Northern Lights(種無印)
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27話 アスラン
<話しが……したい。おまえと>
ジャスティスとフリーダムがオノゴロ島の海岸付近に降り立った。
向き合って佇む2機から、それぞれアスランとキラがラダーを使って降りるのを、一足先に地に降り立っていたシオン達が遠巻きに見つめている。
機体から降りてきたアスランのパイロットスーツを目にしたオーブ兵が、キラへ歩み寄るアスランへと一斉に銃を構えた。
シオンはオーブ兵の行動を諌めるようにスッと腕を水平に伸ばすと、凛とした声を響かせた。
「銃を降ろせ。彼は敵ではない」
風と波の音だけが辺りを包む。
少しずつ距離を縮める2人を、皆がただ黙って見守っていた。
ようやく、話の出来る距離まで近づいたキラとアスランは、何を話すべきか模索しながらも、溢れる想いを胸にただお互いを見つめていた。
「……や…あ、アスラン」
「キラ……」
言葉にならない想いを抱え、やっとの思いで紡いだ言葉は互いの名で。
その先に続ける言葉は胸に溢れているのに、互いの肉声が届く距離に居るのが嬉しくて、2人はその場に佇むしか出来ないでいた。
(この調子じゃ、いつまでたっても話しなんて出来ないんじゃないか……?)
シオンがそう思った途端、傍にいたカガリが叫びながら2人に向かって走り出した。そのまま勢いに乗って飛びつく。
「この……ばかやろぉぉぉぉ!!」
自分たちに抱きついて涙を流すカガリに視線を落してから、キラとアスランは互いの顔を見つめ、そこでようやく笑みがこぼれた。
「やぁ、アスラン君……久しぶり、で良いのかな」
3人の再会劇が落ち着いた頃合を見計らうようにシオンが笑みと共に声をかけると、アスランが驚いたように一瞬目を見張る。
「あなたは……」
命の恩人であるシオンに「あの時は本当にありがとうございました」と頭を下げた。
「また会うことになるとは……正直、思ってなかったよ」
オーブ連合首長国代表代理である自分と、ザフトの赤を纏うMSパイロットであるアスラン。
初めて会った時のような不測の事態でもない限り、会うことも無いであろう立場の二人。
だた、シオンにとってはもっと別の意味で、あまり会いたくない人物であるのは間違いなかった。
目の前に居る彼は、傍で護りたいと、そう願う少女―ラクス―の婚約者だ。
ラクスの安否を尋ねたい衝動に駆られるが、それを聞いてどうする、と冷静に諭すもう一人の自分がいる。
そんな複雑な心境そのままの苦笑いを浮かべるシオンに、アスランも困ったように返す。
「……俺もです」
婚約者であるラクスに国家反逆罪の疑いをかける原因となった、防犯カメラの映像がアスランの脳裏を過ぎる。
映っていたのは、あの場に居たのはキラとシオンとラクスだと、ラクス本人から聞いた。
(――なら、映像の中で彼女が自ら寄り添い、その彼女を抱き締めた男はキラか? それとも……)
改めて見ると、キラとシオンは身長・体格と明らかに違いがある。
アスランは記憶に焼きつくあの映像を必死にリピートしてみるが、あの時は突きつけられた現実にショックを受けていた所為か記憶は曖昧で、カメラに映る男の身長・体格など思い出せるはずもなかった。
この男に直接聞けば良いじゃないか、と心のどこかで思うが、ラクスとの婚約を解消された今、そのことを問い詰める理由が思いつかない。
妙な沈黙に包まれたと同時に、傍で誰かがミリアリアに「あれ誰?」と聞いている声がシオンの耳に届いた。
そこでシオンはその声の主へと向きなおると、口を開こうとしていたミリアリアを止めて会話に割って入った。
「はじめまして。オーブ連合首長国代表代理、シオン・フィーリアだ」
