COLORS(種運命)
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――destiny07――よみがえる翼
枕元で小さな電子音が鳴った。
うとうとと眠りの淵へと落ちかけていたシオンの意識が一瞬で覚醒する。
電子音は、邸の外に張り巡られた警報装置が作動したことを示すものだ。
つまり、何者かが邸内に侵入したということ――。
シオンがドアを開き、廊下へと顔をのぞかせると、少し離れた別のドアから飛び出したバルトフェルドとマリューがいた。
彼らの手には拳銃が握られている。
――ラクス!
状況を把握する前に、ラクスのことが頭を過ぎった。すぐに彼女の側に行かなくては、と。
「ラクスと子供たちを頼む。シェルターへ!」
バルトフェルドの声で、シオンはハッと我に返った。
命じられたマリューが頷いて奥へと走って行くその背を見送りながら、シオンは状況を把握しようと、気を落ち着かせる。
隣室からシオンと同じように顔をのぞかせたキラが静かな声で尋ねた。
「どうしたんですか?」
「ふたりとも早く服を着ろ。イヤなお客さんだぞ」
言いながら、バルトフェルドは廊下を走った。
「ラミアス艦長と共にラクスたちを」
「わかった」
「はい!」
バルトフェルドの指示に従うべく、ふたりの姿は部屋の中へと消えていった。
バルトフェルドは階段を駆け下り、壁際に身を潜めた。
外を横切る人影を確認し、ためらうことなく銃を放つ。窓ガラスが割れ、銃声が静かな邸内に響き渡った。
銃弾を受けて倒れたのは、消音器つきの銃で武装した男だった。それを確認すると、すぐにバルトフェルドは闇に紛れるようにして移動する。
次の瞬間、さっきまで身を寄せていた場所に複数の銃弾が弾ける。射角から予想される人数は二人以上。
おそらく建物の裏にも回り込まれているだろうと簡単に予想が付く。どう考えてもプロの組織的な襲撃だ。
――誰が? 何のために?
バルトフェルドは冷静に思考を巡らせながら廊下を走った。
その姿を追って銃弾が窓ガラスを破って飛び込んでくる。
どこかの部屋へおびき出して、少しでも足止めをしようかとも思ったが、邸内から聞こえる銃声に、上階へ急ごうと決める。
ラクスや子供たちは無事だろうか。マリューやシオン、キラがついているが銃撃戦となればキラはあてにならない。
眠れる獅子――シオンが目覚めてくれることを一瞬願った自分に、自嘲的な笑みを口元に浮かべた。
――あんな状態の彼に、また戦えなど……嫌な大人だねぇ。
階段を駆け上がろうとしたバルトフェルドに物陰から男が飛び掛った。
体勢を崩し、倒れたバルトフェルドに向かって男がナイフを振り上げる。
ナイフが義手である左腕に深々と刺さった。右手に握っていた拳銃が落ちて床を滑っていく。
男は執拗に攻撃の手を緩めようとしない――と、不意に男の身体が吹き飛んだ。
「……っ!?」
バルトフェルドが驚いたように視線を上げると、そこにはシオンの姿があった。
体勢を立て直そうとした男の横顔に向かって、無駄のない動きで身体をひねり足を振り上げたシオンが回し蹴りで追い打ちをかける。
「どうしてこっちに来た」
上体を起こしながらバルトフェルドがシオンへと言葉を投げた。
蹴り倒した相手の意識を確かめようと身を屈めたシオンへ向かって、この場に居ることをたしなめるように低い声が響く。
その声に視線を向けることなく、倒れた男の耳からイヤホンを外しながらシオンは口を開いた。
「分からない……ただ、戦闘能力の高い人間と組んで、侵入者を威嚇できればと思った」
「威嚇、か……」
呟きながら、バルトフェルドは立ち上がり、左腕に刺さったナイフを抜き棄てると転がった銃を拾い上げた。
この侵入者達は暗殺集団で、明らかにこちらの命を狙っている。
さっきも、自分は敵として銃口を向けて迷うことなく引き金を引いた。
なのに彼は、守るための武器も持たずに「威嚇できれば」と言う。
争いが……戦争が、非戦という手段だけでは終わらないことを知りながら――。
心身ともに傷つき疲れ果て、この国で隠れるようにして暮らしていた2年。
そのブランクを感じさせない身のこなしと、無駄の無い行動……どこか別人のように感じられたシオンの横顔に、バルトフェルドが複雑な表情を浮かべる。
周囲を警戒しながら、階上へ向かおうとした時、シオンが手にするイヤホンから声が漏れてきた。
<目標は子供と共にエリアEへ移動>
「――目標……?」
シオンの足が止まる。
子供と共に移動しているのは誰だった?
