Northern Lights(種無印)
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21話 慟哭の空
アークエンジェルがオーブを発って2日後に寄せられた救難要請。
思ってもいなかった事態に、オーブ――シオンとカガリ――が慌しく応じる。
救難要請のあったポイントに到着するなり、カガリはハッチが開くのも、もどかしい様子で砂浜に駆け下りていった。シオンも焦る気持ちを抑えながら、キサカと共にその場に降り立つ。
頬を撫でる潮風は鉄の臭いを含み、白く広がる砂浜にはモビルスーツの破片と思わしき部品が散らばっている。
緑豊かであったはずの木々はなぎ倒され、大地は無残に抉り取られていた。
一目で解るその戦闘のすさまじさにシオンの顔が歪む。
「……イージスが自爆したのか」
シオンのその呟きに絶望の色が滲んでいるのを感じたキサカは、彼の指示を待たずにその場を離れた。
パイロット生存を信じて……。
一足早くストライクのコックピットを見つけたカガリが「キラ、キラ!」と縋り付いている。
そこにキラの遺体があるのかと近づくシオンだったが、すぐにストライクのコックピットの異変に気がついた。
先にストライクを調べていた兵士の声が浜中に響く。
「遺体がありません! もぬけのカラです!」
「周辺の捜索を急げ!」
我に返った時にはカガリより先に命令を下していた。自身も海岸のほうへと捜索に出る。
「……!?」
波打ち際に倒れている人影を見つけ、シオンは走り寄った。
キラかと思った人物は、近づくにつれ人違いであったと解る。
そこに倒れている少年はザフトの紅いパイロットスーツを身に着けていた。
「気がついたか?」
かすかにうめき声を上げた少年兵にシオンは感情を押し殺した声を掛けた。
傷の手当てこそされていたものの、急に身を起こそうとした少年は痛みに顔をしかめた。
シオンが「無茶をするな」とベッドに寝かせると、まだ頭がはっきりしないのか、少年はぼんやりと周囲を見回した後、「ここは?」と尋ねてきた。
「ここはオーブの飛行挺の中だ。我々が浜に倒れていた君を発見し、収容した。わたしはシオン・フィーリア、君の名は?」
「……アスラン・ザラ」
その名にラスティの言葉を思い出す。
(この子がイージスの……そして彼女の婚約者か……)
宵闇のような髪と翡翠の瞳を持つザフトのエース。
その隣で微笑む彼女を想像し、シオンの中に例えようの無い感情が渦巻く。
傷だらけで横たわるアスランを目の前にして、そんな感情に支配される自分を浅ましく思ったシオンは眉を顰めた。
頭を、心を切り替えようと、深く息を吸ってゆっくりと言葉を発する。
「聞きたいことがある。数日前、ストライクを撃ったのは君だね?」
「……ああ」
〝ストライク〟の言葉にピクリと反応したアスランだったが、素直に事実を認めた。
「パイロットがどうなったか知っているか? 君と同じように脱出したのか? それとも……」
〝死んだのか〟と言えず、シオンは言葉を濁した。
アスランは宙を見つめ、そして重い口を開いた。「あいつは俺が殺した」と。
聞きたくなかった。否、認めたくなかったその一言にシオンは息を呑んだ。
アスランは尚も続ける。
「殺した。俺が……イージスで組み付いて……自爆した。脱出できたとは思えない。それしか……それしか、もう手はなかったんだ!!」
最後は慟哭するようなアスランの告白。
シオンは戦争によって起きる弊害とやるせなさに言葉を失った。
思い出すのはヘリオポリスの一件。
イージスのパイロットが彼ならば、Xシリーズ強奪の時、キラに向かって攻撃しようとした手を止めたのは間違いなく目の前にいる少年だろう。
あの後、キラが話してくれた『月にいた頃に仲がよかった友達』というのは彼に違いない。
(戦争が仲のよかった親友を引き裂いたのか……)
そう思うと、彼もまた被害者だ。シオンには目の前にいる少年だけを責めることは出来なかった。
視線を横に向けると、カガリが肩を震わせて拳を握り締めている。
こちらもキラを殺された怒りを精一杯堪えているのだろう。
「……なんで、俺は生きているんだろうな……」
誰に問いかけるわけでもなく、アスランが独り言を呟く。
「あの時、脱出したからか?――あなたは、俺を殺さないのか?」
友を殺した罪悪感からか虚脱状態に陥っているアスラン。
キラを殺した彼に対して思うところがあるはずなのに、今のシオンには彼に対する憐憫の情しか浮かんでこなかった。
「キラ君は危なっかしくて、泣き虫で……けれど、やさしい子だった。君は彼を知っているね?」
「……ああ。知ってる。よく……小さい頃からずっと一緒だった……」
「やっぱり……彼が言っていた仲のいい友達というのは君の事だったんだな」