自己紹介と同時にシオンはふわりと笑みを浮かべて右手を差し出した。
シオンの肩書きに一瞬怯んだディアッカだったが、ザフトのパイロットスーツを着ている自分に向かって何の警戒心も見せず、それどころか笑みまで浮かべて握手を求めてくるシオンに対して、ディアッカは毒気を抜かれたような気になり自らも名乗る。
「……ディアッカ・エルスマンだ」
「君がディアッカ君か。うん、確かに金髪で色黒なんだな……あいつらの言った通りだ」
「あいつら?」
アスランもディアッカも“???”となっている。
おもしろそうにしばらくその反応を楽しんでいたが、やがて気がすんだのか、シオンは振り返り「おーい、こっちだ」と誰かを呼び寄せた。
シオンに呼ばれて、こちらへと近づいてきた少年たちの姿を目にしたアスランとディアッカは、あまりの衝撃に言葉を失った。
そこにはMIAとなったはずの仲間が3人もいたのだ。ニコルに関しては、目の前で死んだはずだと、アスランが唇を震わせる。
「どう……し……」
「嘘だろ!?」
「驚きますよね。実は僕たちシオンさんに助けられたんです」
そう言って笑みを浮かべるニコルの横で、ミゲルとラスティも「お前ら驚き過ぎ」「オモシロイ顔~っ」と笑っている。
アスランは突如突きつけられた現実に思考が追いつかず、ニコルの言葉にあった目の前のシオンを仰ぎ見ると、彼はただ微笑むだけだ。
あの頃と変わらない彼らの笑い声に、アスランの胸には熱いものが込み上げてくる。
「……皆、よかった……生きて……」
「はい。アスランも無事でよかった……本当に」
声を詰まらせるアスランを仲間が囲む。
キラとアスラン、2人の再会とはまた違う彼らの再会劇は、緊迫したこの状況下で束の間の微笑ましい風景として皆の心を和ませた。
「場所を移そう。積もる話しもあるだろう?」
まずはMSのメンテナンスを、と、シオンは格納庫への移動を促した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アマテラスから降りたシオンは、少し前を歩いていたアスランを見つけ声をかけた。
「……アスラン君、お父上が最高評議長になられたそうだが……」
「えっ?……あ、はい」
この場にそぐわない突然の話題にアスランが驚いたように振り返るが、それを気にする様子も無く、シオンはアスランに歩調を合わせて並んで歩く。
そして、進行方向へと視線を向けたまま、歩みを止めることなくシオンが呟いた。
「今回受けた命令は、フリーダムの奪還、あるいは破壊……それだけかい?」
「どういう……意味でしょう」
立ち止まったアスランの声がワントーン下がり、無意識に表情も険しいものへと変わっていく。
歩みを止めたアスランの方へ、ゆっくりと振り返ったシオンの表情はやけに冷めたものに見えた。
「……ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載した機体を開発するような人物なら……関与したと思われる組織・人間の排除くらい命令しそうだと思っただけだよ」
「――……っ」
見たことの無いシオンの冷たい表情と抑揚の無い声、そしてキラにすら話していない軍からの命令を言い当てられたことで、アスランは大きく動揺する。
そんな彼の動揺に、シオンは自分の思惑があながちハズレではなかったのだと確信を得て、更に追い討ちをかけるように言葉を紡いだ。
「命令に従って“敵”であるキラ君をまた撃つのか?……ザフトのアスラン・ザラ」
何の感情も含まない声色で静かに告げられた言葉に、以前ラクスに突きつけられた言葉が耳によみがえる。
――敵だというのなら、わたくしを撃ちますか? 〝ザフト〟のアスラン・ザラ
「同じコトを聞くんですね……彼女と……」
「……?」
