COLORS(種運命)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――destiny11――戦士の条件
「毎日毎日、気の滅入るようなニュースばかりだねぇ……」
オーブを出奔してから、アークエンジェルはスカンジナビア領内の海底に潜伏していた。
ブリッジのマルチモニターには情報収集の一環として流しているニュースは内戦やテロ、紛争に関するニュースが写しだされている。
「しかし……変な感じだな。プラントとの戦闘はどうなってるんだ? 入ってくるのは連合の混乱のニュースばかりじゃないか」
それまで黙ってニュースを眺めていたカガリが、ふと何かに気付いたように口を開いた。
ニュースの内容は全て地上での出来事ばかり。まるで連合は本来の交戦相手を忘れてしまったかのように見える。
「プラントはプラントで、ずっとこんな調子ですし」
そう言ってラクスがマルチモニターの一画面を切り替えた。
そこに映っているのは、とあるアイドルのコンサート風景。派手な衣装に身を包んだピンク色の髪の少女は観客の声援を一身に受け楽しそうに歌って踊っている。
<勇敢なるザフト軍兵士のみなさーん。平和の為、わたくしたちもがんばりまーす。みなさんもお気をつけてぇー>
本人をよく知る者ならば、少なからず違和感を感じるであろう「ラクス・クライン」がそこには居た。
モニターを見つめるシオンの表情は無表情なのだが、彼が不機嫌極まりないのをクルーはひしひしと感じている。
いや、不機嫌という意味では、ここに居る者皆が眉を顰めていた。
「みなさん、楽しそうですわ」
ふんわりと微笑むラクスはいつもと変わらない。
けれど、彼女の纏う空気に何か刺々しいものが含まれているのを誰もがうっすらと感じていた。
普通に考えれば当然だろう。
自分とそっくりの容姿をもつ者が自分と同じ名を名乗り堂々とメディアに露出しているのだ。
一体誰が、何のために?
そんな疑問が皆の心を掻き乱していく。
「っていうか、いいのかよ、コレ?」
カガリはうんざりとした顔でモニターを眺めたまま、皆の脳裏に浮かんでいるであろう言葉を代弁するかのように口を開いた。
そう、画面の向こうで歌っている少女は「ラクス・クライン」と名乗っているが、あきらかに偽者だということをこの場に居る者は知っている。
「なんとかしたいのは山々だけどねぇ……下手に動いたら我々の居場所が知れてしまう。そうなれば我々を匿ってくれているスカンジナビア王国にも迷惑がかかる」
「でも、いつまでもこうしてるわけにはいきませんよね?」
肩をすくめたバルトフェルドの言葉にキラが口を開いた。
この膠着状態の中、オーブを思ってカガリがやきもきしているのを感じ、キラもまた少しでも早く動きたいと思う。
オーブへの想いという点では、カガリと同等かそれ以上の気持ちを持つはずのシオン。
なぜまだ動かないのか?という疑問を投げかけるように、キラがシオンへと視線を移すと、それに応えるようにシオンは口を開いた。
「今はまだ時期尚早だろうな……情報不足で判断は下せない」
「そうね……ユニウスセブンの落下は、確かに地球に甚大な被害を与えたけれど、その後のプラントの姿勢は真摯だったわ」
「ギルバート・デュランダルは……あの第一波攻撃の後も早まった応酬はせず、周囲をなだめて最小限の防衛策をとっただけだ」
「いい人よね。そこだけ聞けば」
思案するように、伏せ目がちのままシオンが静かに紡ぐ言葉をマリューが締めくくる。その言葉にカガリも複雑な表情で小さく頷いた。
「実際、私も良い指導者だと思っていた……ラクスの暗殺と、この件を知るまでは」
「そうだな。アスランもそう思ったからこそプラントに行くと言い出したんだろう」
カガリの言葉に、シオンはモニターの中で歌うピンクの髪の少女を見つめる。
彼女に向けられる声援は紛れもなくステージ上の「ラクス・クライン」へと向けられているものだ。
けれどその少女は「ラクス・クライン」ではない。だが、声援に応える屈託のないその笑顔が、応援している者へと力を与えているのは容易に感じられた。複雑な想いが胸を覆っていく。
「じゃあ、誰がラクスを殺そうとしたんですか?」
普段からはあまり想像できない、怒りを含んだようなきつい声でキラが問いかけると、皆が押し黙った。
ラクスの命が狙われ、同時にこのモニターに映っている偽者のラクスが登場する。この事実が意味するものは想像に難くない。
本物のラクスを消し去りたいと考える誰かがいるということ。それは一体誰なのか?