「そう、友達……だったんだ。なのに……別れて……次に再会したときは敵だったんだ!!」
激情に顔を歪ませて叫んだ。
『友達』の言葉を聞いたカガリは両目を見開き、アスランの胸元を掴んで大きく揺さぶった。
「友達だったら、なんでお前がアイツを殺すんだ!」
「よせ、カガリ。彼は怪我人なんだ、傷に障る。ここは任せろ」
アスランの胸元からカガリの腕を下ろし、やんわりと制した。
アスランは「解らない」と何度も首を横に振った後、「俺にだって解らないさ!!」と顔を歪ませ、苦悩の表情で叫んだ。
「何度も一緒に来いと言ったんだ! なのにあいつは聞かなくて……俺たちと戦って……ニコルを……殺した!!」
悲痛に歪められていたアスランの表情は、ニコルのことになると、徐々にその色を憎悪へと染める。
「だから殺したのか? 君が。親友をその手にかけるしか他に方法がなかったのか?」
叫ぶように告白するアスランに、シオンはただ静かな声で問いかけた。
その問いにアスランは、まるで神に懺悔でもするかのように、自分の想いを吐露していく。
「敵なんだ!あいつはもう……なら、殺すしかないじゃないか!!」
「バカやろう!なんでそんなことになる!なんでそんなことしなきゃならないんだよ!」
勝手とも思えるアスランの言葉に、カガリは堪らず怒鳴った。
またアスランに掴みかかろうとする彼女の行動をシオンはひと言で制する。
「カガリ!」
「……っ!」
零れ落ちる涙を拭こうともせず、唇を噛み締めるカガリの頭を優しく撫でると、アスランへと向き直った。
「なぜ……なぜ、殺すしかないと?」
嗚咽を漏らすアスランに冷酷ともいえる問いを投げかける。
「なぜだって!? あいつはニコルを殺したんだ! ピアノが好きで……まだ15で……それでもプラントを守るために戦ったあいつを……」
「それじゃあ、君は? 確かにキラ君は君の仲間を撃ったかもしれない。なら、君は彼の仲間を撃たなかったとでもいうのか? 彼も君も守りたいもののために戦っただけだ。そうじゃないのか?」
「それは……」
シオンの言葉に我に返る。
戦闘中、ストライクを庇うように割り込んできたモビルアーマーがあった。キラを殺すのに邪魔だと、イージスのシールドでその機体を撃墜したことを思い出した。
確かに自分もキラの仲間を撃ったのだ。
「くっ……」
悔恨の涙が後から後から湧き上がり、握り締めるシーツに大きなシミを作った。
肩を震わせ涙を流すアスランの姿が小さな子供のようで、放っておけない気がした。
――後悔に流す涙があるのなら、苦しむ心があるのならまだ間に合う。
「殺されたから殺して、殺したから殺される。それではいつまでたっても真の平和は訪れない。憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくてはならないんだ。君はその勇気を持っているはずだ……」
「俺は……」
威圧すら感じていた彼を取り巻く雰囲気。
それが柔らかいものへと微妙に変化したことに気づいたアスランがゆっくりと顔を上げると、小さく微笑むシオンと目が合った。
「今は君自身、気付いてないかもしれない。でも、いつの日か、必ずわたしの言った言葉を理解できる日が来ると思う。当面、君に必要なのは休息だけど」
そう言って優しく微笑む彼に、なぜかプラントにいる婚約者を思い出した。
『辛そうなお顔ばかりですのね。この頃の貴方は……』
『ニコニコ笑って戦争は出来ませんよ』
苛立ちをぶつけるように言葉を吐いて後悔した。あれはただの八つ当たりだ。
会う時はいつも微笑んでいる彼女に、自分の辛さなど分かるはずがないと……。
けれど、笑みを絶やさないことがどれ程の強さを必要とするのか、アスランは知っている。
(なぜ、そんな風に笑えるんだ……あなたは)
ここに居ない婚約者と、目の前の彼に問いかけたかった。
何か言いたげにしているアスランの様子を、疲れが出てきたのだと思ったシオンは「これ以上は身体に障るから」と言い残し、そのまま部屋を出て行った。
残されたカガリはアスランを見つめ、搾り出すように囁いた。
「私も以前兄様に教えられた。殺されたから殺して、殺したから殺される。それではいつまでたっても戦争は終らないと……お前が望むものはなんだ? 復讐か? それとも平和か?」
「俺は……」
とっさにアスランは言いよどんだ。
確かに自分は平和を望んでいる。だが、母を殺したナチュラルに復讐したいと思う心もあった。
見透かされたような言葉に、顔を背けることしかできなかった。
「迎えが到着したぞ」
カガリの言葉にアスランは顔を上げた。
「ザフトの軍人では、オーブには連れて行けないんだ……お前、大丈夫か?」
「……ありがと、って言うのかな。今よく解らないが……」
歯切れ悪く言葉を紡ぐアスラン。
カガリはなぜか放っておくことができず、アスランに駆け寄ると、自らの首に提げていたハウメアの護り石のついたネックレスを手渡した。
