本編
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想定していた通り、3時過ぎには家を出た。ナビに従って途遥のアパートに急ぐ。こちらの都合で遅くなるのだから自分で行くと住所を送ってもらったのだ。
住宅街に溶け込んだ平凡なアパートに着いた。2階への階段を昇るごとに鼓動が強くなる。抑え込むように深く息を吸った。
呼び鈴を軽く押した。ドアが開く。
「いらっしゃい」
途遥はグレーのパーカー姿で治を出迎えた。
通された室内はシンプルな1Kだった。
黒のベンチソファに茶色のローテーブル。その下には水玉のラグ。テレビの近くには本体とコントローラーがあり、既に繋いでくれているらしい。壁際に布団が2つ寄せられており、本棚には埃よけのカーテンが掛かっていた。レイアウトに人間性がでている。
「部屋、綺麗やな」
「そう? あんまり物を置いてないだけだよ」
他人 の家の匂い。途遥の生活空間にいる事実に早くも気が狂いそうだ。押さえ込んで、平気な顔をする。
「これ、おかんから。泊まるなら持ってけって。ばあちゃんから貰った野菜」
「わっ、嬉しい! ありがとう、助かるよ。お母さんにもお礼言っておいて」
ニコニコとキッチンに引っ込んだ途遥は飲み物を持ってきて座るように促した。
「早速やる? 繋いでおいたからすぐできるよ」
頷くやいなや、ささっと用意を済ませてコントローラーを渡される。
「新しくデータ作っていいって。僕は隣でレポート書いてるから、気にしないでね」
ぽふん、と隣に座った途遥はノートパソコンを開いた。
声をかける間もなかった。
このゲームは1人用だ。一緒に話しながらやる気でいたのに、レポートがあるとなると邪魔をするのは気が引ける。
仕方なくスタートボタンを押した。
1時間で限界がきた。途遥が気になって集中できない。ストーリーは全然頭に入らないし、バトルには全く勝てない。
途遥はレポートにかかりきりで、真剣な横顔は視線ひとつ寄越さない。もたれ掛かれる距離にいるのに、会話もない。迷惑になるかもしれないと分かっていても、寂しさが我慢できなかった。
なぁ、そっちばかり見んといて。俺も構ってや。
「なぁ」
「うん?」
視線の合わない生返事。これで釣られるだろうか。
「途遥くんもゲームやらん? 俺、こっちもやってみたい。対戦するやつ」
手に持ったカセットにあ、と声を上げた。
「懐かしい。弟に接待プレイしてたやつだ」
「そんなことしてたん?」
「強すぎて勝負にならないからって手抜きを強要されてたんだ。勝つと怒られるけど、手加減しすぎても舐めてんのかって怒られるから大変だった」
「わがままやな」
わがままなんは俺や。レポートと俺を比べさせてる。それを書くのがどれだけ大事なことかは聞いてるのに。
そのまま誘いに乗って欲しい。
ぐっ、と背筋を伸ばした途遥は息をついた。
「ふぅ……。うん、やろう」
久しぶりやりたくなっちゃった。
そう言ってパソコンを閉じて立ち上がった。
目論見通りに釣れた快感にぶわりと鳥肌が立つ。
「俺、初心者やから手加減してな」
「どうかな、弱くなってるかもしれないよ」
丸まった背中がカセットを替えている。
俺を優先してくれるん? あかん、嬉しい。途遥くんがカセットに釣られただけなん分かってても、勘違いしそうや。
惚けた気持ちのまま、ゲームが始まった。
対戦は白熱した。
治は序盤、恋心に気を取られてボコボコにされた。手加減されているにも関わらずボロ負けし、侑で鍛えられた対抗心が燃えてムッとしてきた。中盤からは本腰を入れるも、明らかに手を抜かれる瞬間があることに気づいた。接待プレイだ。頼んだくせに、やられるとイラっときた。弟の気持ちがよく理解できた。終盤は完全にゲームに気を取られていた。ムキになって、侑に言うテンションでちゃんとやらんかいと吠えてしまった。嫌われたかと焦ったが途遥は「弟と同じこと言ってる」とケロッとしていた。
