Northern Lights(種無印)

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11話 ザフトの歌姫



 アルテミスから緊急発進してからアークエンジェルの物資不足は日に日に如実になっていった。 

 キラは食堂で四人分の食事を準備すると、それを医務室へと運ぶ。
 あの日以来、フレイとは視線も合わせてはいない。今はなるべく彼女と話しをしたくなかった。今の自分にとって、医務室でシオン、ラスティ、ミゲルの3人と一緒に過ごす時間が、何よりも心安らぐ時間だった。 
 ミゲルとラスティとは、元々が敵だなんて思えないくらい打ち解けることができ、時折、アカデミー時代のアスランの話しもしてくれる。
 ここが、戦艦でなければ……何度この思いが胸をよぎっただろう。
 「食事、持ってきました」と言えば、「ありがとう」「サンキュー」「今日のメニューなに?」と異口同音に笑みを向けてくれる。

 ここにいる間だけは、アルテミスでガルシアに言われた『裏切り者のコーディネイター』という言葉を忘れられた。

 4人で和やかに食事をしていると、キラにブリッジへ来るようにとムウが伝えに来た。
「一体何の用件で?」
 呼び出された本人であるキラよりも先に、シオンがムウへと質問を告げる。いつのまにかキラの代理(保護者?)的な存在と化したシオンの言葉に、ムウは苦笑する。
「補給の件だ。詳しくは艦長に聞いてくれ」
 補給という言葉に、キラとシオンは顔を見合わせた。
 物資不足だというのは薄々気づいていたが、補給を受けられる場所などあるのだろうか。そんな疑問を抱きつつも、キラはシオンに促され、ムウと共にブリッジへと足を踏み入れた。

「――本当に補給を受けられるんですか? どこで?」
「受けられるっていうか……セルフサービスっていうか……」
 疑惑の目を向けるキラに対するムウの歯切れは悪かった。明らかに言葉を濁している。 
 ムウでは埒が明かないと思ったマリューは意を決したように口を開いた。
「私たちはデブリベルトに向かっています。デブリベルトには宇宙空間を漂うさまざまなものが集まっています。そこには無論、戦闘で破壊された戦艦などもあるわけで……」
 マリューの言葉にキラは顔を引きつらせた。戦艦があるということは、それらの乗員の存在も必要不可欠なもの。そんな考えに至ったキラの瞳は大きく揺れる。
「まさか……そこから補給しようっていうんじゃ……」
「仕方ないだろ? そうでもしなきゃ、こっちがもたないんだから」
 開き直るムウとは反対にキラの顔に嫌悪感が浮かぶ。
「死者の眠りを妨げようというんじゃないわ。ただ、失われたものからほんの少しだけ、今私たちに必要なものを分けて貰うだけよ。生きる為に……」




「あそこの水を!? 本気ですか!」
 ブリッジに戻ったキラは驚愕の声を上げた。 
 
 遡ること数十分前、船外で補給活動をしていたキラは偶然にもその中からユニウスセブンの残骸を見つけてしまったのだ。
 1億トン近い水が凍り付いているというナタルに対し、キラはその水を補給する気にはなれない。この目でユニウスセブンに眠る多くの亡骸を見てしまった後では……。
 だが、それ以外に水が見つかっていないのも事実。釈然としたものを感じながらもキラは渋々補給活動を再開した。




「つくづく君は落し物を拾うのが好きなようだな」

 ナタルが諦めの混じった声色で言葉を発した。 
 格納庫にはキラが見つけてきた救命ボートが置かれている。マリューとムウは視線を交わしてため息をついた。
 ハッチを開くと〝ハロ ハロ〟と音声を発してピンク色の球体が飛び出てきた。身構えていた一同は一斉に拍子抜けする。

「ありがとう、ご苦労様です」
 愛らしく澄んだ声がしたと思ったら、中からは淡いピンク色の髪をした少女がふわりと躍り出た。踏み出した勢いで、無重力の中そのまま漂っていきそうになる少女にキラは慌てて手を伸ばす。
 キラと少女の視線が交わった。
「ありがとう。……あら? あらあら?……」
 手を差し伸べてくれた少年に微笑みながら礼を告げ、くるりと周りを見渡すが、その少年を始め、着ている服は見慣れたザフトのものとは違っている。少女の中に疑問符ばかりが浮かぶ。
「まぁ……ここはザフトの艦ではありませんの?」

