銀魂:土方
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「ん……」
「あ、気がつきましたか。警察の方呼びますね」
女性の声がした。内容は耳に入るが理解しないまま、無意識に返事をする。
外部から漏れる日光、それがシーツのこすれる感触とあわせ心地よく、二度寝に突入したい気分になる。今、何時だろう。よく寝た気がする、とまぶたをゆっくり開く。家にしては天井がやけに高いなあとのんびり思う。
そして、あれっと気づいた。自分は今までどうしていたのか、よく思い出せない。真っ白い天井をぼんやり見上げながら、ねぼけた脳をたたき起こそうと記憶を回顧させることにした。
夏祭り会場――行った。
浮気現場――目撃した。
思い切り――叫んでやった。
それから、――それから……………?
「……ない」
「何がないんでィ?」
「!?」
まさか独り言に対して反応がくるとは思わず、ななしは心臓がはねあがった気がした。瞬時に声のあった方向に目を向ける。ベッドの脇にいつの間にか一人の青年が立っており、無表情でこちらを見下ろしている。声をかけた割には、こちらにあまり興味がなさそうな雰囲気である。
誰この人、と内心混乱する中、無言で見合うが、相手の反応は特にない。ななしは少年と男性のはざまにいるような顔を見続けるうち、不思議な感覚におそわれた。
「(……いや、見たこと、ある?)」
まるで記憶に霧がかかっているようだ。おそらく会ったことがない、はず。しかし、少なからず親近感がわいてくる。前もこの人を見たことがあるような、ないような……。
「……」
「……(だめだ、思い出せない)」
「……」
「……」
ようやく沈黙にたえきれくなったななしは、青年に声をかけた。
「……あの、ここは……」
「見て分かんねーか?」
ぶっきらぼうな態度に、少なからず動揺する。あれ、いきなりため口? 何か怒らせるようなことをしてしまったのか、身に覚えがない。こちらの表情が暗くなったことに気づいているくせに、相手がここを去る気配はない。
会話が終わったので、仕方なくななしは上半身を起こした。自分で状況を判断するためだ。ゆっくりと景色を見渡して、消毒液のにおいや自分につながる点滴、もろもろの状況から、ここは病室だと判断した。
何かが起きて、自分は花火大会の会場からこの病室で休んでいたことになる。しかしその経緯がどうも思い出せない。そうするとどうしても、視線が例の男に吸い寄せられてしまう。
依然、黙ったままの青年をこわごわと見上げ、問うた。
「病院にいることは分かりました。……なぜ、ここにいるんでしょうか?」
「それも含めて、事情聴取するんで」
「え?」
「土方さーん、起きやしたぜィ」
聞き間違えたか。
事情聴取、と聞こえたが。
*
青年がドア越しに誰かに呼びかけた後、コツコツと革靴を鳴らしながら入ってきた人物に、ななしは既視感があった。しかしななしはその理由を知るすべもなく、入室した人物をじっと見つめることしかできない。
一方、呼ばれた人物――土方は、その視線をからませることなく、青年に声をかけた。
「あとは俺がやる。お前は仕事に戻れ」
「りょーかい。鬼の副長が誘拐された女に首ったけって触れ回っておきまさァ」
「誰がそこまでしろっつったよ」
病院内を慮ってか、控えめに怒気を含んで返すが、青年は口笛を吹く余裕を見せながら出ていった。
人物が入れ替わったところで、会話が弾むわけではない。ただ先ほどの青年とは違い、黒髪の人物は「調子はどうだ」とぽつり、気遣う言葉を投げてくれた。それだけでななしは、ほうっと息をつき、幾分か緊張がとけたような気がした。
「……はい、おかげさまで、よく眠れました」
「そりゃ何よりだ」
こちらを見て、ふっと笑うその姿。目がしっかりとあうと、
「……っ!」
ずきんと、自分の心臓が痛むのが分かった。
わざと軽く咳き込むことで、視線をずらす。悪い症状ではなく、思春期に味わったような特別な気持ちがめばえてきそうな感覚だった。いったいなぜだろうか。先ほどからの既視感もどうも気になる。
しかし今は、自分の状況を調べるべきだ。ななしがあれこれ考えている中、土方は落ち着いた口調で説明に入った。
「お前は昨夜、誘拐犯に拉致されていたが、ちょうど警護していた真選組が逮捕・保護をした。が、外傷などの確認がその場ではできなかったんで、念のため病院で様子を見ることにした」
「(しんせんぐみ……? 警察? 初めて聞く……公安みたいな感じ?)」
