銀魂:沖田
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「沖田くん、別れよう」
「あ?」
休日、公園の売店で買ったソフトクリームを二人で食べていて、その最中にななしは震える声でそう言った。
「別れよう、わたしたち」
繰り返し、もう一度言われた。
「………おう」
意外に。
思ったより、俺は平気だった。
まさかこいつから言われるとは思わなかったが、そんなにショックでもなかった。
「別に俺はいーけど。Mな奴なんて他にもいるんで」
「うん、…そう言うと思って、た」
あは、と口端を無理にあげられる。
すると、ぐしゃり、ぶさいくな顔がもっとぶさいくな顔になる。
「………」
こいつってこんな顔だったっけ。
笑うとかわいかったのに。
……そういや、こいつ最近笑ってねーな。
「それじゃ、わたし帰るね」
「おー。じゃな」
立ち上がるななしを見ることも、止めることも、そんな気も起きない俺を、あいつはどう思ってんだろうか。
「……うん。ばいばい、沖田くん」
背中を向けたまま別れを告げられる。そしてななしは走り出した。
「…………はァ、フリーかい」
小学校からの付き合いで。
悲しい時も、辛い時も、こいつがいたから乗り越えられたというのに。
おかしいくらいに、俺は平常心だった。
「とったァァァァ!!!」
頭に衝撃が走る。
直後、周りの部員どもがどよめいた。
「ま…マジでかァァァ!! あの沖田さんから一本とりやがったァァァ!!」
「すげェェ! すげェェよ山崎ィィィ!!!」
「やった…やったよ俺ェェェェ!! ついにジミーから脱却ボヘェエッッッ!!」
竹刀を持ち上げた山崎の背中を、思い切り突く。
ありえねェ。俺より技術も体力も存在も格下の山崎に負ける日がくるなんて。
「総悟、こっち来い」
不機嫌さが最高潮に達している俺に唯一声をかけることができたのは、同じく不機嫌丸出しの土方コノヤローだった。
「……お前が剣道に熱心なのは知ってるがよ。練習しすぎで疲れてたなんて理由はナシだぜ? 来週、剣道部強豪の高校と練習試合があんのは知ってんだろう」
「知ってますぜ。安心してくだせェ、ボッコボコにしてやるんで。土方さんを」
「なんで俺なんだよ」
ぐちぐちぐちぐち。
うるせーったらありゃしねェ。
『まぁまぁ二人とも、ほら、タオルですよ』
遠くから、ななしの声が聞こえた。
勢いよく振り返ると、だがそこにゃ誰もいねェ。
…そういや、いつも良いタイミングで、ななしが割って入ってくれたっけ。
そこで気づいた。ななしの姿が見えねえ。
「土方さん、そういやななしは?」
「あ? おま………。……そういうことか」
「は?」
俺の一言に、驚いた…かと思えば納得したように頭をガシガシかく。
なんだってんだ。
「総悟、お前ななしと喧嘩でもしたか?」
「へェ、別れやしたけど」
あれから、一ヶ月が経った。
今のところ、俺の心身状態に影響は出ちゃいない。
だが俺とは逆に、今度こそ土方さんは驚いたままになった。
「……フッたのか」
「フラレたんでさァ。意味わかんねーったらありゃしねェ」
「いや、わかるだろ」
竹刀を肩にのせたまま、首をかしげる。
そんな態度を見て、俺が本当にわからないことを確認した土方のアホは、げっそりとした表情になった。
「本命の女ほったらかしにして、他の女どもと遊びに行ってもわかんねーのか?」
「……ああ、あれですかィ」
あれは、ななしが家族と旅行に行った三連休。
つまんねーと思いながら、一人で町を歩いていた俺は、たまたまななしにソックリな女から言い寄られ、まあいいかと一日だけ付き合ってやった(飯はおごらせるだけおごらせて別れてやった)
それを後日山崎クソヤローが「三連休もラブラブっすね」なんてななしに言いやがって、そこからななしの俺への不信感が表れた…んだっけ。
それに対してガキな俺は、ななしの嫉妬が面白いあまりに、いろんな女と遊んできた。
『A組の子が、沖田くんと遊園地に行ったって』
『ふーん』
『……嘘、だよね、沖田くん』
『嘘じゃねーよ』
あの時。
言葉足らずだと承知の上で、俺はその一言しか発さなかった。
「つーかお前気づいてねーだろうから言っとくがよ」
「なんですかィ」
「今日の試合、ちっとも集中できてなかったぜ」
「………」
少しは影響出てんのか?
