Northern Lights(種無印)
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12話 消えていく光
シオンの口ぞえもあり、医務室にいることを許されたラクスは、キラ、シオン、ラスティ、ミゲルとある意味、捕虜とも呼べないような楽しい時間を過ごしていた。
そんな時間も第8艦隊との合流という現実の前に消えていく。
そもそも、ミゲルとラスティは自分が保護したオーブの捕虜だ。しかし、ラクスは違う。
本来なら民間人である彼女は即座に開放されるべきだが、彼女の父親はプラントの現最高評議長なのだ。連合にとってはそれだけで利用価値がある。マリューはともかく、ナタルあたりは開放するのを渋るだろう。
シオンは、楽しそうに微笑むラクスの横顔を見ながら、どうすればこの少女を無事に帰すことができるのか、そればかりを考えていた。
(ミゲルとラスティと一緒に一度オーブに連れて行き、その後で開放という形で本国に送り返せば……いや、連合が保護した民間人をオーブに移動させる理由がない)
「どうかなさいました? シオン様……さっきからずっと怖い顔で考え込んで」
「え? ああ、すまない。なんでもないよ」
小首をかしげて覗き込んでくるラクスに笑みを向けた。
会話が途切れたところへ、タイミングよくキラが入ってきた。
「お帰り、キラ君」
「おっかえり、キラ」
「お帰り」
「お帰りなさいませ、キラ様」
皆口々にキラを出迎える。嬉しいのだろう、キラははにかみながら『ただいま』と言った。
「先遣隊と合流できそうなんだって?」
シオンの言葉にキラは『はい』と答えた。
「みんな喜んでました。これでようやく助かるんだって」
「そうか。なら、ここでの私の任務ももうすぐ終了だ。君たちが無事に解放されるのを確認したら私は一足先にオーブに戻るよ。一応、ここから報告はしていたが、さすがに詳細に報告をするわけにもいかなかったからね。私の報告をウズミ様が待ってるんだ」
「そう……ですね」
“別れ”その言葉にキラは肩を落とした。コーディネイターというだけで冷たい視線を向けられることの多いこの艦で、自分を庇ってくれたのはシオンだけだった。離れたくないという思いがある。
それでも第8艦隊と合流さえできれば、自分も除隊できる。そうすればオーブで再会できる。別れは少しだけだとキラは自分に言い聞かせた。
艦内に警報が鳴り響いた。
医務室を飛び出したキラは、ロッカーへと急ぐ途中、強い力で引き寄せられた。驚いて振り返ると、そこには避け続けたフレイの姿があった。突然のことに言葉が出ないキラへフレイは畳み掛けるように話す。
「キラ! 戦闘配備ってどういうこと? パパの艦は?! 大丈夫よね? やられたりしないわよね?!」
あれだけコーディネイターを忌み嫌っておきながら、自分に都合がいい時にばかり縋りついてくる。言い知れない感情が渦巻き、キラは先を急ごうとそのままフレイを振り切った。
それでも、遠ざかる間際、キラはフレイに『保障はできないけど、やってみるよ』と叫んだ。その一言が2人の溝を決定的なものにしてしまうとも知らずに――
イージスがMA状態に変形し、スキュラを放つ。放たれたエネルギーは易々とローの艦体を貫いた。ストライクの接近に気付き、MS状態に戻る。2機は互いにライフルを撃ち合う。
「ゴットフリート照準合わせ! てぇぇ!!」
「ゼロ帰還します!」
ブリッジでは慌ただしく号令が行き交っていた。
「パパ……パパの艦はどこなの!?」
フレイは叫びながらモニター前に身を躍らせた。
「今は戦闘中よ。非戦闘員はブリッジから出て!」
マリューがぴしゃりと命令し、CICから出てきたサイがフレイを連れて出て行く。
「離して! パパの艦はどうなってるのよ!!」
スクリーンの中でローにミサイルが命中し、爆発する。なおも叫び続けるフレイを力ずくで連れ出した。
