Northern Lights(種無印)
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19話 さだめの楔
無線の指示に従いエレベーターに乗って地下の工場区画へと足を踏み入れる。
「ここならストライクの修理も完璧にできるわよ。いわばお母さんの実家ね」
「はぁ……」
困惑するキラに女は『エリカ・シモンズ』と名乗った。
エリカに連れられて次の区画に足を運んだキラが見たものは、ストライクと酷似したシルエットを持つ数体のモビルスーツ。
「これが中立国オーブの真の姿だ」
聞き覚えのある声に背後を振り返ると、見慣れた服装のカガリが立っていた。
「そう驚くことでもないでしょう? ストライクだってヘリオポリスにあったんでしょう。あそこはオーブよ」
クスクスと笑うエリカの言葉に答えることも無く、キラは呆然とモビルスーツを見上げている。
そんな無言が意味する疑問に気づいたエリカはゆっくりと言葉を発した。
「これはM1アストレイ。モルゲンレーテ社製、オーブ軍の機体よ」
「オーブはこれをどうするつもりなんですか?」
キラは信じられない気持ちでエリカに尋ねた。
争いとは縁遠い中立の国。オーブとはそんな国だと思っていたキラにとって、目の前の事実は衝撃以外の何物でもなかった。
キラの質問に、エリカは〝なにを今更〟という表情を作るが、先にそれに答えたのはカガリだった。
「これらはオーブの護りだ。お前も知っているだろう? オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。他国の戦いに介入しない。その意思を貫く為の力――だった。オーブはそういう国だったんだ。父が裏切るまではな!」
「いいかげんにしないか。本気でそう思っているのか?」
カガリが感情のままに吐き捨てた言葉に反応するように、怒りを含んだような語気の強い声が区画内に響いた。
声の主は、この場に不似合いな正装――白に青が映える軍服――に身を包んだシオンだった。
「兄様!?」
「シオンさん!」
突然現れたシオンの姿に、カガリは驚愕の、キラは歓喜の表情を浮かべる。
そんな二人のもとへとゆっくり足を進めるシオンの表情は、先程の声色とはかけ離れた柔らかなものだ。
「久しぶり、キラ君」
「はい、シオンさんもお元気そうで良かった……」
嬉しそうに話すキラの言葉に「君もね」と短く笑みと共に返すと、次はエリカへと視線を移す。
「フィーリア代理、連日お疲れ様です」
視線が合った途端、そう言って差し出された手を軽く握り返すと、シオンは彼女に笑いかけた。
「これからが大変なんですけどね……またアマテラスがお世話になりますのでよろしく。エリカさん」
「わたしが手伝うことなんて、たかが知れてますが」
肩を窄めて苦笑いするエリカに「いいえ、頼りにしてますよ」と告げて、次はカガリへと向き直った。
シオンの纏う空気の変化に気づいたのか、キラとエリカは黙って2人を見守った。
「――ヘリオポリスの一件……モルゲンレーテが連合のモビルスーツ開発に手を貸していたことをウズミ様は最近までご存知なかったんだとさっきも言っただろう?」
「でも……そんな言い訳、通ると思ってるのか!? 仮にも最高責任者が!! 知らなかったと言ったところで、それは罪だ!」
「……だから責任を取っただろう」
先程より一層声のトーンを落すシオンの表情からは、いつの間にか笑みが消えている。
それに気付かないカガリはなおも言い募った。
「叔父上に職を譲ったところで、常にああだこうだと口出しして! 結局、なにも変わってないじゃないか!!」