「これじゃ、僕には信じられない。この人は……みんなを騙してる」
「それが政治といえば政治かもしれんがね」
バルトフェルドが皮肉げに呟き、マリューが小さく首をひねる。
「知らないはずはないでしょうし……ね。これ」
「何を考えてるのかな、議長は……」
あの柔和そうな人物を思い出し、カガリは小さくつぶやいた。彼がラクスを殺そうとしたとは到底考えられなかった。
「ユーラシア西側のような状況を見ていると、ザフトの味方をして地球軍を撃ちたくなっちゃうけど……」
目に余る地球軍のやりかた、それとは対照的に理性的で正当な行為を続けているように見えるプラント。
目の前に映し出されているこの事実さえなければ、の話だ。
マリューはそこで言葉を切ってシオンを見る。
だが彼はそれに答えず、腕組みをしたまま真剣な面持ちでモニターを凝視していた。
「……誰がどう見ても別人だろ」
呆れたような溜め息と共に呟かれたシオンの言葉に、マリューは大きなまばたきを繰り返す。
今この場での話題は、既にモニターの向こうにいる「ラクス・クライン」からは離れ、もっと大局的なものへと変わっているはずだ。
小さく「は?」とか「え?」などの小さな声があちこちから聞こえる中、キラは何事もなかったかのようにシオンの言葉に応えた。
「まぁ確かに、本物のラクスをよく知っていている僕たちからすれば、かなりの違和感がありますけど、画面を通してしかラクスを知らない人から見れば、ただのイメージチェンジで終っちゃうんじゃないですか?」
「イメージチェンジ? あれがか?」
容姿と声はそっくりだが「歌姫ラクス・クライン」の持つ、清楚で可憐な雰囲気とはまるで違う空気を纏う、画面の向こうの「ラクス・クライン」
はつらつとした愛らしさは確かにアイドルとして輝いているが、あまりにもそのキャラクターが違いすぎる。それをイメージチェンジのひとことで片付けるのか。
シオンの心情を表すように、その眉間には皺が寄り、声のトーンは下がっていく。
「確かに外見はそっくりだが、スタイルや立ち居振る舞い……話し方でも明らかに別人だと分かりそうなもんだがな」
「スタイル……ですか?」
淡々と告げられた言葉に、キラが茫然としている。
シオンの口から発せられた「スタイル」という単語からイメージされ脳裏に浮かんだことは、ほぼ皆同じだろう。
「衣装の露出度が高くてあからさまだ。これじゃあ歌姫じゃなくてグラビアアイドルの類いじゃないか」
周囲が固まったのにも関わらず、呟いた当の本人はモニターに映る「ラクス・クライン」の姿を目で追っていく。
シオンにしてみれば、大切な存在であるラクスが安っぽい戯画にまで貶められているようで不愉快極まりないのだ。
「歌姫ラクス・クライン」が今まで人々にもたらしてきた癒し、与えてきた勇気とは明らかに毛色が違う。なぜそれに違和感を感じないのか、と。
だが、そんなシオンの心情を完璧に伝えるには何かが足りなかったのか、「スタイルで別人と分かりそうだ」という言葉だけが独り歩きしてしまう。
何からどうフォローすればいいのか、皆が言葉を探していると、それまで黙っていたラクスが口を開いた。
「……シオンは」
「ラクス?」
「その、やはり……っ…」
そこでようやくモニターから視線を外したシオンは、何か言いたそうにしているラクスへと向き直ると、カガリがものすごい速さと勢いでシオンの胸倉を乱暴に掴んだ。予想外の出来事にシオンはされるがままで、目の前のカガリの名を呼ぶしか出来ないでいる。
「っ?! カガリ?!」
「に、ににに兄様!! ラクスというものがありながら、こんな……こんな無駄に胸がデカイだけの女が良いとか言うのか?!」
「? あのラクスを良いとは……っ、ひとことも……」
「今言ったじゃないか! あっちのラクスのほうがスタイルがどうとか!」
「……っカガリ、ちょ……っ」
「ちょっと落ち着いて、カガリ」
手加減なしにシオンに食ってかかるカガリをたしなめるようにキラが割って入ると、ハッとしたようにカガリは手を離す。
思いのほか強い力で首元を圧迫されたシオンは小さく咳き込んでいた。
「わ、わたくし……っ」
俯き加減だったラクスがゆっくりと顔を上げる。
「あのっ、少し休憩をいただきます。カガリさんとマリューさんもご一緒にいかがですか?」
「ああ。私はかまわないぞ」
「私はまだ仕事が……」
素直に返事をするカガリとは対照的に、マリューは言葉を濁す。
それはそうだろう。立場上、今すぐ休憩を取るとは言い出しずらいと考えるのが普通だ。
そんなマリューの心中を察したバルトフェルドが小さく咳払いをする。
