COLORS(種運命)
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――destiny06――混迷の大地
「どうやら信じてくれたようだね」
彼方に見える戦艦から打ち上げられた帰艦信号を目撃したデュランダルが安堵の息をついた。
「そうでしょうか」
対照的にシオンは厳しい表情で答える。
友人や知人でもない限り、相手の言葉を信用するには、それに足る情報なり確証が必要だろう。
その素振りさえないまま、こちらの言葉を聞いただけで退くなど、戦闘では不自然だと考えるのが妥当だ。
「別に理由があるとでも?」
デュランダルが聞き返すと、それに答えたのはタリアだった。
「高度です。ユニウスセブンと共にこのまま降下し続ければ、やがて艦も地球の引力から逃れられなくなります」
自分の考えと同じ、その言葉を確かめるようにシオンは窓の外へと目をやる。
眼下にあった青い惑星は、いつの間にか視界を覆い尽くすほどに近づいていた。
高度を気にはしていたが、ユニウスセブンに気を取られているうちに、予想以上の距離まで近づいていたようだ。
モビルスーツ隊の努力により、ユニウスセブンはいくつもの破片へと砕かれているが、もともとの巨大さを考えれば、破片とはいってもまだまだ脅威であることに変わりはない。
こうしている間にも、モビルスーツ隊はそれらの破片にメテオブレイカーを打ち込み、細分化しようとしているが、これ以上の作業は彼らにとって危険を伴う。
このまま地球に近づけば、グラディス艦長の言うとおり、ユニウスセブン共々地表へと落下してしまうだろう。
そして作業中のモビルスーツ隊の中にはアスランもいる。
シオンの掌に汗が滲んだ。
「我々も選ばなくてはなりませんわね。助けられるものと、助けられないものと……」
タリアが淡々と口にした言葉に、シオンは苦々しそうに唇を噛む。
カガリは言葉の意味が分からず、ただ彼女を見つめ、デュランダルも不審げに声をかけた。
「艦長?」
呼びかけられ、こちらに向けた顔には女性らしからぬ不敵な笑みが浮かんでいた。
「議長方はボルテールへお移りいただけますか?」
「え?」
いま、この状況で他の艦へ移れという意味を図りかねて、デュランダルが聞き返し、カガリも眉を寄せる。
「ミネルバはこれより大気圏に突入し、限界までの艦首砲による対象の破砕を行いたいと思います」
タリアの凛とした声が告げた言葉に、その場にいた者全てが息を飲んだ。
「艦長、それは……っ」
シオンが思わず声をあげる。が、肝心の言葉は飲み込んだ。
最新の艦であるミネルバの大気圏突入――設計上は可能なのだろう。だが、全ての数値はあくまで理論上の話であり、新造艦ではその経験がないのは明白だ。
しかも、先の戦闘でかなりのダメージを受けている。設計上の耐熱値などあてにはできない。
つまり、これはかなりのリスクを伴う行為に他ならない。
となると、シオンが飲み込んだ言葉はクルーの不安を煽るものとなるのは想像に難くなかった。
案の定、艦長の言葉を理解した副長のアーサーは棒立ちになり、操舵士は顔を引きつらせている。
タリアは部下達の躊躇にかまうことなく、肩をすくめて言葉を続けた。
「どこまでできるか解りませんが……でも、できるだけの力を持っているのに、やらずに見ているだけなど、後味悪いですわ」
タリアの言葉に、シオンは胸の内に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
地上にいるのはタリアたちには何の関わりもない人々で、むしろ敵対する立場の人々のはず。
そんな敵ともいえる人々を身体を張って救おうとしている。
タリアだけではない。今、この時もユニウスセブンに残って作業を続けるパイロットたちも皆、同じように敵の命さえ救いたいと願っているのだろう。
ナチュラルとコーディネイターは、永遠に理解しあえない別の種などではなく、やはり同じ心を持つ同胞なのだ。
2年前、ナチュラル・コーディネイターの分け隔てなく集った仲間と共に目指した平和への道のり。
願うもの、望むものは皆同じなのだと確信した。
「タリア……しかし……」
タリアの決意に気遣わしげな声をかけるデュランダルだが、その心配を払拭するように彼女は明るい笑顔で返す。
「私はこれでも運の強い女です。お任せください」
デュランダルはタリアの意気を称えるように微笑むと、小さく息を吐いた。
「すまない、ありがとう」
「いえ、議長もお急ぎください」
タリアは表情を引き締め、敬礼をした後、迅速に指示を始める。
その様子にデュランダルも慌しく立ち上がり、カガリへと向き直り手を差し出した。
「では、代表」
カガリは慌てて首を横に振った。
「私はここに残る」
その言葉に、シオンはあっけにとられたように、カガリとデュランダルのやりとりを見つめていた。
「アスランがまだ戻らない。それに……ミネルバがそこまでしてくれるというのなら、私も一緒に」
「しかし、為政者の方にはまだほかにお仕事が……」
タリアの言葉にシオンは素直に納得する。
だからこそ、デュランダルはボルテールへと移るのだ。為政者は自分の身を危険にさらしてはならない。その人物が失われるだけで国は混乱をきたす。