「当たり前だろう。ウズミ様はオーブに必要不可欠な方だ。それに、これだけは断言できる。世界情勢が安定しているならいざ知らず、不安定な状況が続く今、ホズミ殿に完全に政権を握らせてしまったら、一両日中にオーブは滅びるだろう。両方とも隙あらば我が国の力を手に入れようと虎視眈々と狙っているのが現状だ。そんな中で連合とザフトを相手にオーブが今の状況を保っていられるのはウズミ様の存在があってこそ。仮にもオーブの獅子の娘ならば、それを理解しろ!」
「そんなこと出来るものか! あんな卑怯者など!!」
頭を冷やすどころか、なおもヒートアップするカガリを見つめるシオンの瞳が悲しげに細められた。
「……ウズミ様も報われないな。あれほど愛情を注いだ愛娘にここまで拒絶されるとは……もういい。俺はこれ以上なにも言わない。今日はお前の相手をしに来たわけでもないしな」
「じゃあ、なにを……?」
「キラ君に逢いに。今日を逃すと、しばらく逢えなくなるだろうから」
「えっ!?」
シオンの『しばらく逢えない』という言葉にキラが反応する。
「これから仕事でどうしても手が離せなくなる。だから今日のうちに逢って約束を果たしておきたかった。約束しただろう? もう一度逢おうと」
「…………」
別れる間際に交わされた約束を覚えていてくれた。果たしに来てくれた。
それまでの苦労と苦悩が報われたような嬉しさに、キラはこみ上げてくるものを必死に堪えながらシオンと向き合った。
「本当はもっと時間を作れればいいんだけど……アマテラスの改修作業に思ったより時間がかかりそうなんだ。だから今日を逃したら君たちがオーブにいる間に逢うことができないと思ってね。思い切ってここに来たってわけさ」
「嬉しいです。別れた後もずっと気になってて……艦を降りるって約束したのに、僕は……」
「止めよう。君が降りなかったのは、それ相応の覚悟があってのことだろう? それに関して俺は何も言うつもりはないし、誰も責めるつもりはない。それより、時間は少ないんだ。もっと他の話をしよう」
「はい!」
楽しい時間は一瞬。
次の日からシオンは秘密工場に篭ってアマテラスの改修と改造作業に付きっきりとなり、キラもモルゲンレーテでM1アストレイのサポートシステム用OS開発に忙殺された。
まだまだ試作段階の機体。大気圏への単独突入は思った以上の負担を機体に強いていたようで、作業は当然のように難航していた。
改修に加えて、新たなデータを基にした改造――相変わらず不安定なシステムの点検とブラッシュアップ――が不眠不休で続く。
その結果、制約はあるものの、戦闘への投入は可能なまでに改修が進んだ。
(そういえば、ミゲルとラスティ元気かな。こっちに泊り込みで作業に専念してから、しばらく連絡もしてなかったな。アマテラスの改修もだいぶ進んだし、一度家に戻るか……)
帰路に着くべくエアカーを走らせたシオンは、明らかに戦闘準備に身を包んだカガリがモルゲンレーテの工場がある方へと走っていくのを見つけた。
(なにやってんだ、あいつ!)
シオンはハンドルを切り、カガリの前に車体を横付ける。
「危ないじゃないか!!」
いきなり自分の前に横付けた不審車にカガリは声を荒げた。
ゆっくりと車から降りてきた人物に驚いたカガリは、その名を呟くのが精一杯だった。
「兄、様……」
居心地悪そうに立ち尽くすカガリをジロリと睨みつけると、シオンはゆっくりと口を開いた。
「……アークエンジェルと一緒に行くつもりか?」
「はい」
身構えるカガリに構わず矢継早に質問する。
「――で? 連合の兵士としてプラントと戦うのか? そんなに戦いたいのか?」
「違う!」
怒られる子供のように俯いていたカガリが勢い良く顔をあげると、金色の瞳が真っ直ぐにシオンを捉える。
その強い視線に込められた彼女の決意。
理解は出来ても、簡単にここを通すわけにはいかない。
「じゃあ、なんだ」