「あー、ラミアス艦長。ここは俺が引き受けるから、コーヒーでも飲んでゆっくりしてきたらどうだ?」
言いよどむマリューの背中を、バルトフェルドがかなり強引に押した。
そしてアイコンタクトを交わすと、マリューは2人の少女をつれてブリッジを出ていった。
何からどう突っ込めばいいのか分からない状況に置かれていたクルーは、心の中でそっと胸を撫で下ろしていたに違いない。
そんな微妙な空気の中、いきなりカガリに締め上げられた上になんとなく居心地の悪い雰囲気になったことに、シオンは怪訝そうな表情を浮かべていた。
「カガリのやつ、なんなんだ、いきなり……」
「いやいや、いきなりあれはマズイと思うぞシオン」
カガリに掴み上げられたせいで乱れた服装を直そうと、襟元に手を添えながら呟くシオンに、バルトフェルドが苦笑いを浮かべながら口を開いた。
その言葉は、ここにいる誰もが思っていた言葉だろう。だが、返されたシオンの言葉もまた正論で、バルトフェルドの口から思わずため息がもれた。
「俺は事実を言ったまでだ。顔と声だけ似てても駄目だろう。どうせ偽者を仕立てるなら全て完璧に似せるべきだと思わないか?」
偽物であるラクスの姿を思い出したシオンは「あれのどこがラクスだと言うんだ。まったく」と、珍しく感情的になり言葉尻を荒げ、イラ立ちを隠しもせずに唇をへの字に曲げている。
「シオンさん……いくらラクスとの相違点を言っただけでも、あれじゃ絶対にラクス誤解すると思います」
「誤解?」
「ええ。シオンさんは巨乳……あ、いや、グラマラスな人が好みだって」
「……」
茫然とするシオンの顔には「なぜそういう解釈になる」とはっきり書かれていた。
そんなシオンを見てキラは苦笑いを浮かべる。
「シオンさんて、たまにすごく鈍いですよね」
「鈍い……」
「誤解されるだけならいいですけど、傷つくかも」
年齢以上に大人びた雰囲気を持つシオン。
作戦指揮などで発揮される頭脳は、プライベートな事案、こと恋愛に関してはあまり発揮されることは無いようだった。
ブリッジにいたクルーは2人の会話に耳を傾けながら、キラって意外と大人なんだなーと認識を改めている。
そして、数秒経過の後、何かに気付いた様子のシオンが慌ててブリッジを飛び出したかと思うと、キラが笑顔で見送っていた。
行く先は皆の予想通りなのだろうが、その後どういうやり取りがされるのかクルーの興味は尽きない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シオンがラクスを探して艦内を走り回っていた頃、マリュー達は「天使湯」に居た。
ヤキンドゥーエ戦を戦い抜き、多大な損傷を被ってから数年。
アークエンジェルは装備はもとより艦内も様々な改修が施され、そのうちのひとつがリラクゼーション施設となる露天風呂を模した「天使湯」だ。
「なんて言うのかしら……この数年でシオンくんなんだか年相応になったっていうか……男の子なんだなぁって思っちゃったわ」
「そんな微笑ましいことなのか」
大人の余裕そのままに、ふふっと笑みを浮かべるマリューにカガリが憮然と言葉を返す。
誰かの部屋でゆっくりお茶でもしながら休憩しようと言うカガリに、半ば強引に「気分転換するならここでしょう?」とマリューが連れてきたのだ。
「どうすれば大きくなるんでしょう」
マリューと自分の胸元を交互に眺めたラクスは、俯くと小さく呟いた。
それを見たカガリが、あのなぁ、と呆れた様子で口を開く。
「大きければいいってもんでもないだろう」
10代である自分たちが思い描く“大人の女性”というイメージそのままの、ふくよかな胸元と細い腰、やわらかな微笑みをたたえる唇。
単純に大人と子供を比べること自体が無駄だとカガリは告げた。
「ですが……」
「シオンくんは、あのラクスは今までとイメージが違いすぎるのに、なぜ誰も疑問に思わないのか、ってことを言いたかっただけなのにね」
「キラも言っていたが、ずっとそばに居る私たちでなければ疑問に思うことはないだろうけどな」
「というか、シオンくんはそう言ってたけど皆の受け取り方がね……どっちのラクスのスタイルがどうとか、そんなこと言うつもりは微塵もないはずなのに」
マリューは苦笑いを浮かべながら肩を窄めた。
「私だって、兄様の言いたいことくらい分かるが」
「……わたくしも分かってはいます。ただ……」
言葉を濁らせたラクスが唇を尖らせるよう小さくに呟く。
それを見たマリューが「あらあら」と、少し驚いたように口元に手をあてた。その様子をカガリが不思議そうに見つめている。
