Northern Lights(種無印)
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29話 ゆれる世界
無数の星々が散らばる漆黒の宇宙空間。
そこにアークエンジェルとクサナギの姿があった。
カグヤより発射されたクサナギの中心部は、この宇宙空間で残りのパーツとランデブーを果たすと、陽電子破壊砲“ローエングリン”、主砲“ゴットフリート”を備え、アークエンジェルより小型ではあるが十分な戦闘力を持った戦艦としての姿を現す。
ドッキング作業を見守っていたアマテラス、フリーダム、ジャスティスは、その作業終了と共にクサナギへと着艦した。
誘導された場所にアマテラスを固定したシオンは、誰かを探すようにモニター越しにぐるりと格納庫内へと視線を巡らせる。
すると、格納庫のメンテナンスベッドに並ぶM1アストレイの足元で整備士と話しこんでいるミゲル、その隣で明らかにソワソワした仕草のラスティとそれに付き合っている様子のニコルを見つけた。
シオンは心を落ち着かせるように深呼吸をすると、コックピットからふわりと身体を躍らせた。
「ミゲル!ラスティ!ニコル!」
真剣に端末へと意識を集中させていたミゲルは、不意に名を呼ばれ、誰だ? とばかりの表情で振り返る。が、その相手がシオンだと認識すると一瞬で表情を和らげた。
ラスティは待ってましたとばかりに笑顔でシオンの元へと向かう。まるで主人の帰宅を待ちわびていた犬のようなラスティの姿に、ニコルは苦笑してその様子を見ていた。
「おかえり、シオン」
そう言って真っ先に出迎えたのはラスティだった。
「……あ、あぁ。ただいま」
予想外の言葉に、シオンは思わず呆気に取られたような表情を浮かべる。
帰るべき場所――オーブ――を失っても、迎えてくれる人が居れば、そこが帰るべき場所だという意味だろうか……。そう考えると妙に心強く感じられ、彼らの存在が尚も有難いと思った。
ラスティに半場引っ張られるようにしてミゲルとニコルの元へと連れてこられたシオンに、ミゲルが苦笑いを浮かべながら言葉をかける。
「――遅かったな。あ……援護お疲れ」
知っているであろうオーブの状況。
それに触れることなく、いつもと変わらぬペースで言葉をかけてくれる気遣いに、シオンの心も落ち着きを取り戻す。
「あぁ……そっちも……ありがとう」
それ以上、言葉が見つからなかった。
お互いの無事を確認するように固く握手を交わすと次にニコルに顔を向ける。
「……無事でよかったです」
「君もね……」
オーブの惨状に心を痛めつつもまずは互いの無事を確認しあう。
ともすれば暗くなりがちな空気を察したラスティが思い出したように口を開いた。
「――あ、そういや……キサカさんがシオンを探してたぜ」
「キサカが? 分かった」
オーブ軍の一佐であるキサカがシオンを探していたとなると、彼はまた休む間もなく行動するのであろう。
首長たちが国と運命を共にした今、代表代理という地位は代表と大差ないのだろうと容易に想像できる。
これから先、シオンに降り注ぐ激務を思うと、あまり長い時間自分たちが拘束するのも如何なものかと、3人ともが思った。
「じゃあ、俺シャワーでも浴びてこよっと。お前らはどうする?」
「では、僕は少し休ませてもらいます」
「俺はアストレイの設定の件でもう少し彼らと話してから行く」
各々がシオンを気遣い、負担を減らそうと解散していく。
その気遣いが嬉しく、シオンはふわりと微笑むと「また後でな」と3人に軽く手を振って別れた。
移動しながら視線を一巡させて通信機を探す。
「シオン・フィーリアだ。キサカ一佐はいるか?」
キサカからカガリの状況を聞かされたシオンは、パイロットスーツのままクサナギの居住区の一室へと足を運んだ。
目の前の扉の向こうには、きっと泣きじゃくっているカガリが居るのだろう。
ウズミの元へ身を寄せることになり、その娘であるカガリは妹のような存在で、何年も近くで過ごしたからこそ分かる……彼女がどれほど父親を慕っていたか。
