COLORS(種運命)
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――destiny02――戦いを呼ぶもの
シオンの乗るザクを庇うように、アスランも自身の乗るザクを目的の新造艦へと着艦させた。
幸いにも現場は混乱している様子で、自分達のザクに気を止める者はいない。
「大丈夫か、カガリ」
戦闘で頭部に傷を負ったカガリを気遣うようにアスランが手を伸ばし「すまない」と呟く。
出血しているものの、傷はさほど深くないようで、当のカガリはケロッとしたものだった。
「大丈夫だ、これくらい何ともない。それより兄様は」
「――『シオン』だ。外では君の兄じゃなく随員だし、今では代表代理の任も外れている。気をつけてくれ」
自分とは違い、偽名を持たないシオンを心配するアスランは困ったような表情で呟く。
「ぅ……分かっている」
本当ならシオンは行動を共にする予定ではなかった。
戦後、オーブから出ることの無かった彼がやっと行動を起こしたのは、大切な人――ラクス――の父親の墓を訪れるためだった。
(なぜこんなことに……)
アスランが深いため息をつく。
自分が付いていながら、カガリに怪我をさせてしまったこと。
心と身体に深い傷を負っていたシオンを、不可抗力とはいえまた戦闘に巻き込んでしまったこと。
様々な出来事が、まるで自分の無力さを責めているようで、アスランはまたため息をついた。
「おい、またハツカネズミになってるだろ」
「……え?!」
考え込んでいたアスランの背後からカガリが声をかける。
思慮深いというか、ひとりで考え込むクセのあるアスランを、事あるごとにカガリは『頭がハツカネズミになっている』と揶揄した。
ひとりで考えても出口が見えないのなら、ひとに話して皆で考えれば良いと彼女はいう。
「すまない……つい」
「謝るな。起こってしまったことを悔やんで悩むよりも、これからどうするかが大事なんだ」
「そうだな」
モニターに映るドックの様子を見据え、カガリが強い口調で呟くと、アスランは暗い思いを振り捨てて頷いた。
ハンガーに機体を乗り入れ、ハッチを開けるとカガリを伴って降下する。
その際、隣のザクを見やるとシオンもハッチを開けて降りてくるのが見えた。
その様子にケガの状態は思ったほど悪くは無いのだと、アスランとカガリが安心したように視線を交わした。
「そこの3人! 動くな!」
振り返ると、赤を纏った少女が銃を構えていた。
その声に呼応するように、武装した兵士達が駆け寄り、同様に銃口をこちらへと向ける。
アスランは反射的にカガリを背後に庇うと同時にチラリとシオンに視線を向けた。
負傷したのか、左肩を庇うように右手を添えてゆっくりとこちらへと歩いてくる。
「動くな!」
警告したにもかかわらず歩を進める男――シオン――に対して、少女は声を荒げる。
「なんだお前たちは? 軍の者ではないな? なぜその機体に乗っている?!」
矢継ぎ早に問い詰める少女。
正体不明の侵入者によって機体が奪取されたばかりだ。彼女の苛立ちと警戒は当然だろう。
この場を冷静に分析したアスランは、あえて高圧的な態度で相手が納得するしかない厳選された言葉でもって要求を突きつけた。
「銃を下ろせ。こちらはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏だ。俺は随員のアレックス・ディノ、彼も随員だ。デュランダル議長との会談中、騒ぎに巻き込まれ、避難もままならないままこの機体を借りた」
「オーブの……カガリ・ユラ・アスハ……?」
突如耳に飛び込んだVIPの名に、ザフトの少女は目を見開き銃を構える腕をゆるゆると下ろした。
アレックスと名乗る男の言葉を全て信じるわけではないが、全てを疑うのも得策ではない。
