Northern Lights(種無印)
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35話 終末の光
小惑星を基部として築かれているヤキン・ドゥーエ。正面から見るとY字型の宇宙要塞の後方には、太陽光を受けて輝く巨大なミラーが見える。
そのミラーを目標に地球軍艦隊が迫っている。
ヤキン・ドゥーエ前面にはザフト軍が展開し、一機も抜かせないという構えだ。
両者の距離が徐々に縮まり、やがて戦艦の砲門が開かれた。
各艦から次々とモビルスーツ、モビルアーマーが飛び立っていく。同様にドミニオンからはカラミティ、レイダー、フォビドゥンが発進した。
アークエンジェルのブリッジでその様子を捉えたサイが告げる。
「両軍、戦闘開始しました」
アークエンジェル、エターナル、クサナギの三隻も戦闘宙域へと向かって航行していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「カガリ、絶対に無理はするな。分かってるな?」
「その言葉、そのまま兄様に返すぞ」
出撃前の慌ただしい雰囲気の格納庫で、自分たちの機体を目の前に立ち止まったシオンは、自分と同じようにパイロットスーツに身を包んだカガリへ言い聞かせるように口を開いた。
カガリにMS操縦のセンスと実力があることは分かっているが、圧倒的に足りない経験値と熱くなりやすい性格という不安要素に心配の種は尽きない。
本気で心配しての言葉を茶化すようなカガリの態度に、シオンは眉間に皺を寄せ声のトーンを下げる。
「……カガリ」
「分かってる。誰ひとり欠けることなく……だろ? だから、兄様も無理をしないと約束してくれれば私も無理はしない」
これでどうだ、と言わんばかりの笑みを浮かべて胸を張るカガリに、シオンは小さなため息をついた。
愛する父を突然亡くし、それと同時に告げられた衝撃的な事実。それらに気持ちが追いつかず、自分に縋り付いて泣いていたカガリ。
(そのカガリに、こんな形で心配をされるとは……)
「この俺相手に交換条件か」
苦笑いを浮かべるシオンの肩から緊張感が抜けていく。
シオンを包んでいたピリピリとした空気が変わるのを感じたカガリは、得意げな顔で彼の反応を窺うように覗き込んだ。
「さすが、ウズミ・ナラ・アスハの……獅子の娘、だろ?」
「あぁ、そうだな」
カガリの視線の先にあったのは、諭すような厳しい表情でもなく、叱咤するような声色でもなく、苦笑いでもなくて―――。
「それに……さすが、俺の妹だよ」
本当にそう思った。
残りの人生の全てを懸けて仕えたいと思った、尊敬する『オーブの獅子』ウズミ・ナラ・アスハ。その愛娘……。
ボロボロになって逃げるようにしてたどり着いた場所で出会った彼女は、何も聞かず、自分とサリアを本当の兄・姉のように慕ってくれた。
血が繋がっていなくても、心を繋げる大切さを教えてくれたカガリに、自分もサリアも何度心が救われただろうか。
今の自分があるのは、ウズミだけでなくカガリの存在も大きく影響しているのは確かで、サリアやラクスとは違った意味で大切な存在だ。
その彼女が少しずつでもたくましく成長していく様は、本当に誇らしく思えた。
「―――っ……兄、さま」
何の曇りもない、年相応の屈託のない笑顔と、どこか嬉しそうなシオンの声色。
それら全てが、カガリの封印してきた感情を揺り動かした。あまりにも愛しいその想いに、涙が出そうになる。
ここ最近ずっと見てきた、オーブ代表代理としての表情。
それらとは違う、自分に――家族にだけ見せる表情が嬉しくて、カガリの表情も綻ぶ。
随分長い間見ていないような気がする、シオンのそんな柔らかな表情。
それは、シオンと出会ってしばらく月日が流れた頃、カガリが心を奪われた表情だった。
「兄様――褒めてくれるのは嬉しいが……」
私との約束は守ってくれるのか?と、カガリは見上げる視線で問いただす。
観念した、とでもいうように肩を窄めると、シオンは苦笑いを浮かべた。
「あぁ、分かった、約束する。そのかわり――俺より先に帰艦して、ちゃんと俺を出迎えるんだぞ?」
カガリの頭を撫でながらそう告げると、シオンはキャットウォークを離れ、アマテラスへと向かった。
その背中を見送り、カガリもストライクルージュのコックピットを目指す。宙を漂いながら、胸に渦巻く感情を必死にコントロールする。
出会った時、彼には大切な人が側にいた。
別にその人と取って代わりたいわけではなく、ただ、彼の側にいたいと思った。
悩み抜いて得た答えは、「家族」「妹」であり続けること。それが、自分らしくいられることだと。
コックピットハッチの上で、隣のアマテラスへと向き直るとシオンに向かって大きく手を振ってからコックピットへと入る。
それを見届けたシオンもコックピットへと身体を滑らせハッチを閉じた。
シオンはモビルスーツ隊に発進命令を出し、それぞれの発進状況を見守る。
目の前でカガリのストライクルージュが飛び立っていき、シオンもリニアカタパルトに歩を進めた。
(これが最後の戦いになるだろう)
なんとなく、そう思った。自分たちが失敗すれば人類は滅び、永遠に明日はこなくなる。
この日のために、自分は生まれたのかもしれないと、そう感じた。
パイロットスーツのポケットに収めた指輪の感触を確かめるように手を乗せると、瞳を閉じて深く息を吸い込んだ。
余計なことは一切考えずに、ただ、生きてまたここに戻ろうと心に誓って操縦桿を握る手に力をこめた。
「シオン・フィーリア、アマテラス出る!」
黄金の光が宇宙へと飛び出す。それは、漆黒の闇を切り裂く美しい流星のようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
態勢を立て直した地球艦隊が再びプラントを目指して侵攻を開始した。
補給と整備が終ったシオンも戦線に復帰する。
ヤキン・ドゥーエでは敵味方が入り混じった混戦の中、一進一退の攻防が繰り広げられている。
そしてエネルギー充填を終えたジェネシスが再び虐殺の光を放った。
発せられた光は目標である連合の月基地を飲み込んで、そこにあった数千、数万という生命に等しく滅びを与えた。
いとも容易く二射目が撃たれたことに、アスランは声もなくただ呆然とジェネシスを見つめていた。
そして、またミラーの換装作業が始まったのを確認し愕然とする。
敵である連合の基地にあれだけの被害をもたらし、既にプラントの勝利は誰が見ても明らかだというのに、いったい何を撃とうというのか。
つい先程目撃した月基地に立ち込める巨大なキノコ雲が脳裏に浮かぶ。
「――父上……なぜ……っ」
そこに存在していた多くの命を奪った兵器ジェネシス。そのボタンを押したのは、プラント最高評議長――他でもない自分の父親だ。
二度と起こしてはならないと誓ったユニウスセブンの悲劇――血のバレンタイン――それと同じ凶行が今、目の前で起こった。
――どうして……どうしてボタンを押す前に、父を止めることができなかったのか。
胸中を渦巻く後悔に、アスランは唇を噛み締めた。
<これ以上、あれを撃たせてはなりません>
ラクスの凛とした声が聞こえ、シオンがその先を引き継いで叫んだ。
『矛先が地球に向いたら終わりだ! ジェネシスを撃つ!』
シオンの指示を受け、ミーティアを装着したフリーダムとジャスティスがジェネシスに向けて進攻を始める。