疲れてきた、と握ったコントローラーを手放す。熱中しすぎて手汗が凄い。ふと確認した時計は20時を回っていた。
「腹減ったわ。8時過ぎとるし」
「ほんとだ。夕飯どうしようか」
ゲームを片付けながら途遥が唸った。
「さん吉は終わっちゃってるしなぁ。コンビニかファミレスにする? どっちも大通りに出ないといけないけど」
「外出るん嫌や、寒い」
拗ねた返事に弱ったといった顔をされる。
ゲームで昂った勢いのまま、恐れに目を瞑ってしたいことがあった。
「なぁ、前に自炊してるって言うてたやんか。俺、途遥くんの手料理食べてみたい」
攻めすぎだろうか。
ダメだったら適当に茶化して外に食べに行こう。
「作れるけど……恥ずかしいな。人に食べてもらったことないし」
はにかむ困り顔は爆撃を落とす。
「時間もかかっちゃうし、自信ないけど、それでもいい?」
「……外 食いに行くんと時間変わらんやろ。俺も手伝うから、はよ作ろ」
遊ばれていると疑いたくなるくらい思い通りだ。
覗き込んだ冷蔵庫にはそれなりに埋まっている。750gの味噌を買っている一人暮らしDD は全国に何人いるんだろうか。治が持ってきた野菜と合わせて食材は十分だ。
話し合って決めた献立は野菜炒め、だし巻き玉子、小松菜の塩昆布和え、かぶの味噌汁。
狭いキッチンを分担して作業する。弁当屋での手際がいいから料理も上手だろうと踏んだのは当たった。手は澱みなく進む。バイトの時より近い肩が触れ合う。顔の赤みをガス火のせいにした。
作ってみて、と学校で習っただし巻き玉子を巻いている姿を褒められた。
「凄い! 巻くの上手いね。美味しそう」
めっちゃ幸せや。サーブの8秒と同じくらいに。
作り終わった料理をテーブルに並べて隣合って食べる。ありきたりな献立も途遥が作ったと思うと、特別なものに感じる。いつもの2倍は味わって食べた。
食器洗うわ、と皿洗いを引き受けた。残すイベントは風呂と睡眠だけだ。
食休みに書いているレポートの内容について聞いてみた。噛み砕いて説明してくれるがさっぱり分からない。首を捻っていると給湯器が鳴った。
「お風呂沸いたから先に入っていいよ。その間に布団敷いておくね」
持参してきたタオルと着替えを持って浴室に入る。
飛び込んできたのは整頓された洗面台だった。
「……あ? 俺風呂入っ……たわ」
気づいたら部屋の真ん中にジャージ姿で突っ立っていた。混乱も数瞬で、直前の記憶が蘇る。どうやら、あまりの生活感に緊張が振り切って風呂の記憶がぶっ飛んだらしい。
マジでキッショい。ヤバすぎるやろ記憶ぶっ飛ぶて……。
自己嫌悪で凹んだ。
もう一度浴室に入る勇気はなく、キッチンで歯を磨いていると途遥が風呂から出てきた。ジャージ姿で髪を拭きながら、浴室で見た 歯ブラシを咥えている。
ホンマに最悪や。
テーブルとソファを端に寄せて並べられた布団の上でテレビを見ていた。エンディングが流れてニュース番組に切り替わる。
欠伸が出た。普段なら起きてる時間なのに、緊張の連続による疲れからか眠気が襲ってきた。
「そろそろ寝る?」
「えー、まだ起きてたい。修学旅行みたいで楽しいんやもん」
ふぁ、とまた欠伸が出る。滲んだ涙を擦った。
「瞼が開いてないよ。明日もあるから、寝よ?」
このオネダリは聞き入れられず、電気を消されて強制的に寝る体勢に持っていかれた。
暗闇の中で、ゴソゴソと布団に入る音がする。
