その後
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途遥と付き合った治は、元カノが言ったという“優しすぎてつまらない”の意味が理解できた。理解できただけで、共感は一切できなかったが。
途遥は自分が甘やかしたいタイプで、相手に合わせる側だ。だから治のワガママは大抵受け入れる。主体性もあるが、浮気が選択肢に入るような、男に振り回されて刺激を求めるタイプの人間にはもの足りないのだろう。
愛情表現は多かった。2人っきりでいると触れてくる。その手には柔らかい愛情が篭っていて、見つめる眼差しから愛おしさを伝えられる。こちらが気恥ずかしくなるくらい、真っ直ぐな愛情だった。不安になる隙間など見当たらないくらいに。
驚いたのは、途遥の誰でも優しいがなくなったことだ。そのせいでさん吉には途遥に恋人ができたことが直ぐにバレた。もっとも、周囲には黙っていることにしたので話はしなかった。バイト先では、前の関係を装っていた。
帰り道にこっそりと手を繋ぐのが何より楽しみだった。
治は途遥を手放した元カノに感謝していた。
大きな喧嘩も破局の危機も起こること無く、穏やかな恋愛は続いた。
社会に出て数年、現在はお互いの家を行き来する通い婚の状態で安定している。
おにぎり宮の定休日。治は自宅に一人でいた。
途遥は休日出勤に駆り出されている。エンジニアとして働く彼の職場は限りなくホワイトだが、納期が近くなると度々休日を返上している。仕事上どうしようも無いことは分かっていても、治は毎回不満に思ってしまう。一緒にいられる時間が減ってしまうのが寂しくて、恨めしかった。
その気持ちを紛らわすように、午前中は部屋の片付けに勤しんでいた。あちこにおいた小物や本を元の位置に戻して、棚の埃を払う。掃除機をかけながら、いたる所に置かれた途遥の私物を見回す。この頃何度も考えたことがまた浮かんできた。
「そろそろ一緒に住んでもええかなぁ」
治は声に出して頬が赤くなった。
自営業が軌道に乗るまでは同棲しない。最初、途遥にはそう告げた。途遥も賛成し、まずは自分の生活を大事にしよう、と言ってくれた。だが、それももう守らなくていいくらいにはおにぎり宮も安定してきたし、途遥も生活スタイルが固まってきていた。
近頃は泊まりの度に強く意識するようになってきた。それぞれの家があるばかりに毎度の別れが辛い。付き合ってから早数年、そろそろ次の段階に進みたかった。
「次会ったら話そうかな」
2人で暮らす姿を想像して気分が上がり、トイレと風呂まで掃除してしまった。一息ついて達成感を味わっていると空腹感が襲ってきた。巨大な腹の虫が飯を求めて鳴いている。張り切って動きすぎてしまったようだ。
「腹減ったな……」
時計は12時過ぎを指していた。冷蔵庫の食材は在庫が少ない。買い物に行って家で食べるか、外で食べるか。治は少し迷って、常連客が話していたラーメン屋に行くことにした。
ナビを入れる必要はなかった。常連客の話を思い出しながら車を走らせる。15分程運転していれば、客の言っていた目印の食堂が見えた。この場所は途遥の会社のすぐ近くだ。曲がった細い道の左側に店の看板が見えた。
駐車場はほぼ満車で、狭いところをなんとか停めた。道路に出て左角を曲がると店前に行列ができている。休日なだけあって家族連れが多い。
えらい混んどるなぁ。町中華で1時間待ちとは期待させてくれるやん。
常連客が語っていた話が耳に残っている。列に並びながら、ソワソワと待った。客が出入りする度に香る醤油に期待を膨らませた。
スマホを見て時間を潰していると子供の大声が聞こえてきた。ラーメン屋の向かいには小さな公園がある。少しビックリして目を見やると、兄弟とおぼしき小さい子供2人が園内をめいっぱい駆け回っていた。母親がそばで見守っている。追いかけっこに興奮して叫んだだけらしい。
何気なく、手前のベンチに座る男女に視線を移した。思わず、喉から変な声が出た。
「っ! はっ……」
咄嗟に手を当てて口を塞いだ。前の客が何事かと振り向いたので、あくびの振りで誤魔化す。全身の血がスっとひいた感覚がして、確かめるようにもう一度ベンチを見た。
は、え? 途遥? なんで、ここに……。いや、そうやなくて、その女。え? 途遥が女と座っとる……。
こちらからは背中しか見えない。けれど、その後ろ姿は途遥と酷似していた。女も後ろしか見えない。せめて横顔だけでも確かめたいのに、彼らは顔を動かさない。
釘付けになった。治は青ざめた顔で、それが途遥でないと信じるために必死で顔を見ようとした。
途遥は浮気をするような男ではない。先週交わした愛情が嘘だったなんて、そんな酷いことはしない。心のなかで途遥を庇った。
チマチマと列は進む。角度が変われば見えるかと思って棒のような足を動かしても、顔は一向に見えそうにない。
気がつけば、自分が呼ばれる番になっていた。
ここまで待った苦労を捨てることが出来ずに、気持ちを半分向こうに取られながら暖簾をくぐった。
注文を待っている間も、食べている最中も絶えず先程の光景が脳裏に浮かび上がってくる。やっとありつけた食事は味が分からない。心の中がぐちゃぐちゃで嬉しくない。やっぱり、諦めて2人を確かめるべきだった。
急ぎ気味で店を出た時には、その姿はなかった。遊んでいた子供も母親も帰ったようで、追いかけっこで巻き上げられた砂痕だけが残されている。