アマテラスが開放した全火器とフリーダムがミーティアから放ったミサイルが、一瞬のうちに数十機のザフトモビルスーツ隊を戦闘不能にし、ジャスティスはミーティア先端から巨大なビームソードを出し、一気に敵艦のブリッジを切り落とした。
「ドミニオンほか数隻、転針します!」
アークエンジェルブリッジにその報告が響き、ようやく地球軍が撤退の意思を固めたのだとマリューは思った。
しかし、それらの艦が進む方向を見て目をみはる。
今まさに戦闘が繰り広げられている宙域から外れ、ドミニオンとその僚艦が向かう先にあるのは―――。
「ナタル……?」
『くそっ! プラントか!』
いち早く相手の意図を悟ったバルトフェルドが毒づくのと同時に、マリューは通信機に向けて素早く告げた。
「追います! エターナルとクサナギはジェネシスを! フィーリア代理! 地球軍がプラントへと針路を向けたわ!」
『プラントへ?! なぜ撤退しない……っ』
(――くそ、このままじゃ……っ)
艦を護って戦うシオンだったが、凄惨な戦況を打開すべく、危険な賭けに出た。
『ストライクルージュ、アストレイ3機、ジャスティス、バスターは核ミサイル部隊を! ……フリーダムは俺とジェネシスへ!』
二手に別れ、フリーダムを伴いジェネシスの破壊に向かったのだ。
その頃、イザークの所属するプラント守備隊は、核を抱えたメビウスの集団と交戦していた。
「プラントへ放たれる砲火、一つたりとも通すんじゃない!」
必死に叫ぶが、連合の3機がその進路を阻む。
守備隊であるゲイツ隊が次々と被弾して脱落していく中、イザークのデュエルも3機の動きについていくだけで精一杯だった。
そうやって3機に足止めされているうちに、メビウスがプラントへ向けて次々と核ミサイルを発射していく。
今度こそダメかと絶望に飲み込まれそうになった瞬間、飛来した機影に目を疑った。
ジャスティスがミーティアからいくつものミサイルを放ち、プラントへ向かう核を撃ち落としたのだ。
その光景に胸を撫で下ろした瞬間、背後から凄まじい衝撃がイザークを襲った。
レイダーのミョルニルをまともに受けたデュエルが吹き飛ぶ。
あまりの衝撃に一瞬息がつまり、衝撃で飛ばされた機体を立て直すのが遅れた。
そのチャンスを逃すまいと、レイダーの砲口がデュエルを捕らえ、まさに砲火が放たれようとしたとき、何者かがその機体を撃った。
イザークはその援護の一射が放たれた方向へと目を向け、そこにたたずむ見慣れた機体に声を上げた。
「……っ、ディアッカ?!」
『大丈夫か! イザーク!』
レイダー相手に苦戦するデュエルをバスターの砲口が援護し、ジャスティスとアストレイがカラミティとフォビドゥンを相手にする。
連合の新型を前にしたアスランは前回の戦闘を思い起こし、操縦桿を握る手に力を込めて呟いた。
『油断するなよ』
たった一言呟いたその声色に含まれるアスランの緊張。それを簡単に読み取ったラスティは、小さく笑いながら言葉を返した。
『おいおい、忘れてない? 俺も赤服なんだけど?』
その場にそぐわない、緊張感のないラスティの口調と言葉に、モニターの向こうで「いや、そういうつもりじゃ」などとアスランが慌てると、他機からも小さな笑い声が聞こえる。
『おいアスラン。油断するなって、誰に向かって言ってる』
『本当ですよ、“黄昏の魔弾”に向かって……ねぇ?』
リーダー然としたアスランの言葉にミゲルは不機嫌さを隠そうともせず、ニコルがそれを煽るように通信に割って入った。
『いや、だから別にそんなつもりはっ』
アストレイとジャスティスで交わされる通信を聞いていたディアッカは思わず口元を緩める。
そして今の時点ではこの会話を聞くことの出来ないイザークに通信コードを教え、アストレイのパイロットの素性を話したい衝動に駆られるが、今は感動の再会をできるような場面ではない。
対峙している敵に集中すべきだと思い直し、操縦桿を握る手に力をこめる。
生きてこの戦争を終わらせれば、後でいくらでも話ができるのだと。
アスランの指示で、ストライクルージュとアストレイ――ラスティとニコルは核ミサイル撃墜へと向かい、自身とミゲル、ディアッカ、そしてイザークは連合の3機と向かい合った。
カラミティに放ったビームをフォビドゥンが湾曲する。
勢いに任せてカラミティが切りかかってきた。
それを避け、ジャスティスがカラミティの機体を切り裂いた。
『あと2機!』
アスランの声に呼応するように、ミゲルの駆るアストレイがフォビドゥンにミサイルを放ち、隙を作る。
アストレイに標的を変えたフォビドゥンがミゲル機へと攻撃を仕掛ける。
『バーカ、後ろガラ空きだっての』
ジャスティスの動きを予想していたミゲルが笑みを浮かべて呟いた。
態勢を立て直したジャスティスのライフルがフォビドゥンを捕らえる。
そこには味方であったときには、ついぞ披露する機会のなかった見事なチームプレイが展開された。
フォビドゥン、カラミティが堕ち、残ったレイダーが奮戦する。
アストレイ、デュエル、バスターも残りエネルギーが少なく、まともに動けている機体はジャスティスだけだった。
2機を失ったレイダーがデュエルに向かって特攻をしかけた。
イーゲルシュテルンを使い抵抗するが、焼け石に水。レイダーを倒すことはできない。
デュエルを堕とそうとレイダーがビームを放った。デュエルを護ろうとバスターが長射程狙撃ライフルを握る。
2本の光が互いにぶつかり合い、バスターの放ったビームがレイダーを捕らえた。
漆黒の機体――レイダーは爆発した。
ドミニオンから脱出艇が射出されたと同時にローエングリンの砲口が発射の光を示した。
「ラミアス艦長!!」
叫ぶと同時にシオンはアークエンジェルとの通信回路を開くが、今更何か指示が出せるわけでも、助けに行けるわけでもない。
すさまじい光がほとばしり、アークエンジェルのブリッジを直撃する。
だが、ブリッジの前に立ちふさがったストライクが、それを阻んだ。
「なっ……ストライク?!」
シオンは目を疑った。
戦闘艦の主砲をMS1機で防ぐなど、自殺行為以外の何ものでもない。
ストライクはアンチビームシールドを掲げ、ローエングリンの一撃を受け止めていたが、モビルスーツのシールドの威力にも限界がある。
一瞬のうちにシールドは蒸発し、次の瞬間ストライクは炎を噴き上げて燃え尽きた。
『……あ……あああ……』
通信機を通して聞こえるマリューの声と、目の前で起きた現実に呆然とする。
いや、そもそもこれは今現実に起こっていることなのだろうか……悪い夢ではないのか……そう思いたかった。
アークエンジェルが無傷だったことに安堵するよりも、艦を護って散ったパイロットにただ思いを寄せる。
傷ついた機体で戦闘艦の主砲を受け止めるなど、結果は明白だった。
なのに、迷いもなく機体を滑り込ませてシールドを掲げた彼。
命を懸けて護りたかったのは、アークエンジェルという艦だったのか……それともブリッジにいる大切な人だったのか。
「――フラガ……少佐っ」
どんな場面でも和ませてくれる言動、人懐っこい笑顔、時折見せる年長者としての気遣い。
最初の印象こそ悪かったが、彼の人となりを理解するうちに、少しずつ心を許せる貴重な存在となっていた。
この戦いに赴く前に交わした会話がシオンの脳裏を過ぎる。
――お前さぁ、命を懸けてまで護りたいもんってある?
