Northern Lights(種無印)
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24話 正義の名のもとに
プラントに帰国したアスランを待っていたのはスピリットブレイクの失敗による部隊の全滅と極秘開発されていた最新型の奪取という報だった。
しかも、それを手引きしたのは婚約者であるラクスだということにアスランは今度こそ驚愕した。
「嘘だ……そんな!まさか……ラクスが――嘘だ!!」
あのラクスがスパイの手引きなどありえない。
アスランは突きつけられた事実が信じられず、思わず声を張り上げた。
いつもの冷静なアスランらしくない行動に、周囲の兵士たちは驚いて一歩身を引いてその状況を見つめていたが、アスランは身を翻してその場を走り去った。
『なにかの間違いだ』その思いだけでアスランは本部中枢にあるオペレーションルームのドアを開けた。
だが、中から聞こえてきた切迫した内容に身をすくませた。
オペレーション失敗は事実だったのだ。ならばラクスの件も……絶望的な思いでアスランは国防委員長室に入った。
「状況は認識したな?」
執務室に入ってきた息子に労いの言葉さえかけず、パトリック・ザラは冷徹な視線を向け、そっけなく言った。
それに対し、アスランは未だに納得できないと噛み付く。
「は!……いえ、しかし、私には信じられません! ラクスがスパイを手引きしたなどと……そんな馬鹿なことがあるはずがない!」
パトリックから向けられる視線は『お前はどこまで愚かなのだと』言われているようで、アスランは腹立たしい気分になる。
それでも正面から見つめ返すと、パトリックはウンザリしたように溜息をついてモニターを顎でしゃくり「見ろ」と言った。
アスランは自分の目にしているものを信じられず息を呑んだ。
そこに映っていたのは、巨大なモビルスーツのコックピット前にいる3人の人影だった。
2人はザフトの制服に身を包み、もう1人はピンクの髪をなびかせている。
「ラク、ス……」
見覚えのある少女の姿に、アスランが呆然と呟く。
画面が拡大され、ラクスの顔を映し出す。荒い画像でもはっきり彼女だと解かった。
他の2人は監視カメラに背を向けている為、誰だか解からない。
そうこうしているうちに、その内の1人が先にコックピットの中へと入った。
残った1人がラクスを抱きしめている。ザワザワと胸がざわめき、言い知れぬ感情が湧き上がる。
その男は誰なのか、今すぐ彼女に問いたい。
アスランは知らず知らず拳を握り締めていた。
「フリーダムの奪取はこの直後に行われた。証拠がなければ誰が彼女に嫌疑を向ける? お前がなんと言おうと、これは事実なのだ! 恐らくはこの男にそそのかされたのであろう」
画面では同じ映像がリピートされている。
それでも尚アスランは信じられなかった。否、信じたくなかった。父の言う通り、この男にそそのかされたのだろうと思いたかった。
「ラクス・クラインはすでにお前の婚約者ではない。まだ非公開だが、国家反逆罪で手配中の逃亡者だ!」
「っ!!」
『婚約者ではない』
その言葉を聞いたアスランは、そこで初めて自分がラクスに好意を寄せていたのだと気付いた。
屋敷を訪ねれば、いつでも笑顔で迎えてくれた彼女。
ふわふわとした言動は愛らしく、まさに〝姫〟で、護るべき人だと思った。
かと思えば、隊長クラスの人間相手に怯むことなく意見する凛々しさも持ち合わせ、自分の婚約者として申し分ない存在だと……何の問題も無く、いずれは結婚する相手だと思っていた。
国家反逆罪で手配中だと聞かされてもなお、彼女を信じたいと思う自分がいる。
力なく俯くアスランに、父パトリックの冷たい声が浴びせられた。
「お前は奪取されたX10Aフリーダムの奪還と、パイロット、及び接触したと思われる人物、施設、全ての排除にあたれ」
「……接触したと思われる人物、施設までも全て排除……ですか?」
奪取された機体の奪還なら分かる。なぜ、接触した人物や施設の排除が必要なのか。
アスランは頭を過ぎった疑問を思わず口にした。
「X10Aフリーダム、及び、X09Aジャスティスは、ニュートロンジャマー・キャンセラーを搭載した機体なのだ」
「ニュートンジャマー・キャンセラー……? そんな……何故そんなものを!プラントは全ての核を放棄すると……!」
驚愕の事実にアスランは目を見開き、目の前の父に食って掛かる。
その核によって、一瞬にして散った何万という命。あの悲劇を忘れたのか、と。