暗くなると一層うとうとが強くなった。話していたくても、体がついていかない。
「途遥くん、明日どっか出かけよ」
「うん。じゃあ7時にアラームかけとくね」
スマホの光がパッと浮かび上がって、消えた。
おやすみ、と掠れた声を最後に眠りについた。
♢
意識が浮上した。暗い。寝心地が違うから目が覚めたのだろうか。高校の合宿以来だ、布団で寝たのは。
トイレに立って、布団に戻った。たいして寝ていないのに、妙に冴えていて眠れそうにない。
雲が移動したのか、カーテン越しの月明かりが少し強くなった。室内がほんのり明るくなる。暗闇に慣れた視界が窓側で眠る途遥の姿を捉えた。
布団から抜けて、ゆっくりと近づく。仰向けで眠る顔に自分の影がかかる。
じっと眺めた。無意識に、鼻先が触れそうなほどに近づいていた。
「……っは」
息が荒くなる。キスの1つでもできそうなのに、友達の壁を超えることができない。
――これからも友達として仲良うして、遊び行ったり、泊まったりして。
途遥の匂いがする。
――あと1年は続けられる。けど、就職したら? バイト先の友達とはいつかは離れてまうんやないか。
寝息がかかる。
――苦しい、言いたない。けど、ずっとこのままなんも苦しいから言いたい。
数cmで薄い唇に触れられる。恋情の奔流に呑まれる。
好き。好きやねん、途遥くん。おかしくなりそうなほど好きなんや。
「すき……途遥くん……」
小さく声にしてしまった。この近さで、例え寝ていても、言ってはいけないことを。
「ぁ……っ」
瞼は開かない。
寝ていてよかった安堵と決して叶わない悲しみに、ぎゅぅと胸が締めあげられる。
じわり、涙が溢れた。下を向いていたから、それは途遥の顔に零れた。
「治」
「ぅ……え」
寝ていたはずの途遥がハッキリと喋った。寝起きの声では無い。
どくり、と鼓動が脈打つ。冷や汗が背中に伝う。
嘘、なんで起きて……。
「あ、や、ちゃうねん、これは」
「待って」
体を起こして距離をとろうとしたら、布団から伸びた途遥の腕に阻止される。
薄暗い室内で向かいった。恐怖で顔が見れない。
「僕ね、横になって目瞑ってただけなんだ。治がトイレに起きる前に僕も起きてて、そのまま目が冴えちゃって眠れなかった。だから、起きてた」
すぅっと血の気が引いた。
嫌われた。あんなこと、しなければよかった。
「……ごめっ、ほんまごめん。気持ち悪いよな、俺」
すぐ帰るから。言い切る前に途遥が動いた。
「そんなの思ってない」
焼けるような手のひらの熱が掴まれた肩に溶けていく。
「治、言って? 今度はちゃんと聞いてるから」
「なん、で? 途遥くん女の子と付き合ぉてたやん。 女の子が好きなんやろ? やったら別に聞かんくてもええやろっ」
「それは過去のことだよ」
月明かりの逆光で表情が読み取れない。
そうか、正面から振りたいんか。真面目やな。ほんで残酷や。
「……好きや、途遥くん。ずっと好きやってん」
振られて、思い出になるんならそれでもええか。
「うん」
肩の手が背中に回り、夢にまで見た体温に抱きしめられる。
サービス精神大勢やん。……許してくれるんなら、最後にええ思いさせてな。
おずおずと途遥の背中に手を回した。
しばらくの無言の後、途遥が笑った。
「治ならいいよ」
「なにが?」
「付き合えるかなって具体的に考えてみたんだけど、うん、大丈夫」
引き寄せられる力が強くなる。振られる覚悟は決まってても前向きに検討される心構えはしていない。
「大丈夫ってそない簡単に……。付き合うって、手ぇ繋ぐだけやないやで。途遥くん、俺とちゅーできるん?」
「うん。確かめてみる?」
くっついていた体が離れて頬に手を添えられる。触れたところから顔に熱が灯った。
ホンマにするんか?
