HQ短編
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昼休み終了数分前、教室内のランチグループがだんだん解散していく流れにそって一緒にご飯を食べていた2人も席を立った。また部活でね、と自分の教室に戻っていく後ろ姿を見送って、机の中から現代文の教科書を取り出す。よれたプリントのシワを伸ばしていると後ろから名前を呼ばれた。
「ね、インスタ見た?」
声をかけてきたのは角名で、スマホを片手に寄ってきた。
「最近全然見てない。なんか面白いのあった?」
「うん。オープンして1ヶ月で話題の店ってのが出てきたんだけど、見覚えあるなって思ったら隣町の駅南のとこだった」
「あ、それさっき聞いたやつかも」
この店なんだけど、と見せられた画面に映る店名は先程までそこに居た友達が見ていた店と同じもの。タイムリーだ。
「フルーツサンドの店が潰れてハワイアンカフェになったって所でしょ?」
「そうそう」
スクロールされる画面から見栄えのいいロコモコプレートやハンバーガー、パンケーキやらの写真がどんどん出てきた。合間に挟まる店内の画像は雰囲気がいかにもオシャレって感じで、女子やカップルの客が好きそうな内装だ。
「見た目だけじゃなくて、味も美味しいらしいね」
友達の言っていたセリフをそっくり言ってしまった。
「みたいだね。 映えるだけじゃなくって味もちゃんとしてるってクチコミの評価は結構高いよ」
「へぇー」
写真映えに興味は無いけれど、2回も話を聞くと気になってくる。近くにあるなら映え料理というものを経験しておくか、なんて思えてきた。
インスタで見つけたってことは知名度が出てきたってことかもしれない。先延ばしにしたらどんどん人が押し寄せて、行きにくくなる。行くなら早い方がいい。
「行ってみたい?」
「うん、気になる。こんなオシャレな店行ったことないし」
問題は1人で店に行くの恥ずかしいこと。あの2人は彼氏と行くって話だから誘えない。かと言って他に誘えそうな人は思い当たらない。口には出さずに八方塞がりでモヤついていると角名が予想外のことを言ってきた。
「じゃあ俺と行こうよ」
「えっ、角名と?」
驚いて反射的に角名の顔を見た。
「俺と2人じゃいや? それとも誰かと行くのもう決まってる?」
驚いた反応を拒絶と取られたのか、あからさまに悲しげな顔をされる。
「いや、誘われたことにびっくりしただけ。行く人いないし、いいよ、行こう」
「そう、よかった。じゃあ何時にしよっか?」
慌てて否定すれば下がっていた口角は機嫌よく上がった。
角名が私の隣の席に座ろうとした瞬間にチャイムが響いて椅子を引く動きが止まった。
「あ、鳴っちゃった。後でLINEするよ」
♢
部活終わりの重い体を動かして家に帰る。ご飯とお風呂、明日の準備を済ませる頃には時計の短針はいつも左上にいる。ベットに寝転んで一息つく。数時間ぶりにスマホを見れば1時間前に角名からLINEがきていた。
《女バレって明後日オフだったよね? こっちもオフだからその日でどう? 》
「明後日か」
壁掛けのカレンダーを見つめても思いあたる用事はこれといって浮かばない。余裕で暇な日だ。早いうちにオフが被っててよかった。
角名にOKの猫スタンプを押すと、間髪入れずに既読がついてメッセージが返ってきた。
《りょーかい。予約は11時でいい? 》
「カフェに予約とかあるんだ……」
レストランみたい。待たずに入れるのは嬉しい。こういう気の利くところがモテるんだろう。
《大丈夫だよ! ありがとう》
送ったそばから既読がついてハムスターの花丸スタンプが返ってくる。スタンプ可愛いな。
