体育祭
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遠くから花火の音が聞こえる。きっとレクが始まったのだろう。
会場の周りの森の中を私は歩いていた。風が吹いてさわさわ、葉が擦れる音がする。
どう言葉をかけようか。悩みながら、私は足を進める。
焦凍の家の色々なことは、私はよく知っている。冬美さんから聞いていたから。
途中、何人か休んでいる生徒たちを見つけた。少し見覚えのある顔もあった。A組の生徒かな。きっと彼らは、最後の種目に向けて精神の安定を図っているのだろう。
邪魔しちゃ悪いな、と思った。励ませたらいいな、なんて軽い気持ちで会場を出てきたけど、彼らの真剣な顔を見ていたら足を進める度にそんな考えになっていた。
ちょっとだけ、遠くから見るだけにしよう。そうしたら、レクに戻ろう。
そう決意して、森の中を探す。
少し開けた空間に、彼はいた。木の影からそっと見守る。
「……」
焦凍は座り、視線を下に落としていた。深呼吸しては考え事をしているようで、気持ちを落ち着けているようだった。
あ、これ、邪魔しちゃだめなやつ。
私はそう判断して会場に戻ろうとした。くるっと方向転換した、そのときだった。
「……水火?」
気づかれてしまった。私は苦笑いで振り返る。
「ごめんね」
「いや、いい。ちょうど煮詰まっていたところだった」
焦凍は隣に来て欲しいのか地面をコンコンと叩く。私はそれに従って彼の隣に座った。会場の建物の壁に背中を預けると、少しだけレクの騒がしさが伝わる気がした。
焦凍の方を見てみると、何かを手に持っていた。それは水色の布、ハンカチだった。雪の結晶の模様が白くうっすらと入っている。
私が十年前、プレゼントしたハンカチだった。
記憶が蘇る。
「あの、これ、しょうとに……!」
「ありがとうね、水火ちゃん。きっと焦凍も喜ぶよ」
冬美さんは、にこっと笑ってプレゼントを受け取ってくれる。夏雄さんも何が入っているのか気になるみたいで興味津々だ。
「また、あえるかな」
「絶対会えるよ! 色々落ち着いたら、また遊びに来て」
夕焼けに冬美さんの白い髪がきらっと輝く。プレゼントを渡したい相手とは会えないまま、私はお父さんと轟家を後にする。
「おとうさん。また、しょうとにあえるかな? また、いっしょに……ヒーローごっこ、できる、かな?」
我慢していた涙が溢れ出す。私はわっと泣き出してしまった。
「絶対できるさ! またお父さん、お巡りさんやるから呼んでくれよ」
「……うん!」
ぐすん、ぐすんと泣きながら私はお父さんの手を握る。焦凍とは違う大きな手だった。
焦凍。しょうと。会いたいよ。会いたいよ……!
唇を噛む。会えなくなってからずっと唇はボロボロだった。
何もできなくて悔しくて悲しくて絶望して、私はお父さんの手をきゅっと握ることしかできなかった。
「それ、持っててくれたんだね」
「……まぁな」
焦凍はハンカチをしまう。私は彼がずっとそれを持ち続けてくれていたことに驚いた。そして、プレゼントが無事に相手に届いていたことがわかって、口の端がゆるく上がる。
焦凍の手はふるふると震えている。すっかり私よりも大きな男性の手になっていた。震えるそれを口のあたりまで持っていき、ふーっと息を吐いた。
少しの間のあと、私の方を向いて焦凍は話す。
「水火、ありがとな。あのハンカチがなかったら、俺は入試も体育祭も乗り越えられなかったかもしんねぇ」
「うん……」
「不安なとき、ハンカチ握って水火のことを考えてた。水火ならどうやって乗り越えていくかなって……はは、おかしいよな」
焦凍は地面を見ながら自嘲気味に言った。
「おかしい?」
私の疑問に焦凍は首を傾げる。
「……おかしいだろ。もう会えない相手のこと考えるなんて」
「そんなことない! 私も焦凍のこと……考えてたよ。会えないかもしれないなって、思いながら」
焦凍が私を見つめる。その双眸は普段より開いている。
