短編
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雪が薄く積もる山道。ぼんやりした雲に遮られた淡い日差しが枯れ木の間から地面の水溜まりに反射している。その水溜まりが2人の影に踏まれて飛沫をあげた。瓜二つの幼い顔、黒髪に狐耳、1本の尻尾。見習いの宮侑と宮治が白い息を吐きながら駆けている。
「遅いわノロマ! もっと早よ走れや」
「お前が飛ばしすぎじゃボケ! 滑って泥まみれになったら北さんに怒られるやろ!」
「うっ、それはアカン」
後ろに向かって怒鳴った侑に、治は怒鳴り返した。
侑は途端に速度を緩めて治に並んだ。
「なぁ、風でどっかに飛ばされてへんよな?」
「そこまで風強なかったやろ。それよか雪でびちょびちょになっとることを心配せぇ」
「せやんなぁ。……うぅ、北さんにバレる前に回収して洗わんと」
侑は怒られた時を想像して背筋を震わせた。
「ふっ、侑 、罰当たりやな。北さんからもらった半纏置いて帰りよって。いっそ怒られたらええんや」
「はぁ?治 やって一緒に脱いどったやん! ちゃっかりお前だけ回収しよって、ズルいわ」
「俺はちゃんと覚えとったもん」
「やったら俺にも言えや! 」
揉めている2人は前日、野うさぎを追い回して遊んでいた。その途中で動いたら暑くなったからと着ていた半纏を脱いで木に引っ掛けた。そして、侑だけ引っ掛けたことを忘れて家に帰ってきてしまった。侑は夜になってから置いてきたことに気づいたが、既に雪が降り出していて取りに行けなかった。
あの半纏は、稲荷崎山の管理者、天狐 北信介が2匹に与えたもの。そんな大事なものをうっかり忘れた真っ青な侑は事実を隠蔽すべく、治と一緒に野うさぎのいた平原にわざわざ早くから出向いているのだった。
記憶を辿って、山道から東に逸れて茂みを進む。雪の積もった葉っぱをモソモソとかき分けていけば、開けたところにでた。昨日は枯れ草色だった地面は、やや積もった雪で白く変わっていた。
「ここや! えぇと……こっちか」
草むらから抜けた侑は治を置いてさっさと走り出した。
目当ての木の周りをグルグルと回っている。
「侑 、見つかったん?」
追いついた治が侑に聞いた。
「…………ぃ」
「は?」
「っない!! 下にも落ちてへん!」
侑は地面を見つめたまま叫んだ。
「ほんまにこの木なんか?」
「おん。絶対この木や。デカイコブがあったんは覚えとるもん」
どないしよう、と侑は不安な声をおとした。北からもらったものをなくした申し訳なさと忘れて置いてったことを怒られるという不安で耳と尻尾はしょげていた。
「もう少しこの辺探そ。風で飛ばされたかもしれへん」
「さっき風吹いてへん言うてやたんか」
「分からんやろ、布なんやから軽いやん」
木の辺りから離れて2人はそれぞれ半纏を探し始めた。雪と枯葉でぐしゃぐしゃな土の上を小さな体で踏みしめる。時折枝に引っかかってないか上を見上げた。雲でぼやけた太陽はまだ真上にいなかった。
南に向かって探していた治は、屋根の着いた小さい祠を見つけた。こんなところに地蔵でもあったんか。そう思って中を覗くとそこには侑の半纏があった。
治は声を上げた。
「侑 、あったで!!」
「ほんまか!!」
侑が急いで駆け寄ると、治は祠から侑の半纏を取り出した。半纏は何かを包んでいた。
「どこにあったん!?」
「この祠ん中にあった。何か包 まっとる」
「はぁ?」
治が半纏を開くと、中にいたのは衰弱した小さな黒い狐だった。
「およ」「うぉ」
驚いてお互いの顔を見合わせた。
パサパサの毛並み、弱々しい呼吸、ぐったりとしたまま開かない目、そして、ほのかに感じる妖力。
直感で分かった、同胞が死にかけている。
「まだ生きとる……」
治は半纏の包みを元に戻して強く持ち直した。
「北さんとこ、連れてかな」
