錦上添花
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早朝、稲荷崎の体育館には次々と部員達が集まりだし、人気 のなかったコートは騒々しくなり始めた。各々練習を始める部員達は、いつもならとうにいるはずの騒がしい双子と圧のある2年、さらにマネージャーも姿が見えないので、不思議がっていた。
一方その頃、別室では体育館で姿の見えない彼らが集い、その空間には冷たく物々しい雰囲気が渦巻いていた。
外から聞こえる熱の入った声とは正反対な静まり返った部屋の中、正座で並んでいる侑、治、錦花。その目の前で仁王立ちしている北の横、黒須監督は冷や汗をかきながら動向を見守っていた。
「侑、ほんまに平気なんか」
「ハイッ、問題ないデス」
気絶していたはずの侑は一瞬意識が飛んでいただけで、北が錦花の凶行を発見した直後に目を覚ました。本人が顎の痛み以外に不調は無いと言うので、こうして正座の列に加わっている。
「本題に入るけどな、仲堂、なんであんなことしたん? 侑の体に支障が出たらとか、暴力沙汰で部停になるかもしれんとは考えんかったんか?」
矢継ぎ早に錦花に問う北の圧は確実に5割増している。
正論、確かにその通りなのだが、かっぴらいた目と淡々とした口調は最早鋭利な口撃だった。
正面に座る侑と治も、問われているのが自分では無いのに背筋が凍った。隣にいる監督も北の威圧感に内心震えた。
そんな誰もが慄 く北に詰められた当の錦花は公然とした顔で答えた。
「ちょっとだけならやり返してもいい、と監督から事前に許可は取っていましたし、私の加えた危害は双子の乱闘と比べれば“ちょっと”の範囲内に収まると思っています」
錦花が反論したことで、許可を出した張本人の監督の顔面が青白くなった。
――肝座りすぎやろ。そこで北相手に正当性を主張するか? 確かにええって言ったん俺やけど、侑を殴るのは予想外や……。
そのまま持論を通すつもりか、と監督が固唾を飲むも意外にも二の句は謝罪だった。
「ですが、主戦力に身体的な損害を与えかねなかったこと、部活停止の可能性を発生させたことで部活に迷惑をかけたことは事実です。謹んでお詫び申し上げます」
そう言って綺麗に頭を下げた。ギョッとしたのは監督だけでなく、隣に並ぶ双子も驚いた顔で口を開けて錦花を見ていた。
「……ほうか。やけに素直に認めるんやな」
「事実ですので。言い訳のしようもありません」
本心を見抜くような北の鋭い視線に対して、錦花は目を逸らすことなく真っ直ぐに返した。張り詰めた空気に他の3人も息が止まった。
「せやったら、まずは侑に謝り」
どこからか、詰めていた息を吐く音がした。
錦花の態度に偽りがないと判断したのか、北の雰囲気が緩んだ。
そのまま錦花が侑に謝ればこの場は丸く収まる。一刻も早く終わって欲しい監督と治の期待は秒で裏切られた。
「私が殴ったのは向こうが先に幼稚な態度をとってきたからです。元の原因は向こうにあります。謝るならあっちが先です」
その言葉に大人しくしていた侑が声を荒らげて噛み付いた。
「はぁ!? なんっでやねん! 俺被害者やろが!」
「被害者になったのは加害者だったからでしょ」
「やめぇや2人とも!」
1回緩んだ北の圧が再び強くなる前に止めたのは監督だった。
「ええか、2人でいっぺんにごめんなさい、や。それ以外のこと言ったら本気で説教やぞ。せーの」
「「ごめんなさい」」
「小学生の喧嘩か」
「これでこの件は終わりや。ええな、くれぐれも大人しくせぇよ」
強制同時謝罪によって、地獄の空間は終わった。
侑と治が部屋から出て、それに続こうとした錦花は監督に引き止められた。
「仲堂、今回は侑にも責任があるから穏便に済ましたけどな、本来なら選手に手ぇ上げるなんて大事 や。分かっとるな? 仲堂は優秀やし、今更1年にマネの変わりさせたないから、2度と問題起こさんでくれ」
監督らしい威厳を含んだ物言いにも動じずに、錦花はまだ部屋にいた北を見遣った。
「わかりました。北さんに誓います」
「そこは神さんに誓うとこやろ」
♢
着替えて練習に入ろうとストレッチをしていると仲堂さんが戻ってきていた。さっきまで北さんに詰められていたとは思えないほどケロッとしている。あんだけ圧かけられて動揺もせんて心臓の毛フサフサやん。
あの時聞けなかった返事を聞こうとして歩けば正座の痺れがまだ残っていた。
「仲堂さんて手が出るタイプやったんやな。侑 を体育館裏に運んで何するつもりやったん?」
「あぁ、……ふはは」
手元のバインダーに向けていた顔が上がって目が合ったと思ったら、不穏な笑い方をされる。やっぱし、単純に見えて癖のある性格しとる。
「なんでわろとるん」
「いや、顔一緒だから可哀想だなって。……自分と同じ顔で渾身の変顔写真集が作られてクラスに出回ったら嫌だよな? 未遂で終わって助かったのは治もだね」
「発想が悪魔やん」
こいつ、侑 の変顔撮ってばら撒くつもりやったんか。侑は自分の顔が良い自覚があるから、かなり効くだろう。鼻フックされてるところとか撮られるんやろか。それはそれで面白いが、本当にやられたら、ざまあみろと思う気持ちと同じ顔でなに晒してるじゃという羞恥心による怒りが込み上げてきそうだ。
「本人に言わないでね。喧嘩になったら次こそヤバいから。マネ辞めたら侑に負けたことになる」
