Northern Lights(種無印)
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30話 ラクス出撃
<――戦場で、今日も愛する人たちが死んでいきます……私たちは一体いつまで、こんな悲しみの中で過ごさなくてはならないのでしょうか……>
街角に流れる、澄んだ声。
スクリーンに映し出されるのは、プラントの誰もが愛し癒された歌姫の姿。
それを見つめる人々の顔には、様々な感情が浮かんでいた。
<地球の人々と私たちは同胞です。コーディネイターは決して『進化した違うもの』ではないのです>
市民へと訴えかけるピンクの髪の少女。
柔らかな物腰、その中に時折感じられる凛とした強さ。
<与えられた敵を討つだけでよいのでしょうか……もう一度考えてみてください。敵とされている人々にも、父が、妻が、子供がいるのです>
地下活動に身を投じる彼女を支えるものは、平和への願いと愛しい人への想いだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
許容量を明らかに超えたクサナギの格納庫を整理するため、フリーダムとジャスティスをアークエンジェルへと移動させることにしたシオンは、パイロットであるキラとアスランを探してクサナギ内を歩いていた。
探すとは言っても、彼らが居るであろう場所の見当は大方ついている。そこに居なければ艦内放送で呼び出せば良い。
シオンが見当をつけた場所――パイロット控え室へと向かっていると、ちょうどその方向から人影がこちらへと向かって来ていた。
「兄様っ」
「カガリ? こんな所で何をして……っと」
慣性のままふわりと漂ってくるカガリを受け止めると、見上げてくる彼女の目尻にうっすらと涙の跡があったのに気づいたシオンは、その理由を尋ねようと口を開くが、僅かにカガリの方が早く口を開いた。
「――今、話してきた……キラに……あの写真、見せて……」
バラバラに紡がれる単語は、他人が聞けば意味不明だろう。
けれど、その言葉の意味を理解したシオンは、その勇気を褒め称えるように彼女の金の髪を優しく撫でた。
「そうか……キラ君はなんて?」
「……アイツも何も知らなかった。でも、生まれた日は同じで……双子だろう、ってアスランが」
アスランの名を聞いて、本来の目的を思い出したシオンはカガリにその居場所を尋ねた。
「二人は?」
「まだパイロット控え室にいると思う」
その言葉を聞くと同時にシオンはカガリを解放し、床を軽く蹴り上げて目的地へと向かった。
シュン、と音をたてて開いたドアに気づいていないのか、振り返ることもせず、キラとアスランはガラス越しに格納庫を見つめている。
「キラ君、アスラン君」
背後から呼ばれた声に二人ともが慌てて振り向いた。
「――シオンさん……」
そう呟くキラの表情にいつもの笑顔はなく、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
カガリの一件が原因なのは一目瞭然だったが、当事者ではない自分がここでどうこう言っても仕方がない。そう考えたシオンは、あえてその話題に触れることなく、ここへ来た目的を告げた。
「艦内もだいぶ落ち着いたから、フリーダムとジャスティスをアークエンジェルに移動させたいと思ったんだが……」
「ジャスティスもアークエンジェルに?」
シオンの言葉にキラが不思議そうに呟いた。
今までの行動を考えれば、自分のフリーダムがアークエンジェルに収容されるのは分かるが……。
「見ての通り、クサナギには制限ギリギリまでM1アストレイが収容され、アマテラスは入るメンテナンスベッドがない状態だ」
シオンはふわりと体を漂わせるようにキラ達のそばまで移動すると、格納庫へと視線を向ける。
「だが、アークエンジェルにはストライクとバスターしか収容されていない。不測の事態を考えると、君たちにはアークエンジェルに居てほしいと思う」
「……そうですね。じゃあすぐにでも行かなきゃ……アスラン?」
自分たちの話を聞きながらも、何か別のことを考えている様子のアスランにキラが不審そうに首をかしげた。