「いい?」
頷くので精一杯だ。
柔らかい感触。軽く押し当てられて、体が強ばる。離れて、くっつけられて、何度も啄むように唇を重ねられる。
息の仕方が分からなくて苦しくなり胸を叩いた。
「はッ、1回で、ええのに」
「ごめん、かわいいなって思ったらつい」
「かわっ、……手の早い途遥くんと違ぉて、俺は純粋なんですぅ」
「違う違う! 泣くぐらい僕のこと好きなんだって思ったら、こう、ぐわーってきちゃってだけで。……ね、分かってくれた?」
「……おん」
身をもって証明されてしまえば、ぐうの音も出ない。首に手を回されて、また抱き寄せられた。
「友達の顔してそういう風に見られてたん、嫌やないん?」
「うん、全く。随分懐かれてるなって思ってたから、納得した」
耳元で優しい声に鼻の奥がツンとした。
髪の毛を梳かれる。もっと触れられていたい。
「途遥くんのせいや。あない甘やかすからすっかりその気にさせられてもうた」
「ごめん」
「毎回毎回思わせぶりばっかで、こっちは苦しくてしゃあないのに」
「ごめんね」
「謝るんなら、途遥くんも好きくらい言うてや」
「……うん」
体を離した途遥が治の手をぎゅっと握る。
「好きだよ、治。いっぱい苦しい思いさせてごめんね。責任とらせて。……僕と付き合ってくれる?」
「もちろん」
途遥の胸に飛び込んでめいっぱい息を吸い込んだ。
表情を見る必要は無い。包まれる温もりに甘やかされていた。
♢
日差しで目が覚めた。眩しさに薄目を開けると途遥がカーテンを開けている。
「おはよう。寝てるところごめんね」
「……おはようさん」
途遥はもう着替えていた。
「簡単だけどご飯作っておいたよ。着替えて顔洗ってきていいよ。テーブル戻しておくから」
寝たのは遅かったにも関わらず途遥はハツラツとしていた。
「おん、ありがとう」
寝ぼけたまま、のそのそと着替えて顔を洗う。
やっと頭がしゃっきりしてきた。昨日の記憶を思い出す。
途遥くん、あれからずっと抱きしめててくれたんよな。寝るって布団入っても手繋いでくれてて。あれは夢ちゃうよな? 途遥くんいつも通りやったけど……。
一抹の不安に襲われて部屋に行くとテーブルに朝食を運んでいた。
「途遥くん」
「うん?」
「ちゅうして?」
キッチンとテーブルを往復していた途遥が振り向いた。
「いいよ」
住宅街に溶け込んだ平凡なアパートに着いた。2階への階段を昇るごとに鼓動が強くなる。抑え込むように深く息を吸った。
呼び鈴を軽く押した。ドアが開く。
「いらっしゃい」
途遥はグレーのパーカー姿で治を出迎えた。
通された室内はシンプルな1Kだった。
黒のベンチソファに茶色のローテーブル。その下には水玉のラグ。テレビの近くには本体とコントローラーがあり、既に繋いでくれているらしい。壁際に布団が2つ寄せられており、本棚には埃よけのカーテンが掛かっていた。レイアウトに人間性がでている。
「部屋、綺麗やな」
「そう? あんまり物を置いてないだけだよ」
「これ、おかんから。泊まるなら持ってけって。ばあちゃんから貰った野菜」
「わっ、嬉しい! ありがとう、助かるよ。お母さんにもお礼言っておいて」
ニコニコとキッチンに引っ込んだ途遥は飲み物を持ってきて座るように促した。
「早速やる? 繋いでおいたからすぐできるよ」
頷くやいなや、ささっと用意を済ませてコントローラーを渡される。
「新しくデータ作っていいって。僕は隣でレポート書いてるから、気にしないでね」
ぽふん、と隣に座った途遥はノートパソコンを開いた。
声をかける間もなかった。
このゲームは1人用だ。一緒に話しながらやる気でいたのに、レポートがあるとなると邪魔をするのは気が引ける。
仕方なくスタートボタンを押した。