この場をどう収めようかと思案を巡らせていると、その男――アレックス――は更に言葉を続けた。
「代表は怪我もされている。議長はこの艦に入ったのだろう? お目にかかりたい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「本当にお詫びのしようもない」
アスランとカガリは艦長室に通され、議長との面会を果たした。
シオンは先の戦闘での負傷を理由に医務室で手当てを受けた後、士官室で休んでいた。
「だからこそ、我々は一刻も早くこの事態を収拾しなければならないんです」
「ああ。解かっている。それは当然だ、議長」
沈痛な面持ちで訴えるデュランダルにカガリは強く頷いた。それを聞いてデュランダルの顔が笑顔になる。
「よろしければ、まだ時間のあるうちに、少し艦内をご覧になってください」
「議長!?」
思っても見ないデュランダルの発言に艦長が異議を発する。だが、当の本人は平然としたものだ。
「一時的とはいえ、いわば生命をお預けいただくのです。それが盟友としての我が国の相応の誠意かと――そういえば姫にはもうお一方、随員の方がいらっしゃると報告を受けたのですが、その方はどちらに?」
「そ……それは」
「彼は先の戦闘で負傷し、今は士官室で休ませていただいています」
うろたえるカガリを制して代わりにアスランが答えた。
「そうですか。では後ほど私のほうから見舞いにいくとしましょう」
「ただの随員の負傷だ。議長のお手を煩わせるほどのことではない」
憮然とカガリが答える。
デュランダルは「そうですか」と残念な顔つきをして、それ以上その話題に触れなかった。
オーブの最高機密であった『闇の獅子』の存在。
先の戦争の折、シオンがアマテラスを駆りその指揮を取ったこと、戦後は前面に立って国の建て直しを行ったことで、『闇の獅子は実在する』だとか『血塗られた影の存在がいる』など、さまざまな憶測が飛び交った。
だが、「国家建て直しに際し、代表と共に尽力したのは代表代理であり、あちこちで騒がれている『影の存在』などどこにも存在しない」と公式発表がなされ、一応の事態の沈静化が図られた。
そして『闇の獅子』はまた歴史の舞台裏へと隠された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
艦内がいやに騒がしい。激しい揺れが艦内を襲うが、まるで何事もないかのようにシオンはベッドに腰をかけ、静かに足元へと視線を落とす。
先程のアーモリーワンでの戦闘、以前のシオンならば機体が爆発を起こす前に簡単に相手を倒せていたはずだ。
レバーを握っていた手をじっと見つめる。
モビルスーツに乗ると、ヤキンドゥーエでの戦闘――クルーゼとの戦いを思い出し、彼を撃った事実に心と身体が押しつぶされそうになる。
その事実から逃げるように、あの戦い以来、モビルスーツに乗ることを避け続けていた。
「ラウ……お前が死を望んでたとしても……俺は……」
シオンはきつく瞳を閉じると震える両手で顔を覆った。
ラクスと共に過ごしてきた静かで平和な時間の中、戦争で負った心と身体の傷は確かに癒えようとしていた。
けれど、回復には更なる時間が必要で、シオンの心はまだまだ不安定だった。
戦闘が終った後、アスランとカガリがシオンの部屋を訪ねてきた。
「兄様、怪我の具合は……」
ベッドに腰掛けたまま、どこか憔悴したような様子のシオンは返事を返すことも無く黙り込んだままだ。
その目前に膝を折ってしゃがみ込んだカガリが心配そうに覗き込んだ。
「どこか痛むのか? 薬でも飲んで休んだほうが……」
見上げてくる瞳が不安げに揺れている。
自分も頭部に怪我を負っているというのに、そっちのけで人を心配する様子にシオンがふと表情を緩めた。