その様子にシオンもアスランへと視線を向けると、何か言いたげな翡翠の双眸と視線が絡んだ。
「アスラン君?」
「……あ、いえ……アークエンジェルに移動します。行こう、キラ」
そう言って体を翻したアスランの後をキラが慌てて追う。
「ちょ、待ってよアスランっ、じゃあまた、シオンさん」
「あぁ」
アスランが何を言おうとしていたのか気になったものの、そのことだけに気を向けていられるほどの余裕は今のシオンには無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
念の為にと付近の偵察に出ていたシオンは、L4に集結しているアークエンジェル、クサナギへと合流した。
今後について相談したい、というマリューの要望に応えてアークエンジェルに着艦したシオンは、格納庫にフリーダムの姿が見えないことに眉を寄せる。
「――どういう、ことだ……?」
誘導された場所にアマテラスを固定し、コックピットから飛び出そうとしたシオンを一番に出迎えたのは意外な人物だった。
「おーい、オーブ代表代理ー」
緊張感のかけらもない声と、ふざけているとしか思えないその呼び方に脱力感を感じつつ、シオンはコックピット部分から身を乗り出す。
そして、声の主を探そうと格納庫内をぐるりと見回すと、少し離れた場所に固定されているジャスティスの足元付近で手を振っている人物が目に付いた。
シオンはその人物の元へゆっくりと降り立つとバイザーを上げる。
「ディアッカ君……その呼び方は止めてくれないか……」
「なんでだよ。アンタってオーブの代表代理だろ?」
バイザーを上げたおかげで露わになったシオンの表情。
なぜか困ったように眉が顰められているシオンとは対照的に、ディアッカの表情は飄々としたものだ。
「じゃあ、ここの艦長さんみたいに『フィーリア代理』って呼ぶ?」
「――シオン、で構わないよ」
「……へ?」
「ミゲルとラスティも、そう呼んでくれている」
まさに“目が点”状態のディアッカに、込み上げてくる笑いをこらえながらそう告げた。
そして、ここに到着してすぐに抱いた疑問をディアッカへと投げかける。
「フリーダムが出ているようだが……」
「え? あぁ……アスランがプラントに戻るからってシャトルで出て、キラのやつは護衛でヤキン近くまで付き添い」
「プラントにって、ジャスティスを置いてか?!」
告げられた事実にシオンは思わず大声をあげた。
フリーダム奪還の命令を受け、同じく新型機――ジャスティスで現れたアスラン。
なのに、奪還どころか自機まで置いてプラントに戻るなど、軍人としてその責任はとてつもなく重いものになると簡単に想像ができる。
そんな危険を冒してまでプラントへと向かったアスランの決意を思うと言葉が出なかった。
「――自分が戻らなかったら使えとか言いやがって……冗談じゃねぇっての。俺はバスターが気に入ってんだ」
「……そうか」
ディアッカの不器用ながらもアスランを気遣う言葉に、シオンは目を細めて笑みを浮かべた。
――自分が戻らなければ……などと遺言のような言葉を口にしたアスランに対して「帰ってこい」と言いたいのだろう。
「だが心配だな……とりあえずキラ君と合流するか……」
そう呟いて、再びアマテラスへと乗り込もうとするシオンの背をディアッカは黙って見送っていたが、突然思い出したように声を張り上げた。
「シオン!」
「――……?」
突然名を呼ばれたシオンは、コックピットの入り口に足を掛けた状態で振り返りディアッカへと視線を向ける。
「俺も“ディアッカ”でいいからさー」
その言葉にシオンは笑みで応えると、手を軽く振ってコックピットへと体を滑り込ませた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヤキン・ドゥーエ防衛網付近でキラと合流したシオンは、にわかにザフト軍が慌ただしく動き始めたのをレーダーで確認すると、モニターを調節して防衛網付近を注意深く観察する。
そこでは、宇宙の闇色とは相反する淡紅色の戦闘艦がヤキンの防衛網を突破しようとしていた。
明らかにプラントから飛び出してきたと思われるコースを辿る戦闘艦でありながら、なぜザフトのMSと向かい合っているのか……。
