COLORS(種運命)
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――destiny10――戦場への帰還
アークエンジェルへと帰艦したアマテラスとフリーダム。
そのコックピットでカガリは、整理のつかない思考回路と、困惑する気持ちを持て余していた。
自分が居なくなった式場ではきっと皆が慌てふためいて混乱しているだろう。なにより国民に心配を与えてしまったことに胸が痛む。
けれど、この大天使の名を冠する艦を目にした瞬間、胸に芽生えたのは例えようのない安堵だった。
「……兄様っ」
手放したはずの力。
それらを再び手にして、突然目の前に現れたシオンとキラ。
彼らの成そうとすることが分からず、カガリはただ言葉を待つ。
シオンはというと、機体をハンガーに固定させながら、内心ため息をついていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『このままじゃ、ダメだと思う』
『俺もそうは思うが……いい策が思いつかない。今更同盟を解消できるわけでもないし、何より……』
『カガリさんとも連絡が取れませんし』
思いつめたようなキラの言葉にシオンは淡々と返す。想いとは裏腹に、目の前にはどうすることもできない現実がある。
『でも、ちゃんと話して、カガリのした事、しようとした事……わかってもらいたい。何より、こんなことカガリが望んでるわけない! シオンさんだってわかってるんでしょ!?』
『わかっていても、こればかりは』
『シオンさん。カガリの結婚式……国家元首の結婚式なんだから当然盛大にしますよね。となると、当然パレードだってあるだろうし、ずっと建物の中にいるわけじゃないですよね』
『――確かに。なによりも、メインのセレモニーはハウメアの神殿で行われるはず……って、まさかキラ』
『僕はまだ何も言ってないですよ?』
にっこりとそう告げるキラに、開いた口が塞がらなかった。
自分の脳裏をよぎった考えが余りに突拍子すぎて、隣で不思議そうに見上げてくるラクスにすら気づかないほどに呆然としていた気がする。
『いや、国家元首の結婚式だからこそ警備も厳重すぎるほど……』
『アマテラスとフリーダムがあるじゃないですか』
『な……っ』
『何か良い方法がございますの?』
キラとシオンだけで進む会話に、タイミングを見計らったようにラクスが割って入った。
その質問に、なぜかキラの表情が生き生きとして見えたのはシオンの気のせいなのか。
『厳重な警備の中を僕たちが潜入するのは難しいから、MSでカガリを迎えに行こうかな、って』
『お迎えにですか?』
『待てっ、国家元首を攫うだなんて、国際手配の犯罪者だ!』
『オーブの僕たちがオーブの代表を迎えに行って何が悪いんですか? いい大人たちがこぞってカガリを孤立させて追い込んで、ウズミさんが命をかけて守ろうとした理念と国を歪めて……シオンさんは平気なんですか!?』
『――キラ』
『今ならっ、今ならまだ間に合うと思うから……っ』
いつも穏やかに話す彼にしては珍しく、こみ上げる感情そのままに言葉を吐き出すキラに、シオンは抑えようとしていた感情が沸き起こるのを感じていた。
カガリが必死に悩んで考え抜いた結果選んだ道なら――と考えていた自分。
しかし、それがオーブ国民を、なによりもカガリを不幸にするのなら、違う道を模索すべきだと思う自分も居る。
――ただ、今更自分が動いたところで間に合うのだろうか――
『わたくしはキラの意見に賛成ですわ。悩み、迷っているからこそ、動くべきだと思いませんか?』
『ラクスまで……』
『じゃあ多数決で決定ですね』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――しかし……こんな簡単に国家元首を攫って来られるとは……
「話は下でしよう。ドレスも悪くはないが、まずは着替えだな」