「勝つ為に必要となったのだ! あのエネルギーが。お前の任務は重大だぞ。心して掛かれ!」
信じられない言葉に、アスランはただ黙って唇を噛み締めると、その翡翠の瞳を悲しげに細めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
変わり果てた邸宅の在りようにアスランは呆然と立ち尽くした。
クライン邸はすでに隅々まで捜索された後だった。
優雅な在りし日のたたずまいを思い返す。
初めてこの屋敷を訪れた日の緊張と期待……そして、もう戻らない日々に胸が締め付けられる。
たとえ反逆の疑いをかけられているとしても、ここはかつての最高評議会議長が所有し、プラントが愛する歌姫が暮らした場所。
それぞれに抱いた敬意や愛といった感情は、そんなに脆いものなのだろうか。
人の心の変わり様に、アスランは戸惑いを感じていた。
そのまま中庭へと足を進めると、そこもまた邸宅と同様に荒らされていた。
丹精に整えられ、育てられた花々の無残な姿にアスランは眉を寄せる。
美しく咲き誇る花や手入れされた庭木。それらを踏みにじることに何の意味があるのか……。
アスランは、戸惑いが怒りへと変わっていくのを感じていた。
「マイド! マイド!」
突如響いた聞き覚えのある電子音に、アスランは視線を巡らせた。
すると、見る影もなくなった花壇の中でピンクのハロが飛び跳ねているのが見えた。
アスランはそれに近寄り、捕まえようとしたが、ハロはその手をかわし、掴まらないようにピョンピョンと跳ねる。
なかなか掴まらないハロに業を煮やしたアスランが名前を呼ぶと、ハロは方向転換をしてその手の中に納まった。
なぜここにハロだけが……と、先程までハロが跳ねていた花壇に視線を移し、ハッとした。
そこに散らばる白いバラに、かつてのラクスとの会話が脳裏に甦る。
――この花はわたくしが初めて歌った劇場ですの――
意味の解からない自分に「記念のお花ですのよ」と笑顔を向けた彼女。
そして今度こそ彼女のメッセージを理解したアスランはハロを抱えてその場を後にした。
『ホワイト・シンフォニー』
うち捨てられたホールの前でアスランは車を止めた。
そこはラクスが初めてコンサートを開いた場所であり、あの花の名でもあった。
アスランはしばしためらいつつも、結局、拳銃を手に車を降りた。
もしラクスが居たら……自分はコレで彼女を撃つのだろうか。
手にした拳銃に視線を落とすと、不意にそんなことが脳裏を過ぎり、慌てて頭を振る。
そんなことのためにここへ来たのではない、と自分を言い聞かせるように……。
なるだけドアをそっと開け、アスランは真っ暗なエントランスの中に入った。
かすかに歌声が聞こえてくる。アスランは早足でホールに続くドアを開けた。
スポットライトが舞台に灯り、廃墟を模したセットの上でラクスが歌っていた。
思わずその歌声に聞き入っていたアスランだったが、ハロが自身の手から飛び出したことで我に返った。
「あら、ピンクちゃん」
客席からポンポンと飛び上がってくるハロに、ラクスは歌を止めて抱き上げた。
そのまま視線を観客席に向ける。
「やはりあなたが連れてきてくださいましたわね。ありがとうございます」
非公開とはいえ、国家反逆罪で手配中だというのに、悪びれることのない態度にアスランはカッとなって舞台に走り上がった。
「ラクス!」
「はい?」
「これはどういうことですか!」
声を荒げて説明を迫るアスランに、逆にラクスは聞き返した。「お聞きになったから、ここへいらっしゃったのではないのですか?」と。
「では、本当なのですか!? スパイの手引きをしたというのは!」
なぜ否定してくれないのだとアスランは憤りを覚えた。
泣いて縋って否定して欲しかったわけじゃない。それでもたった一言『違う』と言って欲しかった。
そんな無邪気な表情で自分を見上げて欲しかったんじゃない。
「なぜそんなことを……」
アスランは悲痛な面持ちで声を絞り出した。
君まで俺から去ってしまうのか、あの映像で見た男の下へ行ってしまうのかと、嫉妬にも似た感情がアスランの胸中に渦巻く。
するとラクスはそれまでの無邪気な表情を真剣なものへと変えた。
「スパイの手引きなどしておりません」
アスランはパッと顔を上げ、縋るような思いでラクスを見た。
だが、彼女から発せられた言葉は今度こそアスランには受け入れることのできないものだった。
「キラにお渡ししただけですわ。新しい剣を―――」
微笑むラクスの言葉に、アスランは耳を疑った。
(ラクスは今、なんて……キラ、と言わなかったか……?)
