Northern Lights(種無印)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
18話 平和の国へ
<ご覧いただいている映像は、今まさにこの瞬間、わが国の領海からわずか20キロの地点で行われている戦闘の模様です。政府は不測の事態に備え、すでに軍の出動を命じ、急遽、首長会議を招集。また、カーペンタリアのザフト軍本部、およびアラスカの地球軍本部へ強く抗議し、両軍の近海からの退却を求め――>
興奮気味のキャスターが何度も同じ内容の文章を読み上げている。
テレビモニターの中には煙を上げて回避運動を取るアークエンジェルと、その周囲で戦闘を繰り広げているモビルスーツの姿。
中継映像を険しい顔つきで見つめるシオンは拳を強く握り締めた。
ほんの少し前まで行動と共にしていた艦の映像を前に、不意に、自身がオーブへと戻ってきた日のことが脳裏を掠めた。
ミゲルとラスティの身柄を引き取り、一度自宅に戻ったシオンは2人の身の回りの物を一通り揃えると、再び行政府へと向かった。
第8艦隊から降下したシャトルが到着していると思ったからだ。
しかし、行政府に戻ったシオンを待っていたのは、第8艦隊全滅の報せとシャトルが撃墜されたという事実だった。
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。
鈍器で頭を殴られたようなショックとは、ああいうことを言うのだろう。
偶然とはいえ、数年ぶりに会えた恩人ハルバートン。彼と交わした握手の温もり、打ち明けた身上……束の間だが、心安らいだ時間だったことを想い、唇を噛み締める。
――自分がもう少しアークエンジェルに留まっていれば――
シャトルだけでも無事に降下させることが出来たかも知れない。
第8艦隊全滅など免れたかも知れない。
今更考えても仕方の無い仮定ばかりが胸の中に際限なく渦巻く。
モニターを眺めるシオンの脳裏にキラやミリアリアたちを始め、マリューやムウたちの姿がよぎった。
その後の調査でストライクの無事――キラの無事――が確認されはしたものの、胸中は複雑だ。
なぜならストライクが戦闘に参加しているということ――それはすなわちキラが戦いに身をおいていることに他ならないのだから……
翌朝、重い気分を抱えて家に戻ったシオンを救ったのはミゲルとラスティだった。
「お帰り。朝飯できてるぜ」
「……え?」
徹夜明けの所為か、精神的に疲れていた所為か、ラスティの言葉の意味がすぐに理解できず呆然と立ち尽くしていると、ぐいぐいと背中を押されシオンはそのままダイニングルームへと押し込まれる。
テーブルの上にはハムや野菜を使ったサンドイッチと彩り豊かなサラダ、スクランブルエッグとベーコンが用意されていて、ちょうど食事のセッティングを終わらせたらしいミゲルと視線が合うと小さく笑われた。
「いかにも徹夜明けって顔してんなぁ」
「お偉いさんは忙しいんだよ」
昨日のラスティの言葉を借りて笑顔を作り、ゆっくりと椅子に腰を降ろすとミゲルが目の前に温めたティーカップを置く。
「さぁ、食べて食べて。味には結構自信あるんだ」
「俺の淹れる紅茶もな」
自信たっぷりに食事を勧めるラスティに、ミゲルも負けじと紅茶を準備している。
「ミゲルは紅茶の味とかうるさくってさ。でもこれがまた意外と美味いんだよなー」
「意外ってのは余計だ」
朝からテンションの高い2人のやりとりに、思わずシオンの口元が緩む。
他人の存在がこれほどありがたいと思ったことはなかった。
いつものように独りだったら、食事を摂る気力さえ無かっただろう。
