私は…ガラルチャンピオンに敗北した。

「…負けちゃった…」

シュートスタジアム…いや、ガラル全域の上空に、突然の豪雨が落ち始めていた。

雷鳴とネオンの光が混ざり合い、街は涙のように濡れていた。

私はその中心で、ただ歩いていた。
帰る場所も分からずに。

…勝利しか、見えていなかった。

『勝たなければ意味がない』
そんな強迫観念に縛られていたような気がする。

同時にかつてのフラダリさんを思い起こした。

そうだ、初めて戦ったあの日、そんなことを言ってたっけ…

じゃあ私は…同じじゃないか。
昔のフラダリさんと…。

でも、今更気づいたところでもう遅い。
すべてを賭けて挑んだ戦いで敗れた瞬間ーー
心がぽっきり折れた。

雨音も雷鳴も聞こえない。
世界が遠くになったように感じた。

雨は容赦なく降り注ぐ。
髪も服もぐっしょり濡れ、何度も足がふらついた。
その時ーー

「……セイカさん！！」

ずぶ濡れの大きな人影が、豪雨の向こうから現れる。

白い髪に滴る水滴、閉じた左目にも雨粒が流れ落ちている。

息を切らし、迷いもためらいもない足取りで、一直線に駆け寄って来た。

「……見つけました…ようやく……！」

突然、飛び込む勢いで抱きしめられ、私の身体は驚きで固まった。

「フ、フラダリさん……？」

「もう離しません…！きみが傷ついて苦しむのを放っておいてしまって…本当に申し訳ありません」

声は雨に掻き消されそうだったが、腕の力は強く、温かかった。
私は唇を震わせた。

「どうせ…また私を遠ざけるんでしょう……」

「違います」

「だって、今までも…ずっと…！」

「違うんです」

フラダリさんは、腕の中の私をそっと離して、その顔を真正面から見つめた。
豪雨の中でも、色の違う両の瞳は真剣に輝いていた。

「確かに私は…きみを諦めさせようとしていました。きみの未来を守るためだと…そう思い込んでいた。でもそれは間違いでした」

その言葉に、私の胸がぎゅっと痛んだ。
雨の音が、二人の間だけ遠くなる。

「……嘘ですよね…」

「嘘ではありません」

フラダリさんは震える手で、私の頬に触れた。

「私は今、この時代でセイカさんを失う方が……何よりも恐ろしい」

その言葉は本音だ。本音なのが分かってしまった。
だからこそ私は、目を逸らす。

「……信じられません。いまさらそんな……」

もう信じきっている。でも素直になれないせいで、そんな言葉を投げかけてしまった。

豪雨が、二人の影をぼやけさせる。
フラダリさんはゆっくりと手を伸ばし、私の顎に指先を添えた。

「……セイカさん」

そしてーー
逃げようとする視線を、そっと上へ導く。
彼の顔が近づき、雨音が少しだけ遠ざかった。

唇が触れたのは、ほんの一瞬。

だけど、刹那の温度に私の世界が静かに溶けていった。

「…………っ！！」

顔が熱くなり、思わず俯いた。
雨で濡れた頬は赤く染まり、胸の奥で、押し殺していた感情が一気にほどけていく。

フラダリさんは、そんな私をそっと抱き寄せた。

「信じてほしい。私は……きみを選びます」

その手は、今度こそ離れなかった。
私は小さく息を吸い、震える声で呟いた。

「…お…怒ってるんですからね……フラダリさん……」

「ええ。怒っていただいて構いません」

「…でも……離れないでください……」

フラダリさんは微笑んだ。

「もう離れません」

彼はそっと私の手を握った。
冷えた指先がゆっくり温まっていく。

豪雨の街を、私たちは手をつないで歩き出した。
お互いを探し合い、ようやく…再会できた。

ネオンと雨が反射する地面を踏みしめ、戻っていく。
その手は決して、離れることがなかった。