ななしは男の発した「しんせんぐみ」について、うまく脳内変換できなかったが、助けてもらった事実をメインとして取り上げることにした。
「そうだったんですね……。すみません、助けていただきありがとうございます」
頭を下げるななしに、冷静に「仕事だからな」と返した。そして目つきを少し鋭くし、土方は続けた。
「今後はお前が答える番だ。いかんせん所持品がねェから信用できるかは分からねーが、名前、住所を言ってもらおうか」
「あ、はい」
素直に氏名、住所を回答する。しかし相手の反応はななしの予想と違っていた。
「おい、適当抜かすんじゃねェ」
「え? な、何がでしょうか……」
わざわざ都道府県から伝えた住所に、一気に眉間にしわをよせ仏頂面を前面に出してきたのだ。まさかの否定にななしは仰天した。
果たして男は言い切った。
「そんな場所、この国のどこにあるってんだ」
「え、ええ?! 何言ってるんですか、47都道府県にばっちりありますよ!」
「なんだそのよん……なんたらっつーのは」
「?!! いや、意味が分からないんですけど!」
「そりゃこっちの台詞だ」
呆れた顔で言われ、開いた口がふさがらない。会話が成り立たないことに、驚きからいらつきに感情が切り替わるのが分かった。さっきの胸の動揺はどこか彼方に飛んで行ったようだ。
ななしはムッとした顔で言い返したが、土方はますます厳しい表情を浮かべる。
「(なんだコイツ)」
明らかな嘘であるにもかかわらず、この女は妙な自信を持って述べている。不可解だ。
その後しばらく言い合いしたものの、平行線でらちがあかず、土方は看護師を呼んで紙の地図を借りた。
そしてベッドの上で警戒心丸出しの女に、黙って渡す。ここから探せ、という意味である。
ななしもそれを理解し、無言で地図を広げ、すみからすみまで目を皿のようにして探し始める。
それを見ながら、何ら情報がつかめていない土方は、いらつきがピークに達し、そろそろ煙草をふかしたくなった。
その数分後、ベッドに地図を広げたまま、ようやくななしは呟いた。
「……………ない……?」
そして彼女の発した声に、そりゃそうだろという呆れと、なぜそこまで愕然とするのかという疑問が土方の心中に同時に湧き起こった。
*
「…………」
「…………」
「…………」
「…………(チッ)」
オイ、と土方が声をかけなければ、ななしは姿勢を崩さないままだっただろう。ない、と結論づけたが、どうしても諦めきれず、地図から目を離せなかったのだ。
先ほどまで、土方の心境としては、架空の住まいを言われたことで不信感でいっぱいだったが、今の彼女の様子を見ると、別の可能性を見いだしていた。
天人の一種ではないか、と。
それを隠しているかどうかは不明だが、どうもこの地球の人間ではないような言動が目立つ。また着用の衣服も、着物ではなく洋服で、浮いた印象があるのも事実だ。
「外、出てみるか」
百聞は一見にしかず。土方の提案に、ななしはこくりと頷いた。
病室から出入口までの道中、二人は無言だった。ただし土方は、ななしが万が一逃亡でもすればすぐ捕まえられるよう、常に気配を探っていた。
当の本人は、ただただ、外の景色が自分の知っているものであることを願っていた。
そして病院の受付を通過し、自動ドアを通ったところで、ななしは言葉を失った。
♪
「(え、何あれ……飛行機じゃなくて……飛行船? え、バイクも空飛ぶの? あのかぶりものは何? え、コスプレ? はやってんの? 今日ハロウィン? なんでみんな、時代劇みたいな格好なの? なんでこっちを見るの? 近未来なの? コスプレなの? ドラマの撮影なの? ドッキリ? 夢、これは夢?! 何と何かの神隠し的な?!)」
次々と現れるクエスチョンが、洗濯機で洗われる衣服たちのようにななしの脳内をぐるぐる回る。空を見ても地上を見ても、刺激的すぎて頭がくらくらしそうだ。
「ここ、ドラマの撮影地ですか? 今日撮影予定でもあるんですか?」
「いや、エキストラ多いし普通に暮らしすぎだろ」
「それならドッキリですか? どこかに隠しカメラがあって、ドッキリ成功の看板とか」
「自分にドッキリ仕掛ける価値があると思うたァめでてェな」
「いや、一般人でもありますよね!?」
「俺ら警察はンなもんにつきあうほど暇じゃねー」
「…………」
ななしの興奮は、土方の冷静な返答により徐々に冷めていく。
ドラマでもない。ドッキリでもない。自分の住んだまちがない。
と、いうことは?