小さく笑う、先ほどまでの真剣さとはうって変わったシオンの表情と、冗談めいた口調にカガリは呆気に取られた。
「えっ?! ちょっと、兄様っ」
有無を言わせず、シオンはカガリを先にラダーで降下させる。
床に降り立ったカガリは、待っていたパイロットスーツ姿のキラと、その隣に佇むピンクの髪の少女の存在に目を丸くした。
目の前に佇む彼女は、いつものふわふわとしたワンピースではなく、2年前のように凛とした雰囲気と衣装を纏い、何か強い決意を胸に秘めているように感じられる。
「ラクスっ」
プラントでの全てを捨ててオーブに留まる決意をし、戦争で傷ついたシオンのそばにずっと寄り添っていた少女。
しばらくの間そっとしておいて欲しい、と懇願されたこともあった。
約2年間の出来事が、ほんの一瞬の間にカガリの脳裏によみがえる。
「カガリさん、ご無沙汰しております」
言葉を告げないでいるカガリを他所に、ふわりと微笑むラクス。
自分のあずかり知らない所で、皆が何か行動を起こそうとしているのだと感じ、カガリの胸に何か寂しさのような感情がこみ上げてきた。
言いたい事、聞きたい事が頭の中でぐるぐると駆け巡り、上手く言葉が切り出せないでいると、キラがゆっくりと歩み寄ってくる。
「大丈夫? カガリ」
「キラ……」
ずっと変わらない優しいアメジストの瞳。
大丈夫かと問いかける、その言葉が指すものが一体何なのか、当てはまるものがあり過ぎて、何かを堪えるようにカガリは唇をきつく引き結んだ。
ずっと1人で思い悩んで、やっと出した答えがユウナとの結婚だった。それを台無しにされたというのに、どこかホッとしている自分がいるのも事実で。
「シオン、おつかれさまです」
カガリに続いてコックピットから降りてきたシオンにラクスが笑みを向けると、それに応えるようにシオンが表情を和らげる。
自然に寄り添う二人の姿に、カガリは自分が手離そうとした存在を思い出していた。
――この道を選ぶまでは、ずっと側に居てくれた、その人を。
「カガリの着替えは?」
「準備してあります。ご案内しますわね」
「頼む。皆、着替えが終わったらブリッジへ」
「はい」
キラとラクスの返事を聞くと同時に、シオンは格納庫を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「びっくりしました?」
「するに決まってるだろ! MSで突然っ、しかもアークエンジェルまで」
カガリの荒っぽい口調を気にすることもなく、ラクスは時折振り返りカガリに歩調を合わせ通路を進んだ。
慣れないドレスとパンプスを身に着けているせいで、思うように歩が進まないカガリは、その苛立ちをぶつける様に乱暴に足を進めている。
「色々お考えになった結果だとは思いますが、カガリさん自身が幸せでなければ、オーブの国民も幸せにはなれませんわ」
「わ、私はっ……」
「悲しみを押し隠した笑顔など、すぐにバレてしまいます。オーブの皆様はそれだけカガリさんを愛していらっしゃいますもの」
「っ! 悲しくなんかっ」
足を止め、ゆっくりと振り返ったラクスに笑顔でそう告げられたカガリは思わず声を荒げてしまう。
ドレスを掴み上げていた手にも力が入る。
この結婚に対する自分の考えが簡単に見抜かれたようで、なぜか悔しかった。
「なら、なぜシオンの手を取ってここまでいらしたのですか?」
先ほどまで、柔らかな雰囲気を纏っていたラクスの声色が変わる。
凛とした声と、真っ直ぐに見つめてくる視線に圧倒されたカガリは言葉に詰まった。
オーブの理念を守りたくても、父の想いを継ぎたくても、何も出来ずにただ過ぎるだけの時間。
自分が唯一出来る事だと信じ選んだ道。
けれど心の中では誰かに助けてほしかった。もっと別の方法があると言って欲しかった。
差し出されたシオンの手は、文字通り、カガリにとって救いの手だった。
「それはっ、無理やり……っ、というか、突然MSが目の前に現れれば誰だって……!」
「確かにMS相手では、大人しくするしかありませんわね」
