もしもゲーチスが良い人だったら
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現代のライモンシティの夜は明るい。
観覧車のゆっくりとした回転が、遠くからでもよく見えた。
トウコはその前で立ち止まり、セレビィを撫でながら呟く。
「……もし、過去のゲーチスにもっと、できることがあったら……」
「そんなことをしても、ゲーチスは変わらないよ」
突然背にかかった声に振り向くと、そこに立っていたのはNだった。
ネオンの明かりが彼の長い緑髪を柔らかく照らしている。
「N!? なんでこんな所に……!」
「前に言ったろう。ボクは観覧車が好きなんだ」
トウコは背後にセレビィを隠しながら恐る恐る質問する。
「……聞いてたの?」
「ああ。随分面白い独り言だ。それに、そのセレビィから聞こえたんだ。過去のゲーチスのことが…」
Nはポケモンの言葉が分かる。それが本当ならば、直接聞いてみればいいとトウコは思った。
「……わたし、セレビィと一緒に昔のゲーチスに会いに行ってきたから」
「へえ、かなり大胆な方法でボクたちを阻止しようとしてきたね。でも理に適ってる」
尚も余裕綽々といった振る舞いで、相変わらず掴みどころが無い。
そこへセレビィが前に出てきて、Nと無言で目を合わせた。
「……」
トウコには、彼らが何を話してるのかわからない。いや、そもそも本当に話しているのかすらも。
やがて、Nがどんどん険しい表情になっていく。
「……どうしたの?」
「ふうん…セレビィが言ってることは分かった。ただ……少し考えさせてほしい」
普段早口かつ頭の回転の早い彼がそんなことを言うのは異例中の異例だ。
「セレビィは……どうもボクですら知らないゲーチスのことを知っているようだ。何故かは言ってくれないけど」
「えっ!? そうなの?」
トウコは思考を巡らせる。
(セレビィが過去のゲーチスの元に行ったのはそのせいなの……? だとしたら、ゲーチスとセレビィはどこかで出会ったことがある……?)
Nは、やがて考えがまとまったのかキャップのつばを直し、トウコの方を向く。
「……これもどうせ改竄されてしまうんだろうから、先に言っておこう。プラズマ団の本当の長はボクじゃなくてゲーチス……一応、ボクのとうさんだ」
「えっ、てことは……親子……!?」
「血は繋がってないけどね。ボクは孤児でゲーチスの養子。プラズマ団の王様として育てられた。プラズマ団の思想はゲーチスの思想……ポケモンの解放はボクも望んでいるけど」
「そう、だったんだ……」
「ゲーチスはポケモンを道具としか見ていない。ポケモンを解放して、自分だけがポケモンを使えれば良いと思っている」
「ち、ちょっと待って。整理する」
トウコはカバンからレポート用のノートとペンを出し、言われたことを書き出した。
「もし本当にセレビィの力で現状が変わるとするならば、ボクやゲーチスはその改竄を認識もできないんだろうなぁ……少し感慨深いね」
書き終えたトウコはNに尋ねた。
「でも、どうしてそんな重要なことを話してくれたの……?」
Nは視線を逸らし、観覧車の頂点をぼんやりと見上げた。
「無駄だと思うからだよ。キミは過去と現在を回り続けるだろう。でもこの観覧車のように軌道そのものは変わらない。そういう定常運動なんだ」
「……?」
相変わらずわたしの頭では理解が追いつきそうで追いつかない。
比喩や理屈を早口で捲し立てる、飄々とした男だ。
「……ゲーチスは、たとえ過去にどんな人に会おうと、何を言われようと、きっと今と同じままだ」
トウコはノートを抱えるように握り、首を横に振った。
「……わたしはそうは思わない。過去のゲーチスは、少しだけだけどわたしを頼ってくれたんだ。弱さも見せてくれた。やっぱり放っておけないよ!」
Nはその姿を見つめ、わずかに微笑んだ。
「キミらしい。またね、トウコ」
