Northern Lights(種無印)

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22話 まなざしの先


「キラ君はどうしてる?」
「相変わらずですわ。一日中庭を見て過ごしていらっしゃいます」
「そうか」
 ラクスが手にしたポットからゆっくりと琥珀色の液体が注がれる。
 その様子をただ眺めながら、シオンは言葉を続けた。
「俺は……彼に無理を強いているんだろうか……もう一度、戦場に戻れだなんて。それがどれだけ辛いことか……それが解っていながら……」
「たしかにキラにとって辛いことかも知れませんわね」
 紅茶を注ぎ終わったポットをテーブルの脇へと置くと、「どうぞ」と、自然な手つきでティーカップをお互いの前へと移動させた。
「それでも彼を戦場へといざなう俺は、さしずめ『死神』ってところか」
 静かに波打つ琥珀色を眺め、シオンは独り言のように呟く。
 立っているラクスの位置からでは、椅子に座っているシオンの表情はうかがい知ることができない。
 けれど、その声に悲しみにも似た色が滲んでいるのをラクスは感じていた。
シオンはいつも悲しそうですわね。あなたの瞳は常に先を見ているようにわたくしには見えます。人より先を見るがゆえに、時としてその決断は第3者から見れば冷酷に見えるかもしれません。けれどわたくしには解りますわ。あなたが、誰よりも優しい心の持ち主だということが……」
 そう言って目の前に立つラクスを、シオンは黙って見上げた。
「ですから……どうか、わたくしと2人きりでいるときだけは、“フィーリア代表代理”ではなく“シオン”でいてくださいな」

『わたしの前では無理しないで』

 ラクスの言葉に、かつて愛した人の言葉が重なる。

「……参ったな」
 困ったように小さく笑いながらシオンは俯いた。
 何が“参った”のか分からないラクスは、問いかけようとシオンを覗き込んで息をのむ。
 なぜか、目の前の彼が今にも泣き出しそうに見えたからだ。
シオン……」
「あぁ、ごめん……お茶が冷めてしまうな」
 何かを誤魔化すように笑うシオンへと、ラクスが手をのばした。
 ふわりと慈しむように抱え込めば、彼の髪が頬をくすぐる。
「ラク、ス……?」
「泣かないでください。わたくしが傍にいますわ」
 シオンは何も答えず瞳を閉じると、ただ黙ってその温もりを享受する。
 すべてをやさしく包み込むその存在が、ただありがたかった。
 そっと伸ばされたシオンの腕が、遠慮がちにラクスの細い身体へと添えられた。


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


「キラは雨がお好きですか?」
 黙って外を眺めているキラへラクスが声をかけると、その足元でハロが「ナンデヤネン」と飛び跳ねている。
 その様子を見て、シオンは「静かにしていろ」と笑いながらハロの動きを制する。
「不思議だな……って思って。どうして僕はここにいるんだろう……って」
「じゃあ、どこにいたい?」
 突然浮かんだ疑問を口にするキラへ、シオンは訊ねた。その手の中にはピンクのハロが大人しく収まっている。
「わからない……」
「ここはお嫌いですか?」
「僕はここにいて……いいのかな?」
 キラが迷いながらも口にした言葉にシオンは小さく笑った。
「俺はもちろん、彼女も当然だと答えると思うけど?」
 言いながら、手の中のハロをラクスへと渡すと、キラへとまっすぐ向き直る。
「それにね、無理に答えを出さなくても、時がくれば自ずと知れるものなんだよ。自分のいるべき場所、しなければならないことっていうのはね……マルキオ様の言葉を借りれば、俺たちは“SEEDを持つ者”らしいから」
「“SEED”……ですか?」
「そっ。詳しい意味は後で導師に聞けばいい」



「やはり駄目ですな。導師のシャトルでも、地球へ向かうものは現在全て、発進許可は出せないということで」
 シーゲルが表情を曇らせる。
 和平交渉の失敗で地球に戻ろうとしたシオンたちだったが、現在すべての宇宙ステーションが閉鎖されていた。
「困りましたわね……」
「……仕方ないさ。プラント側のオペレーションの影響じゃあ……」