引きずるようにして医務室の前まで連れてきたとき、中からラクスの歌声が聞こえてきた。フレイはサイの腕を引き離し、医務室の中に入っていった。
突然入ってきた招かれざる客にラクスを除く医務室にいる全員がフレイに嫌悪の視線を向けた。
それに逆上したフレイは乱暴にラクスに手を伸ばすが、それはシオンによって阻止された。
「ここは医務室だ。なんのつもりかは知らないが、そんな今にも人を殺しそうな目をした人間が入ってくる場所じゃない」
「放しなさいよ! あんたに用なんてないのよ!!」
フレイは手近なワゴンに並べられていた薬液の入ったビンを手に取ると、シオンの顔に向けて思い切り腕を振った。咄嗟に片手でラクスを背後へと、もう片方の手でその液体を遮ろうとしたが、後手に回った動きの所為で薬液は直に目に入り、シオンは一瞬体勢を崩した。
その隙にフレイはラクスを医務室から引きずり出すとそのままラクスを連れてブリッジに向かう。
「大丈夫か?!」
「……っ」
目元を手で覆い、膝を折ってその場にしゃがみ込むシオンにラスティが慌てて駆け寄った。目に広がる痛みと熱に堪らずシオンが呻く。
『くそっ』と舌打ちし、シオンは急いでその後を追った。ラクスを連れたフレイが取る行動は予測がつく。痛みで開き辛い瞼を必死でこじ開け、ブリッジへと急いだ。
捕虜である為、医務室から出られないミゲルとラスティはこの時ほど、自分たちの立場を悔しく思ったことはなかった。
ストライクはイージスを抑えるのがやっとで、とても援護に向かえる余裕はない。ジンがバズーカーを構え、モンゴメリの主砲が炎を上げる。
その時、ブリッジの扉が再度開いた。野獣のように目だけをギラギラと光らせたフレイがラクスを引きずり込んだ。
「――この子を殺すわ! パパの艦を撃ったら、この子を殺すってあいつらに言って!!」
「止めろ!!」
叫ぶフレイのすぐ後を追うように、目元を押さえたシオンがブリッジに入ってきた。その状態とフレイの様子から医務室でなにが起こったのか、想像したマリューは絶句する。
「フレイさん……あなた……フィーリア代理になんてことを……っ」
マリューが呆然と呟く。その間もフレイは狂った獣の咆哮のごとく、ラスクを殺すと叫んでいた。
だが、それは遅すぎた。
フレイの目の前でヴェサリウスの主砲が火を噴き、モンゴメリを飲み込んだのだ。誰が見ても、救命ポッドが打ち出される暇などなかった。
フレイは悲鳴を上げてその場に座り込んだ。シオンはその隙にラクスの傍に走り寄ると、彼女を庇うようにその腕の中に収めた。その間もヴェサリウスはアークエンジェルに向かって主砲を向ける。
ナタルはカズイの手から素早くインカムを取ると、全周波放送で呼びかけた。
<こちらは地球連合所属艦アークエンジェル。当艦は現在プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している。偶発的に救命ボートを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降、当艦に攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意志で、この件を処理するつもりであることをお伝えする!>
ラクスを抱きしめながら、シオンは唇を噛み締める。予測していた事態とはいえ、簡単にそれを許した自分に腹が立った。マリューもまた自分の制止を無視したナタルへ厳しい視線を向けていた。
キラとアスランも戦闘を中止して、この放送を聞いていた。あまりの内容にキラは呆然とする。
『これが、あの人たちのやりかたなの?! あの子は……ラクスは関係ないのに……!!』
唇を噛み締めるキラにアスランの声が飛び込んできた。
<卑怯な……! 救助した民間人を人質に取る。そんな卑怯者と戦うのがお前の正義か、キラ!! ――彼女は取り戻す。絶対にな!!>
アスランは激しく言い捨てて、帰還して行った。
「ストライクとアークエンジェルを沈めるわけにはいきません」