呆然とした表情で言葉を失うアスランへと、更に追い討ちのようにラクスの言葉が降り注ぐ。
「今のキラには必要で、キラが持つにふさわしいものだから……」
殺したはずの親友の名を出され、アスランは背筋が凍る思いだった。
いま目の前にある彼女の笑顔が残酷にさえ見えた。
アスランはまるで油の切れたロボットのようにギクシャクと首を横に振る。
「何……を言っているんです?……あなたは。キラは……あいつは……」
「あなたが殺しましたか?」
「こっ……!」
残酷な言葉がアスランの心に突き刺さる。
「大丈夫です。キラは生きています」
ラクスは微笑を浮かべた。
「―――嘘だ!!」
パニックに陥ったアスランは怯えたように叫び、ラクスに銃口を突きつけた。
「いっ、いったいどういう企みなんです!ラクス・クライン!そんな馬鹿な話しを!あいつが……あいつが生きているはずがない!」
アスランの顔が泣き出しそうに歪む。
ラクスはアスランの動揺を見ても表情1つ動かさず、ただじっとその様子を見ていた。
ようやくしてアスランが落ち着きを取り戻すのを見て取ると、口を開いた。
「マルキオ様とシオンがわたくしのもとへお連れになりました。キラも……あなたと戦ったと言っていました」
ラクスの言葉はアスランに衝撃を与えた。
でまかせとは思えない事実が具体的に織りまぜられていたからだ。なにより、ありえない点と点を繋ぐ人物が現れた。
―― シオン ――
オーブで自分を助けてくれた青年。確か彼はシオン・フィーリアと名乗った。
「……シオン? シオン・フィーリア……?」
記憶の隅に残る名前を思わず呟いていた。
友を殺したと泣いて叫んだ自分の言葉を、静かに受け止め諭してくれたその人の名を。
「確か……アスランもシオンに助けていただいたのでしたわね」
「そう、です……でもキラは、キラは俺が……っ」
ラクスはフリーダムをキラに渡したと言った。自分が討ったはずのキラに。
彼女の言葉が真実だとすれば、監視カメラに映っていた男のうち、ひとりはキラということになる。
――信じたい……だが、もし偽りだったら?