「彼らを……彼らを助けたいんだ! そしてこの戦争を早く終わらせたい」
「……お前の気持ちは良く分かる。銃を手にし、敵を倒せば戦いが終わると誰もが思うだろう。だが、お前が戦ったからといって戦争が早く終るのか?」
そのことはシオン自身も痛いほど理解していた。
――敵を、あいつらを倒せば全てが終わる。望む自由と平和が手に入る――
そう信じて、多くの命を奪った頃を思い出す。けれど、それだけでは世界は変わらなかった。
「それは……わたし1人の力では……でも!」
「お前がだれかの夫を撃ったら、その妻はお前を恨む。お前が誰かの息子を撃ったら、その母親がお前を恨む。そして――お前が誰かに撃たれたら、俺がそいつを恨む。そんな簡単な連鎖がなぜ解らない?」
「兄様……でもわたしは!この国で自分だけのうのうと生きるなんて……」
「そんな安っぽい自己満足的な正義感でなにが出来るっていうんだ! 戦闘に出た瞬間、落とされるのがオチだ! 銃を取るばかりが戦争じゃない。戦争の根を学べ、カガリ。撃ち合うだけじゃなにも終らないんだ」
シオンの深い悲しみに彩られた瞳に見つめられたカガリはなにも言い返せず、その場に立ち尽くした。
カガリを屋敷に送っていったシオンはウズミから今日がアークエンジェルの出発日だったと聞いた。
(そうか……だからあいつ……)
「手を煩わせたようだな。それとわたしの伝えたかったことも言ってくれたようだ。あれの瞳、明らかに違っておった」
「いえ、出すぎたことをしました。ところでウズミ様、少々お願いがあるのですが……」
言い辛そうなシオンに『アークエンジェルの件か』と聞くウズミに『はい』と答える。
「領海ギリギリのところまでで構いません。彼らを見送りたいのです。もちろん、発見されないよう細心の注意を……ミラージュコロイドを使います。行かせてください!」
深々と頭を下げるシオン。
ウズミは常にミラージュコロイドシステムを展開することを条件に見送りを許可してくれた。
領海域を出た瞬間、待ち受けていたようにザフト軍がその姿を現した。
ミラージュコロイドを展開しているとはいっても、オーブであるシオンがこの戦闘に介入することはできない。
唇を噛み締め、シオンは事の次第を見守った。
ザフトからはイージス、デュエル、バスター、ブリッツが。
アークエンジェルからはストライクとムウの乗るスカイグラスパー、メビウス・ゼロともう1機。
(スカイグラスパーが2機だって!? 誰が乗ってるんだ?――動きが素人じゃないか……)
自身の呟きにハッとなる。脳裏に浮かんだのはキラの友人であるヘリオポリスの学生たち――その内、サイ、トール、カズイはブリッジでの仕事についていた。
(まさか……!?)
戦闘を見守っていたシオンは途中からザフトのXシリーズが1機、少なくなっていることに気がついた。
(いないのは……X-207ブリッツか! ミラージュコロイドを展開したな。側面か背後から回るつもりか)
そうこうしている間もストライクとイージスの激戦は続く。
永遠に続くかと思われた戦闘に終わりが来た。
イージスのPS装甲が落ちたのだ。そこにストライクのシュベルトゲベールが振り下ろされようとしていた。
――終ったな――それがシオンの偽らざる感想だった。
そう、そこにイージスを護るようにブリッツが乱入しなければ。
『キラくん! コックピットだけは……!!』
「?!」
決死の戦いのさなか、突如響いたシオンの声に動揺しながらも、キラが反応する。
まるでシオンの願いにも思える言葉に、キラが攻撃の軌道をギリギリのところで僅かにずらした。
ブリッツの切り裂かれた機体部分から閃光がほとばしり、爆発が起こる。
ブリッツの機体はイージスとストライクの前で四散した。
(身を挺して仲間を護った、のか?!)
