銀魂:土方
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地元で開かれている夏祭りの夜。会場に来て、はや1時間が経っていた。
母親の半分以下の背丈で、ななしは行き交う人々の足たちを眺めていた。それに飽きたところで、つながれている手の先を見上げるようにすると、母親がにこにこと女性と話している。
ななしはこの時間が退屈だった。さっき欲しいと強くねだったかき氷も、ウインナーも、「あとでね」と言葉どおりにされ、今、もう片手に持っているのはジュースの入った小さなペットボトルのみ。その飲み物にも飽きてしまった。何の罪もないペットボトルをじっとにらみつけるが、もちろん何が変わるわけではない。
「そういえば、ななしちゃんにぴったりなお洋服があったの! 持ってきたんだけど、見てもらえる?」
「まあ本当! ななし、お洋服だって!」
「ママ~、かきごおり~」
母親はななしのじれる姿に気まずさを感じたが、大人の対応をとることにした。つまり、「あとでね」と繰り返す。
知人が「待ってて」とかばんから物を取り出そうとしたときだった。かばんがひっくり返り、私物が地面に落ちた。母親は友人の私物を早く救おうと、とっさにななしとつないでいた手を離した。
「大丈夫? この鏡割れてない?」
「大丈夫、ありがと……あ、あら、ねえ、ななしちゃん、は……?」
歯切れ悪く友人が尋ねる。
母親は振り返り、愛娘が消えた事実を受け入れるのに数秒かかった。
*
「うあーーん」
かぶき町で開催された夏祭りで、注目を集めた声があった。邪気も色気もない、純度何百パーセントの声だ。
「土方さん、子作りするのは勝手ですが、ヤリ逃げはいけやせんぜ」
「なんで父親が俺前提なんだよ」
「前言ってたでしょ、かぶき町中の女は俺の女だって………夢の中で」
「ンな有言実行してたまるか!!」
帯刀した男二人がけんか腰の会話をしているだけでも十分に注目を浴びるが、目つきの悪い男が抱いているものが幼女であることで、余計に周囲の視線を集めている。それに気づいた黒髪の男――土方は、舌打ちをしてそれらを見返した。
あっという間に視線が散らばっていく。その姿に亜麻色のほうが無表情で「さすが鬼の副長」と評した。
「その殺気でこの女児も怯えさせるたァ流石だ」
「あ……」
幼女は何も言わず、そして緊張しきった顔を隠さず、土方を見上げた。「総悟、」と呼ばれたもう一人の男は、土方が続ける前に走り出した。
「俺は引き続き夏祭りのパトロール(主に屋台)行くんで、じゃッ」
*
「ハァァァァァ……」
隊服を身にまとった男と幼女、という奇妙なコンビは、人目から逃れるように会場を後にした。かといって屯所に戻るには距離がある。そのため、会場から少しだけ離れた場所にある神社に寄り、石段に腰を下ろした。ここは帰路につく住民以外は通らない道だ。安心から、どっと疲れが出たが、現状を整理することにした。
民衆が夏祭りを楽しむ様子を、将軍が御覧になるという話が真選組に下りてから警備体制などに追われ、当日も怪しい奴がいて追いかけ回していた。その怪しい奴から、「高く売れそう」なこの女児を解放してやったはいいが、母親がいっこうに現れない。迷子センターに預けようとしたが、すでにキャパオーバーで断られてしまった。この薄暗くも広い会場、子供と親が離ればなれになる可能性は十分にある。かといって断られるケースがあるのか。土方は絶望感に包まれながら、かといってこの女児を放置するわけにもいかず、無線で離席することを発信してから避難した。以上が現在の状況だ。
そこまで振り返り、子供がいやに静かだと思った。隣を見ると、土方が見たことに気づいたのか気づいてないのか、小さな口を開いた。
「ママ、ななしがきらいになったんだ」
「……そう思う理由があンのか?」
「ななしがわがままゆったから。かきごおりたべたいってゆって、こまってたから」
「……」
「だから、ななしがいいこにしてたら、ママ、きてくれる」
途中から降ろしてとだだをこねられ、手をつないでいたが、その手はまだつながっている。そういえば迷子センターで降ろしたんだったかと、ふと思い出した。もしかしたら急に大人しくなったのも、幼女なりに打開策を考えてのことなのかもしれない。
