Northern Lights(種無印)
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31話 立ちはだかるもの
アマテラスとフリーダムに護衛されたエターナルは無事にヤキンドゥーエを抜けて、L4コロニー群のひとつ“メンデル”へとたどり着いた。
今は無人であるコロニー“メンデル”を繋留地としたアークエンジェルとクサナギに並ぶようにしてエターナルが入港する。
港施設に、三隻それぞれのクルー、シオンとキラが降り立った。
「初めまして、と言うのは変かな。アンドリュー・バルトフェルドだ」
淡紅色の艦からラクスと共に現れた男が笑いながらそう告げ、マリューたちへと歩み寄る。
まじまじと男の顔を見つめ、信じ難いといった顔でマリューが片手を差し出した。
「マリュー・ラミアスです……しかし、驚きましたわ」
「お互いさまさ」
感慨深げに握手を交わすふたりを、シオンは不思議な気持ちで眺めていた。
ザフトと地球連合――違う制服に身を包み、敵同士の立場である人間が握手を交わしているのだ。
同じ未来を目指して戦う者として、コーディネイター・ナチュラルを問わず集まる現実が、静かな満足感となって胸中に広がっていく。
そして、バルトフェルドの傍らに佇むラクスへとシオンが視線を向けると、先に自分を捕らえていた彼女の視線とぶつかった。
ふわりと微笑むラクスの姿に、例えようのない気持ちが湧き上がる。
――反逆者として手配されながらも無事でいてくれたことに対する安堵。
――プラントの同志と共に合流してくれたことに対する感謝。
なにより、再び逢えたことが純粋に嬉しいと感じる自分がいる。
ラクスの微笑みに応えるかのように、側へ向かおうと踏み出したシオンの足が止まる。ラクス達から遅れてタラップを降りてきた人物に視線が釘付けになった。
(なぜアスラン君があの艦に……)
父親であり、現最高評議長であるパトリック・ザラと話し合いたいと言って、プラントへと向かったと聞いた。なのに、なぜプラントを追われていたこの艦と行動を共にしているのか。
複雑な感情に支配されて佇むシオンの存在に気づいたバルトフェルドは、シオンへと向き直り、握手を求めるように手を差し出しながら口を開いた。
「さっきは助かったよ、ありがとう。改めて……アンドリュー・バルトフェルドだ」
顔に残る傷跡、失われた片腕。そして漂う風格が、歴戦の戦士だとうかがわせる。そして、告げられた名が記憶の中の情報と一致した。
「……『砂漠の虎』……?」
握手に応えながらも、確かめるように呟かれたその言葉に、バルトフェルドは一瞬驚いたように目を見開くと、すぐに口元に笑みを浮かべる。
「おや、知ってもらえてるとは光栄だねぇ。君はシオン・フィーリアと言ってたが……もしかしてオーブの?」
今度はバルトフェルドの疑問にシオンが苦笑いを浮かべながら応える。
「はい。改めてご挨拶を。オーブ連合首長国代表代理、シオン・フィーリアです」
「そうか、君が歌姫の騎士か……」
「え?」
突然呟かれた“歌姫”の単語に、一体なんのことか理解出来なかったシオンは呆然とした表情でバルトフェルドを見ると、そんなシオンを見てバルトフェルドはなぜか楽しそうに目を細めた。
「いやいや、こちらの話だ。気にしないでくれ。おや、また会ったな、少年」
うっかり口をすべらせた、とでも言うように言葉を濁したバルトフェルドは、こちらを見て立ち尽くしているキラに気づくと、シオンとの握手を解いてキラへ向けてその手を上げた。
自分の背後で押し黙っていたキラが、硬い表情のまま歩み出てくる姿に、何かを悟ったシオンはその場をそっと離れた。ここはふたりだけで話すべき場だと、そう直感したからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――シオン」
パイロットスーツを着替え、繋留されている三隻の艦を眺めていたシオンは、呼ばれた声のする方へゆっくりと体を向ける。
「ラクス……」
「またお会いできて嬉しいですわ」
ふわりと宙を漂うようにして側へと来るラクスの手を取り、自分の目の前へと着地させたシオンは、ホッとしたような表情で言葉を続けた。
「無事でよかった。アスラン君から聞いたよ……ザラ議長に追われていると」
「確かに大変でした。けれど、――バルトフェルド隊長が同じ道を選んでくださり、心強い同志として共にここへ来ることができました」
――そしてあなたにまた会えた。
その喜びの前に、今にも溢れそうなもう一つの感情を必死に押し留めながら、ラクスは目の前の愛しい人を見つめる。
敵艦で偶然出会った中立国の代表代理。
抱いた恋心を自覚したのはいつだったのか……それすら思い出せないほど、気づいたときにはもう彼のことが頭から離れなかった。声が聞きたいと、会いたいと何度も願った。
将来を約束した婚約者であるアスランがいるというのに、その想いは日毎に大きく強くなる一方だった。
「シオンもご無事でなによりですわ。その……オーブのことは耳にしております……」
続けるべき言葉を探すラクスにシオンが微笑む。ありきたりの言葉を口にしない、彼女の気遣いが嬉しかった。