口にすると恥ずかしくて、私は目の前の相手を直視していられなくなる。それでも踏ん張って、頑張って相手の目を見つめ返す。
伝えなくちゃ。
会場の周りの森の中を私は歩いていた。風が吹いてさわさわ、葉が擦れる音がする。
どう言葉をかけようか。悩みながら、私は足を進める。
焦凍の家の色々なことは、私はよく知っている。冬美さんから聞いていたから。
途中、何人か休んでいる生徒たちを見つけた。少し見覚えのある顔もあった。A組の生徒かな。きっと彼らは、最後の種目に向けて精神の安定を図っているのだろう。
邪魔しちゃ悪いな、と思った。励ませたらいいな、なんて軽い気持ちで会場を出てきたけど、彼らの真剣な顔を見ていたら足を進める度にそんな考えになっていた。
ちょっとだけ、遠くから見るだけにしよう。そうしたら、レクに戻ろう。
そう決意して、森の中を探す。
少し開けた空間に、彼はいた。木の影からそっと見守る。
「……」
焦凍は座り、視線を下に落としていた。深呼吸しては考え事をしているようで、気持ちを落ち着けているようだった。
あ、これ、邪魔しちゃだめなやつ。
私はそう判断して会場に戻ろうとした。くるっと方向転換した、そのときだった。
「……水火?」
気づかれてしまった。私は苦笑いで振り返る。
「ごめんね」
「いや、いい。ちょうど煮詰まっていたところだった」
焦凍は隣に来て欲しいのか地面をコンコンと叩く。私はそれに従って彼の隣に座った。会場の建物の壁に背中を預けると、少しだけレクの騒がしさが伝わる気がした。
焦凍の方を見てみると、何かを手に持っていた。それは水色の布、ハンカチだった。雪の結晶の模様が白くうっすらと入っている。
私が十年前、プレゼントしたハンカチだった。
記憶が蘇る。
「あの、これ、しょうとに……!」
「ありがとうね、水火ちゃん。きっと焦凍も喜ぶよ」
冬美さんは、にこっと笑ってプレゼントを受け取ってくれる。夏雄さんも何が入っているのか気になるみたいで興味津々だ。
「また、あえるかな」
「絶対会えるよ! 色々落ち着いたら、また遊びに来て」
夕焼けに冬美さんの白い髪がきらっと輝く。プレゼントを渡したい相手とは会えないまま、私はお父さんと轟家を後にする。
「おとうさん。また、しょうとにあえるかな? また、いっしょに……ヒーローごっこ、できる、かな?」
我慢していた涙が溢れ出す。私はわっと泣き出してしまった。
「絶対できるさ! またお父さん、お巡りさんやるから呼んでくれよ」
「……うん!」
ぐすん、ぐすんと泣きながら私はお父さんの手を握る。焦凍とは違う大きな手だった。
焦凍。しょうと。会いたいよ。会いたいよ……!
唇を噛む。会えなくなってからずっと唇はボロボロだった。
何もできなくて悔しくて悲しくて絶望して、私はお父さんの手をきゅっと握ることしかできなかった。
「それ、持っててくれたんだね」
「……まぁな」
焦凍はハンカチをしまう。私は彼がずっとそれを持ち続けてくれていたことに驚いた。そして、プレゼントが無事に相手に届いていたことがわかって、口の端がゆるく上がる。
焦凍の手はふるふると震えている。すっかり私よりも大きな男性の手になっていた。震えるそれを口のあたりまで持っていき、ふーっと息を吐いた。
少しの間のあと、私の方を向いて焦凍は話す。
「水火、ありがとな。あのハンカチがなかったら、俺は入試も体育祭も乗り越えられなかったかもしんねぇ」
「うん……」
「不安なとき、ハンカチ握って水火のことを考えてた。水火ならどうやって乗り越えていくかなって……はは、おかしいよな」
焦凍は地面を見ながら自嘲気味に言った。
「おかしい?」
私の疑問に焦凍は首を傾げる。
「……おかしいだろ。もう会えない相手のこと考えるなんて」
「そんなことない! 私も焦凍のこと……考えてたよ。会えないかもしれないなって、思いながら」
焦凍が私を見つめる。その双眸は普段より開いている。
口にすると恥ずかしくて、私は目の前の相手を直視していられなくなる。それでも踏ん張って、頑張って相手の目を見つめ返す。
伝えなくちゃ。