インカムを外したナタルは自分を睨みつけているマリューを見返した。
二人のやり取りを黙って聞いていたシオンは見切りをつけ、ラクスを連れて医務室へと戻った。
「あまり無茶はしないように。あ、包帯は明日まで外さないでください」
「はい。ありがとうございました」
処置を終えた軍医が席を外すと、静寂が医務室を支配した。
「大丈夫……ですか?」
「たいしたケガじゃない。今、そう言われたばかりだが?」
今にも泣きそうな表情で聞いてくるラクスに、シオンは小さく笑いながらそう告げる。その笑顔の片目は包帯によって隠されていた。
ミゲルとラスティは、自分達が側に居ながらこんな事態になったことが申し訳なく、ただ項垂れていた。そんな二人を見てシオンは同じ言葉を繰り返す。
「だーかーら、たいしたことないって……聞いてただろ?」
そうだけど、と、不服そうな二人に小さくため息をつき、この話題に見切りをつけようとした時、ラクスが口を開いた。
「わたくしの……わたくしの所為です。申し訳ありません」
「……ラクス、嬢……?」
確かに、ラクスを庇うという行為を優先させた為、自衛が遅れたのは事実だ。だが、優先順位をつけたのは自分。それを彼女が気に病む必要は無いというのに。
かける言葉が見つからず、シオンは押し黙る。
シオンの心情を理解するミゲルとラスティもまた、黙ってその場を見守ることしかできないでいた。
「わたくしを庇ってくださったから、シオン様はこのような……」
俯き、ドレスの膝をぎゅっと握るラクス。小さく震える声は、今にも零れ落ちる涙を堪えようとしているように思えた。
優しい春の陽のような微笑みと、誰もが癒される愛すべき澄んだ声で歌う彼女。そんな歌姫たるラクスの姿しか知らないザフトの二人は、目の前の少女の姿に驚くばかりだった。
「ラクス嬢、あなたを守るのは本来俺たちの役目です。そんなこと言ったら、彼のケガは俺たちの所為でもあるんです。ですから……」
「だから……その……」
ラクスを慰めるようにミゲルが言葉を選ぶが、気の利いた言葉が浮かばない。後を継ごうとしたラスティにしても同様だ。困ったように頭を掻くラスティを見て、シオンは思わず口元を緩めた。
(プラント国民が愛する歌姫、か……)
気まずい沈黙が訪れようとしたその時、見舞いと称してマリューが医務室を訪れた。
「申し訳ありませんでした。非戦闘員とはいっても彼女をブリッジに入れてしまったのは私の落ち度です。しかも、フィーリア代理に対してこのような暴挙に出るなんて……なんと言ってお詫びしていいのか……その言葉すら思い浮かびません。本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げるマリューに、シオンは意外なほど冷静に言葉を返した。
「このケガは私の不注意の結果です。あなたが謝る必要はありません。ラクス嬢の件も、予想の範囲内のこと……これが戦争なんですから」
俯き、寂しそうに小さく呟くその顔に、ラクスは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「どういうことですか!」
着艦したキラはムウに詰め寄った。
「どうもこうもねぇよ。聞いたろ? そういうことだ」
「あの子を人質にとって脅して……それで逃げ回るのが地球軍なんですか!?」
「そういう戦いしかできないのは俺たちが弱いからだろ。俺にもお前にも艦長や副長を非難する資格はねぇよ」
(あるとしたら、あの代理くらいだろうよ)
人づてに聞いたシオンの容態を思いやるムウ。フレイがぶちまけた薬のせいで今は治療中だ。
(艦長が見舞いに行っているみたいだが、坊主が知ったらどうなるか……)
兄のように慕うシオンがフレイにケガを負わされたと知ったら、この少年はどうなるのだろう。ムウは頭を振って思考を中断し、キラを着替えに行かせた。
着替えを済ませたキラが医務室へ向かおうと通路を歩いているとフレイの悲鳴が聞こえてきた。