あっさり予定が決まってしまった。スマホを放って天井を見つめる。
……それにしても、まさか角名に誘われるとは思ってもみなかった。角名とはよく話す。お互いバレーの推薦で愛知から来たという共通点を見つけてからは仲がいい方だと思う。けど、話の内容は大体雑談で休みの日に遊びにいこうなんて話になったことは1度もなかった。だから、角名から言われた時びっくりした。誘ってくれるくらいには好感度高いんだ……って。今思えば失礼だったかも。驚いてごめん。
ふと見た時計は就寝のタイムリミットまで1時間を切っていた。平日は時間が経つのが早すぎる。残り少ない自由時間を満喫するべく、読みかけの漫画を開いた。
♢
明後日はすぐにやってきた。電車に乗って2駅、マップを頼りに歩いて3分。予約時間の7分前に着くと店前にいる3組の女性達のすぐ横で外観の写真を撮っている角名の姿があった。
初めて見る私服は新鮮な感じがした。全身黒いのに、お洒落に着こなしている。服の知識が無さすぎて表現する語彙がないけど、カッコイイのは分かる。腰の位置が高すぎて体の半分は足なんじゃないのってくらい長い。私もバレー部だから背は高い方だけど、これと比べたらちんちくりんだ。
「おはよう」
「おはよ。私服初めて見た。かわいいね」
出たよ、モテ男ムーブ。褒められるのは嬉しいけど、全身おさがりコーデなんだよね。ありがとう従姉妹。
「ありがと。角名も足長いね」
「そこは服を褒め返すとこでしょ」
折角だから店の前で撮ろうとロゴが書かれた壁の前でツーショットを撮られた。
入った店内は広く、パステルカラーの壁と観葉植物に彩られている。話し声の雑音の合間にハワイチックなBGMも聞こえる。開店してまだ30分のはずなのにテーブルもカウンターも満席で、若い女性客が圧倒的に多い。私たちはテーブル席を通り抜けた更に奥の半個室に案内された。6つある半個室はこれで全て埋まったらしい。
reserve席の札を回収した店員はメニューとお冷を置いて下がっていった。
メニュー表を開くより先に言葉が出た。
「ヤバ。すっごい混んでる」
月並みな感想だけど言わずにはいられない。普段外食しないからあんなに人がいる光景は久しぶりだ。
「そんな気してたけど、やっぱり混んでたね。実はさ、1回予約取れなかったんだよね。満席でさ。キャンセル出ないかと思って待ってたら、たまたま取れた」
「そうだったの? わざわざありがとね」
そこまでして予約取ってくれるなんて、ありがたい。さすがモテ男。
何食べようか、とメニュー表を開くけど心は既にロコモコプレートと抹茶モンブランパンケーキに決まっている。1番人気を頼んでおけば外れないよね。
角名も同じものを選んでいて、注文してからはバレー部の話やインスタで見つけたほかの店の話でボチボチ盛り上がった。
「お待たせいたしました」
思ったより早く運ばれてきた料理は写真通りボリュームがあった。美味しそうな匂いにお腹が刺激される。食べる前に写真撮ろうとスマホを構えて下を向いたら、前方からカシャっと音が鳴った。
「……角名、私のこと撮った?」
「んー、気のせいじゃない」
嘘でしょ。レンズがこっちに向いてるのが視界端に見えたんだから。カシャって聞こえたし、料理今撮ってるし。あとで追求しよう。
初めて食べたロコモコはとても美味しい。バンバーグなんて、ファミレスと家の味しか知らなかった私には衝撃的な味だ。サラダには食べたことない味のドレッシングがかかっている。酸味がきいていてさっぱり食べられる。網目状のポテトは初めて見た。
いちいち感動していたら角名に笑われた。
「なに?」
「美味しそうに食べるなぁって。ずっとニコニコしてるよ」
「……あんま見ないでよ」
