Northern Lights(種無印)
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32話 螺旋の邂逅
メンデルの宇宙港では三隻間で物資のやり取りが行われていた。
もはや補給のあてなどないクサナギとアークエンジェルにとって、新たに参入したエターナルは非常にありがたい存在だ。
そのエターナルは就航予定を前に飛び出してきただけに、今この時に最終調整がなされている。
外ではストライクやM1アストレイがコンテナの積み下ろしを手伝い、繋がれたままの通信回線を通してそれぞれのブリッジにもパイロット達の声が届いていた。
『ふふ、ま、せいぜい頑張ってください』
『その言い方! むかつくな!』
いたずらっぽく笑う、楽しげなアサギの声に次いで聞こえたのは、年下相手に大人げないとしか言えない返しをするフラガの声。しかし、その声はどことなく楽しそうだ。
『すいませーん』
通信回線の中で笑いが弾け、ブリッジにいるマリューやバルトフェルド、カガリの顔にも笑顔が浮かぶ。
和やかな雰囲気に包まれ、皆の肩から余分な力が抜けた時、クサナギのブリッジの扉が開いた。
モニターを見ていた乗員が一斉に振り返り、扉へと視線を向けると、そこに現れたのはオーブの獅子の代わりを務める、現代表ともいえる青年。
「みんな、揃って……ぅわっ」
「兄様!」
今後の作戦を話し合うべくブリッジに入ったシオンは、扉をくぐるなり、カガリからタックル並みに威力のある抱擁を受けた。
不意をつかれた形でカガリを受け止めたその体は、その勢いを殺すことなく、閉じたばかりの扉に衝突することとなる。
「――っ! カガリ……」
慌てて受身を取ったシオンだったが、予想以上の衝撃を受けたらしく、声だけでカガリに抗議という圧力をかける。
眉を寄せ低く呟かれるその声に、周りで見ていた者たちはシオンが本気で怒ったのではないかと慌てだすが、彼の声色に含まれる感情を理解していたカガリは「兄様なら簡単に受け止めると思ったのに」と悪びれる様子もない。
「で? ここまで歓迎してくれる理由はなんだ?」
小さく溜め息をつきながらシオンがカガリの頭をポンポンと撫でると、まるで子供を扱うかのようなその仕草に、カガリが不満げにシオンを見上げている。
いつも小難しい表情の多いキサカが、そんなふたりを見て口元を緩めていた。
この兄妹のやり取りを見ていると、平和だったオーブでの日々がふと脳裏に甦り、この場が戦艦内という現実を――ウズミが居ない現実を――忘れてしまいそうだった。
「それは……あの……」
シオンに詰め寄られ、カガリが「助けてくれ」とばかりに視線をキサカへと向けると、苦笑いを浮かべたキサカがシオンへと視線を向ける。
「皆が“闇の獅子”について詳しく聞きたいそうだ」
「…………」
キサカの言葉にシオンの眉がピクリと反応し、その表情が微かに変化した。
「キミの許可ない以上何も話せないと言ったらこれだ」
「――なるほど」
周囲を見渡し、シオンは小さく溜息をついた。
そしてオペレーター席へと歩み寄ると、通信のスイッチへと手を伸ばした。
――“闇の獅子”その名を知るのはごく僅かな人間のみとなるだろう。最高機密であり、その名を口にするのが憚られるほど永遠に秘されるべき影の存在……そんな場所しか今は与えてやれぬ……
オーブに身を寄せ、しばらく過ごした頃にウズミから告げられた言葉がシオンの脳裏に甦る。
「最高機密だ。簡単に話せるようなことじゃない」
言い放たれたシオンの言葉にカガリは落胆する。
が、続く言葉に彼女の表情がみるみる明るいものとなった。
「――けど、このメンバーになら……話しても良いだろう。ただし、他言は無用だ。もし洩らしたりしたら――判ってるな?」
いつもよりも低く、冷たさを含んだ声と瞳。
これから語る事がそれだけ重要なことなのだと、その場にいた人間――カガリにキサカ、ミゲル、ラスティ、ニコル――に再認識させる。
「“闇の獅子”は――いわゆるオーブの影の代表だ」
何からどう説明すれば良いか考えたものの、結局シオンは、端的に説明してからそれぞれの疑問に答えていくのが適当だと判断し、説明を始めた。