「お前、何歳だ」
「5さいって、ママゆってた」
「ふーん。利口な奴だな」
「りこー?」
「ちっこいなりに、大人の顔色伺ってんなってことだよ」
「??」
そういえば名前はななしといったか。
「ななしってのが名前か?」
「うん」
「いい名前じゃねーか。……安心しろ、お前の母ちゃん探してやるよ」
ななしの沈んだ表情が一転、めいっぱいの笑顔になった。最初あれだけ怖がっていた土方のことも、もう怖くなくなっていた。現金な奴、とつられて土方の口角も上がる。二人はまた手をつなぎ直し、神社を出て、祭りの会場に向けて歩き出した。
急にななしの耳に、母親のかすかな、自分を呼ぶ声が届いた。土方の手を離したと同時に、「ママのこえ!」と興奮気味に走り出した。驚く土方も続こうとしたが、所持する無線機に信号が入る。職務上、無視を決め込むことはできず、無線機を操作した。
わずかその一瞬で、
「………おい、」
一本道を、小さな歩幅で走っていたはずのななしは、土方の目の前から失せていた。
♪
二十年後。
ドン、ドン、太鼓の音。
それに呼応するように、ベランダの風鈴が控えめに鳴る。
たまらず、呟いた。
「……夏だなぁ」
エアコン設定、26度。
扇風機「中」で首振り中。
手元にはスプーンとハー●ンダッツ。
yo●tubeで好きな動画視聴中。
以上、非常に快適な環境下にもかかわらず、ななしの表情は死んでいた。
『きみって自分の意見はないわけ?』
『指示待ち人間はうちの会社いらないから』
『どうせ心の中ではやってらんねーとか思ってるんでしょ』
平日、勤務先の正社員から指摘された言葉が忘れられず、無意識に反芻する。
派遣社員だからとかではなく、どうやらななしの大人しい性格は勤務先の社員とは相性がよろしくないらしい。大企業に就職できたはいいが、配属先が花形の営業部で、その事務係となった。彼女なりに業務はミスしないよう頑張っているが、アグレッシブな正社員たちはそれをななしにも押しつけてきており、もっと積極的になってほしいと願っているようだ。
しかしななしの性分で、意見を求められたりすると、目の前の相手が求めるような回答をしてしまい、結果として八方美人のようなイメージになってしまう。それが正社員から皮肉られる結果となった。いじめなどはないが、少し浮いたような存在になっていることを、自身とて認識している。
「自分の意見とかあるけど、全然自信ないし……間違えて怒られるほうがいやだし……やってらんねーなんて思ってないし……」
かなりの時間差で言い返すが、もちろん意味はない。
わたしってなんでこんなダメ人間なんだろう、と落ち込むときに、決まって脳内再生されるのが、男の声だった。
『安心しろ、お前の母ちゃん探してやるよ』
ななしが小さいとき、迷子になって困っていたところを助けてくれた男がいる。そしてこの言葉が、声が、ななしの脳裏に強烈に焼き付いていた。顔はうっすらだが、黒髪だったことはなんとか覚えている。
あの男は誰だったのか、今も分かっていない。というのも、母親の話ではななしが戻ってきたのは、夏祭り会場の入口からだった。入口は1か所しかなく、つまりななしは会場内で消え、会場の外から現れたことになる。当初は誘拐の可能性もあり警察が動いたが、無傷であること、ななしの言動が現実的にも年齢的にも的を射ないものであったため、事件性は低いと判断された。何より本人が「たのしかったー!」と笑顔で言うものだから、怖い目にはあっていないならいいかという気持ちもあったのかもしれない。
母親はこの件がきっかけで、最近まで、ななしの自由な行動を禁じていた。そのため現在も実家暮らし、特に夏祭りはあれ以降行けていない。友人との遊びは問題ないが、門限はあり、出勤以外の一人行動は母親の許可が必要になっていた。思春期は反抗期パワーでそれなりに闘ったが、母親の「ななしが心配なの!」という決めぜりふが、ななしの敗北を裏付けてばかりいた。