 “ザフト”という単語がその場の空気を凍らせた。





「嫌ったら、嫌!」
 食堂から聞こえてきた甲高い声にシオンとキラは脚を止めて目を合わせた。

「もう、フレイってば、なんでよ?」
 中を覗くとフレイとミリアリアが言い争いをしていた。
 またか、シオンは内心げんなりとした。アークエンジェル内で厄介ごとが起こると9割方の原因はフレイ・アルスターだ。
 父親が大西洋連邦の事務次官であるため甘やかされて育ったのだろう。我侭放題なのだ。しかも自分のすることはすべて正しいと思っているから余計に性質が悪い。彼女の言動が、過去にどれだけキラを傷つけたかも本人は理解していない。

 シオンが小さくため息をついているその間も少女たちの言い争いは続く。

「嫌よ! コーティネイターの子のところに行くなんて」
「でも、あの子はいきなり飛び掛ってきたりはしないと思うんだけど」
 キラが申し訳なさそうに口を挟むと背後から「まぁ、誰が飛び掛るんですの?」と声が掛かった。 
 シオンとキラが驚いて振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
「…………」
 まるで時間が止まってしまったかのように、シオンは動けないでいた。思考が止まるとはこういうことを言うのかと漠然と思った。
 人工的な淡いピンクの髪、大きな銀色の瞳、細く雪のように白い肌――。
 外見に目を奪われたというのではない。彼女を包む雰囲気すべてに、なぜか心が揺れた。

「あら、驚かせてしまったのならすみません。じつはわたくし喉が渇いてしまって……それにはしたないことを言うようですけれど、ずいぶんお腹も空いてしまいましたの。あの、こちらは食堂ですか? なにかいただけると嬉しいのですけれど……」
 我に返ったシオンが口を開く前にフレイが拒絶の言葉を投げつける。
「――ちょっと、やだ……やめてよ! コーティネイターのくせになれなれしくしないで!!」

 フレイのその言葉はラクスだけでなく、キラの胸にも深く突き刺さる。
 コーディネイターいうだけで、敵意などない少女に対してさえも言葉の刃を投げつけるフレイに、シオンが嫌悪感にも似た無力感を募らせたと同時だった。

  パシン!!

 室内に頬を叩く音が響いた。一瞬何が起こったのか解らず、室内の空気が水を打ったようにシン、となる。 
 それまでラクスの傍を飛び跳ねていたピンク色の球体がフレイの顔面に飛びついたのだ。否、飛びついたというよりも、体当たりしたという表現が正しいような気もするが……。

 不思議と庇ってやる気も、掛けてやる言葉さえ浮かんでこなかった。ただ無性にこの場から立ち去りたかった。
 キラだけでなく、無垢な少女にまで刃を向けるこのフレイという少女から離れたかった。

 一方、顔面を赤くしたフレイは何が起こったのか理解できていないようだった。ただ、口をパクパクさせるばかりだ。 

 シオンは手早く5人分のトレイを取るとキラと少女を連れて医務室へと戻っていった。



 
「お帰り~」
 ラスティが声を掛ける。いつもなら即座に返ってくるはずの返事がなかった。いぶかしげに視線を向けるミゲル。そこには表情を消したシオンと明らかに落ち込んでいるキラ。そして見覚えのあるピンクの髪の少女が立っていた。
「えっ、嘘!? ラクス嬢?! なんでここに??」
 椅子に座ってくつろいでいたミゲルとラスティは、ラクスの姿を認めると慌てて立ち上がり背筋を伸ばした。
「まぁ、マッケンジー様。お久しぶりですわ。そちらは?」
 ラクスの問いかけに、ミゲルは敬礼と共に答える。
「クルーゼ隊所属、ミゲル・アイマンです。失礼ですが、ラクス嬢がどうしてこの艦に?」
「はい、ユニウスセブンの追悼慰霊のために事前調査にきていたのですけれど、地球軍の艦と出会ってしまいまして。あちらの方々にはわたくしたちの目的がお気に触ったようで……些細な言いがかりから酷い争いになってしまったんですの。それでわたくしだけが救命ボートに乗せられたのですわ。それをこちらの方が助けてくださったのです」
 そう言ってキラの方を見る。
「そうだったんですか……」
「サンキューな。キラ」
 徐々に声を沈ませるラクスにミゲルもまた沈痛な面持ちになり、かける言葉を失う。それを引き継ぐようにラスティはキラに礼を告げた。