「影の……代表? 代表代理と何が違うんだ?」
ミゲルが自身の疑問を呟くように口にすると、シオンがそれに答える。
「――代表代理は所詮代理でしかない。何事にも限界がある。代表の命令・許可・権限の委託が無ければ何も出来ない。代表を危険から遠ざけるために、文字通り代表の代わりに公務をこなすだけの存在だ」
それぞれが記憶を辿り、今までのシオンの言動を思い起こしていた。
確かに、代表が不在の場ではシオンはその権限を発揮していたが、代表と共にある時は、まるで随員であるかのように静かに控えているだけだった。
皆が納得した様子で、シオンの言葉を待つと、それを受けてシオンが説明を再開させる。
「そして影は……オーブを、代表を護る為にずっと存在してきた。決して表に現れず、必要とあらば、その手を血に染めることもある。五大氏族の長も認め、一目置く存在……非常時には独断で代表の持つ全権を行使できる」
淡々と告げられる事実――理想を掲げ、中立を貫く国に存在する“闇”の存在――に、誰もが口をつぐんだ。
長く傍にいたカガリでさえ知らなかった事実。
カガリにとって、シオンは“家族”であり“父の片腕”であり……けれどその存在が急に遠く感じられ、寂しさのような感情が渦巻く。
重くなり始めた空気をものともせず……(いや、ミゲルやニコルから見れば、意図的だと瞬時に理解できた)ラスティがいつもの軽い口調でシオンに質問を浴びせた。
「だったらさ、影として居るべきシオンが、なんでわざわざ表舞台で代表代理やる必要があるんだよ。影にだけ徹してれば良かったんじゃないの?」
その言葉は、この場にいる全ての人間が疑問に思ったことを代弁していた。
「確かにラスティの言うとおりだ。もともとオーブに代表代理なんて地位はなかった……」
何かを思い出すように、遠くを見つめながら呟くシオン。
その瞳には先程までの冷ややかな色はなく、何かを懐かしむような柔らかな色を湛えていた。
「それをウズミ様が他の首長たちを説き伏せて用意してくれた。俺に『表の世界を歩き、いつか誕生する新しい代表の力となって欲しい』と」
その言葉に、俯いていたカガリが弾かれたように顔を上げると、優しい笑みを浮かべているシオンと視線が交わった。
シオンが見つめるのは『いつか代表となるであろう獅子の娘』。
「……兄、さま……」
語られる事実に驚きながらも、父の想いを改めて思い知らされ、カガリの瞳にこらえていた涙があふれ出した。
その想いに応えたい、応えなければと、今はただ思う。
溢れる涙を何度も何度も袖口で拭うカガリを見て、シオンが小さく笑いながら呟いた。
「獅子の娘がそんな簡単に泣くな」
「――わかってる……っ」
奇しくも、その言葉は、ウズミが最期の時にカガリへと告げたものと酷似していて、それが更にカガリの涙を誘った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミーゲルっ」
「姿が見えないと思ったら、ここに居たんですね」
「ラスティ……ニコル」
誰にも行き先を告げず、独り、展望デッキで外を眺めていたミゲルは、突然現れた二人へと視線だけを向ける。
その顔には、もの思いに耽っていた時間を邪魔されたことに抗議するような表情が浮かんでいた。
そんなミゲルの心情を察したのか、ニコルは言いにくそうにしながらも、核心を突く一言を口に乗せる。
「――迷ってるんですか?」
「……」
ニコルの言葉に、一瞬、驚いたようにミゲルの目が見開かれる。
仲間が察してしまうほど、分かりやすく態度に出ていたのだろうか……と。
「なんで今更迷うかね」
否定も肯定もしないミゲルに向かってラスティが呆れたように口を開くと、ミゲルは外へと視線を向けたまま眉を顰め、重い口を開く。
「今まで……ザフトの為に戦うことが、敵を撃つことがプラントを護ることだと信じてた……けど……」
「アスランのこと、ラクス嬢のこと……だろ?」
歯切れ悪く言葉を紡ぐミゲルの言葉を引き継ぐように、ラスティが言葉を続ける。
考えていることは、思っていることは同じだと伝えるように。