それはカガリも理解しているはずだが、彼女の考えていることもシオンには予想できた。
敵であるミネルバのクルーやアスランが力を尽くしているというのに、今このブリッジで自分に出来ることなど何一つない。
ならばせめて、彼らと同じリスクを背負い、最後まで見届けたいのだろう。
カガリの意思の固さを悟ったのか、デュランダルは小さく息を吐くと、差し出していた手をゆっくりと降ろした。
「代表がそうお望みでしたら、お止めはしませんが……」
「私は残るが、シオンは議長と共に移動してくれ」
言いながら、ちらりとシオンへと視線を向ける。デュランダルもつられた様にシオンへと視線を移動させた。
「代表が残るというのに私だけが艦を移るなどできません。私も残ります。議長だけでもボルテールへお移りください」
「だが、それでは君が」
気遣わしげに何かを言おうとしたデュランダルをシオンは強い視線で止めた。
カガリ同様、シオンの決意が固いと知ると、デュランダルは供を連れてボルテールへと移った。
限界高度が訪れ、ミネルバとボルテールから帰艦信号が打ち上げられる。
次々と帰還する機体の中にアスランの乗るザクとインパルスの姿はなかった。
「降下シークエンス、フェイズ・ツー!」
「インパルスと彼のザクは!?」
タリアが荒くたずねると、メイリンは泣き出しそうな顔で強く首を振る。
「位置特定できません!」
「アスラン……」
カガリはモニターを見つめ祈るように呟いた。
その隣で、シオンはブリッジの様子を静かに観察しながら、時折モニターへ視線を向けている。
クルーの会話から、ミネルバのセンサーが大気との摩擦熱によって障害を起こしていることを掴んだシオンは内心穏やかではなかった。
――モビルスーツの位置が掴めない
この状況は、艦長に残酷な選択を迫る事態だ。
ユニウスセブンの破砕を優先して艦首砲を撃ち、もし射線上に僚機がいれば無事ではすまない。
それは、自分とカガリの目の前でアスランの命を奪うことになる。
かといって、艦首砲を撃つことを躊躇えば、ユニウスセブン落下による甚大な被害は免れない。
シオンでも選択を迷うような状況の中、事態は進んでいく。
「間もなくフェイズ・スリー!」
「砲を撃つにも限界です、艦長!」
「しかし、インパルスとザクの位置が!」
ブリッジ内に怒号が響き渡る。
この状況では最早モビルスーツを回収することは不可能だった。
「……タンホイザー起動!」
タリアが決断を下した。
その声に、ブリッジにいた者すべてが息をのんだ。
「ユニウスセブンの落下阻止は、何があってもやり遂げねばならない任務だわ」
タリアはあえて冷徹な声で続ける。
「照準、右舷前方、構造体!」
その命令に、火器管制官は苦しげな声で復唱する。
「タンホイザー照準、右舷前方、構造体!」
シオンは一瞬、瞑目した。
確かに、この一射によって救われるであろう人々の数は何万、いや何百万になるかも知れない。
ゆっくりと瞼をあげたシオンは、傍らのシートに着いているカガリへと視線を落とした。
ことと次第によっては、泣き叫ぶのではないかと思われたカガリは、ひとことも発せず固く唇を引き結んでいた。
固く組み合わさった両手と、涙を必死に堪える大きな瞳を見れば、その心中は簡単に察することが出来る。
「――カガリ」
周りに聞こえないよう小さく発せられた声に、カガリは縋るような表情を浮かべる。
大丈夫だ、と言えたらどんなに楽だろう。この状況でカガリに伝えられる言葉など限られている。
「信じよう、アスランの腕と運の良さを」
カガリはただ黙ってこくこくと頷いた。
「てーー!!」
タリアの号令と共にタンホイザーが、その咆哮を発した。
光の渦に飲み込まれたユニウスセブンの破片が四方へ吹き飛び、見る間に炎に包まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初の大気圏突入を無事に成功させたミネルバは、主翼を展開させて大気の中をゆっくりと減速していく。
「通信、センサーの状況は?」
「ダメです。破片落下の影響で電波状態が……」
大気中に巻き上げられた多量のガスや粉塵のせいだろう。タリアは小さく舌打ちした。
「レーザーでも熱センサーでもいいわ! インパルスとザクを捜して!」
シートにうなだれていたカガリは、パッと顔を上げてシオンへと顔を向ける。
「彼らも無事に降下していると……?」
シオンはタリアの指示に耳を疑った。
そしてひとりごとのように呟いた言葉に、タリアが静かに言葉を返す。
「平気でタンホイザーを撃っておいて、なにをいまさらと思うかも知れませんが……信じたいんです」
「――そうですね……私も信じてます。あの二人の恵まれた運と腕を」
厳しかった表情をほんの少し緩めたタリアに、シオンもまた笑みを返した。
だが、こちらの願いどおり生き延びていたとしたら急がなければならない。
今こうしている間にも、彼らが最悪の危機に瀕しているかもしれないのだ。
「センサーに反応!」
しばらくして上がった声に、皆が期待の目を向ける。
「7時の方向、距離400! これは――インパルス?」
「光学映像出せる?!」
「はい! 待って下さい!」
忙しなくタリアがたずねると、メイリンが慌ててモニターを操作する。
そこに現れた映像を見た途端、ブリッジに歓声が満ちた。