1時間で限界がきた。途遥が気になって集中できない。ストーリーは全然頭に入らないし、バトルには全く勝てない。
途遥はレポートにかかりきりで、真剣な横顔は視線ひとつ寄越さない。もたれ掛かれる距離にいるのに、会話もない。迷惑になるかもしれないと分かっていても、寂しさが我慢できなかった。
なぁ、そっちばかり見んといて。俺も構ってや。
「なぁ」
「うん?」
視線の合わない生返事。これで釣られるだろうか。
「途遥くんもゲームやらん? 俺、こっちもやってみたい。対戦するやつ」
手に持ったカセットにあ、と声を上げた。
「懐かしい。弟に接待プレイしてたやつだ」
「そんなことしてたん?」
「強すぎて勝負にならないからって手抜きを強要されてたんだ。勝つと怒られるけど、手加減しすぎても舐めてんのかって怒られるから大変だった」
「わがままやな」
わがままなんは俺や。レポートと俺を比べさせてる。それを書くのがどれだけ大事なことかは聞いてるのに。
そのまま誘いに乗って欲しい。
ぐっ、と背筋を伸ばした途遥は息をついた。
「ふぅ……。うん、やろう」
久しぶりやりたくなっちゃった。
そう言ってパソコンを閉じて立ち上がった。
目論見通りに釣れた快感にぶわりと鳥肌が立つ。
「俺、初心者やから手加減してな」
「どうかな、弱くなってるかもしれないよ」
丸まった背中がカセットを替えている。
俺を優先してくれるん? あかん、嬉しい。途遥くんがカセットに釣られただけなん分かってても、勘違いしそうや。
惚けた気持ちのまま、ゲームが始まった。
対戦は白熱した。
治は序盤、恋心に気を取られてボコボコにされた。手加減されているにも関わらずボロ負けし、侑で鍛えられた対抗心が燃えてムッとしてきた。中盤からは本腰を入れるも、明らかに手を抜かれる瞬間があることに気づいた。接待プレイだ。頼んだくせに、やられるとイラっときた。弟の気持ちがよく理解できた。終盤は完全にゲームに気を取られていた。ムキになって、侑に言うテンションでちゃんとやらんかいと吠えてしまった。嫌われたかと焦ったが途遥は「弟と同じこと言ってる」とケロッとしていた。
疲れてきた、と握ったコントローラーを手放す。熱中しすぎて手汗が凄い。ふと確認した時計は20時を回っていた。
「腹減ったわ。8時過ぎとるし」
「ほんとだ。夕飯どうしようか」
ゲームを片付けながら途遥が唸った。
「さん吉は終わっちゃってるしなぁ。コンビニかファミレスにする? どっちも大通りに出ないといけないけど」
「外出るん嫌や、寒い」
拗ねた返事に弱ったといった顔をされる。
ゲームで昂った勢いのまま、恐れに目を瞑ってしたいことがあった。
「なぁ、前に自炊してるって言うてたやんか。俺、途遥くんの手料理食べてみたい」
攻めすぎだろうか。
ダメだったら適当に茶化して外に食べに行こう。
「作れるけど……恥ずかしいな。人に食べてもらったことないし」
はにかむ困り顔は爆撃を落とす。
「時間もかかっちゃうし、自信ないけど、それでもいい?」
「……
遊ばれていると疑いたくなるくらい思い通りだ。
覗き込んだ冷蔵庫にはそれなりに埋まっている。750gの味噌を買っている一人暮らし
話し合って決めた献立は野菜炒め、だし巻き玉子、小松菜の塩昆布和え、かぶの味噌汁。
狭いキッチンを分担して作業する。弁当屋での手際がいいから料理も上手だろうと踏んだのは当たった。手は澱みなく進む。バイトの時より近い肩が触れ合う。顔の赤みをガス火のせいにした。
作ってみて、と学校で習っただし巻き玉子を巻いている姿を褒められた。
「凄い! 巻くの上手いね。美味しそう」
めっちゃ幸せや。サーブの8秒と同じくらいに。
作り終わった料理をテーブルに並べて隣合って食べる。ありきたりな献立も途遥が作ったと思うと、特別なものに感じる。いつもの2倍は味わって食べた。