<武器は持っていない。護衛は女1人だ。早く仕留めろ>
護衛の女など、該当するのはひとりしか居ない。
その彼女が護衛する対象とは――シオンの思考が凄まじい速さで答えへと辿り着く。
シオンはバルトフェルドと顔を見合わせ、走り出した。
「どういうことだ……っ」
――なぜラクスが狙われている? いや、キラが狙われているのかも知れない。
シオンの心に得体の知れない不安と焦りが生まれた。
「とにかく、急いでラミアス艦長たちと合流だ。彼女ひとりでは荷が重い」
「あぁ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「窓から離れて! シェルターへ急いで」
拳銃を構えたマリューが指示し、子供たちをつれたラクスらが小走りに廊下を進む。
先頭にはマルキオと、その手を取るカリダ・ヤマトが立っている。
廊下が交差する場所に差し掛かると、マリューが先頭に出、安全を確認してからキラたちを誘導して先へと急いだ。
そしてマリューが続こうとしたとき、一つの扉が荒々しく開いた。
「っ!」
銃弾がさっきまで彼女が居た空間をなぎ払う。
子供たちの悲鳴と泣き声があがる。キラは立ち止まりかけた子供たちを急かして走った。
廊下にこだます銃声は、キラやラクスの頭をなぐりつけるように響く。
怯えた顔で見上げてくる子供たちをなだめながら、ラクスはここに居ないシオンへと思いを馳せる。
キラの話によると、こちらへ向かうようバルトフェルドに指示されたが、彼の援護に行くと言ってキラと別れたらしい。
正体不明の侵入者に襲われている恐怖と、シオンが側に居ない不安に押しつぶされそうになる。
「大丈夫! 大丈夫だからね!」
キラが子供たちをなだめるように声をかける。
さきの大戦でMSを駆って戦ったキラだが、正式な戦闘訓練など受けたことは無い。
いまは、ラクスと共にこの子供たちを無事にシェルターへと連れて行くことしかできない。
キラは泣きじゃくる子を抱えると、ラクスへと声をかけた。
「すぐに合流できるよ。だから頑張ろう」
「――はい」
誰と、とは言わないキラの言葉に頷くと、ラクスは子供の手を引いて走り出した。
突き当たりで、マルキオが壁のパネルにパスワードを入力している。
それを守るように、マリューが壁の陰から身を乗り出して牽制の射撃を始める。間断なく続く銃声。
ラクスとカリダは、泣きじゃくる子供たちを引き寄せ、キラは彼らを守るようにその前に立ちはだかる。
そんなキラの前で、いきなり反対側のドアが開いた。
そこから現れたのは、階下で敵の足止めをしていたシオンとバルトフェルドだった。
「みんな無事か!?」
「シオン……」
ラクスが安堵の声を上げる。
マルキオの入力作業が終わり、低い音と共にドアがスライドして開いた。
「さぁ早く!」
キラとラクスが子供たちを中へと促し、バルトフェルドはシオンを中へと押しやると、角にいるマリューの応援へと向かう。
シェルターの前で待つラクスに気づいたシオンは「早く中へ!」と駆け寄る。
その時、異様な気配と共に視界の隅で何かが動くのに気づいた。それが何かを理解するよりも早く、シオンは身を投げていた。
「ラクス!」
反射的にシオンはラクスを庇って飛びつくと、銃弾が頬をかする。
ラクスは驚いて目を見張った。
すかさず向き直ったマリューとバルトフェルドの放った銃弾が身を潜めた襲撃者を打ち貫いた。
「早く!」
飛び起きて態勢を立て直したシオンが、唖然としているラクスの手を引いてシェルターに駆け込む。
マリューとバルトフェルドがそれに続く。全員の避難を確認して、キラが扉を閉めた。
「大丈夫か? ラクス」
黙ったままで呆然としているラクスを安心させるように、努めて柔らかな声で彼女の名を呼ぶ。
「――ええ、大丈夫です……シオンっ、血が」
見上げると、シオンの頬に細く赤い筋が出来ている。そこからじわりと血が滲んでいた。
不安そうに瞳を揺らし、その傷に触れようとラクスが手を伸ばした。
「大丈夫、かすり傷だ」
シオンはその手を握り、「心配ない」と微笑みかける。
「コーディネイターだわ……」
「あぁ。それも素人じゃない、ちゃんと戦闘訓練を受けてる連中だ」
確信したようにマリューとバルトフェルドが続いて口を開く。
その言葉を受けて辿り着いた答えをキラが口にした。
「ザフト軍……ってことですか?」
「分からんがね」
「……――狙われたのは、わたくしなのですね?」
頼りなげにラクスが小さな声でたずねる。
シオンはその身体を抱き寄せてやりながらも戸惑いを隠せない。
もしも、侵入者がザフトであるならば、その命令を下した者の意図が掴めなかったからだ。
ラクスはプラント本国では救国の歌姫とされているはずだ。
仮にラクスの存在を疎ましく思っているものが存在したとしても、今は政治からも遠ざかっており、特殊部隊を使ってまで彼女を消すメリットなどあるのだろうか。