――何を急に……
――命を懸けて護ったヤツは満足だろうけど、やっぱ残された方は辛いんだろうな
――……最初は悲しいさ。そのうち目に映る景色は色を失い、心は何も感じなくなる……そして生きる意味が分からなくなる。
――やけにリアルだねぇ。自分がそうだったって?
――あぁ。だからこそ、あんな思いは二度としたくないし、誰にもさせたくない。だから少佐、ちゃんと戻ってあげないとダメですよ。
――言われなくても分かってるって。お前もな、シオン。
「ラミアス、艦長……」
彼女の悲痛な叫びが胸に響く。
『ローエングリン……照準!』
アークエンジェルから発射されたローエングリンの光が今度はドミニオンを飲み込む。
―――― ドミニオンは堕ちた ――――
ストライクの最後を見送ったラウは機体を次の獲物であるフリーダムへと向けた。
『ムウ……さん?』
カメラアイで捉えた映像が信じられず、シオンとキラは動きを止めた。
静かに唇を噛み締めるシオンの耳に、通信機を通してキラの声が聞こえる。
『嘘、だ……ムウさんが……死んだ?』
『シオンさん! ムウさんが!? ―――っ!! うわぁぁぁぁ!!』
『――――――!?』
突然聞こえたキラの悲鳴に、シオンは我に返る。
カメラアイを動かすと、見慣れぬ機体がフリーダムに攻撃を開始していた。
『キラ君!』
『だ、大丈夫です。ここは僕が抑えます。だからシオンさんはジェネシスへ……!』
『しかし!』
『もう、嫌なんです。これ以上、誰もムウさんみたいに失いたくない!!』
『……判った』
後ろ髪を引かれる思いで、シオンはアマテラスをジェネシスへと向けた。
プロヴィデンスから発せられるオールレンジアタックをキラは振り切るようにかわす。
ミーティアの発射口からミサイルを全弾撃ち込むが、すべて近づく前に撃ち落された。
ついにプロヴィデンスのドラグーンがフリーダムを捉え、右脚部に被弾したのを皮切りに状況は不利になってゆく。
「――っ、! これくらいの損傷……っ」
明らかにレベルの違う敵の攻撃に、キラは今までにない焦りと恐怖を感じていた。
アークエンジェルを庇って爆散したストライクの映像が脳裏に甦る。次は自分の番かも知れない、と。
そんな動揺は更なる隙を生み、フリーダムの損傷箇所は見る見るうちに増えていく。
「っく、ミーティアのせいで動きがっ……」
こうなると邪魔な鎧でしかないミーティアをパージしたフリーダムはビームサーベルを構えた。
『下がれ、フリーダム!』
「……え?」
突如聞こえた声。続くビームの雨に、キラの動きが一瞬止まる。
両腕にビームライフルを構え、目の前に割って入ってきたアマテラスに呆然と見入った。
フリーダムの劣勢を目にしたシオンが機体を反転させ、戻ってきたのだった。
『――シオン、さん? なんでっ!』
『誰も失いたくないのは俺も同じだ』
静かに紡がれる言葉と声に、思わず嬉しさが込み上げるが、自分がここに留まった目的を思い出し慌てて口を開く。
『でも……! ジェネシスは!』
『いいから下がって機体の修繕を』
『は……い』
有無を言わせないシオンの口調に、キラは従うしかなかった。
悔しさに唇を噛み締め、機体を反転させた。
『やはり戻ってきたのだな。それほどまでに彼が大事かね。この私の手を拒絶するほどに!』
『?!……ラウ?!』
初めて見る敵機から聞こえた声に、シオンが驚きの声を上げる。
『なぜ私の前に立ちはだかってまで彼を守ろうとする』
憎しみしかなかった世界に不意に現れた、自分と同じ“作られた”存在。
この世界でたった一人、自分を理解してくれていると信じていた。
それなのに彼は自分の手を取らなかった。
よりにもよって、自分たちを踏み台にしてこの世に生を受けた“最高のコーディネイター”を選んだ。
その事実が、存在が……すべてがラウ・ル・クルーゼを苛立たせる。
『ラウ……これ以上、誰も傷つけさせたりはしない!』
取り出したビームサーベルでプロヴィデンスに切りかかると、それを同じようにサーベルで受け止められる。2機の間でビームの火花が散った。
『厄介な存在だよ。キラ・ヤマトは! あってはならない存在だというのに!』
『あってはならない存在なんて……あるわけないだろう!』
(俺はお前と戦いたくなどなかったのに!)
