錦上添花
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視界の隅で、イライラとしょんぼりの混じった複雑なオーラを纏った侑がどかりと床に腰を落とした。自業自得の結果なのでフォローはしない。
春高が終わって発表された新体制で侑は正セッターとして選ばれた。スタメンになっても努力を緩めないのはいい事だけど、ここの所は行き過ぎてオーバーワークだった。親切な周りの忠告をまるっと無視し、全然聞く耳を持たなかったあの侑 は先程ついに北さんからピシャリと言われて強制休憩を言い渡された。
恨めしそうにコートを見つめたって、悪いのは侑なので知らんぷりを決め込む。
侑を放置して倉庫に得点表を取りに行こうとしたら、体育館の重い扉が開いて小声で名前を呼ばれた。
「仲堂」
振り向くと、引退した3年の元セッターの先輩が隙間から覗いていた。
「誰かに用ですか? 呼んできますよ」
「いや、仲堂に用があんねん。裏来てくれんか? すぐ済むから」
めんどくさい。咄嗟に思ったけど顔に出てないからセーフ。今更呼び出しだなんて、要件は告白かそれとも密告か。90%の確率で告白な気がする。行きたくないけど、先延ばしにするのもそれはそれで後がめんどう。
「少しなら大丈夫です。靴履き替えるんで先行ってて下さい」
そう答えれば先輩は分かったと頷いて去った。
告白ならスパッと切るし、密告などの部に関わる重大案件ならコイツが言うなと言っても絶対監督にチクる。やることは単純明快。
靴を履き替えて、体育館から裏にぐるりと回った先で先輩は待ち構えていた。
「忙しいとこ呼び出してすまんな」
「まぁ、ちょっとの間なら」
「すぐ済むから……ふぅ」
地面を見つめてわざとらしく一呼吸置いてる姿からしてお察し。
「俺、仲堂のことが好きや。付き合ぉてほし」
「無理です」
やっぱり。絶対無理。断固として無理。100%NO。
間髪入れずに断られるとは思ってなかったのか、先輩はほへぇと間抜けな声を漏らした。
「……や、早い早い! 断るん早いって。もうちょい考えてみてや。せめて友達からとかあるやん、な? そらな、元選手とマネージャーが付き合ぉとるのは周りに気まずいとか、俺もうすぐ大学生やしすれ違ってなかなか会えなくなくなるかもとか、心配なこととかあるやろけど、そこら辺は大丈夫やから、不安になんかさせんって!」
すっごい早口でまくし立ててくるけど、見当違いにも程がある。
「違います。先輩、侑の悪口めちゃくちゃ言いまくってた所がマジで受け付けないんで付き合うとか無理です」
「は……?」
「尾白さんに贔屓されててたからスタメンになれただとか、調子に乗ってるだとか。正セッターに選ばれて以降は事あるごとにムカつくやら腹立つやら、酷評していた姿を知っています。ので、恋愛対象として見れません」
誰がお前なんかの彼女になるかボケナス。努力もせずに人の悪口をコソコソ叩くだけの彼氏とか、ダサくてこっちが恥ずかしい。
「は、……え、なん……?」
先輩は想定外の所から否定されたことに驚いていた。
「っいや、それ……は、言っとったかもしれんけど、けど、それはほんまのことやんか」
「侑が正セッターになったことと尾白さんと旧知の仲なのは関係ないです。参考として話を聞くことはあったかもしれませんが、決定したのは監督です。監督が忖度する人に見えます?」
「………」
「調子乗ってるっていうのは、先輩の方で歪んだ見方をしてただけです。先輩が、自分より下の後輩が目立っているのが許せなかっただけです」
「はぁっ!?」
図星をついたのか、先輩のあんぐりとした顔が一気に真っ赤になった。
「誰よりも練習してる後輩の努力を才能の一言で片付け、自分たちの努力不足を棚に上げて監督へのアピールなどと小馬鹿にする。先輩ならば、立派な後輩がいて稲荷崎の未来が安泰であることを喜ぶものでは? 嫉妬に駆られて人を貶める発言をするような人とは付き合えません」
吐き捨てるように言い切ると、胸がスッとした。こいつ、朝練来るの遅いし、放課後は居残りもろくにしないでさっさと帰るのに、やたらと後輩を敵視しててウザかったんだよね。頑張りもしないで稲荷崎 のスタメン張れるわけないのに。