「俺の心配より自分の心配をしろ。俺は男だし、お前とは基本的に鍛え方も違う。こんなのはたいした怪我じゃない」
「私の怪我こそ、たいした怪我じゃない! 兄様はモビルスーツにも乗って……っ」
「――カガリ」
その件には触れるなと言わんばかりの口調でアスランがカガリの言葉を制した。
そして強引に話題をすり返る。
「シオンに報告したいことが何点かある。少し時間をもらえるか?」
「あぁ」
奪取されたモビルスーツの事、敵艦の事――現時点で分かること全てをシオンに淡々と報告するアスラン。
シオンは俯いたまま「そうか」と呟くだけだった。
「怪我のこともあるし、ゆっくり……とはいかないだろうが、休んでくれ。艦長の計らいで俺たちにも部屋が準備されたから、それぞれ休むことにするよ。行こうカガリ」
「――兄様……その、すまない。こんなことになって……」
会談には同行しないと約束していたにも関わらず、戦闘に巻き込まれた結果『オーブ代表と随員』の立場を保たなくてはならない現状を、カガリが詫びる。
しょんぼりと俯くカガリに、シオンはゆっくりとベッドから腰を上げて彼女と向き合う。
「誰にも予想できなかった事件だ。お前が気に病む必要は無い。しかし、お前の安全を図って避難したというのに、まさか避難先が戦闘の最前線になろうとは……すまない」
「兄様……」
「それに、アスランにも言われているとは思うが……ここでは『アスハ代表と随員』だ。俺はシオンで、アスランはアレックス――」
「気をつける」
言葉少なになるカガリに、部屋を出ようとアスランが促す。
「じゃあ行くよ。何かあればいつでも呼んでくれ」
「ああ。カガリ――」
「? ……っ」
不意にシオンの右手がカガリの後頭部に添えられ、カガリはそのままシオンの広い胸に顔を埋める形になる。
突然の出来事に思考が追いつかないカガリが呆然としていると、ふわりと頭を撫でられ頭上からは力強くて優しい声が降ってきた。
「代表として、獅子の娘として自信を持て。アスランも……俺もついてる」
「……」
シオンの言葉は、いつでも何よりも強い力を与えてくれる。
さっきまで俯いていたことすら恥ずかしく思えてくる。
見上げた瞳に映るのは、たとえ血が繋がらなくとも、父と同様に尊敬してやまない人の笑み。
ゆっくりと身体を離すとカガリは表情を改めた。
「――っ、ありがとう……兄様。ふたりとも少しでも休んで今後に備えてくれ」
そう言って背を向けたカガリを追うようにアスランも士官室を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――――!?」
深夜―――といっても宇宙空間であるため、そう設定されている時間帯。
眠りについていたシオンは、侵入者の気配に目を覚ますと素早くベッドから抜け出し、身体を低く構えた。
暗闇の中では相手の判別が付かない。まして、自分は武器など何も持ってはいない。シオンの身体に緊張が走る。
「しっ! 静かに」
誰だ、と問い詰めようとしたと同時に聞こえた声に、目の前の人影を凝視する。
長い黒髪と、笑みをたたえた端正な顔つき。
遠い記憶の中、聞き覚えのある声。
シオンはほんの少し緊張を解くと、不機嫌そうな低い声を発した。
「――……プラントの議長は深夜に他人の部屋へ侵入する趣味がおありですか?」
「すまないね。こうでもしないと姫が逢わせてくれないのだよ」
ギルバートはクスクスと悪びれることなく笑うと、部屋の明かりを点けるために手を伸ばす。
暗闇が晴れ、部屋を満たす明るさに眉を顰めながら、シオンは戦闘態勢を解くと、小さく息を吐いた。
「当然だ。カガリは俺とお前の関係を知らないんだ。警戒しているんだろう」
肩を上げた後、ボスンとベッドに腰を降ろす。
「大きくなったねシオン。一体何年ぶりだろう。オーブ代表代理としての活躍はメディアで見ていたが……」