食器洗うわ、と皿洗いを引き受けた。残すイベントは風呂と睡眠だけだ。
食休みに書いているレポートの内容について聞いてみた。噛み砕いて説明してくれるがさっぱり分からない。首を捻っていると給湯器が鳴った。
「お風呂沸いたから先に入っていいよ。その間に布団敷いておくね」
持参してきたタオルと着替えを持って浴室に入る。
飛び込んできたのは整頓された洗面台だった。
「……あ? 俺風呂入っ……たわ」
気づいたら部屋の真ん中にジャージ姿で突っ立っていた。混乱も数瞬で、直前の記憶が蘇る。どうやら、あまりの生活感に緊張が振り切って風呂の記憶がぶっ飛んだらしい。
マジでキッショい。ヤバすぎるやろ記憶ぶっ飛ぶて……。
自己嫌悪で凹んだ。
もう一度浴室に入る勇気はなく、キッチンで歯を磨いていると途遥が風呂から出てきた。ジャージ姿で髪を拭きながら、
ホンマに最悪や。
テーブルとソファを端に寄せて並べられた布団の上でテレビを見ていた。エンディングが流れてニュース番組に切り替わる。
欠伸が出た。普段なら起きてる時間なのに、緊張の連続による疲れからか眠気が襲ってきた。
「そろそろ寝る?」
「えー、まだ起きてたい。修学旅行みたいで楽しいんやもん」
ふぁ、とまた欠伸が出る。滲んだ涙を擦った。
「瞼が開いてないよ。明日もあるから、寝よ?」
このオネダリは聞き入れられず、電気を消されて強制的に寝る体勢に持っていかれた。
暗闇の中で、ゴソゴソと布団に入る音がする。
暗くなると一層うとうとが強くなった。話していたくても、体がついていかない。
「途遥くん、明日どっか出かけよ」
「うん。じゃあ7時にアラームかけとくね」
スマホの光がパッと浮かび上がって、消えた。
おやすみ、と掠れた声を最後に眠りについた。
♢
意識が浮上した。暗い。寝心地が違うから目が覚めたのだろうか。高校の合宿以来だ、布団で寝たのは。
トイレに立って、布団に戻った。たいして寝ていないのに、妙に冴えていて眠れそうにない。
雲が移動したのか、カーテン越しの月明かりが少し強くなった。室内がほんのり明るくなる。暗闇に慣れた視界が窓側で眠る途遥の姿を捉えた。
布団から抜けて、ゆっくりと近づく。仰向けで眠る顔に自分の影がかかる。
じっと眺めた。無意識に、鼻先が触れそうなほどに近づいていた。
「……っは」
息が荒くなる。キスの1つでもできそうなのに、友達の壁を超えることができない。
――これからも友達として仲良うして、遊び行ったり、泊まったりして。
途遥の匂いがする。
――あと1年は続けられる。けど、就職したら? バイト先の友達とはいつかは離れてまうんやないか。
寝息がかかる。
――苦しい、言いたない。けど、ずっとこのままなんも苦しいから言いたい。
数cmで薄い唇に触れられる。恋情の奔流に呑まれる。
好き。好きやねん、途遥くん。おかしくなりそうなほど好きなんや。
「すき……途遥くん……」
小さく声にしてしまった。この近さで、例え寝ていても、言ってはいけないことを。
「ぁ……っ」
瞼は開かない。
寝ていてよかった安堵と決して叶わない悲しみに、ぎゅぅと胸が締めあげられる。
じわり、涙が溢れた。下を向いていたから、それは途遥の顔に零れた。
「治」
「ぅ……え」
寝ていたはずの途遥がハッキリと喋った。寝起きの声では無い。
どくり、と鼓動が脈打つ。冷や汗が背中に伝う。
嘘、なんで起きて……。
「あ、や、ちゃうねん、これは」
「待って」
体を起こして距離をとろうとしたら、布団から伸びた途遥の腕に阻止される。
薄暗い室内で向かいった。恐怖で顔が見れない。
「僕ね、横になって目瞑ってただけなんだ。治がトイレに起きる前に僕も起きてて、そのまま目が冴えちゃって眠れなかった。だから、起きてた」
すぅっと血の気が引いた。
