錦上添花
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錦花もカバンを持って立ち上がると、教室を出ていく人の波に紛れた。
バレー部は久しぶりのオフである。強豪の稲荷崎でオフは貴重だ。錦花は帰る途中で日焼け止めを買いに寄り道する予定でいた。暦の上では秋でも紫外線はまだ強い。
玄関に差し掛かかりフライングで上履きを脱ごうとすると、横から声をかけられた。
「あの、仲堂さん。ちょっとええ?」
同じクラスの女子だ。席が遠いので錦花は名前を覚えていないか、北さんから入部届けを受け取った時に睨んできた女であることは認識している。
「ちょっとでええから、こっち来て」
睨み女は返答も待たずに錦花の腕を強引に引っ張った。向こうの気持ち的には引きずっていきたいのだろうが、錦花の方が背が高いので歩幅を乱されることは無い。
ハイハイ、少女漫画とかで見た事あるやつね。早く終わらないかな、オフの時間が削れる。
錦花は綽々と女に連れられていた。
埃っぽい移動教室で、2人の女が待ち構えていた。ロングヘア女とポニテ女はおしゃべりを止めて扉を開けた2人に注意を向けた。錦花には見覚えのある顔だった。侑に怒鳴られた2人だ。
「お待たせ」
立ち上がった2人の前に連れてこられ、睨み女も錦花の目の前に対峙した。
ロング女が最初に切り出した。
「あのさ、仲堂さんてマネージャー辞めるんやなかったの?」
小馬鹿にしたような声と貼り付けた笑顔から敵意が滲み出ている。
「いやな、侑くんマネージャー嫌がってたやんか。やのに仲堂さんがマネージャーなってもうたから、侑くん教室で色々言うてたんよ」
「そうそう。仕事できへん、とか男とばっか喋っとるとか、むっちゃ愚痴っとった」
ポニテが援護するかのように同調した。
錦花の機嫌が一段階下がった。教室でも言ってやがったのか、あの野郎。
侑へのクレームは一旦置いて、何が言いたいのか出方を伺わなければいけない。あくまで冷静にと、無言を貫く錦花に畳み掛けたポニテの言葉に、持ち直した冷静さを吹き飛ばされた。
「そろそろ迷惑かけてる自覚持った方がええ思うよ。最近じゃ名前で呼ばれていい気になっとるやろ? 色目使うて仕事もせんと男誑かして、恥ずかしくないんか」
高速で逆鱗を逆撫でされる怒りが瞬間沸騰した。
お前らに言われなくない!!
それを言われれば、考えることは決まっている。
いかにしてこの無礼千万ブーメランなメス豚を屈服させるか。群れて威嚇すればこっちが負けると舐めてかかっているこの色狂いどもをどうやって
錦花は据えた目で思案していた。
「な、あたしらも話聞いてて迷惑やって思うもん。バレー部のみんなやってそう思っとる。ホンマは仲堂さんのこと嫌いなんやろね」
「言わんでいてくれたのは優しさやろうけど、うちらはもう見てられん。十分ええ思いしたやろ。はよマネージャー辞めて解放したってや」
ニヤニヤと笑う3人を見回して、錦花はため息をついた。返す言葉の用意はできた。
「みんなのため? ハッ、綺麗な言葉に言い換えちゃってさ。羨ましいんでしょ、狙ってた男にチヤホヤされてる私が」
「はぁ!? なんやて」
ダァン、と教室に鈍い音が響いた。錦花が足を踏み鳴らしたのだ。
「黙って話聞けよ」
上から見下ろす錦花はキレていた。侑に退部を迫られたあの時と同じくらい。
「体験入部の時、メモも取らないで男の品定めしてたのはそっちだろ? 私は北さんの説明をちゃーんと聞いて、認められたから正当に入部した。マネージャーの仕事に手を抜いたことなんか一度もない。侑が私の文句を言ってたのは、お前らみたいな連中にバレーを邪魔されるのが嫌だったからだよ」
普段の様子とは違う、にわかに口が悪くなった錦花の威圧に3人は狼狽えた。こんなに反撃してくるのは予想していなかったらしい。元来、錦花は嬢ちゃんのあだ名の通り無鉄砲であり、家族の影響で口が悪い。年齢と共に多少の自重を覚えて日頃は猫を被っている。それが怒りで破けただけだ。
「その侑だって、もう何も言ってないハズなんだけど。それなのに
鼻で笑った錦花に青筋を立ててロング女が吠えた。
「調子のんなや! 余所もんが!」