「いやぁぁぁぁ! パパ……パパ!!」
おろおろするサイの声も聞こえてくる。
「うそっ、うそよ! そんなの嘘よぉぉぉ!!」
フレイは髪を振り乱して泣きじゃくっていた。視界の端にキラの姿を見つけるとフレイはキラを睨みつけた。
「うそつき! なんでパパを護ってくれなかったのよ!!」
「僕は―――!!」
『精一杯やったんだ』そういう前にフレイが叫んだ。
「あんた自分もコーディネイターだからって本気で戦ってないんでしょ! パパを返せ……返してよぉぉぉぉ!!」
キラは頭を振って逃げるようにその場を後にした。
医務室に戻ってきたキラを待っていたのは、ある意味、その日最大の衝撃だったかもしれない。
扉を開けたキラの視界に入ってきたのは片目を包帯で覆われたシオンだった。キラはその姿に鈍器で頭を殴られたようなショックを受けた。
「……何? 何がどうなって……知ってるんでしょ、ミゲル、ラスティ」
顔を見合わせた2人は一拍の後、この部屋で起こったことを話した。
「じゃあ、フレイがしたんだね」
「ああ。けど、大事に至らないって話だ。大丈夫、少し安静が必要なだけだってさ」
気休めのように答えるラスティ。それが限界だったのか、キラは肩を震わせて涙を流した。
「……!? キラ君? どうした、泣いているのか?」
「シオンさん、僕……僕……っ」
「泣きたいときはいつでも泣いていいんだから……俺の胸でよければいつでも貸すよ」
「っ……シオンさん……っ、怪我、してる……聞きましたフレイ、に……っ」
涙を堪えながら声を詰まらせるキラに、シオンは優しく笑いかける。
「これくらいなんともないさ。それより君のほうが心配だよ。彼女の精神状態を考えるとね……何も言われなかったかい?」
「っ……」
ぽろぽろとキラの瞳から涙が零れ落ちる。
「ああ、そんな訳がないか。そうでなきゃ、君が泣くわけがない」
おいで、と両手を広げられ、我慢できずにシオンの胸へと顔を埋めた。
「今は存分に泣くといい」
シオンの広い胸に顔を埋め、キラはラスティ、ミゲル、ラクスが傍にいることも忘れ、ただただ、泣いた。
シオンの口ぞえもあり、医務室にいることを許されたラクスは、キラ、シオン、ラスティ、ミゲルとある意味、捕虜とも呼べないような楽しい時間を過ごしていた。
そんな時間も第8艦隊との合流という現実の前に消えていく。
そもそも、ミゲルとラスティは自分が保護したオーブの捕虜だ。しかし、ラクスは違う。
本来なら民間人である彼女は即座に開放されるべきだが、彼女の父親はプラントの現最高評議長なのだ。連合にとってはそれだけで利用価値がある。マリューはともかく、ナタルあたりは開放するのを渋るだろう。
シオンは、楽しそうに微笑むラクスの横顔を見ながら、どうすればこの少女を無事に帰すことができるのか、そればかりを考えていた。
(ミゲルとラスティと一緒に一度オーブに連れて行き、その後で開放という形で本国に送り返せば……いや、連合が保護した民間人をオーブに移動させる理由がない)
「どうかなさいました? シオン様……さっきからずっと怖い顔で考え込んで」
「え? ああ、すまない。なんでもないよ」
小首をかしげて覗き込んでくるラクスに笑みを向けた。
会話が途切れたところへ、タイミングよくキラが入ってきた。
「お帰り、キラ君」
「おっかえり、キラ」
「お帰り」
「お帰りなさいませ、キラ様」
皆口々にキラを出迎える。嬉しいのだろう、キラははにかみながら『ただいま』と言った。
「先遣隊と合流できそうなんだって?」
シオンの言葉にキラは『はい』と答えた。
「みんな喜んでました。これでようやく助かるんだって」
「そうか。なら、ここでの私の任務ももうすぐ終了だ。君たちが無事に解放されるのを確認したら私は一足先にオーブに戻るよ。一応、ここから報告はしていたが、さすがに詳細に報告をするわけにもいかなかったからね。私の報告をウズミ様が待ってるんだ」
「そう……ですね」