“ヘリオポリス”の一件以後、父親に反抗する言動が目立ったが、それも父親を信じていたからこそ。
そしてその父親を突然亡くした。
シオンはポケットから1枚の写真を取り出した。それは、オーブ脱出の際にウズミから託された大事なもの。
『これをカガリに渡してほしい……そしてあれに伝えて欲しい……『お前は独りではない。きょうだいがおる』と――』
ウズミの言葉を反芻し、小さく溜め息をつく。
「きょうだい……か」
これを渡される瞬間まで、カガリはウズミの本当の娘だと疑いもしなかった。
本人もそうだろう。
父親をあんなかたちで突然失い、今まさに悲しみの底に沈んでいるであろう彼女に、こんな事実を告げて良いのだろうか。
大切な人を失ったばかりの人間に、どんな言葉をかければいいのか。
「…………」
まとまらない考えを放棄し、シオンはドアのインターフォンを押した。
ベッドの上で膝を抱えてカガリは泣いていた。
燃え盛る炎に呑み込まれるオーブ、幼い頃の父との想い出、最後の微笑みと触れた手のあたたかさ……それらが繰り返し浮かんでは消え、胸が押し潰されそうになる。
「っ……お父様」
無意識に呟いたとき、インターフォンが呼び出し音を鳴らした。
のろのろとベッドから降り、力無く俯いたままドアを開けると、パイロットスーツの足元が目に入った。
(――兄、様……?)
漆黒に染められたそのスーツは、兄と慕う人の色。
ゆっくりと顔を上げると、心配そうに見つめてくる瞳と視線が絡まった。
「……カガリ……」
「――っ、兄様……!」
いたわるような優しい声で名を呼ばれたカガリは、堪えきれず泣きながらシオンの首に抱きついた。
必死に縋り付いてくるカガリを受け止めたシオンは、彼女を落ち着かせようと髪を撫でるが、その感触がまたウズミを思い出させてカガリの悲しみを倍増させる。
「っ……ぅ……」
「……我慢するな……」
そう言って自分を包み込んでくれる腕のあたたかさに、堰を切ったように涙が溢れ出す。
シオンには何も言わなくても、自分の気持ちが分かってもらえている気がした。
――大切な人を失う悲しみ。同じ痛みを経験した者にしか分からない喪失感。
広い胸に縋って、その腕に甘えて泣いて、やさしく髪を撫でられて……少しずつ気持ちが落ち着いていくのをカガリは感じた。
独りではないのだという安心感が、少しだけ悲しみを癒してくれた気がする。
勿論、父を失った悲しみが全て消えるわけではないが、悲しみでいっぱいだった心の片隅に、父の遺志を理解して受け継ごうと思える余地が出来た。
ひとしきり泣いた後、しゃくり上げながらもゆっくりと身体を離そうとするカガリをそっと覗き込む。
「……大丈夫か?」
その言葉にコクリと頷き「……顔、洗ってくる」と、洗面所に向かうカガリの背を見て決意を固める。
いつ状況が変わり、ウズミとの約束が果たせなくなるかも分からない現状で迷っている時間は無い。
「――カガリ、大切な話がある……入っていいか?」
洗面所で顔を洗ったカガリは、まだ腫れぼったい目を気にするように擦りながら部屋へと戻ってきた。
「兄様、話って?」
「これを……ウズミ様からお前にと……」
突然目の前に差し出された写真を不思議に思いながらも手に取るカガリ。
だが、そこに写る人物――金色の髪と茶色の髪の赤ん坊、そしてその2人を優しく見つめる女性――に心当たりは無かった。
写真を裏返してみると文字が書かれてあり、興味本位でその文字を目で追う。
「――何……キラ、と……私?!」
『キラとカガリ』
何度読み返しても、そう書かれてある文字にカガリはただ驚くばかりで、理解するのに時間を要した。
「これ、は……どういう意味だ……兄様」
不安そうに見上げてくるカガリの手が若干震えている。それを落ち着かせるように肩に手を乗せると、シオンは口を開いた。
「そして伝言だ。『お前は独りではない。きょうだいがいる』と」
「きょう……だい……?」
告げられた事実にカガリの瞳が大きく揺れる。
(きょうだい? 自分とキラが? なら、今まで父と思ってきたあの人は……?)
