぁ、食べるけど……」
「それならここのカレーパンおすすめ!」
「食堂の?」
尋ねると、水火は大きく頷いた。楽しそうな顔だった。
「適度に辛くて食べ応えあって、なんか心操くん好きそうだなって思ってたの」
カレーパンか。今度見てみようかな。
考えていると、水火は「あと……」と呟く。
「可愛いものって心操くん好きかわからないけど、猫ちゃんの形のパンもあって……」
「猫!?」
つい出てしまった大きな声に、水火はびくりと体を震わせた。
「すまん、その……猫、好きだから」
「そうなの? 苺のクリームが練り込まれてる甘めのパンでね、とってもおいしいの!」
そう言うと彼女はスマホを取り出して写真を見せてくる。猫型の、可愛らしい薄ピンク色のもっちりとしたパンが、そこには映っていた。
「かわいい……」
「ね、いいでしょ? 見た目だけじゃなく味もいいんだよ! 今度食べてみて!」
水火は楽しそうに笑う。
へぇ、こうやって笑うんだ、と俺は彼女の一面をひとつ知る。友達にしか見せない笑顔だ。
昼休み終了五分前のチャイムが鳴る。
「また話してもいいか?」
「もちろん。いつでも話しかけて!」
またね、と手を小さく振って戻る彼女。俺も席につく。水色と赤の頭を見ながら、俺はなんだか少し浮ついた気持ちになっていた。
また、話しかけよう。
そんな小さな願望を抱きながら、俺は次の授業の準備をするのだった。
「心操くん」
プリントを一枚机の上に置かれる。
「これ、先生から。明日までに書いてってことだから、よろしくね」
「わかった」
それだけ言うと、あの子は自分の席へ戻って行った。その一連の動きを、なぜだか目で追いかけてしまっている自分がいた。
轟水火。クラスメイトだ。ずば抜けて頭がいい。座学のバケモノだなんてこっそり呼ばれている。先生方からの信頼も厚い。だからこうやってプリントを配る役を頼まれたりする。体育は全然ダメだけど。
水火は本を読んでいる。あまり書店で見かけない装丁の本だ。専門書だったりするのだろうか。席は離れているから、よく見えない。
内容がわかるがわかるまいが、真剣に本を読んでいるその姿はまるで学者のようだった。彼女の頭には、目の前の文章を追うこととページをめくる音しかないのだろう。
そんな水火と……俺は、もっと話したいと思っている。
どうしたら毎回100点を取れるのか。
普段読んでいる本の内容はなんなのか。
パンをいつも食べているが一番好きなのは何なのか。
疑問は浮かんでは増えるばかりで、減ることはない。いつしか随分重くなった疑問が、俺を行動に駆り立てるようになった。
今日の昼休み、話しかけよう。
◇
昼飯を食べ終わったあと、教室に戻ってみるとあの子はいた。自席に戻りながら、ちらっと彼女の方を見る。今日は友達と一緒ではなく、一人でやはり読書している。
「なぁ、水火……あっ、いや、轟」
間違えた。しでかしたミスへの後悔に頭を支配されながら、俺は冷静を装って彼女に話しかける。
水火ははっとした顔で本から顔を上げて、張り詰めた顔で俺を見ている。
やはり、俺のことが怖いのだろうか。
「こっちに来てくれるか?」
個性を使わずとも、彼女は拒むこともなくこちらへ歩いてくる。その行動は疑うことを知らない彼女の純粋さを表していた。
「なにかな、心操くん」
水火は眼前で立ち止まり、笑顔を装ってはいるが両手を組んでいる。緊張しているのだろう。
俺だって緊張している。だって教室では一度しか話したことがないし、体育祭でもなんだか気まずい空気にさせてしまったから。
「……」
俺は次の言葉を考える。なにも出てこない。
話したいが、一体何を話せば良いのだろう? あんなに頭をもたげていた疑問は、どこかへ行ってしまったようで、アイデアの欠片も浮かばない。
そうだ! 俺は妙案を思いついた。
個性で「話せ」と言えばよいのだ。そうしたら目の前の彼女はすらすらと言葉を紡ぐだろう。
しかし、それは違う。俺はかぶりを振って突飛な思いつきを脳内で否定する。
彼女が話したい、と望んでこその会話だろう。俺が望む会話は、それだ。きっと彼女の思っている普通の会話というのもそれだろう。
彼女の意志のない会話なんて、空っぽの骸のようなものだ。そんなものは求めていない。
「……話が、したくて」
自信がなくてだんだん声が小さくなってしまった。つい下を向いてしまう。
「話?」
声に顔をあげると、目の前の相手は目を丸くしていた。
「あー、その」
何かないかと必死に話題を探す。そして、彼女の好物を思い出した。
「よくパン食べてるだろ? だから、おすすめとかないかなーって……」
「パン」という単語に、水火はぱっと顔を明るくした。
「心操くん、カレーって好き?」
「あぁ、まぁ、食べるけど……」
「それならここのカレーパンおすすめ!」
「食堂の?」
尋ねると、水火は大きく頷いた。楽しそうな顔だった。
「適度に辛くて食べ応えあって、なんか心操くん好きそうだなって思ってたの」
カレーパンか。今度見てみようかな。
考えていると、水火は「あと……」と呟く。
「可愛いものって心操くん好きかわからないけど、猫ちゃんの形のパンもあって……」
「猫!?」
つい出てしまった大きな声に、水火はびくりと体を震わせた。
「すまん、その……猫、好きだから」
「そうなの? 苺のクリームが練り込まれてる甘めのパンでね、とってもおいしいの!」
そう言うと彼女はスマホを取り出して写真を見せてくる。猫型の、可愛らしい薄ピンク色のもっちりとしたパンが、そこには映っていた。
「かわいい……」
「ね、いいでしょ? 見た目だけじゃなく味もいいんだよ! 今度食べてみて!」
水火は楽しそうに笑う。
へぇ、こうやって笑うんだ、と俺は彼女の一面をひとつ知る。友達にしか見せない笑顔だ。
昼休み終了五分前のチャイムが鳴る。
「また話してもいいか?」
「もちろん。いつでも話しかけて!」
またね、と手を小さく振って戻る彼女。俺も席につく。水色と赤の頭を見ながら、俺はなんだか少し浮ついた気持ちになっていた。
また、話しかけよう。
そんな小さな願望を抱きながら、俺は次の授業の準備をするのだった。
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