モニターには、ザクを抱えて減速しようとしているインパルスが映し出されていたのだ。
「アスラン!」
カガリが声をつまらせ、両手で口元を覆った。
「ザクも無事だ!」
「アーサー、発光信号で合図を! マリク、艦を寄せて。早く捕まえないと、あれじゃいずれ二機とも海面に激突よ」
マリクの操艦により、ミネルバは二機に向かって空中を移動する。発光信号に気づいたインパルスもこちらに進路を取った。
「ハッチ開け! インパルス、ザク、着艦するわよ!」
モビルスーツデッキに向かってタリアが報告すると同時に、シオンは全身から力を抜いてシートに身体を預けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ザフトの最新鋭艦か……姫も面倒なものに乗って戻られる」
オーブ首長の一人、ウナト・エマ・セイランは苦々しく呟いた。
カガリを補佐する宰相の地位にある男だ。
「しかたありませんよ、父上。カガリだって、よもやこんなことになるとは思ってもいなかったでしょうし」
息子であるユウナ・ロマ・セイランも、一見するとカガリを庇っているように見えるが、その口調は軽薄で、侮っているのが端々に見える。
オーブの獅子――ウズミ・ナラ・アスハがいなくなって約2年。確実に腐敗が広がっていた。
昇降用のハッチが開き、降りてきたカガリの姿を認めると、ユウナは人目もはばからず両腕を広げて抱きしめた。
「カガリ! よく無事で……ああ、本当にもう君は! 心配したんだよ?」
「あ、いや、あのっ……っ、す、すまなかった!」
「これ、ユウナ。気持ちは分かるが場をわきまえなさい」
猫なで声を出すユウナに向かって苦笑したウナトが歩み出てくる。
「ウナト・エマ!」
カガリがようやくユウナの抱擁から逃れ、彼らに顔を向けた。
ウナトと他の政府関係者が揃ってカガリに礼をとる。
「お帰りなさいませ代表。ようやく無事なお姿を拝見することができ、我らも……安堵……」
だが、アスランの後ろから降りてきた青年の姿を目にした瞬間、セイラン親子の表情が凍りついた。
彼らの視線を追うように、カガリが不思議そうに振り返ると、そこにはアスランと並んでタラップを降りてくるシオンの姿があった。
「こ……これはシオン様! いっ、今までどちらにいらしたのですか?! 我々はあなたの捜索に全力を……」
ウナトに一瞬だけ視線を向け、シオンはアスランにカガリを行政府へ連れて行くよう耳打ちをする。
そして振り返り、艦長のタリアと向かい合った。
「グラディス艦長、そしてミネルバクルーの皆さん。アスハ代表からの伝言です。『あなたがたの尽力のお陰で、地球は最悪の事態を回避することができました。また、不測の事態が重なったにも係わらず、我らの帰国に尽力くださったことに心よりの感謝を申し上げます』とのことです。皆さん、どうぞゆっくり身体を休めてください」
「ありがとうごさいます。フィーリア代理」
「今は代表の随員です。代表代理の地位にはありません」
笑顔で敬礼したタリアに、シオンは少し困ったような笑みを浮かべて答える。
そして今度はウナトを始めとした政府関係者へと向き直ると、タリア達へと向けていた表情と雰囲気を一変させた。
「代表は行政府へ向かわれた。留守の間の報告を早急に」
そう言って立ち去るシオンの背に向かって礼をとるのが、彼らに出来る精一杯だった。
――行方不明とされ、その生死が疑問視されていた『代表代理』であり『闇の獅子』であったシオン・フィーリア。
かつて、ウズミ・ナラ・アスハの片腕としてその能力を高く評価されていた青年。
その彼が生きていた。今後、カガリの補佐として復活するような事態になれば、自分の野望が潰えてしまう。
それどころか、カガリに内密でブルーコスモスの盟主であるロード・ジブリール率いる連合と太いパイプを持とうとしていることが明るみに出れば、自分の身も危うい。
ウナトは息子ユウナとカガリとの婚礼準備の計画を早めようと決意を固めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
助手席にシオンを乗せ、アスランは車を走らせていた。
道路下に広がる砂浜の波打ち際で子供たちが遊んでいる。そこにキラとラクスの姿を認めた2人は車を止めた。
クラクションを鳴らすと、2人に気付いた子供たちが走り寄ってくる。
嬉しそうに2人の名を口々に呼びながら、まわりを取り囲むと、勢いよくもみくちゃにする。
そんな子供たちをあやしつつ、シオンは子供たちの向こうからやって来る二人に視線を向けた。
風に吹き流されるピンクの髪を片手で押さえ微笑む少女と、亜麻色の髪にまだ幼い面影を残した少年。
「――シオン」
柔らかな声で名を呼ばれ、肩の力が抜けるのを感じた。
ずっと緊張の連続で、気を張り詰めっぱなしだった自分に初めて気づき、内心苦笑いを浮かべる。
「ただいま」
「お帰りなさい。大変でしたわね」
「シオンさん、アスラン、お帰り」
笑顔で出迎えてくれる友にアスランが言葉を返す。
「お前たちも大変だったんだろ? 家流されてこっちに来てるって聞いて……」
その言葉に子供たちが何かを思い出したように訴え始めた。
「おうち、なくなっちゃった!」
「見てないけど、高波ってのがきて、壊してっちゃったって!」
「しばらく、秘密基地に隠れてたんだぜ!」