思考が空回るのか、次第に俯き加減になるカガリにシオンは尚も言葉を続けた。
「カガリ……このことをキラ君に話すかどうかは任せる。それから……」
呆然としているカガリと視線の高さを合わせるように腰を屈め覗き込む。
「これが事実だとしても、お前の父親はウズミ様だ」
「……っ」
微笑みながら力強く紡がれる言葉に、カガリは一瞬目を見開くとすぐに涙ぐんでコクコクと頷いた。
立て続けに突きつけられた現実に頭と心がついていかなくて、どうしていいのか分からなくなっていた。
けれど、そんな不安を簡単に一掃し、支えてくれるシオンの存在が本当に心強く感じて、止まったはずの涙がまた溢れ出す。
そんな彼女を見て、また洗面所に逆戻りだな……と苦笑いを浮かべた瞬間、部屋のインターフォンが呼び出し音が部屋に響いた。
まだ肩を震わせているカガリに「俺が出るから」と告げるとシオンが応対に出ると、キラとアスランが心配そうな表情を浮かべて立っていた。
「あ、ブリッジに……って、シオンさん?!」
開いたドアの前にはカガリではなくシオンが立っている。
2人とも、訪ねたはずの部屋の主と違う人物が出てきたことに驚いた様子で、キラは告げるはずの用件よりも先に現状への疑問を口にしていた。
「ここにカガリが居るって聞いて来たんですけど……カガリは……?」
「あぁ……奥で顔を洗ってる」
「――泣いてたんですか……?」
聞いていいんだろうか、というような表情で、遠慮がちにアスランが尋ねる。
「そりゃあ、ね……でも、もう大丈夫だと思う。心配かけたな」
「いいえ」
「で? 他に用件があったんじゃないのかい?」
「あ! アークエンジェルからマリューさんたちが来てるらしいんで、カガリも来るかなって」
「どうする? カガリ」
シオンは上半身だけを捻り振り返ると、洗面所に届くような声でカガリに尋ねる。
言外に「大丈夫か?」と聞かれたカガリは、洗面所で慌てて鏡を見つめた。
(腫れはマシになった……目は少し赤いが大丈夫だ)
「あぁ! いま行く!」
部屋を出るとき、心配そうに見つめてくるキラと目が合ったが、つい逸らしてしまった。
後ろめたいことがあるわけではない。この事実をどう伝えたら良いのか、頭の中で整理がつかないだけだ。
カガリは無意識に、写真を入れたポケットに手を添えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カガリたちを先にブリッジへと向かわせたシオンは、着替えを済ませてパイロットスーツをロッカーへと詰め込んだ。
「L4、か……」
今では無人のコロニー郡。水場くらいには使えるだろうと、先程キサカと通信していた内容を思い出す。
出来る限りの物資を積んだとはいえ、それらも無限ではない。水はすぐ問題となるだろう。
地球軍にもプラントにも属さない立場の自分たち。
オーブという身を寄せるべき場所は失われ、まさに孤立した状態の今を再認識し憂鬱な気分になったが、それを振り払うように頭を振ると、シオンはブリッジへと向かった。
「誰の子だって関係ないじゃないか! アスランは――」
「軍人が自軍を抜けるってのは、キミが思ってるよりずっと大変なことなんだよ」
ブリッジへの扉が開いた途端耳に入ってきたのは、噛み付くようなカガリの声と、冷静で厳しい口調のムウの声だった。
会話の途中から無理に参加するわけにもいかず、シオンはしばらく状況を見守っていた。
「自軍の大義を信じてなきゃ、戦争なんかできないんだ。それがひっくり返るんだぞ? そう簡単にいくか」
(――あぁ、なるほど……)
話しの流れから、ムウがアスランの意志をはっきり聞いておきたいのだということが分かり、シオンも納得する。