「――プラントで……ジャスティスを受け取る前に……ラクスに同じコトを聞かれました」
ラクスの名を聞いて、小さく息をのむシオン。そんなシオンの変化に気づかず、アスランは続ける。
「フリーダム奪取の一部を捕らえた監視カメラの映像がありました。あなたとキラは後姿だけ……ラクスはハッキリと顔が……」
揺れていた翡翠の瞳は、徐々に違う感情をたたえた色へと染まり始めていた。
「っ……じゃあ……」
「あなたの所為だ!……あなたの所為でラクスは……っ、ラクスは国家反逆罪で手配された!!」
拳を握り締め、鋭い視線で睨みつけてくるアスランの言葉に今度はシオンが僅かな動揺を見せる。
ザフトの最重要国家機密でもある最新鋭の機体の奪取。その行動が意味するものは予想していた。
だが、彼女なら『クライン派』という盾に護られ、間違いなく無事であろうという思いがあったのもまた事実。
今改めてアスランの口から告げられた事実に、一気に血の気が引くような感覚に襲われたシオンは、それでも必死に平静を装い言葉を発した。
「……彼女は無事、なのか……?」
「心配なら……なぜ、ラクスを連れて行かなかったんだ!!」
怒鳴るように投げつけられた、彼らしからぬ言葉遣いに、ラクスを想う気持ちが垣間見えた気がした。
そしてあの時、ラクスがプラントに残ると言った理由の一つに、アスランのことが含まれていたのだと確信する。
「彼女は……プラントですべきことがある、と……」
(それはきっと……)
「だが! もし反逆罪で捕まればどうなるか! あなたにだって分かっていたはずだ!! なのにあなたはラクスを置いて……っ!」
「――そんな危険を冒してまで彼女がしたこと。それは君が一番知っているんじゃないのか?!」
感情のまま声を荒げるアスランと、それを諌めようとするシオンの声は、幸か不幸か整備作業の騒音に紛れキラ達の居る場所までは届いてはいなかった。
だが、2人の間に不穏な空気が漂っているのに気づいた人間が約1名。
「なぁ……なんか様子おかしくない?」
小声で耳打ちされたミゲルが、チラリとシオン達の方へと視線を移動させる。
こちらからはシオンの背中越しのアスランの表情しか見えない。
2人の様子を確認して、何事も無かったように視線を戻すと、ミゲルもまた小声でラスティへと返した。
「何を話してるかは分からんが、アスランの様子がな……」
「……珍しいよな……あんな風に食って掛かってんの初めて見た」
ザフトから最新鋭の機体を奪取してきたシオンとキラ。そこにクライン派の協力があったのは既にシオンから聞いていた。
その後、行方不明とウワサされる歌姫ラクス・クライン。
奪取された機体の奪還命令を受けて地球へと舞い降りたアスランはキラの幼馴染みでラクスの婚約者。
そして、シオンはアスランの命の恩人。
微妙に繋がる彼らの関係。
だが、今ある情報では、シオンとアスランが険悪な雰囲気になる理由が思いつかない。
もともと思考力を行使するのが苦手なラスティは、ここで考えることを放棄してキラに声をかけた。
「シオンとアスラン、遅くない?」
「俺……が?」
シオンの言葉にハッとなるアスランは、ラクスが危険を冒してまで待っていたのは自分だったことを思い出す。
そしてホワイトシンフォニーで話したことがきっかけとなり、ジャスティスを受け取る決意を固めた自分は、こうしてここへとやって来た。
フリーダムの、いや、キラの元へと……。
「俺は……」
「――軍人として信じて戦ってきた上の命令……そんな命令に疑問があるから、君は『個人の意志』で、あの戦闘に介入した。なら、その先は?」
「…………」
まるで心を見透かしたようなシオンの言葉に、アスランは呆然として続けるべき言葉を失う。
自分達の合流を待っているキラが「シオンさん、アスラン早く」と呼ぶ声に応えるように、シオンは顔を向けると小さく手を振った。