恥ずかしい。はしゃいでると思われてる、でも、角名の顔もだいぶ緩んでると思う。人の事言えないんじゃない。
舌鼓を打ちながら話の続きを喋っていると壁の向こうから「おまたせー! 」という甲高い声がした。右隣の席で女性が合流したようだ。
「ごめんね! たっくん12時半頃迎えに来てくれるから、それまでは大丈夫」
特徴的な声だ。大声では無いのに自然に耳に入ってくる。
「そう? よかった〜。こんな合間の時間しか取れなくて申し訳なかったんだけど、どうしても会いたくて」
相手方の声は聞こえない。
私だったら短い時間しか取れないことを謝った上で会いたいと言われたら嬉しい。
お腹すいちゃった、どれがいいかな、最近は私も忙しくて。なんて片方だけの会話に思考を持ってかれていたら、ずい、と角名にスマホを見せられた。
「錦花ちゃん、これ、この前の双子。面白いから見てみて」
焦った。上の空なのがバレたかとヒヤヒヤした。再生した動画はいつもの双子のバカ騒ぎだった。馬鹿すぎて面白い。
「懲りないね。先週も怒られてなかった?」
「うん。治にサーブミスを弄られた侑がキレて怒られて、その前の日には侑が治のレシーブをボロクソに言って怒られてたよ」
「学習能力が無いのかな?」
自分たちの会話に戻って、さてデザートを、と頼んだところで今度は凄いのが聞こえてきた。
「そう! まだ別れてくれないの! 奥さんしぶとくってさ。離婚届だけは絶対書かないって言い張ってるんだって。……ううん。私からも言おうかって言ったんだけど、たっくんが俺の問題だからお前は待っててくれって。……そーなの、もう2年経つ」
え!?
唐突な不倫に思わず首が右に向いたけど、壁が目に入るだけでなんにも見えない。
しまった、思いっきり向こうの会話に反応しちゃった。
やっちまった、と盗み見た角名と目が合った。
「……隣の話気になる?」
「……うん」
ごめんね、下世話なやつで。そう謝れば俺も聞きたい、と返ってきた。そうだった、角名も双子の盗み撮りとかしてる下世話なやつだったね。
抹茶モンブランパンケーキはフワフワしていて口溶けがいい。モンブランの濃い抹茶の味と甘さ控えめの小豆ソースは相性抜群。そしてなによりボリュームがある。パンケーキ3段は圧巻だ。
舌でパンケーキを味わいながら耳では別のことに聞き入っている。一緒にいる人が面白がっているのか根掘り葉掘り聞いてるのでどんどん情報が出てきた。話してる方も悪びれてないのがまた酷い。
話に出ないので関係性は分からないけど、お互いろくな人じゃないと思う。
パンケーキがあと1段になったところで不倫話は終わった。たっくんが思ったより早く迎えに来たらしい。この後は神戸で1泊してから帰るそうだ。誘ったの私だからお会計払わせて、と不倫女が言った。そういう気遣いは出来るのにどうして不倫してるんだろうか。
あの声がなくなったら途端に静かになった。
「すごいの聞いちゃった。リアルでああいう人居るんだね」
「浮気の話は学校でも聞いたことあるけど不倫の話を生で聞くのは俺も初めて」
「うわ、学校で誰か浮気してるの?」
「うん。5組の藤原が3年と1年で二股してたの有名だよ」
「藤原は知らないけど最悪じゃん」
同級生に浮気男がいるなんて関わりたくない。嫌悪感に眉をしかめる。
「さっきの人さ、完全に不倫してる自分に酔ってたよね。話してる相手も不倫を止める感じじゃないし。あの人たち最低だよ」
「たっくんも問題だよね。奥さんと離婚するって嘘くさい」
「それ私も思った。奥さんには相手がバレないようにしてる所とか小賢しいよね」
「フフッ、たしかに小賢しいね」
あの3人への感想を言い合っていたら思ったより盛り上がってしまった。