逆に、ラクスを擁護する動きがあったとしてもおかしくはない。
考えがまとまらず、誰かに納得のいく答えを出して欲しくて、シオンは今考えている疑問を口にしようとした。
その時、床が跳ね上がりシェルター全体が揺れた。恐怖に子供たちが悲鳴を上げる。
「狙われたというか、狙われてるなまだ、くそ」
バルトフェルドの言葉に、シオンはラクスを抱く腕の力を強めると、天井を睨みつけた。
シェルターがここまで揺れるほどの力――それは戦艦かモビルスーツしか持ちえない。
何が何機いるかは分からないが、ありったけの火力で狙われれば、恐らくここも長くはもたないだろう。
このままでは皆、成す術もなく焼き尽くされてしまう。
――このままでは……
シオンを焦りと恐怖が襲う。
同時にシオンの心の奥底に、棄てたはずのものへの欲望が生まれる。
相手がこちらを撃とうとするなら撃ち返すしか方法はない。
だが……
守るために敵を撃てば、こちらも撃ち返される。それは悲しい連鎖の始まりだと教えられた。
力だけでも、想いだけでもダメなんだと、2年前思い知ったはずなのに。
「ラクス! 鍵は持っているな?」
バルトフェルドの鋭い表情と言葉にラクスはハッと顔を上げ、胸元に抱えているピンクのハロを強く抱きしめた。
「扉を開けるしかなかろう? それとも、いまここで、皆大人しく死んでやったほうがいいとでも?」
キラが視線を落とし、ラクスが追い詰められたように、小さく身を震わせる。
「いえ……それは……」
「ラクス?」
彼らの言葉の意味が理解できていないシオンを残し、バルトフェルド、キラ、マリューが真剣な面持ちでラクスを説得する。
「シオン……」
ラクスは泣きそうな顔でシオンを見上げた。
不安と悲しみの色を湛えたその瞳を見た途端、シオンは唐突に理解した。
なぜ、自分だけが、この場所の存在を知らなかったのか。鍵とはいったいなんなのか。
この2年――後悔と慙愧の念から、周囲から目と心を閉ざし、耳を塞ぎ、すべてを拒絶して生きてきた。
そんな自分を皆が心から思いやり、沈黙を守り通してくれていたのだ。
そのことにシオンは深く感謝し、今まさに、心を決めた。
今こそ自分は立たなければならない。
ここで彼らを死なせるわけにはいかないのだ。
もう二度と後悔しないために――
シオンはそっとラクスの手を取った。
「貸してくれ」
「え?」
「俺が開ける」
「いえ! でも、これは……っ」
微笑んでハロを取ろうとしたシオンにラクスは大きく頭を振った。
「俺なら大丈夫だ。もう大丈夫」
「シオン……」
ラクスの瞳に涙が溢れる。
自分を思いやってくれる彼女の気持ちを痛いほど感じ、決意は更に固まる。
「このままお前たちを守れず、そんなことになる方がずっと辛い。だから、鍵を」
そう言ったシオンにラクスはおずおずとハロを差し出した。
手にしたハロを開ける。中には金と銀、2本の鍵が収められていた。
銀色の鍵をバルトフェルドに渡し、自分は金色の鍵を手にする。
扉の左右に配置された開錠装置の右側にバルトフェルド、左側にシオンが向かった。
バルトフェルドの合図に合わせて、ボックス中央の鍵穴に挿した鍵を回すと、巨大な扉が音を立てて左右に開いていく。
完全に扉が開ききると、室内に光が灯り、そこにたたずむ存在を照らす。
そこには前大戦で鬼神のごとく活躍し、すでに伝説と化したフリーダムとオーブの守護神と呼ばれた黄金のモビルスーツアマテラスが完全に修復され、パートナーの帰還を待ち続けていた。
静かな闘志と決意を秘め、先に機体へと向かったキラを追うようにシオンも脚を踏み出す。
「シオン!」
名を呼ばれ、踏み出した脚を止めたシオンがゆっくりと振り返ると、ラクスが胸の前で両手を固く握り、ただシオンを見つめていた。
「ラクス……」
「どうか……どうか無理だけは……」
無事に帰ってきて欲しい、できることなら出撃などしないで欲しい、もう傷ついてほしくない、溢れる想いがラクスの口から言葉を奪う。
そんなラクスの気持ちを察したように、シオンはラクスの前へと歩み寄り、ふわりと笑みを浮かべた。
「すまない、ずっと心配ばかりさせて。すぐに戻るから、子供たちを頼む」
「……は、い」
固く握った手をゆっくりと降ろし、ラクスは精一杯の笑顔を浮かべ「どうかご無事で」とシオンを送り出した。
あの日プラントでフリーダムを託した時のように。
アマテラスへ向かうシオンを見送るラクスの目の前で、まるで何かを断ち切るように巨大な扉がゆっくりと閉じていく。
遠ざかるシオンの背が涙で揺らいで見える。
溢れる嗚咽を抑えようと、ラクスは両手で口元を覆った。
「シオン……ッ」
――行かない……で
声にならない言葉が轟音にかき消される。
また傷つくと分かっていながら、戦場に舞い戻ろうとするシオン。
しかも、2年前のあの時と同じように、大切な人たちを守るために戦うという彼。
彼を止められないどころか、彼が戦う理由になってしまっている自分――。