 とりあえず、と、それぞれベッドと椅子に腰を落とす。
「お2人はどうしてこちらに?」
 ここは連合の艦だと聞いた。コーディネイターの、ザフトの敵艦。なのに、ザフトの軍人である二人がなぜここに居るのか。ラクスにとっては当然の疑問だった。
「ああっと……お恥ずかしながらヘリオポリスでの任務に失敗しまして。瀕死の重傷を負ったところをシオン……あぁ、そこの彼に助けてもらったんですよ」
「右に同じく」
 任務に失敗したと、話しにくそうに説明するミゲルとは対照的に、ラスティはなぜか嬉しそうに右手を上げる。
 その明るい声に、沈みかけた雰囲気がまた和んでいく。
「まぁ、そうでしたの。お2人を助けてくださってありがとうございます」
 真正面からラクスの笑顔を受けて、シオンはただ「いいえ」とだけ言うと持ってきたトレイを配り始めた。

 目の前で命が消えていくことに耐え切れず二人を助けた。けれど、彼らの身分を考えると、それが最良だったかどうか今でも疑問だった。
 命が助かったとはいえ、捕虜になってしまった現状。こんなふうに感謝されても良いんだろうか……。
 シオンの心情は複雑だった。

「これを食べたら、またあのお部屋に戻らなければなりませんの?」
 ラクスは寂しそうに肩を落として呟いた。
 その場に居た誰もが何も言えず、寂しそうなラクスの様子をただ見守るしか出来ないでいた。

「ここは連合の艦だから……コーディネイターのこと……その、快く思っていない人もいるし……今は敵同士だし、仕方ないと思います」
 現状を理解してもらい、ここでの待遇を納得してもらそうとキラは必死に言葉を選ぶ。けれど、“コーディネイター”“敵同士”という単語に心臓が抉られるような痛みを覚え、キラは歯切れ悪く視線を落とした。
 そんなキラの心遣いを労うように、シオンがその頭を優しく撫でた。その様子はまるで兄弟のようで、皆の目に微笑ましく映る。
「残念ですわね……でも、あなた方はお優しいのですね。ありがとう」
「いえ、僕は……僕とシオンさんはコーディネイターだから……」
 キラの言葉にラクスはきょとんとし、首をかしげた。
「あなた方が優しいのは、あなた方だからでしょう?」
 微笑みと共に告げられた言葉にシオンもキラも息を飲んだ。

 ――目の前のけが人を、戦争に巻き込まれた友達を……ただ、助けたかった。守りたかった。ただそれだけ――
 シオンとキラの胸中にラクスの言葉が染み渡る。

「お名前を教えていただけますか?」

「キラです。キラ・ヤマト」
シオンフィーリアです」
「キラ様とシオン様ですね? あらためて……わたくしはラクス・クラインですわ」
 ラクスがふわりと笑う。それでもその笑みの中に寂しさがあるのをシオンは見逃さなかった。
「……本当は士官室に戻らなければならないんだろうが、ここならラミアス艦長も大目にみてくれるだろう。君も一人で士官室にいるよりも彼らと居るほうが寂しくないだろうし、ラミアス艦長には私から掛け合ってみよう」
 だから君もここに居ればいいと、フッと表情を緩めてシオンが言う。
「はい!嬉しいですわ。なにからなにまでお気遣いありがとうございます、シオン様」

 満面の笑みを浮かべるラクスにつられるように、シオンはようやく微笑んだ。
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