「言葉は信じられませんか? ならばご自分で見たものは?」
アスランの表情に、彼の心情を見て取ったラクスは冷ややかに言った。
「アスランが信じて戦うものはなんですか? いただいた勲章ですか? お父様の命令ですか?」
劇場に、ラクスの凛とした声が響く。
「ラクス……!!」
止めてくれ。そう懇願するように彼女の名を叫ぶ。だが、ラクスは止めなかった。
「……そうであるならば、キラは再びあなたの敵になるかもしれません。そして、わたくしも、シオンも……」
シオンの名を愛しげに口にして、ラクスは微笑んで立ち上がった。
対照的にアスランの表情は辛そうに歪む。
「あの場にいたのは……あなたとキラと……」
「シオンですわ」
「……!なぜっ……なぜ連合であるキラとオーブの人間に最新鋭の機体を!」
「連合の方にお渡ししたわけではありません。さきほども申し上げましたように、キラに必要だと思ったからですわ」
「でも彼らは敵だ!」
「シオンがキラに言ってました。『敵だから仕方ないのか? 殺されたから殺して、殺したから殺されて……それで平和になるのか?』と」
「――……っ」
アスランが小さく息をのむ。自分もシオンから同じ言葉を聞いた事を思い出す。
憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくてはならないんだと、真っ直ぐな瞳で力強く紡がれた言葉を。
(でも俺はザフトでキラは連合軍……敵、だ。なら撃つしか……)
アスランの混乱を示すように、銃を構える手が僅かに震えている。
銃口を向けられながらも、そのままアスランへと歩み寄りながらラクスは続けた。
「敵だというのなら、わたくしを撃ちますか? 〝ザフト〟のアスラン・ザラ」
ラクスの言葉にアスランの手は更に震えた。ラクスはそんな彼をただまっすぐ見つめる。
「俺は……」
アスランが声を発したと同時にホールに銃声が響いた。
ホールに数人の男たちが駆け込み、アスランとラクスを取り囲むように近づいてくる。
「ご苦労様でした、アスラン・ザラ。さすが婚約者ですな。こちらの手間を省いてくださって助かりましたよ」
慇懃な口調で男が前に出てくる。
その男の言葉に、アスランは自分が後をつけられていたのだと理解した。同時にそこまで自分は父に信用されていないのかと憤りを覚える。
男から、ラクスに対して射殺命令が出ていることを知らされ、今すぐラクスを渡すように促される。
だが、アスランは背にラクスを庇い、渡すことを拒絶した。
どうやってこの包囲を脱出するか考えをめぐらせていたとき、ホールに2発目の銃声が響き渡った。
男たちの注意がそれた隙を突いて、アスランはラクスを抱えて走った。
ホールに身を潜めていた者たちが次々とパトリックの配下たちを倒していく。
「ありがとう、アスラン」
すべてが終った後、ラクスは最後に一礼すると、ふわりと笑う。
アスランがよく知る……護りたいと願っていた笑顔。その気持ちは今でも変わらない。
「キラは地球です。お話されたら如何ですか? お友達とも」
「ラクス……」
その言葉はアスランの決意を促した。
アスランはジャスティスの収められているドックに戻り、コックピットに座った。
電源が入り、システムが立ち上がる。PSシステムがオンになり、装甲が真紅に染まる。
「アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!」
地球に向けて正義の名を冠した機体が舞い降りる。
プラントに帰国したアスランを待っていたのはスピリットブレイクの失敗による部隊の全滅と極秘開発されていた最新型の奪取という報だった。
しかも、それを手引きしたのは婚約者であるラクスだということにアスランは今度こそ驚愕した。
「嘘だ……そんな!まさか……ラクスが――嘘だ!!」
あのラクスがスパイの手引きなどありえない。
アスランは突きつけられた事実が信じられず、思わず声を張り上げた。
いつもの冷静なアスランらしくない行動に、周囲の兵士たちは驚いて一歩身を引いてその状況を見つめていたが、アスランは身を翻してその場を走り去った。
『なにかの間違いだ』その思いだけでアスランは本部中枢にあるオペレーションルームのドアを開けた。
だが、中から聞こえてきた切迫した内容に身をすくませた。
オペレーション失敗は事実だったのだ。ならばラクスの件も……絶望的な思いでアスランは国防委員長室に入った。
「状況は認識したな?」
執務室に入ってきた息子に労いの言葉さえかけず、パトリック・ザラは冷徹な視線を向け、そっけなく言った。
それに対し、アスランは未だに納得できないと噛み付く。
「は!……いえ、しかし、私には信じられません! ラクスがスパイを手引きしたなどと……そんな馬鹿なことがあるはずがない!」