_____________________________
稲荷崎山の神社本殿。広い日本屋敷の一室で侑と治は正座していた。襖が空いて人影が入ってくる。山の管理者であり、侑と治の保護者である北だ。
「侑、治、よぉ見つけたな。もう少し遅かったら危なかったわ」
北は2人の目の前に腰を下ろして褒めた。
「もう大丈夫や。今は布団に寝かしとる。だいぶ弱っとったけど、3日もすれば回復するやろ」
「やっぱり、俺らと同じやつですか?」
治が口を開く。
「おん、人間の気配が混じっとるがな」
「人間? ……混ざり物ってことですか?」
今度は侑が尋ねた。見つけた時はその事に気づかなかった。
妖の出自はおよそ3つ。生まれつきの化生、動物や無機物が外的又は内的要因で変質して生じる変転、妖が人と交わって生まれる混ざり物。
「せやな。……生みの親に捨てられてそこにおったのか、何かから追われて逃げてきたんか。ま、どういう経緯かは分からんけど、あれはまだ子供や。そのまま放り出すわけにもいかん。拾った以上、面倒見なあかんな」
その言葉で治と侑の目が輝いた。
「つまり、俺らの下ができるってことか」
「ええなそれ! ……北さん! 俺らちゃんと面倒みます!」
下っ端の自分たちに子分ができる。
「……やる気があるのはええけど、まだ見習いなんに自分以外の面倒見る余裕あるんか?」
北の冷静な意見に2人は図星をつかれた。たしかに、自分たちはまだ半人前だ。それでも、どうしてもやりたかった。
「「俺らがやります!!」」
――下がいる方が返ってちゃんとする場合もあるか……。
双子に折れたのは北のほうだった。
「ところで……侑、治、なんで原っぱの方に行ったんや? 庭の枯れ木の掃き掃除、頼んどったよな? 」
北の雰囲気が変わった。
2人はヒッュと息を飲んだ。冷や汗が垂れてきて、先程の喜びが吹き飛ぶ。半纏探しから帰ったらやるつもりだった掃き掃除は拾ってきた仔狐ですっかり忘れていた……。
――双子は痺れる足で北から説教を受けた。
_______________________________
「ちゅーわけで、今日から俺らがお前の教育係や」
「名前は?」
「錦花……です」
目の前にいるそっくりな顔の2人は侑と治というらしい。
話によると、私が半纏で雪夜を明かしているのを彼らが見つけて、この山の管理者のところに連れてきてくれた。そして、私は管理者、もとい北さんによって保護されることになった。さらに、私の教育係をこの2人が担うことに決まった。
半纏で寝てたはすが、目が覚めたら布団の上だっただけでも衝撃的だったのに、知らない所で話が進められていて、さらに驚いた。
「錦花、な。錦花は今日から俺らの子分やから、ちゃんと言うこと聞けや」
「侑 、いきなり横暴過ぎるて」
「あたっ、頭叩くな!」
「なぁ、自分、なんであんなとこおったん?」
治、と名乗ったほうが聞いてきた。
胸が跳ねた。吹き飛んでいた恐怖が湧いてきて、服の袖を握った。手から汗が吹き出る。
「……村から逃げてきて、ずっと走ってて、気付いたらこの山にいました」
「なんで逃げてたん?」
「……村の人に、人間じゃないってバレちゃったから」
孤児 を受け入れている和尚に引き取られてから、みんなで楽しく過ごしていたのに。うっかり尻尾を見られてから、変わってしまった。
滲む涙を俯いて誤魔化す。
悲しんでも、あの時間はかえってこない。
不意に頭を触られた。何度も髪を撫でられる。
「ここにはずっとおってええよ」
「っ……!」
ぼやけた視界から溢れた雫が袖を握る手に落ちた。
心を読まれたみたいに、今、一番言って欲しい言葉が胸に染みる。
「治 カッコつけんなや」
「慰めるんも教育係のやることやろ」
「ふん」
違う手に背中をさすられた。
擦り寄ってきた侑が耳元で囁く。
「錦花はこれからずっと俺らとおるんやからな、俺らんことだけ考えたらええわ」
_______________________________
それからというもの、侑と治とは常に一緒だった。