「やきもちじゃないのかしら、それ」
マリューからストレートに投げられた言葉に、ラクスが瞳を見開いた。と同時に頬を真っ赤にする。
「わっ、わたくし、そんなつもりは」
「画面とはいえ、他の女の人をじっくり見られるのも……ねぇ。私なら黙ってないけど」
「ラクスも怒ってやればいいんだ」
いつも沈着冷静で余裕綽々なシオンが、ラクスに詰め寄られてうろたえる様子を想像し、カガリが楽しそうに笑いだすと、マリューも「そうよね」と微笑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天使湯から出た三人は身支度も済ませ、艦長室へ向かったマリュー、ブリッジへと向かうカガリとラクスとに分かれ通路を進んでいた。
すると、進行方向にシオンの後姿を見つけたカガリが、その距離をものともせず彼の名を呼ぶ。
「おーい! 兄様も休憩かー?」
「っ! カガリ! ラクス!」
振り返ったシオンは、明らかに自分たちを見つけてホッとした様子を見せた。
そして今、慌ててこっちへと向かってきている。緊急事態以外で慌てる様子など、ほとんど見せたことのない、あのシオンがだ。
数秒考えを巡らせたカガリは、ひとつの可能性を導き出す。
そして普段よりも大股で数歩、歩みを進めると、近づいて来たシオンの目の前へとにじり寄った。
「カガリ?」
「私は急ぎの用事でブリッジへ戻る。代わりに兄様は休憩だ」
「え? カガ……」
「ラクス! 兄様がちゃんと休むよう見張っててくれ」
「は、はい」
有無を言わせないカガリの言動に、シオンは呆気にとられ、ラクスはただ頷くだけだ。
佇むシオンへカガリは更ににじり寄ると、見上げた所にあるその瞳を真っ直ぐに睨む。
「兄様。ブリッジでのこと、ラクス気にしてたぞ。ちゃんと謝った方がいいと思う」
小声で告げられた事実と共にカガリにジッと凄まれ、シオンが言葉に詰まる。
その様子に満足したように、カガリは「じゃあな」とその場を離れて行った。
カガリの背中をしばらく見送った後、どこか気まずそうにシオンが口を開く。
「あー……と」
「シオン。あの、先程は申し訳ありませんでした。突然休憩だなんて」
「いや、そんなことはいい。さっきは悪かった。ブリッジでは、その……偽物のラクスがいいとか言ったわけではないし、なんて言うか……なんで誰もあれが偽物だと気づかないのか不思議で……」
「……」
「ラクスが安っぽく扱われているような気がして腹が立ったというか、すまない。本当に言葉が足りなかった」
いつもは相手をまっすぐに見据えて話すシオンが、選ぶ言葉を必死に探し焦る姿にラクスがふふっと笑う。
「シオンの仰りたいことは分かっているつもりですから、気になさらないでください。ただ……マリューさんが仰るには、わたくしが……少し嫉妬してしまったみたいで……」
「え」
「……シオンがずっと画面のあの女性を見ているものですから……なんだか、その……」
だんだんと小声になって俯いてしまったラクスの言葉を、シオンは脳内で反芻する。
(嫉妬? って、嫉妬……だよな、あの)
シオンは自分の口元が緩みそうになったことに気付き、慌てて口元を手で覆った。
自分の気持ちがラクス以外の女性に向くことなど有り得ないし、モニターに映る偽物のラクスを見ていたのは、単純に本物との違いを粗探ししていただけだ。
ブリッジでの発言に対する罪悪感、それと同時に、なぜか嬉しいという感情が湧きあがってきて、シオンは自然と頬が緩むのを抑えきれなくなってしまった。
「そろそろ、ブリッジに戻ります」
自分でも持て余す、初めての感情をどう吐露すればいいのか。余裕のないラクスはシオンの心情に気付くはずもない。
どんな顔をしてシオンと向き合えばいいのか分からず、居心地の悪さを感じたラクスは語気を若干強め、たったひとこと発する。
そして、表情を隠すようにクルリと身体を翻す細い手首をシオンが掴んだ。
「俺がちゃんと休憩を取るよう見張ってくれるんだろ? それより、怒ってないなら目を合わせてくれ」
「今、顔を見られたくありません」
「そうか。偶然だな、俺もだ」
そう言うとシオンは素早く、けれど優しくラクスの手を引き、その身体を自分の腕の中に収める。
俯いたままのラクスの表情は伺いしれないが、抵抗されないということは、とりあえず今の行動は受け入れてもらえているのだろう。
「不謹慎かとは思うが、少し、嬉しくて……どうしたらいいか分からない」
「わたくしは嬉しくありません」
「そうか」
