COLORS(種運命)
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――destiny00――
C.E. 72 ―― 地球、プラント両者間の戦争はヤキン・ドゥーエ宙域戦線をもって終結した。
かつての悲劇の地、ユニウスセブンにおいて締結された条約によって世界は平和への道を歩んでいった――ように見えた。
「兄様の様子は?」
「なにも……変わりません」
モニター画面の向こうに映るラクスは瞳を伏せながら静かに首を振る。
カガリも敬愛するシオンの様変わりに心を痛めていた。
ヤキン・ドゥーエ戦後、混乱の渦にあったオーブを、シオンはほんの数ヶ月という期間で、カガリが引き継いでも問題ない状態まで立て直した。
その見事な手腕は、引継ぎが行われた後もカガリの補佐として傍にあると誰もが信じて疑わなかったが、周囲の思惑とは裏腹にカガリに全権を委ねたシオンは表舞台から去ったのだ。
カガリを始めとした首長たちの再三再四に渡る召集にも応えることなく、ラクスと共にその姿を消した。
隠遁生活に入ったシオンの様子は以前とはまったく変わってしまい、声も表情も纏う雰囲気さえも別人のように変わってしまっていた。
日がな一日中、テラスに備えられた椅子に腰掛け景色を眺めているか、クルーゼの墓の前やサリアの墓の前で長い時間をひとりで過ごし、ラクスが迎えに行くまでそこから動こうとはしない。
まるで廃人のようになってしまったシオンを、周囲はそっと見守るしか出来ないでいた。
あれから2年の月日が流れ、『オーブの獅子』と称されたウズミだけではなく『闇の獅子』であるシオンを失ったオーブの立場は非常に不安定なものになっていた。
終戦後しばらくの間は、シオンの力と存在を恐れ、プラントも連合もオーブに対して強く出ることができずにいたが、そのシオンが全権をカガリに譲って姿を消してから徐々に力の均衡が崩れ始めた。
それでも当初は両国とも事態を見守る姿勢を見せ、干渉はしてこないまま半年が過ぎ、1年が過ぎ、シオンが戻る気配を見せないと知ると、両国―――特に連合はオーブに対し、何かと干渉しようと動き出した。
悔しいことだが、カガリには連合の圧力を撥ね退けられるだけの力がまだない。だからこそ、カガリはなんとしてもシオンに戻って来て欲しかった。
プラントの新議長との会談に、護衛として同行して欲しいと何度もラクスを介し要請していたのだが、一度たりとも返事は返ってこなかった。
「明日には出発なんだ……どうしても今日中に返事がほしい。今回はアスランも一緒だから兄様の負担になることはあまりないと思う。だから!」
「――申し訳ありません、カガリさん。すべてを決めるのはシオン自身ですわ。今のあの人は、たとえわたくしが頼んだところで動くことはないでしょう。彼の心のほとんどは2年前にあの方と共に死んでしまったのかも知れません」
“あの方”というのが誰を指すのか、共に戦った仲間で知らぬものはいない。
シオンが最後の最後まで倒すことを躊躇した人物。世界を憎悪し、滅ぼそうと画策した男――ザフトのラウ・ル・クルーゼ。
終戦後、キラから彼らの出生についてとシオンとクルーゼの関係を聞かされた。
失敗作の烙印を押され、孤独の中共に育った者同士の持つ絆。それは自分たちとのそれよりもおそらく強い。
周囲の大切な人達が生きるこの世界を守りたい気持ちと、同じように大切な『兄弟』を救いたい気持ちとが、どれほどの葛藤をしていたのか、誰にも測ることはできないだろう。
戦いの結果、自分達を守ってラウ・ル・クルーゼを撃ったシオンの心の半分――彼を救いたいと思っていた心――は完全に壊れてしまった。
優しい兄のそんな心の痛みを思うと、そっとしておくのが一番なのだと、誰よりもカガリが分かっていたし、そうしたいと思っていた。
だが、今の自分はまだ未熟で、父と兄が命を懸けて守り導いた国を、また危険にさらしてしまうかも知れないという不安が胸中に渦巻く。
オーブを守りたいというその想いが、カガリを突き動かしていた。
「ラクス……それでも……どうかもう一度、兄様に伝えてほしい」
その真っ直ぐな意思を表すように、画面越しに見つめてくる瞳が愛しい人と重なる。
血の繋がりはないシオンとカガリ。
なのに、本当の兄妹のように似ていると感じる瞬間が何度かあった。
シオンと同じように強い想いを宿したその瞳に、ラクスの心が揺れる。
これ以上、心が疲弊するような事態に関わって欲しくないと思っていたラクスは、カガリ――オーブ行政府――と距離を置いていたいと考えていた。
けれど、オーブを守るために必死だったシオンをそれらと隔離して良いものだろうかとも思う。
「いつものように、お伝えするだけですが……」
ラクスは泣きたくなる気持ちを抑え、懸命に笑顔を作った。
「ありがとう、頼む」
そう言って、カガリは通信を切った。
ラクスは真っ暗になった画面を静かに見つめ、そこに映る自分と向き合う。