始まった新生活もすぐに慣れてしまって、気づいたら尻尾が三本になるほど時が経っていた。侑と治はすっかり大きくなって、正面を見たら胸元しか見えない。黒髪もすっかり金と銀に変わった。それでも、この関係は変わらない。
朝起きたら布団を畳んで、当番制で食事の準備。
今日は侑と2人。沢庵を切っていると横からかすめ取られた。
「侑、一昨日治が大量につまみ食いしてたからそれ以上食べると北さんにバレるよ」
「あのボケ……。つまむ量を考えろっちゅーんねん」
「そもそも摘まな……っ!」
文句を言った口に沢庵を突っ込まれる。奥まで押し込まれる指を噛んでやろうとしたら引っこ抜かれた。にんまり笑って「これで錦花もつまみ食いやな」とぬかす。こうやって無理やり共犯にされるから余計に減りが早くなる。
午前中は北さんのところで勉強のはずが、珍しく尾白さんがやってきて、侑と治が遊び出した。これは無理やな、と北さんの諦めた顔でお開きになった。
お昼を食べたら、昼下がりには川の上流に仕掛けた罠を見に行く。
「そこ気ぃつけてな。滑るで」
「うん」
治に手を繋がれながら川沿いを移動する。治が罠を持ち上げて、中の魚を後ろにいる侑に渡して仕分けしてもらう。取れすぎても食べきれないし、同じ種類の魚ばっかりだと治が嫌がるから、きちんと分けている。
「錦花、どこに網置けばええ?」
「ちょっと待って、今見る から」
私の仕事はどこに罠を仕掛けるかを見る こと。私は目がいいので、数日先の未来が見える。北さん曰く、天眼通……らしい。未熟すぎるけど。この力でより取りやすい場所に罠を置いている。
「治、同じところで大丈夫」
「おん、分かった。侑 はよせぇ」
「お前も手伝え!」
神社に魚を置いておやつを食べて一休み。2人は食べ足りなかったようで、木の実を食べにこっそり神社を離れる。今の時期はフユイチゴが生っている。
「ほれ、食べや」
「侑、ありがと」
手巾 いっぱいに摘み取られた小さな赤い実を差し出される。口に入れると甘酸っぱさが広がった。
侑も治もちまちまと食べている。
「少ないなぁ。俺のほうがもっといっぱいとってこれるで」
「アホ、治 に任せたら生 っとるだけ根こそぎ取るやろ。そない取ったら北さんにバレるわ」
「やって腹に溜まった感じせぇへんやもん。もっとガっと食いたい」
「腹に溜まっちゃダメだって。夕飯があるんだから」
侑より食い意地のはっている治を宥めて、神社へ戻った。
夕食後は順番に湯浴みを済ませる。部屋へ入ると既に布団が敷かれていた。寝る時の布団は横並び。
「錦花、もっとこっちき」
布団の中で治の腕に抱き寄せられる。逆らわずに胸元に擦り寄ると治のにおいに満たされる。
「おい、治 にばっかくっつくな」
不満気な声が後ろから聞こえて、侑の手が腹に添えられる。背中に張り付かれて足を絡められた。前と背中、それぞれ違う体温が混ざって暖かい。くすぐったい寝息に安心して眠気に身を任せた。
_____________________________
季節が巡って、また春の木々が芽吹き始めた。
北さんになにやら連絡が届いたようで、届け物をして欲しい、と侑と治の3人でお使いを頼まれた。2つ山を超えた先の神主に届けるようにと渡された重箱のような包みを持たされる。ここにきてから、山の外に出るのは初めてだ。
侑も治も山の外には数えるくらいしか出たことがないそうで、道中は忙しなく動き回り、物珍しそうに景色を眺めていた。
神社は村に入ってすぐの場所にあった。声をかけると裏手から若い神主の人が出てきた。侑が神主と話しているのを聞いていると手に何かが触れた。ハッとなって横の治を見る。治は素知らぬ顔で指の間に指を絡めてきた。そこで初めて、自分が無意識に強ばってたことに気づいた。
分かってる、私を追い出した人達はもういない。自分の居場所はちゃんと知ってるから、もう大丈夫。
言葉のかわりに手を強く握り返した。