その言葉に、ミゲルは静かに拳を握り締めた。
敵を――地球軍を倒すためだというなら、なぜアスランは父に銃を向けられ、ラクスは反逆者として仕立て上げられたのか。
「俺が……俺たちが信じてたものは一体何だったんだ」
「信じられなくなったから、今ここに居るんじゃないんですか?」
苦しげに言葉を吐き出すミゲルとは対照的に、いつもと変わらない、けれど意志の強さを感じさせるニコルの声が静かに耳を打つ。
「そうだ。けど……っ、この前のオーブ戦とは違う! シオンも言ってたように、今度は同胞を撃たなきゃならないかも知れないんだぞっ」
「敵対したからって殺す必要ないと思うけど?」
「……は?」
敵は撃つべき対象で、撃つということは殺すということだ。
その概念を覆す言葉を発したラスティに、思わず間抜けな声が漏れてしまったミゲルは、思考がうまくまとまらず、続ける言葉が浮かばない。
「撃つ=殺す、ではないということですよ。少なくとも僕はそう思ってますし、きっとシオンさんも……」
ふわりと笑い、そう告げるニコル。隣ではラスティが「そうそう、その通り」と頷いている。
「……」
「ミゲルも、自分が信じる道を進めば良いと思うぜ」
そう言い残して、ラスティとニコルは展望デッキを後にした。
「自分が信じる道――か……」
展望デッキにひとり残されたミゲルは、自嘲気味にひとこと呟き、はぁー……と大きな溜め息をついた。
「あーあ、カッコ悪いところ見られたな……いつまで隠れてるつもりなんだよ」
照れ隠しなのか、乱暴に髪を掻いて声を張り上げたミゲルは、ゆっくり体ごと向きを変える。
その視線の先には、困ったような顔をしたシオンが佇んでいた。
「まさか気づいていたとはな」
気配を消していたのに、と、肩を窄めるシオンにミゲルは「正規の軍人なめんなよ」と笑いながら答える。
さっき3人で居た時よりも、ほんの少しだが柔らかい雰囲気を感じさせるミゲルに、シオンはストレートに言葉を投げかけた。
「どうする?――今ならまだ引き返せる……決心できないなら少しでも早くここから離れた方が良い。プラントに戻る方法なら……」
「誰が戻るって言った?」
シオンの言葉を途中で遮ると、驚いたように目を瞬かせるシオンに構うことなくミゲルは言葉を続ける。
「“ザフトの為に”と銃を手にすれば、大切な人を敵から護れると思った。だからユニウスセブンの悲劇を繰り返さない為に敵を撃つと決めた。
でも今、その敵が何なのか分からない……敵だった地球軍のアークエンジェルが今は仲間なんだぜ? だから……せめて今は……信じられるヤツと一緒に戦いたい」
「…………」
「だからここに残る」
「ミゲル……」
まっすぐ見つめてそう告げるミゲルに、シオンは言葉を詰まらせる。
――自分がここまで彼を連れてこなければ、彼は今でも迷うことなく信念を貫き、ザフトで兵士として生きていけたのでは……
そんな考えが何度か頭を過ぎったことがあった。そして今も。
言葉を詰まらせているシオンの考えていそうなことが簡単に想像できるミゲルは、真剣な表情を緩めて小さく笑う。
「俺は感謝してるって言ったろ? っつーか、それ何だよ」
ミゲルが指さしたのは、シオンの足元に転がるスーツケースだ。
普段パイロットが持ち歩くものと同じだが、それにしては数が多い。ざっと6つはある。
「……あぁ、お前達にと思って。要らないなら処分するから言ってくれ」
そう言ってシオンが次々と開いたケースから覗いたものは、見覚えのある――ここクサナギに存在するはずのないデザインの軍服だった。
しかもご丁寧に緑と赤が揃っている。
「エターナルに何枚かあったらしくて……サイズもはっきり分からないから適当に持ってきたが」
目の前の軍服に意識が集中していたミゲルだったが、シオンの言葉で何かを思い出したように小さく、あ……と呟いたかと思うと、
あえてシオンと視線を合わせないように、ケースから取り出した軍服を自分の体に合わせながら話した。
ミゲルはあくまで軽い雑談を装う。
「お前さ……ラクス嬢とそういう関係なわけ?」
「…………」
