銀魂:坂田
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こんなに、絶望した時はない。
それはあの日、いきなり自分のいた世界からトリップしてきたより、ずっと。
命の恩人である、坂田銀時。
はじめは全てにおいて無頓着というか、おおざっぱというか、とにかく「こんな大人にはなりたくない」という印象だった。
それが毎日この人と過ごすうちに、いや違う、この人の中には芯があって、その芯があるからこんなに好き勝手に、たくましく生きているんだとわかった。
そんな銀ちゃんが、わたしは好きだった。
ただそれは、一人の人間として。
「(だってわたしには、好きな人が待っている)」
この時代の人々は、温かくて冷たくて、優しい。
だけど、どんなに楽しい日々でも、いつだって帰ることを忘れることはできなかった。
そんな執念と努力が実ったのか、おかげでわたしはあの日、とうとう帰る手段を見つけた。
『急でごめんね、銀ちゃん』
『……いや、……謝んのは、俺のほうだ』
その人が起こした行動は、まさに酷い仕打ち。
目の前で、帰り道の入り口が、壊されていく。
バリンバリンと、割れていく。
あの人は、真っ赤に染まった拳をゆるめ、こちらを見ることなく呟いた。
『だから、すまねえ』
ああ、この人は、わたしの知っている銀ちゃんじゃない。
ショックでいっぱいだったわたしは、そんな馬鹿らしい結論、あるいは事実にたどり着いた。
それから、何週間経ったのだろう。
朝食をすませた後、玄関で靴をはいていると、後ろから声がかかった。
「あれ、ななしちゃん、今日も出かけるの?」
「! うん…」
違う、あの人じゃない、新八くんだ。
相手にホッとしつつ、力なく笑って返す。
何も知らない新八くんは不思議そうに首をかしげた。
「ここんとこ毎日だけど、何かあった?」
何か、という単語に、すぐさまあの光景がよみがえる。
鳥肌をたたせながら、わたしは首を横に振った。
「ううん、なんでもないよ。ただの散歩」
「散歩って、毎日夕方まで帰ってこ…ブ!!」
「なら定春も連れていくヨロシ! 私も行くけどな!!」
最近神楽ちゃんと定春にかまってあげてないせいか、双方とも新八くんを踏んでまで玄関に突撃してきた。
わたしは苦笑いしながら、神楽ちゃんの頭と定春の鼻を撫でた。
「ごめん、たまに会う友達がね、犬が苦手なの。また今度ね」
「ななし、また今度っていつアルか?」
神楽ちゃんは、わたしの手を払って尋ねた。
その目があまりにも強くて、一歩後ずさる。
黙り込んでしまったわたしに、神楽ちゃんは眉をひそめて遠慮なく言い放った。
「最近おかしいネ。私ら友達なのに、隠し事良くないヨ」
「…っ、ご、ごめ…行ってくる…」
ドアをスライドさせ、走り出す。
背中にわたしを呼ぶ声がした。
可愛くて、悲痛な声だった。
これで全てを話せたらどんなに楽だろう。
でも言えない。
言えやしない。
あなたたちの信じる銀ちゃんは、わたしの信じる銀ちゃんじゃないなんて。
怖いのだ。
今のわたしは、銀ちゃんを受け入れられない。
だから彼のいる万事屋で一日を過ごすことができない。
恐怖心と少しの怒りから、わたしはこの数週間、“彼”を見ることができていない。
「…………」
川原にたどり着き、草の堀を降りて、小石でできた道を進む。
目の前には、清らかな水がさらさらと流れている。
すくうと、とても冷たかった。
のぞき込んだわたしの顔は、歪んでいた。
いつの間にかクマができている。
「…なんで…」
あの時の音が、耳にこだまする。
「信じてたのに……」
あの時の声が、鼓膜に響く。
「銀ちゃん……っ」
わたしはもう、この世界で一生を終えるしかない。
…それは、裏の顔をもったあの人と一緒に…?
「やだ…やだよ……!」
知らなかったら、どんなに良かった事実だろう。
知らなかったら、わたしは銀ちゃんとずっと過ごせていた。
だけど、知ってしまった。
あの人がどれだけわたしを好きでいてくれて、大切に思ってくれて、………狂っていた、のか。
「……今日も、ここで過ごす感じかな…」
ここは穴場というべき場所らしく、釣り人でもなかなか訪れない。
川のせせらぎに耳を傾け、わたしはまぶたを閉じた。
「(…気持ちいいな…)」
静か。
わたし以外の誰も存在していない、なんともいえない感覚。
『ななし』
『なに? 銀ちゃん』
楽しかったなあ、今年のお花見は。
あの時、銀ちゃんは真剣な表情で何か言っていた。
なんだっけ…?