望まぬ戦いにシオンは肩を震わせる。対峙するために、違う道を選んだわけではなかった。
――不意に、キラとアスランのことが脳裏を過ぎる。
数年ぶりに再会した親友。喜びも束の間、お互いが敵であることに悩み苦しみながらも、何度も対峙したふたり。
そして今は同じ目的のために協力し戦っている。
(彼らもこんな気持ちを抱えて戦ってたのか……)
拮抗する力に見切りをつけ、お互い、素早く機体を後退させると、一瞬早くプロヴィデンスのビームライフルがアマテラスを捕らえる。
「……ちっ、間に合わないっ」
回避も防御も間に合わないと悟ったシオンは、被弾を覚悟しつつバックパックのビーム砲をプロヴィデンスへと向けた。
プロヴィデンスの攻撃はアマテラスの左脚部を撃ち落とし、同時にアマテラスが放ったビームはプロヴィデンスのライフルと右腕部を撃ち落とした。
『知れば誰もが望むだろう。彼のようになりたいと! 彼のようでありたいと! だから許されない。彼の存在は!!』
プロヴィデンスの背後からドラグーンが攻撃を開始する。
それがアマテラスの頭部右横をかすめ、右側のカメラアイを破壊した。
『確かに人は自分が持たない力を持つものを妬み、嫉む。けど、世の中そんな腐った連中ばっかりじゃない! どうしてそれを解ろうとしない!?』
『解らないさ! 私の周りにはそんな存在などなかったのだからな!』
アマテラスがライフルでドラグーンを撃ち落そうとするが、寸前でピットが散開する。
「くそっ……厄介な武器だな……っ」
熾烈な攻防を続ける両者の傍をドミニオンからの救命艇が浮かんでいた。
周囲には救命艇を救出できる余裕のあるモビルスーツも戦艦もない。
シオンは救命艇に機体を向け、必死に右腕を伸ばした。
しかし、その行為を嘲笑うかのようにドラグーンのビームが救命艇のエンジンを貫き、シオンの目の前で爆炎が舞い上がる。
『――そんな……っ』
戦意のない者が目の前で攻撃され、しかも助けることが出来なかった現実に、シオンは慟哭する。
『だから言っただろう。私を止めることができねば、待つのは滅びだけだと!』
通信機を通してクルーゼの声が聞こえてくる。
シオンはその瞳に静かな怒りの色を宿し、目の前の白銀の機体を見据えた。
『ラウ――ッ、お前っ……!』
『いくら叫ぼうと今更だ! 知りながらも選んだ道だろう? もはや止めるすべなどない! 人は滅ぶ! 滅びるべくしてな!』
アマテラスのビームサーベルをはじき、クルーゼが叫んだ。
『いいや、まだだ! まだ終ってない。お前の理屈で世界を滅ぼさせはしない!』
『――いつまでくだらん期待を抱く? まだ苦しみたいか? いつかは――やがていつかはと信じ、いったいどれほどの時を戦い続けてきた?』
ラウの声がシオンの心の隙間へと流れ込む。
戦いのない世界を望んで戦い、自分と大切な人の自由のために破壊を繰り返し、人を傷つけ殺してきた。
永遠に続く憎しみと悲しみの連鎖に絶望したあの頃――。
『ラクス・クラインとキラ・ヤマトそしてウズミ・ナラ・アスハなどの甘言に惑わされ、私を拒み、どれほど利用されれば現実を見る気になるのだ!』
『――利用なんかされてない! たとえ仮にそうだとしても、それを選んだのは俺自身だ! お前がどうこう言うことじゃない!』
『どのみち私の勝ちだ。さきほどジャスティスがヤキン・ドゥーエに向かったようだが、手遅れだ。ヤキンが自爆すればジェネシスは発射される! もはや止める手はない。地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる争いの狼煙になる!』
『お前……そこまで狂って……』
突如、シオンの中に渦巻いていた憎悪が消えた。代わりに湧き上がってきたのは喩えようのない悲しみ。
(俺が殺らなきゃお前は救われないのか――?)
アマテラスのビームがプロヴィデンスの左脚を撃ち落し、残ったプロヴィデンスのドラグーンがアマテラスの右腕ごとライフルを吹き飛ばした。
コックピットを襲う衝撃にシオンは歯を食いしばる。
『っ、ラウ……それでも……っ、それでも俺は……っ!』
(お前と巡り会えたこの世界を護りたいっ! たとえお前を倒すことになっても……)
覚悟を決めたシオンは操縦桿を握る手に力を込め、残された意識をビームソードに集中させた。
そしてバーニアを噴かして、全体重をビームソードに乗せる。
降り注ぐドラグーンの攻撃が命中するのを気にもかけず、まっすぐにプロヴィデンスのコックピットを狙うが、一瞬、躊躇する。
そのせいで僅かに逸れた軌道。
けれど、致命的な損傷を与えたのは間違いなく、プロヴィデンスのコックピット内の計器類が次々とショートしていく。
そんな危険な状態の中、なぜかクルーゼは笑みを零していた。
『この期に及んで……貴様は……』
あれほど、自分を倒すのだと息巻いていたシオン。
ビームサーベルがこのコックピットを貫かなかったのは、彼の中にまだ迷いがあったことを如実に証明していた。
その事実がなぜか嬉しく感じられたのだ。
『ラウっ、脱出を……っ!』
コックピット付近から生じた爆発により、プロヴィデンスが徐々に炎に包まれる。
目の前の機体の惨状に、シオンは届くはずのない手を必死で伸ばした。
『黙れっ! お前は私を倒した……それが全てだ』
『っ……! 違う……ラウを倒したいわけじゃなかった! ただ……ただ、この世界を……俺は……っ』
『……だから、それが全てだと言っているのだ』
ノイズ交じりに届いた声は、敵将ラウ・ル・クルーゼのものではなく、遠い昔、兄として尊敬していた男のものだった。
それを感じ取ったシオンはただクルーゼの名を呼び続ける。
『早くっ! 早く脱出しろっ、ラウ……!!』
『――っ、シオン……』
『ラウ!』
『私の分も……生きろよ』
『……え?』
自分を作った世界を憎み、それを滅ぼそうとした彼の最後の言葉は、唯一心を許した大切な人間に向けられたものだった。
告げられた言葉の意味が一瞬理解できず呆然とするシオン。
そしてクルーゼは、残ったプロヴィデンスの右腕を操作し、アマテラスを引き剥がすとそのまま後退する。
『ラウ……っ、ラウー!』
シオンは残されたアマテラスの左腕を伸ばすが、ジェネシスから生じた光がプロヴィデンスを飲み込み、爆発の衝撃でアマテラスも吹き飛ばされた。
ヤキンは沈黙し、あまりの結末に生き残ったものたちは、その動きを止めた。
小惑星を基部として築かれているヤキン・ドゥーエ。正面から見るとY字型の宇宙要塞の後方には、太陽光を受けて輝く巨大なミラーが見える。
そのミラーを目標に地球軍艦隊が迫っている。
ヤキン・ドゥーエ前面にはザフト軍が展開し、一機も抜かせないという構えだ。
両者の距離が徐々に縮まり、やがて戦艦の砲門が開かれた。
各艦から次々とモビルスーツ、モビルアーマーが飛び立っていく。同様にドミニオンからはカラミティ、レイダー、フォビドゥンが発進した。
アークエンジェルのブリッジでその様子を捉えたサイが告げる。