外交時の会談や戦闘時の作戦会議ならいざ知らず、自分に関するそういう話が得意ではないシオンは一瞬固まり、返答に困った。
その空気を素早く感じ取ったミゲルは、面白半分に更にシオンを突こうと話を続ける。
「エターナルと行き来してるって証拠だろ、これ」
「3隻の主要なメンバーはそれぞれ行き来してる。何か問題あるか?」
シオンもミゲルの意図を感じ取り、負けじと冷静さを装うが、それが逆にシオンらしくない不自然さを醸し出してしまう。
初めて見るシオンを、ミゲルは小さく鼻で笑った。
彼はその肩に一国を背負い、自分は国の為に戦う兵士……立場の違いこそあれ、歳の近い男同志だ。
これくらいの話題で盛り上がらないほうが不自然じゃないか? 単純にそう思った。
「俺にすら隠すわけね」
「隠して悪いのか」
今、共にいるメンバーのほとんどはアスランとラクスの関係を知っている。
自分とラクスのことが公になったとして、一体誰が得をするというのか。内心溜め息が漏れる。
「おや、認めんの?」
「お前、面白がってるだろ……それに、わざわざ言いふらすことでもない」
どう言葉を返しても、茶化すようにしか対応しないミゲルにシオンの表情が憮然としたものになる。
それを見たミゲルは、そろそろ潮時か……と、無重力の中散乱したケースと軍服を手際よく片付け始めた。
「そりゃそうだけど……応援してるぜ。アスランに負けんなよ?」
「……アスラン君には『ラクスを頼みます』って言われたよ。ある意味辛いな……いっそ殴られるほうが気が楽だ」
「俺なら間違いなく殴り倒すけどな」
そう言って笑いながら、トン、と拳を軽くシオンの胸へと当てるミゲルに、シオンもつられたように笑う。
「ミゲルらしいな……で? 着るのか? 着ないのか?」
「ありがたく貰っておく。あいつらにも持って行くか……じゃあな」
ラクス嬢によろしく、と手をひらひらと振りながら去っていくミゲルの背中を見送りながら、シオンはミゲルの言葉を思い返していた。
――“ザフトの為に”と銃を手にすれば、大切な人を敵から護れると思った
「俺は……」
誰の為に銃を手にした?
何の為に敵を撃ってきた?
脳裏に昔の記憶が甦り、シオンはきつく瞼を閉じた。
メンデルの宇宙港では三隻間で物資のやり取りが行われていた。
もはや補給のあてなどないクサナギとアークエンジェルにとって、新たに参入したエターナルは非常にありがたい存在だ。
そのエターナルは就航予定を前に飛び出してきただけに、今この時に最終調整がなされている。
外ではストライクやM1アストレイがコンテナの積み下ろしを手伝い、繋がれたままの通信回線を通してそれぞれのブリッジにもパイロット達の声が届いていた。
『ふふ、ま、せいぜい頑張ってください』
『その言い方! むかつくな!』
いたずらっぽく笑う、楽しげなアサギの声に次いで聞こえたのは、年下相手に大人げないとしか言えない返しをするフラガの声。しかし、その声はどことなく楽しそうだ。
『すいませーん』
通信回線の中で笑いが弾け、ブリッジにいるマリューやバルトフェルド、カガリの顔にも笑顔が浮かぶ。
和やかな雰囲気に包まれ、皆の肩から余分な力が抜けた時、クサナギのブリッジの扉が開いた。
モニターを見ていた乗員が一斉に振り返り、扉へと視線を向けると、そこに現れたのはオーブの獅子の代わりを務める、現代表ともいえる青年。
「みんな、揃って……ぅわっ」
「兄様!」
今後の作戦を話し合うべくブリッジに入ったシオンは、扉をくぐるなり、カガリからタックル並みに威力のある抱擁を受けた。
不意をつかれた形でカガリを受け止めたその体は、その勢いを殺すことなく、閉じたばかりの扉に衝突することとなる。
「――っ! カガリ……」
慌てて受身を取ったシオンだったが、予想以上の衝撃を受けたらしく、声だけでカガリに抗議という圧力をかける。
眉を寄せ低く呟かれるその声に、周りで見ていた者たちはシオンが本気で怒ったのではないかと慌てだすが、彼の声色に含まれる感情を理解していたカガリは「兄様なら簡単に受け止めると思ったのに」と悪びれる様子もない。
「で? ここまで歓迎してくれる理由はなんだ?」