「新しいのできるまで、お引越しだって」
興奮して事態を報告する子供たちに押されて、困惑気味のシオンとアスランを見てキラとラクスが笑い声を立てる。
「あらあら、ちょっと待ってくださいな、みなさん。これではお話ができませんわ」
「そうだね。シオンさんとラクスを二人だけにさせてあげなきゃ」
「キラ……ッ!」
にっこりと笑って子供たちに話しかけるキラに、シオンは慌てた様子で声をあげ、ラクスはうっすらと頬を染めた。
「ほら、みんなは僕とアスランとこっち……ね?」
その言葉に素直に従う子供たちを連れて、シオンとラクスをその場に残して離れていく。
遠ざかっていく彼らを、シオンは改めて安堵の目で見送った。
穏やかな波が打ち返す砂浜をふたりでゆっくりと歩く。
ほんの数歩先をラクスが歩き、それをシオンが追うように。
「すまないラクス……プラントには……」
「父の墓参りは、また次の機会に行けばいいのです。あなたが無事ならそれで……」
シオンの謝罪の言葉に、ラクスは歩みを止めるとゆっくりと振り返って答えた。
「シオン達がオーブに入った直後にアスランから連絡がありましたの。『不測の事態とはいえ、シオンにMSの操縦をさせてしまった。すまない』と」
「さすが、フォローが早いな、アスランは」
シオンが小さく笑う。が、すぐに表情を曇らせた。
その様子に、ラクスは黙って次の言葉を待つようにシオンを見つめる。
「――あの落下の真相は、もう皆知ってるのか?」
「はい……」
ラクスも表情を曇らせ、短く答える。
コーディネイターがユニウスセブンを落とした――その事実が世界中に広まった今、事態はもっとも恐れていた方向へと加速していた。
「連中の一人が言ってたらしい……『撃たれた者たちの嘆きを忘れて、なぜ、撃った者たちと偽りの世界で笑うんだ』と。そして『コーディネイターにとってパトリック・ザラの取った道こそが、唯一正しいものだった』と」
「その方とシオンが戦ったのですか?」
「いいや、アスランが対峙していたらしい。帰艦後に少し話したんだが……見ているこっちが辛くなるくらい、自分を責めていた」
「アスランはそういう方ですもの……キラとマルキオ様とお会いして、少しでも心が晴れると良いですわね」
そう言って、ラクスが彼方に沈み行く夕陽へと顔を向けると、「そうだな」と、シオンも同じ方向へと顔を向けた。
鮮やかに空を紅く染めていくその眩しさに瞳を細める。
絶え間なく寄せては返す波の音が二人を包み込み、まるでこの世界に自分たちしか存在しないような錯覚を起こす。
この時間が心地良く、ただ黙って波の音を聞きながら海を眺めていた。
すると、いつのまにか隣で寄り添うように佇んでいたラクスが、気遣うような視線と共に言葉を紡ぐ。
「――お疲れになったでしょう?」
「少しね」
失うかもしれないと思った愛しい人が目の前に居ることに安堵する。
何度も断ったカガリの護衛。違う目的とはいえ、今回に限ってプラントまで同行をしたこと。
不測の事態に遭遇し、避難した先が戦闘艦だったこと。
そこに議長が居合わせたことで、ユニウスセブンの異変についていち早く情報が得られたこと。
そのおかげで、ザフトの最新鋭艦が破砕作業に協力してくれる結果となったこと。
重なる偶然。
この数々の偶然がなければ、目の前の存在は消えていたかもしれないと思うと、背筋が凍りそうだった。
「宇宙にいる間……生きた心地がしなかった」
「……」
「トラブルに巻き込まれたからじゃない。君と離れたことを後悔した。そばに居れば、共に避難することも、護ることもできるのに……って。あの場で俺は祈ることしかできなかった」
自分の無力さを思い出し、悔しさの余り、掌を握り締める。
胸中を静かに語るシオンをラクスは黙って見守った。
「こんなことが起こってしまった今でも、戦うべきではないと思う……俺たちも、世界も。けど、世界がこんな状況になって……非戦という沈黙の手段では何も変えられない……」
「シオン……」
「宇宙での破砕作業にはミゲルやラスティたちも参加していたらしい……皆、前を向いて進んでいるのに、俺はまだ過去に囚われて……なにもできずにいる」
「忘れてはならない過去もあります。どうか……焦らずにシオンの信じる道を進んでください。わたくしの想いはいつもあなたと共にありますから」
微笑みと共に告げられた言葉に、懐かしい記憶が一瞬で甦り、シオンは驚いたように目の前のラクスを見つめた。
二年前、自分に降りかかるであろう事態に臆することなく、新たな力――フリーダムをキラへと託した一人の少女。
後に合流し、共に戦い、そしてそばに居て欲しいと願った存在。
そっと手を伸ばし、ラクスの細い手首を握る。
「シオン?」
不意に手を引かれたラクスの身体は、簡単にシオンの胸に収まった。
腕の中に居る存在は、とても柔らかくあたたかで……それだけで本当に幸せな気持ちが胸の中に広がる。
「――君は……あの時も、今も、迷ってしまいそうになる俺の背中を押してくれる」
「わたくしはただ、こうしてあなたのそばに居たいだけですわ」
そう言って自分の胸によりかかるラクスの頬へと手を滑らせ、上向かせると、そっと唇を寄せた。
その柔らかな唇から伝わる体温が、彼女の存在が確かなものだと教えてくれる。
「ありがとう、ラクス」