懐かしむように目を細め、デュランダルもベッド脇に腰を下ろした。
デュランダルの言葉にシオンは瞳を伏せ、自らが歩んできた歴史の一片を口にする。
「――オーブに渡る前は地球連合にもいた。それに……今はもう代表代理の任は降りた」
「らしいね……大体のことは聞いているよ」
優しくささやかれる声は心地良く、時間が昔に戻ったような錯覚に陥る。
辛く苦しい毎日の中、クルーゼと同じように信頼していた彼。
隣に居て、苦楽を共にした兄のような存在であるクルーゼとはまた少し違う存在。
そっと見守り、時に手を差し伸べてくれる親のような存在。
「姫が私たちの関係を知ったら驚くだろうね」
デュランダルが面白そうに笑みを浮かべる。
「話すのか?」
「どうして欲しい?」
「どうもしないな。どうなろうと興味がない」
淡々としたシオンの言動にギルバートは「面白くないね」と、少し残念そうな表情を浮かべて呟く。
「で? わざわざそんな話をしにここまで来たのか? それともラウを殺した恨み言でも言いにきたのか?」
「まさか。ラウが死んだのは残念だが仕方のないことだよ。彼は戦士として戦い、そして敗れたのだから。それより、今の君の言葉だとラウを撃った黄金のモビルスーツのパイロットは……」
「……知らなかったのか?」
意外そうに目を見開き、ギルバートを見つめる。
「先の大戦の英雄、キラ・ヤマトとアスラン・ザラの存在は広く知られているが、オーブは最後まで黄金のモビルスーツとパイロットの名は公表しなかったのだよ。開発途中のテスト機ということ以外は。だが、あれがオーブの『影の代表』のものではないかという噂は流れていた」
「もう影の代表、ね……」
「まぁ、話したくないことを無理に聞くつもりはないよ。ラウとのこともね」
デュランダルはまるで幼子にするように、俯くシオンの髪を優しく撫でた。
「……あのモビルスーツの名前はアマテラス。俺専用。以上」
「それだけかい?」
「そうだ」
「もう少しくらいサービスを……」
「本来の用件は?」
「やれやれ、すべてお見通しというわけだね。かなわないな、君には」
頭を振って溜息をつくと、デュランダルはベッドから腰を上げる。
ゆっくりと振り返りシオンと向き合ったその表情は、先程までとはガラリと変わっていた。
「――さきほど緊急のホットラインが入った。ユニウスセブンが動いているそうだ」
唐突に告げられた言葉ではあったが、その意味を瞬時に理解したシオンは、弾かれたように腰掛けていたベッドから立ち上がった。
「!? そんなバカなっ、あれは100年の単位で安定軌道にあるはずだ! まさか……」
ただ動いているだけなら緊急事態となるはずが無い。
なら、その軌道に問題があるはずだ。
認めたくない予測がシオンの頭に浮かぶ。
「本当に聡いね、君は。原因は分からないが、確かに移動をしているのだよ……最も危険な軌道を。これから姫にも説明をするが、その前に一目だけでも君に逢っておきたくてね」
「クルーは知ってるのか?」
「艦長が動いている。私の役目は姫に事の次第を説明をしてこの艦を降りてもらうことだよ。そうなれば君ともまたお別れだ。だから先に逢っておきたかった。寝ているところをすまなかったね」
ほんの少し表情を緩めたデュランダルは、シオンの肩に手を置いて言葉を続ける。
「数年ぶりの再会がこのような形で残念だったが、逢えて嬉しかったよ」
そう告げると、ゆっくり背を向けた。
部屋から出ようとしたデュランダルは予想もしなかったシオンの言葉に脚を止める。
「カガリへの説明には俺も立ち会おう」
「いいのかい?」
シオンに気遣わしげな視線を送る。昔と変わらぬ過保護ぶりにシオンは苦笑した。
「地球には大切なひとがいる――ユニウスセブンに落ちてもらっちゃ困るんだ。回避手段の模索は一人でも多いほうが良いだろう?」