「あの神主がな、大通りの団子屋が有名でほんまに美味いから食べていきって教えてくれてん。食い行こ」
終わったからと帰ろうと神社を出て、侑がそう言った。それを聞いた治はすっかりその気になっている。私も食べたくなってきたから、3人で大通りに向かった。
店先の椅子に腰掛けてみたらし団子を頬張る。出来たてだから、暖かくて柔らかい。みたらしの上品な甘さに何個でも食べられそう。
「美味しい! 柔らかくてもちもちしてる」
「うまっ! アランくんが持ってくる羊羹に匹敵するで」
「そうだね」
確かに、尾白さんの持ってくる羊羹並に美味しい。
治なんて1口食べて美味いと叫び、追加でおかわりしてから満足そうにひたすら無言で味わっている。持たされたお小遣いを使い切りそうだ。
「もう1個食べようかな……ん?」
向かいの家の扉が慌ただしく開かれて、中から袴を着た男が白い服の女の手を引いて出てきた。あの着物は、白無垢だ。
「見つかったかい?」
団子屋の主人が袴の男に声をかけた。
「あった! はは、ツイてねぇよなこんな時に。ほれ、転けるなよ」
男は快活に笑って女の手を引くと急いでいるのか小走りで去っていった。その真っ白い姿が気になって、見えなくなるまで目で追ってしまった。昔、1度だけみた神前式の記憶が浮かび上がってきた。そのままぼんやりとしていたら、治は団子をお腹に収め終わっていて、村を後にした。
帰り道、夕日に照らされたを進んでいると侑に聞かれた。
「団子食っとる時、ずっと見てたやん。気になるん?」
「……うん、白無垢いいなぁって思ってた」
まだ楽しかった頃が懐かしくてなんだか話したくなった。
「寺にいた時に、一番上の女の子が式を挙げてね。その時に見た姿を思い出してた。凄く綺麗で、羨ましかったなぁって」
「……さよか」
それだけ言って、そっぽ向いて頭をグリグリと撫でられた。ちんちくりんがいっちょまえに何言ってるんだ、とでも思ったんだろうか。
2人がどんな顔をしているかなんて、気にもしなかった。
_____________________________
「錦花、大事な話がある」
午後、おやつを食べ終わった直後に深刻な顔で侑に切り出された。
「うん、どしたの?」
改まって言うくらいだから、重要なことなのだろう。
頷けば、2人は私の両隣に座り直した。右に侑、左に治。
それぞれに手を取られて、指を絡められる。思い詰めたような表情のいつもと違う2人の様子に戸惑う。
「ねぇ……」
「錦花は誰かと結婚して嫁にいってまうん?」
治の思わぬ発言に驚いた。
「え」
「言うてやん、白無垢羨ましいて」
思い出した。前にお使いを頼まれた時に、白無垢を着たお嫁さんを見てその話をしたんだ。
「言ったけど、今すぐの話じゃないよ」
「やけど、いつかはそうなるかもしれへんやろ?」
「侑? 2人とも、どうしたの」
「俺らも考えたんや。結婚するなら誰がええのか」
治に両手で左手を強く握られる。
「俺は一緒におるなら錦花がええ。錦花が好きや」
侑が私の右手をスルスルと撫でる。
「俺も、錦花がええ。お前とずっとおりたい。……好きや」
「「な? 俺らを選んで」」
「で、でも、結婚て普通2人でするものじゃ……」
「やったら、錦花が選んでや。俺か治 か」
「どっち選んでも文句言わんから」
見たことのない、希 う姿。下がりきった眉、不安げな目、知らない表情 。急な展開に戸惑う。兄弟みたいに一緒にいるのが当たり前だったから、そんなふうに2人を見たことなんてなかった。
でも、一つだけ言えるのは。
「やだ、……そんな、選べないよ、2人とも大事だもん」
選べ、なんてそんなことできない。2人とも離れたくない。
私の返事にまだ満足しないのか、侑に抱寄せられる。
「錦花は俺らが好きなん?」
「……うん」
治も侑に負けじと体を寄せられる。
「ちゃんと言葉で言うて」
「……あつむとおさむが、好き」
