体育祭

夢小説設定

この小説の夢小説設定
下の名前
下の名前(ひらがな)

 緊張しながら始まった体育祭。凍らされたり巨大ロボットにビビったり穴に落ちかけたりしたけれど、結果は第一種目で予選敗退。
 まぁ、仕方ないよね。だって普通科だもの。

 そんな中で迎えた昼休み。C組の生徒控え室は心操くんの話題で持ちきりだった。

「すげぇな、心操!」
「ほんとだよー!」
「……褒めてもなにも出ないぞ」

 口の端がほんの少し上がっているところを見ると、満更でもなさそうだ。

 そんな彼を隅の席からちらっと見ながら、私はクロワッサンをもぐもぐと食べていた。サクサクでおいしい! 軽い食感が疲れた私の体と心を解きほぐしていく。

水火ちゃん、すごかったね!」
「うん、すごかった。みんなすごくって本当……」
「違うの! 水火ちゃんがすごいんだよ!」
「え……?」

 私は驚いて友達の顔を見る。彼女は笑っている。それは嘘偽りない笑顔に見えた。

「だってC組の中じゃ二位じゃん! 頭も良くて、個性もすごくて、だって二つも使えるんでしょ? しかも他の人も助けちゃうなんて水火ちゃんすごい!」
「そ、そうかな……」
 少しだけ頬が熱くなるのを感じる。

 私は第一種目の障害物競走で、焦凍に足を凍らされた人たちのことを助けていたのだ。
 右半身の個性の炎は訓練していないから範囲でぶわっと出せなくて、一人ずつ溶かしていたから時間がかかってしまったけれど。

 C組の中で二位だったのは、たまたま運が味方しただけ。助けた生徒たちがお礼に、と助けてくれたのもある。その優しさが、嬉しかった。

 でも、人を助けただなんて、そんなことは大したことじゃない。
 人が困っていたら助ける。当たり前のことだ。

「なぁ、轟」
「えっ」
 急に声をかけられて、私はどきりとする。さっと頬の熱が引いていく。

「なんでしょうか……」
 心操くんとはあまり喋ったことがないから、緊張してつい敬語で返事をしてしまった。

「お前、第一種目で実況に指摘されたよな? 『人助けのつもりかい?』って。覚えてるか?」

 私は頷く。そう、障害物競走のときに、確かに私はマイク先生にスピーカー越しに言われた。

「ヘイヘイ後続ゥ! 人助けのつもりかい? そんなんじゃ一位は取れないぞ!」
 その声は先を行く彼の耳にも届いていたのだろう。

 心操くんがこちらに歩いてくる。私の前で止まった。その目は確実に私を捉えている。

「なにしてたんだ?」
「えっと、その。氷を溶かしてた」
「ふーん……?」
 値踏みするような態度でじろり、見られる。

「……いいなぁ、その個性」
「個性」のところを強調して彼は言う。その声色には羨望や嫉妬が含まれているように感じられた。

「お前が羨ましいよ、轟」

 心操くんが私を羨ましいと思うのも……わからなくはない。こっそりと彼が教えてくれた、個性のこと。体育祭が終わるまで秘密にしておいてくれ、と言われたあの個性。

 その個性と私の個性を比べたら、ヒーロー向きなのは私の個性だろう。



「俺の個性、『洗脳』なんだ。ヴィラン向きだって、お前も思うだろ?」

 体育祭の直前、教室でそう話しかけられた。心操くんと話す初めての会話だった。

「えっと……」
 戸惑っていると、彼は私の髪をちらりと見る。

「二つ個性を持ってるんだろう?」
「まぁ……うん。そうだね」
「へぇ……?」

 物珍しげな目を向けられる。私はビクビクしてどうしようかと視線を彷徨わせる。



 そんなC組二位の女子生徒。予選敗退こそしたけれど、他人を使役せずに一人で駆け抜けてきた。
 気になるに違いない。

 控え室がしんと静まり返る。気まずい空気が漂う。

「あの!」
 私は立ち去ろうとする心操くんに声をかける。彼は振り返る。不機嫌そうな目つきをしていた。

「なに」
「残りの種目、頑張ってね……!」
 目の前の相手が怖くて震えた声になってしまった。



 教室で初めて話しかけられたときだって、私はこう答えた。

「でも、困ったこともあったんだ」
「困ったこと?」
「そうなの。ちょっと……その、親戚の家に上がりづらくて」
 心操くんは首を傾げる。よくわからないのかもしれない。

「でもね、ちゃんと話せたんだ。勇気出してみると意外となんとかなるもんだよ」
 ふふ、と焦凍のことを思い出しながら私は心操くんに話しかける。

「個性って視点だけで私たちを見る人もいるかもしれないけど、大事なのは『私』ってことなんだと思うの。だから、心操くんも自分の個性がヴィラン向きだなんて……そんなこと、思わなくていいと思うんだよね」



 羨ましいと言われようと、それでも、私は心操くんを尊敬する。ここまで勝ち上がってきたのは彼の実力だ。個性を含めて。心からそう思っているからだ。

「……ありがと」
 うまくできたかわからない私の応援を、彼は受け取ってくれた。にやりとした笑みを浮かべていた。
6/12ページ