それはただの衝動だった。もしかしたらブリッツの行動にかつて愛した人を見たのかもしれない。
我に返ったときには、レバーを握る手に力を込め、アマテラスを移動させていた。
シオンは凄まじいスピードでキーボードを弾き、アマテラスの全機能をフル活動させてブリッツが墜落した場所を探索する。
何時間探しただろうか――もう無駄なのかと捜索を打ち切ろうとしたとき、カメラアイの端にキラリと光るなにかを確認した。
シオンはアマテラスをその方向へ向けた。
そこには、散らばるMSのパーツに埋もれるように、奇跡としか思えない状態で転がるコックピットらしきものがあった。
シオンは慎重にコックピットを両手で包み込み、最大速でオーブに戻った。
そのまま事情説明を迫る軍関係者を無視し、コックピットの中で倒れていた少年を軍病院に運び入れたのだった。
無線の指示に従いエレベーターに乗って地下の工場区画へと足を踏み入れる。
「ここならストライクの修理も完璧にできるわよ。いわばお母さんの実家ね」
「はぁ……」
困惑するキラに女は『エリカ・シモンズ』と名乗った。
エリカに連れられて次の区画に足を運んだキラが見たものは、ストライクと酷似したシルエットを持つ数体のモビルスーツ。
「これが中立国オーブの真の姿だ」
聞き覚えのある声に背後を振り返ると、見慣れた服装のカガリが立っていた。
「そう驚くことでもないでしょう? ストライクだってヘリオポリスにあったんでしょう。あそこはオーブよ」
クスクスと笑うエリカの言葉に答えることも無く、キラは呆然とモビルスーツを見上げている。
そんな無言が意味する疑問に気づいたエリカはゆっくりと言葉を発した。
「これはM1アストレイ。モルゲンレーテ社製、オーブ軍の機体よ」
「オーブはこれをどうするつもりなんですか?」
キラは信じられない気持ちでエリカに尋ねた。
争いとは縁遠い中立の国。オーブとはそんな国だと思っていたキラにとって、目の前の事実は衝撃以外の何物でもなかった。
キラの質問に、エリカは〝なにを今更〟という表情を作るが、先にそれに答えたのはカガリだった。
「これらはオーブの護りだ。お前も知っているだろう? オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。他国の戦いに介入しない。その意思を貫く為の力――だった。オーブはそういう国だったんだ。父が裏切るまではな!」
「いいかげんにしないか。本気でそう思っているのか?」
カガリが感情のままに吐き捨てた言葉に反応するように、怒りを含んだような語気の強い声が区画内に響いた。
声の主は、この場に不似合いな正装――白に青が映える軍服――に身を包んだシオンだった。
「兄様!?」
「シオンさん!」
突然現れたシオンの姿に、カガリは驚愕の、キラは歓喜の表情を浮かべる。
そんな二人のもとへとゆっくり足を進めるシオンの表情は、先程の声色とはかけ離れた柔らかなものだ。
「久しぶり、キラ君」
「はい、シオンさんもお元気そうで良かった……」
嬉しそうに話すキラの言葉に「君もね」と短く笑みと共に返すと、次はエリカへと視線を移す。
「フィーリア代理、連日お疲れ様です」
視線が合った途端、そう言って差し出された手を軽く握り返すと、シオンは彼女に笑いかけた。
「これからが大変なんですけどね……またアマテラスがお世話になりますのでよろしく。エリカさん」
「わたしが手伝うことなんて、たかが知れてますが」
肩を窄めて苦笑いするエリカに「いいえ、頼りにしてますよ」と告げて、次はカガリへと向き直った。
シオンの纏う空気の変化に気づいたのか、キラとエリカは黙って2人を見守った。
「――ヘリオポリスの一件……モルゲンレーテが連合のモビルスーツ開発に手を貸していたことをウズミ様は最近までご存知なかったんだとさっきも言っただろう?」
「でも……そんな言い訳、通ると思ってるのか!? 仮にも最高責任者が!! 知らなかったと言ったところで、それは罪だ!」
「……だから責任を取っただろう」
先程より一層声のトーンを落すシオンの表情からは、いつの間にか笑みが消えている。
それに気付かないカガリはなおも言い募った。
「叔父上に職を譲ったところで、常にああだこうだと口出しして! 結局、なにも変わってないじゃないか!!」