パトリックから向けられる視線は『お前はどこまで愚かなのだと』言われているようで、アスランは腹立たしい気分になる。
それでも正面から見つめ返すと、パトリックはウンザリしたように溜息をついてモニターを顎でしゃくり「見ろ」と言った。
アスランは自分の目にしているものを信じられず息を呑んだ。
そこに映っていたのは、巨大なモビルスーツのコックピット前にいる3人の人影だった。
2人はザフトの制服に身を包み、もう1人はピンクの髪をなびかせている。
「ラク、ス……」
見覚えのある少女の姿に、アスランが呆然と呟く。
画面が拡大され、ラクスの顔を映し出す。荒い画像でもはっきり彼女だと解かった。
他の2人は監視カメラに背を向けている為、誰だか解からない。
そうこうしているうちに、その内の1人が先にコックピットの中へと入った。
残った1人がラクスを抱きしめている。ザワザワと胸がざわめき、言い知れぬ感情が湧き上がる。
その男は誰なのか、今すぐ彼女に問いたい。
アスランは知らず知らず拳を握り締めていた。
「フリーダムの奪取はこの直後に行われた。証拠がなければ誰が彼女に嫌疑を向ける? お前がなんと言おうと、これは事実なのだ! 恐らくはこの男にそそのかされたのであろう」
画面では同じ映像がリピートされている。
それでも尚アスランは信じられなかった。否、信じたくなかった。父の言う通り、この男にそそのかされたのだろうと思いたかった。
「ラクス・クラインはすでにお前の婚約者ではない。まだ非公開だが、国家反逆罪で手配中の逃亡者だ!」
「っ!!」
『婚約者ではない』
その言葉を聞いたアスランは、そこで初めて自分がラクスに好意を寄せていたのだと気付いた。
屋敷を訪ねれば、いつでも笑顔で迎えてくれた彼女。
ふわふわとした言動は愛らしく、まさに〝姫〟で、護るべき人だと思った。
かと思えば、隊長クラスの人間相手に怯むことなく意見する凛々しさも持ち合わせ、自分の婚約者として申し分ない存在だと……何の問題も無く、いずれは結婚する相手だと思っていた。
国家反逆罪で手配中だと聞かされてもなお、彼女を信じたいと思う自分がいる。
力なく俯くアスランに、父パトリックの冷たい声が浴びせられた。
「お前は奪取されたX10Aフリーダムの奪還と、パイロット、及び接触したと思われる人物、施設、全ての排除にあたれ」
「……接触したと思われる人物、施設までも全て排除……ですか?」
奪取された機体の奪還なら分かる。なぜ、接触した人物や施設の排除が必要なのか。
アスランは頭を過ぎった疑問を思わず口にした。
「X10Aフリーダム、及び、X09Aジャスティスは、ニュートロンジャマー・キャンセラーを搭載した機体なのだ」
「ニュートンジャマー・キャンセラー……? そんな……何故そんなものを!プラントは全ての核を放棄すると……!」
驚愕の事実にアスランは目を見開き、目の前の父に食って掛かる。
その核によって、一瞬にして散った何万という命。あの悲劇を忘れたのか、と。
「勝つ為に必要となったのだ! あのエネルギーが。お前の任務は重大だぞ。心して掛かれ!」
信じられない言葉に、アスランはただ黙って唇を噛み締めると、その翡翠の瞳を悲しげに細めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
変わり果てた邸宅の在りようにアスランは呆然と立ち尽くした。
クライン邸はすでに隅々まで捜索された後だった。
優雅な在りし日のたたずまいを思い返す。
初めてこの屋敷を訪れた日の緊張と期待……そして、もう戻らない日々に胸が締め付けられる。
たとえ反逆の疑いをかけられているとしても、ここはかつての最高評議会議長が所有し、プラントが愛する歌姫が暮らした場所。
それぞれに抱いた敬意や愛といった感情は、そんなに脆いものなのだろうか。
人の心の変わり様に、アスランは戸惑いを感じていた。
そのまま中庭へと足を進めると、そこもまた邸宅と同様に荒らされていた。
丹精に整えられ、育てられた花々の無残な姿にアスランは眉を寄せる。
美しく咲き誇る花や手入れされた庭木。それらを踏みにじることに何の意味があるのか……。
アスランは、戸惑いが怒りへと変わっていくのを感じていた。
「マイド! マイド!」
突如響いた聞き覚えのある電子音に、アスランは視線を巡らせた。
すると、見る影もなくなった花壇の中でピンクのハロが飛び跳ねているのが見えた。
アスランはそれに近寄り、捕まえようとしたが、ハロはその手をかわし、掴まらないようにピョンピョンと跳ねる。
なかなか掴まらないハロに業を煮やしたアスランが名前を呼ぶと、ハロは方向転換をしてその手の中に納まった。
なぜここにハロだけが……と、先程までハロが跳ねていた花壇に視線を移し、ハッとした。
そこに散らばる白いバラに、かつてのラクスとの会話が脳裏に甦る。