言葉にしたら、途端に恥ずかしくなって体から火が出てしまいそう。2人に動きを封じられて、顔を覆うこともできない。
「好きなんやったら、何も問題なんかあらへんやろ。男一人しか選べんは人間の決まりや。俺らには関係ない」
「俺らのお嫁さんになってくれるん?」
侑と治、両方に迫られる。2人の目はとっくに私に逃がす気なんてない。
「……うん」
ずっと一緒にいるなら、侑と治がいい。
痛いくらいに抱きしめられて、耳元で囁かれる。」
「これで一生傍にいられるな……」
「どこにもやらんからな……」
きっと、これ以上の幸せなんかない。
「遅いわノロマ! もっと早よ走れや」
「お前が飛ばしすぎじゃボケ! 滑って泥まみれになったら北さんに怒られるやろ!」
「うっ、それはアカン」
後ろに向かって怒鳴った侑に、治は怒鳴り返した。
侑は途端に速度を緩めて治に並んだ。
「なぁ、風でどっかに飛ばされてへんよな?」
「そこまで風強なかったやろ。それよか雪でびちょびちょになっとることを心配せぇ」
「せやんなぁ。……うぅ、北さんにバレる前に回収して洗わんと」
侑は怒られた時を想像して背筋を震わせた。
「ふっ、
「はぁ?
「俺はちゃんと覚えとったもん」
「やったら俺にも言えや! 」
揉めている2人は前日、野うさぎを追い回して遊んでいた。その途中で動いたら暑くなったからと着ていた半纏を脱いで木に引っ掛けた。そして、侑だけ引っ掛けたことを忘れて家に帰ってきてしまった。侑は夜になってから置いてきたことに気づいたが、既に雪が降り出していて取りに行けなかった。
あの半纏は、稲荷崎山の管理者、天狐 北信介が2匹に与えたもの。そんな大事なものをうっかり忘れた真っ青な侑は事実を隠蔽すべく、治と一緒に野うさぎのいた平原にわざわざ早くから出向いているのだった。
記憶を辿って、山道から東に逸れて茂みを進む。雪の積もった葉っぱをモソモソとかき分けていけば、開けたところにでた。昨日は枯れ草色だった地面は、やや積もった雪で白く変わっていた。
「ここや! えぇと……こっちか」
草むらから抜けた侑は治を置いてさっさと走り出した。
目当ての木の周りをグルグルと回っている。
「
追いついた治が侑に聞いた。
「…………ぃ」
「は?」
「っない!! 下にも落ちてへん!」
侑は地面を見つめたまま叫んだ。
「ほんまにこの木なんか?」
「おん。絶対この木や。デカイコブがあったんは覚えとるもん」
どないしよう、と侑は不安な声をおとした。北からもらったものをなくした申し訳なさと忘れて置いてったことを怒られるという不安で耳と尻尾はしょげていた。
「もう少しこの辺探そ。風で飛ばされたかもしれへん」
「さっき風吹いてへん言うてやたんか」
「分からんやろ、布なんやから軽いやん」
木の辺りから離れて2人はそれぞれ半纏を探し始めた。雪と枯葉でぐしゃぐしゃな土の上を小さな体で踏みしめる。時折枝に引っかかってないか上を見上げた。雲でぼやけた太陽はまだ真上にいなかった。
南に向かって探していた治は、屋根の着いた小さい祠を見つけた。こんなところに地蔵でもあったんか。そう思って中を覗くとそこには侑の半纏があった。
治は声を上げた。
「
「ほんまか!!」
侑が急いで駆け寄ると、治は祠から侑の半纏を取り出した。半纏は何かを包んでいた。
「どこにあったん!?」
「この祠ん中にあった。何か
「はぁ?」
治が半纏を開くと、中にいたのは衰弱した小さな黒い狐だった。
「およ」「うぉ」
驚いてお互いの顔を見合わせた。
パサパサの毛並み、弱々しい呼吸、ぐったりとしたまま開かない目、そして、ほのかに感じる妖力。
直感で分かった、同胞が死にかけている。
「まだ生きとる……」
治は半纏の包みを元に戻して強く持ち直した。
「北さんとこ、連れてかな」
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稲荷崎山の神社本殿。広い日本屋敷の一室で侑と治は正座していた。襖が空いて人影が入ってくる。山の管理者であり、侑と治の保護者である北だ。
