米花町に愛を込めて
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「なあ、そこのね〜ちゃん、お金持ってない〜?」
米花町のなんてことない路地裏。
昼前だと思って不用意に入ってしまったのが運の尽きだったのかもしれない。
私は…見ず知らずの暴漢に絡まれてしまった。
「…あの…すみません…持ってないです…」
「嘘つくなよ!少しは持ってんだろ?体が傷つく前に出しちまった方がいいと思うけど?」
暴漢の目は焦点が合わず、血走っている様子だ。
右手にはナイフも握られていた。
恐ろしさと、何故不慣れな道を選んでしまったのかという自分への虚しさに苛まれながら私は固まってしまった。
足も震えて、一歩後ろにたじろくのが精一杯だ。
なんてことだ…私は危機に直面するとこうも混乱してしまうなんて…誰か…
「だっ…誰か助けて…!」
やっとのことで声を出したが、大通りに届くには程遠い。
暴漢がその声に苛立った素振りを見せ、私に刃物を突き出し、切り掛かってきた。
「いやっ…!」
あぁ、もうダメだ…覚悟を決めたその時だった。
「待て!!」
不意に曲がり角から別の男性の声がした。
薄暗くて顔はよく見えないが、スーツ姿で眼鏡をかけていることは確認できた。
暴漢がその声に驚き、体を硬らせる。
その一瞬をつき、男性が暴漢の腕を掴んだかと思うと、次の瞬間には華麗な動きで関節技を決めて制圧していた。
地面に苦しそうに暴漢が倒れ込む。
その反動で、男性の胸ポケットから手帳のような物が滑り落ちた。
しかし、男性はそれに気づかず、しっかりと暴漢の動きを封じ込める。
「う、うがぁっ!」
「君…君!大丈夫か!?」
「…はっ!」
あまりにも一連の流れが鮮やかに行われたので、目の前の光景に見惚れてしまっていたが、ふと我に帰り足元を見ると、男性の手帳が転がっていた。
よく見ると、警察手帳であることに気づく。
助けてくれた人はどうやら警察官…いや、偶然にも開いたその手帳に書かれている役職は刑事のようだ。
私は咄嗟に名前の欄を目で追う。
風見…裕也さん…
「警察を呼んでくれ!早く!」
「あ…はっ…はい!」
男性からの言葉に、私は混乱しながらもなんとか携帯を取り出し、110番をかけた。
・・・
パトカーが来る間、暴漢は地面に突っ伏したまま無気力になっていたが、後に連行されていった。
警察官への説明は助けてくれた男性が代弁してくれて、私はほとんど置き物のようだった。
説明が丁寧だったことや、暴漢がどうやら薬を服用していることが判明したため、事情聴取は後日となり、私は被害届を書いて解放された。
「本当に何とお礼を言ったらいいのか…ありがとうございます…!」
「いえ、当然のことをしたまでです」
路地裏では分かり辛かったが、改めて見ると、真面目で勤勉そうな風貌の男性だ。
「あの…これ先ほど…」
私は拾った警察手帳を手渡した。
「あっ…!僕としたことが…あの、中…見ましたか?」
「…あっすみません、さっき落ちて開いてしまって…ちょっとだけ…」
名前は確か、風見裕也さん。
役職は刑事…それ以外は覚えていない。
「お名前とお役職だけ拝見したのですが…まずかったでしょうか?」
「あ…いえ、いいんです…」
歯痒さを残し、風見さんは否定した。
…それにしても警察官とはいえあの身のこなし…何か格闘技でもやっているとしか思えない。
…そんなことを考えていると、風見さんはこちらをじっと見つめていることに気づいた。
「あぁ、すみません!お礼がまだでしたね。あり合わせがこれしか…」
「!?っいやいや、違うんです!いりません!」
「でも…」
「気持ちだけで十分です」
謙虚な人だ。でも…さっきの視線が気になる。
私の顔や服装、変じゃないだろうか…?
不安に思っていると、男性が口を開いた。
「…何故あんな場所を通っていたんですか?昼前とはいえあそこの治安はあまり良くはありません。しかも女性一人で…」
「あ、すみません…!そうですよね…」
至極真っ当な意見だ。
「実は…友達から美味しいと聞いた喫茶店に行きたかったんです。地図であそこが近道だったので」
「喫茶店…?店名は分かりますか?」
「えっと、喫茶ポアロっていうらしいです」
すると、一瞬の沈黙の後、深いため息を吐いたのちに男性は渋々と言った感じで切り出した。
「…場所を知っています。案内しましょうか」
「えっ!?本当ですか!?」
・・・
大通りに面した歩道。
男性が先導し、私は後を着いていく。
「すみません。何から何まで…」
「いえ、実は以前自分も…そこの上の探偵事務所に行ったことがあるんです」
「えっ!ってことは…あの名探偵の毛利小五郎さんに会ったことがあるんですか!?」
「一応は…」
喫茶店の上に毛利探偵の事務所があることは聞いている。
まさか、あの有名人との接点もあるなんて。
「凄い…!私、毛利探偵の大ファンで…下の喫茶店にもたまに来るらしいと聞いて、前々から行きたかったんです!」
「あぁ、そうでしたか…」
男性は淡々と答えた。
それにしても、なんて優しくて強い人なんだろう。
今も車道側に寄りながら、歩行速度も私に合わせてくれているのをひしひしと感じる。
「あの、すごくお強かったですね」
なんとなく硬い印象だった横顔が、少しだけ緩んだ気がした。
「…職業柄、柔道を習っておりますので…喫茶店はもうすぐです。近くまでで大丈夫ですか?」
そうこうしていると、ポアロの看板が確認できるほどまでに来ていた。
「あ、はい!充分です!」
「そ、それでは、僕はこれで…」
「あっ…待って下さい!折角ここまで付き添って下さったので、せめてお茶だけでも奢らせて…」
「え!?いやいやっ…本当にいいですよ!」
私の言葉を遮り、明らかに焦っている様子だった。
とはいえ、命の恩人だ。
何かしらの礼をしたいのに…。
「やっぱり、この後何か用事があるんですか…?」
チリンチリンーー
と、ふと目当ての喫茶店のドアから店員らしき者が出てきたことに気づく。
やや遠巻きでも分かる。エプロンを着た男性だ。
その店員は軒下の掃除を始めた。
あれ…そもそもだがこの日のこの時間、お店はやっているんだろうか?
2名分の席が空いてるかも分からない。
通りの端で立ち止まっていると、店員がこちらに視線を送った。私たちに気づいたようだ。
店員は私たちに視線を向け、にこやかに笑顔を浮かべた。
「私、ちょっと店員に聞いてきますね!」
「あぁっ…」
風見さんから何か嗚咽のようなものが聞こえた気がしたが…
「あの…今2人席空いてますか?」
「はい。テーブル席が空いてますよ」
「良かった!空いてるみたいです。風見さん…あれ?」
何故か距離を保っていた風見さんだったが、私の声ですごすごといった様子で店の前にやってきた。
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