2人の有り難味を感じながらミゲル特製の紅茶を口へと運ぶ。
「美味しい……」
適度な温度、甘過ぎない砂糖の量、少し多めのミルク。それらが心地良く体中に染み渡る感覚に、小さく吐息が零れた。
お世辞ではなく、その食事も紅茶も本当においしかった。
――昨夜の報せが夢だったなら――
ゆっくりと流れる安らぎの時間が、逆に認めたくない現実を突きつける。
カップを握ったまま表情を曇らせるシオンに2人は気づきながらも、何気ない話題を振り撒き、楽しい朝のひとときを演出した。
服を買ってもらった礼だと言って、その日の食事はすべて2人が用意してくれた。
夕食はビーフシチューにフランスパンのトースト、シーザーサラダ。
少しばかりのお返しにと、シオンはお気に入りの店でよく買うバニラアイスにウエハースを添えて、2人に振舞った。
この日の出来事があったからこそ、シオンは今日まで乗り越えてこられた。
あの2人には何度礼を言っても言い足りない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
行政府内に設置されている会議室。
周りでは各州の首長たちと側近たちが集まって、映像を見ている。
(馬鹿じゃないのか……この措置自体は我が国の理念を思えば問題ないが、なにもテレビ中継までしなくてもいいだろう。これでは民にいらぬ不安を抱かせるだけだ。使えないな、ホムラ殿……)
まるでシオンの心情を読んだかのようにウズミが溜息をついて、椅子の背もたれにゆっくりともたれかかった。
「許可なく領海に近づく武装艦に対するわが国の措置に例外はありますまい。だが……テレビ中継はありがたくないと思いますがな」
ウズミの呟きにホムラの顔色が見る見る変わる。
(ようやく自分の失態に気付いたのか……駄目だ、この男が代表ではこの国に未来はない。どこに行ったんだ……早く帰って来い、カガリ)
オーブの獅子と呼ばれるウズミの一人娘であり、その理念を継ぐにふさわしい後継者の不在。それが、人々の心に一層の不安を与えている。
口調こそ、男のようで、気性も一国の代表の娘としては時として不適切な場合もあるが、カガリは民に愛されている。
ウズミがその座を退いてしまった今、国民の希望はカガリに集まっていた。
モニターにはオーブの領海に入ろうとしているアークエンジェルが映し出されている。
領海戦上にオーブ艦隊が姿を現し、自衛行動に入った。
そこに全周波放送で飛び込んできたのは聞き覚えのある懐かしい声だった。
<アークエンジェルは今からオーブ領海に入る! だが、攻撃するな!!>
(……っ!? カガリ? なぜあいつがアークエンジェルに!?)
目を見張ってウズミを見る。ウズミは表情を変えず、淡々とその様子を見守っている。
その間もアークエンジェルとオーブ艦とのやりとりは続いた。
<お前で判断できんと言うなら行政府へ繋げ! 父を……ウズミ・ナラ・アスハを呼べ! わたしはカガリ・ユラ・アスハだ!!>
(あーあ……やりやがった……よりにもよってこのタイミングで。キサカはなにやってんだよ。お守り役だろ、あいつ。なんで止めないんだ)
予想外の出来事に、シオンは脱力したように片手で顔を覆う。
心の中で毒づきながらも、この状況をどうすべきか、必死に考える。
(……まったく……心配しすぎて将来、ハゲたらどうしてくれんだ)
「……」
状況を好転させるであろう策を思いつくも、シオンはそれをどう実行すべきか考えを巡らせながらウズミへと視線を移動させた。
ウズミは目を閉じて動かない。
皆の視線が一斉に集まる中、ウズミは閉じていた目を開け、シオンを見つめた。
「そなたならどうする?」
「……え?」
〝カガリと民〟どちらを取る?