「でもさ、浮気も不倫もなんでやるんだろう? 良くないことなのはわかるじゃん」
「さぁ? 今の恋人や奥さんと別れるのがめんどくさいんじゃない? それか、スリルが欲しいとか」
「どっちもろくでもないね」
「言えてる」
「あーあ、浮気するヤツは男も女もダメだね。人として信用出来ないよ」
はぁ、とため息が漏れた。友達2人の彼氏は大丈夫だろうか。2組とも運動部カップルだからいつかお互いすれ違って拗れたりしないだろうか。私には話を聞くことしか出来ないから、彼らが人としてマトモであると信じよう。
「錦花ちゃんは重い方がいい?」
「そーだね……軽いよりはいいかな。ある程度は行動を把握したいから、束縛する分、私も束縛されるべきだと思う」
答えた瞬間、角名がヘラッと笑った。
ゾワッと、本能的に鳥肌が立った。
「じゃあさ、俺とかどう?」
「へっ?」
言葉の理解が追いつかずに間抜けな顔をしていると角名は一方的に捲し立てだした。
「俺、結構連絡マメにするよ。誰とどこ行くとか、いつ帰ってくるとかも教えるし、何してるのか聞かれても寧 ろ嬉しい。あと写真、沢山撮りたい。2人の思い出は超大事にする。あ、俺はインスタに写真載せても全然大丈夫だけど、錦花ちゃんは危ないから好きじゃないって言ってたよね? だから今はあげないけど、気が変わったらいつでも言って。で、記念日は必ず祝う、絶対忘れない。欲しいものあったら用意するから言って? そうそう、付き合ったら態度が冷めたくなった、とかそんなの俺は絶対ないから。錦花ちゃんの元彼……2ヶ月だけの彼氏とも呼べないようなやつの時みたいなことはしないよ。あれだけ好きって言ってたのに付き合った途端に雑に扱うとか、マジでありえない。あんなのと俺は違うから、安心して。……ね、どう? 」
どう? じゃなくて、突然どうした。さっきまでの雰囲気は吹き飛んで異様な空気が醸し出されている。
沼のような粘質でどろりとした眼差しと生娘のように染められた頬がひどくアンバランスで倒錯的だ。こんな表情、知らない。
「いや……どうっていうか……」
角名ってこんなに恋愛面が重かったんだ。
怒涛のマシンガンラブコールをされても困惑が大きい。
「ほ、ほら、今はお互い部活が忙しいじゃん? アレと別れたのも私に時間が無かったから冷められたって所あるし」
「でも俺は忙しいからって冷めたりしないし、錦花ちゃんに時間が無くたっていくらでも待てるよ。なんなら俺が時間作って錦花ちゃんに合わせる」
あっさり論破された。
「周りから色々彼氏の話聞いてるでしょ? それと比べて俺よりいい人いた?」
「それは……」
記念日忘れられてた、返事が遅い、話の返事が適当、私ばっかり好きって言ってる、大事にされてるって感じられない。この辺の愚痴は聞いたことあるし体験したものもある。比べれば角名の方が理想の彼氏像に当てはまる。
「いない、けど」
「でしょ? 優良物件だと思わない?」
「でも、角名って私のどこが好きなの?」
「……やっぱ全然伝わってなかったか。まぁ、いいよ。どのくらい聞きたい?」
「あ、いや、やっぱいい」
またあの顔で笑われてゾクッとした。どのくらいって、聞くのが怖い。
角名の手が緩慢に動いて私の手を取る。手の甲を親指でさすられてぴくりと肩が跳ねた。男らしい骨ばった硬い指は好き勝手に動いて私の手を撫で付ける。
「どうする? 付き合ってくれる?」
甘ったるい声に、金縛りみたいに体が動かない。好奇心か女心か、足元がグラつく。
「私、角名のこと友達としか思ってないよ」
「なら好きになってもらえるように頑張るね」
「ワガママ多いよ」
「いいよ、いっぱい言って」
「そんなに可愛くないし」
「俺にとっては世界一可愛いよ」
「……頭もそんなに良くないし」