認めたくない現実だが、ななしが何度目をこすっても、景色が変わることはない。
漫画や小説、ドラマや映画、ありとあらゆるジャンルで見かける展開。
異世界へのトリップ。
その可能性以外、今の自分が納得する結論が思いつかない。
しかし、この男――土方に、うまく伝える手段も思いつかない。
どうしよう、と途方に暮れるななしに助け船を出したのは、他ならぬ土方だった。
「……お前、この国の人間じゃねェってのか」
「え?」
「いや、言動が全部おかしいから」
「……いや、そんなことは……」
一瞬否定しかけて、ななしはその船に乗ることにした。
「……すみません、あの、夢じゃなかったら、ここ、私の住んでる場所じゃないかも、です。すみません、自分でも何言ってるか分からないんですが……」
「……天人でもねーのか?」
「え、あ、あまんと?」
土方の言う新たなる単語に、また「?」が現れる。ななしの反応に、土方は「いや、いい」と流した。これ以上混乱させても進展はないと踏んだためだ。
*
病室に戻り、幾分か落ち着きを取り戻したななしと話をした土方は、ななしを経過観察の対象とすることにした。ななしの言葉は現実味がない、しかし嘘を言っているようにも思えないというのが土方の現時点の見解だった。
それでも土方には、ななしを心底疑う気にはならなかった。名前を聞いたとき、あの少女と同じだったのが少し気になったが、まさか同一人物だとは思わない。
少女とは1年前に出会ったのだ。目の前の女性はどう見ても大人だ。
「しばらくは病院に入院しろ。何か思い出したことがあれば連絡……っつっても、何も持ってないんだな」
「はい……すみません」
先ほどの勢いはどこへやら、しぼみきったななしの声に、警察としてのおせっかい度が上がりそうになる。その感情に気づいた土方は、それを隠すように「いちいち謝んな」と返し、電話番号を用紙に書き込み、ななしに渡した。
「屯所――職場の電話番号だ。土方を出せと言えばいい。病院の電話機を使え。事情は俺から話しておく」
「あ、……ありがとう、ございます……!」
受け取ったななしは、紙から伝わる土方の温かみを感じた。仕事だからといえばそれまでだが、着の身着のままで見知らぬ土地にやってきた自分としては、彼の不器用な優しさが嬉しかった。
外に出て話をするまでは、不安に押しつぶされそうだった。しかし今は、こうして自分を受け入れる人間が現れてくれた。
その安心感は、ななしの緊張の糸をぷつりと切るには十分だった。視界がどんどんゆがんでいくのが分かる。
その様子を黙って見守っていた土方は、彼なりになぐさめの言葉をかけることにした。
「泣いても状況は変わらねェぞ。まずは食って寝ろ」
「はい……ひじかたさん……」
土方の名前を口にしたとき、ななしは思い出した。あの既視感が、また思考回路を奪う。
「……ひじかた、さん?」
「なんだ」
退室しようとしたところ、声をかけられたので振り返る。その姿に、呼び止めてしまったことを詫びつつ、ななしは思い切って尋ねることにした。
「すみません、まだ記憶がおぼつかないんですけど。今日初めて会ったと思うんですけど、土方さんと、さっきの男の人が、初めて会った気がしなくて……」
「………」
「はは、記憶が混乱してますね」
変なこと言ってすみません。
誤魔化すように笑うななしに、
「……お前、ガキんときに迷子になったことあるか?」
「はい?」
「あー……花火大会とかで」
土方は、我ながら馬鹿なことを聞いたと思った。
「あ……はい、あります。あれ、話しましたっけ?」
ななしの答えは、土方の瞳孔をさらに開かせることになる。
「実は幼いとき、地元の花火大会で母親とはぐれてしまって……」
「……」
「でも、男性に助けてもらったので大丈夫でした。そのときおうちに帰してあげるからねってなぐさめてくれたの、覚えてるんですよね」
「……」
「その後、無事に母親のもとに帰してくれて、今も感謝しています」
「……そうか」
そう返すのが精いっぱいだ。雷に打たれたような衝撃が走った。
*
ななしという名前、夏祭り、幼児の出来事、男に助けられた。どれもあのときの状況と酷似している。年齢だけが一致しないことを除いては。
しかし人というのは不思議なもので、共通点をどんどん増やしたがるらしい。土方は嬉々として昔話をするななしを見るたびに、あの幼女との共通点を見いだそうとしていた。目つき、笑ったときの表情、鼻の形など……。それを自覚したとき、土方は人知れず恐怖した。あまりにもメルヘンな展開だが、それを信じようとしている――一つの可能性として考えている自分がいる。
幼子だったななしが別の世界の人間で、1年後に大人になった姿で現れた、などと。
「ウオ゛オ゛ア゛ァァア!!!」
「わァァァァァァ!?」
突然、壁にガンガン頭をぶつける男に、ななしは絶叫した。
その声を聞きつけ、看護師がかけつける。そして土方をしかり飛ばし、職務に戻った。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
「何がだ? 俺は普通だ。正常だ」
「いや、正常には見えない……」
頭から血が流れるくらいの強さで自傷行為に走る土方に、ななしは少し引いた。しかし本人にとっては冷静になるきっかけだった。結果オーライだったのかもしれない。
「……今日はこれで帰る」
「はい。ありがとうございました。あの、また……よろしくお願いします」
「ああ」
今度こそ退室……の手前で、ななしを再度振り返る。彼女は隠しているつもりかもしれないが、心細そうにこちらを見つめていた。
「……そんな顔すんじゃねェよ。安心しろ」
あー、だめだ。
誰にいうでもなく、白旗を上げる。
共通点が多いだけでいい。もしあのときのななしが、目の前なら、また迷子になっているだけだ。
それならば助ける、それだけだと、一人の男は決心した。
いぬのおまわりさん
こまってしまってワンワン……するかァ!