「ハウメアの護り石だ。お前、危なっかしいから護ってもらえ」
「キラを殺したのにか?」
悲しげに笑うアスランに答えず、カガリはそのままネックレスを押し付けた。
「……もう、誰にも死んで欲しくない」
「本当にいいのか?」
アスランをザフトに引き渡す際、当然のことながらミゲルとラスティにも帰国の意思を確かめた。
予想に反し、帰ってきた答えは『ノー』だった。
その上、2人はアスランと面会することを拒み、ニコルが生存していることも内密にしてくれるようにシオンに頼んだ。
結果、3人が生きていることを知らぬまま、アスランは帰国する。
意識の戻ったニコルはミゲルとラスティに付き添われ、簡単なリハビリを開始した。
その日の朝、マルキオ導師から内々の連絡を受けたシオンは自身のエア・カーを彼のいる孤児院まで走らせた。
「マルキオ導師……どうしてここにキラ君が……」
そこには意識不明のまま眠りについているキラの姿があった。
イージスとストライクの戦闘。
その凄まじさを物語る凄惨な現場での捜索を思い出し、目の前に横たわるキラが本物かどうか信じられないシオンは、ただ呆然と呟いた。
「数日前、あの戦闘に出くわしたジャンク屋の方が彼を救出してわたしのもとに運び込んできたのです。彼とは懇意にしていましてね。わたしに会いに来る途中でその戦闘に出くわしとか……」
事の経緯を説明するマルキオの言葉を黙って聞きながら、視線をキラへと注ぐ。
――助かってよかった、生きていてくれた……絶望から一転したその喜びに、シオンの顔には自然と笑みが浮かんだ。
「あなたをお呼びしたのは他でもありません。わたしはこれから和平交渉のためプラントへ行かねばならないのですが、その間、彼を放っておくわけにもいかないと思いまして」
「はぁ……」
話しが見えないシオンは、普段の彼からは想像もつかないような間の抜けた声で適当に相づちを打ってしまった。
「以前、プラントのラクス嬢からあなた方2人のことをお聞きして、興味があったのですよ」
「ラクス……嬢?」
かつて連合の艦で出会い、今も心の深い部分に存在するピンクの髪の少女の姿が脳裏に巡る。
「ええ。もし、よろしければ、このままわたしと共にプラントに同行してはいただけませんか? わたし1人で彼を運ぶには少々骨が折れるもので……」
――もう一度彼女に逢える――
そんな誘惑にも似た言葉に負け、シオンはマルキオの申し出を受け入れた。
翌日、ウズミに事情を説明して許可を得たシオンは、ミゲルとラスティに後のことを任せ、マルキオの専用シャトルに乗り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……お久しぶりです。ラクス嬢」
「また、お逢いできると信じておりましたわ」
久方ぶりの再会にラクスは笑顔でシオンとマルキオ、そしてキラを迎え入れた。
重傷のキラを見るなり、ラクスは「あらあら。ベッドはこちらがよろしいですわね」と使用人に指示を出し、ガラス張りの建物の中へと運ばせた。
「ラクス嬢……」
「あら、ラクスとお呼びください。シオン様」
ふわりと笑い、そう告げるラクス。
その笑顔にシオンも「では、わたしのこともシオンと呼んでください」と微笑んだ。
「きれいな庭園だ」
「はい。わたくしのお気に入りですわ」
微笑むラクスの足元でピンクのハロが「キレイ。キレイ」と飛び跳ねている。
シオンがハロに向かって手を差し出すと、ハロは大人しく、その手の中に納まった。
「ピンクちゃんは本当にシオンのことが好きなのですね。いつも手の中に抱えられて……羨ましいですわ」
すねた口調で見つめると、ハロが慌てたようにシオンの手から飛び降りる。
ここ数日で見慣れた光景となった行事にシオンはただただ苦笑いを浮かべた。
「それより、キラ君はまだ……?」
「はい。まだお目覚めになりませんわ」
「そうか……」
「心配ですわね」
「ああ。生命に別状はないと解っていても、ね?」
「きっと、お目覚めになりますわ」
「そう……だな」
それ以上、互いにかける言葉を見つけられず、風景へと視線を泳がせた。
いつ目覚めるか分からないキラ。
早く目覚めて欲しいと祈りながら、ふたりで過ごす時間がもっと続けばと、それぞれが願う。
互いにそんな願いを胸に秘めていることなど気づきもせず……。
************************
咲き誇る花々を立ち止まって眺めているシオンの後姿を、ラクスは愛おしそうに見つめていた。
自分が気に入って大切にしているものを「きれいだ」と言ってくれたその人を。
「……シオン」
唇に乗せた、囁きにも満たない小さな声。
それは相手を呼ぶために紡いだ言葉ではなく、ただ、その人が目の前に存在するのだと確認するために……。
