本編

  あの体験後、2日後には正式にマネージャーに決まり、意気揚々と入部届けを提出した。1年の下駄箱でわざわざ待っていてくれた北さんには感謝しかない。どうやら、あの女子の中に同じクラスだった子が1人いたらしいが、溢れた連中への申し訳なさなど欠けらも無い。ので、北さんが去った後に、すれ違いざまに鬼みたいな顔をされたが、痛くない攻撃に意味は無い。

 入ってはみたが、やはり強豪の称号を冠するのは伊達では無い。部員数もそこそこ多く、練習もキツい。休憩の時には関西人らしくボケとツッコミが飛び交うにぎやか空間ができる時もあるが、練習中はガチモード。顧問が居ないからと、ボールを腹に入れて妊婦ごっこをしてボケていた中学の男バレとは大違いすぎる。

「仲堂、これ記入しとていてくれ」
「あ、そこのやつ、なおしといて」
「それ終わったらボール出ししたってや」
「わかりました」
 何が言いたいかって、マネージャーのやることも多い。コンビニバイトと同じくらいのマルチタスクをこなしている。発生する仕事を終わらせてはまた次へ。言われた通りにボール出しに小走りで向かう。ボール出しは早い段階でOKを貰えている。ぶちギレた顧問にエンドレスボール出しさせられていた経験がここで生きるとは考えもしなかった。

「いやぁ、ええ子がきてくれて助かるわ〜。うちには血の気の多いのがおるから、清涼剤がおらんとな〜」
 そう言いながら3年の先輩は遠くを見つめる。その視線の先では乱闘が起きている。嫌なものが視界に入ってしまった。
「仲堂さん、アレと3年間一緒なん大変やろうけどバレー部の未来の為に堪忍してや」

「錦花ちゃん、覚えるの早いね」
 着替え終わったのだろう、部室から出てきた角名が馴れ馴れしく名前で呼んできた。体験の時に話したからか、入部初日にいきなり名前呼びをされた。一回話した程度でその距離の詰め方は女に緩そうに見えるので当然警戒する。ちょろい女だと思われるわけにはいかない。
「真面目にやってるからね」
 不快感にやや顔をしかめる。
「角名嫌がられとるやん」
 角名の後に続いて出てきたのは治。大人しそうな見た目して根っこはそんな事ない。まだそんなに話してないけど、見てれば分かる。
「なんで、褒めただけじゃん」
「ただのダル絡みやろ。明らかに一瞬嫌そうやったやん」
「錦花ちゃん俺の事嫌い?」
 めんどくさっ。県外民アウェー同士仲良くしたいのか、同じ部活の仲間として輪に入れてあげるつもりなのか、単に遊ばれているのか、狙われているのか、判別がつかない。
「嫌いでは無いけど、距離の詰め方に引いてる」
「直球やな」
 苦笑いしているのは銀。唯一の同じクラス。タメの中では常識的だが、人に乗っかって北さんのお叱りのとばっちりを受けることもある。
「さりげなく名前を呼んで褒めてくる距離ガン詰め野郎を警戒するなって方が無理じゃない? 怪しすぎる」
「言うなぁ」
「そんな事ないって、錦花ちゃんの警戒心が強すぎるだけだよ」
「怪しいヤツが言うセリフやろ」
「角名が言うと冗談なのか分からんな……」

「チッ」
 部室のドアが開いて、デカイ舌打ちが聞こえた。
 見なくても分かる。ぶっちぎりでストレスナンバーワン。顔面同じなのに治と態度が正反対、侑。
 ドスドスと大股でこちらへ歩いてくる。一瞥いちべつすることも無く目の前を通過して行くが、嫌味は忘れないようで。
「お前らはよ行けや。媚び売ってくる女にかまけとったらポジションなんて一生とれんで」
 小馬鹿にしたトーン、私をあのミーハー共と同列に扱う発言、なにより私に喧嘩を売るところ。スリーアウト。
「チッ」
 これだけ言われてやり返す選択肢がないとか、ありえない。ふてぶてしい背中に特大の舌打ちと嫌悪をこめた眼差しをくれてやる。部活中は平等に扱ってやるが、それ以外は私に仇なす敵だ。

「怖……」
「それどっちに言ってる?」
ツムも大概やけど、仲堂さんもツム相手に一歩も引かんあたり、気ぃ強いよな」
「向こうが先にしかけてきたから、お返ししただけでしょ」
  至極当然のことを言えば、引きつった笑みの銀に俺らも行くか、と促された。



 
 
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