肩を震わせ、必死に声を押し殺すラクスの背に、どう声をかければいいのか悩むバルトフェルドはガシガシと髪を掻く。
そんなバルトフェルドに目配せしたマリューがラクスに声をかけるが、ラクスは閉じてしまった扉の前に佇んだまま、独り言のように言葉を紡ぐ。
「――戦いのない場所で……穏やかに静かに……ただ、それだけを望んでいました。時間をかけて……やっと……やっと心の傷が癒えてきたところなのです」
「ラクスさん……」
「なのに……またシオンが戦いの場に……」
声を震わせるラクスの肩をマリューがそっと抱き寄せた。
「ごめんなさい。私たちが弱いばかりに、またシオン君やキラ君を頼ることになってしまって」
「いえ、今回はわたくしの所為……マリューさんもバルトフェルド隊長も子供たちのために戦って……でもわたくしは」
マリューの優しい声とぬくもりに、ラクスは安心したように心情を吐露する。
「――銃を手にするだけが戦う術ではないわ。あなたにはあなたの戦い方がある。2年前、エターナルと共に来てくれた……それも戦い方のひとつ」
「でも今回はわたくしの所為でシオンが……っ」
「シオン君が立ち上がろうとする理由があなただというなら、それはそれで構わないんじゃないかしら? むしろ、彼が再起するきっかけに自分がなったと思えば、それはとても誇らしいことだと思うわ」
「……」
「物事は考え方次第よ」
微笑むマリューの言葉に、ラクスは涙を拭いて笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
邸を完全に包囲した敵のモビルスーツは、完全に邸の外観を破壊し、残すところはシェルターだけとなっていた。
集中砲火を浴びせ、後一歩というところまで事を進めたそのとき、突如、侵入者の前に2体のモビルスーツが舞い降りた。
シオンが駆る黄金の機体・アマテラスがビームサーベルを構え、あっという間に敵機へと迫る。
まさに雷光が煌き空を切り裂くように、アマテラスは敵機の四肢を切り飛ばしていった。
白と蒼のコントラストが眩しい機体・フリーダムもまた、敵機の合間を疾風のように駆け抜け、その手足を吹き飛ばす。
重力が存在するとは思えない鮮やかな動きで砲撃をかわしたかと思うと、フリーダムは5つの砲門から一斉に閃光をほとばしらせ、敵機の自由を奪った。
2年ぶりに触れた愛機アマテラス。
歳月を感じさせることなく、自分の全てに馴染む空間と操作性に心地良さすら感じた。
その感覚に、シオンの胸中では嬉しさと悲しさがない交ぜになる。
失ったものの代償に、二度と望まぬと決めた力。
失いたくないもののために、もう一度…と望んだ力。
どこかへ沈んでいこうとする思考を振り払うように、シオンは数回頭を振った。
――今は迷っている時じゃない
そう自分を言い聞かせるように。
シオンもキラも、自分たちに害をなす者を、ただ排除するためだけに戦っていた。
敵だから撃つ、だとか、まして命を奪うなど全く考えもせずに。
それは2年前から変わらない。
互いに理解し合えなくても、命さえあれば、愛する家族や大切な仲間のもとへと帰ることが出来る。
自分に大切な者がいるように、彼らにもそういう存在があるはずだと。
そして、全ての敵機の武器・手足を破壊したときだった。
1機がシオンの目の前で爆発した。
「――なっ……」
シオンは愕然と目を見開く。
動力系には損傷を与えていない自信があった。キラもきっと同じだろう。
そんな戸惑いをあざ笑うかのように、周囲に倒れていたほかの機体も次々に爆発していく。
『そんな……どうして……?!』
自分と同じように戸惑うキラの声が通信を介して聞こえた。
事態を悟ったシオンは、やりきれなさに目を落とす。
『シオンさん……これ、って……』
キラも気づいたのだろう。彼らの取った行動の意味を。
「極秘任務を帯びてここへ来た……そして失敗した。敵に捕まるわけにもいかない。当然の選択だろう」
淡々と言葉を紡ぐシオンだったが、悔しさに拳を握り締める。
誰ひとり殺さぬように――そんな配慮は全て無に帰した。
いや、もともとそんな戦い方は欺瞞で自己満足でしかない。
力を手にして戦う以上、自らの手を汚さずにすませるなど不可能だ。
『――敵……だけど僕達は……っ』
「あぁ、ただ大切なものを護りたいだけなのにな……」
シオンの声に閉じ込められた感情、それに触れたキラもまた同じ思いを胸に抱く。
2人はただ、苦い思いを胸に、炎に包まれた機体を見つめていた。
枕元で小さな電子音が鳴った。
うとうとと眠りの淵へと落ちかけていたシオンの意識が一瞬で覚醒する。
電子音は、邸の外に張り巡られた警報装置が作動したことを示すものだ。
つまり、何者かが邸内に侵入したということ――。
シオンがドアを開き、廊下へと顔をのぞかせると、少し離れた別のドアから飛び出したバルトフェルドとマリューがいた。
彼らの手には拳銃が握られている。
――ラクス!