――この花はわたくしが初めて歌った劇場ですの――
意味の解からない自分に「記念のお花ですのよ」と笑顔を向けた彼女。
そして今度こそ彼女のメッセージを理解したアスランはハロを抱えてその場を後にした。
『ホワイト・シンフォニー』
うち捨てられたホールの前でアスランは車を止めた。
そこはラクスが初めてコンサートを開いた場所であり、あの花の名でもあった。
アスランはしばしためらいつつも、結局、拳銃を手に車を降りた。
もしラクスが居たら……自分はコレで彼女を撃つのだろうか。
手にした拳銃に視線を落とすと、不意にそんなことが脳裏を過ぎり、慌てて頭を振る。
そんなことのためにここへ来たのではない、と自分を言い聞かせるように……。
なるだけドアをそっと開け、アスランは真っ暗なエントランスの中に入った。
かすかに歌声が聞こえてくる。アスランは早足でホールに続くドアを開けた。
スポットライトが舞台に灯り、廃墟を模したセットの上でラクスが歌っていた。
思わずその歌声に聞き入っていたアスランだったが、ハロが自身の手から飛び出したことで我に返った。
「あら、ピンクちゃん」
客席からポンポンと飛び上がってくるハロに、ラクスは歌を止めて抱き上げた。
そのまま視線を観客席に向ける。
「やはりあなたが連れてきてくださいましたわね。ありがとうございます」
非公開とはいえ、国家反逆罪で手配中だというのに、悪びれることのない態度にアスランはカッとなって舞台に走り上がった。
「ラクス!」
「はい?」
「これはどういうことですか!」
声を荒げて説明を迫るアスランに、逆にラクスは聞き返した。「お聞きになったから、ここへいらっしゃったのではないのですか?」と。
「では、本当なのですか!? スパイの手引きをしたというのは!」
なぜ否定してくれないのだとアスランは憤りを覚えた。
泣いて縋って否定して欲しかったわけじゃない。それでもたった一言『違う』と言って欲しかった。
そんな無邪気な表情で自分を見上げて欲しかったんじゃない。
「なぜそんなことを……」
アスランは悲痛な面持ちで声を絞り出した。
君まで俺から去ってしまうのか、あの映像で見た男の下へ行ってしまうのかと、嫉妬にも似た感情がアスランの胸中に渦巻く。
するとラクスはそれまでの無邪気な表情を真剣なものへと変えた。
「スパイの手引きなどしておりません」
アスランはパッと顔を上げ、縋るような思いでラクスを見た。
だが、彼女から発せられた言葉は今度こそアスランには受け入れることのできないものだった。
「キラにお渡ししただけですわ。新しい剣を―――」
微笑むラクスの言葉に、アスランは耳を疑った。
(ラクスは今、なんて……キラ、と言わなかったか……?)
呆然とした表情で言葉を失うアスランへと、更に追い討ちのようにラクスの言葉が降り注ぐ。
「今のキラには必要で、キラが持つにふさわしいものだから……」
殺したはずの親友の名を出され、アスランは背筋が凍る思いだった。
いま目の前にある彼女の笑顔が残酷にさえ見えた。
アスランはまるで油の切れたロボットのようにギクシャクと首を横に振る。
「何……を言っているんです?……あなたは。キラは……あいつは……」
「あなたが殺しましたか?」
「こっ……!」
残酷な言葉がアスランの心に突き刺さる。
「大丈夫です。キラは生きています」
ラクスは微笑を浮かべた。
「―――嘘だ!!」
パニックに陥ったアスランは怯えたように叫び、ラクスに銃口を突きつけた。
「いっ、いったいどういう企みなんです!ラクス・クライン!そんな馬鹿な話しを!あいつが……あいつが生きているはずがない!」
アスランの顔が泣き出しそうに歪む。
ラクスはアスランの動揺を見ても表情1つ動かさず、ただじっとその様子を見ていた。
ようやくしてアスランが落ち着きを取り戻すのを見て取ると、口を開いた。
「マルキオ様とシオンがわたくしのもとへお連れになりました。キラも……あなたと戦ったと言っていました」
ラクスの言葉はアスランに衝撃を与えた。
でまかせとは思えない事実が具体的に織りまぜられていたからだ。なにより、ありえない点と点を繋ぐ人物が現れた。
―― シオン ――
オーブで自分を助けてくれた青年。確か彼はシオン・フィーリアと名乗った。
「……シオン? シオン・フィーリア……?」
記憶の隅に残る名前を思わず呟いていた。
友を殺したと泣いて叫んだ自分の言葉を、静かに受け止め諭してくれたその人の名を。
「確か……アスランもシオンに助けていただいたのでしたわね」
「そう、です……でもキラは、キラは俺が……っ」
ラクスはフリーダムをキラに渡したと言った。自分が討ったはずのキラに。
彼女の言葉が真実だとすれば、監視カメラに映っていた男のうち、ひとりはキラということになる。
――信じたい……だが、もし偽りだったら?
