もしもゲーチスが良い人だったら
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―現代―
Nは、ゲーチスの部屋の前まで来て、小さく息を整えた。
……最近どうにも胸騒ぎがする。
トウコのこと、そして過去に行くトウコを止めないゲーチスの妙な浮つき……。
ノックをして扉を開けた瞬間――
「ナチュラル。いいところにきました」
ゲーチスは、いつもよりずっと柔らかい声で呼びかけてきた。
そして――無駄にニコニコしている。謎に不気味なほどに。
「……何かあったの?」
「えぇ。実に良いことがありました。ワタクシ、思い出したのですよ」
「思い出した?」
Nは以前、“まだワタクシの記憶にないのです”と笑っていた時の顔を思い出す。嫌な予感しかしない。
ゲーチスは椅子から立ち上がり、胸に手を当て、誇らしげに、嬉々として言った。
「ワタクシの初めてはトウコです」
「……は?」
Nは固まった。
「そしてトウコの初めてもワタクシなのです」
その後、理解が脳の中で爆ぜた。
「はああああッ!?」
「実に誇らしいことではありませんか! ワタクシの初めての相手がトウコ。しかも相思相愛……いやぁ若い頃のワタクシは実に積極的で助かりました」
「いやいやいや……!! 待ってよ!」
Nは頭を抱え、背を向けて歩き回る。
素直に喜べるはずがない。
何故なら――
「ぼ、ボクの方が先に……トウコのこと、気になってたのに……」
口に出してしまった瞬間、Nは後悔した。
だが、もう遅い。
ゲーチスは、勝ち誇ったというより、妙に慈愛めいた笑みになり――
「気持ちはわかりますよ、ナチュラル……あの娘は実に魅力的ですからね。ですが残念でした!父親に寝取られるってどんな気持ちですか?ねぇどんな気持ちです?」
「ダメだこの人!多分どうあがいても性根は腐ってるんだ……!」
「ワタクシとトウコは」
「だから何回も言わないで!!」
Nは床にしゃがみ込み、両手で頭を抱え込んだ。
過去の因果が現在に収束し、それを嬉々として受け取る父。
そして自分は、ちょっと気になる異性を、過去の自分の父に奪われた。
複雑どころか、混沌そのものだ。
ゲーチスはそんなNに歩み寄り――そして妙に優しい声で言った。
「いいですかナチュラル。トウコに想いを伝えなかったアナタにも落ち度はあるんです。…アナタ、顔も頭も良いんですから、先に言っておけばよかったものを」
……悔しいが、ゲーチスの言っていることは正しい。
「じゃあ万が一の話、ボクとトウコが結ばれてたら……?とうさんはどう思った……?」
「それはそれでワタクシは祝福するつもりでしたよ。むしろそれが自然だと思っていました。年代的にも釣り合っています。初恋の相手が義理の娘になったら、アナタ以上に可愛がってしまいますけどね」
「……そう」
「……やはりハラワタが煮えくりかえってきました……初めて息子に手を挙げそうです…!」
「わ、分かった。今言ったことは忘れて」
それを聞いてNは、諦めの境地のような感覚を覚えた。
決して悔し紛れなんかじゃない。
自身を実の息子のように20年近く育ててくれた人は、トウコにとって好きな人で、必死に過去と現代を行き来してやっと結ばれたんだ。
奇妙だが、ポケモンの力は偉大だ。往々にしてそういうこともあるのだろう。
ゲーチスは再び満面の笑顔に戻った。
「さて、次はいつの日のワタクシに会いに来てくださるのでしょうね、トウコ……」
その姿は、威厳あるプラズマ団の支配者でも、冷酷な陰謀家でもなく。
ただ、昔の恋に思いを馳せる男以外の何者でもなかった。
しかしNは、父親の恋路を危惧していた。
(……とうさんはああ言ってるけど、トウコに誤解されたままじゃ、この2人は……)
・・・
久々に現代に戻ってきたトウコの元に、Nは息を切らしてやってきた。
「トウコ……やっと、見つけた……!」
「N……!? なんでまた……」
「ちょっとこっち、また観覧車に乗ろう」
トウコは戸惑いつつも渋々承諾し、Nと観覧車に乗る。
2人乗りのゴンドラが高く、ゆっくりと回る観覧車。
夕暮れの橙がガラス越しに差し込み、2人の影を柔らかく揺らす。
Nは、向かい合って座るトウコを真っ直ぐ見ることができず、膝の上で指を組んだまま視線を落としていた。
それでも、観覧車が上昇したあたりで、意を決したように顔を上げる。
「……トウコ。キミに、どうしても言わなきゃいけないことがあるんだ」
トウコは、穏やかな驚きと少しの不安を浮かべつつも、黙っている。
Nは一度だけ深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。
「本当は、ボクたちの世界線は一つだ。キミはちゃんとボクたちの運命を変えていたんだよ」
「……え?」
「キミが歩んできた世界でボクやとうさんがどれほど酷かったか、どれほど間違っていたか、とうさんから聞いた限りでしか知らない……でも」