君が居るから、俺は立っていられる。
翌日、アスランがプラントへ向かったとカガリから知らされた。
「どうやら信じてくれたようだね」
彼方に見える戦艦から打ち上げられた帰艦信号を目撃したデュランダルが安堵の息をついた。
「そうでしょうか」
対照的にシオンは厳しい表情で答える。
友人や知人でもない限り、相手の言葉を信用するには、それに足る情報なり確証が必要だろう。
その素振りさえないまま、こちらの言葉を聞いただけで退くなど、戦闘では不自然だと考えるのが妥当だ。
「別に理由があるとでも?」
デュランダルが聞き返すと、それに答えたのはタリアだった。
「高度です。ユニウスセブンと共にこのまま降下し続ければ、やがて艦も地球の引力から逃れられなくなります」
自分の考えと同じ、その言葉を確かめるようにシオンは窓の外へと目をやる。
眼下にあった青い惑星は、いつの間にか視界を覆い尽くすほどに近づいていた。
高度を気にはしていたが、ユニウスセブンに気を取られているうちに、予想以上の距離まで近づいていたようだ。
モビルスーツ隊の努力により、ユニウスセブンはいくつもの破片へと砕かれているが、もともとの巨大さを考えれば、破片とはいってもまだまだ脅威であることに変わりはない。
こうしている間にも、モビルスーツ隊はそれらの破片にメテオブレイカーを打ち込み、細分化しようとしているが、これ以上の作業は彼らにとって危険を伴う。
このまま地球に近づけば、グラディス艦長の言うとおり、ユニウスセブン共々地表へと落下してしまうだろう。
そして作業中のモビルスーツ隊の中にはアスランもいる。
シオンの掌に汗が滲んだ。
「我々も選ばなくてはなりませんわね。助けられるものと、助けられないものと……」
タリアが淡々と口にした言葉に、シオンは苦々しそうに唇を噛む。
カガリは言葉の意味が分からず、ただ彼女を見つめ、デュランダルも不審げに声をかけた。
「艦長?」
呼びかけられ、こちらに向けた顔には女性らしからぬ不敵な笑みが浮かんでいた。
「議長方はボルテールへお移りいただけますか?」
「え?」
いま、この状況で他の艦へ移れという意味を図りかねて、デュランダルが聞き返し、カガリも眉を寄せる。
「ミネルバはこれより大気圏に突入し、限界までの艦首砲による対象の破砕を行いたいと思います」
タリアの凛とした声が告げた言葉に、その場にいた者全てが息を飲んだ。
「艦長、それは……っ」
シオンが思わず声をあげる。が、肝心の言葉は飲み込んだ。
最新の艦であるミネルバの大気圏突入――設計上は可能なのだろう。だが、全ての数値はあくまで理論上の話であり、新造艦ではその経験がないのは明白だ。
しかも、先の戦闘でかなりのダメージを受けている。設計上の耐熱値などあてにはできない。
つまり、これはかなりのリスクを伴う行為に他ならない。
となると、シオンが飲み込んだ言葉はクルーの不安を煽るものとなるのは想像に難くなかった。
案の定、艦長の言葉を理解した副長のアーサーは棒立ちになり、操舵士は顔を引きつらせている。
タリアは部下達の躊躇にかまうことなく、肩をすくめて言葉を続けた。
「どこまでできるか解りませんが……でも、できるだけの力を持っているのに、やらずに見ているだけなど、後味悪いですわ」
タリアの言葉に、シオンは胸の内に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
地上にいるのはタリアたちには何の関わりもない人々で、むしろ敵対する立場の人々のはず。
そんな敵ともいえる人々を身体を張って救おうとしている。
タリアだけではない。今、この時もユニウスセブンに残って作業を続けるパイロットたちも皆、同じように敵の命さえ救いたいと願っているのだろう。
ナチュラルとコーディネイターは、永遠に理解しあえない別の種などではなく、やはり同じ心を持つ同胞なのだ。
2年前、ナチュラル・コーディネイターの分け隔てなく集った仲間と共に目指した平和への道のり。
願うもの、望むものは皆同じなのだと確信した。
「タリア……しかし……」
タリアの決意に気遣わしげな声をかけるデュランダルだが、その心配を払拭するように彼女は明るい笑顔で返す。
「私はこれでも運の強い女です。お任せください」
デュランダルはタリアの意気を称えるように微笑むと、小さく息を吐いた。
「すまない、ありがとう」
「いえ、議長もお急ぎください」
タリアは表情を引き締め、敬礼をした後、迅速に指示を始める。
その様子にデュランダルも慌しく立ち上がり、カガリへと向き直り手を差し出した。
「では、代表」
カガリは慌てて首を横に振った。
「私はここに残る」
その言葉に、シオンはあっけにとられたように、カガリとデュランダルのやりとりを見つめていた。
「アスランがまだ戻らない。それに……ミネルバがそこまでしてくれるというのなら、私も一緒に」
「しかし、為政者の方にはまだほかにお仕事が……」
タリアの言葉にシオンは素直に納得する。
だからこそ、デュランダルはボルテールへと移るのだ。為政者は自分の身を危険にさらしてはならない。その人物が失われるだけで国は混乱をきたす。
それはカガリも理解しているはずだが、彼女の考えていることもシオンには予想できた。