「一緒に勉強すればいいよ」
予防線は悉 く散っていった。
「不安があるなら言って? 全部消してあげるから」
……白状しよう。白旗を上げざるおえない。
そこまで言うのなら絆されてみても、いい。
「じゃあ……角名と付き合う」
細められていた角名の目が見開いた。触れるだけだった手が意志を持って私の手を絡めとる。
薬指に柔く爪をたてられた。
「錦花ちゃん大好き。一生大切にするから」
少しだけ、ほんの少しだけ後悔する。
獣の目をした男から吐き出された愛の告白を私は受け止め切れるだろうか。
「ね、インスタ見た?」
声をかけてきたのは角名で、スマホを片手に寄ってきた。
「最近全然見てない。なんか面白いのあった?」
「うん。オープンして1ヶ月で話題の店ってのが出てきたんだけど、見覚えあるなって思ったら隣町の駅南のとこだった」
「あ、それさっき聞いたやつかも」
この店なんだけど、と見せられた画面に映る店名は先程までそこに居た友達が見ていた店と同じもの。タイムリーだ。
「フルーツサンドの店が潰れてハワイアンカフェになったって所でしょ?」
「そうそう」
スクロールされる画面から見栄えのいいロコモコプレートやハンバーガー、パンケーキやらの写真がどんどん出てきた。合間に挟まる店内の画像は雰囲気がいかにもオシャレって感じで、女子やカップルの客が好きそうな内装だ。
「見た目だけじゃなくて、味も美味しいらしいね」
友達の言っていたセリフをそっくり言ってしまった。
「みたいだね。 映えるだけじゃなくって味もちゃんとしてるってクチコミの評価は結構高いよ」
「へぇー」
写真映えに興味は無いけれど、2回も話を聞くと気になってくる。近くにあるなら映え料理というものを経験しておくか、なんて思えてきた。
インスタで見つけたってことは知名度が出てきたってことかもしれない。先延ばしにしたらどんどん人が押し寄せて、行きにくくなる。行くなら早い方がいい。
「行ってみたい?」
「うん、気になる。こんなオシャレな店行ったことないし」
問題は1人で店に行くの恥ずかしいこと。あの2人は彼氏と行くって話だから誘えない。かと言って他に誘えそうな人は思い当たらない。口には出さずに八方塞がりでモヤついていると角名が予想外のことを言ってきた。
「じゃあ俺と行こうよ」
「えっ、角名と?」
驚いて反射的に角名の顔を見た。
「俺と2人じゃいや? それとも誰かと行くのもう決まってる?」
驚いた反応を拒絶と取られたのか、あからさまに悲しげな顔をされる。
「いや、誘われたことにびっくりしただけ。行く人いないし、いいよ、行こう」
「そう、よかった。じゃあ何時にしよっか?」
慌てて否定すれば下がっていた口角は機嫌よく上がった。
角名が私の隣の席に座ろうとした瞬間にチャイムが響いて椅子を引く動きが止まった。
「あ、鳴っちゃった。後でLINEするよ」
♢
部活終わりの重い体を動かして家に帰る。ご飯とお風呂、明日の準備を済ませる頃には時計の短針はいつも左上にいる。ベットに寝転んで一息つく。数時間ぶりにスマホを見れば1時間前に角名からLINEがきていた。
《女バレって明後日オフだったよね? こっちもオフだからその日でどう? 》
「明後日か」
壁掛けのカレンダーを見つめても思いあたる用事はこれといって浮かばない。余裕で暇な日だ。早いうちにオフが被っててよかった。
角名にOKの猫スタンプを押すと、間髪入れずに既読がついてメッセージが返ってきた。
《りょーかい。予約は11時でいい? 》
「カフェに予約とかあるんだ……」
レストランみたい。待たずに入れるのは嬉しい。こういう気の利くところがモテるんだろう。
《大丈夫だよ! ありがとう》