拭いきれないまま取り残された不安を抱えて、治は彼らの座っていたベンチに腰掛けた。
途遥は自分が甘やかしたいタイプで、相手に合わせる側だ。だから治のワガママは大抵受け入れる。主体性もあるが、浮気が選択肢に入るような、男に振り回されて刺激を求めるタイプの人間にはもの足りないのだろう。
愛情表現は多かった。2人っきりでいると触れてくる。その手には柔らかい愛情が篭っていて、見つめる眼差しから愛おしさを伝えられる。こちらが気恥ずかしくなるくらい、真っ直ぐな愛情だった。不安になる隙間など見当たらないくらいに。
驚いたのは、途遥の誰でも優しいがなくなったことだ。そのせいでさん吉には途遥に恋人ができたことが直ぐにバレた。もっとも、周囲には黙っていることにしたので話はしなかった。バイト先では、前の関係を装っていた。
帰り道にこっそりと手を繋ぐのが何より楽しみだった。
治は途遥を手放した元カノに感謝していた。
大きな喧嘩も破局の危機も起こること無く、穏やかな恋愛は続いた。
社会に出て数年、現在はお互いの家を行き来する通い婚の状態で安定している。
おにぎり宮の定休日。治は自宅に一人でいた。
途遥は休日出勤に駆り出されている。エンジニアとして働く彼の職場は限りなくホワイトだが、納期が近くなると度々休日を返上している。仕事上どうしようも無いことは分かっていても、治は毎回不満に思ってしまう。一緒にいられる時間が減ってしまうのが寂しくて、恨めしかった。
その気持ちを紛らわすように、午前中は部屋の片付けに勤しんでいた。あちこにおいた小物や本を元の位置に戻して、棚の埃を払う。掃除機をかけながら、いたる所に置かれた途遥の私物を見回す。この頃何度も考えたことがまた浮かんできた。
「そろそろ一緒に住んでもええかなぁ」
治は声に出して頬が赤くなった。
自営業が軌道に乗るまでは同棲しない。最初、途遥にはそう告げた。途遥も賛成し、まずは自分の生活を大事にしよう、と言ってくれた。だが、それももう守らなくていいくらいにはおにぎり宮も安定してきたし、途遥も生活スタイルが固まってきていた。
近頃は泊まりの度に強く意識するようになってきた。それぞれの家があるばかりに毎度の別れが辛い。付き合ってから早数年、そろそろ次の段階に進みたかった。
「次会ったら話そうかな」
2人で暮らす姿を想像して気分が上がり、トイレと風呂まで掃除してしまった。一息ついて達成感を味わっていると空腹感が襲ってきた。巨大な腹の虫が飯を求めて鳴いている。張り切って動きすぎてしまったようだ。
「腹減ったな……」
時計は12時過ぎを指していた。冷蔵庫の食材は在庫が少ない。買い物に行って家で食べるか、外で食べるか。治は少し迷って、常連客が話していたラーメン屋に行くことにした。
ナビを入れる必要はなかった。常連客の話を思い出しながら車を走らせる。15分程運転していれば、客の言っていた目印の食堂が見えた。この場所は途遥の会社のすぐ近くだ。曲がった細い道の左側に店の看板が見えた。
駐車場はほぼ満車で、狭いところをなんとか停めた。道路に出て左角を曲がると店前に行列ができている。休日なだけあって家族連れが多い。
えらい混んどるなぁ。町中華で1時間待ちとは期待させてくれるやん。
常連客が語っていた話が耳に残っている。列に並びながら、ソワソワと待った。客が出入りする度に香る醤油に期待を膨らませた。
スマホを見て時間を潰していると子供の大声が聞こえてきた。ラーメン屋の向かいには小さな公園がある。少しビックリして目を見やると、兄弟とおぼしき小さい子供2人が園内をめいっぱい駆け回っていた。母親がそばで見守っている。追いかけっこに興奮して叫んだだけらしい。
何気なく、手前のベンチに座る男女に視線を移した。思わず、喉から変な声が出た。
「っ! はっ……」
咄嗟に手を当てて口を塞いだ。前の客が何事かと振り向いたので、あくびの振りで誤魔化す。全身の血がスっとひいた感覚がして、確かめるようにもう一度ベンチを見た。
は、え? 途遥? なんで、ここに……。いや、そうやなくて、その女。え? 途遥が女と座っとる……。
こちらからは背中しか見えない。けれど、その後ろ姿は途遥と酷似していた。女も後ろしか見えない。せめて横顔だけでも確かめたいのに、彼らは顔を動かさない。
釘付けになった。治は青ざめた顔で、それが途遥でないと信じるために必死で顔を見ようとした。
途遥は浮気をするような男ではない。先週交わした愛情が嘘だったなんて、そんな酷いことはしない。心のなかで途遥を庇った。
チマチマと列は進む。角度が変われば見えるかと思って棒のような足を動かしても、顔は一向に見えそうにない。
気がつけば、自分が呼ばれる番になっていた。
ここまで待った苦労を捨てることが出来ずに、気持ちを半分向こうに取られながら暖簾をくぐった。
注文を待っている間も、食べている最中も絶えず先程の光景が脳裏に浮かび上がってくる。やっとありつけた食事は味が分からない。心の中がぐちゃぐちゃで嬉しくない。やっぱり、諦めて2人を確かめるべきだった。
急ぎ気味で店を出た時には、その姿はなかった。遊んでいた子供も母親も帰ったようで、追いかけっこで巻き上げられた砂痕だけが残されている。
拭いきれないまま取り残された不安を抱えて、治は彼らの座っていたベンチに腰掛けた。