「侑、治、よぉ見つけたな。もう少し遅かったら危なかったわ」
北は2人の目の前に腰を下ろして褒めた。
「もう大丈夫や。今は布団に寝かしとる。だいぶ弱っとったけど、3日もすれば回復するやろ」
「やっぱり、俺らと同じやつですか?」
治が口を開く。
「おん、人間の気配が混じっとるがな」
「人間? ……混ざり物ってことですか?」
今度は侑が尋ねた。見つけた時はその事に気づかなかった。
妖の出自はおよそ3つ。生まれつきの化生、動物や無機物が外的又は内的要因で変質して生じる変転、妖が人と交わって生まれる混ざり物。
「せやな。……生みの親に捨てられてそこにおったのか、何かから追われて逃げてきたんか。ま、どういう経緯かは分からんけど、あれはまだ子供や。そのまま放り出すわけにもいかん。拾った以上、面倒見なあかんな」
その言葉で治と侑の目が輝いた。
「つまり、俺らの下ができるってことか」
「ええなそれ! ……北さん! 俺らちゃんと面倒みます!」
下っ端の自分たちに子分ができる。
「……やる気があるのはええけど、まだ見習いなんに自分以外の面倒見る余裕あるんか?」
北の冷静な意見に2人は図星をつかれた。たしかに、自分たちはまだ半人前だ。それでも、どうしてもやりたかった。
「「俺らがやります!!」」
――下がいる方が返ってちゃんとする場合もあるか……。
双子に折れたのは北のほうだった。
「ところで……侑、治、なんで原っぱの方に行ったんや? 庭の枯れ木の掃き掃除、頼んどったよな? 」
北の雰囲気が変わった。
2人はヒッュと息を飲んだ。冷や汗が垂れてきて、先程の喜びが吹き飛ぶ。半纏探しから帰ったらやるつもりだった掃き掃除は拾ってきた仔狐ですっかり忘れていた……。
――双子は痺れる足で北から説教を受けた。
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「ちゅーわけで、今日から俺らがお前の教育係や」
「名前は?」
「錦花……です」
目の前にいるそっくりな顔の2人は侑と治というらしい。
話によると、私が半纏で雪夜を明かしているのを彼らが見つけて、この山の管理者のところに連れてきてくれた。そして、私は管理者、もとい北さんによって保護されることになった。さらに、私の教育係をこの2人が担うことに決まった。
半纏で寝てたはすが、目が覚めたら布団の上だっただけでも衝撃的だったのに、知らない所で話が進められていて、さらに驚いた。
「錦花、な。錦花は今日から俺らの子分やから、ちゃんと言うこと聞けや」
「
「あたっ、頭叩くな!」
「なぁ、自分、なんであんなとこおったん?」
治、と名乗ったほうが聞いてきた。
胸が跳ねた。吹き飛んでいた恐怖が湧いてきて、服の袖を握った。手から汗が吹き出る。
「……村から逃げてきて、ずっと走ってて、気付いたらこの山にいました」
「なんで逃げてたん?」
「……村の人に、人間じゃないってバレちゃったから」
滲む涙を俯いて誤魔化す。
悲しんでも、あの時間はかえってこない。
不意に頭を触られた。何度も髪を撫でられる。
「ここにはずっとおってええよ」
「っ……!」
ぼやけた視界から溢れた雫が袖を握る手に落ちた。
心を読まれたみたいに、今、一番言って欲しい言葉が胸に染みる。
「
「慰めるんも教育係のやることやろ」
「ふん」
違う手に背中をさすられた。
擦り寄ってきた侑が耳元で囁く。
「錦花はこれからずっと俺らとおるんやからな、俺らんことだけ考えたらええわ」
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それからというもの、侑と治とは常に一緒だった。