敵であるミネルバのクルーやアスランが力を尽くしているというのに、今このブリッジで自分に出来ることなど何一つない。
ならばせめて、彼らと同じリスクを背負い、最後まで見届けたいのだろう。
カガリの意思の固さを悟ったのか、デュランダルは小さく息を吐くと、差し出していた手をゆっくりと降ろした。
「代表がそうお望みでしたら、お止めはしませんが……」
「私は残るが、シオンは議長と共に移動してくれ」
言いながら、ちらりとシオンへと視線を向ける。デュランダルもつられた様にシオンへと視線を移動させた。
「代表が残るというのに私だけが艦を移るなどできません。私も残ります。議長だけでもボルテールへお移りください」
「だが、それでは君が」
気遣わしげに何かを言おうとしたデュランダルをシオンは強い視線で止めた。
カガリ同様、シオンの決意が固いと知ると、デュランダルは供を連れてボルテールへと移った。
限界高度が訪れ、ミネルバとボルテールから帰艦信号が打ち上げられる。
次々と帰還する機体の中にアスランの乗るザクとインパルスの姿はなかった。
「降下シークエンス、フェイズ・ツー!」
「インパルスと彼のザクは!?」
タリアが荒くたずねると、メイリンは泣き出しそうな顔で強く首を振る。
「位置特定できません!」
「アスラン……」
カガリはモニターを見つめ祈るように呟いた。
その隣で、シオンはブリッジの様子を静かに観察しながら、時折モニターへ視線を向けている。
クルーの会話から、ミネルバのセンサーが大気との摩擦熱によって障害を起こしていることを掴んだシオンは内心穏やかではなかった。
――モビルスーツの位置が掴めない
この状況は、艦長に残酷な選択を迫る事態だ。
ユニウスセブンの破砕を優先して艦首砲を撃ち、もし射線上に僚機がいれば無事ではすまない。
それは、自分とカガリの目の前でアスランの命を奪うことになる。
かといって、艦首砲を撃つことを躊躇えば、ユニウスセブン落下による甚大な被害は免れない。
シオンでも選択を迷うような状況の中、事態は進んでいく。
「間もなくフェイズ・スリー!」
「砲を撃つにも限界です、艦長!」
「しかし、インパルスとザクの位置が!」
ブリッジ内に怒号が響き渡る。
この状況では最早モビルスーツを回収することは不可能だった。
「……タンホイザー起動!」
タリアが決断を下した。
その声に、ブリッジにいた者すべてが息をのんだ。
「ユニウスセブンの落下阻止は、何があってもやり遂げねばならない任務だわ」
タリアはあえて冷徹な声で続ける。
「照準、右舷前方、構造体!」
その命令に、火器管制官は苦しげな声で復唱する。
「タンホイザー照準、右舷前方、構造体!」
シオンは一瞬、瞑目した。
確かに、この一射によって救われるであろう人々の数は何万、いや何百万になるかも知れない。
ゆっくりと瞼をあげたシオンは、傍らのシートに着いているカガリへと視線を落とした。
ことと次第によっては、泣き叫ぶのではないかと思われたカガリは、ひとことも発せず固く唇を引き結んでいた。
固く組み合わさった両手と、涙を必死に堪える大きな瞳を見れば、その心中は簡単に察することが出来る。
「――カガリ」
周りに聞こえないよう小さく発せられた声に、カガリは縋るような表情を浮かべる。
大丈夫だ、と言えたらどんなに楽だろう。この状況でカガリに伝えられる言葉など限られている。
「信じよう、アスランの腕と運の良さを」
カガリはただ黙ってこくこくと頷いた。
「てーー!!」
タリアの号令と共にタンホイザーが、その咆哮を発した。
光の渦に飲み込まれたユニウスセブンの破片が四方へ吹き飛び、見る間に炎に包まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初の大気圏突入を無事に成功させたミネルバは、主翼を展開させて大気の中をゆっくりと減速していく。
「通信、センサーの状況は?」
「ダメです。破片落下の影響で電波状態が……」
大気中に巻き上げられた多量のガスや粉塵のせいだろう。タリアは小さく舌打ちした。
「レーザーでも熱センサーでもいいわ! インパルスとザクを捜して!」
シートにうなだれていたカガリは、パッと顔を上げてシオンへと顔を向ける。
「彼らも無事に降下していると……?」
シオンはタリアの指示に耳を疑った。
そしてひとりごとのように呟いた言葉に、タリアが静かに言葉を返す。
「平気でタンホイザーを撃っておいて、なにをいまさらと思うかも知れませんが……信じたいんです」
「――そうですね……私も信じてます。あの二人の恵まれた運と腕を」
厳しかった表情をほんの少し緩めたタリアに、シオンもまた笑みを返した。
だが、こちらの願いどおり生き延びていたとしたら急がなければならない。
今こうしている間にも、彼らが最悪の危機に瀕しているかもしれないのだ。
「センサーに反応!」
しばらくして上がった声に、皆が期待の目を向ける。
「7時の方向、距離400! これは――インパルス?」
「光学映像出せる?!」
「はい! 待って下さい!」
忙しなくタリアがたずねると、メイリンが慌ててモニターを操作する。
そこに現れた映像を見た途端、ブリッジに歓声が満ちた。
モニターには、ザクを抱えて減速しようとしているインパルスが映し出されていたのだ。
「アスラン!」