聞こえるはずがないであろうと、もう一度その名を呼ぼうと唇を開いた瞬間。
「ラクス?」
シオンがゆっくりと振り返るように顔だけをラクスへと向けた。
「どうした? そんな所で立ち止まって」
ついさっきまで隣にいた彼女が離れてしまったことに驚いたシオンは、ゆっくりとラクスの元まで足を進める。
「いえ……またお会いできたのが夢ではないのかと思いまして」
「夢?」
「夢に見るくらい、またお会いしたいと思っておりましたもの」
頬を薄く色づかせ、視線を逸らさずにそう告げる彼女に触れたい衝動に駆られる。
「俺もそう思っていた。できるなら戦場以外でまた会いたいと」
************************
咲き誇る花々を幸せそうに眺めるラクスの横顔をシオンは愛おしそうに見つめる。
「……ラクス」
「はい、なんでしょう」
「え?」
無意識だった。
まさか、声に出して彼女の名を呟いたとは思っていなかった。
不思議そうに小首をかしげるラクスに、まさか「見惚れていて無意識に君の名を呟いた」などと言えず、怪しまれない理由をと必死に考えを巡らせた。
「あ、いや……その……そろそろお茶でも、と」
「そうですわね。せっかくのお天気ですからこのまま外でいただきませんか?」
その言葉に、シオンはホッとしたように「名案だ」と笑みを浮かべた。
「シオンはあちらのテラスでお待ちください。すぐに用意してまいりますわ」
「いや、わたしも手伝うよ」
「……ありがとうございます」
今日はどんなお茶にしようか、とのんびり話しながら戻ると、使用人が慌てた様子で走り寄って来た。
「あらあら、どうかなさいまして?」
「お客人の方の意識が……っ」
シオンとラクスは目を合わせると、キラが寝ている場所へと急いだ。
視界を刺す心地いい光にキラはゆっくりと目を覚ました。
周囲を緑と色とりどりの花に囲まれたそこは、一言で言えば〝楽園〟だった。
そしてやさしく自分に微笑みかけるシオンとラクス―――〝僕は夢を見ているんだろうか?〟
「シオン……さん、と……ラクス……さん? ここは……」
痛む身体に鞭を打って起き上がろうとするキラを支えるようにシオンは手を伸ばした。
「覚えていてくださって、うれしいですわ。ですが、わたくしのことはラクスとお呼びください」
クスリとラクスが笑えば「驚いた?」とシオンが顔を覗き込む。
頷いて「僕は……」と話そうとするのを止め「重傷を負った君はマルキオ導師のもとに保護されたんだよ」とシオンは事実を告げる。
「――そして彼がわたしたちをここへ連れてきたんだ」
「あ……ああ……!!」
記憶の断片が甦り、キラの心臓が跳ね上がった。
脳裏に繰り返し流れるのはアスランの悲鳴にも似た声と爆発するスカイグラスパー。
〝トール!!〟
キラは無意識に、自分を支えてくれているシオンの腕を力任せに握っていた。
ぎりぎり、と音がしそうな程食い込んでくる指に、シオンの眉が顰められる。
「僕は……アスランと戦って……死んだはずなのに……」
「アスラン――イージスのパイロットのことだね」
キラを落ち着かせようと、優しい声色で語りかけるが一向に力が抜ける気配がない。
シオンは空いているほうの腕で、ふわりとキラの頭を包み込んだ。
「どうしようもなかった……僕は彼の仲間を殺して……彼は僕の友達を殺した……だから……!!」
歯を食いしばり叫ぶキラは、自分を包み込む温もりに、堪えきれず涙を零す。
「彼もそう言って泣いていたよ」
「っ…………」
握り締めてくる力が緩んだことに気づいたシオンは静かに訊ねた。
「だから彼も君も互いに殺そうとしたんだね」
「でも、それは仕方がないことではありませんか?」
それまで黙っていたラクスが初めて口を開いた。
「戦争であれば……」
「そう、だね。辛いけど、それが戦争だ。君たちは敵と戦った。――違うか?」
「て……き?」
キラが伏せていた顔をゆっくりと上げる。
「そう、〝敵〟だ。だが、君の心に少しでも〝敵〟だから仕方がないのかと疑問に思う気持ちがあるのなら――」
(ここは君の〝居るべき場所〟にはなりえないんだよ)
最後の言葉はあえて口に乗せなかった。時間はかかってもキラならきっとそれが解ると思ったからだ。
「彼にも……カガリにも言ったことだが、殺されたから殺して、殺したから殺される。それではいつまでたっても真の平和は訪れないと俺は思う。憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくては。彼も君もその勇気を持っている。俺はそう、信じてるよ」
「……シオンさん」
優しく穏やかな笑顔と共に、スッと心に染み込んでくる言葉をくれる人。
その存在が、自分の信じる道を進むための勇気をくれる。
「間もなく雨の時間ですわ。中でお茶にしませんか?」
振り返ると、ティーセットを手にしたラクスが微笑んでいた。