「あぁ、こっちも大変だったよ……でも、これからの方がもっと大変な道のりだと思う」
「そうですわね」
ここへ来て初めて笑みを見せたシオンに安堵したラクスは、プラントでの逃亡生活、バルトフェルドやアスランが合流するに至った経緯などを掻い摘んでシオンに語り始めた。
「いつも傷だらけだな」
カガリは怒ったような……半ば呆れたような顔で、アスランの固定された右腕と血のこびりついた制服を見ながら言った。
そうだな、と苦笑したあと、アスランは首もとの赤い石のネックレスを手に乗せて静かに呟いた。
「……石が護ってくれたよ」
「そっか……良かったな」
屈託なく笑うと、カガリは視線を繋留されたエターナルへと移してしみじみと言った。
「しかし、あんなもんで飛び出してくるとはね。すごいな、あの子」
「え? ああ……」
他意はないであろう彼女の言葉を、アスランはぎこちなく返す。
話題にのぼったラクスは、少し離れた場所でシオンと嬉しそうに言葉を交わしている。あんな表情で話す彼女を自分は知らない。
「いいのか? お前の婚約者だろ?」
「―……もと、ね」
「え?」
カガリと話しているというのに、ラクスから視線が外せないでいる自分に気づき、自嘲気味に笑ってしまう。
自分の知らない時間を共有し、その時にふたりの間に築かれた信頼関係をうかがわせるラクスの無防備な表情に目を奪われる。
自分にとってラクスは愛らしく純真で、とらえどころのない不思議な人物だった。だがそれは、意図して彼女が自分の周りに見えないヴェールを張り巡らせていたのではないかと今では思う。
それはラクスが自分に対して偽りを演じていたというのではなく、あと一歩自分が踏み込めずにいただけのことだったのかも知れない。
プラントの歌姫で、国民に平和の象徴だとされてきた彼女。先程の戦闘では、自分よりも年長の落ち着きさえ感じさせた彼女。
だが、今シオンと語り合う彼女は、ごく普通の歳相応の少女に見える。
「俺はバカだから……」
今頃気づいても、全ては手遅れだと思い知る。
「……ま、今気付いただけ、いいじゃないか」
「え……」
あっさりと言うカガリの顔を思わず見直した。
(これは……なぐさめてくれているんだろうか……どうせなら否定してもらいたいんだが……)
そんなアスランの胸中に気づくこともなく、カガリは腕組をしながら更に言い放つ。
「やっぱコーディネイターでもバカはバカだ。しょうがないよ、それは」
「……そうか。そうだな」
なぐさめになっているのかどうか分からないが、カガリの言葉を聞いていたら、いい意味で何もかもがどうでもよくなってきた。
沈んでいた気持ちが少しだけ軽くなった気がした。
シオンとラクスの会話はいつの間にか些細な雑談へと流れを変え、しばらく楽しく話していたふたりだが、ラクスの微妙な雰囲気の違いを不思議に思っていたシオンが不意に会話を遮った。
「――ラクス……」
「はい?」
「――プラントでなにがあった?」
いつの間にか床から離れて宙を漂い、自分とほぼ同じ高さの目線に位置していたラクスの両肩を軽く握ると、顔を覗き込んでその瞳を見つめた。
「…………」
笑顔を浮かべて、なんでもないと……そう言えば良いだけなのに、真剣なその瞳と声色に笑い損ねてしまう。
せめて泣くまいと、ラクスは俯いて唇を噛み締めた。
「っ……父が……死にました」
「……え?」
突然告げられたシーゲルの死の報せに、シオンは目を見開き言葉を失った。
「プラントの市民は知りません……わたくしたちも、どうやって死んだのかさえ……」
俯いて言葉を詰まらせるラクスの周りに、いくつもの水滴が漂う。
肩に触れている手を通して、彼女が何かを必死にこらえているのが痛いくらいに伝わってくる。
志半ばに斃れた父に代わり、クライン派を率いてここまできた彼女は、泣くことすら我慢して気丈に振舞っていたのだろう。
その強さは、時に眩しくもあり誇らしくもあったが、今は儚さでいっぱいだった。
この細く小さな肩に、どれ程の重責がかかっていたのだろう。それを思うと胸が痛んだ。
少し……ほんの少しで構わない。
その枷にも似た重みを軽くしてやりたいと、そう心から願ったシオンは、まるで自分が辛いかのような表情を浮かべると、そっとラクスを引き寄せる。
「……っ」
「大切な人を亡くしたんだ。我慢する必要はないだろう……?」
気丈に笑おうとしていたラクスは、自分を包むその温もりと優しい声に堪えきれなくなり、とうとう胸にしがみついて泣きだした。
ウズミやシーゲルが目指した道。それを継ぐ決意を更に強くしたシオンは、腕の中のラクスを強く抱き締める。
この先の困難な道を、彼女と共に行くのだという予感を感じながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こいつぁたしか、開戦前にバイオハザート起こして破棄されたコロニーだろ?」
「あぁ。メンデルの事故は俺の記憶にもある。結構な騒ぎだったな」
バルトフェルドの質問にムウが真剣な面持ちで答えた。
2人はアークエンジェル内の通路をブリッジへと向かって歩いていた。
「でもまぁそのおかげか一番損傷は少ないし、とりあえず陣取るにはいいんじゃないの?」