そこにはカガリ、ミゲル、ラスティ、ニコル、ディアッカも集まっている。
「彼らも同じように悩んだはずだ。そして進む道を選んだ。君も……道を選ぶ時がきているんだと思う。少しでも多く、彼らと話すといい」
そう言ったシオンの表情は、アスランのよく知る穏やかなものだった。
「シオンさんは?」
(合流して第一声がコレとは……)
よほど、シオンを慕っているのだろう。
アスランが苦笑いを浮かべながら「彼は行政府へ行くと言っていた」とキラへ告げた。
「―――んで、俺とミゲルはヘリオポリスで助けられてアークエンジェルで捕虜になってたってわけさ」
「じゃあ、俺らが足つきを落してたら、お前らを殺してたってことか!?」
コトの経緯を説明するラスティの言葉を聞き、ディアッカが声を張り上げる。
「そうなるな。アークエンジェルが第8艦隊と合流した後、一足早くシオンがオーブに戻るときに俺たちも一緒に連れられてきた。それからはずっとシオンの家で世話になっている」
「そっ、なかなか快適な生活だったぜ。あ……ニコルは最近まで入院してたけど」
「身体っ……身体はもう、大丈夫なのか?」
ラスティの言葉にアスランが慌ててニコルに問いかける。
――自分を庇って目の前で爆散したブリッツ。
今も目に焼きつくその光景に、アスランの表情が辛そうに歪む。
「ええ、もうすっかり。おかげさまでこうして戦闘に出られるくらいには回復しましたよ」
だから心配ありません、とニコルは笑みを浮かべる。
「ご両親が悲しんでいたぞ」
「……父と母には申し訳ないですが、僕はこの戦争が終るまで連絡を取るつもりも、プラントに戻るつもりもありません。それはミゲルもラスティも同じです」
いくらコーディネイターでも、回復が危ぶまれるほどの状態だったと聞かされた。
けれど、今こうして仲間と笑っていられる。これがどれ程の喜びか……。
奇しくもミゲル、ラスティ、ニコルに共通する経験は、同じ想いを抱かせる結果となった。
ユニウスセブンのような悲劇を繰り返すまいと、護るためにと手にした銃。
だが、いつからか、自分達は勝つためだけに戦うようになった。敵を殲滅することを目的とするようになっていた。
このまま進む未来に、願う未来が本当にあるのかという疑問。
なら、一度死んだこの身、自分が信じるもの、護りたいもののために戦おうと、そう各々が決意した。
「僕らはシオンさんについていくつもりです」
進むべき道を見つけ、すでにその道へと踏み出している彼ら。
アスラン自身も進むべき道は分かっている。ただ、その道を選ぶ勇気が未だないだけだった。
<話しが……したい。おまえと>
ジャスティスとフリーダムがオノゴロ島の海岸付近に降り立った。
向き合って佇む2機から、それぞれアスランとキラがラダーを使って降りるのを、一足先に地に降り立っていたシオン達が遠巻きに見つめている。
機体から降りてきたアスランのパイロットスーツを目にしたオーブ兵が、キラへ歩み寄るアスランへと一斉に銃を構えた。
シオンはオーブ兵の行動を諌めるようにスッと腕を水平に伸ばすと、凛とした声を響かせた。
「銃を降ろせ。彼は敵ではない」
風と波の音だけが辺りを包む。
少しずつ距離を縮める2人を、皆がただ黙って見守っていた。
ようやく、話の出来る距離まで近づいたキラとアスランは、何を話すべきか模索しながらも、溢れる想いを胸にただお互いを見つめていた。
「……や…あ、アスラン」
「キラ……」
言葉にならない想いを抱え、やっとの思いで紡いだ言葉は互いの名で。
その先に続ける言葉は胸に溢れているのに、互いの肉声が届く距離に居るのが嬉しくて、2人はその場に佇むしか出来ないでいた。
(この調子じゃ、いつまでたっても話しなんて出来ないんじゃないか……?)