そんな疑問をシオンが抱いていると、オープンチャンネルを通じて声が響いた。
<―――願う未来の違いから、わたくしたちはザラ議長と対立することになってしまいました。ですが、わたくしはあなた方との戦闘を望みません。どうか艦を行かせてください―――>
「……ラクス?」
聞き覚えのあるその声に、シオンは呆然と戦闘艦――エターナルを見つめた。
なぜ彼女が戦闘艦なんかに、と思った瞬間<シオンさん! ラクスが!>というキラの慌てた声で我に返ると、防衛網に群がるMS隊がエターナルに向かって攻撃を開始したのが目に入った。
シオンは考えるよりも先に操縦桿を握り込むと、全速力でエターナルへと向かいながらビームライフルを連射させミサイルを撃ち落としていった。キラもそれに続く。
そして機体をエターナルの前面へと滑り込ませると、搭載したばかりの新しいシステムを起動させた。
コックピットにはフリーダムと同じマルチロックオンシステムが展開される。
「宇宙でのテストはまだだが……」
シオンの瞳が冷たく鋭い色を帯びたものへと変化する。
電子音と共にロックされる機影を確認すると、アマテラスに装備された火器の全砲門を解放した。
その鮮やかなまでの色彩の軌跡は、シオンの狙い通り迎撃と同時に敵MSのコックピット以外のみを破壊し、戦闘不能へと陥れた。
「すごい……」
ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載するフリーダムには劣るものの、その火力と砲門数の武器を安定して装備させるには相当の試行錯誤と作業量が必要だと容易に想像できる。
それを可能にするモルゲンレーテの技術力と、使いこなしてしまうシオンに感嘆の声をもらしながら、キラもまたエターナルを護るために攻撃を開始した。
「――どなたですの……?」
エターナルのブリッジを護るように佇む黄金のMS。その背を見つめながらラクスが呟く。
少し離れた位置にいる見覚えのあるMS――フリーダムにはキラが乗っているのだと分かる。自分がキラに与えた機体なのだから。
――なら、このMSのパイロットは……?
なぜか早まる鼓動に、ラクスは思わず胸の前で両手を握り締めた。
パイロットがあの人であってほしいと祈るように。
そんなラクスの胸中に気づいているのか、アスランはただ黙って戦況を見つめていた。
オーブ・オノゴロで、共に戦った黄金のMS。パイロットも当然知っている。
ただ、その名を口にするのは、なぜかためらわれた。
ヤキン防衛隊を3分とかからず沈黙させることに成功したアマテラスとフリーダム。
シオンは、小さく息を吐くとエターナルに通信を繋ぐ。
<こちら“アマテラス”シオン・フィーリアと“フリーダム”キラ・ヤマトだ。――ラクス、聞こえるか?>
「シオン! やはり、あなたでしたのね……」
通信画面へ向かって身を乗り出すと、ラクスは満面の笑みを浮かべる。
――ブリッジに響いたシオンの声。前に聞いたのは一体いつ頃だろう……。
窮地を脱した喜びとは違う喜びがラクスの心を埋め尽くしていた。
笑みを向けられたシオンもまた表情を和らげたように見えたのはアスランの気のせいではないだろう。
ラクスの隣に佇んでいたアスランは、シオンに向けられた彼女の笑顔に胸の奥がチクリと痛むのを感じていた。
今まで何度となく自分に向けられていた微笑み――それとは明らかに違う笑みを浮かべている彼女。
画面越しにでも彼に会えたことが、声を聞けたことが嬉しくてたまらないのだと、その笑顔を見ただけで分かる。
(やはりラクスは彼を……そして彼も……)
感づいてはいたが、認めたくなかった。
ラクスを失うのだという喪失感が現実味を帯びてくる。
(とっくに婚約は解消されているのに、俺はなにを期待していたんだ……)
「助かった。礼を言うぜ、少年たち」
バルトフェルドがモニターに映るシオンとキラに向かって隻腕を上げた。
<バルト……フェルド、さん?>
信じられないものを見るようにキラが目を見張る。
<色々と積もる話もあるようだが、後にしないか? 援軍が来る前にここを抜けたほうがいい>
ただごとではなさそうなキラの様子に、シオンが割って入った。
「そうだな。こんなトコさっさと逃げたほうが良さそうだ」