“別れ”その言葉にキラは肩を落とした。コーディネイターというだけで冷たい視線を向けられることの多いこの艦で、自分を庇ってくれたのはシオンだけだった。離れたくないという思いがある。
それでも第8艦隊と合流さえできれば、自分も除隊できる。そうすればオーブで再会できる。別れは少しだけだとキラは自分に言い聞かせた。
艦内に警報が鳴り響いた。
医務室を飛び出したキラは、ロッカーへと急ぐ途中、強い力で引き寄せられた。驚いて振り返ると、そこには避け続けたフレイの姿があった。突然のことに言葉が出ないキラへフレイは畳み掛けるように話す。
「キラ! 戦闘配備ってどういうこと? パパの艦は?! 大丈夫よね? やられたりしないわよね?!」
あれだけコーディネイターを忌み嫌っておきながら、自分に都合がいい時にばかり縋りついてくる。言い知れない感情が渦巻き、キラは先を急ごうとそのままフレイを振り切った。
それでも、遠ざかる間際、キラはフレイに『保障はできないけど、やってみるよ』と叫んだ。その一言が2人の溝を決定的なものにしてしまうとも知らずに――
イージスがMA状態に変形し、スキュラを放つ。放たれたエネルギーは易々とローの艦体を貫いた。ストライクの接近に気付き、MS状態に戻る。2機は互いにライフルを撃ち合う。
「ゴットフリート照準合わせ! てぇぇ!!」
「ゼロ帰還します!」
ブリッジでは慌ただしく号令が行き交っていた。
「パパ……パパの艦はどこなの!?」
フレイは叫びながらモニター前に身を躍らせた。
「今は戦闘中よ。非戦闘員はブリッジから出て!」
マリューがぴしゃりと命令し、CICから出てきたサイがフレイを連れて出て行く。
「離して! パパの艦はどうなってるのよ!!」
スクリーンの中でローにミサイルが命中し、爆発する。なおも叫び続けるフレイを力ずくで連れ出した。
引きずるようにして医務室の前まで連れてきたとき、中からラクスの歌声が聞こえてきた。フレイはサイの腕を引き離し、医務室の中に入っていった。
突然入ってきた招かれざる客にラクスを除く医務室にいる全員がフレイに嫌悪の視線を向けた。
それに逆上したフレイは乱暴にラクスに手を伸ばすが、それはシオンによって阻止された。
「ここは医務室だ。なんのつもりかは知らないが、そんな今にも人を殺しそうな目をした人間が入ってくる場所じゃない」
「放しなさいよ! あんたに用なんてないのよ!!」
フレイは手近なワゴンに並べられていた薬液の入ったビンを手に取ると、シオンの顔に向けて思い切り腕を振った。咄嗟に片手でラクスを背後へと、もう片方の手でその液体を遮ろうとしたが、後手に回った動きの所為で薬液は直に目に入り、シオンは一瞬体勢を崩した。
その隙にフレイはラクスを医務室から引きずり出すとそのままラクスを連れてブリッジに向かう。
「大丈夫か?!」
「……っ」
目元を手で覆い、膝を折ってその場にしゃがみ込むシオンにラスティが慌てて駆け寄った。目に広がる痛みと熱に堪らずシオンが呻く。
『くそっ』と舌打ちし、シオンは急いでその後を追った。ラクスを連れたフレイが取る行動は予測がつく。痛みで開き辛い瞼を必死でこじ開け、ブリッジへと急いだ。
捕虜である為、医務室から出られないミゲルとラスティはこの時ほど、自分たちの立場を悔しく思ったことはなかった。
ストライクはイージスを抑えるのがやっとで、とても援護に向かえる余裕はない。ジンがバズーカーを構え、モンゴメリの主砲が炎を上げる。
その時、ブリッジの扉が再度開いた。野獣のように目だけをギラギラと光らせたフレイがラクスを引きずり込んだ。
「――この子を殺すわ! パパの艦を撃ったら、この子を殺すってあいつらに言って!!」
「止めろ!!」
叫ぶフレイのすぐ後を追うように、目元を押さえたシオンがブリッジに入ってきた。その状態とフレイの様子から医務室でなにが起こったのか、想像したマリューは絶句する。
「フレイさん……あなた……フィーリア代理になんてことを……っ」
