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「焦凍」
会場へ戻る廊下の途中、私は声をかける。焦凍が振り返って私を見る。
「応援してるね」
「ありがとう」
「一位、焦凍ならきっと取れるよ」
「あぁ。全力を……」
そのとき、曲がり角から一人の男性がやってきた。コスチュームを着ているところを見ると、プロヒーローだろう。
「あ、すみません」
道の真ん中で立ち話をしていた申し訳なさを感じながら、私は横へずれる。しかし、男性は私たちの前で足を止めた。
あれ……?
私は顔を上げる。男性はそこらのプロヒーローではなかった。知っているプロヒーローだった。しかも、何度も顔を合わせたことがある。十年前に。
めらめらと燃える炎とこの威圧感は、確かに変わらないあの人のものだった。
「炎司、さん……」
掠れた声が私の口から漏れた。
No. 2ヒーロー、エンデヴァー。私の叔父だ。
「なぜお前ら二人が一緒にいる?」
炎司さんはぴくりと眉を上げる。
投げかけられた質問に答えられない。自分から会いにいった、なんて口が裂けても言えない。
だって、炎司さんは私のことを嫌っているから。長女でうまく両親の個性を引き継いだ私のことを、恨めしく思っているから。
焦凍と別れてしばらくした頃、冬美さんにそれとなく柔らかい言葉で教えてもらった。だから焦凍には兄弟が多いのだと。炎司さんが私たち家族とあまり会いたがらないのも、それが理由だと。
その元凶が、自分の一番手をかけている息子と仲良くしている。それは、彼にとってどれだけの嫌悪感を抱くことだろうか。
「……答えろ」
炎司さんが私を見る。水色の瞳はギラリと鋭く、私はその重圧に気圧されてしまう。恐怖に勝手に体が震える。
「たまたま会ったんだ。俺らがどうしようと勝手だろ」
焦凍が代わりに答える。ありがとう、と心の中で彼に伝える。私一人だったら、絶対何も言えなかったから。
しかし、炎司さんは息子の方を見ない。腕を組み、私のことを見つめたままだ。
「なぁ、成功作」
「親父!」
間髪入れずに一喝する焦凍。隣を見ると、彼は怒りに震えていた。
「そうやって呼ぶなといつもいつも言っているだろう……!」
私は驚く。四月の終わりに再会してから、ここまで腹を立てている焦凍を見るのは初めてだった。
「水火ちゃんの悪口言うと怒るくらいだから」
入学前の通話での、冬美さんの言葉を思い出す。本当だったんだ。
成功作、と焦凍の父はいつも私を呼ぶ。名前で呼ばれたことは記憶にない。もしかしたら、大昔にあったのかもしれないけど。
「お前は……普通科、なんだったな」
表情を一切変えずに、炎司さんは私に話しかける。
「良い個性を持っているのに、なぜそんなところに留まっている?」
答えられない。私はただ無言で彼の目を見つめ返すことしかできない。
「その個性なら、訓練さえすればヒーローも目指せなくはないだろう」
冷静な指摘に私は何も言えない。思わず視線を逸らす。
正論だ。
お父さんの個性は、本質的には炎司さんと同じだ。ただ訓練や調整をしていないだけで、それらに励めば炎司さんの個性「ヘルフレイム」のように自在に炎を操ることだってできなくはない。敵 と戦うことも可能だろう。きっとお母さんの個性も同じだ。
その二人の個性をちょうどよく受け継いだ私は、より良い個性……敵 と戦うにあたって適している個性になっている可能性がある。
「だって二つも使えるんでしょ?」
昼休憩のときの、友達のキラキラした眼差し。一般的に見たら、二つも個性が使えるだなんて羨ましいことなのだろう。
二つの個性が使えるヒーロー。そんな理想像に向かって突き進む道もあった。
それでも、そうしないのには理由がある。
「水火には水火の夢があるんだ」
焦凍がフォローしてくれる。
医師になるという夢。そう、もちろんそれもあるけれど。
「はて、なんだったかなぁ……その夢とやらは」
蔑むように言われて、私は炎司さんの顔を見ることができなかった。
「成功作……」
「その呼び方で水火を呼ぶな!」
焦凍の声には耳を一切傾けない。
「『ヒーローになりたい』」
その言葉に、私ははっとなって相手の顔を見てしまう。
炎司さんは私を見ていた。炎の勢いが増す。お母さんの顔がちらつく。嘲笑する目つきに、じぐり、心の奥が痛む音がした。
「昔はそう言っていたよな? なぁ……」
記憶の奥底から光景が蘇る。
十年前、私はどんな気持ちでその夢を抱いたのだろう。炎司さんの目の前で宣言したのだろう。今となっては、もうわからない。
「行くぞ、水火」
何も答えられない私の右手首を焦凍は掴んで、半ば無理矢理連れて行こうとする。
「おい、焦凍!」
振り返ると、炎司さんが鬼の形相で私たちを睨んでいた。一番にどこまでも執着し、理想を追い求めるその姿は昔と変わっていなかった。
「焦凍……」
焦凍は私の声かけに反応せず、観客席へ繋がる道を突き進む。
掴まれたところが痛かった。
会場へ戻る廊下の途中、私は声をかける。焦凍が振り返って私を見る。
「応援してるね」
「ありがとう」
「一位、焦凍ならきっと取れるよ」
「あぁ。全力を……」
そのとき、曲がり角から一人の男性がやってきた。コスチュームを着ているところを見ると、プロヒーローだろう。
「あ、すみません」
道の真ん中で立ち話をしていた申し訳なさを感じながら、私は横へずれる。しかし、男性は私たちの前で足を止めた。
あれ……?
