もしもゲーチスが良い人だったら
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トウコが肩を落として去っていく背中を、Nはただ見つめることしかできなかった。
声をかけようか迷ったが、彼女の肩にのしかかっている落胆は、あまりにも大きすぎる。
セレビィの言葉を理解できるN。しかし今は何を言っても軽く聞こえてしまう気がした。
世界が変わっていないのかと聞かれたあの時…
Nは嘘をついた。
本当は違う。
Nは王様としてなど、育てられてはいない。
普通に外で遊び、普通にポケモンと触れ合い、普通にゲーチスと話しながら育った。
いわゆる父子家庭ではあるが、世話を焼いてくれる団員の他にも、バーベナやヘレナといった姉のような存在がいるので全くと言っていいほど寂しくはなかった。
異様な洗脳、孤独などの、何か人様の家族と違いがあるようなことは一切ない。
(そりゃあ、言われてみれば、とうさんは皮肉屋で、たまに遠慮が無いことあるけど……)
ゲーチスはNを手厚く育ててくれた、血は繋がってないにせよ正真正銘の父親だ。
手持ちのデスカーンやサザンドラは勿論のこと、他のポケモンも大切に育てていた。
トウコが知っているであろうゲーチスと、Nが知っているゲーチスは、まるで違う。
そう、トウコが必死に変えようとした現代なんて、とうの昔にこの世界では起きていないのだ。
ただ一つ引っかかることは、ゲーチスが前々からNに釘を刺しまくり、口酸っぱく言っていた言葉。
『いいですか!?アナタは王として育てられた……!そしてワタクシはポケモンを道具として扱う下衆です!あの娘には、何を聞かれてもそう答えるのです!』
(とうさん……なにを考えているんだろう)
Nは胸がざわつくのを止められなかった。
・・・
Nはずっと自室に籠って考え込んでいた。
Nの部屋といえば、青空模様の壁に、バスケットゴールのネット、幼児向けや電車のおもちゃが乱雑に並ぶ不自然に幼い不気味な空間――
そんなものは一切無い。
壁の棚には本が並び、机も大人向けの落ち着いた色合いのもの。
玩具と名のつくような品は思い出箱に入れられてそっと置かれ、部屋全体が彼の年齢と釣り合っている。
机でうつむいたまま、思考を巡らせていた。
……タイムトラベルには、大きく分けて三つのタイプがある。
一つ目は、分岐世界型。過去を変えると、新しい世界線が生まれるタイプ。
二つ目は、単一時間型。ひとつの時間軸しかなくて、過去を変えた瞬間、未来もその時点で変わる。
そして三つ目は、修正力が働くタイプ。どれだけ世界に介入しても、別の理由で同じ結果に収束する。
「セレビィの時わたりに関しては、きっと二つ目……世界は間違いなく変わっている。だのに何故、とうさんは今のトウコと関わるのを、あんなに嫌がるんだ……」
・・・
Nの城――
いや、今はプラズマ団城という名が正しい。
その拠点も、ポケモンリーグとは外れた場所に位置している。
そこのゲーチスが住まう部屋に、Nは足早で進む。
そこは、プラズマ団の誰も容易には入れない場所。
しかしNは、トウコの沈んだ表情が、胸に引っかかって仕方がない。
(このままじゃ、寝覚めが悪いな)
トウコはこの世界が、酷い世界のままだと思っている。
Nが重い扉を開くと――豪華かつ静かな部屋に、低い呼吸の音が響いていた。
「……またデスカーンの中で寝てる」
そこには、見張り役として常に滞在しているサザンドラの他に、巨大なデスカーンがいた。
元から大きい方のポケモンだが、目の前のそれは規格外。
その中で、ゲーチスが気持ちよさそうに横たわっていた。
何も知らない側から見れば、その姿はまごうことなき棺桶の亡骸そのもの。
しかし、デスカーンは本当に懐いたトレーナーしか中に入れてくれない。普通は閉じ込められ、ミイラ化してしまう。
でもこのデスカーンはゲーチスを特に気にするでもなく蓋をやや開けた状態で、共に寝ているようだ。
「本当に大事にしてるんだね」
ゲーチスがどれだけデスカーンに愛情を注いできたか、言葉よりも、この光景の方が雄弁だった。
Nは苦笑しながら声をかける。
「相変わらず大きいなあ。とうさんが余裕で入るから2.2m以上はありそうだ」
デスカーンが蓋を広げ、ゲーチスがゆっくりと目を開けた。
「……おや、ナチュラル。何か用でも?」
ゲーチスがのそりと巨体を起こそうとするのを見て、デスカーンも目覚め、黒い腕でそっと右半身を支えた。