マリューが呆然と呟く。その間もフレイは狂った獣の咆哮のごとく、ラスクを殺すと叫んでいた。
だが、それは遅すぎた。
フレイの目の前でヴェサリウスの主砲が火を噴き、モンゴメリを飲み込んだのだ。誰が見ても、救命ポッドが打ち出される暇などなかった。
フレイは悲鳴を上げてその場に座り込んだ。シオンはその隙にラクスの傍に走り寄ると、彼女を庇うようにその腕の中に収めた。その間もヴェサリウスはアークエンジェルに向かって主砲を向ける。
ナタルはカズイの手から素早くインカムを取ると、全周波放送で呼びかけた。
<こちらは地球連合所属艦アークエンジェル。当艦は現在プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している。偶発的に救命ボートを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降、当艦に攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意志で、この件を処理するつもりであることをお伝えする!>
ラクスを抱きしめながら、シオンは唇を噛み締める。予測していた事態とはいえ、簡単にそれを許した自分に腹が立った。マリューもまた自分の制止を無視したナタルへ厳しい視線を向けていた。
キラとアスランも戦闘を中止して、この放送を聞いていた。あまりの内容にキラは呆然とする。
『これが、あの人たちのやりかたなの?! あの子は……ラクスは関係ないのに……!!』
唇を噛み締めるキラにアスランの声が飛び込んできた。
<卑怯な……! 救助した民間人を人質に取る。そんな卑怯者と戦うのがお前の正義か、キラ!! ――彼女は取り戻す。絶対にな!!>
アスランは激しく言い捨てて、帰還して行った。
「ストライクとアークエンジェルを沈めるわけにはいきません」
インカムを外したナタルは自分を睨みつけているマリューを見返した。
二人のやり取りを黙って聞いていたシオンは見切りをつけ、ラクスを連れて医務室へと戻った。
「あまり無茶はしないように。あ、包帯は明日まで外さないでください」
「はい。ありがとうございました」
処置を終えた軍医が席を外すと、静寂が医務室を支配した。
「大丈夫……ですか?」
「たいしたケガじゃない。今、そう言われたばかりだが?」
今にも泣きそうな表情で聞いてくるラクスに、シオンは小さく笑いながらそう告げる。その笑顔の片目は包帯によって隠されていた。
ミゲルとラスティは、自分達が側に居ながらこんな事態になったことが申し訳なく、ただ項垂れていた。そんな二人を見てシオンは同じ言葉を繰り返す。
「だーかーら、たいしたことないって……聞いてただろ?」
そうだけど、と、不服そうな二人に小さくため息をつき、この話題に見切りをつけようとした時、ラクスが口を開いた。
「わたくしの……わたくしの所為です。申し訳ありません」
「……ラクス、嬢……?」
確かに、ラクスを庇うという行為を優先させた為、自衛が遅れたのは事実だ。だが、優先順位をつけたのは自分。それを彼女が気に病む必要は無いというのに。
かける言葉が見つからず、シオンは押し黙る。
シオンの心情を理解するミゲルとラスティもまた、黙ってその場を見守ることしかできないでいた。
「わたくしを庇ってくださったから、シオン様はこのような……」
俯き、ドレスの膝をぎゅっと握るラクス。小さく震える声は、今にも零れ落ちる涙を堪えようとしているように思えた。
優しい春の陽のような微笑みと、誰もが癒される愛すべき澄んだ声で歌う彼女。そんな歌姫たるラクスの姿しか知らないザフトの二人は、目の前の少女の姿に驚くばかりだった。
「ラクス嬢、あなたを守るのは本来俺たちの役目です。そんなこと言ったら、彼のケガは俺たちの所為でもあるんです。ですから……」
「だから……その……」
ラクスを慰めるようにミゲルが言葉を選ぶが、気の利いた言葉が浮かばない。後を継ごうとしたラスティにしても同様だ。困ったように頭を掻くラスティを見て、シオンは思わず口元を緩めた。