去っていくトウコの背を見つめながら、Nは静かに呟いた。
「クッ……あのセレビィが言っていたことは……本当なのか……?」
・・・
トウコはもう一度、過去のゲーチスの元に行った。
セレビィに願った行先は前回行った時点から数日後だ。
木々の隙間から差し込む光が揺れ、相変わらず森は静かだ。
ゲーチスはトウコを二度見し、あからさまに心底うんざりしたような態度を取った。
しかし、トウコは今回、ゲーチスの右半身の治癒のために来たのだ。
ポケモンのわざで。
「次はこの子のいやしのはどうを…何度か繰り返せば、きっと……」
彼女のそばには、回復わざを持つポケモンが5匹控えている。
…そのそれぞれが心配そうにゲーチスを見ていた。
だがゲーチスは、眉一つ動かさず言い放つ。
「……この右半身に期待するのは時間のムダ……ボクのこれは呪いのようなモノ。ただのケガなどなら、ポケモンのわざも効いたかもしれませんが」
「でも……!」
「そもそも、あなたはボクに何故そんなことを。一体何目当てなんでしょうかね?」
トウコは言葉に詰まった。そんな捻くれた考えを持っていることに胸が少し痛む。
――ただ助けたい。それだけなのに。
Nの言っていたことが、頭に過ぎる。
(ゲーチスの思想はこの時点で既に成形しつつある印象を受けるけど……セレビィは何故この時代のゲーチスにわたしを会わせたのだろう……?)
ゲーチスはトウコを真っ直ぐに睨んだが、ふいに、ゲーチスの視線が横へ流れる。
「……?」
木陰の新緑に同化しながら小さく隠れている姿。
丸い頭、緑色の体、ふわりと漂う気配。
「……セレビィ、ですか」
「……あっ!」
トウコがしまったという様子でセレビィを見た。
ゲーチスは、ゆっくりと目を細めた。
「なるほど、道理でアナタの手持ちが5匹だけというわけですね。本来なら6匹揃っているのが定石だというのに」
恐ろしいまでの洞察力…。
「アナタは違う時代…そう、未来から来た」
「うっ、流石、鋭い……」
「ボクの未来が、よほどアナタに都合が悪いようですね。未来のボクがよからぬことをするので、今のうちに始末しておこうと?」
その言葉は、皮肉に満ちていた。
トウコは、慌てたように顔を上げた。
「違うよ!わたしは……あなたがそうならないよう助けに来たの。よからぬことをしないように……」
「助ける?馬鹿馬鹿しい。単に自分に都合の悪い未来を書き換えたい算段が透けてます」
Nの言う通り、何を言っても信用できないような雰囲気を感じる。
しかし、トウコはそれに臆することはなかった。
「……確かに、未来であなたは間違った選択をする。でも今ならまだ間に合う……!」
ゲーチスの表情は、複雑に歪んだ。
怒りではない。拒絶でもない。理解できない――だからこそ、その言葉は妙に怖い。
セレビィが羽音を震わせる。
森に静けさが戻り、風だけが二人の間を通り抜けた。
ゲーチスの胸の奥で、説明のつかない痛みが、ふつふつと生まれ始めていた。
「…そうですねえ。例えば皆がポケモンを捨て、ボクだけがポケモンを使える。そんな世界が未来にあれば良いと今、思っていますが」
「……!」
Nから伝えて貰った未来の彼と、同じ言葉。同じ野望。
彼を救いたくてここに来たのに、過去のゲーチスはすでに完成しかけていた。
「どうかしてる……!そんなの、独りよがりだよ!」
ゲーチスは微笑んだまま首をかしげた。
「独りよがりで結構。他者と分かち合うほど、ボクには協調性がありませんので」
右半身が、その言葉の背景を如実に物語っている。彼の瞳に迷いは一切なかった。
トウコの胸に、熱いものがこみあげる。
「…なら、ポケモンバトルで勝負しましょう。その考えがどれほど愚かか。どれだけ間違ってるか」
ゲーチスは、一瞬だけ息を呑んだ。
だがすぐに――薄く笑った。
「……面白い。ではボクの理想が本当に愚かかどうか――アナタの力で、証明してみせなさい」
トウコが投げたボールが跳ねる。