話しながら、ブリッジへと続くエレベータから出ると、三隻の主要メンバーが揃う。
「――当面の問題は、やはり月でしょうか」
集まった面々を見回しながら、ラクスが話し始める。
地球軍が奪還したビクトリアから次々と部隊を送ってきている事実を告げると、マリューが眉をひそめた。
「プラント総攻撃というつもりなのかしらね……」
その言葉に、バルトフェルドが“ブルーコスモス”のお題目『青き清浄なる世界のために』を口にすれば、ムウが苦虫を噛み潰したような顔になる。
攻撃を受けて防戦し、反撃に出る――二度とそんなことのないように、とトップは口にして戦争を正当化する。そんな現実に、皆の表情が暗いものになっていく。
不意にマリューがぬくもりを求めるようにムウの腕に掴まった。
「……ひどい時代よね」
「ああ……」
冷たい沈黙が皆の上に落ちてくる。
「でも……」
真っ直ぐな想いを秘めた力強い声が、暗い思いを断ち切るように響いた。
「延々と悲劇を繰り返してしまうのも、また止めるのも、我々……人なんだ。いつの時代も……」
シオンは集まった彼ら一人一人の顔を見つめた。
「わたくしたちと同じ思いの人も、たくさんいるのです」
――忘れてはいけない。壊すのも、護るのも人であることを。
神も悪魔も存在しない。ただ、人のみが人のなす行為を止めることができるのだと。
「創りたいと思いますわね……そうでない時代を……」
「ああ……」
ラクスが微笑んでシオンを見つめると、それを受けてシオンも笑みを浮かべ深く頷いた。
――そういうこと、か……
目の前の2人の間に流れる空気は、自分とマリューの間にあるそれと似ている。そのことを感じたムウは、ひとり納得していた。
ピンクのお姫様がアスランの婚約者であるという事実を躊躇いながら告げたキラの言動。
エターナルから降りてきた彼女を先導していたのがアスランではなかったこと。
この場にその婚約者がいない現実。
「意外と隅に置けないねぇ」
楽しそうな笑みを口元に浮かべて呟くムウを、マリューは不思議そうに見上げた。
「どうしたの?」
「ん? いや……兄貴としてどうしてやろうかと思ってさ」
「??」
「やっぱ若い子たちにはお手本が必要でしょ」
ムウの頭の中は、これからどうやってシオンを冷やかそうかという計画で埋め尽くされていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここにいたのか」
「あ……シオン……さん?」
展望デッキにいたアスランはかけられた声に背後を振り返った。
「“さん”はいらない。敬語も出来れば止めにしてほしいくらいだ」
堅苦しいのは嫌いなんだ、と苦笑しながら肩を窄めてシオンが告げる。
皆が集まっている中、一人輪を外れた行動がなぜか後ろめたく感じられたアスランは、決まり悪げに窓の外に向きなおった。その横にシオンが立って同じように外へと視線を向ける。
「色々と悩んでいるようだが、なんでもかんでも1人で抱えて考え込んでも解決しないこともある。たまには誰かに相談するのも“手”だと思うぞ。俺は」
「……すまない」
俯くアスランを一瞥し、溜息をついて苦笑いを浮かべたシオンは、固定されたアスランの右腕へと視線を落とした。
「痛むか?」
「いえ……」
「嘘つけ。痛まないはずないだろ――身体じゃない。“心”がだ」
アスランは息を呑んだ。
父と対峙した時のことが次々と脳裏に甦る。怒りに染まる目、耳を疑いたくなるような言葉の数々。
そして、息子である自分へと向けられた銃口。
「俺は……父を止めることもできなかった」
拳を握り締めて苦々しそうにアスランは呟く。
「何もできない。――何も、わかってなかった。親子だから……ちゃんと話し合えば分かり合えるだなんて、甘い期待をして……俺は……俺は!!」
顔を歪めて苦しそうに吐き出されるアスランの言葉を、対照的な穏やかな声が遮った。
「肉親であれ他人であれ、すべてを理解しあうなんて所詮不可能だ」
静かに紡がれる言葉に、アスランはただ黙って聞き入った。
「だが、最初から諦めて何もしないってのは、愚か者の考えだぞ? 諦めるなよ。道っていうのは探し続ければ、きっと納得のいく答えが出せる日が来る。たとえ、その結果がどうであろうと、やるだけやったのなら後悔はないだろう? だ・か・ら――いつまでも独りでウジウジ悩むな」
笑顔でそう告げるシオンに、アスランの表情もまた柔らかなものへと変わっていく。
初めて会った時と同じように、シオンの適切で心地良い言葉はアスランの心を軽くしてくれた。
他人に優しく出来る人間は、傷つく痛みや辛さを知っているからこそ、その分優しく出来るのだと聞いたことがある。
キラがあれほど慕い、ミゲルやラスティ、ニコルまでもがザフトではなくシオンについて行くと言う。そして自分も彼にこうして助けられている。
――この人はどれほどの傷を負い、どれほどの痛みを抱えて生きてきたんだろうか。
「……ありがとう。なぁ、シオン……」
「ん?」
「――あなたはラクスをどう思ってる?」
「ラクス、嬢……? どうって……」
「さっきは『ラクス』と呼んでいなかったか?」