ふふっ、と小さく笑うラクスに、全て見透かされている気がしたカガリは、更に頬を赤くし声を荒げる。
「なぜ止めなかったんだ! わかってるのか!? 国際手配されてもおかしくないんだぞ!」
「――シオンは、カガリさんがこうなってしまった事を、自分の所為だと悔やんでました」
国際手配される可能性は承知の上だとシオンは話してくれた。
今の自分はただの民間人だから、何かあったとしてもたいした問題にはならないだろう――と、本気とも冗談ともつかない事を笑いながら言うのだ。
行動原理の全てが「人のしあわせのため」のように思えるシオン。
今回の件は、ウズミに託されたカガリとオーブを守りたいがためなのだろう。
いくら今は民間人でも、数年前まではオーブの代表代理として表舞台でその能力を遺憾なく発揮していた人物だ。万が一国際手配されたとなれば、大問題に発展するのは目に見えている。
それでも突き進んだ彼。ならば自分も、持てる全てで彼を助けようと決めた。
「こんな事ではウズミ様に申し訳がない、と」
「だが、それとこれとは!」
「別の問題ですか?」
「ユウナとのことは、私が決めたんだ! 兄様が気に病むことは何もない!」
「カガリさんがそう決断せざるを得ない状況にしたのは自分だと……シオンはそう思っています」
「……っ」
静かに告げるラクスの言葉にカガリはその瞳を大きく見開いた。
自分が選んだ道。それがシオンを苦しめたというラクスの言葉が、カガリの胸を貫く。
未熟な自分を不甲斐なく思いながら、何の手助けもしてくれないシオンを恨んだ瞬間が何度もあった。
けれど、今こうして冷静に考えれば簡単に分かる事ではないか。
オーブを背負うのは自分で、シオンはそれを精一杯サポートするだけだと何度も何度も言葉にしていた。
「こちらでまずはお着替えを。わたくしは先にブリッジへ行っておりますので、カガリさんも早くいらしてくださいね」
そう言い残して立ち去ったラクスの後ろ姿を、ただ黙って見送る。
今アークエンジェル艦内に居るのは現実なのだろうか、ふと思った。
孤独と悲しみと悔しさとで涙が止まらなかった、そんな絶望の淵から引き上げてくれた優しくて大きな手。
共に信じ戦い抜いた懐かしい面々と艦。
「――兄様……」
案内された部屋の前でカガリはしばらく立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドレスを脱ぎ捨て準備されていた軍服に身を包んだカガリは、意を決してブリッジへと続く扉をくぐった。
「いったいどうして、こんなバカな真似をしたんだ! しかも兄様まで一緒になって……結婚式場から国家元首をさらうなど、国際手配の犯罪者だぞ! こんなことしてくれなんて誰が頼んだ!」
潜行中のアークエンジェル。そのブリッジへ着くなりカガリはクルーを怒鳴りつけた。
その怒りは当然クルーやシオンの身を案じてのことだと分かってはいるが、さすがに頭ごなしに怒鳴られっぱなしというのは少々気が滅入る。
いまだ怒りに燃えるカガリを見据え、シオンは対照的な声で静かに口を開いた。
「別に犯罪者になった覚えはないな。俺は最大限の権限を持って、代表が正しい政治的判断を下せる環境にお連れしただけだ。ちゃんと言っただろう? 代表は責任を持って保護、護衛すると。だいたい、世界情勢の不安定なこの時期に、お前にまで馬鹿な真似をされたらフォローするのが大変だ」
「馬鹿なこと!? 」
自分が苦しみ抜いて取った行動を一蹴され、カガリは鋭い視線でシオンを睨みつけた。
「シオン、カガリさんは……」
カガリの気持ちを思いやり、ラクスがシオンを制するようにそっと手を伸ばす。と、その手をやんわりと押し返しながら「大丈夫だ」とシオンは微笑んだ。
「なにが……なにが馬鹿なことだというんだ! 私はオーブの代表だぞ。私だって、悩んで……悩んで、悩みつくして、苦しんで……国と民のためにと! 兄様はこの2年、なにもしてくれなかったじゃないか! 私がどれだけ頼んでもずっと……それなのに今更出てきて私の決断を間違ってるだなんて……勝手すぎる!!」
