銀魂:土方
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高校生、わたしは言った。
『社会人になったらお金貯めて旅に出る!』
大学生、わたしは言った。
『社会人になったら素敵な恋もしてエンジョイする!』
今のわたしなら、こう言い返す。
「社会人、なめんなよ」
会社に泊まるなんて、普通新入社員3ヶ月目であり得る話だろうか。
「う゛~…気持ち悪い……」
お風呂に入らなかった、否、入れなかったせいで、わたしの身体は脂ギッシュ…のような感覚におそわれる。トイレに立つだけで、肌と服の触れ合う感触にぞわっとするのは、敏感すぎなのかな。
せめて下着は変えたくて、深夜に家まで走ったものの、仕事量を考えるとそのまま家で寝るより、会社の机に寝そべったほうが良く思えた。その結果、服は昨日のまま。
でも、大丈夫。
そんなこと気にする人、この会社にはどこにも存在しない。
「おおぉ…起きたか、ななしちゃん」
「近藤さん…。またパン一じゃないですか…」
ストライプのトランクス一丁な近藤さんは、隈のできた目をギシギシと細めた。うわあ、きっとこの人徹夜だったんだ。
「いや、案外脱いだら楽でさァ。このまんま仕事やっつけちまったよ、ガハハ」
「マジですかそれ。わたしもそうしようかな…」
「うんうん、仕事片付けること考えたらやってみたほうがいい」
「…近藤さん、それセクハラ」
煙草をふかしながら声を上げた、土方さん。
目が充血してて、元々悪い目つきがさらに悪くなっている(怖いよ、どこのヤーさんと喧嘩してきたの?くらいに機嫌も悪いよ!)
近藤さんよりも若いけど、実はこの人がわたしの上司だったりする。
「あー、そうか。悪ィなななしちゃん、」
「大丈夫です、わたしもする気なかったんで…ふわあァ」
「女が大口開けて鼻の穴広げんな」
土方さんの、呆れた口調とともに投げてよこされたのは、栄養補給ドリンク剤。おお、心の友よ!
「うわーいっありがとうございます土方さん! ゴチです!」
「誰が奢るっつったよ。給料から天引きに決まってんだろ」
「ケッチぃ! たかが何百円のものが自腹って! これだから新入社員が次々辞めていくんですよ!」
「お前の教育がなってねーせいだろうが!」
「入って3ヶ月の社員に、なんで新人の教育させるんですか?!」
負けじと吠えたわたしをジロリと見た後、土方さんが青筋を立てながら近づいてきた。
ヒッ、い、言い過ぎた…!
ガッと首を腕でつかまれ、性ならぬ"生"の危険を感じたわたしに、土方さんがこそりと呟く。
「…お前の先輩で、まともな奴がどこにいんだよ」
くるり、と首だけ、社内を見渡す。
自分の席に戻ったのは、深夜突然トランクス一丁になる近藤さん。
「(第一印象は良いけど、女に弱いというか、天然的セクハラ発言があるんだよな)」
ソファに寝転ぶのは、女遊びの激しい、営業の沖田さん。
「(駄目だあの人、男が入ってきたら苛めるし、女だったらすぐに手を出すんだから。…あれっわたし出されてねーんだけど。女とみなされてないのかこれ)」
経理担当なのに金を使いまくられ、ストレスのあまりアンパンしかかじらなくなった山崎さん。
「(あの人はまともだった…3ヶ月前までは)」
ワンマン経営のため、社員はわたしを含め、五人。
全社員を考慮し、わたしはぼそっと言った。
「………いま、せん…」
ちなみに土方さんは論外。何せ外見、内面ともに第一印象がすこぶる悪い。彼が新人を指導すると、必ず指導された社員は辞めていく。
いや、必ずじゃないか…。一応、わたしは残ってるし。
「あー…だるい……」
休憩時間になり、お菓子パックを片手に屋上へ出る。
うちの会社は3階建てのビルで、といっても3階だけがうちの職場。つまり1階と2階は別の会社が借りている。
まあ何が言いたいかと言うと、運動が好まないわたしでも、3階の職場から屋上へなら、階段を使うのだ。
「(これで少しずつでも、ダイエットになるのならば…)」
いったいいつからあるのか、誰がおいたのかわからないソファに腰掛け、お菓子パックの袋を開ける。
ああ、なんて良い天気。
十何年前の今はきっと、先生に引率されて遠足に行っているんだろう。それくらい簡単に想像できるような、気持ちのいい風、太陽の日光を肌で感じる。
「………」
こんな風になるはずじゃ、なかったのにな。
いわゆる「クジゴジ(9時~17時勤務)会社」を求めていたはずの、わたしがいるこの場所は、「(強制的)24時間営業」な事務所。
おかしい!
求人票には9時~17時だと書いてあったのに!!