小さく笑いながらアスランが言うと、気分を害したとばかりにシオンは表情を変える。
「悪い、からかうつもりはないんだ。婚約者として気になるのは分かるだろう?」
自分で口にしておきながら、“婚約者”という言葉が棘のように突き刺さるのをアスランは感じていた。
「……誰もが愛するプラントの歌姫。それだけじゃない、素敵な女性だと思うよ」
「――好きなのか嫌いなのか、俺はそういう意味で聞いたつもりなんだが」
「……婚約者の君にどう答えろと?」
回りくどい言い回しは嫌いだ、とばかりにシオンが眉を寄せて告げた。
そんなシオンに「すまない」と一言詫びたアスランは、ゆっくりと深呼吸をすると、彼の目をまっすぐに見つめた。
「ラクスを……頼みます」
「っ……急に何を……」
予想もしていなかったアスランの言葉に、シオンはその真意を探ろうと、翡翠の双眸を見つめ返す。
「――『もと・婚約者』の気持ちの変化くらい、いくら俺でも気づくさ。あなたの気持ちも何となく……ね」
「“元”?……」
「フリーダム奪取がラクスの手引きによるものだと分かったと同時に婚約は解消された。当然だ……父が望んだのは『プラントの歌姫』であり『最高評議長の娘』との婚約なんだから」
「……君の気持ちは? そんな簡単に……」
ラクスに対するアスランの気持ちが、どれほど真剣なものなのかシオンは十分知っている。
「簡単じゃないさ……だからこうして……」
「……」
「ラクスの幸せが俺の願いだから。彼女や仲間がずっと笑っていられる世界が、俺の望む未来だと……そう思うから」
好きな人が笑っていられるのなら、辛くても身を引き、ずっと想っているだけでもいいと自分を言い聞かせる。そんな愛情もあるのだと。
恋人として隣に立てなくても、共に戦う仲間として側にいられればいい。
だが、この想いすら、人に言わせれば未練以外の何物でもないのだろうが……。
「もしラクスが悲しむようなことになれば……俺はあなたを許さない」
この戦いで死ぬことは許さない、と暗に告げる。
それがアスランに出来る精一杯だった。
「こんなとこにいたのかよ」
ぶっきらぼうな声をかけられ、驚いたアスランが振り返った。
そこにはカガリとキラの姿。
シオンに続く2人の登場に、こんなに周囲に心配をかけるほどの顔をしているのかと情けなくなってきた。
だが、カガリはそんなアスランの気持ちなど理解していないようで、遠慮なく顔を覗き込んでくる。
「お前! 頭ハツカネズミになってないか!?」
一瞬、問われた意味が理解できず、「え?」と間の抜けた返事をするアスラン。
「一人でグルグル考えたって同じだって事だ! だからみんなで話すんだろ! そういうときはちゃんと来いよな」
痛いところを突かれたが、カガリの言う通りだった。
彼女だって父を亡くしたばかりだ。それなのにこうして、己の苦しみばかりに目をやっていた自分を気遣う優しさを示してくれる。
その優しさが今は少し辛く感じられた。
親に決められた婚約者ラクス。義務的に交流を重ねながらも、彼女に愛情を抱き始めたことを自覚した矢先、彼女は自分の手を離れていった。
今でも大切に想っていることに変わりは無いその気持ちを整理するにはまだ時間が必要で。
「お、おい! そんなに強く言ったつもりは……おい、キラ! なんとかしろ!」
項垂れるアスランを見て慌てたカガリがキラに助けを求める。
「あーあ……カガリがアスラン泣かせちゃった」
「違う! こいつが勝手に!」
「……いや、ごめん……ちょっと」
必死に我慢していた感情は、ほんの少し気をゆるめてしまうとせきを切ったように溢れ出てきてしまう。
父との間に出来た埋まることのない溝。愛していた婚約者との決定的な別れ。
そのどちらも、自分の未熟さが招いたような気がして、ただ情けなくて……涙が溢れた。
「はいはい、カガリは行って」
そんなアスランの心情を察したキラは、カガリの背を押してドアの外へと追いやると、小さく溜め息をついて振り返る。
「まったく世話がやけるね、キミは」
「……」
「何があったとか聞く気はないけど……」
穏やかな声でそう告げるキラがすぐ側まで歩み寄って来たが、泣き顔を見られたくないアスランは、俯いたまま呟くのが精一杯の状態だ。
「……すまない……」
「泣きたい時は我慢しないほうがいいよ」
「悪い、少しだけ……」
「どうぞ。昔は逆だったよね……僕のほうがよく泣いてた気がする」
こんな時、何をするわけでもなく、ただ隣に居てくれる……そんな親友の存在がとてつもなくありがいとアスランは感じていた。
「……っ」
広い展望デッキにふたりきり。
時折、アスランの口元を覆っている指の隙間から、押し殺したような嗚咽がもれるが、キラは気にする様子もなく穏やかな声で独り言とも取れる言葉を紡ぐ。
「こうやって受け止めてくれる人がいるっていいよね。すごく心が楽になるんだ」
僕もそうだったし、と、何かを懐かしむようにキラが呟いた言葉に、アスランは心の中で相槌をうつ。
思いを吐露するように涙を流したあの日。意外なほどスッキリと心が軽くなったことをお互いが思い出していた。
「僕が胸を貸してるってことは、少しはシオンさんに近づけたかな……」
――敵わない……な、シオンには……