シオンの提案に頷いて、バルトフェルドはエターナルをL4へと向けたのだった。
<――戦場で、今日も愛する人たちが死んでいきます……私たちは一体いつまで、こんな悲しみの中で過ごさなくてはならないのでしょうか……>
街角に流れる、澄んだ声。
スクリーンに映し出されるのは、プラントの誰もが愛し癒された歌姫の姿。
それを見つめる人々の顔には、様々な感情が浮かんでいた。
<地球の人々と私たちは同胞です。コーディネイターは決して『進化した違うもの』ではないのです>
市民へと訴えかけるピンクの髪の少女。
柔らかな物腰、その中に時折感じられる凛とした強さ。
<与えられた敵を討つだけでよいのでしょうか……もう一度考えてみてください。敵とされている人々にも、父が、妻が、子供がいるのです>
地下活動に身を投じる彼女を支えるものは、平和への願いと愛しい人への想いだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
許容量を明らかに超えたクサナギの格納庫を整理するため、フリーダムとジャスティスをアークエンジェルへと移動させることにしたシオンは、パイロットであるキラとアスランを探してクサナギ内を歩いていた。
探すとは言っても、彼らが居るであろう場所の見当は大方ついている。そこに居なければ艦内放送で呼び出せば良い。
シオンが見当をつけた場所――パイロット控え室へと向かっていると、ちょうどその方向から人影がこちらへと向かって来ていた。
「兄様っ」
「カガリ? こんな所で何をして……っと」
慣性のままふわりと漂ってくるカガリを受け止めると、見上げてくる彼女の目尻にうっすらと涙の跡があったのに気づいたシオンは、その理由を尋ねようと口を開くが、僅かにカガリの方が早く口を開いた。
「――今、話してきた……キラに……あの写真、見せて……」
バラバラに紡がれる単語は、他人が聞けば意味不明だろう。
けれど、その言葉の意味を理解したシオンは、その勇気を褒め称えるように彼女の金の髪を優しく撫でた。
「そうか……キラ君はなんて?」
「……アイツも何も知らなかった。でも、生まれた日は同じで……双子だろう、ってアスランが」
アスランの名を聞いて、本来の目的を思い出したシオンはカガリにその居場所を尋ねた。
「二人は?」
「まだパイロット控え室にいると思う」
その言葉を聞くと同時にシオンはカガリを解放し、床を軽く蹴り上げて目的地へと向かった。
シュン、と音をたてて開いたドアに気づいていないのか、振り返ることもせず、キラとアスランはガラス越しに格納庫を見つめている。
「キラ君、アスラン君」
背後から呼ばれた声に二人ともが慌てて振り向いた。
「――シオンさん……」
そう呟くキラの表情にいつもの笑顔はなく、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
カガリの一件が原因なのは一目瞭然だったが、当事者ではない自分がここでどうこう言っても仕方がない。そう考えたシオンは、あえてその話題に触れることなく、ここへ来た目的を告げた。
「艦内もだいぶ落ち着いたから、フリーダムとジャスティスをアークエンジェルに移動させたいと思ったんだが……」
「ジャスティスもアークエンジェルに?」
シオンの言葉にキラが不思議そうに呟いた。
今までの行動を考えれば、自分のフリーダムがアークエンジェルに収容されるのは分かるが……。
「見ての通り、クサナギには制限ギリギリまでM1アストレイが収容され、アマテラスは入るメンテナンスベッドがない状態だ」
シオンはふわりと体を漂わせるようにキラ達のそばまで移動すると、格納庫へと視線を向ける。
「だが、アークエンジェルにはストライクとバスターしか収容されていない。不測の事態を考えると、君たちにはアークエンジェルに居てほしいと思う」
「……そうですね。じゃあすぐにでも行かなきゃ……アスラン?」
自分たちの話を聞きながらも、何か別のことを考えている様子のアスランにキラが不審そうに首をかしげた。
その様子にシオンもアスランへと視線を向けると、何か言いたげな翡翠の双眸と視線が絡んだ。
「アスラン君?」