言外にそう聞かれ、シオンは一瞬、言葉に詰まった。
皆の視線がウズミからシオンに移る。
「発言してもよろしいので?」
「かまわん。わたしはそなたの〝意見〟が聞きたい。よろしいな、代表?」
「あっ、ああ。かまわない。フィーリア、なにかよい案があるなら聞かせて欲しい」
代表としての威厳を欠くホズミを一瞥して、あくまでも自分はウズミに対して意見しているのだというように、シオンは彼に向かって口を開いた。
「我が国は中立。たとえあの艦に〝姫〟の名を騙る者が乗っていようとも、なんら変わりません。よしんば〝本物〟であるならば、否、〝本物〝なればこそ、我々の下す決定は姫ご本人も承知の上でしょう」
表情一つ変えず、淡々と話し聞かせるその姿は、まさに〝オーブの闇の獅子〟に相応しい存在感を醸し出している。
「ですが―――」
そこでいったん言葉を切る。
一瞬、息苦しいまでの沈黙が室内を支配するが、すぐに、力強くも心地良く聞き入ってしまうシオンの声が室内に響き渡る。
「ストライクのパイロット……キラ・ヤマトは優秀なコーディネイターです。彼のプログラミングの腕はここで失うにはあまりにも惜しい」
「そういえば、XシリーズのOSは未完成のまま、連合に引き渡される予定であったのだったな?」
「そうです。さしものモルゲンレーテもOSには苦労していたようで、カレッジのカトウ教授という男を介してキラ・ヤマトにいくらかの仕事をさせていたようです。つまり、ここで彼らを助ける――恩を売っておけば、我々の出す要求に彼らは逆らえないでしょう。そして我が国は未完成のM1アストレの製作作業が飛躍的に進む。一石二鳥です」
シオンの言葉に『いや、それは……』『子供に……』などと口々に意見を言い合う首長たち。
ただ1人、ウズミだけが、その言葉の裏に潜む真意を汲み取っていた。
表立ってザフトと事を荒立てずアークエンジェルとカガリを助ける方法。
モルゲンレーテへの軍事協力など二の次に過ぎないことを。
オーブからの回答がないことをいい事に、アークエンジェルとザフトの戦いは続く。
バスターが放った一発のビームがアークエンジェルのエンジンを直撃した。バランスを失ったアークエンジェルがそのままオーブ領海に落ちる。
<警告に従わない貴艦らに対し、我が国はこれより自衛行動に入る>
全周波放送でオーブ艦隊から最後通告が発せられ、砲撃が始まった。
アークエンジェルの周囲に無数の砲撃が打ち込まれ、激しい水しぶきが上がる。
それが壁となり、ザフトには状況が判断できない。
それを利用し、極秘ルートを使ってアークエンジェルはオーブへの入国を果たすことに成功した。
「さて、とんだ茶番だが、いた仕方ありますまい……」
むっつりと言い放ったウズミにシオンもひっそりと溜息をついた。
皆が一斉に苦虫を潰したような表情をしている。無理もない、今回の件はアークエンジェルにカガリが乗船していたことによって、ただの領海侵犯ではすまなくなってしまったのだ。
『やっかいなことになった』それがシオンの偽らざるべき感情だった。
それでもキラやカガリを救えたことに安堵感を覚えてもいた。
(ラミアス艦長たちと会うのも久しぶりだな。俺が一緒に行ったらどんな顔をするかな)
いたずらを思いついた少年のようにクスクスと笑い、シオンはウズミの後に続いた。
「――ご承知のように我が国は中立だ」
「はい」
ウズミと対面したマリューは身体を硬くした。ウズミの背後に控えているシオンは黙ってその状況を見守っている。
「公式には貴艦は我が軍に追われ、領海から離脱したことになっておる」
「助けてくださったのは、まさか、お嬢様が乗っていたからではないですよね?」
「国の命運と甘ったれた馬鹿娘1人の生命――秤にかけるとお思いか?」
ウズミは苦笑する。
「失礼しました」
マリューに代わってムウが頭を下げた。
「――そうであったなら、いっそ解りやすくてよいのだが……ヘリオポリスの一件――巻き込まれ、志願兵になったという我が国の少年たちと戦場でのXシリーズの活躍……シオンからも詳しく聞いておる」
その言葉に、マリューたちがシオンへと視線を向けると、彼は苦笑いでそれに応えた。
「人命のみ救い、あの艦とモビルスーツは、このまま沈めてしまったほうが良いのではないかと、正直ずいぶん迷った。今でもこれで良かったのか解らん」