誰と居ても見え隠れするシオンの存在。
今の自分では到底敵わないと思い知った。
アマテラスとフリーダムに護衛されたエターナルは無事にヤキンドゥーエを抜けて、L4コロニー群のひとつ“メンデル”へとたどり着いた。
今は無人であるコロニー“メンデル”を繋留地としたアークエンジェルとクサナギに並ぶようにしてエターナルが入港する。
港施設に、三隻それぞれのクルー、シオンとキラが降り立った。
「初めまして、と言うのは変かな。アンドリュー・バルトフェルドだ」
淡紅色の艦からラクスと共に現れた男が笑いながらそう告げ、マリューたちへと歩み寄る。
まじまじと男の顔を見つめ、信じ難いといった顔でマリューが片手を差し出した。
「マリュー・ラミアスです……しかし、驚きましたわ」
「お互いさまさ」
感慨深げに握手を交わすふたりを、シオンは不思議な気持ちで眺めていた。
ザフトと地球連合――違う制服に身を包み、敵同士の立場である人間が握手を交わしているのだ。
同じ未来を目指して戦う者として、コーディネイター・ナチュラルを問わず集まる現実が、静かな満足感となって胸中に広がっていく。
そして、バルトフェルドの傍らに佇むラクスへとシオンが視線を向けると、先に自分を捕らえていた彼女の視線とぶつかった。
ふわりと微笑むラクスの姿に、例えようのない気持ちが湧き上がる。
――反逆者として手配されながらも無事でいてくれたことに対する安堵。
――プラントの同志と共に合流してくれたことに対する感謝。
なにより、再び逢えたことが純粋に嬉しいと感じる自分がいる。
ラクスの微笑みに応えるかのように、側へ向かおうと踏み出したシオンの足が止まる。ラクス達から遅れてタラップを降りてきた人物に視線が釘付けになった。
(なぜアスラン君があの艦に……)
父親であり、現最高評議長であるパトリック・ザラと話し合いたいと言って、プラントへと向かったと聞いた。なのに、なぜプラントを追われていたこの艦と行動を共にしているのか。
複雑な感情に支配されて佇むシオンの存在に気づいたバルトフェルドは、シオンへと向き直り、握手を求めるように手を差し出しながら口を開いた。
「さっきは助かったよ、ありがとう。改めて……アンドリュー・バルトフェルドだ」
顔に残る傷跡、失われた片腕。そして漂う風格が、歴戦の戦士だとうかがわせる。そして、告げられた名が記憶の中の情報と一致した。
「……『砂漠の虎』……?」
握手に応えながらも、確かめるように呟かれたその言葉に、バルトフェルドは一瞬驚いたように目を見開くと、すぐに口元に笑みを浮かべる。
「おや、知ってもらえてるとは光栄だねぇ。君はシオン・フィーリアと言ってたが……もしかしてオーブの?」
今度はバルトフェルドの疑問にシオンが苦笑いを浮かべながら応える。
「はい。改めてご挨拶を。オーブ連合首長国代表代理、シオン・フィーリアです」
「そうか、君が歌姫の騎士か……」
「え?」
突然呟かれた“歌姫”の単語に、一体なんのことか理解出来なかったシオンは呆然とした表情でバルトフェルドを見ると、そんなシオンを見てバルトフェルドはなぜか楽しそうに目を細めた。
「いやいや、こちらの話だ。気にしないでくれ。おや、また会ったな、少年」
うっかり口をすべらせた、とでも言うように言葉を濁したバルトフェルドは、こちらを見て立ち尽くしているキラに気づくと、シオンとの握手を解いてキラへ向けてその手を上げた。
自分の背後で押し黙っていたキラが、硬い表情のまま歩み出てくる姿に、何かを悟ったシオンはその場をそっと離れた。ここはふたりだけで話すべき場だと、そう直感したからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――シオン」
パイロットスーツを着替え、繋留されている三隻の艦を眺めていたシオンは、呼ばれた声のする方へゆっくりと体を向ける。
「ラクス……」
「またお会いできて嬉しいですわ」
ふわりと宙を漂うようにして側へと来るラクスの手を取り、自分の目の前へと着地させたシオンは、ホッとしたような表情で言葉を続けた。
「無事でよかった。アスラン君から聞いたよ……ザラ議長に追われていると」
「確かに大変でした。けれど、――バルトフェルド隊長が同じ道を選んでくださり、心強い同志として共にここへ来ることができました」
――そしてあなたにまた会えた。
その喜びの前に、今にも溢れそうなもう一つの感情を必死に押し留めながら、ラクスは目の前の愛しい人を見つめる。
敵艦で偶然出会った中立国の代表代理。
抱いた恋心を自覚したのはいつだったのか……それすら思い出せないほど、気づいたときにはもう彼のことが頭から離れなかった。声が聞きたいと、会いたいと何度も願った。
将来を約束した婚約者であるアスランがいるというのに、その想いは日毎に大きく強くなる一方だった。
「シオンもご無事でなによりですわ。その……オーブのことは耳にしております……」
続けるべき言葉を探すラクスにシオンが微笑む。ありきたりの言葉を口にしない、彼女の気遣いが嬉しかった。
「あぁ、こっちも大変だったよ……でも、これからの方がもっと大変な道のりだと思う」