アークエンジェルがオーブを発って2日後に寄せられた救難要請。
思ってもいなかった事態に、オーブ――シオンとカガリ――が慌しく応じる。
救難要請のあったポイントに到着するなり、カガリはハッチが開くのも、もどかしい様子で砂浜に駆け下りていった。シオンも焦る気持ちを抑えながら、キサカと共にその場に降り立つ。
頬を撫でる潮風は鉄の臭いを含み、白く広がる砂浜にはモビルスーツの破片と思わしき部品が散らばっている。
緑豊かであったはずの木々はなぎ倒され、大地は無残に抉り取られていた。
一目で解るその戦闘のすさまじさにシオンの顔が歪む。
「……イージスが自爆したのか」
シオンのその呟きに絶望の色が滲んでいるのを感じたキサカは、彼の指示を待たずにその場を離れた。
パイロット生存を信じて……。
一足早くストライクのコックピットを見つけたカガリが「キラ、キラ!」と縋り付いている。
そこにキラの遺体があるのかと近づくシオンだったが、すぐにストライクのコックピットの異変に気がついた。
先にストライクを調べていた兵士の声が浜中に響く。
「遺体がありません! もぬけのカラです!」
「周辺の捜索を急げ!」
我に返った時にはカガリより先に命令を下していた。自身も海岸のほうへと捜索に出る。
「……!?」
波打ち際に倒れている人影を見つけ、シオンは走り寄った。
キラかと思った人物は、近づくにつれ人違いであったと解る。
そこに倒れている少年はザフトの紅いパイロットスーツを身に着けていた。
「気がついたか?」
かすかにうめき声を上げた少年兵にシオンは感情を押し殺した声を掛けた。
傷の手当てこそされていたものの、急に身を起こそうとした少年は痛みに顔をしかめた。
シオンが「無茶をするな」とベッドに寝かせると、まだ頭がはっきりしないのか、少年はぼんやりと周囲を見回した後、「ここは?」と尋ねてきた。
「ここはオーブの飛行挺の中だ。我々が浜に倒れていた君を発見し、収容した。わたしはシオン・フィーリア、君の名は?」
「……アスラン・ザラ」
その名にラスティの言葉を思い出す。
(この子がイージスの……そして彼女の婚約者か……)
宵闇のような髪と翡翠の瞳を持つザフトのエース。
その隣で微笑む彼女を想像し、シオンの中に例えようの無い感情が渦巻く。
傷だらけで横たわるアスランを目の前にして、そんな感情に支配される自分を浅ましく思ったシオンは眉を顰めた。
頭を、心を切り替えようと、深く息を吸ってゆっくりと言葉を発する。
「聞きたいことがある。数日前、ストライクを撃ったのは君だね?」
「……ああ」
〝ストライク〟の言葉にピクリと反応したアスランだったが、素直に事実を認めた。
「パイロットがどうなったか知っているか? 君と同じように脱出したのか? それとも……」
〝死んだのか〟と言えず、シオンは言葉を濁した。
アスランは宙を見つめ、そして重い口を開いた。「あいつは俺が殺した」と。
聞きたくなかった。否、認めたくなかったその一言にシオンは息を呑んだ。
アスランは尚も続ける。
「殺した。俺が……イージスで組み付いて……自爆した。脱出できたとは思えない。それしか……それしか、もう手はなかったんだ!!」
最後は慟哭するようなアスランの告白。
シオンは戦争によって起きる弊害とやるせなさに言葉を失った。
思い出すのはヘリオポリスの一件。
イージスのパイロットが彼ならば、Xシリーズ強奪の時、キラに向かって攻撃しようとした手を止めたのは間違いなく目の前にいる少年だろう。
あの後、キラが話してくれた『月にいた頃に仲がよかった友達』というのは彼に違いない。
(戦争が仲のよかった親友を引き裂いたのか……)
そう思うと、彼もまた被害者だ。シオンには目の前にいる少年だけを責めることは出来なかった。
視線を横に向けると、カガリが肩を震わせて拳を握り締めている。
こちらもキラを殺された怒りを精一杯堪えているのだろう。
「……なんで、俺は生きているんだろうな……」
誰に問いかけるわけでもなく、アスランが独り言を呟く。
「あの時、脱出したからか?――あなたは、俺を殺さないのか?」
友を殺した罪悪感からか虚脱状態に陥っているアスラン。
キラを殺した彼に対して思うところがあるはずなのに、今のシオンには彼に対する憐憫の情しか浮かんでこなかった。
「キラ君は危なっかしくて、泣き虫で……けれど、やさしい子だった。君は彼を知っているね?」
「……ああ。知ってる。よく……小さい頃からずっと一緒だった……」
「やっぱり……彼が言っていた仲のいい友達というのは君の事だったんだな」
「そう、友達……だったんだ。なのに……別れて……次に再会したときは敵だったんだ!!」
激情に顔を歪ませて叫んだ。
『友達』の言葉を聞いたカガリは両目を見開き、アスランの胸元を掴んで大きく揺さぶった。