私は顔を上げる。男性はそこらのプロヒーローではなかった。知っているプロヒーローだった。しかも、何度も顔を合わせたことがある。十年前に。
めらめらと燃える炎とこの威圧感は、確かに変わらないあの人のものだった。
「炎司、さん……」
掠れた声が私の口から漏れた。
No. 2ヒーロー、エンデヴァー。私の叔父だ。
「なぜお前ら二人が一緒にいる?」
炎司さんはぴくりと眉を上げる。
投げかけられた質問に答えられない。自分から会いにいった、なんて口が裂けても言えない。
だって、炎司さんは私のことを嫌っているから。長女でうまく両親の個性を引き継いだ私のことを、恨めしく思っているから。
焦凍と別れてしばらくした頃、冬美さんにそれとなく柔らかい言葉で教えてもらった。だから焦凍には兄弟が多いのだと。炎司さんが私たち家族とあまり会いたがらないのも、それが理由だと。
その元凶が、自分の一番手をかけている息子と仲良くしている。それは、彼にとってどれだけの嫌悪感を抱くことだろうか。
「……答えろ」
炎司さんが私を見る。水色の瞳はギラリと鋭く、私はその重圧に気圧されてしまう。恐怖に勝手に体が震える。
「たまたま会ったんだ。俺らがどうしようと勝手だろ」
焦凍が代わりに答える。ありがとう、と心の中で彼に伝える。私一人だったら、絶対何も言えなかったから。
しかし、炎司さんは息子の方を見ない。腕を組み、私のことを見つめたままだ。
「なぁ、成功作」
「親父!」
間髪入れずに一喝する焦凍。隣を見ると、彼は怒りに震えていた。
「そうやって呼ぶなといつもいつも言っているだろう……!」
私は驚く。四月の終わりに再会してから、ここまで腹を立てている焦凍を見るのは初めてだった。
「水火ちゃんの悪口言うと怒るくらいだから」
入学前の通話での、冬美さんの言葉を思い出す。本当だったんだ。
成功作、と焦凍の父はいつも私を呼ぶ。名前で呼ばれたことは記憶にない。もしかしたら、大昔にあったのかもしれないけど。
「お前は……普通科、なんだったな」
表情を一切変えずに、炎司さんは私に話しかける。
「良い個性を持っているのに、なぜそんなところに留まっている?」
答えられない。私はただ無言で彼の目を見つめ返すことしかできない。
「その個性なら、訓練さえすればヒーローも目指せなくはないだろう」
冷静な指摘に私は何も言えない。思わず視線を逸らす。
正論だ。
お父さんの個性は、本質的には炎司さんと同じだ。ただ訓練や調整をしていないだけで、それらに励めば炎司さんの個性「ヘルフレイム」のように自在に炎を操ることだってできなくはない。
その二人の個性をちょうどよく受け継いだ私は、より良い個性……
「だって二つも使えるんでしょ?」
昼休憩のときの、友達のキラキラした眼差し。一般的に見たら、二つも個性が使えるだなんて羨ましいことなのだろう。
二つの個性が使えるヒーロー。そんな理想像に向かって突き進む道もあった。
それでも、そうしないのには理由がある。
「水火には水火の夢があるんだ」
焦凍がフォローしてくれる。
医師になるという夢。そう、もちろんそれもあるけれど。
「はて、なんだったかなぁ……その夢とやらは」
蔑むように言われて、私は炎司さんの顔を見ることができなかった。
「成功作……」
「その呼び方で水火を呼ぶな!」
焦凍の声には耳を一切傾けない。
「『ヒーローになりたい』」
その言葉に、私ははっとなって相手の顔を見てしまう。
炎司さんは私を見ていた。炎の勢いが増す。お母さんの顔がちらつく。嘲笑する目つきに、じぐり、心の奥が痛む音がした。
「昔はそう言っていたよな? なぁ……」
記憶の奥底から光景が蘇る。
十年前、私はどんな気持ちでその夢を抱いたのだろう。炎司さんの目の前で宣言したのだろう。今となっては、もうわからない。
「行くぞ、水火」
何も答えられない私の右手首を焦凍は掴んで、半ば無理矢理連れて行こうとする。
「おい、焦凍!」
振り返ると、炎司さんが鬼の形相で私たちを睨んでいた。一番にどこまでも執着し、理想を追い求めるその姿は昔と変わっていなかった。
「焦凍……」
焦凍は私の声かけに反応せず、観客席へ繋がる道を突き進む。
掴まれたところが痛かった。