小さく溜め息をつきながらシオンがカガリの頭をポンポンと撫でると、まるで子供を扱うかのようなその仕草に、カガリが不満げにシオンを見上げている。
いつも小難しい表情の多いキサカが、そんなふたりを見て口元を緩めていた。
この兄妹のやり取りを見ていると、平和だったオーブでの日々がふと脳裏に甦り、この場が戦艦内という現実を――ウズミが居ない現実を――忘れてしまいそうだった。
「それは……あの……」
シオンに詰め寄られ、カガリが「助けてくれ」とばかりに視線をキサカへと向けると、苦笑いを浮かべたキサカがシオンへと視線を向ける。
「皆が“闇の獅子”について詳しく聞きたいそうだ」
「…………」
キサカの言葉にシオンの眉がピクリと反応し、その表情が微かに変化した。
「キミの許可ない以上何も話せないと言ったらこれだ」
「――なるほど」
周囲を見渡し、シオンは小さく溜息をついた。
そしてオペレーター席へと歩み寄ると、通信のスイッチへと手を伸ばした。
――“闇の獅子”その名を知るのはごく僅かな人間のみとなるだろう。最高機密であり、その名を口にするのが憚られるほど永遠に秘されるべき影の存在……そんな場所しか今は与えてやれぬ……
オーブに身を寄せ、しばらく過ごした頃にウズミから告げられた言葉がシオンの脳裏に甦る。
「最高機密だ。簡単に話せるようなことじゃない」
言い放たれたシオンの言葉にカガリは落胆する。
が、続く言葉に彼女の表情がみるみる明るいものとなった。
「――けど、このメンバーになら……話しても良いだろう。ただし、他言は無用だ。もし洩らしたりしたら――判ってるな?」
いつもよりも低く、冷たさを含んだ声と瞳。
これから語る事がそれだけ重要なことなのだと、その場にいた人間――カガリにキサカ、ミゲル、ラスティ、ニコル――に再認識させる。
「“闇の獅子”は――いわゆるオーブの影の代表だ」
何からどう説明すれば良いか考えたものの、結局シオンは、端的に説明してからそれぞれの疑問に答えていくのが適当だと判断し、説明を始めた。
「影の……代表? 代表代理と何が違うんだ?」
ミゲルが自身の疑問を呟くように口にすると、シオンがそれに答える。
「――代表代理は所詮代理でしかない。何事にも限界がある。代表の命令・許可・権限の委託が無ければ何も出来ない。代表を危険から遠ざけるために、文字通り代表の代わりに公務をこなすだけの存在だ」
それぞれが記憶を辿り、今までのシオンの言動を思い起こしていた。
確かに、代表が不在の場ではシオンはその権限を発揮していたが、代表と共にある時は、まるで随員であるかのように静かに控えているだけだった。
皆が納得した様子で、シオンの言葉を待つと、それを受けてシオンが説明を再開させる。
「そして影は……オーブを、代表を護る為にずっと存在してきた。決して表に現れず、必要とあらば、その手を血に染めることもある。五大氏族の長も認め、一目置く存在……非常時には独断で代表の持つ全権を行使できる」
淡々と告げられる事実――理想を掲げ、中立を貫く国に存在する“闇”の存在――に、誰もが口をつぐんだ。
長く傍にいたカガリでさえ知らなかった事実。
カガリにとって、シオンは“家族”であり“父の片腕”であり……けれどその存在が急に遠く感じられ、寂しさのような感情が渦巻く。
重くなり始めた空気をものともせず……(いや、ミゲルやニコルから見れば、意図的だと瞬時に理解できた)ラスティがいつもの軽い口調でシオンに質問を浴びせた。
「だったらさ、影として居るべきシオンが、なんでわざわざ表舞台で代表代理やる必要があるんだよ。影にだけ徹してれば良かったんじゃないの?」
その言葉は、この場にいる全ての人間が疑問に思ったことを代弁していた。
「確かにラスティの言うとおりだ。もともとオーブに代表代理なんて地位はなかった……」
何かを思い出すように、遠くを見つめながら呟くシオン。
その瞳には先程までの冷ややかな色はなく、何かを懐かしむような柔らかな色を湛えていた。
「それをウズミ様が他の首長たちを説き伏せて用意してくれた。俺に『表の世界を歩き、いつか誕生する新しい代表の力となって欲しい』と」