「その余所もんに負けるくらいやる気ねぇ奴に僻まれたくないね!!」
兄との喧嘩で鍛えた錦花の怒号の方が上だった。
「そこまで言うなら私の前でバレー部に証言させてみなよ。私はあのコートに立つ選手に見合うだけの働きをしてるつもり。うつつを抜かしたことなんか無い。断言してやる」
錦花が1歩距離を詰めた。3人は半歩後ろに下がる。
「私じゃダメだって言うなら、大人しく辞める。簡単でしょ? 素直に話してもらうだけなんだから。本当に嫌がられてるのに続けるほど意地悪くないよ、私」
また1歩、錦花が近づいた。徐々に頬がつり上がっていく。悪魔のような笑みで女共を試している。
「見てられないんでしょ? バレー部のためなんでしょ? 自分たちの私利私欲で私を辞めさせようっていうんじゃないなら、証明してみせてよ」
愉快でならない。集団でいれば勝てると自信満々だった連中が脂汗をかいている。ギャフンと言わせるのは成功した。あとはしっぽを巻いて逃げてくれればいい。
錦花の思惑とは反対に、詰め寄る錦花に耐えきれなくなったポニテ女は、無駄なプライドから逃げるのではなく攻撃を選択した。手を振りあげて叩こうとした瞬間。
「おい! なにしようとしとんねん!」
片手に教科書を持った金髪が声を荒らげて入ってきた。
「「侑(くん)」」
錦花とポニテ女の声が被った。
「錦花、こんなん相手に……」
言いかけた侑を錦花に近づけさせないかの如く、3人はすかさず駆け寄った。
「侑くん、仲堂さんに迷惑しとったやろ? せやからあたしら、はよ辞めてって、みんなのために言うたんや」
「せやけど、バレー部は私のもんやからって仲堂さんは聞いてくれんくて。酷いやろ、みんなは一生懸命バレーしとんのに」
「こんなんがマネージャーなんて許せへん。侑くんもなんか言ってや」
あることないこと混ぜて必死に侑を味方に付けようと弁明するメス豚を振り払い、侑は冷たい目で見下ろした。
「うっさいわ、やかまし豚。迷惑なんはお前らの方や」
「えっ」
睨み女から唖然とした声が落ちた。
侑は教科書を持っていない手で頭を乱暴に掻きむしった。眉は顰められ、口元は不快そうに曲がっている。
「嘘つきおって。バレー部が自分のもんなんて、こいつは
「なんッ、嘘なんかついてへん!」
ポニテ女が涙声で強く訴えた。まだ突っかかってくるのが鬱陶しくて、侑は真実を告げた。
「最初っから扉んとこで聞いてん。こいつに借りた教科書返すためにな」
「っっ!」
女達の顔色が変わった。侑はなおも続ける。
「決着ついたかとちょお覗いたらこの女が手ぇ上げよったからな、急いで止めに入ったんや」
錦花の方をな。
最後は飲み込んだ。殴られたら[#ruby=錦花_こいつ#]は200%殴り返す。錦花の性質を知っている侑は珍しく気を利かせていた。
「せ、せやけど、侑くんが仲堂さんのこと迷惑やって言ってたのは本当のことやんか」
ロング女は諦めなかった。必死の剣幕で起死回生を図ろうとしている。
「言うてたけど、それがお前になんの関係があるん?」
「関係って、私は侑くんのためを思って……」
「勝手なことすんやな。俺のためとか、そんなん要らん。とっくに終わった話に部外者が口出ししなや」
希望を持たせることも無く、冷たく吐き捨てた。取り付く島もない侑に、女たちは沈黙するしかなかった。
その様子を見ていた錦花が口を開いた。
「元はといえば、侑が教室で文句なんか言うからでしょ。変な大義名分与えやがって」
そのままジロリ、と侑を睨む。
「侑、私はバレー部にふさわしくない?」
「え!? いや……そうは思ってへん、デス」
「だってさ。張本人の侑が認めたんだからいいよね、マネージャー辞めなくても」
そういう建前で呼び出した手前、女たちは返事ともつかない小さな声で不服そうに肯定した。
錦花は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「じゃあ侑、謝って。私に」
「は!? なんでやねん!」
「侑のせいで風評被害を被ったんだから、当然でしょ。私が気に食わないってだけのお子ちゃまな理由で悪口言うもんだから、こうやって侑のファンにドヤされたんだけど」
それ俺のせいなん!?