――もし、この先プラントと敵対することになった場合、アスランは躊躇いなく同胞を撃てるのか。ザフトの正規軍人であり、プラント最高評議長の息子である彼が……――それは、ここにいる誰もが抱く疑問だ。シオンも例外ではない。
「一緒に戦うのなら、アテにしたい。――そう言いたいんだよ、フラガ少佐は」
重苦しい空気の中、突如降ってきた声の主に皆の視線が集まる。その主――シオンの視線はアスランへと向けられていた。
アスランは俯いて何かを考えている様子だったが、ゆっくりと顔を上げると翡翠の双眸はシオンを捕らえる。
「オーブで……プラントでも、見て、聞いて……思ったことはたくさんあります。それは間違っているのか、正しいのか……今の俺にはよく分かりません」
そして今度はムウへと視線を移動させ、まっすぐ見返す。
「ただ……自分が願っている世界は、あなた方と同じだと……今は、そう感じています」
「しっかりしてるねぇ、君は。キラとは大違いだ」
からかうような言葉に、張り詰めていた空気が和み、緊張していた様子のアスランの表情も、僅かながらやわらいだように見えた。
するとアスランが不意に思い出したように「プラントにも、同じように考えている人はいますよ」と告げると、その言葉に、何か思い当たった様子のキラが「あ、ラクス?」と呟いた。
アスランに投げつけられた言葉がシオンの耳に甦る。
『――あなたの所為だ!……あなたの所為でラクスは……っ』
「あの、ピンクのお姫様か?」
その名を憶えていたムウが驚いた表情を浮かべた。
デブリベルトで遭遇した、クライン前議長の娘――ラクス・クライン――その少女の名がなぜ今? と。
「え……と……アスランの婚約者、なんです」
なぜか遠慮がちに紡がれる言葉。
そのキラの視線がアスランではなく、一瞬シオンへ向いたことにムウは僅かな疑念を抱いたが、次にアスランの口から告げられた言葉にその疑念は掻き消された。
「彼女は今、追われている。反逆者として……俺の、父に……」
無数の星々が散らばる漆黒の宇宙空間。
そこにアークエンジェルとクサナギの姿があった。
カグヤより発射されたクサナギの中心部は、この宇宙空間で残りのパーツとランデブーを果たすと、陽電子破壊砲“ローエングリン”、主砲“ゴットフリート”を備え、アークエンジェルより小型ではあるが十分な戦闘力を持った戦艦としての姿を現す。
ドッキング作業を見守っていたアマテラス、フリーダム、ジャスティスは、その作業終了と共にクサナギへと着艦した。
誘導された場所にアマテラスを固定したシオンは、誰かを探すようにモニター越しにぐるりと格納庫内へと視線を巡らせる。
すると、格納庫のメンテナンスベッドに並ぶM1アストレイの足元で整備士と話しこんでいるミゲル、その隣で明らかにソワソワした仕草のラスティとそれに付き合っている様子のニコルを見つけた。
シオンは心を落ち着かせるように深呼吸をすると、コックピットからふわりと身体を躍らせた。
「ミゲル!ラスティ!ニコル!」
真剣に端末へと意識を集中させていたミゲルは、不意に名を呼ばれ、誰だ? とばかりの表情で振り返る。が、その相手がシオンだと認識すると一瞬で表情を和らげた。
ラスティは待ってましたとばかりに笑顔でシオンの元へと向かう。まるで主人の帰宅を待ちわびていた犬のようなラスティの姿に、ニコルは苦笑してその様子を見ていた。
「おかえり、シオン」
そう言って真っ先に出迎えたのはラスティだった。
「……あ、あぁ。ただいま」
予想外の言葉に、シオンは思わず呆気に取られたような表情を浮かべる。