「……わたくし以外の方を……あまり、見ないでください」
「見たつもりはなかったんだが、悪かった」
シオンはその柔らかな髪に頬を寄せると、彼女の体温と匂いにうっとりと瞳を閉じた。
「毎日毎日、気の滅入るようなニュースばかりだねぇ……」
オーブを出奔してから、アークエンジェルはスカンジナビア領内の海底に潜伏していた。
ブリッジのマルチモニターには情報収集の一環として流しているニュースは内戦やテロ、紛争に関するニュースが写しだされている。
「しかし……変な感じだな。プラントとの戦闘はどうなってるんだ? 入ってくるのは連合の混乱のニュースばかりじゃないか」
それまで黙ってニュースを眺めていたカガリが、ふと何かに気付いたように口を開いた。
ニュースの内容は全て地上での出来事ばかり。まるで連合は本来の交戦相手を忘れてしまったかのように見える。
「プラントはプラントで、ずっとこんな調子ですし」
そう言ってラクスがマルチモニターの一画面を切り替えた。
そこに映っているのは、とあるアイドルのコンサート風景。派手な衣装に身を包んだピンク色の髪の少女は観客の声援を一身に受け楽しそうに歌って踊っている。
<勇敢なるザフト軍兵士のみなさーん。平和の為、わたくしたちもがんばりまーす。みなさんもお気をつけてぇー>
本人をよく知る者ならば、少なからず違和感を感じるであろう「ラクス・クライン」がそこには居た。
モニターを見つめるシオンの表情は無表情なのだが、彼が不機嫌極まりないのをクルーはひしひしと感じている。
いや、不機嫌という意味では、ここに居る者皆が眉を顰めていた。
「みなさん、楽しそうですわ」
ふんわりと微笑むラクスはいつもと変わらない。
けれど、彼女の纏う空気に何か刺々しいものが含まれているのを誰もがうっすらと感じていた。
普通に考えれば当然だろう。
自分とそっくりの容姿をもつ者が自分と同じ名を名乗り堂々とメディアに露出しているのだ。
一体誰が、何のために?
そんな疑問が皆の心を掻き乱していく。
「っていうか、いいのかよ、コレ?」
カガリはうんざりとした顔でモニターを眺めたまま、皆の脳裏に浮かんでいるであろう言葉を代弁するかのように口を開いた。
そう、画面の向こうで歌っている少女は「ラクス・クライン」と名乗っているが、あきらかに偽者だということをこの場に居る者は知っている。
「なんとかしたいのは山々だけどねぇ……下手に動いたら我々の居場所が知れてしまう。そうなれば我々を匿ってくれているスカンジナビア王国にも迷惑がかかる」
「でも、いつまでもこうしてるわけにはいきませんよね?」
肩をすくめたバルトフェルドの言葉にキラが口を開いた。
この膠着状態の中、オーブを思ってカガリがやきもきしているのを感じ、キラもまた少しでも早く動きたいと思う。
オーブへの想いという点では、カガリと同等かそれ以上の気持ちを持つはずのシオン。
なぜまだ動かないのか?という疑問を投げかけるように、キラがシオンへと視線を移すと、それに応えるようにシオンは口を開いた。
「今はまだ時期尚早だろうな……情報不足で判断は下せない」
「そうね……ユニウスセブンの落下は、確かに地球に甚大な被害を与えたけれど、その後のプラントの姿勢は真摯だったわ」
「ギルバート・デュランダルは……あの第一波攻撃の後も早まった応酬はせず、周囲をなだめて最小限の防衛策をとっただけだ」
「いい人よね。そこだけ聞けば」
思案するように、伏せ目がちのままシオンが静かに紡ぐ言葉をマリューが締めくくる。その言葉にカガリも複雑な表情で小さく頷いた。
「実際、私も良い指導者だと思っていた……ラクスの暗殺と、この件を知るまでは」
「そうだな。アスランもそう思ったからこそプラントに行くと言い出したんだろう」
カガリの言葉に、シオンはモニターの中で歌うピンクの髪の少女を見つめる。
彼女に向けられる声援は紛れもなくステージ上の「ラクス・クライン」へと向けられているものだ。
けれどその少女は「ラクス・クライン」ではない。だが、声援に応える屈託のないその笑顔が、応援している者へと力を与えているのは容易に感じられた。複雑な想いが胸を覆っていく。
「じゃあ、誰がラクスを殺そうとしたんですか?」
普段からはあまり想像できない、怒りを含んだようなきつい声でキラが問いかけると、皆が押し黙った。
ラクスの命が狙われ、同時にこのモニターに映っている偽者のラクスが登場する。この事実が意味するものは想像に難くない。
本物のラクスを消し去りたいと考える誰かがいるということ。それは一体誰なのか?