「……あ、いえ……アークエンジェルに移動します。行こう、キラ」
そう言って体を翻したアスランの後をキラが慌てて追う。
「ちょ、待ってよアスランっ、じゃあまた、シオンさん」
「あぁ」
アスランが何を言おうとしていたのか気になったものの、そのことだけに気を向けていられるほどの余裕は今のシオンには無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
念の為にと付近の偵察に出ていたシオンは、L4に集結しているアークエンジェル、クサナギへと合流した。
今後について相談したい、というマリューの要望に応えてアークエンジェルに着艦したシオンは、格納庫にフリーダムの姿が見えないことに眉を寄せる。
「――どういう、ことだ……?」
誘導された場所にアマテラスを固定し、コックピットから飛び出そうとしたシオンを一番に出迎えたのは意外な人物だった。
「おーい、オーブ代表代理ー」
緊張感のかけらもない声と、ふざけているとしか思えないその呼び方に脱力感を感じつつ、シオンはコックピット部分から身を乗り出す。
そして、声の主を探そうと格納庫内をぐるりと見回すと、少し離れた場所に固定されているジャスティスの足元付近で手を振っている人物が目に付いた。
シオンはその人物の元へゆっくりと降り立つとバイザーを上げる。
「ディアッカ君……その呼び方は止めてくれないか……」
「なんでだよ。アンタってオーブの代表代理だろ?」
バイザーを上げたおかげで露わになったシオンの表情。
なぜか困ったように眉が顰められているシオンとは対照的に、ディアッカの表情は飄々としたものだ。
「じゃあ、ここの艦長さんみたいに『フィーリア代理』って呼ぶ?」
「――シオン、で構わないよ」
「……へ?」
「ミゲルとラスティも、そう呼んでくれている」
まさに“目が点”状態のディアッカに、込み上げてくる笑いをこらえながらそう告げた。
そして、ここに到着してすぐに抱いた疑問をディアッカへと投げかける。
「フリーダムが出ているようだが……」
「え? あぁ……アスランがプラントに戻るからってシャトルで出て、キラのやつは護衛でヤキン近くまで付き添い」
「プラントにって、ジャスティスを置いてか?!」
告げられた事実にシオンは思わず大声をあげた。
フリーダム奪還の命令を受け、同じく新型機――ジャスティスで現れたアスラン。
なのに、奪還どころか自機まで置いてプラントに戻るなど、軍人としてその責任はとてつもなく重いものになると簡単に想像ができる。
そんな危険を冒してまでプラントへと向かったアスランの決意を思うと言葉が出なかった。
「――自分が戻らなかったら使えとか言いやがって……冗談じゃねぇっての。俺はバスターが気に入ってんだ」
「……そうか」
ディアッカの不器用ながらもアスランを気遣う言葉に、シオンは目を細めて笑みを浮かべた。
――自分が戻らなければ……などと遺言のような言葉を口にしたアスランに対して「帰ってこい」と言いたいのだろう。
「だが心配だな……とりあえずキラ君と合流するか……」
そう呟いて、再びアマテラスへと乗り込もうとするシオンの背をディアッカは黙って見送っていたが、突然思い出したように声を張り上げた。
「シオン!」
「――……?」
突然名を呼ばれたシオンは、コックピットの入り口に足を掛けた状態で振り返りディアッカへと視線を向ける。
「俺も“ディアッカ”でいいからさー」
その言葉にシオンは笑みで応えると、手を軽く振ってコックピットへと体を滑り込ませた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヤキン・ドゥーエ防衛網付近でキラと合流したシオンは、にわかにザフト軍が慌ただしく動き始めたのをレーダーで確認すると、モニターを調節して防衛網付近を注意深く観察する。
そこでは、宇宙の闇色とは相反する淡紅色の戦闘艦がヤキンの防衛網を突破しようとしていた。
明らかにプラントから飛び出してきたと思われるコースを辿る戦闘艦でありながら、なぜザフトのMSと向かい合っているのか……。
そんな疑問をシオンが抱いていると、オープンチャンネルを通じて声が響いた。