ウズミの言葉にマリューは深々と頭を下げた。シオンも眉間に皺を寄せている。
この行動が正解だったのかどうかは誰にも分からない。未来の歴史が証明してくれるまでは。
「申し訳ありません。ヘリオポリスと少年たちのこと……わたしなどが申し上げられることではありませんが……一個人として、たいへん申し訳なく思っております」
「よい。あれはこちらにも非のあること。国の内部の問題でもあるのでな。我らが中立を保つのはナチュラル、コーディネイターどちらも敵にしたくないからだ。だが、力なくばその意思を貫き通すことは出来ぬ。かと言って力を持てば、それが狙われる……軍人たる君らには、いらぬ話であろうな」
「いえ、ウズミ様のお言葉も解ります。でも我々は……」
ウズミに同調する気持ちがあるが、連合の軍人としてそれは許されない。
マリューはかたく口を引き締めた。
「ともあれ、こちらも貴艦を沈めなかった最大の理由をお話さねばならん。ストライクの今までの戦闘データとパイロットである少年、キラ・ヤマトのモルゲンレーテへの技術協力を我が国は希望する」
「わたしは反対です! この国は危険だ!」
アークエンジェルに戻ったナタルは怒りを爆発させた。予想していた反応にマリューはうんざりと顔をしかめ、ムウは肩をすくませた。
「そうは言ってもな……んじゃ、この艦降りてアラスカまで泳ぐのか?」
「うっ……それは―――ではなくて! そういうことを言っているのでありません。修理に対して代価をということです!」
「そりゃわかるけどねぇ」
「でも代価を払って済むかしら……なにもおっしゃらなかったけど、ザフトから圧力がかかっているはずよ? それなのにわたしたちを庇ってくれている。それはなにか? 理由は解るでしょう?」
マリューの言葉にムウも考え込む。
ストライクのデータは軍の最重要機密。おいそれと渡せるものではない。
しかし、ストライクは元々オーブの技術で作られている。それを考えると微妙だ。
それにここにはシオンがいる。共に過ごした時間は少なかったが、彼の人となりはアークエンジェルにいた頃に多少は理解したつもりだ。
おそらく今回のことも彼が関与していると思って間違いはないはず。
(マジ過保護だよな。あのボウズ……)
ムウから見ればシオンは無理に背伸びしている少年にしか見えない。
守ってやりたい。相談に乗ってやりたいと思うが、本人の自尊心がそれを許さないだろう。
(不器用なやつ)
いつまでかは解らないが、オーブにいる間はかまいまくってやろうと心に誓うムウだった。
<ご覧いただいている映像は、今まさにこの瞬間、わが国の領海からわずか20キロの地点で行われている戦闘の模様です。政府は不測の事態に備え、すでに軍の出動を命じ、急遽、首長会議を招集。また、カーペンタリアのザフト軍本部、およびアラスカの地球軍本部へ強く抗議し、両軍の近海からの退却を求め――>
興奮気味のキャスターが何度も同じ内容の文章を読み上げている。
テレビモニターの中には煙を上げて回避運動を取るアークエンジェルと、その周囲で戦闘を繰り広げているモビルスーツの姿。
中継映像を険しい顔つきで見つめるシオンは拳を強く握り締めた。
ほんの少し前まで行動と共にしていた艦の映像を前に、不意に、自身がオーブへと戻ってきた日のことが脳裏を掠めた。
ミゲルとラスティの身柄を引き取り、一度自宅に戻ったシオンは2人の身の回りの物を一通り揃えると、再び行政府へと向かった。
第8艦隊から降下したシャトルが到着していると思ったからだ。
しかし、行政府に戻ったシオンを待っていたのは、第8艦隊全滅の報せとシャトルが撃墜されたという事実だった。
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。
鈍器で頭を殴られたようなショックとは、ああいうことを言うのだろう。
偶然とはいえ、数年ぶりに会えた恩人ハルバートン。彼と交わした握手の温もり、打ち明けた身上……束の間だが、心安らいだ時間だったことを想い、唇を噛み締める。
――自分がもう少しアークエンジェルに留まっていれば――
シャトルだけでも無事に降下させることが出来たかも知れない。
第8艦隊全滅など免れたかも知れない。
今更考えても仕方の無い仮定ばかりが胸の中に際限なく渦巻く。
