本編
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閉店後、賄いを容器に詰めていると店長に話しかけられた。
「治くん、もう大丈夫そうやし、来週からは先生なしな」
「ほんまですか」
「おん。途遥くんももう教えることないやろ」
「そうですね。一通りできてますから、安心して任せられますよ」
「せやろ? 治くん、自信持ち。もし分からんことあったらそん時居る人に聞けばええから」
じゃあ、それ詰め終わったら上がってな。
言うだけ言って、店長はまた引っ込んだ。
別々に帰っていた道も、流れで一緒に帰るようになってからはそれが当たり前になっていた。
「治は覚えがいいから教えやすかったよ」
途遥は治を褒めた。嫌味のない言い方だった。
「なんべんも言うたやん。それは途遥くんの教え方が上手いからや」
「それでも実際に上手くできるのは治の力だよ」
屈託のない言葉が治には面映ゆい。こうも素直に褒められるのには未だに慣れなかった。
来週からは隣に途遥はいない。シフトが被る時以外は会えなくなる。居心地のいいところが減って、独立したのに手放しに喜べなかった。
コンビニの前で途遥は足を止めた。
「記念にプリン奢るよ。コンビニ寄ってっていい?」
「やった、1番高いの買うてもええ?」
ふざけてオネダリしても好きのでいいよと受け入れられてしまう。アランでも1回は渋るというのに。
甘やかされているのが分かっているから、甘えたくなる。次からは隣にいないから、今日は特に。
治が独立してからのある日。その日は強い雨のせいか客足が極端に少なかった。あまりにも暇なので、店長の奥さんは事務仕事に引っ込んでしまい、厨房に残された店長の娘のマユと雑談に興じていた。
「治くんモテるやろ?」
「否定はせんで」
「お、イケメンの余裕てやつか」
マユはお喋りで、暇さえあれば誰とでも喋っている。店長にそっくりだ。彼氏一筋で治にも途遥にもそういった興味が無いのが分かっているから治も話しやすい。
「途遥くんに同じこと言ったら濁してたで。イケメンを鼻にかけんところが途遥くんらしいわ」
「せやろなぁ、大学でモテモテやろ。俺から見てもイケメンやもん」
「よぉあんなデカイ魚逃したよな、途遥くんの元カノ」
「えっ、途遥くん彼女おったん?」
シンクを拭いていた手が止まった。胸に空洞ができたかと思うくらいの衝撃だった。
「おん。高2の時と大学1年の時におったって。どっちも1年しか続かんかったし、どっちも彼女に振られたんやって」
「っ、そ、そうなんや。今はおらんの?」
ひっくり返った声が出た。バッチリ聞いたマユは調理台をバシバシ叩いて笑った。
「あっはははは! ビックリしすぎやろ。そうよな、モテそうとは思うけど実際彼女いるってなると、なんか、なぁ? 途遥くんに彼女おるとガッカリする気持ち超分かるわ」
あー、おもろい、と笑い終わった彼女は深呼吸をした。
「今はおらんって。彼女作る気はないって言うとった」
そうなんや。その一言に無性に安堵した。
「途遥くんてむっちゃ優しいやんか。誰にでもああなんやけど、それでも自分は特別扱いされてるんやないんかって錯覚してまうよな。あ、うちは彼氏おるって言ってあるから距離感考えてくれてるんやけど、そういう気遣いできるところ込みで勘違いしそうなるわ」
「やから、特定の誰かのもんになるんが何となく嫌なんよな。ああ、自分は特別やないんやって気づいてまうもん。松崎さんもよう言うてたわぁ。途遥くんに恋人できたらおばちゃん悲しい、皆のイケメンでおってくれ、って。まぁ私らの勝手なエゴやけどな」
それにしても、ほんまに客来んなぁ。雨強いし、はよ帰りたい。オカンに早終いする気ないか聞いてくるから、客きたら呼んでや。そう言い残してマユは返事も聞かずに厨房から出ていった。
残された治はぼんやりと壁を見つめた。
途遥の彼女の話を聞いた瞬間、感情が溢れた。自分がその話を知らないという動揺とマユの方が途遥をよく知っているという妬みと元カノに対する嫌悪。
頭が混乱している。この元カノへの敵愾心は? そもそも、自分より途遥を知っているマユにどうして妬いた? 途遥に彼女を作る気がないと聞いてなんであんなに安心した?