「両軍、戦闘開始しました」
アークエンジェル、エターナル、クサナギの三隻も戦闘宙域へと向かって航行していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「カガリ、絶対に無理はするな。分かってるな?」
「その言葉、そのまま兄様に返すぞ」
出撃前の慌ただしい雰囲気の格納庫で、自分たちの機体を目の前に立ち止まったシオンは、自分と同じようにパイロットスーツに身を包んだカガリへ言い聞かせるように口を開いた。
カガリにMS操縦のセンスと実力があることは分かっているが、圧倒的に足りない経験値と熱くなりやすい性格という不安要素に心配の種は尽きない。
本気で心配しての言葉を茶化すようなカガリの態度に、シオンは眉間に皺を寄せ声のトーンを下げる。
「……カガリ」
「分かってる。誰ひとり欠けることなく……だろ? だから、兄様も無理をしないと約束してくれれば私も無理はしない」
これでどうだ、と言わんばかりの笑みを浮かべて胸を張るカガリに、シオンは小さなため息をついた。
愛する父を突然亡くし、それと同時に告げられた衝撃的な事実。それらに気持ちが追いつかず、自分に縋り付いて泣いていたカガリ。
(そのカガリに、こんな形で心配をされるとは……)
「この俺相手に交換条件か」
苦笑いを浮かべるシオンの肩から緊張感が抜けていく。
シオンを包んでいたピリピリとした空気が変わるのを感じたカガリは、得意げな顔で彼の反応を窺うように覗き込んだ。
「さすが、ウズミ・ナラ・アスハの……獅子の娘、だろ?」
「あぁ、そうだな」
カガリの視線の先にあったのは、諭すような厳しい表情でもなく、叱咤するような声色でもなく、苦笑いでもなくて―――。
「それに……さすが、俺の妹だよ」
本当にそう思った。
残りの人生の全てを懸けて仕えたいと思った、尊敬する『オーブの獅子』ウズミ・ナラ・アスハ。その愛娘……。
ボロボロになって逃げるようにしてたどり着いた場所で出会った彼女は、何も聞かず、自分とサリアを本当の兄・姉のように慕ってくれた。
血が繋がっていなくても、心を繋げる大切さを教えてくれたカガリに、自分もサリアも何度心が救われただろうか。
今の自分があるのは、ウズミだけでなくカガリの存在も大きく影響しているのは確かで、サリアやラクスとは違った意味で大切な存在だ。
その彼女が少しずつでもたくましく成長していく様は、本当に誇らしく思えた。
「―――っ……兄、さま」
何の曇りもない、年相応の屈託のない笑顔と、どこか嬉しそうなシオンの声色。
それら全てが、カガリの封印してきた感情を揺り動かした。あまりにも愛しいその想いに、涙が出そうになる。
ここ最近ずっと見てきた、オーブ代表代理としての表情。
それらとは違う、自分に――家族にだけ見せる表情が嬉しくて、カガリの表情も綻ぶ。
随分長い間見ていないような気がする、シオンのそんな柔らかな表情。
それは、シオンと出会ってしばらく月日が流れた頃、カガリが心を奪われた表情だった。
「兄様――褒めてくれるのは嬉しいが……」
私との約束は守ってくれるのか?と、カガリは見上げる視線で問いただす。
観念した、とでもいうように肩を窄めると、シオンは苦笑いを浮かべた。
「あぁ、分かった、約束する。そのかわり――俺より先に帰艦して、ちゃんと俺を出迎えるんだぞ?」
カガリの頭を撫でながらそう告げると、シオンはキャットウォークを離れ、アマテラスへと向かった。
その背中を見送り、カガリもストライクルージュのコックピットを目指す。宙を漂いながら、胸に渦巻く感情を必死にコントロールする。
出会った時、彼には大切な人が側にいた。
別にその人と取って代わりたいわけではなく、ただ、彼の側にいたいと思った。
悩み抜いて得た答えは、「家族」「妹」であり続けること。それが、自分らしくいられることだと。
コックピットハッチの上で、隣のアマテラスへと向き直るとシオンに向かって大きく手を振ってからコックピットへと入る。
それを見届けたシオンもコックピットへと身体を滑らせハッチを閉じた。
シオンはモビルスーツ隊に発進命令を出し、それぞれの発進状況を見守る。
目の前でカガリのストライクルージュが飛び立っていき、シオンもリニアカタパルトに歩を進めた。
(これが最後の戦いになるだろう)
なんとなく、そう思った。自分たちが失敗すれば人類は滅び、永遠に明日はこなくなる。
この日のために、自分は生まれたのかもしれないと、そう感じた。
パイロットスーツのポケットに収めた指輪の感触を確かめるように手を乗せると、瞳を閉じて深く息を吸い込んだ。
余計なことは一切考えずに、ただ、生きてまたここに戻ろうと心に誓って操縦桿を握る手に力をこめた。
「シオン・フィーリア、アマテラス出る!」
黄金の光が宇宙へと飛び出す。それは、漆黒の闇を切り裂く美しい流星のようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
態勢を立て直した地球艦隊が再びプラントを目指して侵攻を開始した。
補給と整備が終ったシオンも戦線に復帰する。
ヤキン・ドゥーエでは敵味方が入り混じった混戦の中、一進一退の攻防が繰り広げられている。
そしてエネルギー充填を終えたジェネシスが再び虐殺の光を放った。
発せられた光は目標である連合の月基地を飲み込んで、そこにあった数千、数万という生命に等しく滅びを与えた。
いとも容易く二射目が撃たれたことに、アスランは声もなくただ呆然とジェネシスを見つめていた。
そして、またミラーの換装作業が始まったのを確認し愕然とする。
敵である連合の基地にあれだけの被害をもたらし、既にプラントの勝利は誰が見ても明らかだというのに、いったい何を撃とうというのか。
つい先程目撃した月基地に立ち込める巨大なキノコ雲が脳裏に浮かぶ。
「――父上……なぜ……っ」
そこに存在していた多くの命を奪った兵器ジェネシス。そのボタンを押したのは、プラント最高評議長――他でもない自分の父親だ。
二度と起こしてはならないと誓ったユニウスセブンの悲劇――血のバレンタイン――それと同じ凶行が今、目の前で起こった。
――どうして……どうしてボタンを押す前に、父を止めることができなかったのか。
胸中を渦巻く後悔に、アスランは唇を噛み締めた。
<これ以上、あれを撃たせてはなりません>
ラクスの凛とした声が聞こえ、シオンがその先を引き継いで叫んだ。
『矛先が地球に向いたら終わりだ! ジェネシスを撃つ!』
シオンの指示を受け、ミーティアを装着したフリーダムとジャスティスがジェネシスに向けて進攻を始める。
アマテラスが開放した全火器とフリーダムがミーティアから放ったミサイルが、一瞬のうちに数十機のザフトモビルスーツ隊を戦闘不能にし、ジャスティスはミーティア先端から巨大なビームソードを出し、一気に敵艦のブリッジを切り落とした。
「ドミニオンほか数隻、転針します!」