「ワタクシがこうして安眠できるよう、栄養価の高い食を与えて大きくさせたのです」
「デスカーン側が、とうさんを入れてあげたいから大きくなったんじゃないかな」
それを聞いたゲーチスは誇らしげに鼻を鳴らした。
「その解釈もまた一興」
ゲーチスは静かにデスカーンの顔を撫でる。
「何より、デスカーンは寝ながら移動できるのが素晴らしい……」
「……デスカーンには悪いけど、夜にその移動の仕方はやめてね。七賢人から苦情が入ってるんだ。動きが怖すぎるって」
そう言われたデスカーンがしょんぼりしてしまった。
ゲーチスが激昂し、もう一度デスカーンに入り直す。
「誰ですかそんなことを言ったのは!抗議してきます!」
「だから言ってるそばからその状態で移動しようとしないでよ!」
そこで、見張り役をしているサザンドラが声を上げる。
「あ、やあサザンドラ、調子良さそうだね」
三つの首を順番に触っていくと、とても嬉しそうな顔をする。
「おんがえしだっけ?覚えさせたわざ。前に見たことあるけど、凄い威力だったね」
「当然です。モノズから気の遠くなるような時間をかけて最終進化まで漕ぎ着けたんですから、それぐらい懐いてもらわねば」
皮肉めいた言葉しか返せないのはいつものことだが、いつまでそんな意地を張っているつもりなんだろうか。とNは思った。
「ねえとうさん、何故トウコには言ってはいけないの?トウコが過去に行ったから、とうさんが……“悪いゲーチス”じゃなくなったって。ボクも妙な洗脳で育てられてないって言いたいんだけど」
ゲーチスの眉が、ぴくりと動く。
「それになんでこんな野心家みたいな真似を続けてるんだい?本当のとうさんはそんな人じゃないのに……」
一瞬で、空気が変わった。
デスカーンの中にいたときの穏やかさはもうない。
ゲーチスの感情が、激しく波打った。
「ナチュラル……いいですか……!」
珍しく感情的に、真剣に叫ぶ。
「ワタクシの品性が良くなったと知ったら……彼女が過去のワタクシに会いに来てくれないじゃないですか!!」
「……え?」
「ワタクシが酷い有様だから!彼女は過去のワタクシに会いに来たんですよ!ワタクシが普通に更生していたら!ワタクシは少年期に彼女に会えません!!」
Nは頭を抱える。
「あの……言いたいことが多すぎるけど……か、可哀想とは思わないの?一応とうさんの言う通りには伝えといたけど、トウコはボクの言ったことを信じたままだよ?」
「アナタは分かっていない!ワタクシの少年時代の記憶にこびり付いている彼女の顔がたまらなく…愛らしいのです!あぁ……絶望の表情で記憶に介入にしてくださるのならそれも本望……!」
Nは絶句した。
この人……性根はどうしようもないんじゃないかと。
トウコが変える前のゲーチスのことは知らないが、これ以上に酷いのかと。
横でデスカーンがやれやれといった様子でゲーチスの肩を揺らす。しかしヒートアップは止まらない。
「ただでさえカラクサとヒウンで彼女を見た時に脚ガックガクだったんです!この服を着ていて本当に良かった……!」
ついにはデスカーンがNに助けを求めるかのように擦り寄り、Nが落ち着きを取り戻す。
「とうさん……やっぱりトウコには全部話すよ」
「待ちなさい!それは絶対に許しません!」
「今のトウコに、今のとうさんが会えばいいだけじゃないか」
ゲーチスは急にスンとクールダウンしたかと思うと、首を横に振り、息を深く吸った。
「……まだ、ワタクシの記憶にないのです」
「……どういう意味?」
「フン、息子ともあろうものが気づけないとは。彼女が過去を改竄するたびに、同時にワタクシの記憶も改竄されるのです……まあ、気付かぬうちにというのはあまり良い気分ではありませんが、これに関しては話は別……」
あまりにも意味深で、Nは考えを巡らせた。
「つまりは……過去のワタクシと彼女が友好的になるほどそういう関係になるということです」
ゲーチスは口元を歪ませている。
笑っている――だが、それは楽しげというより、何かを期待しているような笑みだった。
Nは血の気が引いて、次の瞬間、怒りが込み上げる。
「とうさん……まさか……」
「安心なさい。アナタのことはちゃんと養子として引き取ることでしょう。彼女がワタクシの妻になりアナタの義理の母になっ」
「うわああ聞きたくなかった!もう流石に気持ち悪い!」
「心外ですね…!ワタクシは相応の年齢で初めて彼女に会ったのです!断じて品位を保った純愛です!」