「友達だったら、なんでお前がアイツを殺すんだ!」
「よせ、カガリ。彼は怪我人なんだ、傷に障る。ここは任せろ」
アスランの胸元からカガリの腕を下ろし、やんわりと制した。
アスランは「解らない」と何度も首を横に振った後、「俺にだって解らないさ!!」と顔を歪ませ、苦悩の表情で叫んだ。
「何度も一緒に来いと言ったんだ! なのにあいつは聞かなくて……俺たちと戦って……ニコルを……殺した!!」
悲痛に歪められていたアスランの表情は、ニコルのことになると、徐々にその色を憎悪へと染める。
「だから殺したのか? 君が。親友をその手にかけるしか他に方法がなかったのか?」
叫ぶように告白するアスランに、シオンはただ静かな声で問いかけた。
その問いにアスランは、まるで神に懺悔でもするかのように、自分の想いを吐露していく。
「敵なんだ!あいつはもう……なら、殺すしかないじゃないか!!」
「バカやろう!なんでそんなことになる!なんでそんなことしなきゃならないんだよ!」
勝手とも思えるアスランの言葉に、カガリは堪らず怒鳴った。
またアスランに掴みかかろうとする彼女の行動をシオンはひと言で制する。
「カガリ!」
「……っ!」
零れ落ちる涙を拭こうともせず、唇を噛み締めるカガリの頭を優しく撫でると、アスランへと向き直った。
「なぜ……なぜ、殺すしかないと?」
嗚咽を漏らすアスランに冷酷ともいえる問いを投げかける。
「なぜだって!? あいつはニコルを殺したんだ! ピアノが好きで……まだ15で……それでもプラントを守るために戦ったあいつを……」
「それじゃあ、君は? 確かにキラ君は君の仲間を撃ったかもしれない。なら、君は彼の仲間を撃たなかったとでもいうのか? 彼も君も守りたいもののために戦っただけだ。そうじゃないのか?」
「それは……」
シオンの言葉に我に返る。
戦闘中、ストライクを庇うように割り込んできたモビルアーマーがあった。キラを殺すのに邪魔だと、イージスのシールドでその機体を撃墜したことを思い出した。
確かに自分もキラの仲間を撃ったのだ。
「くっ……」
悔恨の涙が後から後から湧き上がり、握り締めるシーツに大きなシミを作った。
肩を震わせ涙を流すアスランの姿が小さな子供のようで、放っておけない気がした。
――後悔に流す涙があるのなら、苦しむ心があるのならまだ間に合う。
「殺されたから殺して、殺したから殺される。それではいつまでたっても真の平和は訪れない。憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくてはならないんだ。君はその勇気を持っているはずだ……」
「俺は……」
威圧すら感じていた彼を取り巻く雰囲気。
それが柔らかいものへと微妙に変化したことに気づいたアスランがゆっくりと顔を上げると、小さく微笑むシオンと目が合った。
「今は君自身、気付いてないかもしれない。でも、いつの日か、必ずわたしの言った言葉を理解できる日が来ると思う。当面、君に必要なのは休息だけど」
そう言って優しく微笑む彼に、なぜかプラントにいる婚約者を思い出した。
『辛そうなお顔ばかりですのね。この頃の貴方は……』
『ニコニコ笑って戦争は出来ませんよ』
苛立ちをぶつけるように言葉を吐いて後悔した。あれはただの八つ当たりだ。
会う時はいつも微笑んでいる彼女に、自分の辛さなど分かるはずがないと……。
けれど、笑みを絶やさないことがどれ程の強さを必要とするのか、アスランは知っている。
(なぜ、そんな風に笑えるんだ……あなたは)
ここに居ない婚約者と、目の前の彼に問いかけたかった。
何か言いたげにしているアスランの様子を、疲れが出てきたのだと思ったシオンは「これ以上は身体に障るから」と言い残し、そのまま部屋を出て行った。
残されたカガリはアスランを見つめ、搾り出すように囁いた。
「私も以前兄様に教えられた。殺されたから殺して、殺したから殺される。それではいつまでたっても戦争は終らないと……お前が望むものはなんだ? 復讐か? それとも平和か?」
「俺は……」
とっさにアスランは言いよどんだ。
確かに自分は平和を望んでいる。だが、母を殺したナチュラルに復讐したいと思う心もあった。
見透かされたような言葉に、顔を背けることしかできなかった。
「迎えが到着したぞ」
カガリの言葉にアスランは顔を上げた。
「ザフトの軍人では、オーブには連れて行けないんだ……お前、大丈夫か?」
「……ありがと、って言うのかな。今よく解らないが……」
歯切れ悪く言葉を紡ぐアスラン。
カガリはなぜか放っておくことができず、アスランに駆け寄ると、自らの首に提げていたハウメアの護り石のついたネックレスを手渡した。
「ハウメアの護り石だ。お前、危なっかしいから護ってもらえ」
「キラを殺したのにか?」