アークエンジェルブリッジにその報告が響き、ようやく地球軍が撤退の意思を固めたのだとマリューは思った。
しかし、それらの艦が進む方向を見て目をみはる。
今まさに戦闘が繰り広げられている宙域から外れ、ドミニオンとその僚艦が向かう先にあるのは―――。
「ナタル……?」
『くそっ! プラントか!』
いち早く相手の意図を悟ったバルトフェルドが毒づくのと同時に、マリューは通信機に向けて素早く告げた。
「追います! エターナルとクサナギはジェネシスを! フィーリア代理! 地球軍がプラントへと針路を向けたわ!」
『プラントへ?! なぜ撤退しない……っ』
(――くそ、このままじゃ……っ)
艦を護って戦うシオンだったが、凄惨な戦況を打開すべく、危険な賭けに出た。
『ストライクルージュ、アストレイ3機、ジャスティス、バスターは核ミサイル部隊を! ……フリーダムは俺とジェネシスへ!』
二手に別れ、フリーダムを伴いジェネシスの破壊に向かったのだ。
その頃、イザークの所属するプラント守備隊は、核を抱えたメビウスの集団と交戦していた。
「プラントへ放たれる砲火、一つたりとも通すんじゃない!」
必死に叫ぶが、連合の3機がその進路を阻む。
守備隊であるゲイツ隊が次々と被弾して脱落していく中、イザークのデュエルも3機の動きについていくだけで精一杯だった。
そうやって3機に足止めされているうちに、メビウスがプラントへ向けて次々と核ミサイルを発射していく。
今度こそダメかと絶望に飲み込まれそうになった瞬間、飛来した機影に目を疑った。
ジャスティスがミーティアからいくつものミサイルを放ち、プラントへ向かう核を撃ち落としたのだ。
その光景に胸を撫で下ろした瞬間、背後から凄まじい衝撃がイザークを襲った。
レイダーのミョルニルをまともに受けたデュエルが吹き飛ぶ。
あまりの衝撃に一瞬息がつまり、衝撃で飛ばされた機体を立て直すのが遅れた。
そのチャンスを逃すまいと、レイダーの砲口がデュエルを捕らえ、まさに砲火が放たれようとしたとき、何者かがその機体を撃った。
イザークはその援護の一射が放たれた方向へと目を向け、そこにたたずむ見慣れた機体に声を上げた。
「……っ、ディアッカ?!」
『大丈夫か! イザーク!』
レイダー相手に苦戦するデュエルをバスターの砲口が援護し、ジャスティスとアストレイがカラミティとフォビドゥンを相手にする。
連合の新型を前にしたアスランは前回の戦闘を思い起こし、操縦桿を握る手に力を込めて呟いた。
『油断するなよ』
たった一言呟いたその声色に含まれるアスランの緊張。それを簡単に読み取ったラスティは、小さく笑いながら言葉を返した。
『おいおい、忘れてない? 俺も赤服なんだけど?』
その場にそぐわない、緊張感のないラスティの口調と言葉に、モニターの向こうで「いや、そういうつもりじゃ」などとアスランが慌てると、他機からも小さな笑い声が聞こえる。
『おいアスラン。油断するなって、誰に向かって言ってる』
『本当ですよ、“黄昏の魔弾”に向かって……ねぇ?』
リーダー然としたアスランの言葉にミゲルは不機嫌さを隠そうともせず、ニコルがそれを煽るように通信に割って入った。
『いや、だから別にそんなつもりはっ』
アストレイとジャスティスで交わされる通信を聞いていたディアッカは思わず口元を緩める。
そして今の時点ではこの会話を聞くことの出来ないイザークに通信コードを教え、アストレイのパイロットの素性を話したい衝動に駆られるが、今は感動の再会をできるような場面ではない。
対峙している敵に集中すべきだと思い直し、操縦桿を握る手に力をこめる。
生きてこの戦争を終わらせれば、後でいくらでも話ができるのだと。
アスランの指示で、ストライクルージュとアストレイ――ラスティとニコルは核ミサイル撃墜へと向かい、自身とミゲル、ディアッカ、そしてイザークは連合の3機と向かい合った。
カラミティに放ったビームをフォビドゥンが湾曲する。
勢いに任せてカラミティが切りかかってきた。
それを避け、ジャスティスがカラミティの機体を切り裂いた。
『あと2機!』
アスランの声に呼応するように、ミゲルの駆るアストレイがフォビドゥンにミサイルを放ち、隙を作る。
アストレイに標的を変えたフォビドゥンがミゲル機へと攻撃を仕掛ける。
『バーカ、後ろガラ空きだっての』
ジャスティスの動きを予想していたミゲルが笑みを浮かべて呟いた。
態勢を立て直したジャスティスのライフルがフォビドゥンを捕らえる。
そこには味方であったときには、ついぞ披露する機会のなかった見事なチームプレイが展開された。
フォビドゥン、カラミティが堕ち、残ったレイダーが奮戦する。
アストレイ、デュエル、バスターも残りエネルギーが少なく、まともに動けている機体はジャスティスだけだった。
2機を失ったレイダーがデュエルに向かって特攻をしかけた。
イーゲルシュテルンを使い抵抗するが、焼け石に水。レイダーを倒すことはできない。
デュエルを堕とそうとレイダーがビームを放った。デュエルを護ろうとバスターが長射程狙撃ライフルを握る。
2本の光が互いにぶつかり合い、バスターの放ったビームがレイダーを捕らえた。
漆黒の機体――レイダーは爆発した。
ドミニオンから脱出艇が射出されたと同時にローエングリンの砲口が発射の光を示した。
「ラミアス艦長!!」
叫ぶと同時にシオンはアークエンジェルとの通信回路を開くが、今更何か指示が出せるわけでも、助けに行けるわけでもない。
すさまじい光がほとばしり、アークエンジェルのブリッジを直撃する。
だが、ブリッジの前に立ちふさがったストライクが、それを阻んだ。
「なっ……ストライク?!」
シオンは目を疑った。
戦闘艦の主砲をMS1機で防ぐなど、自殺行為以外の何ものでもない。
ストライクはアンチビームシールドを掲げ、ローエングリンの一撃を受け止めていたが、モビルスーツのシールドの威力にも限界がある。
一瞬のうちにシールドは蒸発し、次の瞬間ストライクは炎を噴き上げて燃え尽きた。
『……あ……あああ……』
通信機を通して聞こえるマリューの声と、目の前で起きた現実に呆然とする。
いや、そもそもこれは今現実に起こっていることなのだろうか……悪い夢ではないのか……そう思いたかった。
アークエンジェルが無傷だったことに安堵するよりも、艦を護って散ったパイロットにただ思いを寄せる。
傷ついた機体で戦闘艦の主砲を受け止めるなど、結果は明白だった。
なのに、迷いもなく機体を滑り込ませてシールドを掲げた彼。
命を懸けて護りたかったのは、アークエンジェルという艦だったのか……それともブリッジにいる大切な人だったのか。
「――フラガ……少佐っ」
どんな場面でも和ませてくれる言動、人懐っこい笑顔、時折見せる年長者としての気遣い。
最初の印象こそ悪かったが、彼の人となりを理解するうちに、少しずつ心を許せる貴重な存在となっていた。
この戦いに赴く前に交わした会話がシオンの脳裏を過ぎる。
――お前さぁ、命を懸けてまで護りたいもんってある?