「そうだな。俺はこの2年何もしようとしなかった。それはオーブの代表はあくまでお前だからだ。あのまま俺が居ればお前の成長が止まると思った……それで……」
シオンは悔しそうに唇をかみ締めて押し黙る。
オーブの未来を考え、自分が良かれと思った行動だったはずなのに、それがもたらした結果がこれだ。ウズミに託されたカガリを追い詰めて苦しめただけだった。悔やんでも悔やみきれない。
そんなシオンの胸中を察したのか、キラが静かに割って入った。
「ねぇ、カガリはあの人たちの進めた大西洋連邦との同盟締結やユウナさんとの結婚が国の為になると本気で思っているの?」
カガリは一瞬、言葉に詰まるものの、拳を握り締めて口を開いた。
「しょうがないんだ! オーブは再び国を焼くわけにはいかない……そのためには今はこれしか道はないじゃないか!」
カガリの悲痛なまでの叫びに、シオンは胸に鈍い痛みを覚えた。亡き父の遺志を継ぎ、国民のためにとひとりでどれほど思い悩んだのだろうか……。そうさせてしまった責任が自分にはあるのだと痛感する。
言葉を探すシオンの隣でキラがカガリへと更に問い返した。
「それでオーブさえ焼かれなければいいの? 他の国が焼かれるならいいの?」
静かに胸に突き刺さったその言葉に、カガリはキラを見つめる。その視線を外すことなく、キラは冷ややかに言葉を続けた。
「もしも……もしもいつかオーブが他の国を焼くことになっても、それはいいの?」
「いや、それはっ」
「カガリ――このままいけば、間違いなく今度はオーブが他国を焼く側になる。そうなれば、焼かれた国との間に新たな争いの火種が起こり、憎しみの連鎖が始まる……」
カガリを諭すように、2年前と同じ言葉をシオンは口にした。
その言葉はさらにカガリの胸を打つ。
さっきまでの勢いは鳴りを潜め、押し黙るカガリにキラが問いかけた。
「ウズミさんの言ったこと……覚えてる?」
――このまま進めば世界はやがて、認めないもの同士が際限なくあらそうことになろう
――そんなもので良いのか!? きみたちの未来は!
いいわけがない。
オーブをそんな国にしたくないからこそ必死に頑張ってきたはずなのに、いつの間にか間違った道を進んでいたのだ。
良かれと思った選択は間違っていたのだと改めて思い知る。どうしよう……取り返しのつかないことをしてしまった……。
「お前が大変だったのは知ってるし、今までなにも助けてやれずすまなかった。だが、今ならまだ間に合うかも知れない」
いつもの柔らかくあたたかいシオンの声がカガリの胸に染み込んでいく。
「……間に……合う?」
「うん。僕たちにも、まだ、いろいろな事が分からないけど……でも、だから、間に合うと思うんだ」
そう言ってキラはポケットから何かを取り出すと、そっとカガリの手を取って握らせた。それはアスランからカガリへと送られた指輪だった。
もらってすぐに左手に飾られたそれを毎日眺めて触れては、あたたかな気持ちで胸が満たされた日々を思い出し、カガリの瞳が涙で潤む。
「みんな同じだよ。選ぶ道を間違えたら、行きたいところへは行けない……」
キラの静かな声に、カガリは涙で濡れた瞳をゆっくりとあげる。キラの隣には優しく微笑むシオンも佇んでいた。
「間違えても、きっとやり直せる。だから……」
「そうだよ。カガリも一緒に行こう」
ふたりの言葉にカガリの肩から力が抜けていく。オーブの代表として、たった一人で全てを背負って歩いていこうとしていたことが間違いだったと気づいたのだ。
こうして見守ってくれていた存在があったのに、いつの間にかそれを忘れてしまっていた。悔しくて申し訳なくて、ただただ涙が溢れて止まらない。
「――っ……兄さ……、キラ……ッ」
カガリは指輪を握り締めると、そのまま泣き崩れてしまった。
そんな彼女をキラはそっと抱きとめてやさしく髪を撫でている。その様子を見守りながらシオンの決意は揺るがないものへとなった。