昇降口で、生徒指導の教師の目の前であくびをしたらはたかれた。朝から最悪だ。
しかも結局、昨日ななしが来なかった理由は教えてもらえなかった。
「まさか部活辞めたんじゃあ……」
…まさかも何も、それが当然であり、妥当の展開だ。
フッた男と一緒に残りの青春を過ごすのも変な話だし。
「おっきったっくーん。おっはー」
サイドを巻きグソみてーに巻きまくった茶髪女が、後ろから俺を呼び止める。
振り返ると、昨日より一層痛んだ髪に目がいった。
「髪の毛痛んでますぜ、先輩。ヘアケアしてんの? それで」
「相変わらず毒舌ひどー! …じゃなくって、ななしちゃんのことなんだけど。近藤くんたちのことだから、話してないんでしょ?」
「…まあ」
タイプは違えど、随分ななしを妹のように可愛がっていた部活の先輩は、苦い顔をして言い放った。
「あの子、一週間前にあたしのクラスメイトから告白されてね。そいつのいる部活のマネになったんだって」
「…………」
はじめにわき上がった感情は、失望だった。
今まで特別に思っていた女が、案外普通の女だった。
今まで俺を見てくれた女が、自分以外の男に恋をした。こうも簡単、に。
結局、女なんてみんな一緒だ。
……そんなひねくれた考えが、頭によぎった。
それを察するのが早い先輩だから、俺はすぐに目を背けて卑しく笑ってやった。
「なーるほどねィ。あいつもいっぱしの女になったもんだ。俺が駄目だったもんだから、次の男に転がりこむたァ」
「! そんなことないよ、」
「んなことねーでしょう。ななしと付き合ってた俺が言うんだから、マジでさァ」
「は…?」
低い声で、先輩が剣呑な目つきになった。
どうやら俺は地雷を踏んだらしい(だからといってどーこーするつもりもねェけど)
「………何、それ。沖田くん、馬鹿じゃないの?」
男にモテそうな美顔が、俺の台詞にみるみる歪んでいく。
久々に、ぞくりとする。なんならこの先輩、落としてみても……。
「(……え)」
一瞬。目の前で拳を握りしめる先輩の表情に、ななしの顔が重なって見えた。
心臓が高鳴る。
幻覚に、見とれてしまいそうだった。
「あのね、」
「まー、フラれた人間が言っても説得力皆無だろーけど。んじゃ、俺行くんで。また放課後」
「あっ、こら! 待て!」
のばされた手をかわし、廊下を走る。
するとさっきの生徒指導の教師に、「走ってんじゃねー」と頭をはたかれた。
今日は本当に厄日だ。
……ああ、本当にもう。
意地っ張りの後輩の背中を睨みつけた後、ため息がもれる。
『先輩。すみません、わたし…』
『どうしたー…って、ななしちゃん! な何っ、そのまぶた!?』
『…好きなのに、振っちゃいました、はは』
後輩二人そろって、なんつー大馬鹿なんだろ。
「……ななしちゃんが、なんのためにあんたを振ったと思ってんの…」
想いを断ち切るために、無理矢理次の恋に踏み出すなんて、残酷すぎるよ。
きっとこいつァ罰なんだろう。
なんの罰かは、深く考えねーけど。
初めて、見ちまった。
「へェ」
おかしいほど、俺は冷静だった。
「あれかァ」
ななしの、カレシってやつは。
外見や特徴は巻きグソ先輩に写メで見せてもらったから覚えていた。
放課後、学校の校門で女々しく待っている姿に一笑する。
あんな顔で、ななしに告白して。
喧嘩は弱そうだけど、なんでななしはあんな奴を…。
「…って、俺には関係ねーか」
ふと、思った。奴は待っているんじゃねーだろうか。
待っているのは、もちろんななしだ。
そうなると、今俺がここにいるのは…まずい。
意味もなく焦った俺が校門へ向かう足を、ななめ前方の花壇へ向けた直後、すぐ後ろを人間が走り過ぎた。
「(この、におい)」
かいだことのある、なんてレベルじゃねー。
俺の好きなにおいが、残り香となって鼻をくすぐった。
そのにおいを追うように首を回せば、奴に微笑む、ななしの姿。
微笑む、ななしの姿。
笑っている、ななし。
一瞬、俺に見せつけているのかと捻れた考えがよぎったが、それはあり得ないことを察した。
奴しか見てないななしは、俺にすら、気づいてない。
お前、俺の後ろを走ったくせに、俺が見えてなかったってのか。
「…は…ッ」
瞬間、呼吸が乱れた。
「いって…ェェ…!!」
心臓が、痛い。
刀でえぐられているような、もがいてももがいてもその痛みは離れない。
呼吸ができず、情けないほど涙があふれる。
「(そんなにショックでもなかった、だァ? 笑わせるじゃねーかよ、オイ)」
違う。
あん時の俺は、現実から逃げていた。
あれは夢で、現実だととらえなかったからショックを受けなかった。
『嘘、だよね、沖田くん』
『嘘じゃねーよ』
俺は気づいていた、ななしの目が、「何か理由があるはず」と期待をこめていたこと、だが調子にのった俺はその理由さえ話さず、漫画みたいな「何も言わなくても大丈夫」な信頼関係を阿呆みたいに想像し、クソみたいにかっこつけて一言で終わらせた。
女のななしは待っていた。
素直になれねークソガキの俺から、「お前しか見えちゃいねえ」という言葉を。
それをやらなかったのは、やれなかったのは、ただ一つの理由。
「…本当に大事にしたい奴に、本当に大事な言葉が言えねーたァ、」
そう自嘲する俺の。
目の前で。
ななしの手に、男の手が重なった。
「――――」
口がぱかりと開いた。
声が出ない。
理解した。
今のななしの隣には俺がいない。
知らない、男が、手をつないで、歩いて、
微笑んでいる。
俺の
ななしの
俺が
一番好きな顔が、
知らない人間に向けられている。
なんだ、この気持ち。
出会ったばかりの人間、に対して、この気持ち。
俺よりもななしを知らねーくせに、何ヘラヘラ笑ってんだ。
「――――殺してェ…」
消したい欲望と、同時にあふれるこの欲望は、まさに“欲”そのもの。
単純に、欲しい。
ななしが欲しい。
彼女の笑顔も、
泣き顔も、
声も、
身体も、
まとう空気も、
何もかもが愛おしく、欲しい。
この手でふれあい、触り、なで、感じたい。
「…あー…ンだ、そういうことかィ」
本能的に望んだそれは、俺を“正気”に戻した。
俺は、俺が、思っているはるか予想以上に、ななしを
深く
深く
深く
深く
深く
深く
深く
深く
深く
深く
愛しているのだ。
誰も救れわない。