「当たり前だろう。ウズミ様はオーブに必要不可欠な方だ。それに、これだけは断言できる。世界情勢が安定しているならいざ知らず、不安定な状況が続く今、ホズミ殿に完全に政権を握らせてしまったら、一両日中にオーブは滅びるだろう。両方とも隙あらば我が国の力を手に入れようと虎視眈々と狙っているのが現状だ。そんな中で連合とザフトを相手にオーブが今の状況を保っていられるのはウズミ様の存在があってこそ。仮にもオーブの獅子の娘ならば、それを理解しろ!」
「そんなこと出来るものか! あんな卑怯者など!!」
頭を冷やすどころか、なおもヒートアップするカガリを見つめるシオンの瞳が悲しげに細められた。
「……ウズミ様も報われないな。あれほど愛情を注いだ愛娘にここまで拒絶されるとは……もういい。俺はこれ以上なにも言わない。今日はお前の相手をしに来たわけでもないしな」
「じゃあ、なにを……?」
「キラ君に逢いに。今日を逃すと、しばらく逢えなくなるだろうから」
「えっ!?」
シオンの『しばらく逢えない』という言葉にキラが反応する。
「これから仕事でどうしても手が離せなくなる。だから今日のうちに逢って約束を果たしておきたかった。約束しただろう? もう一度逢おうと」
「…………」
別れる間際に交わされた約束を覚えていてくれた。果たしに来てくれた。
それまでの苦労と苦悩が報われたような嬉しさに、キラはこみ上げてくるものを必死に堪えながらシオンと向き合った。
「本当はもっと時間を作れればいいんだけど……アマテラスの改修作業に思ったより時間がかかりそうなんだ。だから今日を逃したら君たちがオーブにいる間に逢うことができないと思ってね。思い切ってここに来たってわけさ」
「嬉しいです。別れた後もずっと気になってて……艦を降りるって約束したのに、僕は……」
「止めよう。君が降りなかったのは、それ相応の覚悟があってのことだろう? それに関して俺は何も言うつもりはないし、誰も責めるつもりはない。それより、時間は少ないんだ。もっと他の話をしよう」
「はい!」
楽しい時間は一瞬。
次の日からシオンは秘密工場に篭ってアマテラスの改修と改造作業に付きっきりとなり、キラもモルゲンレーテでM1アストレイのサポートシステム用OS開発に忙殺された。
まだまだ試作段階の機体。大気圏への単独突入は思った以上の負担を機体に強いていたようで、作業は当然のように難航していた。
改修に加えて、新たなデータを基にした改造――相変わらず不安定なシステムの点検とブラッシュアップ――が不眠不休で続く。
その結果、制約はあるものの、戦闘への投入は可能なまでに改修が進んだ。
(そういえば、ミゲルとラスティ元気かな。こっちに泊り込みで作業に専念してから、しばらく連絡もしてなかったな。アマテラスの改修もだいぶ進んだし、一度家に戻るか……)
帰路に着くべくエアカーを走らせたシオンは、明らかに戦闘準備に身を包んだカガリがモルゲンレーテの工場がある方へと走っていくのを見つけた。
(なにやってんだ、あいつ!)
シオンはハンドルを切り、カガリの前に車体を横付ける。
「危ないじゃないか!!」
いきなり自分の前に横付けた不審車にカガリは声を荒げた。
ゆっくりと車から降りてきた人物に驚いたカガリは、その名を呟くのが精一杯だった。
「兄、様……」
居心地悪そうに立ち尽くすカガリをジロリと睨みつけると、シオンはゆっくりと口を開いた。
「……アークエンジェルと一緒に行くつもりか?」
「はい」
身構えるカガリに構わず矢継早に質問する。
「――で? 連合の兵士としてプラントと戦うのか? そんなに戦いたいのか?」
「違う!」
怒られる子供のように俯いていたカガリが勢い良く顔をあげると、金色の瞳が真っ直ぐにシオンを捉える。
その強い視線に込められた彼女の決意。
理解は出来ても、簡単にここを通すわけにはいかない。
「じゃあ、なんだ」
「彼らを……彼らを助けたいんだ! そしてこの戦争を早く終わらせたい」
「……お前の気持ちは良く分かる。銃を手にし、敵を倒せば戦いが終わると誰もが思うだろう。だが、お前が戦ったからといって戦争が早く終るのか?」
そのことはシオン自身も痛いほど理解していた。
――敵を、あいつらを倒せば全てが終わる。望む自由と平和が手に入る――