カガリが声をつまらせ、両手で口元を覆った。
「ザクも無事だ!」
「アーサー、発光信号で合図を! マリク、艦を寄せて。早く捕まえないと、あれじゃいずれ二機とも海面に激突よ」
マリクの操艦により、ミネルバは二機に向かって空中を移動する。発光信号に気づいたインパルスもこちらに進路を取った。
「ハッチ開け! インパルス、ザク、着艦するわよ!」
モビルスーツデッキに向かってタリアが報告すると同時に、シオンは全身から力を抜いてシートに身体を預けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ザフトの最新鋭艦か……姫も面倒なものに乗って戻られる」
オーブ首長の一人、ウナト・エマ・セイランは苦々しく呟いた。
カガリを補佐する宰相の地位にある男だ。
「しかたありませんよ、父上。カガリだって、よもやこんなことになるとは思ってもいなかったでしょうし」
息子であるユウナ・ロマ・セイランも、一見するとカガリを庇っているように見えるが、その口調は軽薄で、侮っているのが端々に見える。
オーブの獅子――ウズミ・ナラ・アスハがいなくなって約2年。確実に腐敗が広がっていた。
昇降用のハッチが開き、降りてきたカガリの姿を認めると、ユウナは人目もはばからず両腕を広げて抱きしめた。
「カガリ! よく無事で……ああ、本当にもう君は! 心配したんだよ?」
「あ、いや、あのっ……っ、す、すまなかった!」
「これ、ユウナ。気持ちは分かるが場をわきまえなさい」
猫なで声を出すユウナに向かって苦笑したウナトが歩み出てくる。
「ウナト・エマ!」
カガリがようやくユウナの抱擁から逃れ、彼らに顔を向けた。
ウナトと他の政府関係者が揃ってカガリに礼をとる。
「お帰りなさいませ代表。ようやく無事なお姿を拝見することができ、我らも……安堵……」
だが、アスランの後ろから降りてきた青年の姿を目にした瞬間、セイラン親子の表情が凍りついた。
彼らの視線を追うように、カガリが不思議そうに振り返ると、そこにはアスランと並んでタラップを降りてくるシオンの姿があった。
「こ……これはシオン様! いっ、今までどちらにいらしたのですか?! 我々はあなたの捜索に全力を……」
ウナトに一瞬だけ視線を向け、シオンはアスランにカガリを行政府へ連れて行くよう耳打ちをする。
そして振り返り、艦長のタリアと向かい合った。
「グラディス艦長、そしてミネルバクルーの皆さん。アスハ代表からの伝言です。『あなたがたの尽力のお陰で、地球は最悪の事態を回避することができました。また、不測の事態が重なったにも係わらず、我らの帰国に尽力くださったことに心よりの感謝を申し上げます』とのことです。皆さん、どうぞゆっくり身体を休めてください」
「ありがとうごさいます。フィーリア代理」
「今は代表の随員です。代表代理の地位にはありません」
笑顔で敬礼したタリアに、シオンは少し困ったような笑みを浮かべて答える。
そして今度はウナトを始めとした政府関係者へと向き直ると、タリア達へと向けていた表情と雰囲気を一変させた。
「代表は行政府へ向かわれた。留守の間の報告を早急に」
そう言って立ち去るシオンの背に向かって礼をとるのが、彼らに出来る精一杯だった。
――行方不明とされ、その生死が疑問視されていた『代表代理』であり『闇の獅子』であったシオン・フィーリア。
かつて、ウズミ・ナラ・アスハの片腕としてその能力を高く評価されていた青年。
その彼が生きていた。今後、カガリの補佐として復活するような事態になれば、自分の野望が潰えてしまう。
それどころか、カガリに内密でブルーコスモスの盟主であるロード・ジブリール率いる連合と太いパイプを持とうとしていることが明るみに出れば、自分の身も危うい。
ウナトは息子ユウナとカガリとの婚礼準備の計画を早めようと決意を固めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
助手席にシオンを乗せ、アスランは車を走らせていた。
道路下に広がる砂浜の波打ち際で子供たちが遊んでいる。そこにキラとラクスの姿を認めた2人は車を止めた。
クラクションを鳴らすと、2人に気付いた子供たちが走り寄ってくる。
嬉しそうに2人の名を口々に呼びながら、まわりを取り囲むと、勢いよくもみくちゃにする。
そんな子供たちをあやしつつ、シオンは子供たちの向こうからやって来る二人に視線を向けた。
風に吹き流されるピンクの髪を片手で押さえ微笑む少女と、亜麻色の髪にまだ幼い面影を残した少年。
「――シオン」
柔らかな声で名を呼ばれ、肩の力が抜けるのを感じた。
ずっと緊張の連続で、気を張り詰めっぱなしだった自分に初めて気づき、内心苦笑いを浮かべる。
「ただいま」
「お帰りなさい。大変でしたわね」
「シオンさん、アスラン、お帰り」
笑顔で出迎えてくれる友にアスランが言葉を返す。
「お前たちも大変だったんだろ? 家流されてこっちに来てるって聞いて……」
その言葉に子供たちが何かを思い出したように訴え始めた。
「おうち、なくなっちゃった!」
「見てないけど、高波ってのがきて、壊してっちゃったって!」
「しばらく、秘密基地に隠れてたんだぜ!」
「新しいのできるまで、お引越しだって」