送ったそばから既読がついてハムスターの花丸スタンプが返ってくる。スタンプ可愛いな。
あっさり予定が決まってしまった。スマホを放って天井を見つめる。
……それにしても、まさか角名に誘われるとは思ってもみなかった。角名とはよく話す。お互いバレーの推薦で愛知から来たという共通点を見つけてからは仲がいい方だと思う。けど、話の内容は大体雑談で休みの日に遊びにいこうなんて話になったことは1度もなかった。だから、角名から言われた時びっくりした。誘ってくれるくらいには好感度高いんだ……って。今思えば失礼だったかも。驚いてごめん。
ふと見た時計は就寝のタイムリミットまで1時間を切っていた。平日は時間が経つのが早すぎる。残り少ない自由時間を満喫するべく、読みかけの漫画を開いた。
♢
明後日はすぐにやってきた。電車に乗って2駅、マップを頼りに歩いて3分。予約時間の7分前に着くと店前にいる3組の女性達のすぐ横で外観の写真を撮っている角名の姿があった。
初めて見る私服は新鮮な感じがした。全身黒いのに、お洒落に着こなしている。服の知識が無さすぎて表現する語彙がないけど、カッコイイのは分かる。腰の位置が高すぎて体の半分は足なんじゃないのってくらい長い。私もバレー部だから背は高い方だけど、これと比べたらちんちくりんだ。
「おはよう」
「おはよ。私服初めて見た。かわいいね」
出たよ、モテ男ムーブ。褒められるのは嬉しいけど、全身おさがりコーデなんだよね。ありがとう従姉妹。
「ありがと。角名も足長いね」
「そこは服を褒め返すとこでしょ」
折角だから店の前で撮ろうとロゴが書かれた壁の前でツーショットを撮られた。
入った店内は広く、パステルカラーの壁と観葉植物に彩られている。話し声の雑音の合間にハワイチックなBGMも聞こえる。開店してまだ30分のはずなのにテーブルもカウンターも満席で、若い女性客が圧倒的に多い。私たちはテーブル席を通り抜けた更に奥の半個室に案内された。6つある半個室はこれで全て埋まったらしい。
reserve席の札を回収した店員はメニューとお冷を置いて下がっていった。
メニュー表を開くより先に言葉が出た。
「ヤバ。すっごい混んでる」
月並みな感想だけど言わずにはいられない。普段外食しないからあんなに人がいる光景は久しぶりだ。
「そんな気してたけど、やっぱり混んでたね。実はさ、1回予約取れなかったんだよね。満席でさ。キャンセル出ないかと思って待ってたら、たまたま取れた」
「そうだったの? わざわざありがとね」
そこまでして予約取ってくれるなんて、ありがたい。さすがモテ男。
何食べようか、とメニュー表を開くけど心は既にロコモコプレートと抹茶モンブランパンケーキに決まっている。1番人気を頼んでおけば外れないよね。
角名も同じものを選んでいて、注文してからはバレー部の話やインスタで見つけたほかの店の話でボチボチ盛り上がった。
「お待たせいたしました」
思ったより早く運ばれてきた料理は写真通りボリュームがあった。美味しそうな匂いにお腹が刺激される。食べる前に写真撮ろうとスマホを構えて下を向いたら、前方からカシャっと音が鳴った。
「……角名、私のこと撮った?」
「んー、気のせいじゃない」
嘘でしょ。レンズがこっちに向いてるのが視界端に見えたんだから。カシャって聞こえたし、料理今撮ってるし。あとで追求しよう。
初めて食べたロコモコはとても美味しい。バンバーグなんて、ファミレスと家の味しか知らなかった私には衝撃的な味だ。サラダには食べたことない味のドレッシングがかかっている。酸味がきいていてさっぱり食べられる。網目状のポテトは初めて見た。
いちいち感動していたら角名に笑われた。