そう信じて、多くの命を奪った頃を思い出す。けれど、それだけでは世界は変わらなかった。
「それは……わたし1人の力では……でも!」
「お前がだれかの夫を撃ったら、その妻はお前を恨む。お前が誰かの息子を撃ったら、その母親がお前を恨む。そして――お前が誰かに撃たれたら、俺がそいつを恨む。そんな簡単な連鎖がなぜ解らない?」
「兄様……でもわたしは!この国で自分だけのうのうと生きるなんて……」
「そんな安っぽい自己満足的な正義感でなにが出来るっていうんだ! 戦闘に出た瞬間、落とされるのがオチだ! 銃を取るばかりが戦争じゃない。戦争の根を学べ、カガリ。撃ち合うだけじゃなにも終らないんだ」
シオンの深い悲しみに彩られた瞳に見つめられたカガリはなにも言い返せず、その場に立ち尽くした。
カガリを屋敷に送っていったシオンはウズミから今日がアークエンジェルの出発日だったと聞いた。
(そうか……だからあいつ……)
「手を煩わせたようだな。それとわたしの伝えたかったことも言ってくれたようだ。あれの瞳、明らかに違っておった」
「いえ、出すぎたことをしました。ところでウズミ様、少々お願いがあるのですが……」
言い辛そうなシオンに『アークエンジェルの件か』と聞くウズミに『はい』と答える。
「領海ギリギリのところまでで構いません。彼らを見送りたいのです。もちろん、発見されないよう細心の注意を……ミラージュコロイドを使います。行かせてください!」
深々と頭を下げるシオン。
ウズミは常にミラージュコロイドシステムを展開することを条件に見送りを許可してくれた。
領海域を出た瞬間、待ち受けていたようにザフト軍がその姿を現した。
ミラージュコロイドを展開しているとはいっても、オーブであるシオンがこの戦闘に介入することはできない。
唇を噛み締め、シオンは事の次第を見守った。
ザフトからはイージス、デュエル、バスター、ブリッツが。
アークエンジェルからはストライクとムウの乗るスカイグラスパー、メビウス・ゼロともう1機。
(スカイグラスパーが2機だって!? 誰が乗ってるんだ?――動きが素人じゃないか……)
自身の呟きにハッとなる。脳裏に浮かんだのはキラの友人であるヘリオポリスの学生たち――その内、サイ、トール、カズイはブリッジでの仕事についていた。
(まさか……!?)
戦闘を見守っていたシオンは途中からザフトのXシリーズが1機、少なくなっていることに気がついた。
(いないのは……X-207ブリッツか! ミラージュコロイドを展開したな。側面か背後から回るつもりか)
そうこうしている間もストライクとイージスの激戦は続く。
永遠に続くかと思われた戦闘に終わりが来た。
イージスのPS装甲が落ちたのだ。そこにストライクのシュベルトゲベールが振り下ろされようとしていた。
――終ったな――それがシオンの偽らざる感想だった。
そう、そこにイージスを護るようにブリッツが乱入しなければ。
『キラくん! コックピットだけは……!!』
「?!」
決死の戦いのさなか、突如響いたシオンの声に動揺しながらも、キラが反応する。
まるでシオンの願いにも思える言葉に、キラが攻撃の軌道をギリギリのところで僅かにずらした。
ブリッツの切り裂かれた機体部分から閃光がほとばしり、爆発が起こる。
ブリッツの機体はイージスとストライクの前で四散した。
(身を挺して仲間を護った、のか?!)
それはただの衝動だった。もしかしたらブリッツの行動にかつて愛した人を見たのかもしれない。
我に返ったときには、レバーを握る手に力を込め、アマテラスを移動させていた。
シオンは凄まじいスピードでキーボードを弾き、アマテラスの全機能をフル活動させてブリッツが墜落した場所を探索する。
何時間探しただろうか――もう無駄なのかと捜索を打ち切ろうとしたとき、カメラアイの端にキラリと光るなにかを確認した。
シオンはアマテラスをその方向へ向けた。
そこには、散らばるMSのパーツに埋もれるように、奇跡としか思えない状態で転がるコックピットらしきものがあった。
シオンは慎重にコックピットを両手で包み込み、最大速でオーブに戻った。
そのまま事情説明を迫る軍関係者を無視し、コックピットの中で倒れていた少年を軍病院に運び入れたのだった。