 重苦しい空気をコール音が断ち切った。
 サンルームのガラスモニターが切り替わる。

<シーゲル様にアイリーン・カナーバ様より通信です>
 執事が恭しく告げ、外部通信に切り替わる。険しい表情の女性の姿が画面に映る。
「カナーバ……」
<シーゲル・クライン! 我々はザラに欺かれた! 発動されたスピットブレイクの目標はパナマではない。アラスカだ!!>
「なんだと!?」
「基地ではなく最高司令部が目標……?」
 シオンが呆然と呟く。
<彼は一息に地球軍本部を壊滅させるつもりなのだ。評議会はそんなことを承認していない!>
 緊迫した会話にキラはカップを落した。
「キラ?」
 苦しげにパジャマの胸元を掴んで震える様子を、ラクスはただ見守るしかできないでいた。
 何もできず、かけるべき言葉も見つけられない自分がもどかしく、ラクスが自らの手をぎゅっと握り締めていると、不意にぬくもりが重ねられた。シオンの手だった。
 驚いて見上げると、彼もまた辛そうな表情を浮かべている。
 お互い、言葉を交わすことは無かったが、伝わるぬくもりが全てを語っていた。



 雨の時間が終わりを告げ、空に明るさが戻り始める。
 キラはガラスに手をついて庭を眺めていた。
 その背をシオンが見守っている。

「……僕は行きます」
「どこへ」
 ゆっくりと振り向いたキラはシオンの顔を見つめた。
 その顔は、予めその言葉を予測していたようだった。その声色は質問というより確認だ。
「地球へ……戻らなきゃ」
「なぜ? 君1人が戻ったところで、戦いは終らないのに?」
 穏やかだが、冷徹な色を含んだ声が響く。 
 それでも行くのか、と問えば、決意を込めてキラは頷いた。
「何もできないって言って、何もしなければ、何も変わらない……何もできない……何も……終らない」
 そこにあるのは静かな決意と闘志。
 シオンが護ろうとした少年は数々の試練を乗り越えて大きく成長していた。

(ならば俺がするべきことは――)

「また、ザフトと戦うのかい?」
 キラは首を横に振る。
「じゃあ、地球軍と?」
 再び頭を横に振る。
「僕は……何と戦わなきゃならないのか、ずっと知りたかった。やっと、少しだけ解った気がするから……」
 2人の傍で会話を聞いていたラクスが「わかりましたわ」と毅然とした声で執事に告げた。

「あちらに連絡を――ラクス・クラインが平和の歌を歌います、と」


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 戸惑うキラ、そしてシオンはラクスから渡されたザフトの赤い制服に身を包むと、車に乗り込んだ。
 軍の施設らしいブロックの前で車を降り、予めラクスから教わったザフトの敬礼をすると、咎められることなく中に入ることができた。
 エレベーターに乗り、長い通路を進んだ先にセキュリティ・チェックを必要とする区画に辿り着く。
 入り口に立っていた兵士にラクスが頷くと、兵士はキー・スリットにIDカードを差し込んだ。

 奥へと進んだ3人がキャットウォークの上を進んでいくと、目の前に巨大な構造物が現れ、そこでラクスが足を止めた。
 眩いばかりのライトが点灯し、そこに浮かび上がった姿にキラは目を見張る。
 そこにはXナンバーに酷似したフォルムを持つモビルスーツが佇んでいた。
「ガン……ダ……ム?」
 キラの呟きにラクスが笑う。
「ちょっと違いますわね。これはZGMF-X10A〝フリーダム〟です。でも〝ガンダム〟のほうが強そうですわね。奪取した地球軍のモビルスーツの性能を取り込んで、ザラ新議長のもと開発されたザフトの最新鋭の機体だそうですわ」
「これを……僕に?」
「今のあなたには必要な力だと思いましたので」
「想いだけでも、力だけでも駄目だってことさ」
 キラを見据えてそう言ったシオンは、ゆっくりと、隣に佇むラクスへと柔らかなまなざしを向けた。
 ラクスはその視線に応えるように小さく微笑むと、シオンの言葉と想いを受けてキラに優しく問いかける。
「キラの願いと、行きたい場所にこれは不要ですか?」
シオンさん、ラクス……ありがとう」