今度こそ、逃げずに正しい答えを見つけなければ……と。
アークエンジェルへと帰艦したアマテラスとフリーダム。
そのコックピットでカガリは、整理のつかない思考回路と、困惑する気持ちを持て余していた。
自分が居なくなった式場ではきっと皆が慌てふためいて混乱しているだろう。なにより国民に心配を与えてしまったことに胸が痛む。
けれど、この大天使の名を冠する艦を目にした瞬間、胸に芽生えたのは例えようのない安堵だった。
「……兄様っ」
手放したはずの力。
それらを再び手にして、突然目の前に現れたシオンとキラ。
彼らの成そうとすることが分からず、カガリはただ言葉を待つ。
シオンはというと、機体をハンガーに固定させながら、内心ため息をついていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『このままじゃ、ダメだと思う』
『俺もそうは思うが……いい策が思いつかない。今更同盟を解消できるわけでもないし、何より……』
『カガリさんとも連絡が取れませんし』
思いつめたようなキラの言葉にシオンは淡々と返す。想いとは裏腹に、目の前にはどうすることもできない現実がある。
『でも、ちゃんと話して、カガリのした事、しようとした事……わかってもらいたい。何より、こんなことカガリが望んでるわけない! シオンさんだってわかってるんでしょ!?』
『わかっていても、こればかりは』
『シオンさん。カガリの結婚式……国家元首の結婚式なんだから当然盛大にしますよね。となると、当然パレードだってあるだろうし、ずっと建物の中にいるわけじゃないですよね』
『――確かに。なによりも、メインのセレモニーはハウメアの神殿で行われるはず……って、まさかキラ』
『僕はまだ何も言ってないですよ?』
にっこりとそう告げるキラに、開いた口が塞がらなかった。
自分の脳裏をよぎった考えが余りに突拍子すぎて、隣で不思議そうに見上げてくるラクスにすら気づかないほどに呆然としていた気がする。
『いや、国家元首の結婚式だからこそ警備も厳重すぎるほど……』
『アマテラスとフリーダムがあるじゃないですか』
『な……っ』
『何か良い方法がございますの?』
キラとシオンだけで進む会話に、タイミングを見計らったようにラクスが割って入った。
その質問に、なぜかキラの表情が生き生きとして見えたのはシオンの気のせいなのか。
『厳重な警備の中を僕たちが潜入するのは難しいから、MSでカガリを迎えに行こうかな、って』
『お迎えにですか?』
『待てっ、国家元首を攫うだなんて、国際手配の犯罪者だ!』
『オーブの僕たちがオーブの代表を迎えに行って何が悪いんですか? いい大人たちがこぞってカガリを孤立させて追い込んで、ウズミさんが命をかけて守ろうとした理念と国を歪めて……シオンさんは平気なんですか!?』
『――キラ』
『今ならっ、今ならまだ間に合うと思うから……っ』
いつも穏やかに話す彼にしては珍しく、こみ上げる感情そのままに言葉を吐き出すキラに、シオンは抑えようとしていた感情が沸き起こるのを感じていた。
カガリが必死に悩んで考え抜いた結果選んだ道なら――と考えていた自分。
しかし、それがオーブ国民を、なによりもカガリを不幸にするのなら、違う道を模索すべきだと思う自分も居る。
――ただ、今更自分が動いたところで間に合うのだろうか――
『わたくしはキラの意見に賛成ですわ。悩み、迷っているからこそ、動くべきだと思いませんか?』
『ラクスまで……』
『じゃあ多数決で決定ですね』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――しかし……こんな簡単に国家元首を攫って来られるとは……
「話は下でしよう。ドレスも悪くはないが、まずは着替えだな」
小さく笑う、先ほどまでの真剣さとはうって変わったシオンの表情と、冗談めいた口調にカガリは呆気に取られた。