状況を把握する前に、ラクスのことが頭を過ぎった。すぐに彼女の側に行かなくては、と。
「ラクスと子供たちを頼む。シェルターへ!」
バルトフェルドの声で、シオンはハッと我に返った。
命じられたマリューが頷いて奥へと走って行くその背を見送りながら、シオンは状況を把握しようと、気を落ち着かせる。
隣室からシオンと同じように顔をのぞかせたキラが静かな声で尋ねた。
「どうしたんですか?」
「ふたりとも早く服を着ろ。イヤなお客さんだぞ」
言いながら、バルトフェルドは廊下を走った。
「ラミアス艦長と共にラクスたちを」
「わかった」
「はい!」
バルトフェルドの指示に従うべく、ふたりの姿は部屋の中へと消えていった。
バルトフェルドは階段を駆け下り、壁際に身を潜めた。
外を横切る人影を確認し、ためらうことなく銃を放つ。窓ガラスが割れ、銃声が静かな邸内に響き渡った。
銃弾を受けて倒れたのは、消音器つきの銃で武装した男だった。それを確認すると、すぐにバルトフェルドは闇に紛れるようにして移動する。
次の瞬間、さっきまで身を寄せていた場所に複数の銃弾が弾ける。射角から予想される人数は二人以上。
おそらく建物の裏にも回り込まれているだろうと簡単に予想が付く。どう考えてもプロの組織的な襲撃だ。
――誰が? 何のために?
バルトフェルドは冷静に思考を巡らせながら廊下を走った。
その姿を追って銃弾が窓ガラスを破って飛び込んでくる。
どこかの部屋へおびき出して、少しでも足止めをしようかとも思ったが、邸内から聞こえる銃声に、上階へ急ごうと決める。
ラクスや子供たちは無事だろうか。マリューやシオン、キラがついているが銃撃戦となればキラはあてにならない。
眠れる獅子――シオンが目覚めてくれることを一瞬願った自分に、自嘲的な笑みを口元に浮かべた。
――あんな状態の彼に、また戦えなど……嫌な大人だねぇ。
階段を駆け上がろうとしたバルトフェルドに物陰から男が飛び掛った。
体勢を崩し、倒れたバルトフェルドに向かって男がナイフを振り上げる。
ナイフが義手である左腕に深々と刺さった。右手に握っていた拳銃が落ちて床を滑っていく。
男は執拗に攻撃の手を緩めようとしない――と、不意に男の身体が吹き飛んだ。
「……っ!?」
バルトフェルドが驚いたように視線を上げると、そこにはシオンの姿があった。
体勢を立て直そうとした男の横顔に向かって、無駄のない動きで身体をひねり足を振り上げたシオンが回し蹴りで追い打ちをかける。
「どうしてこっちに来た」
上体を起こしながらバルトフェルドがシオンへと言葉を投げた。
蹴り倒した相手の意識を確かめようと身を屈めたシオンへ向かって、この場に居ることをたしなめるように低い声が響く。
その声に視線を向けることなく、倒れた男の耳からイヤホンを外しながらシオンは口を開いた。
「分からない……ただ、戦闘能力の高い人間と組んで、侵入者を威嚇できればと思った」
「威嚇、か……」
呟きながら、バルトフェルドは立ち上がり、左腕に刺さったナイフを抜き棄てると転がった銃を拾い上げた。
この侵入者達は暗殺集団で、明らかにこちらの命を狙っている。
さっきも、自分は敵として銃口を向けて迷うことなく引き金を引いた。
なのに彼は、守るための武器も持たずに「威嚇できれば」と言う。
争いが……戦争が、非戦という手段だけでは終わらないことを知りながら――。
心身ともに傷つき疲れ果て、この国で隠れるようにして暮らしていた2年。
そのブランクを感じさせない身のこなしと、無駄の無い行動……どこか別人のように感じられたシオンの横顔に、バルトフェルドが複雑な表情を浮かべる。
周囲を警戒しながら、階上へ向かおうとした時、シオンが手にするイヤホンから声が漏れてきた。
<目標は子供と共にエリアEへ移動>
「――目標……?」
シオンの足が止まる。
子供と共に移動しているのは誰だった?