「では用意したまえ。一緒に姫のところに行こうじゃないか」
シオンの乗るザクを庇うように、アスランも自身の乗るザクを目的の新造艦へと着艦させた。
幸いにも現場は混乱している様子で、自分達のザクに気を止める者はいない。
「大丈夫か、カガリ」
戦闘で頭部に傷を負ったカガリを気遣うようにアスランが手を伸ばし「すまない」と呟く。
出血しているものの、傷はさほど深くないようで、当のカガリはケロッとしたものだった。
「大丈夫だ、これくらい何ともない。それより兄様は」
「――『シオン』だ。外では君の兄じゃなく随員だし、今では代表代理の任も外れている。気をつけてくれ」
自分とは違い、偽名を持たないシオンを心配するアスランは困ったような表情で呟く。
「ぅ……分かっている」
本当ならシオンは行動を共にする予定ではなかった。
戦後、オーブから出ることの無かった彼がやっと行動を起こしたのは、大切な人――ラクス――の父親の墓を訪れるためだった。
(なぜこんなことに……)
アスランが深いため息をつく。
自分が付いていながら、カガリに怪我をさせてしまったこと。
心と身体に深い傷を負っていたシオンを、不可抗力とはいえまた戦闘に巻き込んでしまったこと。
様々な出来事が、まるで自分の無力さを責めているようで、アスランはまたため息をついた。
「おい、またハツカネズミになってるだろ」
「……え?!」
考え込んでいたアスランの背後からカガリが声をかける。
思慮深いというか、ひとりで考え込むクセのあるアスランを、事あるごとにカガリは『頭がハツカネズミになっている』と揶揄した。
ひとりで考えても出口が見えないのなら、ひとに話して皆で考えれば良いと彼女はいう。
「すまない……つい」
「謝るな。起こってしまったことを悔やんで悩むよりも、これからどうするかが大事なんだ」
「そうだな」
モニターに映るドックの様子を見据え、カガリが強い口調で呟くと、アスランは暗い思いを振り捨てて頷いた。
ハンガーに機体を乗り入れ、ハッチを開けるとカガリを伴って降下する。
その際、隣のザクを見やるとシオンもハッチを開けて降りてくるのが見えた。
その様子にケガの状態は思ったほど悪くは無いのだと、アスランとカガリが安心したように視線を交わした。
「そこの3人! 動くな!」
振り返ると、赤を纏った少女が銃を構えていた。
その声に呼応するように、武装した兵士達が駆け寄り、同様に銃口をこちらへと向ける。
アスランは反射的にカガリを背後に庇うと同時にチラリとシオンに視線を向けた。
負傷したのか、左肩を庇うように右手を添えてゆっくりとこちらへと歩いてくる。
「動くな!」
警告したにもかかわらず歩を進める男――シオン――に対して、少女は声を荒げる。
「なんだお前たちは? 軍の者ではないな? なぜその機体に乗っている?!」
矢継ぎ早に問い詰める少女。
正体不明の侵入者によって機体が奪取されたばかりだ。彼女の苛立ちと警戒は当然だろう。
この場を冷静に分析したアスランは、あえて高圧的な態度で相手が納得するしかない厳選された言葉でもって要求を突きつけた。
「銃を下ろせ。こちらはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏だ。俺は随員のアレックス・ディノ、彼も随員だ。デュランダル議長との会談中、騒ぎに巻き込まれ、避難もままならないままこの機体を借りた」
「オーブの……カガリ・ユラ・アスハ……?」
突如耳に飛び込んだVIPの名に、ザフトの少女は目を見開き銃を構える腕をゆるゆると下ろした。
アレックスと名乗る男の言葉を全て信じるわけではないが、全てを疑うのも得策ではない。
この場をどう収めようかと思案を巡らせていると、その男――アレックス――は更に言葉を続けた。