悲しげに笑うアスランに答えず、カガリはそのままネックレスを押し付けた。
「……もう、誰にも死んで欲しくない」
「本当にいいのか?」
アスランをザフトに引き渡す際、当然のことながらミゲルとラスティにも帰国の意思を確かめた。
予想に反し、帰ってきた答えは『ノー』だった。
その上、2人はアスランと面会することを拒み、ニコルが生存していることも内密にしてくれるようにシオンに頼んだ。
結果、3人が生きていることを知らぬまま、アスランは帰国する。
意識の戻ったニコルはミゲルとラスティに付き添われ、簡単なリハビリを開始した。
その日の朝、マルキオ導師から内々の連絡を受けたシオンは自身のエア・カーを彼のいる孤児院まで走らせた。
「マルキオ導師……どうしてここにキラ君が……」
そこには意識不明のまま眠りについているキラの姿があった。
イージスとストライクの戦闘。
その凄まじさを物語る凄惨な現場での捜索を思い出し、目の前に横たわるキラが本物かどうか信じられないシオンは、ただ呆然と呟いた。
「数日前、あの戦闘に出くわしたジャンク屋の方が彼を救出してわたしのもとに運び込んできたのです。彼とは懇意にしていましてね。わたしに会いに来る途中でその戦闘に出くわしとか……」
事の経緯を説明するマルキオの言葉を黙って聞きながら、視線をキラへと注ぐ。
――助かってよかった、生きていてくれた……絶望から一転したその喜びに、シオンの顔には自然と笑みが浮かんだ。
「あなたをお呼びしたのは他でもありません。わたしはこれから和平交渉のためプラントへ行かねばならないのですが、その間、彼を放っておくわけにもいかないと思いまして」
「はぁ……」
話しが見えないシオンは、普段の彼からは想像もつかないような間の抜けた声で適当に相づちを打ってしまった。
「以前、プラントのラクス嬢からあなた方2人のことをお聞きして、興味があったのですよ」
「ラクス……嬢?」
かつて連合の艦で出会い、今も心の深い部分に存在するピンクの髪の少女の姿が脳裏に巡る。
「ええ。もし、よろしければ、このままわたしと共にプラントに同行してはいただけませんか? わたし1人で彼を運ぶには少々骨が折れるもので……」
――もう一度彼女に逢える――
そんな誘惑にも似た言葉に負け、シオンはマルキオの申し出を受け入れた。
翌日、ウズミに事情を説明して許可を得たシオンは、ミゲルとラスティに後のことを任せ、マルキオの専用シャトルに乗り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……お久しぶりです。ラクス嬢」
「また、お逢いできると信じておりましたわ」
久方ぶりの再会にラクスは笑顔でシオンとマルキオ、そしてキラを迎え入れた。
重傷のキラを見るなり、ラクスは「あらあら。ベッドはこちらがよろしいですわね」と使用人に指示を出し、ガラス張りの建物の中へと運ばせた。
「ラクス嬢……」
「あら、ラクスとお呼びください。シオン様」
ふわりと笑い、そう告げるラクス。
その笑顔にシオンも「では、わたしのこともシオンと呼んでください」と微笑んだ。
「きれいな庭園だ」
「はい。わたくしのお気に入りですわ」
微笑むラクスの足元でピンクのハロが「キレイ。キレイ」と飛び跳ねている。
シオンがハロに向かって手を差し出すと、ハロは大人しく、その手の中に納まった。
「ピンクちゃんは本当にシオンのことが好きなのですね。いつも手の中に抱えられて……羨ましいですわ」
すねた口調で見つめると、ハロが慌てたようにシオンの手から飛び降りる。
ここ数日で見慣れた光景となった行事にシオンはただただ苦笑いを浮かべた。
「それより、キラ君はまだ……?」
「はい。まだお目覚めになりませんわ」
「そうか……」
「心配ですわね」
「ああ。生命に別状はないと解っていても、ね?」
「きっと、お目覚めになりますわ」
「そう……だな」
それ以上、互いにかける言葉を見つけられず、風景へと視線を泳がせた。
いつ目覚めるか分からないキラ。
早く目覚めて欲しいと祈りながら、ふたりで過ごす時間がもっと続けばと、それぞれが願う。
互いにそんな願いを胸に秘めていることなど気づきもせず……。
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咲き誇る花々を立ち止まって眺めているシオンの後姿を、ラクスは愛おしそうに見つめていた。
自分が気に入って大切にしているものを「きれいだ」と言ってくれたその人を。
「……シオン」
唇に乗せた、囁きにも満たない小さな声。
それは相手を呼ぶために紡いだ言葉ではなく、ただ、その人が目の前に存在するのだと確認するために……。
聞こえるはずがないであろうと、もう一度その名を呼ぼうと唇を開いた瞬間。
「ラクス?」