言ったが最後、ボコボコに言い負かされる未来しかない。
侑には渋々頭を下げるほか選択肢がなかった。
「文句言うてすんませんでした」
「うん、よろしい」
満足した錦花は侑から教科書を受け取るとカバンにしまった。
「じゃ、帰るわ」
「ちょ、早っ」
自分を呼び出した女たちを見ることも無く、侑すらおいて錦花はスタスタと出ていった。後を追おうとして、慌てて後ろを振り返った侑は凄んだ。
「おい、今度錦花になんかしてみ。どうなるか、分かっとるやんな?」
すくみ上がった3人は、無言で首を縦に振った。
廊下には2人だけで、吹奏楽部の楽器の音だけが反響している。
「……悪かったな」
切り出した侑の声は沈んでいた。
侑は錦花の反論を聞いて、決めつけていた自分が愚かだったことを自覚した。真剣にマネージャーをやっているとハッキリ宣言したのに、邪魔だと言われるば辞めると言う。錦花の誠意を今更実感して、自分を恥じた。それに、その不用意な発言のせいで今回のことは起きた。いくら錦花が強気でも、危険に晒したのは変わりない。
見くびっていたこと、この事態を招いたこと。二重の意味を込めた謝罪だった。
侑の深い反省を汲み取った錦花は、敢えて気丈に言った。
「ほんとにね。ああいうのが出ないように気をつけてよ、拳で解決できないんだから」
「殴ってどうにかしようとすんなや」
少しの空白の後、言いずらそうに侑はボソボソと話した。
「お前かてバレー部の人間やねんから、危ないことすんなや。俺でも角名でも、誰でもええから、次あったら呼べや」
「……分かった」
玄関に着いたところで侑が、カバンを持ってくるから待ってろ、と錦花を置いて教室に行ってしまった。
1人残されて、誰もいない玄関で錦花は侑の言葉を反芻した。
次があったら呼べ、か。
侑にマネージャーとして首肯されたのは僥倖。叩かれる寸前で割ってはいられたのも、正直助かった。あの場を完全に収められたかは分からないから。
それだけのはずなのに、感情の収まりが悪い気がした。理由の分からない変な気分がある。目の敵にされてたのに、受け入れられたから嬉しい? 思わなくはないけれど、ちょっと違う気がする。そもそも、なんでこんなに引っかかるのだろうか。
楽器の練習音に混じって、全力ダッシュの足音が響いた。ハッとなって、煩悶とした頭を振って切り替える。
必死な顔で走ってきた侑は別のクラスの靴箱の方に行くと戻ってきて最悪や! と地団駄を踏んだ。
「クソサム、俺のクーポンパクって帰りよった!」
「なんの?」
「たこ焼き1個増量券。3枚全部持ってかれたわ。帰り食おう思て隠しとったのに、あのブタ!」
1パックに+3個できるらしい。店名を聞いて錦花は合点がいった。1個が大きいから3個増はかなりデカい。治に内緒で独り占めするつもりが、逆にやられて大層ご立腹だ。
靴に履きかえながら治へグチグチ言っている侑に錦花は言った。
「巻き込んだ詫びにたこ焼き奢ってもいいよ」
「えっ! ほんま!」
「うん。その前に手前のドラスト寄っていい? 日焼け止め買う」
「ええよ。俺アレ食いたい、ねぎポン酢」
「手持ち金が余ってたらね」
財布に入ってる額なんてうろ覚えだ。どんぶり勘定だけど多分足りる。
外にまで聞こえる楽器が遠ざかるのを聴きながら、さっきまでの小さな違和感を流して、陽の沈む道路を並んで歩いた。