「そうですわね」
ここへ来て初めて笑みを見せたシオンに安堵したラクスは、プラントでの逃亡生活、バルトフェルドやアスランが合流するに至った経緯などを掻い摘んでシオンに語り始めた。
「いつも傷だらけだな」
カガリは怒ったような……半ば呆れたような顔で、アスランの固定された右腕と血のこびりついた制服を見ながら言った。
そうだな、と苦笑したあと、アスランは首もとの赤い石のネックレスを手に乗せて静かに呟いた。
「……石が護ってくれたよ」
「そっか……良かったな」
屈託なく笑うと、カガリは視線を繋留されたエターナルへと移してしみじみと言った。
「しかし、あんなもんで飛び出してくるとはね。すごいな、あの子」
「え? ああ……」
他意はないであろう彼女の言葉を、アスランはぎこちなく返す。
話題にのぼったラクスは、少し離れた場所でシオンと嬉しそうに言葉を交わしている。あんな表情で話す彼女を自分は知らない。
「いいのか? お前の婚約者だろ?」
「―……もと、ね」
「え?」
カガリと話しているというのに、ラクスから視線が外せないでいる自分に気づき、自嘲気味に笑ってしまう。
自分の知らない時間を共有し、その時にふたりの間に築かれた信頼関係をうかがわせるラクスの無防備な表情に目を奪われる。
自分にとってラクスは愛らしく純真で、とらえどころのない不思議な人物だった。だがそれは、意図して彼女が自分の周りに見えないヴェールを張り巡らせていたのではないかと今では思う。
それはラクスが自分に対して偽りを演じていたというのではなく、あと一歩自分が踏み込めずにいただけのことだったのかも知れない。
プラントの歌姫で、国民に平和の象徴だとされてきた彼女。先程の戦闘では、自分よりも年長の落ち着きさえ感じさせた彼女。
だが、今シオンと語り合う彼女は、ごく普通の歳相応の少女に見える。
「俺はバカだから……」
今頃気づいても、全ては手遅れだと思い知る。
「……ま、今気付いただけ、いいじゃないか」
「え……」
あっさりと言うカガリの顔を思わず見直した。
(これは……なぐさめてくれているんだろうか……どうせなら否定してもらいたいんだが……)
そんなアスランの胸中に気づくこともなく、カガリは腕組をしながら更に言い放つ。
「やっぱコーディネイターでもバカはバカだ。しょうがないよ、それは」
「……そうか。そうだな」
なぐさめになっているのかどうか分からないが、カガリの言葉を聞いていたら、いい意味で何もかもがどうでもよくなってきた。
沈んでいた気持ちが少しだけ軽くなった気がした。
シオンとラクスの会話はいつの間にか些細な雑談へと流れを変え、しばらく楽しく話していたふたりだが、ラクスの微妙な雰囲気の違いを不思議に思っていたシオンが不意に会話を遮った。
「――ラクス……」
「はい?」
「――プラントでなにがあった?」
いつの間にか床から離れて宙を漂い、自分とほぼ同じ高さの目線に位置していたラクスの両肩を軽く握ると、顔を覗き込んでその瞳を見つめた。
「…………」
笑顔を浮かべて、なんでもないと……そう言えば良いだけなのに、真剣なその瞳と声色に笑い損ねてしまう。
せめて泣くまいと、ラクスは俯いて唇を噛み締めた。
「っ……父が……死にました」
「……え?」
突然告げられたシーゲルの死の報せに、シオンは目を見開き言葉を失った。
「プラントの市民は知りません……わたくしたちも、どうやって死んだのかさえ……」
俯いて言葉を詰まらせるラクスの周りに、いくつもの水滴が漂う。
肩に触れている手を通して、彼女が何かを必死にこらえているのが痛いくらいに伝わってくる。
志半ばに斃れた父に代わり、クライン派を率いてここまできた彼女は、泣くことすら我慢して気丈に振舞っていたのだろう。
その強さは、時に眩しくもあり誇らしくもあったが、今は儚さでいっぱいだった。
この細く小さな肩に、どれ程の重責がかかっていたのだろう。それを思うと胸が痛んだ。
少し……ほんの少しで構わない。
その枷にも似た重みを軽くしてやりたいと、そう心から願ったシオンは、まるで自分が辛いかのような表情を浮かべると、そっとラクスを引き寄せる。
「……っ」
「大切な人を亡くしたんだ。我慢する必要はないだろう……?」
気丈に笑おうとしていたラクスは、自分を包むその温もりと優しい声に堪えきれなくなり、とうとう胸にしがみついて泣きだした。
ウズミやシーゲルが目指した道。それを継ぐ決意を更に強くしたシオンは、腕の中のラクスを強く抱き締める。
この先の困難な道を、彼女と共に行くのだという予感を感じながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こいつぁたしか、開戦前にバイオハザート起こして破棄されたコロニーだろ?」
「あぁ。メンデルの事故は俺の記憶にもある。結構な騒ぎだったな」
バルトフェルドの質問にムウが真剣な面持ちで答えた。
2人はアークエンジェル内の通路をブリッジへと向かって歩いていた。
「でもまぁそのおかげか一番損傷は少ないし、とりあえず陣取るにはいいんじゃないの?」
話しながら、ブリッジへと続くエレベータから出ると、三隻の主要メンバーが揃う。