「代表は怪我もされている。議長はこの艦に入ったのだろう? お目にかかりたい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「本当にお詫びのしようもない」
アスランとカガリは艦長室に通され、議長との面会を果たした。
シオンは先の戦闘での負傷を理由に医務室で手当てを受けた後、士官室で休んでいた。
「だからこそ、我々は一刻も早くこの事態を収拾しなければならないんです」
「ああ。解かっている。それは当然だ、議長」
沈痛な面持ちで訴えるデュランダルにカガリは強く頷いた。それを聞いてデュランダルの顔が笑顔になる。
「よろしければ、まだ時間のあるうちに、少し艦内をご覧になってください」
「議長!?」
思っても見ないデュランダルの発言に艦長が異議を発する。だが、当の本人は平然としたものだ。
「一時的とはいえ、いわば生命をお預けいただくのです。それが盟友としての我が国の相応の誠意かと――そういえば姫にはもうお一方、随員の方がいらっしゃると報告を受けたのですが、その方はどちらに?」
「そ……それは」
「彼は先の戦闘で負傷し、今は士官室で休ませていただいています」
うろたえるカガリを制して代わりにアスランが答えた。
「そうですか。では後ほど私のほうから見舞いにいくとしましょう」
「ただの随員の負傷だ。議長のお手を煩わせるほどのことではない」
憮然とカガリが答える。
デュランダルは「そうですか」と残念な顔つきをして、それ以上その話題に触れなかった。
オーブの最高機密であった『闇の獅子』の存在。
先の戦争の折、シオンがアマテラスを駆りその指揮を取ったこと、戦後は前面に立って国の建て直しを行ったことで、『闇の獅子は実在する』だとか『血塗られた影の存在がいる』など、さまざまな憶測が飛び交った。
だが、「国家建て直しに際し、代表と共に尽力したのは代表代理であり、あちこちで騒がれている『影の存在』などどこにも存在しない」と公式発表がなされ、一応の事態の沈静化が図られた。
そして『闇の獅子』はまた歴史の舞台裏へと隠された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
艦内がいやに騒がしい。激しい揺れが艦内を襲うが、まるで何事もないかのようにシオンはベッドに腰をかけ、静かに足元へと視線を落とす。
先程のアーモリーワンでの戦闘、以前のシオンならば機体が爆発を起こす前に簡単に相手を倒せていたはずだ。
レバーを握っていた手をじっと見つめる。
モビルスーツに乗ると、ヤキンドゥーエでの戦闘――クルーゼとの戦いを思い出し、彼を撃った事実に心と身体が押しつぶされそうになる。
その事実から逃げるように、あの戦い以来、モビルスーツに乗ることを避け続けていた。
「ラウ……お前が死を望んでたとしても……俺は……」
シオンはきつく瞳を閉じると震える両手で顔を覆った。
ラクスと共に過ごしてきた静かで平和な時間の中、戦争で負った心と身体の傷は確かに癒えようとしていた。
けれど、回復には更なる時間が必要で、シオンの心はまだまだ不安定だった。
戦闘が終った後、アスランとカガリがシオンの部屋を訪ねてきた。
「兄様、怪我の具合は……」
ベッドに腰掛けたまま、どこか憔悴したような様子のシオンは返事を返すことも無く黙り込んだままだ。
その目前に膝を折ってしゃがみ込んだカガリが心配そうに覗き込んだ。
「どこか痛むのか? 薬でも飲んで休んだほうが……」
見上げてくる瞳が不安げに揺れている。
自分も頭部に怪我を負っているというのに、そっちのけで人を心配する様子にシオンがふと表情を緩めた。
「俺の心配より自分の心配をしろ。俺は男だし、お前とは基本的に鍛え方も違う。こんなのはたいした怪我じゃない」