彼女の瞳は揺れているのに、決意だけは鋭かった。
「勝ってみせる。絶対に。あなたに変わってほしいから……!」
観覧車のゆっくりとした回転が、遠くからでもよく見えた。
トウコはその前で立ち止まり、セレビィを撫でながら呟く。
「……もし、過去のゲーチスにもっと、できることがあったら……」
「そんなことをしても、ゲーチスは変わらないよ」
突然背にかかった声に振り向くと、そこに立っていたのはNだった。
ネオンの明かりが彼の長い緑髪を柔らかく照らしている。
「N!? なんでこんな所に……!」
「前に言ったろう。ボクは観覧車が好きなんだ」
トウコは背後にセレビィを隠しながら恐る恐る質問する。
「……聞いてたの?」
「ああ。随分面白い独り言だ。それに、そのセレビィから聞こえたんだ。過去のゲーチスのことが…」
Nはポケモンの言葉が分かる。それが本当ならば、直接聞いてみればいいとトウコは思った。
「……わたし、セレビィと一緒に昔のゲーチスに会いに行ってきたから」
「へえ、かなり大胆な方法でボクたちを阻止しようとしてきたね。でも理に適ってる」
尚も余裕綽々といった振る舞いで、相変わらず掴みどころが無い。
そこへセレビィが前に出てきて、Nと無言で目を合わせた。
「……」
トウコには、彼らが何を話してるのかわからない。いや、そもそも本当に話しているのかすらも。
やがて、Nがどんどん険しい表情になっていく。
「……どうしたの?」
「ふうん…セレビィが言ってることは分かった。ただ……少し考えさせてほしい」
普段早口かつ頭の回転の早い彼がそんなことを言うのは異例中の異例だ。
「セレビィは……どうもボクですら知らないゲーチスのことを知っているようだ。何故かは言ってくれないけど」
「えっ!? そうなの?」
トウコは思考を巡らせる。
(セレビィが過去のゲーチスの元に行ったのはそのせいなの……? だとしたら、ゲーチスとセレビィはどこかで出会ったことがある……?)
Nは、やがて考えがまとまったのかキャップのつばを直し、トウコの方を向く。
「……これもどうせ改竄されてしまうんだろうから、先に言っておこう。プラズマ団の本当の長はボクじゃなくてゲーチス……一応、ボクのとうさんだ」
「えっ、てことは……親子……!?」
「血は繋がってないけどね。ボクは孤児でゲーチスの養子。プラズマ団の王様として育てられた。プラズマ団の思想はゲーチスの思想……ポケモンの解放はボクも望んでいるけど」
「そう、だったんだ……」
「ゲーチスはポケモンを道具としか見ていない。ポケモンを解放して、自分だけがポケモンを使えれば良いと思っている」
「ち、ちょっと待って。整理する」
トウコはカバンからレポート用のノートとペンを出し、言われたことを書き出した。
「もし本当にセレビィの力で現状が変わるとするならば、ボクやゲーチスはその改竄を認識もできないんだろうなぁ……少し感慨深いね」
書き終えたトウコはNに尋ねた。
「でも、どうしてそんな重要なことを話してくれたの……?」
Nは視線を逸らし、観覧車の頂点をぼんやりと見上げた。
「無駄だと思うからだよ。キミは過去と現在を回り続けるだろう。でもこの観覧車のように軌道そのものは変わらない。そういう定常運動なんだ」
「……?」
相変わらずわたしの頭では理解が追いつきそうで追いつかない。
比喩や理屈を早口で捲し立てる、飄々とした男だ。
「……ゲーチスは、たとえ過去にどんな人に会おうと、何を言われようと、きっと今と同じままだ」
トウコはノートを抱えるように握り、首を横に振った。
「……わたしはそうは思わない。過去のゲーチスは、少しだけだけどわたしを頼ってくれたんだ。弱さも見せてくれた。やっぱり放っておけないよ!」
Nはその姿を見つめ、わずかに微笑んだ。
「キミらしい。またね、トウコ」
去っていくトウコの背を見つめながら、Nは静かに呟いた。
「クッ……あのセレビィが言っていたことは……本当なのか……?」