「――当面の問題は、やはり月でしょうか」
集まった面々を見回しながら、ラクスが話し始める。
地球軍が奪還したビクトリアから次々と部隊を送ってきている事実を告げると、マリューが眉をひそめた。
「プラント総攻撃というつもりなのかしらね……」
その言葉に、バルトフェルドが“ブルーコスモス”のお題目『青き清浄なる世界のために』を口にすれば、ムウが苦虫を噛み潰したような顔になる。
攻撃を受けて防戦し、反撃に出る――二度とそんなことのないように、とトップは口にして戦争を正当化する。そんな現実に、皆の表情が暗いものになっていく。
不意にマリューがぬくもりを求めるようにムウの腕に掴まった。
「……ひどい時代よね」
「ああ……」
冷たい沈黙が皆の上に落ちてくる。
「でも……」
真っ直ぐな想いを秘めた力強い声が、暗い思いを断ち切るように響いた。
「延々と悲劇を繰り返してしまうのも、また止めるのも、我々……人なんだ。いつの時代も……」
シオンは集まった彼ら一人一人の顔を見つめた。
「わたくしたちと同じ思いの人も、たくさんいるのです」
――忘れてはいけない。壊すのも、護るのも人であることを。
神も悪魔も存在しない。ただ、人のみが人のなす行為を止めることができるのだと。
「創りたいと思いますわね……そうでない時代を……」
「ああ……」
ラクスが微笑んでシオンを見つめると、それを受けてシオンも笑みを浮かべ深く頷いた。
――そういうこと、か……
目の前の2人の間に流れる空気は、自分とマリューの間にあるそれと似ている。そのことを感じたムウは、ひとり納得していた。
ピンクのお姫様がアスランの婚約者であるという事実を躊躇いながら告げたキラの言動。
エターナルから降りてきた彼女を先導していたのがアスランではなかったこと。
この場にその婚約者がいない現実。
「意外と隅に置けないねぇ」
楽しそうな笑みを口元に浮かべて呟くムウを、マリューは不思議そうに見上げた。
「どうしたの?」
「ん? いや……兄貴としてどうしてやろうかと思ってさ」
「??」
「やっぱ若い子たちにはお手本が必要でしょ」
ムウの頭の中は、これからどうやってシオンを冷やかそうかという計画で埋め尽くされていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここにいたのか」
「あ……シオン……さん?」
展望デッキにいたアスランはかけられた声に背後を振り返った。
「“さん”はいらない。敬語も出来れば止めにしてほしいくらいだ」
堅苦しいのは嫌いなんだ、と苦笑しながら肩を窄めてシオンが告げる。
皆が集まっている中、一人輪を外れた行動がなぜか後ろめたく感じられたアスランは、決まり悪げに窓の外に向きなおった。その横にシオンが立って同じように外へと視線を向ける。
「色々と悩んでいるようだが、なんでもかんでも1人で抱えて考え込んでも解決しないこともある。たまには誰かに相談するのも“手”だと思うぞ。俺は」
「……すまない」
俯くアスランを一瞥し、溜息をついて苦笑いを浮かべたシオンは、固定されたアスランの右腕へと視線を落とした。
「痛むか?」
「いえ……」
「嘘つけ。痛まないはずないだろ――身体じゃない。“心”がだ」
アスランは息を呑んだ。
父と対峙した時のことが次々と脳裏に甦る。怒りに染まる目、耳を疑いたくなるような言葉の数々。
そして、息子である自分へと向けられた銃口。
「俺は……父を止めることもできなかった」
拳を握り締めて苦々しそうにアスランは呟く。
「何もできない。――何も、わかってなかった。親子だから……ちゃんと話し合えば分かり合えるだなんて、甘い期待をして……俺は……俺は!!」
顔を歪めて苦しそうに吐き出されるアスランの言葉を、対照的な穏やかな声が遮った。
「肉親であれ他人であれ、すべてを理解しあうなんて所詮不可能だ」
静かに紡がれる言葉に、アスランはただ黙って聞き入った。
「だが、最初から諦めて何もしないってのは、愚か者の考えだぞ? 諦めるなよ。道っていうのは探し続ければ、きっと納得のいく答えが出せる日が来る。たとえ、その結果がどうであろうと、やるだけやったのなら後悔はないだろう? だ・か・ら――いつまでも独りでウジウジ悩むな」
笑顔でそう告げるシオンに、アスランの表情もまた柔らかなものへと変わっていく。
初めて会った時と同じように、シオンの適切で心地良い言葉はアスランの心を軽くしてくれた。
他人に優しく出来る人間は、傷つく痛みや辛さを知っているからこそ、その分優しく出来るのだと聞いたことがある。
キラがあれほど慕い、ミゲルやラスティ、ニコルまでもがザフトではなくシオンについて行くと言う。そして自分も彼にこうして助けられている。
――この人はどれほどの傷を負い、どれほどの痛みを抱えて生きてきたんだろうか。
「……ありがとう。なぁ、シオン……」
「ん?」
「――あなたはラクスをどう思ってる?」
「ラクス、嬢……? どうって……」
「さっきは『ラクス』と呼んでいなかったか?」
小さく笑いながらアスランが言うと、気分を害したとばかりにシオンは表情を変える。