「えっ?! ちょっと、兄様っ」
有無を言わせず、シオンはカガリを先にラダーで降下させる。
床に降り立ったカガリは、待っていたパイロットスーツ姿のキラと、その隣に佇むピンクの髪の少女の存在に目を丸くした。
目の前に佇む彼女は、いつものふわふわとしたワンピースではなく、2年前のように凛とした雰囲気と衣装を纏い、何か強い決意を胸に秘めているように感じられる。
「ラクスっ」
プラントでの全てを捨ててオーブに留まる決意をし、戦争で傷ついたシオンのそばにずっと寄り添っていた少女。
しばらくの間そっとしておいて欲しい、と懇願されたこともあった。
約2年間の出来事が、ほんの一瞬の間にカガリの脳裏によみがえる。
「カガリさん、ご無沙汰しております」
言葉を告げないでいるカガリを他所に、ふわりと微笑むラクス。
自分のあずかり知らない所で、皆が何か行動を起こそうとしているのだと感じ、カガリの胸に何か寂しさのような感情がこみ上げてきた。
言いたい事、聞きたい事が頭の中でぐるぐると駆け巡り、上手く言葉が切り出せないでいると、キラがゆっくりと歩み寄ってくる。
「大丈夫? カガリ」
「キラ……」
ずっと変わらない優しいアメジストの瞳。
大丈夫かと問いかける、その言葉が指すものが一体何なのか、当てはまるものがあり過ぎて、何かを堪えるようにカガリは唇をきつく引き結んだ。
ずっと1人で思い悩んで、やっと出した答えがユウナとの結婚だった。それを台無しにされたというのに、どこかホッとしている自分がいるのも事実で。
「シオン、おつかれさまです」
カガリに続いてコックピットから降りてきたシオンにラクスが笑みを向けると、それに応えるようにシオンが表情を和らげる。
自然に寄り添う二人の姿に、カガリは自分が手離そうとした存在を思い出していた。
――この道を選ぶまでは、ずっと側に居てくれた、その人を。
「カガリの着替えは?」
「準備してあります。ご案内しますわね」
「頼む。皆、着替えが終わったらブリッジへ」
「はい」
キラとラクスの返事を聞くと同時に、シオンは格納庫を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「びっくりしました?」
「するに決まってるだろ! MSで突然っ、しかもアークエンジェルまで」
カガリの荒っぽい口調を気にすることもなく、ラクスは時折振り返りカガリに歩調を合わせ通路を進んだ。
慣れないドレスとパンプスを身に着けているせいで、思うように歩が進まないカガリは、その苛立ちをぶつける様に乱暴に足を進めている。
「色々お考えになった結果だとは思いますが、カガリさん自身が幸せでなければ、オーブの国民も幸せにはなれませんわ」
「わ、私はっ……」
「悲しみを押し隠した笑顔など、すぐにバレてしまいます。オーブの皆様はそれだけカガリさんを愛していらっしゃいますもの」
「っ! 悲しくなんかっ」
足を止め、ゆっくりと振り返ったラクスに笑顔でそう告げられたカガリは思わず声を荒げてしまう。
ドレスを掴み上げていた手にも力が入る。
この結婚に対する自分の考えが簡単に見抜かれたようで、なぜか悔しかった。
「なら、なぜシオンの手を取ってここまでいらしたのですか?」
先ほどまで、柔らかな雰囲気を纏っていたラクスの声色が変わる。
凛とした声と、真っ直ぐに見つめてくる視線に圧倒されたカガリは言葉に詰まった。
オーブの理念を守りたくても、父の想いを継ぎたくても、何も出来ずにただ過ぎるだけの時間。
自分が唯一出来る事だと信じ選んだ道。
けれど心の中では誰かに助けてほしかった。もっと別の方法があると言って欲しかった。
差し出されたシオンの手は、文字通り、カガリにとって救いの手だった。
「それはっ、無理やり……っ、というか、突然MSが目の前に現れれば誰だって……!」
「確かにMS相手では、大人しくするしかありませんわね」
ふふっ、と小さく笑うラクスに、全て見透かされている気がしたカガリは、更に頬を赤くし声を荒げる。