しかし現在、恋人といえる彼氏がいる。勤務先の正社員で、住まいもたまたま近所だった。母親にも紹介済みである。そのおかげで、自由行動の幅も広がった。何せ彼氏と出かけるといえば、快諾されるのだ。
ドン、ドン、
「………あ」
太鼓の音が、ななしの心臓の音に重なるような感覚だった。
長年行けなかった夏祭り。それが現在、例の会場で行われている。彼氏と出かけると言えば、行けるのではないか。もしかしたら、例の恩人にも出会えるかもしれない。
金曜夜、夏祭り当日は出勤日だと嘆いていたが、もう仕事は終わったのではないか? そう思い、急いで恋人にメッセージを送る。5分ほど既読がつかない。せかすように電話をする。出ない。ああ、と諦めかけたが、どうしてもななしはそれを認めたくなかった。母親に「彼と出かける」と嘘をつけばいいか、という考えが頭をかすめる。それくらい、感情が高ぶっていた。よくよく考えれば恋人を利用して恩人(男)に会おうとしており、相手からすればどんな気持ちになるか察することもできるが、そこまでの余裕はなかった。
その理由は、恩人の件とは別に、彼女なりの懸念があったからだ。
「………よし」
Tシャツを脱ぎ、出かける準備を始めた。
*
予定どおり、母親には嘘をついた。にっこり笑って「でも門限守りなさいよ」と念押しされる。大人になって門限かと思ったが、別に近くの夏祭り会場なので遅くなるわけもない。ただし会場が年々大きくなり人出も増えたため、行き帰りに人波に押されることは確実だ。その面倒は今回は仕方ないと腹をくくった。
メイクを施し、黒の麻混Vネックワンピース姿で戦場に着いた。シンプルだがそれなりに着こなしているはず、と自分を励ます。再度スマートフォンを見るが、恋人からの連絡はきていない。ということは、会社で仕事をしている。
している、はずなのだ。
*
「……………」
数分後。
人波に流されないよう会場を歩いていたななしは、持っていたバックを落としそうになった。落とさなかった根性は、目の前の光景をしっかり目に焼き付けるためでもあった。
恋人が、会場にいた。
「……え……?」
一人ではなかった。
隣に並ぶ女性の肩を抱いて、寄り添うように歩いていた。二人ともこちらに背を向けており、後頭部しか確認できなかったが、話すときに向けた横顔で判別できた。勤務先の正社員が、相手だったのか。しかも私に皮肉を言ったうちの一人だ。
くらくらする現実に置いていかれないよう、深呼吸する。
「(だいじょうぶ、だいじょーぶ……この可能性は前々から思っていたじゃないか)」
実を言うと、ななしは彼氏の浮気を感じ取っていた。女のカンも働いていたのかもしれない。そして今日、出勤日だと聞かされていたが、あの状況ではそれも嘘だろうと推察する。
最後の勇気をふりしぼり、ななしは震える手でスマートフォンを操作した。発信先は、もちろん彼の人である。二人とつかず離れずの歩幅で、反応をじっくり見守った。
『プルルル、プルルル、プルルル……』
「………えっ」
男は、少しして視線を落とした。直後、スマートフォンの画面を隣の女性社員に見せているような格好をとった。女性社員が何かを見た後、楽しそうに笑い声を上げた。ななしはまだ電話を切っていない。ということは、ななしから着信が入っていることを二人とも理解しているのだ。
「……私が、電話を、かけたのが……、そんなに、面白かったの……?!」
留守番電話サービスにつながる。
たまらず、ななしは、正直に叫んだ。
「さっさとくたばりやがれ!!!」
振り返った男女は、その姿をみとめたとたん、目を白黒させた。留守電にも入ったが、声量で二人の耳にも届くのは明白である。
二人が思いきりうろたえている姿に、ななしは急に冷静になった。
周囲がどよどよとしながらも、ななしの歩みを止めることはなく、さっとよけていく。きっとこの修羅場を察したのか、巻き込まれたくない者は足早に去り、野次馬に徹する者はじっと様子を見守る。
やがて二人の前にたどり着いたななしは、リップグロスの引いた唇を少し開いた。
慣れないながらも、おしゃれに気を使い始めたきっかけは、この男のためだというのに。心中自嘲しながら、血の気が引いた男女に言葉を発した。
「クソ同士、とてもお似合いですよ」
*
ドーン!!