モニターを眺めるシオンの脳裏にキラやミリアリアたちを始め、マリューやムウたちの姿がよぎった。
その後の調査でストライクの無事――キラの無事――が確認されはしたものの、胸中は複雑だ。
なぜならストライクが戦闘に参加しているということ――それはすなわちキラが戦いに身をおいていることに他ならないのだから……
翌朝、重い気分を抱えて家に戻ったシオンを救ったのはミゲルとラスティだった。
「お帰り。朝飯できてるぜ」
「……え?」
徹夜明けの所為か、精神的に疲れていた所為か、ラスティの言葉の意味がすぐに理解できず呆然と立ち尽くしていると、ぐいぐいと背中を押されシオンはそのままダイニングルームへと押し込まれる。
テーブルの上にはハムや野菜を使ったサンドイッチと彩り豊かなサラダ、スクランブルエッグとベーコンが用意されていて、ちょうど食事のセッティングを終わらせたらしいミゲルと視線が合うと小さく笑われた。
「いかにも徹夜明けって顔してんなぁ」
「お偉いさんは忙しいんだよ」
昨日のラスティの言葉を借りて笑顔を作り、ゆっくりと椅子に腰を降ろすとミゲルが目の前に温めたティーカップを置く。
「さぁ、食べて食べて。味には結構自信あるんだ」
「俺の淹れる紅茶もな」
自信たっぷりに食事を勧めるラスティに、ミゲルも負けじと紅茶を準備している。
「ミゲルは紅茶の味とかうるさくってさ。でもこれがまた意外と美味いんだよなー」
「意外ってのは余計だ」
朝からテンションの高い2人のやりとりに、思わずシオンの口元が緩む。
他人の存在がこれほどありがたいと思ったことはなかった。
いつものように独りだったら、食事を摂る気力さえ無かっただろう。
2人の有り難味を感じながらミゲル特製の紅茶を口へと運ぶ。
「美味しい……」
適度な温度、甘過ぎない砂糖の量、少し多めのミルク。それらが心地良く体中に染み渡る感覚に、小さく吐息が零れた。
お世辞ではなく、その食事も紅茶も本当においしかった。
――昨夜の報せが夢だったなら――
ゆっくりと流れる安らぎの時間が、逆に認めたくない現実を突きつける。
カップを握ったまま表情を曇らせるシオンに2人は気づきながらも、何気ない話題を振り撒き、楽しい朝のひとときを演出した。
服を買ってもらった礼だと言って、その日の食事はすべて2人が用意してくれた。
夕食はビーフシチューにフランスパンのトースト、シーザーサラダ。
少しばかりのお返しにと、シオンはお気に入りの店でよく買うバニラアイスにウエハースを添えて、2人に振舞った。
この日の出来事があったからこそ、シオンは今日まで乗り越えてこられた。
あの2人には何度礼を言っても言い足りない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
行政府内に設置されている会議室。
周りでは各州の首長たちと側近たちが集まって、映像を見ている。
(馬鹿じゃないのか……この措置自体は我が国の理念を思えば問題ないが、なにもテレビ中継までしなくてもいいだろう。これでは民にいらぬ不安を抱かせるだけだ。使えないな、ホムラ殿……)
まるでシオンの心情を読んだかのようにウズミが溜息をついて、椅子の背もたれにゆっくりともたれかかった。
「許可なく領海に近づく武装艦に対するわが国の措置に例外はありますまい。だが……テレビ中継はありがたくないと思いますがな」
ウズミの呟きにホムラの顔色が見る見る変わる。
(ようやく自分の失態に気付いたのか……駄目だ、この男が代表ではこの国に未来はない。どこに行ったんだ……早く帰って来い、カガリ)
オーブの獅子と呼ばれるウズミの一人娘であり、その理念を継ぐにふさわしい後継者の不在。それが、人々の心に一層の不安を与えている。
口調こそ、男のようで、気性も一国の代表の娘としては時として不適切な場合もあるが、カガリは民に愛されている。
ウズミがその座を退いてしまった今、国民の希望はカガリに集まっていた。
モニターにはオーブの領海に入ろうとしているアークエンジェルが映し出されている。
領海戦上にオーブ艦隊が姿を現し、自衛行動に入った。
そこに全周波放送で飛び込んできたのは聞き覚えのある懐かしい声だった。
<アークエンジェルは今からオーブ領海に入る! だが、攻撃するな!!>
(……っ!? カガリ? なぜあいつがアークエンジェルに!?)