その言葉に、俯いていたカガリが弾かれたように顔を上げると、優しい笑みを浮かべているシオンと視線が交わった。
シオンが見つめるのは『いつか代表となるであろう獅子の娘』。
「……兄、さま……」
語られる事実に驚きながらも、父の想いを改めて思い知らされ、カガリの瞳にこらえていた涙があふれ出した。
その想いに応えたい、応えなければと、今はただ思う。
溢れる涙を何度も何度も袖口で拭うカガリを見て、シオンが小さく笑いながら呟いた。
「獅子の娘がそんな簡単に泣くな」
「――わかってる……っ」
奇しくも、その言葉は、ウズミが最期の時にカガリへと告げたものと酷似していて、それが更にカガリの涙を誘った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミーゲルっ」
「姿が見えないと思ったら、ここに居たんですね」
「ラスティ……ニコル」
誰にも行き先を告げず、独り、展望デッキで外を眺めていたミゲルは、突然現れた二人へと視線だけを向ける。
その顔には、もの思いに耽っていた時間を邪魔されたことに抗議するような表情が浮かんでいた。
そんなミゲルの心情を察したのか、ニコルは言いにくそうにしながらも、核心を突く一言を口に乗せる。
「――迷ってるんですか?」
「……」
ニコルの言葉に、一瞬、驚いたようにミゲルの目が見開かれる。
仲間が察してしまうほど、分かりやすく態度に出ていたのだろうか……と。
「なんで今更迷うかね」
否定も肯定もしないミゲルに向かってラスティが呆れたように口を開くと、ミゲルは外へと視線を向けたまま眉を顰め、重い口を開く。
「今まで……ザフトの為に戦うことが、敵を撃つことがプラントを護ることだと信じてた……けど……」
「アスランのこと、ラクス嬢のこと……だろ?」
歯切れ悪く言葉を紡ぐミゲルの言葉を引き継ぐように、ラスティが言葉を続ける。
考えていることは、思っていることは同じだと伝えるように。
その言葉に、ミゲルは静かに拳を握り締めた。
敵を――地球軍を倒すためだというなら、なぜアスランは父に銃を向けられ、ラクスは反逆者として仕立て上げられたのか。
「俺が……俺たちが信じてたものは一体何だったんだ」
「信じられなくなったから、今ここに居るんじゃないんですか?」
苦しげに言葉を吐き出すミゲルとは対照的に、いつもと変わらない、けれど意志の強さを感じさせるニコルの声が静かに耳を打つ。
「そうだ。けど……っ、この前のオーブ戦とは違う! シオンも言ってたように、今度は同胞を撃たなきゃならないかも知れないんだぞっ」
「敵対したからって殺す必要ないと思うけど?」
「……は?」
敵は撃つべき対象で、撃つということは殺すということだ。
その概念を覆す言葉を発したラスティに、思わず間抜けな声が漏れてしまったミゲルは、思考がうまくまとまらず、続ける言葉が浮かばない。
「撃つ=殺す、ではないということですよ。少なくとも僕はそう思ってますし、きっとシオンさんも……」
ふわりと笑い、そう告げるニコル。隣ではラスティが「そうそう、その通り」と頷いている。
「……」
「ミゲルも、自分が信じる道を進めば良いと思うぜ」
そう言い残して、ラスティとニコルは展望デッキを後にした。
「自分が信じる道――か……」
展望デッキにひとり残されたミゲルは、自嘲気味にひとこと呟き、はぁー……と大きな溜め息をついた。
「あーあ、カッコ悪いところ見られたな……いつまで隠れてるつもりなんだよ」
照れ隠しなのか、乱暴に髪を掻いて声を張り上げたミゲルは、ゆっくり体ごと向きを変える。
その視線の先には、困ったような顔をしたシオンが佇んでいた。
「まさか気づいていたとはな」
気配を消していたのに、と、肩を窄めるシオンにミゲルは「正規の軍人なめんなよ」と笑いながら答える。
さっき3人で居た時よりも、ほんの少しだが柔らかい雰囲気を感じさせるミゲルに、シオンはストレートに言葉を投げかけた。
「どうする?――今ならまだ引き返せる……決心できないなら少しでも早くここから離れた方が良い。プラントに戻る方法なら……」
「誰が戻るって言った?」