<武器は持っていない。護衛は女1人だ。早く仕留めろ>
護衛の女など、該当するのはひとりしか居ない。
その彼女が護衛する対象とは――シオンの思考が凄まじい速さで答えへと辿り着く。
シオンはバルトフェルドと顔を見合わせ、走り出した。
「どういうことだ……っ」
――なぜラクスが狙われている? いや、キラが狙われているのかも知れない。
シオンの心に得体の知れない不安と焦りが生まれた。
「とにかく、急いでラミアス艦長たちと合流だ。彼女ひとりでは荷が重い」
「あぁ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「窓から離れて! シェルターへ急いで」
拳銃を構えたマリューが指示し、子供たちをつれたラクスらが小走りに廊下を進む。
先頭にはマルキオと、その手を取るカリダ・ヤマトが立っている。
廊下が交差する場所に差し掛かると、マリューが先頭に出、安全を確認してからキラたちを誘導して先へと急いだ。
そしてマリューが続こうとしたとき、一つの扉が荒々しく開いた。
「っ!」
銃弾がさっきまで彼女が居た空間をなぎ払う。
子供たちの悲鳴と泣き声があがる。キラは立ち止まりかけた子供たちを急かして走った。
廊下にこだます銃声は、キラやラクスの頭をなぐりつけるように響く。
怯えた顔で見上げてくる子供たちをなだめながら、ラクスはここに居ないシオンへと思いを馳せる。
キラの話によると、こちらへ向かうようバルトフェルドに指示されたが、彼の援護に行くと言ってキラと別れたらしい。
正体不明の侵入者に襲われている恐怖と、シオンが側に居ない不安に押しつぶされそうになる。
「大丈夫! 大丈夫だからね!」
キラが子供たちをなだめるように声をかける。
さきの大戦でMSを駆って戦ったキラだが、正式な戦闘訓練など受けたことは無い。
いまは、ラクスと共にこの子供たちを無事にシェルターへと連れて行くことしかできない。
キラは泣きじゃくる子を抱えると、ラクスへと声をかけた。
「すぐに合流できるよ。だから頑張ろう」
「――はい」
誰と、とは言わないキラの言葉に頷くと、ラクスは子供の手を引いて走り出した。
突き当たりで、マルキオが壁のパネルにパスワードを入力している。
それを守るように、マリューが壁の陰から身を乗り出して牽制の射撃を始める。間断なく続く銃声。
ラクスとカリダは、泣きじゃくる子供たちを引き寄せ、キラは彼らを守るようにその前に立ちはだかる。
そんなキラの前で、いきなり反対側のドアが開いた。
そこから現れたのは、階下で敵の足止めをしていたシオンとバルトフェルドだった。
「みんな無事か!?」
「シオン……」
ラクスが安堵の声を上げる。
マルキオの入力作業が終わり、低い音と共にドアがスライドして開いた。
「さぁ早く!」
キラとラクスが子供たちを中へと促し、バルトフェルドはシオンを中へと押しやると、角にいるマリューの応援へと向かう。
シェルターの前で待つラクスに気づいたシオンは「早く中へ!」と駆け寄る。
その時、異様な気配と共に視界の隅で何かが動くのに気づいた。それが何かを理解するよりも早く、シオンは身を投げていた。
「ラクス!」
反射的にシオンはラクスを庇って飛びつくと、銃弾が頬をかする。
ラクスは驚いて目を見張った。
すかさず向き直ったマリューとバルトフェルドの放った銃弾が身を潜めた襲撃者を打ち貫いた。
「早く!」
飛び起きて態勢を立て直したシオンが、唖然としているラクスの手を引いてシェルターに駆け込む。
マリューとバルトフェルドがそれに続く。全員の避難を確認して、キラが扉を閉めた。
「大丈夫か? ラクス」
黙ったままで呆然としているラクスを安心させるように、努めて柔らかな声で彼女の名を呼ぶ。
「――ええ、大丈夫です……シオンっ、血が」
見上げると、シオンの頬に細く赤い筋が出来ている。そこからじわりと血が滲んでいた。
不安そうに瞳を揺らし、その傷に触れようとラクスが手を伸ばした。
「大丈夫、かすり傷だ」
シオンはその手を握り、「心配ない」と微笑みかける。
「コーディネイターだわ……」
「あぁ。それも素人じゃない、ちゃんと戦闘訓練を受けてる連中だ」
確信したようにマリューとバルトフェルドが続いて口を開く。
その言葉を受けて辿り着いた答えをキラが口にした。
「ザフト軍……ってことですか?」
「分からんがね」
「……――狙われたのは、わたくしなのですね?」
頼りなげにラクスが小さな声でたずねる。
シオンはその身体を抱き寄せてやりながらも戸惑いを隠せない。
もしも、侵入者がザフトであるならば、その命令を下した者の意図が掴めなかったからだ。
ラクスはプラント本国では救国の歌姫とされているはずだ。