下の階にまで響く親子の阿鼻叫喚に、その場のプラズマ団員は戦慄を覚えていた。
声をかけようか迷ったが、彼女の肩にのしかかっている落胆は、あまりにも大きすぎる。
セレビィの言葉を理解できるN。しかし今は何を言っても軽く聞こえてしまう気がした。
世界が変わっていないのかと聞かれたあの時…
Nは嘘をついた。
本当は違う。
Nは王様としてなど、育てられてはいない。
普通に外で遊び、普通にポケモンと触れ合い、普通にゲーチスと話しながら育った。
いわゆる父子家庭ではあるが、世話を焼いてくれる団員の他にも、バーベナやヘレナといった姉のような存在がいるので全くと言っていいほど寂しくはなかった。
異様な洗脳、孤独などの、何か人様の家族と違いがあるようなことは一切ない。
(そりゃあ、言われてみれば、とうさんは皮肉屋で、たまに遠慮が無いことあるけど……)
ゲーチスはNを手厚く育ててくれた、血は繋がってないにせよ正真正銘の父親だ。
手持ちのデスカーンやサザンドラは勿論のこと、他のポケモンも大切に育てていた。
トウコが知っているであろうゲーチスと、Nが知っているゲーチスは、まるで違う。
そう、トウコが必死に変えようとした現代なんて、とうの昔にこの世界では起きていないのだ。
ただ一つ引っかかることは、ゲーチスが前々からNに釘を刺しまくり、口酸っぱく言っていた言葉。
『いいですか!?アナタは王として育てられた……!そしてワタクシはポケモンを道具として扱う下衆です!あの娘には、何を聞かれてもそう答えるのです!』
(とうさん……なにを考えているんだろう)
Nは胸がざわつくのを止められなかった。
・・・
Nはずっと自室に籠って考え込んでいた。
Nの部屋といえば、青空模様の壁に、バスケットゴールのネット、幼児向けや電車のおもちゃが乱雑に並ぶ不自然に幼い不気味な空間――
そんなものは一切無い。
壁の棚には本が並び、机も大人向けの落ち着いた色合いのもの。
玩具と名のつくような品は思い出箱に入れられてそっと置かれ、部屋全体が彼の年齢と釣り合っている。
机でうつむいたまま、思考を巡らせていた。
……タイムトラベルには、大きく分けて三つのタイプがある。
一つ目は、分岐世界型。過去を変えると、新しい世界線が生まれるタイプ。
二つ目は、単一時間型。ひとつの時間軸しかなくて、過去を変えた瞬間、未来もその時点で変わる。
そして三つ目は、修正力が働くタイプ。どれだけ世界に介入しても、別の理由で同じ結果に収束する。
「セレビィの時わたりに関しては、きっと二つ目……世界は間違いなく変わっている。だのに何故、とうさんは今のトウコと関わるのを、あんなに嫌がるんだ……」
・・・
Nの城――
いや、今はプラズマ団城という名が正しい。
その拠点も、ポケモンリーグとは外れた場所に位置している。
そこのゲーチスが住まう部屋に、Nは足早で進む。
そこは、プラズマ団の誰も容易には入れない場所。
しかしNは、トウコの沈んだ表情が、胸に引っかかって仕方がない。
(このままじゃ、寝覚めが悪いな)
トウコはこの世界が、酷い世界のままだと思っている。
Nが重い扉を開くと――豪華かつ静かな部屋に、低い呼吸の音が響いていた。
「……またデスカーンの中で寝てる」
そこには、見張り役として常に滞在しているサザンドラの他に、巨大なデスカーンがいた。
元から大きい方のポケモンだが、目の前のそれは規格外。
その中で、ゲーチスが気持ちよさそうに横たわっていた。
何も知らない側から見れば、その姿はまごうことなき棺桶の亡骸そのもの。
しかし、デスカーンは本当に懐いたトレーナーしか中に入れてくれない。普通は閉じ込められ、ミイラ化してしまう。
でもこのデスカーンはゲーチスを特に気にするでもなく蓋をやや開けた状態で、共に寝ているようだ。
「本当に大事にしてるんだね」
ゲーチスがどれだけデスカーンに愛情を注いできたか、言葉よりも、この光景の方が雄弁だった。
Nは苦笑しながら声をかける。
「相変わらず大きいなあ。とうさんが余裕で入るから2.2m以上はありそうだ」
デスカーンが蓋を広げ、ゲーチスがゆっくりと目を開けた。
「……おや、ナチュラル。何か用でも?」
ゲーチスがのそりと巨体を起こそうとするのを見て、デスカーンも目覚め、黒い腕でそっと右半身を支えた。
「ワタクシがこうして安眠できるよう、栄養価の高い食を与えて大きくさせたのです」