「っ……なんやねんお前! ふざけんなよっ!」
威勢よく吠えた先輩のかっこよくもない顔が怒りに歪んだ。痛いところを突きまくったせいか、殴りかかってきそうなほど腕がプルプルしている。
「東京もんのブスが! 調子乗ってんちゃうぞ!」
告ったのお前じゃん。
「クソっ!」
冷ややかな視線だけを寄越せば、悪態をついた先輩はザッザッと砂利を蹴り散らして近づいてきた。数十cmという距離まで迫ってきた時、正面まで迫った先輩の右腕がスローモーションのように持ち上がった。
――拳が飛んでくるのなら、体育館に逃げ込んで騒ぎを起こし、事を大きくして進路を確殺してやる。
目を逸らさずに睨んだ腕は、振り下ろされる前に後ろから聞こえた声で中途半端に止まった。
「あれー、何してはるんです?」
ザリザリと無遠慮に寄ってくる足音と空気を読まない露骨な棒読み。
「告白ですか?」
しれっとやってきた侑は私の横に素早く横に並ぶと思いっきり肩を組んできた。このタイミング、絶対覗き見してたでしょ、
「こんな事故物件、やめた方がええですよ。むっちゃ短期やし、暴力的やし、口悪いし、見た目だけですよ」
聞き捨てならない発言。カチンときて貼り付けた気持ち悪い笑顔の侑をひっぺがそうとしても、ビクともしない。腕に力入れてやがる、なんだお前。
「せやから、ほか当たった方がええですって。ね?」
闖入者に悪口の張本人である侑が来たせいか、先輩の真っ赤な顔はグラデーションの如く真っ青に変わった。あげた拳は力なく下ろされている。
「ぁ、や、ちゃうねん、ちょっと、な? はは、まぁ、しっかり気張れや、じゃ」
目に見えて狼狽した先輩はあたふたしたまま脇をすり抜けてさっさと行ってしまった。
去っていく姿が完全になくなり、中に戻ろうと体を動かそうとすると、ピクリとも動かせない。横に陣どる巨体に押さえつけられている。
「ちょっと、退いて」
「んー」
「んー、じゃない、邪魔。退け。戻りたいんだって」
「驚いたりとかしないんか?」
「別に。覗いてたんでしょ? わざとらしいタイミングで出てきたんだから分かるよ」
「そっちちゃうわ」
「は、どれ? 殴ろうとしてきたところ? 驚かないよ、見え見えだったし。騒いで進路潰してやろうとまで考えてたんだから」
「お前なぁ、恐怖心とかないんか」
はぁ、なんてため息をつかれた。一向に腕は離れない。本当に戻りたいんだけど。
「ねぇ、邪魔なんだけど」
うぎぎ……と抵抗しても余計に力を入れてくる。意味がわからない、新手の嫌がらせか?
もういい、脇腹に肘でも入れてやると考えて、はたと気づいた。
――近い。すごく近い。
バレー部の仲間に手を出すな。それをアピールするように肩を組んできたなら、とっくに離れればいいものを侑は離れない。それどころか、動けないようにロックされている。
視線を上にあげて、侑の方を見てしまった。
見なければよかった。
目が合って、足元からぶわりとむず痒さが全身を襲った。あの女たちに絡まれた時みたいな感覚。だけど、あの時よりずっと強い目眩みたいな衝撃。顔に熱が集まって、体が浮いたかと思った。
「あつむ、助かった、ありがと。大丈夫、だから退いて」
顔まで逸らして、どうやっても平静を装いきれてない。だと言うのに、侑はあっさり離れた。重圧がなくなって、体温の触れていた温もりが無くなる。やけにひんやりと感じるのを振切るように背を向けた。
「先、戻るから」
そのまま侑を置いて早足で体育館の倉庫に逃げ込んだ。床を蹴る音が遠く聞こえる。倉庫特有の匂いか鼻についた。
隠れるように隅の壁にもたれて、ズルズルど、しゃがみこんだ。頭がぐるぐるして、嫌ってほど混乱している。混乱していることも嫌なのだけれど、だって、だって、あんな顔するバカが悪い。
愛おしいものを見るみたいな柔らかい表情、その目の奥に獰猛さの潜んだ男の顔。
「うぅ……ちくしょう……」
そんなんに誑かされるほど、私はチョロくねぇぞ。だいたい、なんだってそんな顔してんだよ。ふざけんな、からかってんのか。
相手のいない悪態が口をついてでる。気持ちの整理なんてつかなくて、ぐちゃぐちゃのままだ。