<―――願う未来の違いから、わたくしたちはザラ議長と対立することになってしまいました。ですが、わたくしはあなた方との戦闘を望みません。どうか艦を行かせてください―――>
「……ラクス?」
聞き覚えのあるその声に、シオンは呆然と戦闘艦――エターナルを見つめた。
なぜ彼女が戦闘艦なんかに、と思った瞬間<シオンさん! ラクスが!>というキラの慌てた声で我に返ると、防衛網に群がるMS隊がエターナルに向かって攻撃を開始したのが目に入った。
シオンは考えるよりも先に操縦桿を握り込むと、全速力でエターナルへと向かいながらビームライフルを連射させミサイルを撃ち落としていった。キラもそれに続く。
そして機体をエターナルの前面へと滑り込ませると、搭載したばかりの新しいシステムを起動させた。
コックピットにはフリーダムと同じマルチロックオンシステムが展開される。
「宇宙でのテストはまだだが……」
シオンの瞳が冷たく鋭い色を帯びたものへと変化する。
電子音と共にロックされる機影を確認すると、アマテラスに装備された火器の全砲門を解放した。
その鮮やかなまでの色彩の軌跡は、シオンの狙い通り迎撃と同時に敵MSのコックピット以外のみを破壊し、戦闘不能へと陥れた。
「すごい……」
ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載するフリーダムには劣るものの、その火力と砲門数の武器を安定して装備させるには相当の試行錯誤と作業量が必要だと容易に想像できる。
それを可能にするモルゲンレーテの技術力と、使いこなしてしまうシオンに感嘆の声をもらしながら、キラもまたエターナルを護るために攻撃を開始した。
「――どなたですの……?」
エターナルのブリッジを護るように佇む黄金のMS。その背を見つめながらラクスが呟く。
少し離れた位置にいる見覚えのあるMS――フリーダムにはキラが乗っているのだと分かる。自分がキラに与えた機体なのだから。
――なら、このMSのパイロットは……?
なぜか早まる鼓動に、ラクスは思わず胸の前で両手を握り締めた。
パイロットがあの人であってほしいと祈るように。
そんなラクスの胸中に気づいているのか、アスランはただ黙って戦況を見つめていた。
オーブ・オノゴロで、共に戦った黄金のMS。パイロットも当然知っている。
ただ、その名を口にするのは、なぜかためらわれた。
ヤキン防衛隊を3分とかからず沈黙させることに成功したアマテラスとフリーダム。
シオンは、小さく息を吐くとエターナルに通信を繋ぐ。
<こちら“アマテラス”シオン・フィーリアと“フリーダム”キラ・ヤマトだ。――ラクス、聞こえるか?>
「シオン! やはり、あなたでしたのね……」
通信画面へ向かって身を乗り出すと、ラクスは満面の笑みを浮かべる。
――ブリッジに響いたシオンの声。前に聞いたのは一体いつ頃だろう……。
窮地を脱した喜びとは違う喜びがラクスの心を埋め尽くしていた。
笑みを向けられたシオンもまた表情を和らげたように見えたのはアスランの気のせいではないだろう。
ラクスの隣に佇んでいたアスランは、シオンに向けられた彼女の笑顔に胸の奥がチクリと痛むのを感じていた。
今まで何度となく自分に向けられていた微笑み――それとは明らかに違う笑みを浮かべている彼女。
画面越しにでも彼に会えたことが、声を聞けたことが嬉しくてたまらないのだと、その笑顔を見ただけで分かる。
(やはりラクスは彼を……そして彼も……)
感づいてはいたが、認めたくなかった。
ラクスを失うのだという喪失感が現実味を帯びてくる。
(とっくに婚約は解消されているのに、俺はなにを期待していたんだ……)
「助かった。礼を言うぜ、少年たち」
バルトフェルドがモニターに映るシオンとキラに向かって隻腕を上げた。
<バルト……フェルド、さん?>
信じられないものを見るようにキラが目を見張る。
<色々と積もる話もあるようだが、後にしないか? 援軍が来る前にここを抜けたほうがいい>
ただごとではなさそうなキラの様子に、シオンが割って入った。
「そうだな。こんなトコさっさと逃げたほうが良さそうだ」
シオンの提案に頷いて、バルトフェルドはエターナルをL4へと向けたのだった。