――何を急に……
――命を懸けて護ったヤツは満足だろうけど、やっぱ残された方は辛いんだろうな
――……最初は悲しいさ。そのうち目に映る景色は色を失い、心は何も感じなくなる……そして生きる意味が分からなくなる。
――やけにリアルだねぇ。自分がそうだったって?
――あぁ。だからこそ、あんな思いは二度としたくないし、誰にもさせたくない。だから少佐、ちゃんと戻ってあげないとダメですよ。
――言われなくても分かってるって。お前もな、シオン。
「ラミアス、艦長……」
彼女の悲痛な叫びが胸に響く。
『ローエングリン……照準!』
アークエンジェルから発射されたローエングリンの光が今度はドミニオンを飲み込む。
―――― ドミニオンは堕ちた ――――
ストライクの最後を見送ったラウは機体を次の獲物であるフリーダムへと向けた。
『ムウ……さん?』
カメラアイで捉えた映像が信じられず、シオンとキラは動きを止めた。
静かに唇を噛み締めるシオンの耳に、通信機を通してキラの声が聞こえる。
『嘘、だ……ムウさんが……死んだ?』
『シオンさん! ムウさんが!? ―――っ!! うわぁぁぁぁ!!』
『――――――!?』
突然聞こえたキラの悲鳴に、シオンは我に返る。
カメラアイを動かすと、見慣れぬ機体がフリーダムに攻撃を開始していた。
『キラ君!』
『だ、大丈夫です。ここは僕が抑えます。だからシオンさんはジェネシスへ……!』
『しかし!』
『もう、嫌なんです。これ以上、誰もムウさんみたいに失いたくない!!』
『……判った』
後ろ髪を引かれる思いで、シオンはアマテラスをジェネシスへと向けた。
プロヴィデンスから発せられるオールレンジアタックをキラは振り切るようにかわす。
ミーティアの発射口からミサイルを全弾撃ち込むが、すべて近づく前に撃ち落された。
ついにプロヴィデンスのドラグーンがフリーダムを捉え、右脚部に被弾したのを皮切りに状況は不利になってゆく。
「――っ、! これくらいの損傷……っ」
明らかにレベルの違う敵の攻撃に、キラは今までにない焦りと恐怖を感じていた。
アークエンジェルを庇って爆散したストライクの映像が脳裏に甦る。次は自分の番かも知れない、と。
そんな動揺は更なる隙を生み、フリーダムの損傷箇所は見る見るうちに増えていく。
「っく、ミーティアのせいで動きがっ……」
こうなると邪魔な鎧でしかないミーティアをパージしたフリーダムはビームサーベルを構えた。
『下がれ、フリーダム!』
「……え?」
突如聞こえた声。続くビームの雨に、キラの動きが一瞬止まる。
両腕にビームライフルを構え、目の前に割って入ってきたアマテラスに呆然と見入った。
フリーダムの劣勢を目にしたシオンが機体を反転させ、戻ってきたのだった。
『――シオン、さん? なんでっ!』
『誰も失いたくないのは俺も同じだ』
静かに紡がれる言葉と声に、思わず嬉しさが込み上げるが、自分がここに留まった目的を思い出し慌てて口を開く。
『でも……! ジェネシスは!』
『いいから下がって機体の修繕を』
『は……い』
有無を言わせないシオンの口調に、キラは従うしかなかった。
悔しさに唇を噛み締め、機体を反転させた。
『やはり戻ってきたのだな。それほどまでに彼が大事かね。この私の手を拒絶するほどに!』
『?!……ラウ?!』
初めて見る敵機から聞こえた声に、シオンが驚きの声を上げる。
『なぜ私の前に立ちはだかってまで彼を守ろうとする』
憎しみしかなかった世界に不意に現れた、自分と同じ“作られた”存在。
この世界でたった一人、自分を理解してくれていると信じていた。
それなのに彼は自分の手を取らなかった。
よりにもよって、自分たちを踏み台にしてこの世に生を受けた“最高のコーディネイター”を選んだ。
その事実が、存在が……すべてがラウ・ル・クルーゼを苛立たせる。
『ラウ……これ以上、誰も傷つけさせたりはしない!』
取り出したビームサーベルでプロヴィデンスに切りかかると、それを同じようにサーベルで受け止められる。2機の間でビームの火花が散った。
『厄介な存在だよ。キラ・ヤマトは! あってはならない存在だというのに!』
『あってはならない存在なんて……あるわけないだろう!』
(俺はお前と戦いたくなどなかったのに!)