・・・
トウコはもう一度、過去のゲーチスの元に行った。
セレビィに願った行先は前回行った時点から数日後だ。
木々の隙間から差し込む光が揺れ、相変わらず森は静かだ。
ゲーチスはトウコを二度見し、あからさまに心底うんざりしたような態度を取った。
しかし、トウコは今回、ゲーチスの右半身の治癒のために来たのだ。
ポケモンのわざで。
「次はこの子のいやしのはどうを…何度か繰り返せば、きっと……」
彼女のそばには、回復わざを持つポケモンが5匹控えている。
…そのそれぞれが心配そうにゲーチスを見ていた。
だがゲーチスは、眉一つ動かさず言い放つ。
「……この右半身に期待するのは時間のムダ……ボクのこれは呪いのようなモノ。ただのケガなどなら、ポケモンのわざも効いたかもしれませんが」
「でも……!」
「そもそも、あなたはボクに何故そんなことを。一体何目当てなんでしょうかね?」
トウコは言葉に詰まった。そんな捻くれた考えを持っていることに胸が少し痛む。
――ただ助けたい。それだけなのに。
Nの言っていたことが、頭に過ぎる。
(ゲーチスの思想はこの時点で既に成形しつつある印象を受けるけど……セレビィは何故この時代のゲーチスにわたしを会わせたのだろう……?)
ゲーチスはトウコを真っ直ぐに睨んだが、ふいに、ゲーチスの視線が横へ流れる。
「……?」
木陰の新緑に同化しながら小さく隠れている姿。
丸い頭、緑色の体、ふわりと漂う気配。
「……セレビィ、ですか」
「……あっ!」
トウコがしまったという様子でセレビィを見た。
ゲーチスは、ゆっくりと目を細めた。
「なるほど、道理でアナタの手持ちが5匹だけというわけですね。本来なら6匹揃っているのが定石だというのに」
恐ろしいまでの洞察力…。
「アナタは違う時代…そう、未来から来た」
「うっ、流石、鋭い……」
「ボクの未来が、よほどアナタに都合が悪いようですね。未来のボクがよからぬことをするので、今のうちに始末しておこうと?」
その言葉は、皮肉に満ちていた。
トウコは、慌てたように顔を上げた。
「違うよ!わたしは……あなたがそうならないよう助けに来たの。よからぬことをしないように……」
「助ける?馬鹿馬鹿しい。単に自分に都合の悪い未来を書き換えたい算段が透けてます」
Nの言う通り、何を言っても信用できないような雰囲気を感じる。
しかし、トウコはそれに臆することはなかった。
「……確かに、未来であなたは間違った選択をする。でも今ならまだ間に合う……!」
ゲーチスの表情は、複雑に歪んだ。
怒りではない。拒絶でもない。理解できない――だからこそ、その言葉は妙に怖い。
セレビィが羽音を震わせる。
森に静けさが戻り、風だけが二人の間を通り抜けた。
ゲーチスの胸の奥で、説明のつかない痛みが、ふつふつと生まれ始めていた。
「…そうですねえ。例えば皆がポケモンを捨て、ボクだけがポケモンを使える。そんな世界が未来にあれば良いと今、思っていますが」
「……!」
Nから伝えて貰った未来の彼と、同じ言葉。同じ野望。
彼を救いたくてここに来たのに、過去のゲーチスはすでに完成しかけていた。
「どうかしてる……!そんなの、独りよがりだよ!」
ゲーチスは微笑んだまま首をかしげた。
「独りよがりで結構。他者と分かち合うほど、ボクには協調性がありませんので」
右半身が、その言葉の背景を如実に物語っている。彼の瞳に迷いは一切なかった。
トウコの胸に、熱いものがこみあげる。
「…なら、ポケモンバトルで勝負しましょう。その考えがどれほど愚かか。どれだけ間違ってるか」
ゲーチスは、一瞬だけ息を呑んだ。
だがすぐに――薄く笑った。
「……面白い。ではボクの理想が本当に愚かかどうか――アナタの力で、証明してみせなさい」
トウコが投げたボールが跳ねる。
彼女の瞳は揺れているのに、決意だけは鋭かった。
「勝ってみせる。絶対に。あなたに変わってほしいから……!」