シオンがそう思った途端、傍にいたカガリが叫びながら2人に向かって走り出した。そのまま勢いに乗って飛びつく。
「この……ばかやろぉぉぉぉ!!」
自分たちに抱きついて涙を流すカガリに視線を落してから、キラとアスランは互いの顔を見つめ、そこでようやく笑みがこぼれた。
「やぁ、アスラン君……久しぶり、で良いのかな」
3人の再会劇が落ち着いた頃合を見計らうようにシオンが笑みと共に声をかけると、アスランが驚いたように一瞬目を見張る。
「あなたは……」
命の恩人であるシオンに「あの時は本当にありがとうございました」と頭を下げた。
「また会うことになるとは……正直、思ってなかったよ」
オーブ連合首長国代表代理である自分と、ザフトの赤を纏うMSパイロットであるアスラン。
初めて会った時のような不測の事態でもない限り、会うことも無いであろう立場の二人。
だた、シオンにとってはもっと別の意味で、あまり会いたくない人物であるのは間違いなかった。
目の前に居る彼は、傍で護りたいと、そう願う少女―ラクス―の婚約者だ。
ラクスの安否を尋ねたい衝動に駆られるが、それを聞いてどうする、と冷静に諭すもう一人の自分がいる。
そんな複雑な心境そのままの苦笑いを浮かべるシオンに、アスランも困ったように返す。
「……俺もです」
婚約者であるラクスに国家反逆罪の疑いをかける原因となった、防犯カメラの映像がアスランの脳裏を過ぎる。
映っていたのは、あの場に居たのはキラとシオンとラクスだと、ラクス本人から聞いた。
(――なら、映像の中で彼女が自ら寄り添い、その彼女を抱き締めた男はキラか? それとも……)
改めて見ると、キラとシオンは身長・体格と明らかに違いがある。
アスランは記憶に焼きつくあの映像を必死にリピートしてみるが、あの時は突きつけられた現実にショックを受けていた所為か記憶は曖昧で、カメラに映る男の身長・体格など思い出せるはずもなかった。
この男に直接聞けば良いじゃないか、と心のどこかで思うが、ラクスとの婚約を解消された今、そのことを問い詰める理由が思いつかない。
妙な沈黙に包まれたと同時に、傍で誰かがミリアリアに「あれ誰?」と聞いている声がシオンの耳に届いた。
そこでシオンはその声の主へと向きなおると、口を開こうとしていたミリアリアを止めて会話に割って入った。
「はじめまして。オーブ連合首長国代表代理、シオン・フィーリアだ」
自己紹介と同時にシオンはふわりと笑みを浮かべて右手を差し出した。
シオンの肩書きに一瞬怯んだディアッカだったが、ザフトのパイロットスーツを着ている自分に向かって何の警戒心も見せず、それどころか笑みまで浮かべて握手を求めてくるシオンに対して、ディアッカは毒気を抜かれたような気になり自らも名乗る。
「……ディアッカ・エルスマンだ」
「君がディアッカ君か。うん、確かに金髪で色黒なんだな……あいつらの言った通りだ」
「あいつら?」
アスランもディアッカも“???”となっている。
おもしろそうにしばらくその反応を楽しんでいたが、やがて気がすんだのか、シオンは振り返り「おーい、こっちだ」と誰かを呼び寄せた。
シオンに呼ばれて、こちらへと近づいてきた少年たちの姿を目にしたアスランとディアッカは、あまりの衝撃に言葉を失った。
そこにはMIAとなったはずの仲間が3人もいたのだ。ニコルに関しては、目の前で死んだはずだと、アスランが唇を震わせる。
「どう……し……」
「嘘だろ!?」
「驚きますよね。実は僕たちシオンさんに助けられたんです」
そう言って笑みを浮かべるニコルの横で、ミゲルとラスティも「お前ら驚き過ぎ」「オモシロイ顔~っ」と笑っている。
アスランは突如突きつけられた現実に思考が追いつかず、ニコルの言葉にあった目の前のシオンを仰ぎ見ると、彼はただ微笑むだけだ。
あの頃と変わらない彼らの笑い声に、アスランの胸には熱いものが込み上げてくる。
「……皆、よかった……生きて……」
「はい。アスランも無事でよかった……本当に」
声を詰まらせるアスランを仲間が囲む。
キラとアスラン、2人の再会とはまた違う彼らの再会劇は、緊迫したこの状況下で束の間の微笑ましい風景として皆の心を和ませた。