「こんなんじゃ戻れない……」
両手に当てた頬の熱が収まるまで、扉1枚向こうから聞こえる騒々しい音で誤魔化しながら、ずっと蹲るしか無かった。
春高が終わって発表された新体制で侑は正セッターとして選ばれた。スタメンになっても努力を緩めないのはいい事だけど、ここの所は行き過ぎてオーバーワークだった。親切な周りの忠告をまるっと無視し、全然聞く耳を持たなかったあの
恨めしそうにコートを見つめたって、悪いのは侑なので知らんぷりを決め込む。
侑を放置して倉庫に得点表を取りに行こうとしたら、体育館の重い扉が開いて小声で名前を呼ばれた。
「仲堂」
振り向くと、引退した3年の元セッターの先輩が隙間から覗いていた。
「誰かに用ですか? 呼んできますよ」
「いや、仲堂に用があんねん。裏来てくれんか? すぐ済むから」
めんどくさい。咄嗟に思ったけど顔に出てないからセーフ。今更呼び出しだなんて、要件は告白かそれとも密告か。90%の確率で告白な気がする。行きたくないけど、先延ばしにするのもそれはそれで後がめんどう。
「少しなら大丈夫です。靴履き替えるんで先行ってて下さい」
そう答えれば先輩は分かったと頷いて去った。
告白ならスパッと切るし、密告などの部に関わる重大案件ならコイツが言うなと言っても絶対監督にチクる。やることは単純明快。
靴を履き替えて、体育館から裏にぐるりと回った先で先輩は待ち構えていた。
「忙しいとこ呼び出してすまんな」
「まぁ、ちょっとの間なら」
「すぐ済むから……ふぅ」
地面を見つめてわざとらしく一呼吸置いてる姿からしてお察し。
「俺、仲堂のことが好きや。付き合ぉてほし」
「無理です」
やっぱり。絶対無理。断固として無理。100%NO。
間髪入れずに断られるとは思ってなかったのか、先輩はほへぇと間抜けな声を漏らした。
「……や、早い早い! 断るん早いって。もうちょい考えてみてや。せめて友達からとかあるやん、な? そらな、元選手とマネージャーが付き合ぉとるのは周りに気まずいとか、俺もうすぐ大学生やしすれ違ってなかなか会えなくなくなるかもとか、心配なこととかあるやろけど、そこら辺は大丈夫やから、不安になんかさせんって!」
すっごい早口でまくし立ててくるけど、見当違いにも程がある。
「違います。先輩、侑の悪口めちゃくちゃ言いまくってた所がマジで受け付けないんで付き合うとか無理です」
「は……?」
「尾白さんに贔屓されててたからスタメンになれただとか、調子に乗ってるだとか。正セッターに選ばれて以降は事あるごとにムカつくやら腹立つやら、酷評していた姿を知っています。ので、恋愛対象として見れません」
誰がお前なんかの彼女になるかボケナス。努力もせずに人の悪口をコソコソ叩くだけの彼氏とか、ダサくてこっちが恥ずかしい。
「は、……え、なん……?」
先輩は想定外の所から否定されたことに驚いていた。
「っいや、それ……は、言っとったかもしれんけど、けど、それはほんまのことやんか」
「侑が正セッターになったことと尾白さんと旧知の仲なのは関係ないです。参考として話を聞くことはあったかもしれませんが、決定したのは監督です。監督が忖度する人に見えます?」
「………」
「調子乗ってるっていうのは、先輩の方で歪んだ見方をしてただけです。先輩が、自分より下の後輩が目立っているのが許せなかっただけです」
「はぁっ!?」
図星をついたのか、先輩のあんぐりとした顔が一気に真っ赤になった。
「誰よりも練習してる後輩の努力を才能の一言で片付け、自分たちの努力不足を棚に上げて監督へのアピールなどと小馬鹿にする。先輩ならば、立派な後輩がいて稲荷崎の未来が安泰であることを喜ぶものでは? 嫉妬に駆られて人を貶める発言をするような人とは付き合えません」
吐き捨てるように言い切ると、胸がスッとした。こいつ、朝練来るの遅いし、放課後は居残りもろくにしないでさっさと帰るのに、やたらと後輩を敵視しててウザかったんだよね。頑張りもしないで
「っ……なんやねんお前! ふざけんなよっ!」