仮にラクスの存在を疎ましく思っているものが存在したとしても、今は政治からも遠ざかっており、特殊部隊を使ってまで彼女を消すメリットなどあるのだろうか。
逆に、ラクスを擁護する動きがあったとしてもおかしくはない。
考えがまとまらず、誰かに納得のいく答えを出して欲しくて、シオンは今考えている疑問を口にしようとした。
その時、床が跳ね上がりシェルター全体が揺れた。恐怖に子供たちが悲鳴を上げる。
「狙われたというか、狙われてるなまだ、くそ」
バルトフェルドの言葉に、シオンはラクスを抱く腕の力を強めると、天井を睨みつけた。
シェルターがここまで揺れるほどの力――それは戦艦かモビルスーツしか持ちえない。
何が何機いるかは分からないが、ありったけの火力で狙われれば、恐らくここも長くはもたないだろう。
このままでは皆、成す術もなく焼き尽くされてしまう。
――このままでは……
シオンを焦りと恐怖が襲う。
同時にシオンの心の奥底に、棄てたはずのものへの欲望が生まれる。
相手がこちらを撃とうとするなら撃ち返すしか方法はない。
だが……
守るために敵を撃てば、こちらも撃ち返される。それは悲しい連鎖の始まりだと教えられた。
力だけでも、想いだけでもダメなんだと、2年前思い知ったはずなのに。
「ラクス! 鍵は持っているな?」
バルトフェルドの鋭い表情と言葉にラクスはハッと顔を上げ、胸元に抱えているピンクのハロを強く抱きしめた。
「扉を開けるしかなかろう? それとも、いまここで、皆大人しく死んでやったほうがいいとでも?」
キラが視線を落とし、ラクスが追い詰められたように、小さく身を震わせる。
「いえ……それは……」
「ラクス?」
彼らの言葉の意味が理解できていないシオンを残し、バルトフェルド、キラ、マリューが真剣な面持ちでラクスを説得する。
「シオン……」
ラクスは泣きそうな顔でシオンを見上げた。
不安と悲しみの色を湛えたその瞳を見た途端、シオンは唐突に理解した。
なぜ、自分だけが、この場所の存在を知らなかったのか。鍵とはいったいなんなのか。
この2年――後悔と慙愧の念から、周囲から目と心を閉ざし、耳を塞ぎ、すべてを拒絶して生きてきた。
そんな自分を皆が心から思いやり、沈黙を守り通してくれていたのだ。
そのことにシオンは深く感謝し、今まさに、心を決めた。
今こそ自分は立たなければならない。
ここで彼らを死なせるわけにはいかないのだ。
もう二度と後悔しないために――
シオンはそっとラクスの手を取った。
「貸してくれ」
「え?」
「俺が開ける」
「いえ! でも、これは……っ」
微笑んでハロを取ろうとしたシオンにラクスは大きく頭を振った。
「俺なら大丈夫だ。もう大丈夫」
「シオン……」
ラクスの瞳に涙が溢れる。
自分を思いやってくれる彼女の気持ちを痛いほど感じ、決意は更に固まる。
「このままお前たちを守れず、そんなことになる方がずっと辛い。だから、鍵を」
そう言ったシオンにラクスはおずおずとハロを差し出した。
手にしたハロを開ける。中には金と銀、2本の鍵が収められていた。
銀色の鍵をバルトフェルドに渡し、自分は金色の鍵を手にする。
扉の左右に配置された開錠装置の右側にバルトフェルド、左側にシオンが向かった。
バルトフェルドの合図に合わせて、ボックス中央の鍵穴に挿した鍵を回すと、巨大な扉が音を立てて左右に開いていく。
完全に扉が開ききると、室内に光が灯り、そこにたたずむ存在を照らす。
そこには前大戦で鬼神のごとく活躍し、すでに伝説と化したフリーダムとオーブの守護神と呼ばれた黄金のモビルスーツアマテラスが完全に修復され、パートナーの帰還を待ち続けていた。
静かな闘志と決意を秘め、先に機体へと向かったキラを追うようにシオンも脚を踏み出す。
「シオン!」
名を呼ばれ、踏み出した脚を止めたシオンがゆっくりと振り返ると、ラクスが胸の前で両手を固く握り、ただシオンを見つめていた。
「ラクス……」
「どうか……どうか無理だけは……」
無事に帰ってきて欲しい、できることなら出撃などしないで欲しい、もう傷ついてほしくない、溢れる想いがラクスの口から言葉を奪う。
そんなラクスの気持ちを察したように、シオンはラクスの前へと歩み寄り、ふわりと笑みを浮かべた。
「すまない、ずっと心配ばかりさせて。すぐに戻るから、子供たちを頼む」
「……は、い」
固く握った手をゆっくりと降ろし、ラクスは精一杯の笑顔を浮かべ「どうかご無事で」とシオンを送り出した。
あの日プラントでフリーダムを託した時のように。
アマテラスへ向かうシオンを見送るラクスの目の前で、まるで何かを断ち切るように巨大な扉がゆっくりと閉じていく。
遠ざかるシオンの背が涙で揺らいで見える。
溢れる嗚咽を抑えようと、ラクスは両手で口元を覆った。
「シオン……ッ」
――行かない……で