「私の怪我こそ、たいした怪我じゃない! 兄様はモビルスーツにも乗って……っ」
「――カガリ」
その件には触れるなと言わんばかりの口調でアスランがカガリの言葉を制した。
そして強引に話題をすり返る。
「シオンに報告したいことが何点かある。少し時間をもらえるか?」
「あぁ」
奪取されたモビルスーツの事、敵艦の事――現時点で分かること全てをシオンに淡々と報告するアスラン。
シオンは俯いたまま「そうか」と呟くだけだった。
「怪我のこともあるし、ゆっくり……とはいかないだろうが、休んでくれ。艦長の計らいで俺たちにも部屋が準備されたから、それぞれ休むことにするよ。行こうカガリ」
「――兄様……その、すまない。こんなことになって……」
会談には同行しないと約束していたにも関わらず、戦闘に巻き込まれた結果『オーブ代表と随員』の立場を保たなくてはならない現状を、カガリが詫びる。
しょんぼりと俯くカガリに、シオンはゆっくりとベッドから腰を上げて彼女と向き合う。
「誰にも予想できなかった事件だ。お前が気に病む必要は無い。しかし、お前の安全を図って避難したというのに、まさか避難先が戦闘の最前線になろうとは……すまない」
「兄様……」
「それに、アスランにも言われているとは思うが……ここでは『アスハ代表と随員』だ。俺はシオンで、アスランはアレックス――」
「気をつける」
言葉少なになるカガリに、部屋を出ようとアスランが促す。
「じゃあ行くよ。何かあればいつでも呼んでくれ」
「ああ。カガリ――」
「? ……っ」
不意にシオンの右手がカガリの後頭部に添えられ、カガリはそのままシオンの広い胸に顔を埋める形になる。
突然の出来事に思考が追いつかないカガリが呆然としていると、ふわりと頭を撫でられ頭上からは力強くて優しい声が降ってきた。
「代表として、獅子の娘として自信を持て。アスランも……俺もついてる」
「……」
シオンの言葉は、いつでも何よりも強い力を与えてくれる。
さっきまで俯いていたことすら恥ずかしく思えてくる。
見上げた瞳に映るのは、たとえ血が繋がらなくとも、父と同様に尊敬してやまない人の笑み。
ゆっくりと身体を離すとカガリは表情を改めた。
「――っ、ありがとう……兄様。ふたりとも少しでも休んで今後に備えてくれ」
そう言って背を向けたカガリを追うようにアスランも士官室を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――――!?」
深夜―――といっても宇宙空間であるため、そう設定されている時間帯。
眠りについていたシオンは、侵入者の気配に目を覚ますと素早くベッドから抜け出し、身体を低く構えた。
暗闇の中では相手の判別が付かない。まして、自分は武器など何も持ってはいない。シオンの身体に緊張が走る。
「しっ! 静かに」
誰だ、と問い詰めようとしたと同時に聞こえた声に、目の前の人影を凝視する。
長い黒髪と、笑みをたたえた端正な顔つき。
遠い記憶の中、聞き覚えのある声。
シオンはほんの少し緊張を解くと、不機嫌そうな低い声を発した。
「――……プラントの議長は深夜に他人の部屋へ侵入する趣味がおありですか?」
「すまないね。こうでもしないと姫が逢わせてくれないのだよ」
ギルバートはクスクスと悪びれることなく笑うと、部屋の明かりを点けるために手を伸ばす。
暗闇が晴れ、部屋を満たす明るさに眉を顰めながら、シオンは戦闘態勢を解くと、小さく息を吐いた。
「当然だ。カガリは俺とお前の関係を知らないんだ。警戒しているんだろう」
肩を上げた後、ボスンとベッドに腰を降ろす。
「大きくなったねシオン。一体何年ぶりだろう。オーブ代表代理としての活躍はメディアで見ていたが……」
懐かしむように目を細め、デュランダルもベッド脇に腰を下ろした。