始まった新生活もすぐに慣れてしまって、気づいたら尻尾が三本になるほど時が経っていた。侑と治はすっかり大きくなって、正面を見たら胸元しか見えない。黒髪もすっかり金と銀に変わった。それでも、この関係は変わらない。
朝起きたら布団を畳んで、当番制で食事の準備。
今日は侑と2人。沢庵を切っていると横からかすめ取られた。
「侑、一昨日治が大量につまみ食いしてたからそれ以上食べると北さんにバレるよ」
「あのボケ……。つまむ量を考えろっちゅーんねん」
「そもそも摘まな……っ!」
文句を言った口に沢庵を突っ込まれる。奥まで押し込まれる指を噛んでやろうとしたら引っこ抜かれた。にんまり笑って「これで錦花もつまみ食いやな」とぬかす。こうやって無理やり共犯にされるから余計に減りが早くなる。
午前中は北さんのところで勉強のはずが、珍しく尾白さんがやってきて、侑と治が遊び出した。これは無理やな、と北さんの諦めた顔でお開きになった。
お昼を食べたら、昼下がりには川の上流に仕掛けた罠を見に行く。
「そこ気ぃつけてな。滑るで」
「うん」
治に手を繋がれながら川沿いを移動する。治が罠を持ち上げて、中の魚を後ろにいる侑に渡して仕分けしてもらう。取れすぎても食べきれないし、同じ種類の魚ばっかりだと治が嫌がるから、きちんと分けている。
「錦花、どこに網置けばええ?」
「ちょっと待って、今
私の仕事はどこに罠を仕掛けるかを
「治、同じところで大丈夫」
「おん、分かった。
「お前も手伝え!」
神社に魚を置いておやつを食べて一休み。2人は食べ足りなかったようで、木の実を食べにこっそり神社を離れる。今の時期はフユイチゴが生っている。
「ほれ、食べや」
「侑、ありがと」
侑も治もちまちまと食べている。
「少ないなぁ。俺のほうがもっといっぱいとってこれるで」
「アホ、
「やって腹に溜まった感じせぇへんやもん。もっとガっと食いたい」
「腹に溜まっちゃダメだって。夕飯があるんだから」
侑より食い意地のはっている治を宥めて、神社へ戻った。
夕食後は順番に湯浴みを済ませる。部屋へ入ると既に布団が敷かれていた。寝る時の布団は横並び。
「錦花、もっとこっちき」
布団の中で治の腕に抱き寄せられる。逆らわずに胸元に擦り寄ると治のにおいに満たされる。
「おい、
不満気な声が後ろから聞こえて、侑の手が腹に添えられる。背中に張り付かれて足を絡められた。前と背中、それぞれ違う体温が混ざって暖かい。くすぐったい寝息に安心して眠気に身を任せた。
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季節が巡って、また春の木々が芽吹き始めた。
北さんになにやら連絡が届いたようで、届け物をして欲しい、と侑と治の3人でお使いを頼まれた。2つ山を超えた先の神主に届けるようにと渡された重箱のような包みを持たされる。ここにきてから、山の外に出るのは初めてだ。
侑も治も山の外には数えるくらいしか出たことがないそうで、道中は忙しなく動き回り、物珍しそうに景色を眺めていた。
神社は村に入ってすぐの場所にあった。声をかけると裏手から若い神主の人が出てきた。侑が神主と話しているのを聞いていると手に何かが触れた。ハッとなって横の治を見る。治は素知らぬ顔で指の間に指を絡めてきた。そこで初めて、自分が無意識に強ばってたことに気づいた。
分かってる、私を追い出した人達はもういない。自分の居場所はちゃんと知ってるから、もう大丈夫。
言葉のかわりに手を強く握り返した。
「あの神主がな、大通りの団子屋が有名でほんまに美味いから食べていきって教えてくれてん。食い行こ」
終わったからと帰ろうと神社を出て、侑がそう言った。それを聞いた治はすっかりその気になっている。私も食べたくなってきたから、3人で大通りに向かった。
店先の椅子に腰掛けてみたらし団子を頬張る。出来たてだから、暖かくて柔らかい。みたらしの上品な甘さに何個でも食べられそう。
「美味しい! 柔らかくてもちもちしてる」