オーブを想うカガリの気持ちと、現状への不安は自分にも良く分かる。
出来る限りの力添えはしたいと思うが、彼をそっとしておいて欲しいと思う自分も居る。
強く優しく、誰からも慕われ頼りにされるシオン。
だから壊れてしまったというのに、なぜ皆は彼を頼るのだろう。
「――もう少し……そっとしておいてください……」
俯き呟く声は、微かに震えていた。
「――シオン。カガリさんがたまには声を聞かせて欲しいとおっしゃってましたわ」
先程の通信でカガリに頼まれた伝言に触れることなく、ラクスは花を生けた花瓶を手にしてシオンが居る部屋へとやってきた。
そこではシオンがぼんやりと暖炉前のソファーに腰を下ろしている。
「昼間、子供達が持って来てくれましたの。シオンに、と」
置かれた花瓶には、色とりどりの多くの花が生けられていた。
以前、孤児院の庭に咲いているのを見た事を思い出し、子供達の笑顔が脳裏を過ぎる。
もう随分長い間会っていないような気がして、小さなため息がもれた。
「――カガリから……例の件の催促だろう?」
「…………」
花瓶を置こうとしたラクスの手がピクリと反応する。
自分に背を向けていても分かるくらいの正直な反応。あえてその事に触れようとしない彼女の気遣いが本当に愛しい。
「明日……出発だそうです。今回はアスランも一緒だから、あなたに負担はかからないからと……」
花瓶を置いたラクスは、ゆっくりとシオンの前へと移動して身をかがめると、シオンの手に自らの手を重ねて話を続けた。
「カガリさんのお気持ちも分かります。でも……シオンにはまだ休息が必要だと思います……今、無理にオーブ行政に関わる必要はないのでは……?」
俯き、途切れ途切れに心中を語るラクス。
シオンは自分の手に重ねられた白く小さな手を、ただ、ぼんやりと眺めた。
世界だとか国家だとか政治だとか、そんなものはもうどうでもよかった。ただ、大切な人の側で静かに暮らせたらと、本当にただそれだけだった。
けれど、自分の殻に閉じこもっている間、その大切な人の笑顔が少し悲しげな笑顔に変わってしまっているのに気づいたのはいつだったか。
一体自分は何をしているんだろう、と自問する日が続いていた。
「以前、カガリが話していたが……カナーバ前議長がシーゲル氏の墓を作ってくれたという話、覚えているか?」
「……え?」
急に投げかけられた予想外の話題に思考が追いつかないのか、ラクスは驚いたようにシオンを見上げるが、シオンはその視線から逃れるように窓の外へと顔を向けた。
この2年、こんな自分の側にいてくれた彼女を真っ直ぐに見つめ返せるほどの勇気はまだない。
だけど――。
「墓参りに行きたいと思ってる……報告したい事もあるしな……」
「――え?!」
シオンの言葉の意味をようやく理解したラクスは瞳を大きく見開いてシオンの表情を覗き込んだ。
いつもと変わらない無表情のまま窓の外を見つめるシオンだったが、瞳に宿る輝きが変わり始めているように見える。
「シオン……」
そんなシオンを見つめるラクスの表情は、その心情を表すように複雑だった。
まだ、もう少しこのままで居て欲しいと……無理をしないでと思いながらも、2年もの間、何も行動を起こそうとしなかったシオンが自ら行動を起こすことは素直に嬉しい。
「ただし……行くのはあくまでシーゲル氏の墓参りのためだけだ。カガリの護衛はしない」
だから心配はいらない、と呟いたシオンは視線を手元に戻すと、自分の手に重ねられた小さな手を握り返した。
その温もりに、自分のしたことは間違いなかったのだと確信する。
このささやかな幸せを守るために戦って、間違いなかったのだと……。
思いもよらないシオンのそんな行動に、少し戸惑ったラクスは、頬に熱が集中するのを感じ、慌てて顔を伏せた。
そしてそれをシオンに悟られまいと誤魔化すように言葉を紡ぐ。
「――本当はわたくしも行きたいのですが……」
戦後、オーブへと姿を隠したラクスがプラントへ戻るのは簡単なことではない。
生まれ育った場所から、そんな形で離れてまで側に居てくれるラクス。そうさせてしまった自分。
様々な思いがシオンの胸中を渦巻く。
「次はふたりで行こう。必ず」
「はい」
握り合う手にそっと力を込め、ラクスはその手に額を寄せた。
――この平和が続き、ふたりでプラントを訪れる日がきますように――
――シオンの心に安らぎを――もう二度と彼が傷つくことがないように――
切なる願いをその手にこめて。
「明日の件……カガリに返事、頼めるか?」
「ええ。早速カガリさんに連絡を取りますわね」
名残惜しそうに手を解き、ラクスはゆっくりと立ち上がると、シオンと視線を合わせることなくその場を離れた。
パタパタと部屋から出て、カガリとの通信を行うラクスの姿をシオンはいつまでも見つめていた。
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