「なに?」
「美味しそうに食べるなぁって。ずっとニコニコしてるよ」
「……あんま見ないでよ」
恥ずかしい。はしゃいでると思われてる、でも、角名の顔もだいぶ緩んでると思う。人の事言えないんじゃない。
舌鼓を打ちながら話の続きを喋っていると壁の向こうから「おまたせー! 」という甲高い声がした。右隣の席で女性が合流したようだ。
「ごめんね! たっくん12時半頃迎えに来てくれるから、それまでは大丈夫」
特徴的な声だ。大声では無いのに自然に耳に入ってくる。
「そう? よかった〜。こんな合間の時間しか取れなくて申し訳なかったんだけど、どうしても会いたくて」
相手方の声は聞こえない。
私だったら短い時間しか取れないことを謝った上で会いたいと言われたら嬉しい。
お腹すいちゃった、どれがいいかな、最近は私も忙しくて。なんて片方だけの会話に思考を持ってかれていたら、ずい、と角名にスマホを見せられた。
「錦花ちゃん、これ、この前の双子。面白いから見てみて」
焦った。上の空なのがバレたかとヒヤヒヤした。再生した動画はいつもの双子のバカ騒ぎだった。馬鹿すぎて面白い。
「懲りないね。先週も怒られてなかった?」
「うん。治にサーブミスを弄られた侑がキレて怒られて、その前の日には侑が治のレシーブをボロクソに言って怒られてたよ」
「学習能力が無いのかな?」
自分たちの会話に戻って、さてデザートを、と頼んだところで今度は凄いのが聞こえてきた。
「そう! まだ別れてくれないの! 奥さんしぶとくってさ。離婚届だけは絶対書かないって言い張ってるんだって。……ううん。私からも言おうかって言ったんだけど、たっくんが俺の問題だからお前は待っててくれって。……そーなの、もう2年経つ」
え!?
唐突な不倫に思わず首が右に向いたけど、壁が目に入るだけでなんにも見えない。
しまった、思いっきり向こうの会話に反応しちゃった。
やっちまった、と盗み見た角名と目が合った。
「……隣の話気になる?」
「……うん」
ごめんね、下世話なやつで。そう謝れば俺も聞きたい、と返ってきた。そうだった、角名も双子の盗み撮りとかしてる下世話なやつだったね。
抹茶モンブランパンケーキはフワフワしていて口溶けがいい。モンブランの濃い抹茶の味と甘さ控えめの小豆ソースは相性抜群。そしてなによりボリュームがある。パンケーキ3段は圧巻だ。
舌でパンケーキを味わいながら耳では別のことに聞き入っている。一緒にいる人が面白がっているのか根掘り葉掘り聞いてるのでどんどん情報が出てきた。話してる方も悪びれてないのがまた酷い。
話に出ないので関係性は分からないけど、お互いろくな人じゃないと思う。
パンケーキがあと1段になったところで不倫話は終わった。たっくんが思ったより早く迎えに来たらしい。この後は神戸で1泊してから帰るそうだ。誘ったの私だからお会計払わせて、と不倫女が言った。そういう気遣いは出来るのにどうして不倫してるんだろうか。
あの声がなくなったら途端に静かになった。
「すごいの聞いちゃった。リアルでああいう人居るんだね」
「浮気の話は学校でも聞いたことあるけど不倫の話を生で聞くのは俺も初めて」
「うわ、学校で誰か浮気してるの?」
「うん。5組の藤原が3年と1年で二股してたの有名だよ」
「藤原は知らないけど最悪じゃん」
同級生に浮気男がいるなんて関わりたくない。嫌悪感に眉をしかめる。
「さっきの人さ、完全に不倫してる自分に酔ってたよね。話してる相手も不倫を止める感じじゃないし。あの人たち最低だよ」
「たっくんも問題だよね。奥さんと離婚するって嘘くさい」
「それ私も思った。奥さんには相手がバレないようにしてる所とか小賢しいよね」
「フフッ、たしかに小賢しいね」