(プラント国民が愛する歌姫、か……)
気まずい沈黙が訪れようとしたその時、見舞いと称してマリューが医務室を訪れた。
「申し訳ありませんでした。非戦闘員とはいっても彼女をブリッジに入れてしまったのは私の落ち度です。しかも、フィーリア代理に対してこのような暴挙に出るなんて……なんと言ってお詫びしていいのか……その言葉すら思い浮かびません。本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げるマリューに、シオンは意外なほど冷静に言葉を返した。
「このケガは私の不注意の結果です。あなたが謝る必要はありません。ラクス嬢の件も、予想の範囲内のこと……これが戦争なんですから」
俯き、寂しそうに小さく呟くその顔に、ラクスは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「どういうことですか!」
着艦したキラはムウに詰め寄った。
「どうもこうもねぇよ。聞いたろ? そういうことだ」
「あの子を人質にとって脅して……それで逃げ回るのが地球軍なんですか!?」
「そういう戦いしかできないのは俺たちが弱いからだろ。俺にもお前にも艦長や副長を非難する資格はねぇよ」
(あるとしたら、あの代理くらいだろうよ)
人づてに聞いたシオンの容態を思いやるムウ。フレイがぶちまけた薬のせいで今は治療中だ。
(艦長が見舞いに行っているみたいだが、坊主が知ったらどうなるか……)
兄のように慕うシオンがフレイにケガを負わされたと知ったら、この少年はどうなるのだろう。ムウは頭を振って思考を中断し、キラを着替えに行かせた。
着替えを済ませたキラが医務室へ向かおうと通路を歩いているとフレイの悲鳴が聞こえてきた。
「いやぁぁぁぁ! パパ……パパ!!」
おろおろするサイの声も聞こえてくる。
「うそっ、うそよ! そんなの嘘よぉぉぉ!!」
フレイは髪を振り乱して泣きじゃくっていた。視界の端にキラの姿を見つけるとフレイはキラを睨みつけた。
「うそつき! なんでパパを護ってくれなかったのよ!!」
「僕は―――!!」
『精一杯やったんだ』そういう前にフレイが叫んだ。
「あんた自分もコーディネイターだからって本気で戦ってないんでしょ! パパを返せ……返してよぉぉぉぉ!!」
キラは頭を振って逃げるようにその場を後にした。
医務室に戻ってきたキラを待っていたのは、ある意味、その日最大の衝撃だったかもしれない。
扉を開けたキラの視界に入ってきたのは片目を包帯で覆われたシオンだった。キラはその姿に鈍器で頭を殴られたようなショックを受けた。
「……何? 何がどうなって……知ってるんでしょ、ミゲル、ラスティ」
顔を見合わせた2人は一拍の後、この部屋で起こったことを話した。
「じゃあ、フレイがしたんだね」
「ああ。けど、大事に至らないって話だ。大丈夫、少し安静が必要なだけだってさ」
気休めのように答えるラスティ。それが限界だったのか、キラは肩を震わせて涙を流した。
「……!? キラ君? どうした、泣いているのか?」
「シオンさん、僕……僕……っ」
「泣きたいときはいつでも泣いていいんだから……俺の胸でよければいつでも貸すよ」
「っ……シオンさん……っ、怪我、してる……聞きましたフレイ、に……っ」
涙を堪えながら声を詰まらせるキラに、シオンは優しく笑いかける。
「これくらいなんともないさ。それより君のほうが心配だよ。彼女の精神状態を考えるとね……何も言われなかったかい?」
「っ……」
ぽろぽろとキラの瞳から涙が零れ落ちる。
「ああ、そんな訳がないか。そうでなきゃ、君が泣くわけがない」
おいで、と両手を広げられ、我慢できずにシオンの胸へと顔を埋めた。
「今は存分に泣くといい」
シオンの広い胸に顔を埋め、キラはラスティ、ミゲル、ラクスが傍にいることも忘れ、ただただ、泣いた。