「デスカーン側が、とうさんを入れてあげたいから大きくなったんじゃないかな」
それを聞いたゲーチスは誇らしげに鼻を鳴らした。
「その解釈もまた一興」
ゲーチスは静かにデスカーンの顔を撫でる。
「何より、デスカーンは寝ながら移動できるのが素晴らしい……」
「……デスカーンには悪いけど、夜にその移動の仕方はやめてね。七賢人から苦情が入ってるんだ。動きが怖すぎるって」
そう言われたデスカーンがしょんぼりしてしまった。
ゲーチスが激昂し、もう一度デスカーンに入り直す。
「誰ですかそんなことを言ったのは!抗議してきます!」
「だから言ってるそばからその状態で移動しようとしないでよ!」
そこで、見張り役をしているサザンドラが声を上げる。
「あ、やあサザンドラ、調子良さそうだね」
三つの首を順番に触っていくと、とても嬉しそうな顔をする。
「おんがえしだっけ?覚えさせたわざ。前に見たことあるけど、凄い威力だったね」
「当然です。モノズから気の遠くなるような時間をかけて最終進化まで漕ぎ着けたんですから、それぐらい懐いてもらわねば」
皮肉めいた言葉しか返せないのはいつものことだが、いつまでそんな意地を張っているつもりなんだろうか。とNは思った。
「ねえとうさん、何故トウコには言ってはいけないの?トウコが過去に行ったから、とうさんが……“悪いゲーチス”じゃなくなったって。ボクも妙な洗脳で育てられてないって言いたいんだけど」
ゲーチスの眉が、ぴくりと動く。
「それになんでこんな野心家みたいな真似を続けてるんだい?本当のとうさんはそんな人じゃないのに……」
一瞬で、空気が変わった。
デスカーンの中にいたときの穏やかさはもうない。
ゲーチスの感情が、激しく波打った。
「ナチュラル……いいですか……!」
珍しく感情的に、真剣に叫ぶ。
「ワタクシの品性が良くなったと知ったら……彼女が過去のワタクシに会いに来てくれないじゃないですか!!」
「……え?」
「ワタクシが酷い有様だから!彼女は過去のワタクシに会いに来たんですよ!ワタクシが普通に更生していたら!ワタクシは少年期に彼女に会えません!!」
Nは頭を抱える。
「あの……言いたいことが多すぎるけど……か、可哀想とは思わないの?一応とうさんの言う通りには伝えといたけど、トウコはボクの言ったことを信じたままだよ?」
「アナタは分かっていない!ワタクシの少年時代の記憶にこびり付いている彼女の顔がたまらなく…愛らしいのです!あぁ……絶望の表情で記憶に介入にしてくださるのならそれも本望……!」
Nは絶句した。
この人……性根はどうしようもないんじゃないかと。
トウコが変える前のゲーチスのことは知らないが、これ以上に酷いのかと。
横でデスカーンがやれやれといった様子でゲーチスの肩を揺らす。しかしヒートアップは止まらない。
「ただでさえカラクサとヒウンで彼女を見た時に脚ガックガクだったんです!この服を着ていて本当に良かった……!」
ついにはデスカーンがNに助けを求めるかのように擦り寄り、Nが落ち着きを取り戻す。
「とうさん……やっぱりトウコには全部話すよ」
「待ちなさい!それは絶対に許しません!」
「今のトウコに、今のとうさんが会えばいいだけじゃないか」
ゲーチスは急にスンとクールダウンしたかと思うと、首を横に振り、息を深く吸った。
「……まだ、ワタクシの記憶にないのです」
「……どういう意味?」
「フン、息子ともあろうものが気づけないとは。彼女が過去を改竄するたびに、同時にワタクシの記憶も改竄されるのです……まあ、気付かぬうちにというのはあまり良い気分ではありませんが、これに関しては話は別……」
あまりにも意味深で、Nは考えを巡らせた。
「つまりは……過去のワタクシと彼女が友好的になるほどそういう関係になるということです」
ゲーチスは口元を歪ませている。
笑っている――だが、それは楽しげというより、何かを期待しているような笑みだった。
Nは血の気が引いて、次の瞬間、怒りが込み上げる。
「とうさん……まさか……」
「安心なさい。アナタのことはちゃんと養子として引き取ることでしょう。彼女がワタクシの妻になりアナタの義理の母になっ」
「うわああ聞きたくなかった!もう流石に気持ち悪い!」
「心外ですね…!ワタクシは相応の年齢で初めて彼女に会ったのです!断じて品位を保った純愛です!」
下の階にまで響く親子の阿鼻叫喚に、その場のプラズマ団員は戦慄を覚えていた。