デュランダルの言葉にシオンは瞳を伏せ、自らが歩んできた歴史の一片を口にする。
「――オーブに渡る前は地球連合にもいた。それに……今はもう代表代理の任は降りた」
「らしいね……大体のことは聞いているよ」
優しくささやかれる声は心地良く、時間が昔に戻ったような錯覚に陥る。
辛く苦しい毎日の中、クルーゼと同じように信頼していた彼。
隣に居て、苦楽を共にした兄のような存在であるクルーゼとはまた少し違う存在。
そっと見守り、時に手を差し伸べてくれる親のような存在。
「姫が私たちの関係を知ったら驚くだろうね」
デュランダルが面白そうに笑みを浮かべる。
「話すのか?」
「どうして欲しい?」
「どうもしないな。どうなろうと興味がない」
淡々としたシオンの言動にギルバートは「面白くないね」と、少し残念そうな表情を浮かべて呟く。
「で? わざわざそんな話をしにここまで来たのか? それともラウを殺した恨み言でも言いにきたのか?」
「まさか。ラウが死んだのは残念だが仕方のないことだよ。彼は戦士として戦い、そして敗れたのだから。それより、今の君の言葉だとラウを撃った黄金のモビルスーツのパイロットは……」
「……知らなかったのか?」
意外そうに目を見開き、ギルバートを見つめる。
「先の大戦の英雄、キラ・ヤマトとアスラン・ザラの存在は広く知られているが、オーブは最後まで黄金のモビルスーツとパイロットの名は公表しなかったのだよ。開発途中のテスト機ということ以外は。だが、あれがオーブの『影の代表』のものではないかという噂は流れていた」
「もう影の代表、ね……」
「まぁ、話したくないことを無理に聞くつもりはないよ。ラウとのこともね」
デュランダルはまるで幼子にするように、俯くシオンの髪を優しく撫でた。
「……あのモビルスーツの名前はアマテラス。俺専用。以上」
「それだけかい?」
「そうだ」
「もう少しくらいサービスを……」
「本来の用件は?」
「やれやれ、すべてお見通しというわけだね。かなわないな、君には」
頭を振って溜息をつくと、デュランダルはベッドから腰を上げる。
ゆっくりと振り返りシオンと向き合ったその表情は、先程までとはガラリと変わっていた。
「――さきほど緊急のホットラインが入った。ユニウスセブンが動いているそうだ」
唐突に告げられた言葉ではあったが、その意味を瞬時に理解したシオンは、弾かれたように腰掛けていたベッドから立ち上がった。
「!? そんなバカなっ、あれは100年の単位で安定軌道にあるはずだ! まさか……」
ただ動いているだけなら緊急事態となるはずが無い。
なら、その軌道に問題があるはずだ。
認めたくない予測がシオンの頭に浮かぶ。
「本当に聡いね、君は。原因は分からないが、確かに移動をしているのだよ……最も危険な軌道を。これから姫にも説明をするが、その前に一目だけでも君に逢っておきたくてね」
「クルーは知ってるのか?」
「艦長が動いている。私の役目は姫に事の次第を説明をしてこの艦を降りてもらうことだよ。そうなれば君ともまたお別れだ。だから先に逢っておきたかった。寝ているところをすまなかったね」
ほんの少し表情を緩めたデュランダルは、シオンの肩に手を置いて言葉を続ける。
「数年ぶりの再会がこのような形で残念だったが、逢えて嬉しかったよ」
そう告げると、ゆっくり背を向けた。
部屋から出ようとしたデュランダルは予想もしなかったシオンの言葉に脚を止める。
「カガリへの説明には俺も立ち会おう」
「いいのかい?」
シオンに気遣わしげな視線を送る。昔と変わらぬ過保護ぶりにシオンは苦笑した。
「地球には大切なひとがいる――ユニウスセブンに落ちてもらっちゃ困るんだ。回避手段の模索は一人でも多いほうが良いだろう?」
「では用意したまえ。一緒に姫のところに行こうじゃないか」