威勢よく吠えた先輩のかっこよくもない顔が怒りに歪んだ。痛いところを突きまくったせいか、殴りかかってきそうなほど腕がプルプルしている。
「東京もんのブスが! 調子乗ってんちゃうぞ!」
告ったのお前じゃん。
「クソっ!」
冷ややかな視線だけを寄越せば、悪態をついた先輩はザッザッと砂利を蹴り散らして近づいてきた。数十cmという距離まで迫ってきた時、正面まで迫った先輩の右腕がスローモーションのように持ち上がった。
――拳が飛んでくるのなら、体育館に逃げ込んで騒ぎを起こし、事を大きくして進路を確殺してやる。
目を逸らさずに睨んだ腕は、振り下ろされる前に後ろから聞こえた声で中途半端に止まった。
「あれー、何してはるんです?」
ザリザリと無遠慮に寄ってくる足音と空気を読まない露骨な棒読み。
「告白ですか?」
しれっとやってきた侑は私の横に素早く横に並ぶと思いっきり肩を組んできた。このタイミング、絶対覗き見してたでしょ、
「こんな事故物件、やめた方がええですよ。むっちゃ短期やし、暴力的やし、口悪いし、見た目だけですよ」
聞き捨てならない発言。カチンときて貼り付けた気持ち悪い笑顔の侑をひっぺがそうとしても、ビクともしない。腕に力入れてやがる、なんだお前。
「せやから、ほか当たった方がええですって。ね?」
闖入者に悪口の張本人である侑が来たせいか、先輩の真っ赤な顔はグラデーションの如く真っ青に変わった。あげた拳は力なく下ろされている。
「ぁ、や、ちゃうねん、ちょっと、な? はは、まぁ、しっかり気張れや、じゃ」
目に見えて狼狽した先輩はあたふたしたまま脇をすり抜けてさっさと行ってしまった。
去っていく姿が完全になくなり、中に戻ろうと体を動かそうとすると、ピクリとも動かせない。横に陣どる巨体に押さえつけられている。
「ちょっと、退いて」
「んー」
「んー、じゃない、邪魔。退け。戻りたいんだって」
「驚いたりとかしないんか?」
「別に。覗いてたんでしょ? わざとらしいタイミングで出てきたんだから分かるよ」
「そっちちゃうわ」
「は、どれ? 殴ろうとしてきたところ? 驚かないよ、見え見えだったし。騒いで進路潰してやろうとまで考えてたんだから」
「お前なぁ、恐怖心とかないんか」
はぁ、なんてため息をつかれた。一向に腕は離れない。本当に戻りたいんだけど。
「ねぇ、邪魔なんだけど」
うぎぎ……と抵抗しても余計に力を入れてくる。意味がわからない、新手の嫌がらせか?
もういい、脇腹に肘でも入れてやると考えて、はたと気づいた。
――近い。すごく近い。
バレー部の仲間に手を出すな。それをアピールするように肩を組んできたなら、とっくに離れればいいものを侑は離れない。それどころか、動けないようにロックされている。
視線を上にあげて、侑の方を見てしまった。
見なければよかった。
目が合って、足元からぶわりとむず痒さが全身を襲った。あの女たちに絡まれた時みたいな感覚。だけど、あの時よりずっと強い目眩みたいな衝撃。顔に熱が集まって、体が浮いたかと思った。
「あつむ、助かった、ありがと。大丈夫、だから退いて」
顔まで逸らして、どうやっても平静を装いきれてない。だと言うのに、侑はあっさり離れた。重圧がなくなって、体温の触れていた温もりが無くなる。やけにひんやりと感じるのを振切るように背を向けた。
「先、戻るから」
そのまま侑を置いて早足で体育館の倉庫に逃げ込んだ。床を蹴る音が遠く聞こえる。倉庫特有の匂いか鼻についた。
隠れるように隅の壁にもたれて、ズルズルど、しゃがみこんだ。頭がぐるぐるして、嫌ってほど混乱している。混乱していることも嫌なのだけれど、だって、だって、あんな顔するバカが悪い。
愛おしいものを見るみたいな柔らかい表情、その目の奥に獰猛さの潜んだ男の顔。
「うぅ……ちくしょう……」
そんなんに誑かされるほど、私はチョロくねぇぞ。だいたい、なんだってそんな顔してんだよ。ふざけんな、からかってんのか。
相手のいない悪態が口をついてでる。気持ちの整理なんてつかなくて、ぐちゃぐちゃのままだ。
「こんなんじゃ戻れない……」
両手に当てた頬の熱が収まるまで、扉1枚向こうから聞こえる騒々しい音で誤魔化しながら、ずっと蹲るしか無かった。