帰るべき場所――オーブ――を失っても、迎えてくれる人が居れば、そこが帰るべき場所だという意味だろうか……。そう考えると妙に心強く感じられ、彼らの存在が尚も有難いと思った。
ラスティに半場引っ張られるようにしてミゲルとニコルの元へと連れてこられたシオンに、ミゲルが苦笑いを浮かべながら言葉をかける。
「――遅かったな。あ……援護お疲れ」
知っているであろうオーブの状況。
それに触れることなく、いつもと変わらぬペースで言葉をかけてくれる気遣いに、シオンの心も落ち着きを取り戻す。
「あぁ……そっちも……ありがとう」
それ以上、言葉が見つからなかった。
お互いの無事を確認するように固く握手を交わすと次にニコルに顔を向ける。
「……無事でよかったです」
「君もね……」
オーブの惨状に心を痛めつつもまずは互いの無事を確認しあう。
ともすれば暗くなりがちな空気を察したラスティが思い出したように口を開いた。
「――あ、そういや……キサカさんがシオンを探してたぜ」
「キサカが? 分かった」
オーブ軍の一佐であるキサカがシオンを探していたとなると、彼はまた休む間もなく行動するのであろう。
首長たちが国と運命を共にした今、代表代理という地位は代表と大差ないのだろうと容易に想像できる。
これから先、シオンに降り注ぐ激務を思うと、あまり長い時間自分たちが拘束するのも如何なものかと、3人ともが思った。
「じゃあ、俺シャワーでも浴びてこよっと。お前らはどうする?」
「では、僕は少し休ませてもらいます」
「俺はアストレイの設定の件でもう少し彼らと話してから行く」
各々がシオンを気遣い、負担を減らそうと解散していく。
その気遣いが嬉しく、シオンはふわりと微笑むと「また後でな」と3人に軽く手を振って別れた。
移動しながら視線を一巡させて通信機を探す。
「シオン・フィーリアだ。キサカ一佐はいるか?」
キサカからカガリの状況を聞かされたシオンは、パイロットスーツのままクサナギの居住区の一室へと足を運んだ。
目の前の扉の向こうには、きっと泣きじゃくっているカガリが居るのだろう。
ウズミの元へ身を寄せることになり、その娘であるカガリは妹のような存在で、何年も近くで過ごしたからこそ分かる……彼女がどれほど父親を慕っていたか。
“ヘリオポリス”の一件以後、父親に反抗する言動が目立ったが、それも父親を信じていたからこそ。
そしてその父親を突然亡くした。
シオンはポケットから1枚の写真を取り出した。それは、オーブ脱出の際にウズミから託された大事なもの。
『これをカガリに渡してほしい……そしてあれに伝えて欲しい……『お前は独りではない。きょうだいがおる』と――』
ウズミの言葉を反芻し、小さく溜め息をつく。
「きょうだい……か」
これを渡される瞬間まで、カガリはウズミの本当の娘だと疑いもしなかった。
本人もそうだろう。
父親をあんなかたちで突然失い、今まさに悲しみの底に沈んでいるであろう彼女に、こんな事実を告げて良いのだろうか。
大切な人を失ったばかりの人間に、どんな言葉をかければいいのか。
「…………」
まとまらない考えを放棄し、シオンはドアのインターフォンを押した。
ベッドの上で膝を抱えてカガリは泣いていた。
燃え盛る炎に呑み込まれるオーブ、幼い頃の父との想い出、最後の微笑みと触れた手のあたたかさ……それらが繰り返し浮かんでは消え、胸が押し潰されそうになる。
「っ……お父様」
無意識に呟いたとき、インターフォンが呼び出し音を鳴らした。
のろのろとベッドから降り、力無く俯いたままドアを開けると、パイロットスーツの足元が目に入った。
(――兄、様……?)