「おん」
仲堂さんの中ではそういう認識なんや。
この言い草といい、侑にいびられても全く折れる気のない様子といい、見た目と中身のギャップが凄い。
「じゃ、私仕事に戻るから」
そう言って倉庫に向かっていった。
侑が後ろに倒れてきた時、頬を鷲掴まれて声を遮られたのを思い出して無意識に頬を摩った。
「あれが元ヤンやないって嘘やろ……」
ドアに消えていく後ろ姿が目に残ったまま、痺れの無くなった足で練習に戻った。
一方その頃、別室では体育館で姿の見えない彼らが集い、その空間には冷たく物々しい雰囲気が渦巻いていた。
外から聞こえる熱の入った声とは正反対な静まり返った部屋の中、正座で並んでいる侑、治、錦花。その目の前で仁王立ちしている北の横、黒須監督は冷や汗をかきながら動向を見守っていた。
「侑、ほんまに平気なんか」
「ハイッ、問題ないデス」
気絶していたはずの侑は一瞬意識が飛んでいただけで、北が錦花の凶行を発見した直後に目を覚ました。本人が顎の痛み以外に不調は無いと言うので、こうして正座の列に加わっている。
「本題に入るけどな、仲堂、なんであんなことしたん? 侑の体に支障が出たらとか、暴力沙汰で部停になるかもしれんとは考えんかったんか?」
矢継ぎ早に錦花に問う北の圧は確実に5割増している。
正論、確かにその通りなのだが、かっぴらいた目と淡々とした口調は最早鋭利な口撃だった。
正面に座る侑と治も、問われているのが自分では無いのに背筋が凍った。隣にいる監督も北の威圧感に内心震えた。
そんな誰もが
「ちょっとだけならやり返してもいい、と監督から事前に許可は取っていましたし、私の加えた危害は双子の乱闘と比べれば“ちょっと”の範囲内に収まると思っています」
錦花が反論したことで、許可を出した張本人の監督の顔面が青白くなった。
――肝座りすぎやろ。そこで北相手に正当性を主張するか? 確かにええって言ったん俺やけど、侑を殴るのは予想外や……。
そのまま持論を通すつもりか、と監督が固唾を飲むも意外にも二の句は謝罪だった。
「ですが、主戦力に身体的な損害を与えかねなかったこと、部活停止の可能性を発生させたことで部活に迷惑をかけたことは事実です。謹んでお詫び申し上げます」
そう言って綺麗に頭を下げた。ギョッとしたのは監督だけでなく、隣に並ぶ双子も驚いた顔で口を開けて錦花を見ていた。
「……ほうか。やけに素直に認めるんやな」
「事実ですので。言い訳のしようもありません」
本心を見抜くような北の鋭い視線に対して、錦花は目を逸らすことなく真っ直ぐに返した。張り詰めた空気に他の3人も息が止まった。
「せやったら、まずは侑に謝り」
どこからか、詰めていた息を吐く音がした。
錦花の態度に偽りがないと判断したのか、北の雰囲気が緩んだ。
そのまま錦花が侑に謝ればこの場は丸く収まる。一刻も早く終わって欲しい監督と治の期待は秒で裏切られた。
「私が殴ったのは向こうが先に幼稚な態度をとってきたからです。元の原因は向こうにあります。謝るならあっちが先です」
その言葉に大人しくしていた侑が声を荒らげて噛み付いた。
「はぁ!? なんっでやねん! 俺被害者やろが!」
「被害者になったのは加害者だったからでしょ」
「やめぇや2人とも!」
1回緩んだ北の圧が再び強くなる前に止めたのは監督だった。
「ええか、2人でいっぺんにごめんなさい、や。それ以外のこと言ったら本気で説教やぞ。せーの」
「「ごめんなさい」」
「小学生の喧嘩か」
「これでこの件は終わりや。ええな、くれぐれも大人しくせぇよ」
強制同時謝罪によって、地獄の空間は終わった。
侑と治が部屋から出て、それに続こうとした錦花は監督に引き止められた。
「仲堂、今回は侑にも責任があるから穏便に済ましたけどな、本来なら選手に手ぇ上げるなんて
監督らしい威厳を含んだ物言いにも動じずに、錦花はまだ部屋にいた北を見遣った。
「わかりました。北さんに誓います」
「そこは神さんに誓うとこやろ」
♢
着替えて練習に入ろうとストレッチをしていると仲堂さんが戻ってきていた。さっきまで北さんに詰められていたとは思えないほどケロッとしている。あんだけ圧かけられて動揺もせんて心臓の毛フサフサやん。
あの時聞けなかった返事を聞こうとして歩けば正座の痺れがまだ残っていた。
「仲堂さんて手が出るタイプやったんやな。
「あぁ、……ふはは」
手元のバインダーに向けていた顔が上がって目が合ったと思ったら、不穏な笑い方をされる。やっぱし、単純に見えて癖のある性格しとる。
「なんでわろとるん」
「いや、顔一緒だから可哀想だなって。……自分と同じ顔で渾身の変顔写真集が作られてクラスに出回ったら嫌だよな? 未遂で終わって助かったのは治もだね」
「発想が悪魔やん」
こいつ、
「本人に言わないでね。喧嘩になったら次こそヤバいから。マネ辞めたら侑に負けたことになる」
「おん」
仲堂さんの中ではそういう認識なんや。
この言い草といい、侑にいびられても全く折れる気のない様子といい、見た目と中身のギャップが凄い。
「じゃ、私仕事に戻るから」
そう言って倉庫に向かっていった。
侑が後ろに倒れてきた時、頬を鷲掴まれて声を遮られたのを思い出して無意識に頬を摩った。
「あれが元ヤンやないって嘘やろ……」
ドアに消えていく後ろ姿が目に残ったまま、痺れの無くなった足で練習に戻った。