 パイロットスーツに着替えたシオンは2人を連れ、フリーダムの上部に飛び上がった。
 胸部のハッチが開き、コックピットからシートがせりあがる。
 傷が全快していないキラを気遣うように、先にフリーダムへと乗り込ませたシオンは、ゆっくりと振り返るとラクスへと視線を向けた。
「――大丈夫なのか?」
 国の最重要機密を他国の者に渡したことが知れれば、国家反逆罪に問われることは明白だ。
 このまま共に連れて行きたいが、彼女にもプラントでするべきことがある。
 残していくラクスが心残りだが、今は時間がなかった。

「わたくしも歌いますから……平和の歌を……だから大丈夫ですわ」
 優しくも力強いその言葉に彼女の決意を感じた。
 ――連れ去ることが無理ならば、せめて側で護りたい。
 抱いてはならないと知りながら、あの日芽生えた感情はシオンの中で確実に大きくなっていた。
「……気をつけて」
 辛そうにそう告げるシオンの表情と言葉に、ラクスは彼が自分の身の安全を本当に心配してくれているのだと感じ取った。
 その想いが、ただ嬉しいと思う。
「はい、シオンもお気をつけて」
 ラクスは背伸びをするとシオンの頬にそっと唇を寄せた。
 一瞬、戸惑うような表情を浮かべたシオンに、軽率な行動だったかと思いもしたが、今この場所でこの想いを伝えなければ後悔するような気がして、ラクスは更に言葉を続ける。
「わたくしの力と想いもあなたと共に……」
 そう言って微笑んだラクスと視線が合った瞬間、シオンは溢れる想いを抑えきれずに、その細い体を力いっぱい抱き締めていた。
「……ラクス」
 伝えたい言葉がある。
 伝えたい想いがある。
 それらを必死に胸の奥へと押し込んで、シオンはただラクスを抱き締めた。

 強く抱き締められる息苦しさに、なぜか嬉しさが込み上げてくる。
 ――ずっとこのままで……
 そんな願いとは反する言葉を、ラクスは必死に唇へと乗せた。
「行ってらっしゃいませ」
 今はまだ、このぬくもりに甘えてはいけない。
「……行ってくる」
 ラクスを抱き締める腕をゆっくり解くと、シオンは振り切るようにコックピットに滑り込んだ。


 シートの感触、ペダルの踏み心地を確かめ、機体に電源を入れる。駆動音と共にOSが立ち上がり、モニターにシステム名が流れるように浮かび上がる。

 Generation
 Unsubdued
 Nuclear
 Drive
 Assault  
 Module


 全周囲モニターがオンになり、計器パネルに次々と光が入っていく。
 シオンはスペックに目を通しながら、機体を起ち上げていった。

シオンさん。ホントに僕、大丈夫ですから……シオンさんをこれ以上巻き込むわけには……っ」
 シートの後ろから申し訳なさそうにキラが話しかける。
「それに、ラクスを残して行くのは心配です!シオンさんは彼女の傍にっ……」
「彼女は彼女で、残ってすべき事がある。君にも、俺にも」
 シオンは話しながらも忙しなく計器のチェックを続ける。
 いつになく無機質に感じられるその声に、キラの眉が顰められた。
 アークエンジェルで、クライン邸で……シオンを近くで見ていたキラは、ラクスとの間に流れる空気の僅かな変化に気づいていた。
 そして、先程目にしたやりとりでそれは確信へと変わりキラを突き動かす。
「心配じゃないんですか?! ラクスのこと」
「……心配だよ」
 意外なほど小さなその声に、キラは返す言葉が見つけられず、ただシオンの作業を見守るしか出来なかった。
「コレで君を地球へ送り届けるのは、俺が今すべき事なんだと思う。だいたい、その身体でモビルスーツの操縦なんて無茶はさせたくないしね。いいから安心してアラスカまで俺に任せなさい。さっ、出るぞ。対ショック準備して!」
「はっ、はい!」

 ドアのところに立っていたラクスが自分達へ向かって手を振っている。
 その姿を見ながら、ただ祈った。
(……どうか無事で……)
 ラクスがゆっくりと身を引くとドアが閉まり、同時に上部のエア・ロックハッチが次々と開いていく。
「CPG設定完了……メタ運動野パラメーター更新」

 シオンは素早くフリーダムのOS設定を自分用に変更していく。

「――原子炉臨界、パワーフロー正常。全システム、オールグリーン。――フリーダム出る!」


 自由の翼を掲げ、新たな剣が宙へと飛び立った。
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