「これじゃ、僕には信じられない。この人は……みんなを騙してる」
「それが政治といえば政治かもしれんがね」
バルトフェルドが皮肉げに呟き、マリューが小さく首をひねる。
「知らないはずはないでしょうし……ね。これ」
「何を考えてるのかな、議長は……」
あの柔和そうな人物を思い出し、カガリは小さくつぶやいた。彼がラクスを殺そうとしたとは到底考えられなかった。
「ユーラシア西側のような状況を見ていると、ザフトの味方をして地球軍を撃ちたくなっちゃうけど……」
目に余る地球軍のやりかた、それとは対照的に理性的で正当な行為を続けているように見えるプラント。
目の前に映し出されているこの事実さえなければ、の話だ。
マリューはそこで言葉を切ってシオンを見る。
だが彼はそれに答えず、腕組みをしたまま真剣な面持ちでモニターを凝視していた。
「……誰がどう見ても別人だろ」
呆れたような溜め息と共に呟かれたシオンの言葉に、マリューは大きなまばたきを繰り返す。
今この場での話題は、既にモニターの向こうにいる「ラクス・クライン」からは離れ、もっと大局的なものへと変わっているはずだ。
小さく「は?」とか「え?」などの小さな声があちこちから聞こえる中、キラは何事もなかったかのようにシオンの言葉に応えた。
「まぁ確かに、本物のラクスをよく知っていている僕たちからすれば、かなりの違和感がありますけど、画面を通してしかラクスを知らない人から見れば、ただのイメージチェンジで終っちゃうんじゃないですか?」
「イメージチェンジ? あれがか?」
容姿と声はそっくりだが「歌姫ラクス・クライン」の持つ、清楚で可憐な雰囲気とはまるで違う空気を纏う、画面の向こうの「ラクス・クライン」
はつらつとした愛らしさは確かにアイドルとして輝いているが、あまりにもそのキャラクターが違いすぎる。それをイメージチェンジのひとことで片付けるのか。
シオンの心情を表すように、その眉間には皺が寄り、声のトーンは下がっていく。
「確かに外見はそっくりだが、スタイルや立ち居振る舞い……話し方でも明らかに別人だと分かりそうなもんだがな」
「スタイル……ですか?」
淡々と告げられた言葉に、キラが茫然としている。
シオンの口から発せられた「スタイル」という単語からイメージされ脳裏に浮かんだことは、ほぼ皆同じだろう。
「衣装の露出度が高くてあからさまだ。これじゃあ歌姫じゃなくてグラビアアイドルの類いじゃないか」
周囲が固まったのにも関わらず、呟いた当の本人はモニターに映る「ラクス・クライン」の姿を目で追っていく。
シオンにしてみれば、大切な存在であるラクスが安っぽい戯画にまで貶められているようで不愉快極まりないのだ。
「歌姫ラクス・クライン」が今まで人々にもたらしてきた癒し、与えてきた勇気とは明らかに毛色が違う。なぜそれに違和感を感じないのか、と。
だが、そんなシオンの心情を完璧に伝えるには何かが足りなかったのか、「スタイルで別人と分かりそうだ」という言葉だけが独り歩きしてしまう。
何からどうフォローすればいいのか、皆が言葉を探していると、それまで黙っていたラクスが口を開いた。
「……シオンは」
「ラクス?」
「その、やはり……っ…」
そこでようやくモニターから視線を外したシオンは、何か言いたそうにしているラクスへと向き直ると、カガリがものすごい速さと勢いでシオンの胸倉を乱暴に掴んだ。予想外の出来事にシオンはされるがままで、目の前のカガリの名を呼ぶしか出来ないでいる。
「っ?! カガリ?!」
「に、ににに兄様!! ラクスというものがありながら、こんな……こんな無駄に胸がデカイだけの女が良いとか言うのか?!」
「? あのラクスを良いとは……っ、ひとことも……」
「今言ったじゃないか! あっちのラクスのほうがスタイルがどうとか!」
「……っカガリ、ちょ……っ」
「ちょっと落ち着いて、カガリ」
手加減なしにシオンに食ってかかるカガリをたしなめるようにキラが割って入ると、ハッとしたようにカガリは手を離す。
思いのほか強い力で首元を圧迫されたシオンは小さく咳き込んでいた。
「わ、わたくし……っ」
俯き加減だったラクスがゆっくりと顔を上げる。
「あのっ、少し休憩をいただきます。カガリさんとマリューさんもご一緒にいかがですか?」
「ああ。私はかまわないぞ」
「私はまだ仕事が……」
素直に返事をするカガリとは対照的に、マリューは言葉を濁す。
それはそうだろう。立場上、今すぐ休憩を取るとは言い出しずらいと考えるのが普通だ。
そんなマリューの心中を察したバルトフェルドが小さく咳払いをする。