「なぜ止めなかったんだ! わかってるのか!? 国際手配されてもおかしくないんだぞ!」
「――シオンは、カガリさんがこうなってしまった事を、自分の所為だと悔やんでました」
国際手配される可能性は承知の上だとシオンは話してくれた。
今の自分はただの民間人だから、何かあったとしてもたいした問題にはならないだろう――と、本気とも冗談ともつかない事を笑いながら言うのだ。
行動原理の全てが「人のしあわせのため」のように思えるシオン。
今回の件は、ウズミに託されたカガリとオーブを守りたいがためなのだろう。
いくら今は民間人でも、数年前まではオーブの代表代理として表舞台でその能力を遺憾なく発揮していた人物だ。万が一国際手配されたとなれば、大問題に発展するのは目に見えている。
それでも突き進んだ彼。ならば自分も、持てる全てで彼を助けようと決めた。
「こんな事ではウズミ様に申し訳がない、と」
「だが、それとこれとは!」
「別の問題ですか?」
「ユウナとのことは、私が決めたんだ! 兄様が気に病むことは何もない!」
「カガリさんがそう決断せざるを得ない状況にしたのは自分だと……シオンはそう思っています」
「……っ」
静かに告げるラクスの言葉にカガリはその瞳を大きく見開いた。
自分が選んだ道。それがシオンを苦しめたというラクスの言葉が、カガリの胸を貫く。
未熟な自分を不甲斐なく思いながら、何の手助けもしてくれないシオンを恨んだ瞬間が何度もあった。
けれど、今こうして冷静に考えれば簡単に分かる事ではないか。
オーブを背負うのは自分で、シオンはそれを精一杯サポートするだけだと何度も何度も言葉にしていた。
「こちらでまずはお着替えを。わたくしは先にブリッジへ行っておりますので、カガリさんも早くいらしてくださいね」
そう言い残して立ち去ったラクスの後ろ姿を、ただ黙って見送る。
今アークエンジェル艦内に居るのは現実なのだろうか、ふと思った。
孤独と悲しみと悔しさとで涙が止まらなかった、そんな絶望の淵から引き上げてくれた優しくて大きな手。
共に信じ戦い抜いた懐かしい面々と艦。
「――兄様……」
案内された部屋の前でカガリはしばらく立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドレスを脱ぎ捨て準備されていた軍服に身を包んだカガリは、意を決してブリッジへと続く扉をくぐった。
「いったいどうして、こんなバカな真似をしたんだ! しかも兄様まで一緒になって……結婚式場から国家元首をさらうなど、国際手配の犯罪者だぞ! こんなことしてくれなんて誰が頼んだ!」
潜行中のアークエンジェル。そのブリッジへ着くなりカガリはクルーを怒鳴りつけた。
その怒りは当然クルーやシオンの身を案じてのことだと分かってはいるが、さすがに頭ごなしに怒鳴られっぱなしというのは少々気が滅入る。
いまだ怒りに燃えるカガリを見据え、シオンは対照的な声で静かに口を開いた。
「別に犯罪者になった覚えはないな。俺は最大限の権限を持って、代表が正しい政治的判断を下せる環境にお連れしただけだ。ちゃんと言っただろう? 代表は責任を持って保護、護衛すると。だいたい、世界情勢の不安定なこの時期に、お前にまで馬鹿な真似をされたらフォローするのが大変だ」
「馬鹿なこと!? 」
自分が苦しみ抜いて取った行動を一蹴され、カガリは鋭い視線でシオンを睨みつけた。
「シオン、カガリさんは……」
カガリの気持ちを思いやり、ラクスがシオンを制するようにそっと手を伸ばす。と、その手をやんわりと押し返しながら「大丈夫だ」とシオンは微笑んだ。
「なにが……なにが馬鹿なことだというんだ! 私はオーブの代表だぞ。私だって、悩んで……悩んで、悩みつくして、苦しんで……国と民のためにと! 兄様はこの2年、なにもしてくれなかったじゃないか! 私がどれだけ頼んでもずっと……それなのに今更出てきて私の決断を間違ってるだなんて……勝手すぎる!!」