……と思った、わたしと一緒に入ってきた新入社員は、我慢できなくなったある日、土方さんをそう責めた。
それに対して土方さんは一言、
『そりゃお前の業務の仕方が悪ィからだろ』
これですまされた時は、わたしも辞めてやろうと思った。生憎、両手に案件いっぱいかかえてたから、これを終わらせてから…と自分の中で譲歩した。
勿論その新入社員にも、案件はあった。だから辞めるのは早くても数ヶ月後かな、と思っていた。
「(考えが甘かったなー…わたしも、土方さんたちも)」
その社員は翌日から来なくなった。ちなみに辞表は後日、郵送で届いた。
おかげでその社員の案件を、急いでみんなで割り振り、処理をするはめになった。
その間「あのヤロー街で会ったらぶっ殺す!!」と息巻いていた土方さん、沖田さんを見て、勝手に辞めることの恐ろしさを知った。
それから、勝手に辞めることで、人に迷惑をかけるという悪い別れ方も知った。
「あー…そういやDVD、そろそろ返さないといけないな。全然見てないけど」
今になって、DVDは借りるもんじゃないと思う。
ここで働き始めてから、自分の好きなことができる時間が限られていて、下手したら1日中仕事に追われて、むしろ深夜に帰って数時間後の朝に出社は毎日のことだ。
最近感じた幸せなんて、会社の経費で膝掛けを買ってもらったことって、どういうことなの。
『ななしのいる会社って、絶対ブラックだよね』
前、飲み会で会った親友にそう言われ、わたしは素直に頷いた。
辞めたほうがいいよ、とアドバイスももらい、わたしはノリで辞表を書いた。
書いたまでは、良かった。
「渡せないんだよなあ、これが…」
「何が渡せないって?」
「!! ひじか、たさん!」
ブラックコーヒー片手に屋上へやって来た土方さんは、ソファを一人で堂々と陣取る姿を見てチッと舌打ちをした。
急いで端にずれると、空いたスペースに土方さんが腰掛ける。
ぎ……ギャアァァァァァァ!!!
どッどうする、ていうか土方さんどこまで聞いて…! いや大丈夫でしょ大体わたし呟きなうしかしてないもん、ブログほどの長文じゃないもん!
「……どーせ辞表だろう」
「ソォッ! そんなわけないですよ」
「俺ぁつっこまねーぞ」
つっこむのも疲れた、とソファの背もたれに両腕を回す上司は、確かに疲労感を全面に出していた。
「…………」
そうなのだ。
わたしが辞めようとすると、土方さんはわたしの優しさ(まあ自分で言っちゃ世話ないか)につけこむためなのか、弱さを見せる。そうすることで、わたしのやる気を引き出す。
そしてそれは、今回もまた。
「はあー…。……土方さんて、ずるいですよね」
「あ? 何がだ」
「……辞めようと思った時に限って、慰めてくるんですもん」
「辞めようと思った奴の表情は見飽きてんだよ」
にやり、と意地の悪い笑みを浮かべる土方さん。
悔しい表情をするわたしを見ると、ちょいちょいと指先だけで手招きをした。
「……なん、ですか…」
……なんだ。
もしかして首を絞めるつもりじゃあるまいな。
命の危険を心配しつつ、ゆっくりと近づく。
「!! ひいっ!?」
頭をガッとつかまれた瞬間、わたしは死を覚悟した。それほど強い握力だった。
が、すぐに力が弱まり、その手のひらがワッシャワッシャとわたしの頭皮を刺激する。
なんで突然マッサージされてんの? ……あ、いやこれは。
「……(なでられてる、のか…?)」
こんなこと初めてなので、わたしは身動きもできず、ただただ頭をワッシャワッシャされることにした。
土方さんもきっと初めてなんだろう、指に力が入りすぎて痛いのなんの。
でも、わたしを励ますためにやってくれているのだと思えば、思わず目をつぶってしまいたくなるくらいの、幸せなひととき。
「…俺だけじゃねェ。近藤さんも総悟も、お前には期待してる。てめェでてめェの可能性閉じんな。もったいねーだろ」
「……はい。…もしかして、新入社員の募集かけてるのって、負担を減らすためですか?」
「たりめーだろ。今度こそ辞めさせんなよ」
「辞めさせませんよ」
あ、わたしはわかりませんけどね。
そう付け足すと、チョップでワッシャワッシャタイムが終了した。いったー!!!
「こっこれで馬鹿になったら会社訴えますから!!」
「勘違いすんな、お前は元々馬鹿だ」
「ああ、なるほど。よし、辞めます」
「個人情報握る前の元同僚はともかく、今のお前が辞めようなんざあめーんだよ」
「……え…なんですかその、『個人情報握る』ウンヌンて……」
「よォし休憩は終わりだ、仕事に戻んぞ」
「土方さァァァァん!!? 個人情報って流出するために握るものじゃないですからね!!?」
上司の背中を追い、ソファを立ち上げる。
不思議と気分は軽やかで、ああ、やっぱ土方さんにはかなわないなあと、うれしくて笑った。
辞表攻防戦
全ての社会人にエールを!