Nは顔を上げ、小さく笑った。その笑みは不気味さのかけらもない。
「少なくとも、“このボク”は王様ではないよ。そんなつもりもない。そして…ゲーチスは、まあ…不満点がないわけでは無いけど、良いとうさんなんだ。ポケモンも大事にしてる」
観覧車が頂点に近づき、街の景色が遠くまで見渡せる。
その美しさとは裏腹に、トウコは混乱していた。
「えっ……だって……! 前は王になるって言って……プラズマ団もムンナを虐めていたじゃない!」
「あれは嘘だよ。とうさんに口止めされていて。ムンナの件もデモンストレーション。プラズマ団が悪い集団だという先入観を植え付けるための……ただ、あれは確かに悪いことをしたね。申し訳ない」
「……でも、プラズマ団は他にも悪い噂が」
「そう見えるように仕向けているだけなんだ。ポケモンをトレーナーから奪っているのは本当だけど、それもポケモンの扱いが酷いトレーナーからだけ」
Nは窓越しに遠くの道を見つめ、プラズマ団の1人が歩いて行くのを視線で追った。
「傷ついたポケモンを取り上げ、回復させてあげて、元の持ち主に返すかそのまま引き取るか、適切に判断して対処している……だから一部のトレーナーからの黒い噂は絶えないけどね」
トウコは言葉を失った。
「ゲーチスが……そんなふうに……」
驚きと、困惑と、世界がひっくり返るような感覚がすべて混ざり合って表情にあらわれる。
「え、N……もしかしてだけど……今のゲーチスからわたしの話とか聞いてたり、する……?」
Nはワンテンポ遅れて答えた。
「……いや、何も知らない。ただちょっと……ボクの脳細胞が死滅しただけ」
「……?」
Nはまた、嘘をついた。
観覧車が頂点に達した瞬間、Nはさらに続ける。
「トウコが望むなら……今のとうさんに、会わせたい」
その提案は、迷う余地を与えないほど真剣だった。
トウコは座席のシートをぎゅっと握りながら、しばらく黙り込んでいた。
けれどその沈黙の奥には、揺らぎながらも前に進もうとする意思があった。
「……会いたいよ。今のゲーチスが……どんな人なのか、ちゃんと知りたい」
Nは、苦笑とも安堵ともつかない表情で肩を落とした。
「……わかったよ。とうさん、きっと変なテンションになると思うけど……」
「……?」
観覧車のゴンドラがゆっくりと下降していった。
そして降りたあと――
Nはトウコを連れ、静かにゲーチスのもとへ向かった。
その背中には、覚悟と、不安と……ほんの少しの期待が、入り混じっていた。
Nは、ゲーチスの部屋の前まで来て、小さく息を整えた。
……最近どうにも胸騒ぎがする。
トウコのこと、そして過去に行くトウコを止めないゲーチスの妙な浮つき……。
ノックをして扉を開けた瞬間――
「ナチュラル。いいところにきました」
ゲーチスは、いつもよりずっと柔らかい声で呼びかけてきた。
そして――無駄にニコニコしている。謎に不気味なほどに。
「……何かあったの?」
「えぇ。実に良いことがありました。ワタクシ、思い出したのですよ」
「思い出した?」
Nは以前、“まだワタクシの記憶にないのです”と笑っていた時の顔を思い出す。嫌な予感しかしない。
ゲーチスは椅子から立ち上がり、胸に手を当て、誇らしげに、嬉々として言った。
「ワタクシの初めてはトウコです」
「……は?」
Nは固まった。
「そしてトウコの初めてもワタクシなのです」
その後、理解が脳の中で爆ぜた。
「はああああッ!?」
「実に誇らしいことではありませんか! ワタクシの初めての相手がトウコ。しかも相思相愛……いやぁ若い頃のワタクシは実に積極的で助かりました」
「いやいやいや……!! 待ってよ!」
Nは頭を抱え、背を向けて歩き回る。
素直に喜べるはずがない。
何故なら――
「ぼ、ボクの方が先に……トウコのこと、気になってたのに……」
口に出してしまった瞬間、Nは後悔した。
だが、もう遅い。
ゲーチスは、勝ち誇ったというより、妙に慈愛めいた笑みになり――
「気持ちはわかりますよ、ナチュラル……あの娘は実に魅力的ですからね。ですが残念でした!父親に寝取られるってどんな気持ちですか?ねぇどんな気持ちです?」
「ダメだこの人!多分どうあがいても性根は腐ってるんだ……!」
「ワタクシとトウコは」
「だから何回も言わないで!!」
Nは床にしゃがみ込み、両手で頭を抱え込んだ。
過去の因果が現在に収束し、それを嬉々として受け取る父。
そして自分は、ちょっと気になる異性を、過去の自分の父に奪われた。
複雑どころか、混沌そのものだ。
ゲーチスはそんなNに歩み寄り――そして妙に優しい声で言った。
「いいですかナチュラル。トウコに想いを伝えなかったアナタにも落ち度はあるんです。…アナタ、顔も頭も良いんですから、先に言っておけばよかったものを」
……悔しいが、ゲーチスの言っていることは正しい。