「場所を移そう。積もる話しもあるだろう?」
まずはMSのメンテナンスを、と、シオンは格納庫への移動を促した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アマテラスから降りたシオンは、少し前を歩いていたアスランを見つけ声をかけた。
「……アスラン君、お父上が最高評議長になられたそうだが……」
「えっ?……あ、はい」
この場にそぐわない突然の話題にアスランが驚いたように振り返るが、それを気にする様子も無く、シオンはアスランに歩調を合わせて並んで歩く。
そして、進行方向へと視線を向けたまま、歩みを止めることなくシオンが呟いた。
「今回受けた命令は、フリーダムの奪還、あるいは破壊……それだけかい?」
「どういう……意味でしょう」
立ち止まったアスランの声がワントーン下がり、無意識に表情も険しいものへと変わっていく。
歩みを止めたアスランの方へ、ゆっくりと振り返ったシオンの表情はやけに冷めたものに見えた。
「……ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載した機体を開発するような人物なら……関与したと思われる組織・人間の排除くらい命令しそうだと思っただけだよ」
「――……っ」
見たことの無いシオンの冷たい表情と抑揚の無い声、そしてキラにすら話していない軍からの命令を言い当てられたことで、アスランは大きく動揺する。
そんな彼の動揺に、シオンは自分の思惑があながちハズレではなかったのだと確信を得て、更に追い討ちをかけるように言葉を紡いだ。
「命令に従って“敵”であるキラ君をまた撃つのか?……ザフトのアスラン・ザラ」
何の感情も含まない声色で静かに告げられた言葉に、以前ラクスに突きつけられた言葉が耳によみがえる。
――敵だというのなら、わたくしを撃ちますか? 〝ザフト〟のアスラン・ザラ
「同じコトを聞くんですね……彼女と……」
「……?」
「――プラントで……ジャスティスを受け取る前に……ラクスに同じコトを聞かれました」
ラクスの名を聞いて、小さく息をのむシオン。そんなシオンの変化に気づかず、アスランは続ける。
「フリーダム奪取の一部を捕らえた監視カメラの映像がありました。あなたとキラは後姿だけ……ラクスはハッキリと顔が……」
揺れていた翡翠の瞳は、徐々に違う感情をたたえた色へと染まり始めていた。
「っ……じゃあ……」
「あなたの所為だ!……あなたの所為でラクスは……っ、ラクスは国家反逆罪で手配された!!」
拳を握り締め、鋭い視線で睨みつけてくるアスランの言葉に今度はシオンが僅かな動揺を見せる。
ザフトの最重要国家機密でもある最新鋭の機体の奪取。その行動が意味するものは予想していた。
だが、彼女なら『クライン派』という盾に護られ、間違いなく無事であろうという思いがあったのもまた事実。
今改めてアスランの口から告げられた事実に、一気に血の気が引くような感覚に襲われたシオンは、それでも必死に平静を装い言葉を発した。
「……彼女は無事、なのか……?」
「心配なら……なぜ、ラクスを連れて行かなかったんだ!!」
怒鳴るように投げつけられた、彼らしからぬ言葉遣いに、ラクスを想う気持ちが垣間見えた気がした。
そしてあの時、ラクスがプラントに残ると言った理由の一つに、アスランのことが含まれていたのだと確信する。
「彼女は……プラントですべきことがある、と……」
(それはきっと……)
「だが! もし反逆罪で捕まればどうなるか! あなたにだって分かっていたはずだ!! なのにあなたはラクスを置いて……っ!」
「――そんな危険を冒してまで彼女がしたこと。それは君が一番知っているんじゃないのか?!」
感情のまま声を荒げるアスランと、それを諌めようとするシオンの声は、幸か不幸か整備作業の騒音に紛れキラ達の居る場所までは届いてはいなかった。
だが、2人の間に不穏な空気が漂っているのに気づいた人間が約1名。
「なぁ……なんか様子おかしくない?」
小声で耳打ちされたミゲルが、チラリとシオン達の方へと視線を移動させる。
こちらからはシオンの背中越しのアスランの表情しか見えない。