漆黒に染められたそのスーツは、兄と慕う人の色。
ゆっくりと顔を上げると、心配そうに見つめてくる瞳と視線が絡まった。
「……カガリ……」
「――っ、兄様……!」
いたわるような優しい声で名を呼ばれたカガリは、堪えきれず泣きながらシオンの首に抱きついた。
必死に縋り付いてくるカガリを受け止めたシオンは、彼女を落ち着かせようと髪を撫でるが、その感触がまたウズミを思い出させてカガリの悲しみを倍増させる。
「っ……ぅ……」
「……我慢するな……」
そう言って自分を包み込んでくれる腕のあたたかさに、堰を切ったように涙が溢れ出す。
シオンには何も言わなくても、自分の気持ちが分かってもらえている気がした。
――大切な人を失う悲しみ。同じ痛みを経験した者にしか分からない喪失感。
広い胸に縋って、その腕に甘えて泣いて、やさしく髪を撫でられて……少しずつ気持ちが落ち着いていくのをカガリは感じた。
独りではないのだという安心感が、少しだけ悲しみを癒してくれた気がする。
勿論、父を失った悲しみが全て消えるわけではないが、悲しみでいっぱいだった心の片隅に、父の遺志を理解して受け継ごうと思える余地が出来た。
ひとしきり泣いた後、しゃくり上げながらもゆっくりと身体を離そうとするカガリをそっと覗き込む。
「……大丈夫か?」
その言葉にコクリと頷き「……顔、洗ってくる」と、洗面所に向かうカガリの背を見て決意を固める。
いつ状況が変わり、ウズミとの約束が果たせなくなるかも分からない現状で迷っている時間は無い。
「――カガリ、大切な話がある……入っていいか?」
洗面所で顔を洗ったカガリは、まだ腫れぼったい目を気にするように擦りながら部屋へと戻ってきた。
「兄様、話って?」
「これを……ウズミ様からお前にと……」
突然目の前に差し出された写真を不思議に思いながらも手に取るカガリ。
だが、そこに写る人物――金色の髪と茶色の髪の赤ん坊、そしてその2人を優しく見つめる女性――に心当たりは無かった。
写真を裏返してみると文字が書かれてあり、興味本位でその文字を目で追う。
「――何……キラ、と……私?!」
『キラとカガリ』
何度読み返しても、そう書かれてある文字にカガリはただ驚くばかりで、理解するのに時間を要した。
「これ、は……どういう意味だ……兄様」
不安そうに見上げてくるカガリの手が若干震えている。それを落ち着かせるように肩に手を乗せると、シオンは口を開いた。
「そして伝言だ。『お前は独りではない。きょうだいがいる』と」
「きょう……だい……?」
告げられた事実にカガリの瞳が大きく揺れる。
(きょうだい? 自分とキラが? なら、今まで父と思ってきたあの人は……?)
思考が空回るのか、次第に俯き加減になるカガリにシオンは尚も言葉を続けた。
「カガリ……このことをキラ君に話すかどうかは任せる。それから……」
呆然としているカガリと視線の高さを合わせるように腰を屈め覗き込む。
「これが事実だとしても、お前の父親はウズミ様だ」
「……っ」
微笑みながら力強く紡がれる言葉に、カガリは一瞬目を見開くとすぐに涙ぐんでコクコクと頷いた。
立て続けに突きつけられた現実に頭と心がついていかなくて、どうしていいのか分からなくなっていた。
けれど、そんな不安を簡単に一掃し、支えてくれるシオンの存在が本当に心強く感じて、止まったはずの涙がまた溢れ出す。
そんな彼女を見て、また洗面所に逆戻りだな……と苦笑いを浮かべた瞬間、部屋のインターフォンが呼び出し音が部屋に響いた。
まだ肩を震わせているカガリに「俺が出るから」と告げるとシオンが応対に出ると、キラとアスランが心配そうな表情を浮かべて立っていた。
「あ、ブリッジに……って、シオンさん?!」
開いたドアの前にはカガリではなくシオンが立っている。
2人とも、訪ねたはずの部屋の主と違う人物が出てきたことに驚いた様子で、キラは告げるはずの用件よりも先に現状への疑問を口にしていた。
「ここにカガリが居るって聞いて来たんですけど……カガリは……?」
「あぁ……奥で顔を洗ってる」
「――泣いてたんですか……?」
聞いていいんだろうか、というような表情で、遠慮がちにアスランが尋ねる。