「あー、ラミアス艦長。ここは俺が引き受けるから、コーヒーでも飲んでゆっくりしてきたらどうだ?」
言いよどむマリューの背中を、バルトフェルドがかなり強引に押した。
そしてアイコンタクトを交わすと、マリューは2人の少女をつれてブリッジを出ていった。
何からどう突っ込めばいいのか分からない状況に置かれていたクルーは、心の中でそっと胸を撫で下ろしていたに違いない。
そんな微妙な空気の中、いきなりカガリに締め上げられた上になんとなく居心地の悪い雰囲気になったことに、シオンは怪訝そうな表情を浮かべていた。
「カガリのやつ、なんなんだ、いきなり……」
「いやいや、いきなりあれはマズイと思うぞシオン」
カガリに掴み上げられたせいで乱れた服装を直そうと、襟元に手を添えながら呟くシオンに、バルトフェルドが苦笑いを浮かべながら口を開いた。
その言葉は、ここにいる誰もが思っていた言葉だろう。だが、返されたシオンの言葉もまた正論で、バルトフェルドの口から思わずため息がもれた。
「俺は事実を言ったまでだ。顔と声だけ似てても駄目だろう。どうせ偽者を仕立てるなら全て完璧に似せるべきだと思わないか?」
偽物であるラクスの姿を思い出したシオンは「あれのどこがラクスだと言うんだ。まったく」と、珍しく感情的になり言葉尻を荒げ、イラ立ちを隠しもせずに唇をへの字に曲げている。
「シオンさん……いくらラクスとの相違点を言っただけでも、あれじゃ絶対にラクス誤解すると思います」
「誤解?」
「ええ。シオンさんは巨乳……あ、いや、グラマラスな人が好みだって」
「……」
茫然とするシオンの顔には「なぜそういう解釈になる」とはっきり書かれていた。
そんなシオンを見てキラは苦笑いを浮かべる。
「シオンさんて、たまにすごく鈍いですよね」
「鈍い……」
「誤解されるだけならいいですけど、傷つくかも」
年齢以上に大人びた雰囲気を持つシオン。
作戦指揮などで発揮される頭脳は、プライベートな事案、こと恋愛に関してはあまり発揮されることは無いようだった。
ブリッジにいたクルーは2人の会話に耳を傾けながら、キラって意外と大人なんだなーと認識を改めている。
そして、数秒経過の後、何かに気付いた様子のシオンが慌ててブリッジを飛び出したかと思うと、キラが笑顔で見送っていた。
行く先は皆の予想通りなのだろうが、その後どういうやり取りがされるのかクルーの興味は尽きない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シオンがラクスを探して艦内を走り回っていた頃、マリュー達は「天使湯」に居た。
ヤキンドゥーエ戦を戦い抜き、多大な損傷を被ってから数年。
アークエンジェルは装備はもとより艦内も様々な改修が施され、そのうちのひとつがリラクゼーション施設となる露天風呂を模した「天使湯」だ。
「なんて言うのかしら……この数年でシオンくんなんだか年相応になったっていうか……男の子なんだなぁって思っちゃったわ」
「そんな微笑ましいことなのか」
大人の余裕そのままに、ふふっと笑みを浮かべるマリューにカガリが憮然と言葉を返す。
誰かの部屋でゆっくりお茶でもしながら休憩しようと言うカガリに、半ば強引に「気分転換するならここでしょう?」とマリューが連れてきたのだ。
「どうすれば大きくなるんでしょう」
マリューと自分の胸元を交互に眺めたラクスは、俯くと小さく呟いた。
それを見たカガリが、あのなぁ、と呆れた様子で口を開く。
「大きければいいってもんでもないだろう」
10代である自分たちが思い描く“大人の女性”というイメージそのままの、ふくよかな胸元と細い腰、やわらかな微笑みをたたえる唇。
単純に大人と子供を比べること自体が無駄だとカガリは告げた。
「ですが……」
「シオンくんは、あのラクスは今までとイメージが違いすぎるのに、なぜ誰も疑問に思わないのか、ってことを言いたかっただけなのにね」
「キラも言っていたが、ずっとそばに居る私たちでなければ疑問に思うことはないだろうけどな」
「というか、シオンくんはそう言ってたけど皆の受け取り方がね……どっちのラクスのスタイルがどうとか、そんなこと言うつもりは微塵もないはずなのに」
マリューは苦笑いを浮かべながら肩を窄めた。
「私だって、兄様の言いたいことくらい分かるが」
「……わたくしも分かってはいます。ただ……」
言葉を濁らせたラクスが唇を尖らせるよう小さくに呟く。
それを見たマリューが「あらあら」と、少し驚いたように口元に手をあてた。その様子をカガリが不思議そうに見つめている。
「やきもちじゃないのかしら、それ」