「言葉は信じられませんか? ならばご自分で見たものは?」
アスランの表情に、彼の心情を見て取ったラクスは冷ややかに言った。
「アスランが信じて戦うものはなんですか? いただいた勲章ですか? お父様の命令ですか?」
劇場に、ラクスの凛とした声が響く。
「ラクス……!!」
止めてくれ。そう懇願するように彼女の名を叫ぶ。だが、ラクスは止めなかった。
「……そうであるならば、キラは再びあなたの敵になるかもしれません。そして、わたくしも、シオンも……」
シオンの名を愛しげに口にして、ラクスは微笑んで立ち上がった。
対照的にアスランの表情は辛そうに歪む。
「あの場にいたのは……あなたとキラと……」
「シオンですわ」
「……!なぜっ……なぜ連合であるキラとオーブの人間に最新鋭の機体を!」
「連合の方にお渡ししたわけではありません。さきほども申し上げましたように、キラに必要だと思ったからですわ」
「でも彼らは敵だ!」
「シオンがキラに言ってました。『敵だから仕方ないのか? 殺されたから殺して、殺したから殺されて……それで平和になるのか?』と」
「――……っ」
アスランが小さく息をのむ。自分もシオンから同じ言葉を聞いた事を思い出す。
憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくてはならないんだと、真っ直ぐな瞳で力強く紡がれた言葉を。
(でも俺はザフトでキラは連合軍……敵、だ。なら撃つしか……)
アスランの混乱を示すように、銃を構える手が僅かに震えている。
銃口を向けられながらも、そのままアスランへと歩み寄りながらラクスは続けた。
「敵だというのなら、わたくしを撃ちますか? 〝ザフト〟のアスラン・ザラ」
ラクスの言葉にアスランの手は更に震えた。ラクスはそんな彼をただまっすぐ見つめる。
「俺は……」
アスランが声を発したと同時にホールに銃声が響いた。
ホールに数人の男たちが駆け込み、アスランとラクスを取り囲むように近づいてくる。
「ご苦労様でした、アスラン・ザラ。さすが婚約者ですな。こちらの手間を省いてくださって助かりましたよ」
慇懃な口調で男が前に出てくる。
その男の言葉に、アスランは自分が後をつけられていたのだと理解した。同時にそこまで自分は父に信用されていないのかと憤りを覚える。
男から、ラクスに対して射殺命令が出ていることを知らされ、今すぐラクスを渡すように促される。
だが、アスランは背にラクスを庇い、渡すことを拒絶した。
どうやってこの包囲を脱出するか考えをめぐらせていたとき、ホールに2発目の銃声が響き渡った。
男たちの注意がそれた隙を突いて、アスランはラクスを抱えて走った。
ホールに身を潜めていた者たちが次々とパトリックの配下たちを倒していく。
「ありがとう、アスラン」
すべてが終った後、ラクスは最後に一礼すると、ふわりと笑う。
アスランがよく知る……護りたいと願っていた笑顔。その気持ちは今でも変わらない。
「キラは地球です。お話されたら如何ですか? お友達とも」
「ラクス……」
その言葉はアスランの決意を促した。
アスランはジャスティスの収められているドックに戻り、コックピットに座った。
電源が入り、システムが立ち上がる。PSシステムがオンになり、装甲が真紅に染まる。
「アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!」
地球に向けて正義の名を冠した機体が舞い降りる。