目を見張ってウズミを見る。ウズミは表情を変えず、淡々とその様子を見守っている。
その間もアークエンジェルとオーブ艦とのやりとりは続いた。
<お前で判断できんと言うなら行政府へ繋げ! 父を……ウズミ・ナラ・アスハを呼べ! わたしはカガリ・ユラ・アスハだ!!>
(あーあ……やりやがった……よりにもよってこのタイミングで。キサカはなにやってんだよ。お守り役だろ、あいつ。なんで止めないんだ)
予想外の出来事に、シオンは脱力したように片手で顔を覆う。
心の中で毒づきながらも、この状況をどうすべきか、必死に考える。
(……まったく……心配しすぎて将来、ハゲたらどうしてくれんだ)
「……」
状況を好転させるであろう策を思いつくも、シオンはそれをどう実行すべきか考えを巡らせながらウズミへと視線を移動させた。
ウズミは目を閉じて動かない。
皆の視線が一斉に集まる中、ウズミは閉じていた目を開け、シオンを見つめた。
「そなたならどうする?」
「……え?」
〝カガリと民〟どちらを取る?
言外にそう聞かれ、シオンは一瞬、言葉に詰まった。
皆の視線がウズミからシオンに移る。
「発言してもよろしいので?」
「かまわん。わたしはそなたの〝意見〟が聞きたい。よろしいな、代表?」
「あっ、ああ。かまわない。フィーリア、なにかよい案があるなら聞かせて欲しい」
代表としての威厳を欠くホズミを一瞥して、あくまでも自分はウズミに対して意見しているのだというように、シオンは彼に向かって口を開いた。
「我が国は中立。たとえあの艦に〝姫〟の名を騙る者が乗っていようとも、なんら変わりません。よしんば〝本物〟であるならば、否、〝本物〝なればこそ、我々の下す決定は姫ご本人も承知の上でしょう」
表情一つ変えず、淡々と話し聞かせるその姿は、まさに〝オーブの闇の獅子〟に相応しい存在感を醸し出している。
「ですが―――」
そこでいったん言葉を切る。
一瞬、息苦しいまでの沈黙が室内を支配するが、すぐに、力強くも心地良く聞き入ってしまうシオンの声が室内に響き渡る。
「ストライクのパイロット……キラ・ヤマトは優秀なコーディネイターです。彼のプログラミングの腕はここで失うにはあまりにも惜しい」
「そういえば、XシリーズのOSは未完成のまま、連合に引き渡される予定であったのだったな?」
「そうです。さしものモルゲンレーテもOSには苦労していたようで、カレッジのカトウ教授という男を介してキラ・ヤマトにいくらかの仕事をさせていたようです。つまり、ここで彼らを助ける――恩を売っておけば、我々の出す要求に彼らは逆らえないでしょう。そして我が国は未完成のM1アストレの製作作業が飛躍的に進む。一石二鳥です」
シオンの言葉に『いや、それは……』『子供に……』などと口々に意見を言い合う首長たち。
ただ1人、ウズミだけが、その言葉の裏に潜む真意を汲み取っていた。
表立ってザフトと事を荒立てずアークエンジェルとカガリを助ける方法。
モルゲンレーテへの軍事協力など二の次に過ぎないことを。
オーブからの回答がないことをいい事に、アークエンジェルとザフトの戦いは続く。
バスターが放った一発のビームがアークエンジェルのエンジンを直撃した。バランスを失ったアークエンジェルがそのままオーブ領海に落ちる。
<警告に従わない貴艦らに対し、我が国はこれより自衛行動に入る>
全周波放送でオーブ艦隊から最後通告が発せられ、砲撃が始まった。
アークエンジェルの周囲に無数の砲撃が打ち込まれ、激しい水しぶきが上がる。
それが壁となり、ザフトには状況が判断できない。
それを利用し、極秘ルートを使ってアークエンジェルはオーブへの入国を果たすことに成功した。
「さて、とんだ茶番だが、いた仕方ありますまい……」
むっつりと言い放ったウズミにシオンもひっそりと溜息をついた。
皆が一斉に苦虫を潰したような表情をしている。無理もない、今回の件はアークエンジェルにカガリが乗船していたことによって、ただの領海侵犯ではすまなくなってしまったのだ。