望まぬ戦いにシオンは肩を震わせる。対峙するために、違う道を選んだわけではなかった。
――不意に、キラとアスランのことが脳裏を過ぎる。
数年ぶりに再会した親友。喜びも束の間、お互いが敵であることに悩み苦しみながらも、何度も対峙したふたり。
そして今は同じ目的のために協力し戦っている。
(彼らもこんな気持ちを抱えて戦ってたのか……)
拮抗する力に見切りをつけ、お互い、素早く機体を後退させると、一瞬早くプロヴィデンスのビームライフルがアマテラスを捕らえる。
「……ちっ、間に合わないっ」
回避も防御も間に合わないと悟ったシオンは、被弾を覚悟しつつバックパックのビーム砲をプロヴィデンスへと向けた。
プロヴィデンスの攻撃はアマテラスの左脚部を撃ち落とし、同時にアマテラスが放ったビームはプロヴィデンスのライフルと右腕部を撃ち落とした。
『知れば誰もが望むだろう。彼のようになりたいと! 彼のようでありたいと! だから許されない。彼の存在は!!』
プロヴィデンスの背後からドラグーンが攻撃を開始する。
それがアマテラスの頭部右横をかすめ、右側のカメラアイを破壊した。
『確かに人は自分が持たない力を持つものを妬み、嫉む。けど、世の中そんな腐った連中ばっかりじゃない! どうしてそれを解ろうとしない!?』
『解らないさ! 私の周りにはそんな存在などなかったのだからな!』
アマテラスがライフルでドラグーンを撃ち落そうとするが、寸前でピットが散開する。
「くそっ……厄介な武器だな……っ」
熾烈な攻防を続ける両者の傍をドミニオンからの救命艇が浮かんでいた。
周囲には救命艇を救出できる余裕のあるモビルスーツも戦艦もない。
シオンは救命艇に機体を向け、必死に右腕を伸ばした。
しかし、その行為を嘲笑うかのようにドラグーンのビームが救命艇のエンジンを貫き、シオンの目の前で爆炎が舞い上がる。
『――そんな……っ』
戦意のない者が目の前で攻撃され、しかも助けることが出来なかった現実に、シオンは慟哭する。
『だから言っただろう。私を止めることができねば、待つのは滅びだけだと!』
通信機を通してクルーゼの声が聞こえてくる。
シオンはその瞳に静かな怒りの色を宿し、目の前の白銀の機体を見据えた。
『ラウ――ッ、お前っ……!』
『いくら叫ぼうと今更だ! 知りながらも選んだ道だろう? もはや止めるすべなどない! 人は滅ぶ! 滅びるべくしてな!』
アマテラスのビームサーベルをはじき、クルーゼが叫んだ。
『いいや、まだだ! まだ終ってない。お前の理屈で世界を滅ぼさせはしない!』
『――いつまでくだらん期待を抱く? まだ苦しみたいか? いつかは――やがていつかはと信じ、いったいどれほどの時を戦い続けてきた?』
ラウの声がシオンの心の隙間へと流れ込む。
戦いのない世界を望んで戦い、自分と大切な人の自由のために破壊を繰り返し、人を傷つけ殺してきた。
永遠に続く憎しみと悲しみの連鎖に絶望したあの頃――。
『ラクス・クラインとキラ・ヤマトそしてウズミ・ナラ・アスハなどの甘言に惑わされ、私を拒み、どれほど利用されれば現実を見る気になるのだ!』
『――利用なんかされてない! たとえ仮にそうだとしても、それを選んだのは俺自身だ! お前がどうこう言うことじゃない!』
『どのみち私の勝ちだ。さきほどジャスティスがヤキン・ドゥーエに向かったようだが、手遅れだ。ヤキンが自爆すればジェネシスは発射される! もはや止める手はない。地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる争いの狼煙になる!』
『お前……そこまで狂って……』
突如、シオンの中に渦巻いていた憎悪が消えた。代わりに湧き上がってきたのは喩えようのない悲しみ。
(俺が殺らなきゃお前は救われないのか――?)
アマテラスのビームがプロヴィデンスの左脚を撃ち落し、残ったプロヴィデンスのドラグーンがアマテラスの右腕ごとライフルを吹き飛ばした。
コックピットを襲う衝撃にシオンは歯を食いしばる。
『っ、ラウ……それでも……っ、それでも俺は……っ!』
(お前と巡り会えたこの世界を護りたいっ! たとえお前を倒すことになっても……)
覚悟を決めたシオンは操縦桿を握る手に力を込め、残された意識をビームソードに集中させた。
そしてバーニアを噴かして、全体重をビームソードに乗せる。
降り注ぐドラグーンの攻撃が命中するのを気にもかけず、まっすぐにプロヴィデンスのコックピットを狙うが、一瞬、躊躇する。
そのせいで僅かに逸れた軌道。
けれど、致命的な損傷を与えたのは間違いなく、プロヴィデンスのコックピット内の計器類が次々とショートしていく。
そんな危険な状態の中、なぜかクルーゼは笑みを零していた。
『この期に及んで……貴様は……』
あれほど、自分を倒すのだと息巻いていたシオン。
ビームサーベルがこのコックピットを貫かなかったのは、彼の中にまだ迷いがあったことを如実に証明していた。
その事実がなぜか嬉しく感じられたのだ。
『ラウっ、脱出を……っ!』
コックピット付近から生じた爆発により、プロヴィデンスが徐々に炎に包まれる。
目の前の機体の惨状に、シオンは届くはずのない手を必死で伸ばした。
『黙れっ! お前は私を倒した……それが全てだ』
『っ……! 違う……ラウを倒したいわけじゃなかった! ただ……ただ、この世界を……俺は……っ』
『……だから、それが全てだと言っているのだ』
ノイズ交じりに届いた声は、敵将ラウ・ル・クルーゼのものではなく、遠い昔、兄として尊敬していた男のものだった。
それを感じ取ったシオンはただクルーゼの名を呼び続ける。
『早くっ! 早く脱出しろっ、ラウ……!!』
『――っ、シオン……』
『ラウ!』
『私の分も……生きろよ』
『……え?』
自分を作った世界を憎み、それを滅ぼそうとした彼の最後の言葉は、唯一心を許した大切な人間に向けられたものだった。
告げられた言葉の意味が一瞬理解できず呆然とするシオン。
そしてクルーゼは、残ったプロヴィデンスの右腕を操作し、アマテラスを引き剥がすとそのまま後退する。
『ラウ……っ、ラウー!』
シオンは残されたアマテラスの左腕を伸ばすが、ジェネシスから生じた光がプロヴィデンスを飲み込み、爆発の衝撃でアマテラスも吹き飛ばされた。
ヤキンは沈黙し、あまりの結末に生き残ったものたちは、その動きを止めた。