シオンの言葉を途中で遮ると、驚いたように目を瞬かせるシオンに構うことなくミゲルは言葉を続ける。
「“ザフトの為に”と銃を手にすれば、大切な人を敵から護れると思った。だからユニウスセブンの悲劇を繰り返さない為に敵を撃つと決めた。
でも今、その敵が何なのか分からない……敵だった地球軍のアークエンジェルが今は仲間なんだぜ? だから……せめて今は……信じられるヤツと一緒に戦いたい」
「…………」
「だからここに残る」
「ミゲル……」
まっすぐ見つめてそう告げるミゲルに、シオンは言葉を詰まらせる。
――自分がここまで彼を連れてこなければ、彼は今でも迷うことなく信念を貫き、ザフトで兵士として生きていけたのでは……
そんな考えが何度か頭を過ぎったことがあった。そして今も。
言葉を詰まらせているシオンの考えていそうなことが簡単に想像できるミゲルは、真剣な表情を緩めて小さく笑う。
「俺は感謝してるって言ったろ? っつーか、それ何だよ」
ミゲルが指さしたのは、シオンの足元に転がるスーツケースだ。
普段パイロットが持ち歩くものと同じだが、それにしては数が多い。ざっと6つはある。
「……あぁ、お前達にと思って。要らないなら処分するから言ってくれ」
そう言ってシオンが次々と開いたケースから覗いたものは、見覚えのある――ここクサナギに存在するはずのないデザインの軍服だった。
しかもご丁寧に緑と赤が揃っている。
「エターナルに何枚かあったらしくて……サイズもはっきり分からないから適当に持ってきたが」
目の前の軍服に意識が集中していたミゲルだったが、シオンの言葉で何かを思い出したように小さく、あ……と呟いたかと思うと、
あえてシオンと視線を合わせないように、ケースから取り出した軍服を自分の体に合わせながら話した。
ミゲルはあくまで軽い雑談を装う。
「お前さ……ラクス嬢とそういう関係なわけ?」
「…………」
外交時の会談や戦闘時の作戦会議ならいざ知らず、自分に関するそういう話が得意ではないシオンは一瞬固まり、返答に困った。
その空気を素早く感じ取ったミゲルは、面白半分に更にシオンを突こうと話を続ける。
「エターナルと行き来してるって証拠だろ、これ」
「3隻の主要なメンバーはそれぞれ行き来してる。何か問題あるか?」
シオンもミゲルの意図を感じ取り、負けじと冷静さを装うが、それが逆にシオンらしくない不自然さを醸し出してしまう。
初めて見るシオンを、ミゲルは小さく鼻で笑った。
彼はその肩に一国を背負い、自分は国の為に戦う兵士……立場の違いこそあれ、歳の近い男同志だ。
これくらいの話題で盛り上がらないほうが不自然じゃないか? 単純にそう思った。
「俺にすら隠すわけね」
「隠して悪いのか」
今、共にいるメンバーのほとんどはアスランとラクスの関係を知っている。
自分とラクスのことが公になったとして、一体誰が得をするというのか。内心溜め息が漏れる。
「おや、認めんの?」
「お前、面白がってるだろ……それに、わざわざ言いふらすことでもない」
どう言葉を返しても、茶化すようにしか対応しないミゲルにシオンの表情が憮然としたものになる。
それを見たミゲルは、そろそろ潮時か……と、無重力の中散乱したケースと軍服を手際よく片付け始めた。
「そりゃそうだけど……応援してるぜ。アスランに負けんなよ?」
「……アスラン君には『ラクスを頼みます』って言われたよ。ある意味辛いな……いっそ殴られるほうが気が楽だ」
「俺なら間違いなく殴り倒すけどな」
そう言って笑いながら、トン、と拳を軽くシオンの胸へと当てるミゲルに、シオンもつられたように笑う。
「ミゲルらしいな……で? 着るのか? 着ないのか?」
「ありがたく貰っておく。あいつらにも持って行くか……じゃあな」
ラクス嬢によろしく、と手をひらひらと振りながら去っていくミゲルの背中を見送りながら、シオンはミゲルの言葉を思い返していた。
――“ザフトの為に”と銃を手にすれば、大切な人を敵から護れると思った
「俺は……」
誰の為に銃を手にした?
何の為に敵を撃ってきた?
脳裏に昔の記憶が甦り、シオンはきつく瞼を閉じた。