興奮して事態を報告する子供たちに押されて、困惑気味のシオンとアスランを見てキラとラクスが笑い声を立てる。
「あらあら、ちょっと待ってくださいな、みなさん。これではお話ができませんわ」
「そうだね。シオンさんとラクスを二人だけにさせてあげなきゃ」
「キラ……ッ!」
にっこりと笑って子供たちに話しかけるキラに、シオンは慌てた様子で声をあげ、ラクスはうっすらと頬を染めた。
「ほら、みんなは僕とアスランとこっち……ね?」
その言葉に素直に従う子供たちを連れて、シオンとラクスをその場に残して離れていく。
遠ざかっていく彼らを、シオンは改めて安堵の目で見送った。
穏やかな波が打ち返す砂浜をふたりでゆっくりと歩く。
ほんの数歩先をラクスが歩き、それをシオンが追うように。
「すまないラクス……プラントには……」
「父の墓参りは、また次の機会に行けばいいのです。あなたが無事ならそれで……」
シオンの謝罪の言葉に、ラクスは歩みを止めるとゆっくりと振り返って答えた。
「シオン達がオーブに入った直後にアスランから連絡がありましたの。『不測の事態とはいえ、シオンにMSの操縦をさせてしまった。すまない』と」
「さすが、フォローが早いな、アスランは」
シオンが小さく笑う。が、すぐに表情を曇らせた。
その様子に、ラクスは黙って次の言葉を待つようにシオンを見つめる。
「――あの落下の真相は、もう皆知ってるのか?」
「はい……」
ラクスも表情を曇らせ、短く答える。
コーディネイターがユニウスセブンを落とした――その事実が世界中に広まった今、事態はもっとも恐れていた方向へと加速していた。
「連中の一人が言ってたらしい……『撃たれた者たちの嘆きを忘れて、なぜ、撃った者たちと偽りの世界で笑うんだ』と。そして『コーディネイターにとってパトリック・ザラの取った道こそが、唯一正しいものだった』と」
「その方とシオンが戦ったのですか?」
「いいや、アスランが対峙していたらしい。帰艦後に少し話したんだが……見ているこっちが辛くなるくらい、自分を責めていた」
「アスランはそういう方ですもの……キラとマルキオ様とお会いして、少しでも心が晴れると良いですわね」
そう言って、ラクスが彼方に沈み行く夕陽へと顔を向けると、「そうだな」と、シオンも同じ方向へと顔を向けた。
鮮やかに空を紅く染めていくその眩しさに瞳を細める。
絶え間なく寄せては返す波の音が二人を包み込み、まるでこの世界に自分たちしか存在しないような錯覚を起こす。
この時間が心地良く、ただ黙って波の音を聞きながら海を眺めていた。
すると、いつのまにか隣で寄り添うように佇んでいたラクスが、気遣うような視線と共に言葉を紡ぐ。
「――お疲れになったでしょう?」
「少しね」
失うかもしれないと思った愛しい人が目の前に居ることに安堵する。
何度も断ったカガリの護衛。違う目的とはいえ、今回に限ってプラントまで同行をしたこと。
不測の事態に遭遇し、避難した先が戦闘艦だったこと。
そこに議長が居合わせたことで、ユニウスセブンの異変についていち早く情報が得られたこと。
そのおかげで、ザフトの最新鋭艦が破砕作業に協力してくれる結果となったこと。
重なる偶然。
この数々の偶然がなければ、目の前の存在は消えていたかもしれないと思うと、背筋が凍りそうだった。
「宇宙にいる間……生きた心地がしなかった」
「……」
「トラブルに巻き込まれたからじゃない。君と離れたことを後悔した。そばに居れば、共に避難することも、護ることもできるのに……って。あの場で俺は祈ることしかできなかった」
自分の無力さを思い出し、悔しさの余り、掌を握り締める。
胸中を静かに語るシオンをラクスは黙って見守った。
「こんなことが起こってしまった今でも、戦うべきではないと思う……俺たちも、世界も。けど、世界がこんな状況になって……非戦という沈黙の手段では何も変えられない……」
「シオン……」
「宇宙での破砕作業にはミゲルやラスティたちも参加していたらしい……皆、前を向いて進んでいるのに、俺はまだ過去に囚われて……なにもできずにいる」
「忘れてはならない過去もあります。どうか……焦らずにシオンの信じる道を進んでください。わたくしの想いはいつもあなたと共にありますから」
微笑みと共に告げられた言葉に、懐かしい記憶が一瞬で甦り、シオンは驚いたように目の前のラクスを見つめた。
二年前、自分に降りかかるであろう事態に臆することなく、新たな力――フリーダムをキラへと託した一人の少女。
後に合流し、共に戦い、そしてそばに居て欲しいと願った存在。
そっと手を伸ばし、ラクスの細い手首を握る。
「シオン?」
不意に手を引かれたラクスの身体は、簡単にシオンの胸に収まった。
腕の中に居る存在は、とても柔らかくあたたかで……それだけで本当に幸せな気持ちが胸の中に広がる。
「――君は……あの時も、今も、迷ってしまいそうになる俺の背中を押してくれる」
「わたくしはただ、こうしてあなたのそばに居たいだけですわ」
そう言って自分の胸によりかかるラクスの頬へと手を滑らせ、上向かせると、そっと唇を寄せた。
その柔らかな唇から伝わる体温が、彼女の存在が確かなものだと教えてくれる。
「ありがとう、ラクス」
君が居るから、俺は立っていられる。
翌日、アスランがプラントへ向かったとカガリから知らされた。