「うまっ! アランくんが持ってくる羊羹に匹敵するで」
「そうだね」
確かに、尾白さんの持ってくる羊羹並に美味しい。
治なんて1口食べて美味いと叫び、追加でおかわりしてから満足そうにひたすら無言で味わっている。持たされたお小遣いを使い切りそうだ。
「もう1個食べようかな……ん?」
向かいの家の扉が慌ただしく開かれて、中から袴を着た男が白い服の女の手を引いて出てきた。あの着物は、白無垢だ。
「見つかったかい?」
団子屋の主人が袴の男に声をかけた。
「あった! はは、ツイてねぇよなこんな時に。ほれ、転けるなよ」
男は快活に笑って女の手を引くと急いでいるのか小走りで去っていった。その真っ白い姿が気になって、見えなくなるまで目で追ってしまった。昔、1度だけみた神前式の記憶が浮かび上がってきた。そのままぼんやりとしていたら、治は団子をお腹に収め終わっていて、村を後にした。
帰り道、夕日に照らされたを進んでいると侑に聞かれた。
「団子食っとる時、ずっと見てたやん。気になるん?」
「……うん、白無垢いいなぁって思ってた」
まだ楽しかった頃が懐かしくてなんだか話したくなった。
「寺にいた時に、一番上の女の子が式を挙げてね。その時に見た姿を思い出してた。凄く綺麗で、羨ましかったなぁって」
「……さよか」
それだけ言って、そっぽ向いて頭をグリグリと撫でられた。ちんちくりんがいっちょまえに何言ってるんだ、とでも思ったんだろうか。
2人がどんな顔をしているかなんて、気にもしなかった。
_____________________________
「錦花、大事な話がある」
午後、おやつを食べ終わった直後に深刻な顔で侑に切り出された。
「うん、どしたの?」
改まって言うくらいだから、重要なことなのだろう。
頷けば、2人は私の両隣に座り直した。右に侑、左に治。
それぞれに手を取られて、指を絡められる。思い詰めたような表情のいつもと違う2人の様子に戸惑う。
「ねぇ……」
「錦花は誰かと結婚して嫁にいってまうん?」
治の思わぬ発言に驚いた。
「え」
「言うてやん、白無垢羨ましいて」
思い出した。前にお使いを頼まれた時に、白無垢を着たお嫁さんを見てその話をしたんだ。
「言ったけど、今すぐの話じゃないよ」
「やけど、いつかはそうなるかもしれへんやろ?」
「侑? 2人とも、どうしたの」
「俺らも考えたんや。結婚するなら誰がええのか」
治に両手で左手を強く握られる。
「俺は一緒におるなら錦花がええ。錦花が好きや」
侑が私の右手をスルスルと撫でる。
「俺も、錦花がええ。お前とずっとおりたい。……好きや」
「「な? 俺らを選んで」」
「で、でも、結婚て普通2人でするものじゃ……」
「やったら、錦花が選んでや。俺か
「どっち選んでも文句言わんから」
見たことのない、
でも、一つだけ言えるのは。
「やだ、……そんな、選べないよ、2人とも大事だもん」
選べ、なんてそんなことできない。2人とも離れたくない。
私の返事にまだ満足しないのか、侑に抱寄せられる。
「錦花は俺らが好きなん?」
「……うん」
治も侑に負けじと体を寄せられる。
「ちゃんと言葉で言うて」
「……あつむとおさむが、好き」
言葉にしたら、途端に恥ずかしくなって体から火が出てしまいそう。2人に動きを封じられて、顔を覆うこともできない。
「好きなんやったら、何も問題なんかあらへんやろ。男一人しか選べんは人間の決まりや。俺らには関係ない」
「俺らのお嫁さんになってくれるん?」
侑と治、両方に迫られる。2人の目はとっくに私に逃がす気なんてない。
「……うん」
ずっと一緒にいるなら、侑と治がいい。
痛いくらいに抱きしめられて、耳元で囁かれる。」
「これで一生傍にいられるな……」
「どこにもやらんからな……」
きっと、これ以上の幸せなんかない。
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