あの3人への感想を言い合っていたら思ったより盛り上がってしまった。
「でもさ、浮気も不倫もなんでやるんだろう? 良くないことなのはわかるじゃん」
「さぁ? 今の恋人や奥さんと別れるのがめんどくさいんじゃない? それか、スリルが欲しいとか」
「どっちもろくでもないね」
「言えてる」
「あーあ、浮気するヤツは男も女もダメだね。人として信用出来ないよ」
はぁ、とため息が漏れた。友達2人の彼氏は大丈夫だろうか。2組とも運動部カップルだからいつかお互いすれ違って拗れたりしないだろうか。私には話を聞くことしか出来ないから、彼らが人としてマトモであると信じよう。
「錦花ちゃんは重い方がいい?」
「そーだね……軽いよりはいいかな。ある程度は行動を把握したいから、束縛する分、私も束縛されるべきだと思う」
答えた瞬間、角名がヘラッと笑った。
ゾワッと、本能的に鳥肌が立った。
「じゃあさ、俺とかどう?」
「へっ?」
言葉の理解が追いつかずに間抜けな顔をしていると角名は一方的に捲し立てだした。
「俺、結構連絡マメにするよ。誰とどこ行くとか、いつ帰ってくるとかも教えるし、何してるのか聞かれても
どう? じゃなくて、突然どうした。さっきまでの雰囲気は吹き飛んで異様な空気が醸し出されている。
沼のような粘質でどろりとした眼差しと生娘のように染められた頬がひどくアンバランスで倒錯的だ。こんな表情、知らない。
「いや……どうっていうか……」
角名ってこんなに恋愛面が重かったんだ。
怒涛のマシンガンラブコールをされても困惑が大きい。
「ほ、ほら、今はお互い部活が忙しいじゃん? アレと別れたのも私に時間が無かったから冷められたって所あるし」
「でも俺は忙しいからって冷めたりしないし、錦花ちゃんに時間が無くたっていくらでも待てるよ。なんなら俺が時間作って錦花ちゃんに合わせる」
あっさり論破された。
「周りから色々彼氏の話聞いてるでしょ? それと比べて俺よりいい人いた?」
「それは……」
記念日忘れられてた、返事が遅い、話の返事が適当、私ばっかり好きって言ってる、大事にされてるって感じられない。この辺の愚痴は聞いたことあるし体験したものもある。比べれば角名の方が理想の彼氏像に当てはまる。
「いない、けど」
「でしょ? 優良物件だと思わない?」
「でも、角名って私のどこが好きなの?」
「……やっぱ全然伝わってなかったか。まぁ、いいよ。どのくらい聞きたい?」
「あ、いや、やっぱいい」
またあの顔で笑われてゾクッとした。どのくらいって、聞くのが怖い。
角名の手が緩慢に動いて私の手を取る。手の甲を親指でさすられてぴくりと肩が跳ねた。男らしい骨ばった硬い指は好き勝手に動いて私の手を撫で付ける。
「どうする? 付き合ってくれる?」
甘ったるい声に、金縛りみたいに体が動かない。好奇心か女心か、足元がグラつく。
「私、角名のこと友達としか思ってないよ」
「なら好きになってもらえるように頑張るね」
「ワガママ多いよ」
「いいよ、いっぱい言って」
「そんなに可愛くないし」
「俺にとっては世界一可愛いよ」
「……頭もそんなに良くないし」
「一緒に勉強すればいいよ」
予防線は
「不安があるなら言って? 全部消してあげるから」
……白状しよう。白旗を上げざるおえない。
そこまで言うのなら絆されてみても、いい。
「じゃあ……角名と付き合う」
細められていた角名の目が見開いた。触れるだけだった手が意志を持って私の手を絡めとる。
薬指に柔く爪をたてられた。
「錦花ちゃん大好き。一生大切にするから」
少しだけ、ほんの少しだけ後悔する。
獣の目をした男から吐き出された愛の告白を私は受け止め切れるだろうか。