声にならない言葉が轟音にかき消される。
また傷つくと分かっていながら、戦場に舞い戻ろうとするシオン。
しかも、2年前のあの時と同じように、大切な人たちを守るために戦うという彼。
彼を止められないどころか、彼が戦う理由になってしまっている自分――。
肩を震わせ、必死に声を押し殺すラクスの背に、どう声をかければいいのか悩むバルトフェルドはガシガシと髪を掻く。
そんなバルトフェルドに目配せしたマリューがラクスに声をかけるが、ラクスは閉じてしまった扉の前に佇んだまま、独り言のように言葉を紡ぐ。
「――戦いのない場所で……穏やかに静かに……ただ、それだけを望んでいました。時間をかけて……やっと……やっと心の傷が癒えてきたところなのです」
「ラクスさん……」
「なのに……またシオンが戦いの場に……」
声を震わせるラクスの肩をマリューがそっと抱き寄せた。
「ごめんなさい。私たちが弱いばかりに、またシオン君やキラ君を頼ることになってしまって」
「いえ、今回はわたくしの所為……マリューさんもバルトフェルド隊長も子供たちのために戦って……でもわたくしは」
マリューの優しい声とぬくもりに、ラクスは安心したように心情を吐露する。
「――銃を手にするだけが戦う術ではないわ。あなたにはあなたの戦い方がある。2年前、エターナルと共に来てくれた……それも戦い方のひとつ」
「でも今回はわたくしの所為でシオンが……っ」
「シオン君が立ち上がろうとする理由があなただというなら、それはそれで構わないんじゃないかしら? むしろ、彼が再起するきっかけに自分がなったと思えば、それはとても誇らしいことだと思うわ」
「……」
「物事は考え方次第よ」
微笑むマリューの言葉に、ラクスは涙を拭いて笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
邸を完全に包囲した敵のモビルスーツは、完全に邸の外観を破壊し、残すところはシェルターだけとなっていた。
集中砲火を浴びせ、後一歩というところまで事を進めたそのとき、突如、侵入者の前に2体のモビルスーツが舞い降りた。
シオンが駆る黄金の機体・アマテラスがビームサーベルを構え、あっという間に敵機へと迫る。
まさに雷光が煌き空を切り裂くように、アマテラスは敵機の四肢を切り飛ばしていった。
白と蒼のコントラストが眩しい機体・フリーダムもまた、敵機の合間を疾風のように駆け抜け、その手足を吹き飛ばす。
重力が存在するとは思えない鮮やかな動きで砲撃をかわしたかと思うと、フリーダムは5つの砲門から一斉に閃光をほとばしらせ、敵機の自由を奪った。
2年ぶりに触れた愛機アマテラス。
歳月を感じさせることなく、自分の全てに馴染む空間と操作性に心地良さすら感じた。
その感覚に、シオンの胸中では嬉しさと悲しさがない交ぜになる。
失ったものの代償に、二度と望まぬと決めた力。
失いたくないもののために、もう一度…と望んだ力。
どこかへ沈んでいこうとする思考を振り払うように、シオンは数回頭を振った。
――今は迷っている時じゃない
そう自分を言い聞かせるように。
シオンもキラも、自分たちに害をなす者を、ただ排除するためだけに戦っていた。
敵だから撃つ、だとか、まして命を奪うなど全く考えもせずに。
それは2年前から変わらない。
互いに理解し合えなくても、命さえあれば、愛する家族や大切な仲間のもとへと帰ることが出来る。
自分に大切な者がいるように、彼らにもそういう存在があるはずだと。
そして、全ての敵機の武器・手足を破壊したときだった。
1機がシオンの目の前で爆発した。
「――なっ……」
シオンは愕然と目を見開く。
動力系には損傷を与えていない自信があった。キラもきっと同じだろう。
そんな戸惑いをあざ笑うかのように、周囲に倒れていたほかの機体も次々に爆発していく。
『そんな……どうして……?!』
自分と同じように戸惑うキラの声が通信を介して聞こえた。
事態を悟ったシオンは、やりきれなさに目を落とす。
『シオンさん……これ、って……』
キラも気づいたのだろう。彼らの取った行動の意味を。
「極秘任務を帯びてここへ来た……そして失敗した。敵に捕まるわけにもいかない。当然の選択だろう」
淡々と言葉を紡ぐシオンだったが、悔しさに拳を握り締める。
誰ひとり殺さぬように――そんな配慮は全て無に帰した。
いや、もともとそんな戦い方は欺瞞で自己満足でしかない。
力を手にして戦う以上、自らの手を汚さずにすませるなど不可能だ。
『――敵……だけど僕達は……っ』
「あぁ、ただ大切なものを護りたいだけなのにな……」
シオンの声に閉じ込められた感情、それに触れたキラもまた同じ思いを胸に抱く。
2人はただ、苦い思いを胸に、炎に包まれた機体を見つめていた。