直後、花火が上がった。
幼少期にはなかった行事だが、年々規模が大きくなったことにより増えたイベントの一つがこれだ。設置された花火たちが、会場からはとてもきれいに見えるのだ。
言うまでもなく、修羅場よりも、花火のほうが断然美しいものである。どうせ思い出にするならきれいなものを――ということで、野次馬たち客たちは三人よりも花火に夢中になっていた。
クソと言われた二人は、花火どころではない。女性社員は既婚者である。男はもちろんななしの恋人だ。何をどうすべきなのか、思わず二人で会話が始まる。
ドーン!!
「ちょっと、どうするのよ!」
ドーン!!
「はあ?! アンタが誘ってきたんだろ!」
ドーン!!
「アンタだって、アタシのほうが好きって言ったじゃない!」
ギャーギャーと騒いだ後、とにかくななしと話をしようと結論づけ、ようやくそちらを見たときには、
「え?」
「は?」
ななしは、目の前から消えていた。
花火のあかりを頼りに見渡すが、のぞんだ姿はない。
まさかもう出たのかとか、まさか会社や旦那に連絡したのかとか、この後どうするつもりなのかとか、二人の会話はどんどん険悪になっていく。直後、苦情を聞きつけた警備員に人前で注意され、荒々しく会場から追い出されることになったが、その姿はななしは見ることができなかった。
♪
「はアァ……」
また上様のお祭り警護か、とうんざりする気持ちを煙に吐き出す。しかしこれも仕事の一つである。休日返上で勤務するその姿勢を、後ろにいる亜麻色が皮肉った。
「ため息なんかついて、恋煩いですかィ土方コノヤロー」
「そのほうが100倍マシだ。たまりまくった仕事とようやく向き合えると思ったら……」
「んだよ仕事できねーなァ」
「誰のつくった仕事だと思ってんだァ!! 町中でバズーカ連発しやがって!!」
土方の怒鳴り声もどこふく風、「そういや」と話題を変えた。
「去年でしたっけ、謎のアマ拾ったの」
「あ? ああ……アイツか」
1年前の夏祭り、二人は誘拐されそうになっていた幼女を救った。気づけば姿が見えなくなったが、その後誘拐事件の話は聞かないし、「ママの声がした」と言っていたからまァいいかと割り切っていた。このかぶき町では怪しい奴もそうでない奴も入り交じっている。毎日何か事件が起きるのだ、一人に固執して調べるほどの余裕はない。
「総悟、」
「ちょうど何か壊したかったところでィ」
「手加減しろよ」
会場の外を回っていた折、土方に名を呼ばれた亜麻色が、走り出した。隊服を見て、急にきびすを返した男を追いかけたのだ。俵担ぎされているものは何か。
土方が着いたころには、地面にひれ伏す男の姿があった。その近くに、同じく地面につっぷすものがある。女のようだ。
「人が集まる中での誘拐は常套手段だ。つってもお前、子供じゃねーぞ」
「し、知らねェ! 川で倒れてたから、家で介抱してやろうと思って……!」
「成程、家でくった後に売っちまう算段か」
誘拐犯の背中にどっかりと腰をおろす青年は、その言い訳をあっさり撃破する。逮捕されるとわかった犯人は、逃亡する力を失いうなだれた。様子を見届けたところで、土方は以前として動かない女にかけよる。もちろん、被害者と見せかけた仲間である可能性も捨てずに、慎重に近づく。
「オイ、起きろ」
返事はない。緊張感を残したまま、その衣服にふれた。着物ではなく、洋服だ。この御時世に珍しい。脱力している身体をどうにかあおむけにしたところで、女の顔をおがむことができた。
「……ん?」
土方はその特徴に、なぜかこの場で、記憶を探りたくなった。初対面であることに代わりはないと思うが、何か見覚えがあるような、ないような……?
固まる上司の姿を、青年は鼻で笑った。
「恋かィ」
反応はなかった。
まいごのまいごのこねこさん
あなたのおうちは、どこですか?