『やっかいなことになった』それがシオンの偽らざるべき感情だった。
それでもキラやカガリを救えたことに安堵感を覚えてもいた。
(ラミアス艦長たちと会うのも久しぶりだな。俺が一緒に行ったらどんな顔をするかな)
いたずらを思いついた少年のようにクスクスと笑い、シオンはウズミの後に続いた。
「――ご承知のように我が国は中立だ」
「はい」
ウズミと対面したマリューは身体を硬くした。ウズミの背後に控えているシオンは黙ってその状況を見守っている。
「公式には貴艦は我が軍に追われ、領海から離脱したことになっておる」
「助けてくださったのは、まさか、お嬢様が乗っていたからではないですよね?」
「国の命運と甘ったれた馬鹿娘1人の生命――秤にかけるとお思いか?」
ウズミは苦笑する。
「失礼しました」
マリューに代わってムウが頭を下げた。
「――そうであったなら、いっそ解りやすくてよいのだが……ヘリオポリスの一件――巻き込まれ、志願兵になったという我が国の少年たちと戦場でのXシリーズの活躍……シオンからも詳しく聞いておる」
その言葉に、マリューたちがシオンへと視線を向けると、彼は苦笑いでそれに応えた。
「人命のみ救い、あの艦とモビルスーツは、このまま沈めてしまったほうが良いのではないかと、正直ずいぶん迷った。今でもこれで良かったのか解らん」
ウズミの言葉にマリューは深々と頭を下げた。シオンも眉間に皺を寄せている。
この行動が正解だったのかどうかは誰にも分からない。未来の歴史が証明してくれるまでは。
「申し訳ありません。ヘリオポリスと少年たちのこと……わたしなどが申し上げられることではありませんが……一個人として、たいへん申し訳なく思っております」
「よい。あれはこちらにも非のあること。国の内部の問題でもあるのでな。我らが中立を保つのはナチュラル、コーディネイターどちらも敵にしたくないからだ。だが、力なくばその意思を貫き通すことは出来ぬ。かと言って力を持てば、それが狙われる……軍人たる君らには、いらぬ話であろうな」
「いえ、ウズミ様のお言葉も解ります。でも我々は……」
ウズミに同調する気持ちがあるが、連合の軍人としてそれは許されない。
マリューはかたく口を引き締めた。
「ともあれ、こちらも貴艦を沈めなかった最大の理由をお話さねばならん。ストライクの今までの戦闘データとパイロットである少年、キラ・ヤマトのモルゲンレーテへの技術協力を我が国は希望する」
「わたしは反対です! この国は危険だ!」
アークエンジェルに戻ったナタルは怒りを爆発させた。予想していた反応にマリューはうんざりと顔をしかめ、ムウは肩をすくませた。
「そうは言ってもな……んじゃ、この艦降りてアラスカまで泳ぐのか?」
「うっ……それは―――ではなくて! そういうことを言っているのでありません。修理に対して代価をということです!」
「そりゃわかるけどねぇ」
「でも代価を払って済むかしら……なにもおっしゃらなかったけど、ザフトから圧力がかかっているはずよ? それなのにわたしたちを庇ってくれている。それはなにか? 理由は解るでしょう?」
マリューの言葉にムウも考え込む。
ストライクのデータは軍の最重要機密。おいそれと渡せるものではない。
しかし、ストライクは元々オーブの技術で作られている。それを考えると微妙だ。
それにここにはシオンがいる。共に過ごした時間は少なかったが、彼の人となりはアークエンジェルにいた頃に多少は理解したつもりだ。
おそらく今回のことも彼が関与していると思って間違いはないはず。
(マジ過保護だよな。あのボウズ……)
ムウから見ればシオンは無理に背伸びしている少年にしか見えない。
守ってやりたい。相談に乗ってやりたいと思うが、本人の自尊心がそれを許さないだろう。
(不器用なやつ)
いつまでかは解らないが、オーブにいる間はかまいまくってやろうと心に誓うムウだった。