マリューからストレートに投げられた言葉に、ラクスが瞳を見開いた。と同時に頬を真っ赤にする。
「わっ、わたくし、そんなつもりは」
「画面とはいえ、他の女の人をじっくり見られるのも……ねぇ。私なら黙ってないけど」
「ラクスも怒ってやればいいんだ」
いつも沈着冷静で余裕綽々なシオンが、ラクスに詰め寄られてうろたえる様子を想像し、カガリが楽しそうに笑いだすと、マリューも「そうよね」と微笑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天使湯から出た三人は身支度も済ませ、艦長室へ向かったマリュー、ブリッジへと向かうカガリとラクスとに分かれ通路を進んでいた。
すると、進行方向にシオンの後姿を見つけたカガリが、その距離をものともせず彼の名を呼ぶ。
「おーい! 兄様も休憩かー?」
「っ! カガリ! ラクス!」
振り返ったシオンは、明らかに自分たちを見つけてホッとした様子を見せた。
そして今、慌ててこっちへと向かってきている。緊急事態以外で慌てる様子など、ほとんど見せたことのない、あのシオンがだ。
数秒考えを巡らせたカガリは、ひとつの可能性を導き出す。
そして普段よりも大股で数歩、歩みを進めると、近づいて来たシオンの目の前へとにじり寄った。
「カガリ?」
「私は急ぎの用事でブリッジへ戻る。代わりに兄様は休憩だ」
「え? カガ……」
「ラクス! 兄様がちゃんと休むよう見張っててくれ」
「は、はい」
有無を言わせないカガリの言動に、シオンは呆気にとられ、ラクスはただ頷くだけだ。
佇むシオンへカガリは更ににじり寄ると、見上げた所にあるその瞳を真っ直ぐに睨む。
「兄様。ブリッジでのこと、ラクス気にしてたぞ。ちゃんと謝った方がいいと思う」
小声で告げられた事実と共にカガリにジッと凄まれ、シオンが言葉に詰まる。
その様子に満足したように、カガリは「じゃあな」とその場を離れて行った。
カガリの背中をしばらく見送った後、どこか気まずそうにシオンが口を開く。
「あー……と」
「シオン。あの、先程は申し訳ありませんでした。突然休憩だなんて」
「いや、そんなことはいい。さっきは悪かった。ブリッジでは、その……偽物のラクスがいいとか言ったわけではないし、なんて言うか……なんで誰もあれが偽物だと気づかないのか不思議で……」
「……」
「ラクスが安っぽく扱われているような気がして腹が立ったというか、すまない。本当に言葉が足りなかった」
いつもは相手をまっすぐに見据えて話すシオンが、選ぶ言葉を必死に探し焦る姿にラクスがふふっと笑う。
「シオンの仰りたいことは分かっているつもりですから、気になさらないでください。ただ……マリューさんが仰るには、わたくしが……少し嫉妬してしまったみたいで……」
「え」
「……シオンがずっと画面のあの女性を見ているものですから……なんだか、その……」
だんだんと小声になって俯いてしまったラクスの言葉を、シオンは脳内で反芻する。
(嫉妬? って、嫉妬……だよな、あの)
シオンは自分の口元が緩みそうになったことに気付き、慌てて口元を手で覆った。
自分の気持ちがラクス以外の女性に向くことなど有り得ないし、モニターに映る偽物のラクスを見ていたのは、単純に本物との違いを粗探ししていただけだ。
ブリッジでの発言に対する罪悪感、それと同時に、なぜか嬉しいという感情が湧きあがってきて、シオンは自然と頬が緩むのを抑えきれなくなってしまった。
「そろそろ、ブリッジに戻ります」
自分でも持て余す、初めての感情をどう吐露すればいいのか。余裕のないラクスはシオンの心情に気付くはずもない。
どんな顔をしてシオンと向き合えばいいのか分からず、居心地の悪さを感じたラクスは語気を若干強め、たったひとこと発する。
そして、表情を隠すようにクルリと身体を翻す細い手首をシオンが掴んだ。
「俺がちゃんと休憩を取るよう見張ってくれるんだろ? それより、怒ってないなら目を合わせてくれ」
「今、顔を見られたくありません」
「そうか。偶然だな、俺もだ」
そう言うとシオンは素早く、けれど優しくラクスの手を引き、その身体を自分の腕の中に収める。
俯いたままのラクスの表情は伺いしれないが、抵抗されないということは、とりあえず今の行動は受け入れてもらえているのだろう。
「不謹慎かとは思うが、少し、嬉しくて……どうしたらいいか分からない」
「わたくしは嬉しくありません」
「そうか」
「……わたくし以外の方を……あまり、見ないでください」
「見たつもりはなかったんだが、悪かった」
シオンはその柔らかな髪に頬を寄せると、彼女の体温と匂いにうっとりと瞳を閉じた。