「悪い、からかうつもりはないんだ。婚約者として気になるのは分かるだろう?」
自分で口にしておきながら、“婚約者”という言葉が棘のように突き刺さるのをアスランは感じていた。
「……誰もが愛するプラントの歌姫。それだけじゃない、素敵な女性だと思うよ」
「――好きなのか嫌いなのか、俺はそういう意味で聞いたつもりなんだが」
「……婚約者の君にどう答えろと?」
回りくどい言い回しは嫌いだ、とばかりにシオンが眉を寄せて告げた。
そんなシオンに「すまない」と一言詫びたアスランは、ゆっくりと深呼吸をすると、彼の目をまっすぐに見つめた。
「ラクスを……頼みます」
「っ……急に何を……」
予想もしていなかったアスランの言葉に、シオンはその真意を探ろうと、翡翠の双眸を見つめ返す。
「――『もと・婚約者』の気持ちの変化くらい、いくら俺でも気づくさ。あなたの気持ちも何となく……ね」
「“元”?……」
「フリーダム奪取がラクスの手引きによるものだと分かったと同時に婚約は解消された。当然だ……父が望んだのは『プラントの歌姫』であり『最高評議長の娘』との婚約なんだから」
「……君の気持ちは? そんな簡単に……」
ラクスに対するアスランの気持ちが、どれほど真剣なものなのかシオンは十分知っている。
「簡単じゃないさ……だからこうして……」
「……」
「ラクスの幸せが俺の願いだから。彼女や仲間がずっと笑っていられる世界が、俺の望む未来だと……そう思うから」
好きな人が笑っていられるのなら、辛くても身を引き、ずっと想っているだけでもいいと自分を言い聞かせる。そんな愛情もあるのだと。
恋人として隣に立てなくても、共に戦う仲間として側にいられればいい。
だが、この想いすら、人に言わせれば未練以外の何物でもないのだろうが……。
「もしラクスが悲しむようなことになれば……俺はあなたを許さない」
この戦いで死ぬことは許さない、と暗に告げる。
それがアスランに出来る精一杯だった。
「こんなとこにいたのかよ」
ぶっきらぼうな声をかけられ、驚いたアスランが振り返った。
そこにはカガリとキラの姿。
シオンに続く2人の登場に、こんなに周囲に心配をかけるほどの顔をしているのかと情けなくなってきた。
だが、カガリはそんなアスランの気持ちなど理解していないようで、遠慮なく顔を覗き込んでくる。
「お前! 頭ハツカネズミになってないか!?」
一瞬、問われた意味が理解できず、「え?」と間の抜けた返事をするアスラン。
「一人でグルグル考えたって同じだって事だ! だからみんなで話すんだろ! そういうときはちゃんと来いよな」
痛いところを突かれたが、カガリの言う通りだった。
彼女だって父を亡くしたばかりだ。それなのにこうして、己の苦しみばかりに目をやっていた自分を気遣う優しさを示してくれる。
その優しさが今は少し辛く感じられた。
親に決められた婚約者ラクス。義務的に交流を重ねながらも、彼女に愛情を抱き始めたことを自覚した矢先、彼女は自分の手を離れていった。
今でも大切に想っていることに変わりは無いその気持ちを整理するにはまだ時間が必要で。
「お、おい! そんなに強く言ったつもりは……おい、キラ! なんとかしろ!」
項垂れるアスランを見て慌てたカガリがキラに助けを求める。
「あーあ……カガリがアスラン泣かせちゃった」
「違う! こいつが勝手に!」
「……いや、ごめん……ちょっと」
必死に我慢していた感情は、ほんの少し気をゆるめてしまうとせきを切ったように溢れ出てきてしまう。
父との間に出来た埋まることのない溝。愛していた婚約者との決定的な別れ。
そのどちらも、自分の未熟さが招いたような気がして、ただ情けなくて……涙が溢れた。
「はいはい、カガリは行って」
そんなアスランの心情を察したキラは、カガリの背を押してドアの外へと追いやると、小さく溜め息をついて振り返る。
「まったく世話がやけるね、キミは」
「……」
「何があったとか聞く気はないけど……」
穏やかな声でそう告げるキラがすぐ側まで歩み寄って来たが、泣き顔を見られたくないアスランは、俯いたまま呟くのが精一杯の状態だ。
「……すまない……」
「泣きたい時は我慢しないほうがいいよ」
「悪い、少しだけ……」
「どうぞ。昔は逆だったよね……僕のほうがよく泣いてた気がする」
こんな時、何をするわけでもなく、ただ隣に居てくれる……そんな親友の存在がとてつもなくありがいとアスランは感じていた。
「……っ」
広い展望デッキにふたりきり。
時折、アスランの口元を覆っている指の隙間から、押し殺したような嗚咽がもれるが、キラは気にする様子もなく穏やかな声で独り言とも取れる言葉を紡ぐ。
「こうやって受け止めてくれる人がいるっていいよね。すごく心が楽になるんだ」
僕もそうだったし、と、何かを懐かしむようにキラが呟いた言葉に、アスランは心の中で相槌をうつ。
思いを吐露するように涙を流したあの日。意外なほどスッキリと心が軽くなったことをお互いが思い出していた。
「僕が胸を貸してるってことは、少しはシオンさんに近づけたかな……」
――敵わない……な、シオンには……
誰と居ても見え隠れするシオンの存在。
今の自分では到底敵わないと思い知った。