『やっぱ元の時代に帰りてぇよな』
『…う、うん…。でも焦って探しはしないよ。帰る手段なんて、なかなか見つからないだろうし』
『………』
『あはは、そんな難しい顔しない! いいの、見つからなかったらずっとここにいてやるんだから!』
『いや、ないね。お前のことだから絶対意地でも探すね』
『…なんかそう言われると、そうかも』
『認めんの早いんだけど。ま、いーや』
その時、太陽よりもまぶしい光がまぶたをつんざいた。
瞬間、眉をしかめて素早く腕で目を覆う。
な、何…?
やがてその光が薄まり、ようやく目をあけることができたわたしは、
「……え…」
茫然とした。
目の前にある、川、の中央部分が、まるで底からライトをあてられたかのように光っている。
誰か…潜ってるのかな…。
そんなことを考えていると、光っている水面だけが、景色が違うことに気づいた。
水だから無色透明なはずなのに、明るいそこではカラーに見える…どうしてだろう。
気になったわたしは立ち上がると、服がぬれるのも構わず川に入った。
はじめは足までの水位だったけど、進めば進むほど底が深くなっていく。
ついにまぶしい水面まで近づいた時、わたしの胸まで水に浸かっていた。
水面は遠くで見るより意外に広く、人が大の字になってもぎりぎり入るくらいの大きさだった。
「え、これ……」
光に包まれた水面は、何かを映し出していた。
カラフルなベッド、勉強机に…オレンジの棚………。
見覚えがある、どころじゃない。
「これ、わたしの部屋だ」
わたしの部屋をちょうど天井から見ている状態で……えっ、でも、なんで?
濡れた手で目をこすり、もう一度のぞき込んでみても、映っているものは変わらない。
震える手でその水に触れると、温かかった。
その温かさに、自然と涙があふれる。
たとえようのない懐かしさ。
洪水のようにあふれる、郷愁。
もしかして。
「わたしの、願いが届いた、の……?」
確証はない。
だけどこの光に飛び込んだら、あっちの世界に……わたしの時代に戻れる気がした。
そこで脳裏をよぎったのは、新八くんと神楽ちゃん、定春。
そして、銀ちゃん。
「………(挨拶に戻って、消えていたら…)」
考えていると、光が弱まった気がした。
焦りとともに出した結論は、……このまま、飛び込んでみる、こと。
「ごめんね、みんな」
さようなら。
その単語は口に出せないまま、わたしは底をけって川に潜った。
水の中では、目があけられない。
それでも自分が立っていた水とは明らかに温度が違う。
もっと深くまで潜ったら、それだけ元の世界に近づける気がして、そう思うと息なんて全然気にならない。
温かいそれは、深ければ深いほど熱くなっていく。
あともう少し、
「(あと、もう少しで………!)」
わたしは、帰ることができる!
希望に胸をふくらませた。
直後、お腹に何かが巻き付いた。
藻か何かと思ったけど、何か違う。
それは力強くわたしを上へと引っ張り上げる。
「!!!?」
何が起きたのかもわからないまま、わたしは泳ぎ続ける。
けれど、引っ張る力が強い。
「がぼごぼごぼ!!」
息が乱れ、酸素が口からもれていく。
危機感を感じたわたしを助けるように、……いや、そもそもの原因なんだけど、わたしに巻き付いた何かは猛スピードで水面へと上がっていく。
直後、水しぶきを立てて、勢いよく浮上した。
「っ! げほっ、げほっ、ごほっ!!」
けほけほとむせるわたしを気遣うように、誰かが髪をなでてくれる。
もしかしてわたしが入水したと勘違いしたのかな…。
そうだとしたら申し訳ない。
息を整えながら、うっすらと目を開ける。
「す、すみませ…」
「…大丈夫か?」
「………!!」
降ってきた声に、身体が凍り付いた。
…この、声。
万事屋で、わたしを見送っていたはずの男。
見たくない。
見たくないのに。
目が、勝手に目の前の相手を追う。
「……ぎ、……」
銀ちゃん、と呼ぶことができず、口をつぐむ。
それに対し、数週間ぶりに目を合わせた彼は、苦笑いだった。
「呼んでくれねーんだな、名前。ま、しゃーねぇか」
わたしは、この人に引き上げられたんだ。
そこまで気づいて、慌てて振り向く。
「!!!」
あの光は、消えていた。
わたしの部屋も映っていない。
もとの水面に、戻っている。
わたし、帰れなかったんだ。
原因は、またこの男。
「…正直に答えて。…知ってて、引き上げたの?」
「まあな」
すんなり頷く銀ちゃんは、何も考えてないように見える。
わからない。
この人が、何を思って何を考えているのか。
二度も邪魔され、わたしはギロリとあの人を睨み上げた。
「……なんで、邪魔、したの?」
「言っただろ、ななし」
数週間ぶりに、間近で聞いたあの人の声。
ふいに、お花見での銀ちゃんとだぶって見えた。
「『お前がどこに行こうと、俺が見つけてやらァ』ってな」
君の居場所はここだよ
かなり前にいただいた続編リクでした。ありがとうございました!