2人の様子を確認して、何事も無かったように視線を戻すと、ミゲルもまた小声でラスティへと返した。
「何を話してるかは分からんが、アスランの様子がな……」
「……珍しいよな……あんな風に食って掛かってんの初めて見た」
ザフトから最新鋭の機体を奪取してきたシオンとキラ。そこにクライン派の協力があったのは既にシオンから聞いていた。
その後、行方不明とウワサされる歌姫ラクス・クライン。
奪取された機体の奪還命令を受けて地球へと舞い降りたアスランはキラの幼馴染みでラクスの婚約者。
そして、シオンはアスランの命の恩人。
微妙に繋がる彼らの関係。
だが、今ある情報では、シオンとアスランが険悪な雰囲気になる理由が思いつかない。
もともと思考力を行使するのが苦手なラスティは、ここで考えることを放棄してキラに声をかけた。
「シオンとアスラン、遅くない?」
「俺……が?」
シオンの言葉にハッとなるアスランは、ラクスが危険を冒してまで待っていたのは自分だったことを思い出す。
そしてホワイトシンフォニーで話したことがきっかけとなり、ジャスティスを受け取る決意を固めた自分は、こうしてここへとやって来た。
フリーダムの、いや、キラの元へと……。
「俺は……」
「――軍人として信じて戦ってきた上の命令……そんな命令に疑問があるから、君は『個人の意志』で、あの戦闘に介入した。なら、その先は?」
「…………」
まるで心を見透かしたようなシオンの言葉に、アスランは呆然として続けるべき言葉を失う。
自分達の合流を待っているキラが「シオンさん、アスラン早く」と呼ぶ声に応えるように、シオンは顔を向けると小さく手を振った。
そこにはカガリ、ミゲル、ラスティ、ニコル、ディアッカも集まっている。
「彼らも同じように悩んだはずだ。そして進む道を選んだ。君も……道を選ぶ時がきているんだと思う。少しでも多く、彼らと話すといい」
そう言ったシオンの表情は、アスランのよく知る穏やかなものだった。
「シオンさんは?」
(合流して第一声がコレとは……)
よほど、シオンを慕っているのだろう。
アスランが苦笑いを浮かべながら「彼は行政府へ行くと言っていた」とキラへ告げた。
「―――んで、俺とミゲルはヘリオポリスで助けられてアークエンジェルで捕虜になってたってわけさ」
「じゃあ、俺らが足つきを落してたら、お前らを殺してたってことか!?」
コトの経緯を説明するラスティの言葉を聞き、ディアッカが声を張り上げる。
「そうなるな。アークエンジェルが第8艦隊と合流した後、一足早くシオンがオーブに戻るときに俺たちも一緒に連れられてきた。それからはずっとシオンの家で世話になっている」
「そっ、なかなか快適な生活だったぜ。あ……ニコルは最近まで入院してたけど」
「身体っ……身体はもう、大丈夫なのか?」
ラスティの言葉にアスランが慌ててニコルに問いかける。
――自分を庇って目の前で爆散したブリッツ。
今も目に焼きつくその光景に、アスランの表情が辛そうに歪む。
「ええ、もうすっかり。おかげさまでこうして戦闘に出られるくらいには回復しましたよ」
だから心配ありません、とニコルは笑みを浮かべる。
「ご両親が悲しんでいたぞ」
「……父と母には申し訳ないですが、僕はこの戦争が終るまで連絡を取るつもりも、プラントに戻るつもりもありません。それはミゲルもラスティも同じです」
いくらコーディネイターでも、回復が危ぶまれるほどの状態だったと聞かされた。
けれど、今こうして仲間と笑っていられる。これがどれ程の喜びか……。
奇しくもミゲル、ラスティ、ニコルに共通する経験は、同じ想いを抱かせる結果となった。
ユニウスセブンのような悲劇を繰り返すまいと、護るためにと手にした銃。
だが、いつからか、自分達は勝つためだけに戦うようになった。敵を殲滅することを目的とするようになっていた。
このまま進む未来に、願う未来が本当にあるのかという疑問。
なら、一度死んだこの身、自分が信じるもの、護りたいもののために戦おうと、そう各々が決意した。
「僕らはシオンさんについていくつもりです」
進むべき道を見つけ、すでにその道へと踏み出している彼ら。
アスラン自身も進むべき道は分かっている。ただ、その道を選ぶ勇気が未だないだけだった。