嫌われた。あんなこと、しなければよかった。
「……ごめっ、ほんまごめん。気持ち悪いよな、俺」
すぐ帰るから。言い切る前に途遥が動いた。
「そんなの思ってない」
焼けるような手のひらの熱が掴まれた肩に溶けていく。
「治、言って? 今度はちゃんと聞いてるから」
「なん、で? 途遥くん女の子と付き合ぉてたやん。 女の子が好きなんやろ? やったら別に聞かんくてもええやろっ」
「それは過去のことだよ」
月明かりの逆光で表情が読み取れない。
そうか、正面から振りたいんか。真面目やな。ほんで残酷や。
「……好きや、途遥くん。ずっと好きやってん」
振られて、思い出になるんならそれでもええか。
「うん」
肩の手が背中に回り、夢にまで見た体温に抱きしめられる。
サービス精神大勢やん。……許してくれるんなら、最後にええ思いさせてな。
おずおずと途遥の背中に手を回した。
しばらくの無言の後、途遥が笑った。
「治ならいいよ」
「なにが?」
「付き合えるかなって具体的に考えてみたんだけど、うん、大丈夫」
引き寄せられる力が強くなる。振られる覚悟は決まってても前向きに検討される心構えはしていない。
「大丈夫ってそない簡単に……。付き合うって、手ぇ繋ぐだけやないやで。途遥くん、俺とちゅーできるん?」
「うん。確かめてみる?」
くっついていた体が離れて頬に手を添えられる。触れたところから顔に熱が灯った。
ホンマにするんか?
「いい?」
頷くので精一杯だ。
柔らかい感触。軽く押し当てられて、体が強ばる。離れて、くっつけられて、何度も啄むように唇を重ねられる。
息の仕方が分からなくて苦しくなり胸を叩いた。
「はッ、1回で、ええのに」
「ごめん、かわいいなって思ったらつい」
「かわっ、……手の早い途遥くんと違ぉて、俺は純粋なんですぅ」
「違う違う! 泣くぐらい僕のこと好きなんだって思ったら、こう、ぐわーってきちゃってだけで。……ね、分かってくれた?」
「……おん」
身をもって証明されてしまえば、ぐうの音も出ない。首に手を回されて、また抱き寄せられた。
「友達の顔してそういう風に見られてたん、嫌やないん?」
「うん、全く。随分懐かれてるなって思ってたから、納得した」
耳元で優しい声に鼻の奥がツンとした。
髪の毛を梳かれる。もっと触れられていたい。
「途遥くんのせいや。あない甘やかすからすっかりその気にさせられてもうた」
「ごめん」
「毎回毎回思わせぶりばっかで、こっちは苦しくてしゃあないのに」
「ごめんね」
「謝るんなら、途遥くんも好きくらい言うてや」
「……うん」
体を離した途遥が治の手をぎゅっと握る。
「好きだよ、治。いっぱい苦しい思いさせてごめんね。責任とらせて。……僕と付き合ってくれる?」
「もちろん」
途遥の胸に飛び込んでめいっぱい息を吸い込んだ。
表情を見る必要は無い。包まれる温もりに甘やかされていた。
♢
日差しで目が覚めた。眩しさに薄目を開けると途遥がカーテンを開けている。
「おはよう。寝てるところごめんね」
「……おはようさん」
途遥はもう着替えていた。
「簡単だけどご飯作っておいたよ。着替えて顔洗ってきていいよ。テーブル戻しておくから」
寝たのは遅かったにも関わらず途遥はハツラツとしていた。
「おん、ありがとう」
寝ぼけたまま、のそのそと着替えて顔を洗う。
やっと頭がしゃっきりしてきた。昨日の記憶を思い出す。
途遥くん、あれからずっと抱きしめててくれたんよな。寝るって布団入っても手繋いでくれてて。あれは夢ちゃうよな? 途遥くんいつも通りやったけど……。
一抹の不安に襲われて部屋に行くとテーブルに朝食を運んでいた。
「途遥くん」
「うん?」
「ちゅうして?」
キッチンとテーブルを往復していた途遥が振り向いた。
「いいよ」