ぐちゃぐちゃの思考で考え込んだ末に、答えが出た。
――この感情に気づいたことが火種なんやろな。
俺、途遥くんに特別扱いしてもらいたい。勘違いやなくて、本当に。そのためにはもっと仲良くならなあかん。
気づいてしまえば、感情はより明確になった。
早じまいの意見を却下されたマユが戻ってきて、雑談が再開した。その間も頭の中は途遥で占められていた。
次会えたらもっと色んな話がしたい。途遥のことをもっと知りたい。自分のことも知って欲しい。
仕事終わり、いつもなら自分のところしか見ないシフト表を凝視して被っている日を必死で探す。
とにかく、自分の知らない途遥の空白を埋めたかった。
「治くん、もう大丈夫そうやし、来週からは先生なしな」
「ほんまですか」
「おん。途遥くんももう教えることないやろ」
「そうですね。一通りできてますから、安心して任せられますよ」
「せやろ? 治くん、自信持ち。もし分からんことあったらそん時居る人に聞けばええから」
じゃあ、それ詰め終わったら上がってな。
言うだけ言って、店長はまた引っ込んだ。
別々に帰っていた道も、流れで一緒に帰るようになってからはそれが当たり前になっていた。
「治は覚えがいいから教えやすかったよ」
途遥は治を褒めた。嫌味のない言い方だった。
「なんべんも言うたやん。それは途遥くんの教え方が上手いからや」
「それでも実際に上手くできるのは治の力だよ」
屈託のない言葉が治には面映ゆい。こうも素直に褒められるのには未だに慣れなかった。
来週からは隣に途遥はいない。シフトが被る時以外は会えなくなる。居心地のいいところが減って、独立したのに手放しに喜べなかった。
コンビニの前で途遥は足を止めた。
「記念にプリン奢るよ。コンビニ寄ってっていい?」
「やった、1番高いの買うてもええ?」
ふざけてオネダリしても好きのでいいよと受け入れられてしまう。アランでも1回は渋るというのに。
甘やかされているのが分かっているから、甘えたくなる。次からは隣にいないから、今日は特に。
治が独立してからのある日。その日は強い雨のせいか客足が極端に少なかった。あまりにも暇なので、店長の奥さんは事務仕事に引っ込んでしまい、厨房に残された店長の娘のマユと雑談に興じていた。
「治くんモテるやろ?」
「否定はせんで」
「お、イケメンの余裕てやつか」
マユはお喋りで、暇さえあれば誰とでも喋っている。店長にそっくりだ。彼氏一筋で治にも途遥にもそういった興味が無いのが分かっているから治も話しやすい。
「途遥くんに同じこと言ったら濁してたで。イケメンを鼻にかけんところが途遥くんらしいわ」
「せやろなぁ、大学でモテモテやろ。俺から見てもイケメンやもん」
「よぉあんなデカイ魚逃したよな、途遥くんの元カノ」
「えっ、途遥くん彼女おったん?」
シンクを拭いていた手が止まった。胸に空洞ができたかと思うくらいの衝撃だった。
「おん。高2の時と大学1年の時におったって。どっちも1年しか続かんかったし、どっちも彼女に振られたんやって」
「っ、そ、そうなんや。今はおらんの?」
ひっくり返った声が出た。バッチリ聞いたマユは調理台をバシバシ叩いて笑った。
「あっはははは! ビックリしすぎやろ。そうよな、モテそうとは思うけど実際彼女いるってなると、なんか、なぁ? 途遥くんに彼女おるとガッカリする気持ち超分かるわ」
あー、おもろい、と笑い終わった彼女は深呼吸をした。
「今はおらんって。彼女作る気はないって言うとった」
そうなんや。その一言に無性に安堵した。
「途遥くんてむっちゃ優しいやんか。誰にでもああなんやけど、それでも自分は特別扱いされてるんやないんかって錯覚してまうよな。あ、うちは彼氏おるって言ってあるから距離感考えてくれてるんやけど、そういう気遣いできるところ込みで勘違いしそうなるわ」
「やから、特定の誰かのもんになるんが何となく嫌なんよな。ああ、自分は特別やないんやって気づいてまうもん。松崎さんもよう言うてたわぁ。途遥くんに恋人できたらおばちゃん悲しい、皆のイケメンでおってくれ、って。まぁ私らの勝手なエゴやけどな」
それにしても、ほんまに客来んなぁ。雨強いし、はよ帰りたい。オカンに早終いする気ないか聞いてくるから、客きたら呼んでや。そう言い残してマユは返事も聞かずに厨房から出ていった。
残された治はぼんやりと壁を見つめた。
途遥の彼女の話を聞いた瞬間、感情が溢れた。自分がその話を知らないという動揺とマユの方が途遥をよく知っているという妬みと元カノに対する嫌悪。
頭が混乱している。この元カノへの敵愾心は? そもそも、自分より途遥を知っているマユにどうして妬いた? 途遥に彼女を作る気がないと聞いてなんであんなに安心した?
ぐちゃぐちゃの思考で考え込んだ末に、答えが出た。
――この感情に気づいたことが火種なんやろな。
俺、途遥くんに特別扱いしてもらいたい。勘違いやなくて、本当に。そのためにはもっと仲良くならなあかん。
気づいてしまえば、感情はより明確になった。
早じまいの意見を却下されたマユが戻ってきて、雑談が再開した。その間も頭の中は途遥で占められていた。
次会えたらもっと色んな話がしたい。途遥のことをもっと知りたい。自分のことも知って欲しい。
仕事終わり、いつもなら自分のところしか見ないシフト表を凝視して被っている日を必死で探す。
とにかく、自分の知らない途遥の空白を埋めたかった。