「じゃあ万が一の話、ボクとトウコが結ばれてたら……?とうさんはどう思った……?」
「それはそれでワタクシは祝福するつもりでしたよ。むしろそれが自然だと思っていました。年代的にも釣り合っています。初恋の相手が義理の娘になったら、アナタ以上に可愛がってしまいますけどね」
「……そう」
「……やはりハラワタが煮えくりかえってきました……初めて息子に手を挙げそうです…!」
「わ、分かった。今言ったことは忘れて」
それを聞いてNは、諦めの境地のような感覚を覚えた。
決して悔し紛れなんかじゃない。
自身を実の息子のように20年近く育ててくれた人は、トウコにとって好きな人で、必死に過去と現代を行き来してやっと結ばれたんだ。
奇妙だが、ポケモンの力は偉大だ。往々にしてそういうこともあるのだろう。
ゲーチスは再び満面の笑顔に戻った。
「さて、次はいつの日のワタクシに会いに来てくださるのでしょうね、トウコ……」
その姿は、威厳あるプラズマ団の支配者でも、冷酷な陰謀家でもなく。
ただ、昔の恋に思いを馳せる男以外の何者でもなかった。
しかしNは、父親の恋路を危惧していた。
(……とうさんはああ言ってるけど、トウコに誤解されたままじゃ、この2人は……)
・・・
久々に現代に戻ってきたトウコの元に、Nは息を切らしてやってきた。
「トウコ……やっと、見つけた……!」
「N……!? なんでまた……」
「ちょっとこっち、また観覧車に乗ろう」
トウコは戸惑いつつも渋々承諾し、Nと観覧車に乗る。
2人乗りのゴンドラが高く、ゆっくりと回る観覧車。
夕暮れの橙がガラス越しに差し込み、2人の影を柔らかく揺らす。
Nは、向かい合って座るトウコを真っ直ぐ見ることができず、膝の上で指を組んだまま視線を落としていた。
それでも、観覧車が上昇したあたりで、意を決したように顔を上げる。
「……トウコ。キミに、どうしても言わなきゃいけないことがあるんだ」
トウコは、穏やかな驚きと少しの不安を浮かべつつも、黙っている。
Nは一度だけ深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。
「本当は、ボクたちの世界線は一つだ。キミはちゃんとボクたちの運命を変えていたんだよ」
「……え?」
「キミが歩んできた世界でボクやとうさんがどれほど酷かったか、どれほど間違っていたか、とうさんから聞いた限りでしか知らない……でも」
Nは顔を上げ、小さく笑った。その笑みは不気味さのかけらもない。
「少なくとも、“このボク”は王様ではないよ。そんなつもりもない。そして…ゲーチスは、まあ…不満点がないわけでは無いけど、良いとうさんなんだ。ポケモンも大事にしてる」
観覧車が頂点に近づき、街の景色が遠くまで見渡せる。
その美しさとは裏腹に、トウコは混乱していた。
「えっ……だって……! 前は王になるって言って……プラズマ団もムンナを虐めていたじゃない!」
「あれは嘘だよ。とうさんに口止めされていて。ムンナの件もデモンストレーション。プラズマ団が悪い集団だという先入観を植え付けるための……ただ、あれは確かに悪いことをしたね。申し訳ない」
「……でも、プラズマ団は他にも悪い噂が」
「そう見えるように仕向けているだけなんだ。ポケモンをトレーナーから奪っているのは本当だけど、それもポケモンの扱いが酷いトレーナーからだけ」
Nは窓越しに遠くの道を見つめ、プラズマ団の1人が歩いて行くのを視線で追った。
「傷ついたポケモンを取り上げ、回復させてあげて、元の持ち主に返すかそのまま引き取るか、適切に判断して対処している……だから一部のトレーナーからの黒い噂は絶えないけどね」
トウコは言葉を失った。
「ゲーチスが……そんなふうに……」
驚きと、困惑と、世界がひっくり返るような感覚がすべて混ざり合って表情にあらわれる。
「え、N……もしかしてだけど……今のゲーチスからわたしの話とか聞いてたり、する……?」
Nはワンテンポ遅れて答えた。
「……いや、何も知らない。ただちょっと……ボクの脳細胞が死滅しただけ」
「……?」
Nはまた、嘘をついた。
観覧車が頂点に達した瞬間、Nはさらに続ける。
「トウコが望むなら……今のとうさんに、会わせたい」
その提案は、迷う余地を与えないほど真剣だった。
トウコは座席のシートをぎゅっと握りながら、しばらく黙り込んでいた。
けれどその沈黙の奥には、揺らぎながらも前に進もうとする意思があった。
「……会いたいよ。今のゲーチスが……どんな人なのか、ちゃんと知りたい」
Nは、苦笑とも安堵ともつかない表情で肩を落とした。
「……わかったよ。とうさん、きっと変なテンションになると思うけど……」
「……?」
観覧車のゴンドラがゆっくりと下降していった。
そして降りたあと――
Nはトウコを連れ、静かにゲーチスのもとへ向かった。
その背中には、覚悟と、不安と……ほんの少しの期待が、入り混じっていた。