「そりゃあ、ね……でも、もう大丈夫だと思う。心配かけたな」
「いいえ」
「で? 他に用件があったんじゃないのかい?」
「あ! アークエンジェルからマリューさんたちが来てるらしいんで、カガリも来るかなって」
「どうする? カガリ」
シオンは上半身だけを捻り振り返ると、洗面所に届くような声でカガリに尋ねる。
言外に「大丈夫か?」と聞かれたカガリは、洗面所で慌てて鏡を見つめた。
(腫れはマシになった……目は少し赤いが大丈夫だ)
「あぁ! いま行く!」
部屋を出るとき、心配そうに見つめてくるキラと目が合ったが、つい逸らしてしまった。
後ろめたいことがあるわけではない。この事実をどう伝えたら良いのか、頭の中で整理がつかないだけだ。
カガリは無意識に、写真を入れたポケットに手を添えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カガリたちを先にブリッジへと向かわせたシオンは、着替えを済ませてパイロットスーツをロッカーへと詰め込んだ。
「L4、か……」
今では無人のコロニー郡。水場くらいには使えるだろうと、先程キサカと通信していた内容を思い出す。
出来る限りの物資を積んだとはいえ、それらも無限ではない。水はすぐ問題となるだろう。
地球軍にもプラントにも属さない立場の自分たち。
オーブという身を寄せるべき場所は失われ、まさに孤立した状態の今を再認識し憂鬱な気分になったが、それを振り払うように頭を振ると、シオンはブリッジへと向かった。
「誰の子だって関係ないじゃないか! アスランは――」
「軍人が自軍を抜けるってのは、キミが思ってるよりずっと大変なことなんだよ」
ブリッジへの扉が開いた途端耳に入ってきたのは、噛み付くようなカガリの声と、冷静で厳しい口調のムウの声だった。
会話の途中から無理に参加するわけにもいかず、シオンはしばらく状況を見守っていた。
「自軍の大義を信じてなきゃ、戦争なんかできないんだ。それがひっくり返るんだぞ? そう簡単にいくか」
(――あぁ、なるほど……)
話しの流れから、ムウがアスランの意志をはっきり聞いておきたいのだということが分かり、シオンも納得する。
――もし、この先プラントと敵対することになった場合、アスランは躊躇いなく同胞を撃てるのか。ザフトの正規軍人であり、プラント最高評議長の息子である彼が……――それは、ここにいる誰もが抱く疑問だ。シオンも例外ではない。
「一緒に戦うのなら、アテにしたい。――そう言いたいんだよ、フラガ少佐は」
重苦しい空気の中、突如降ってきた声の主に皆の視線が集まる。その主――シオンの視線はアスランへと向けられていた。
アスランは俯いて何かを考えている様子だったが、ゆっくりと顔を上げると翡翠の双眸はシオンを捕らえる。
「オーブで……プラントでも、見て、聞いて……思ったことはたくさんあります。それは間違っているのか、正しいのか……今の俺にはよく分かりません」
そして今度はムウへと視線を移動させ、まっすぐ見返す。
「ただ……自分が願っている世界は、あなた方と同じだと……今は、そう感じています」
「しっかりしてるねぇ、君は。キラとは大違いだ」
からかうような言葉に、張り詰めていた空気が和み、緊張していた様子のアスランの表情も、僅かながらやわらいだように見えた。
するとアスランが不意に思い出したように「プラントにも、同じように考えている人はいますよ」と告げると、その言葉に、何か思い当たった様子のキラが「あ、ラクス?」と呟いた。
アスランに投げつけられた言葉がシオンの耳に甦る。
『――あなたの所為だ!……あなたの所為でラクスは……っ』
「あの、ピンクのお姫様か?」
その名を憶えていたムウが驚いた表情を浮かべた。
デブリベルトで遭遇した、クライン前議長の娘――ラクス・クライン――その少女の名がなぜ今? と。
「え……と……アスランの婚約者、なんです」
なぜか遠慮がちに紡がれる言葉。
そのキラの視線がアスランではなく、一瞬シオンへ向いたことにムウは僅かな疑念を抱いたが、次にアスランの口から告げられた言葉にその疑念は掻き消された。
「彼女は今、追われている。反逆者として……俺の、父に……」