シオンがゆっくりと振り返るように顔だけをラクスへと向けた。
「どうした? そんな所で立ち止まって」
ついさっきまで隣にいた彼女が離れてしまったことに驚いたシオンは、ゆっくりとラクスの元まで足を進める。
「いえ……またお会いできたのが夢ではないのかと思いまして」
「夢?」
「夢に見るくらい、またお会いしたいと思っておりましたもの」
頬を薄く色づかせ、視線を逸らさずにそう告げる彼女に触れたい衝動に駆られる。
「俺もそう思っていた。できるなら戦場以外でまた会いたいと」
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咲き誇る花々を幸せそうに眺めるラクスの横顔をシオンは愛おしそうに見つめる。
「……ラクス」
「はい、なんでしょう」
「え?」
無意識だった。
まさか、声に出して彼女の名を呟いたとは思っていなかった。
不思議そうに小首をかしげるラクスに、まさか「見惚れていて無意識に君の名を呟いた」などと言えず、怪しまれない理由をと必死に考えを巡らせた。
「あ、いや……その……そろそろお茶でも、と」
「そうですわね。せっかくのお天気ですからこのまま外でいただきませんか?」
その言葉に、シオンはホッとしたように「名案だ」と笑みを浮かべた。
「シオンはあちらのテラスでお待ちください。すぐに用意してまいりますわ」
「いや、わたしも手伝うよ」
「……ありがとうございます」
今日はどんなお茶にしようか、とのんびり話しながら戻ると、使用人が慌てた様子で走り寄って来た。
「あらあら、どうかなさいまして?」
「お客人の方の意識が……っ」
シオンとラクスは目を合わせると、キラが寝ている場所へと急いだ。
視界を刺す心地いい光にキラはゆっくりと目を覚ました。
周囲を緑と色とりどりの花に囲まれたそこは、一言で言えば〝楽園〟だった。
そしてやさしく自分に微笑みかけるシオンとラクス―――〝僕は夢を見ているんだろうか?〟
「シオン……さん、と……ラクス……さん? ここは……」
痛む身体に鞭を打って起き上がろうとするキラを支えるようにシオンは手を伸ばした。
「覚えていてくださって、うれしいですわ。ですが、わたくしのことはラクスとお呼びください」
クスリとラクスが笑えば「驚いた?」とシオンが顔を覗き込む。
頷いて「僕は……」と話そうとするのを止め「重傷を負った君はマルキオ導師のもとに保護されたんだよ」とシオンは事実を告げる。
「――そして彼がわたしたちをここへ連れてきたんだ」
「あ……ああ……!!」
記憶の断片が甦り、キラの心臓が跳ね上がった。
脳裏に繰り返し流れるのはアスランの悲鳴にも似た声と爆発するスカイグラスパー。
〝トール!!〟
キラは無意識に、自分を支えてくれているシオンの腕を力任せに握っていた。
ぎりぎり、と音がしそうな程食い込んでくる指に、シオンの眉が顰められる。
「僕は……アスランと戦って……死んだはずなのに……」
「アスラン――イージスのパイロットのことだね」
キラを落ち着かせようと、優しい声色で語りかけるが一向に力が抜ける気配がない。
シオンは空いているほうの腕で、ふわりとキラの頭を包み込んだ。
「どうしようもなかった……僕は彼の仲間を殺して……彼は僕の友達を殺した……だから……!!」
歯を食いしばり叫ぶキラは、自分を包み込む温もりに、堪えきれず涙を零す。
「彼もそう言って泣いていたよ」
「っ…………」
握り締めてくる力が緩んだことに気づいたシオンは静かに訊ねた。
「だから彼も君も互いに殺そうとしたんだね」
「でも、それは仕方がないことではありませんか?」
それまで黙っていたラクスが初めて口を開いた。
「戦争であれば……」
「そう、だね。辛いけど、それが戦争だ。君たちは敵と戦った。――違うか?」
「て……き?」
キラが伏せていた顔をゆっくりと上げる。
「そう、〝敵〟だ。だが、君の心に少しでも〝敵〟だから仕方がないのかと疑問に思う気持ちがあるのなら――」
(ここは君の〝居るべき場所〟にはなりえないんだよ)
最後の言葉はあえて口に乗せなかった。時間はかかってもキラならきっとそれが解ると思ったからだ。
「彼にも……カガリにも言ったことだが、殺されたから殺して、殺したから殺される。それではいつまでたっても真の平和は訪れないと俺は思う。憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくては。彼も君もその勇気を持っている。俺はそう、信じてるよ」
「……シオンさん」
優しく穏やかな笑顔と共に、スッと心に染み込んでくる言葉をくれる人。
その存在が、自分の信じる道を進むための勇気をくれる。
「間もなく雨の時間ですわ。中でお茶にしませんか?」
振り返ると、ティーセットを手にしたラクスが微笑んでいた。