「そうだな。俺はこの2年何もしようとしなかった。それはオーブの代表はあくまでお前だからだ。あのまま俺が居ればお前の成長が止まると思った……それで……」
シオンは悔しそうに唇をかみ締めて押し黙る。
オーブの未来を考え、自分が良かれと思った行動だったはずなのに、それがもたらした結果がこれだ。ウズミに託されたカガリを追い詰めて苦しめただけだった。悔やんでも悔やみきれない。
そんなシオンの胸中を察したのか、キラが静かに割って入った。
「ねぇ、カガリはあの人たちの進めた大西洋連邦との同盟締結やユウナさんとの結婚が国の為になると本気で思っているの?」
カガリは一瞬、言葉に詰まるものの、拳を握り締めて口を開いた。
「しょうがないんだ! オーブは再び国を焼くわけにはいかない……そのためには今はこれしか道はないじゃないか!」
カガリの悲痛なまでの叫びに、シオンは胸に鈍い痛みを覚えた。亡き父の遺志を継ぎ、国民のためにとひとりでどれほど思い悩んだのだろうか……。そうさせてしまった責任が自分にはあるのだと痛感する。
言葉を探すシオンの隣でキラがカガリへと更に問い返した。
「それでオーブさえ焼かれなければいいの? 他の国が焼かれるならいいの?」
静かに胸に突き刺さったその言葉に、カガリはキラを見つめる。その視線を外すことなく、キラは冷ややかに言葉を続けた。
「もしも……もしもいつかオーブが他の国を焼くことになっても、それはいいの?」
「いや、それはっ」
「カガリ――このままいけば、間違いなく今度はオーブが他国を焼く側になる。そうなれば、焼かれた国との間に新たな争いの火種が起こり、憎しみの連鎖が始まる……」
カガリを諭すように、2年前と同じ言葉をシオンは口にした。
その言葉はさらにカガリの胸を打つ。
さっきまでの勢いは鳴りを潜め、押し黙るカガリにキラが問いかけた。
「ウズミさんの言ったこと……覚えてる?」
――このまま進めば世界はやがて、認めないもの同士が際限なくあらそうことになろう
――そんなもので良いのか!? きみたちの未来は!
いいわけがない。
オーブをそんな国にしたくないからこそ必死に頑張ってきたはずなのに、いつの間にか間違った道を進んでいたのだ。
良かれと思った選択は間違っていたのだと改めて思い知る。どうしよう……取り返しのつかないことをしてしまった……。
「お前が大変だったのは知ってるし、今までなにも助けてやれずすまなかった。だが、今ならまだ間に合うかも知れない」
いつもの柔らかくあたたかいシオンの声がカガリの胸に染み込んでいく。
「……間に……合う?」
「うん。僕たちにも、まだ、いろいろな事が分からないけど……でも、だから、間に合うと思うんだ」
そう言ってキラはポケットから何かを取り出すと、そっとカガリの手を取って握らせた。それはアスランからカガリへと送られた指輪だった。
もらってすぐに左手に飾られたそれを毎日眺めて触れては、あたたかな気持ちで胸が満たされた日々を思い出し、カガリの瞳が涙で潤む。
「みんな同じだよ。選ぶ道を間違えたら、行きたいところへは行けない……」
キラの静かな声に、カガリは涙で濡れた瞳をゆっくりとあげる。キラの隣には優しく微笑むシオンも佇んでいた。
「間違えても、きっとやり直せる。だから……」
「そうだよ。カガリも一緒に行こう」
ふたりの言葉にカガリの肩から力が抜けていく。オーブの代表として、たった一人で全てを背負って歩いていこうとしていたことが間違いだったと気づいたのだ。
こうして見守ってくれていた存在があったのに、いつの間にかそれを忘れてしまっていた。悔しくて申し訳なくて、ただただ涙が溢れて止まらない。
「――っ……兄さ……、キラ……ッ」
カガリは指輪を握り締めると、そのまま泣き崩れてしまった。
そんな彼女をキラはそっと抱きとめてやさしく髪を撫でている。その様子を見守りながらシオンの決意は揺るがないものへとなった。
今度こそ、逃げずに正しい答えを見つけなければ……と。